2012/4/23 月
始:9:10 〜 終:17:20 走行:54km
〜 Shuakhevi 〜 Khulo 〜 Bodzauri
いろいろ考えた末、昨晩はバトゥミに戻る方向で話がまとまっていた。が、できればこのままこの道を詰めたい・・・とても美しいルートだからだ。
朝起きると快晴。「このままもう少し詰めてみよう」と一瞬で気が変わって出発。
途中、ナンを焼くいい匂いに誘われて峠の茶屋のようなところによる。
焼きたてのナンは激ウマだ。
ここはマルシュルートカ(ミニバスの乗り合いタクシー)も寄るところになっていて、おっちゃんたちがまとめてナンを買っていく。焼き上がったナンが飛ぶようにはけていく。
ナンを焼いているおっちゃんが生地を薄く伸ばすところを見せてくれたりした。
さらに詰めたところで、路上で呼び止めてきたじいちゃんが「雪が3mもあって通れねぇぞ」と教えてくれた。
「3mもあるの?」
「んだーんだー」
ロシア語で「イエス」は「ダー」。これが「んだーんだー」と聞こえるから、どこか日本の田舎でじいちゃんと話しをしているような気分になってくる。
その先のShuakheviという村にポリスがいたので状況を確認。
こういうとき片言でも英語のできる人がどこからともなく現われて助けてくれる。曰く、「通れる、通れる。路上には雪はない」と。
一筋の光明が見えて次のKhulo村に乗り込むと、「雪で通れない」と誰もが言う。
人に尋ねているとインド並みに人が集まってくるから面白い。
うぅぅむ、どうなんだろう???誰も最新の状況を知らないだけなのではあるまいか?自分の目で確かめないと今ひとつ信用できない。
もう少し詰めてみることに。
Khuloから先は道がダートになる。
かなりの標高をいったん下るらしい・・・本格的に下る前にいったん立ち止まって考える。ちなみにKhuloの標高が1,000m弱。
うぅぅむ、Khuloに戻ってポリスにきちんと確認することにしよう・・・内心は半ばバトゥミに戻って迂回しようという気分になっていた。
Khuloに戻ってポリスの場所を聞くと、激坂を上った先だという話。けっこう遠いんか、もしかして?
若者が案内してくれようとしたのだが、「面倒だからバトゥミに戻っちまおう」と制止していると、一人のおっちゃんが電話してポリスを呼んでくれた。なんと・・・。
人がわんさか集まってくる。
最初はポリスも通れないと言っていた。どうやら峠は越せるのだが、その先が雪で通れないらしい・・・。
うぅぅむ、このへんが悩ましいところなんだよなぁ・・・通れないってのは車両が通行できないだけで歩いて通ることはできるのか???
ポリスがどこかに電話して確認してくれた。
電話を代われと言うので借りて出てみると、英語を話していた。ツーリスト・インフォメーションか何か?
その人曰く、やはり峠の先が2kmほど雪で不通になっているという話。
雪の上を歩いて通れるか聞いてみると、そうしたいのなら可能だと言う。どうやら歩いて越えることはできるらしい。距離は2kmほど。急に希望が湧いてきた。
腹ごしらえをして食料の買い出しをし、意気揚々と出発。
珍しくアメリカ人老夫婦の旅行者がいた。バトゥミからタクシーで来たらしい。旦那さんの方は、自転車で旅する自分らを見て開いた口が塞がらないといった感じ。彼には自転車旅の素晴らしさなんて死んでもわかるまい。
Khuloからのダートの道はきつかった。
一度800m弱のところまで下ってそこから上り。途中、小さな村々をいくつも通る。やはり雪で通れないと声をかけてくれる人がいる。
・・・先ほど電話で教えてもらった情報がおそらく正しかろう。やはり自分の目で確かめてみないとわからんな、これは・・・。
この道は美しい。ダメなら引き返すことになってもいいや・・・と思えるくらい美しい。
トルコ国境の近くをアルメニアへと抜けるM11・・・これまでに走ったルートの中で一番美しいかもしれない。でもハード。途中に逃げ道はない。行くか戻るか。
しばらく詰めたところで、道端でビールを飲んでいたおっちゃんたちに声をかけられて暫し休憩。
あれこれ聞いてみても抜けられないとは言っていない。
おっちゃんの一人はアルツィリという名。トルコ語も話せたがこちらが解せず今ひとつ話が通じず、たまたま通りかかった車を止めてくれたところ、またまた英語を話せる人が登場。この人も船乗りだった。
曰く、「五日前まで通れなかったが、除雪されて通れるようになった」
やけにリアルな情報・・・これはもしかして全線走れるかも・・・。
アルツィリは、「今晩はうちに泊まって明日峠を越えろ」と言ってくれた。ありがたくそうさせてもらう。
ちょっと先の道沿いでアルツィリはマーケットを営んでいる。アルツィリと一緒にそこまで行って自転車を置かせてもらう。標高1,050mほど。
アルツィリの家は、そこから道脇の斜面を200mほど上った小さな村の中にあった。近所の人が車で家の近くまで送ってくれた。
そこはBodzauriという小さな村。桃源郷か、ここは・・・眺めのよい、実に素朴で美しい村だった。
グルジアは、国旗にクロスが五つも描かれている通り基本的にキリスト教国(グルジア正教)であるが、今いるアチャラ自治共和国はほとんどの人がムスリム。越えようとしている峠がアチャラの境界である。
ルート沿いには教会ではなくジャーミィがいくつもあり、ミナレットが目につく。アルツィリの家ももちろんムスリム。
しばらくすると、息子さんのベトがじいちゃんと一緒に牛を連れて帰ってきた。家には他に奥さんのマリナと下の子のベスィキがいる。一番上の女の子はバトゥミの大学に行っているということだった。家族全員小柄で、アルツィリはどことなく俳優のロビン・ウィリアムスに似ている。
薪ストーブで調理した美味しい料理をまずご馳走してくれた。食事は男女別。家で一番偉いのはじいちゃんだ。
食事の後、ベトが村の中を案内してくれた。
本当はいけないのだろうけど、大人の許可を得てジャーミィの中にも案内してくれた。そこにあるコーランも見せてくれた。
小ぢんまりとした可愛らしいジャーミィだが、観光用ではない実際に日々使われているジャーミィで、どことなく神聖な空気に満ちている。
ここのアザーンはスピーカーから流れるのではなく、村の老人のアカペラだった。
ジャーミィから帰った後、近所の家でシャワーを浴びさせていただいた。
最初マユミは日本人的な気遣いで遠慮しようとしたのだが、この遠慮というのは日本人特有の美徳であり、時と場合によって逆に失礼に当たると自分は思っている。こういう場合、特に浴びたくない理由でもない限り(そんな理由が自分らにあろうはずもない)、素直に浴びさせてもらう方がお互い気持ちいい。
シャワーの後その家でチャイをいただいたり、お菓子をいただいたり。
アルツィリの家に戻ってからまたチャイをいただいて、0:00過ぎにありがたくベッドで寝させてもらった。

焼きたてのナン

美しき道

Khulo村・・・インド並みに人が集まる 最後はポリスがどこかへ確認してくれた

Khuloから先はダートになる

道でアルツィリと会った

アルツィリの村Bodzauriへ 下の子のベスィキ

そのうちベトとじいちゃんが牛を連れて帰ってきた

美味しい夕食をご馳走になる

家に遊びに来た近所の女の子 村の中を案内してくれた

村の人たち

手作り感いっぱいのジャーミィ 村の子供たち

近所の家のばあちゃん・・・靴下を編んでいるところ

その家の家族・・・シャワーを浴びさせていただいた

アルツィリの一家
2012/4/24 火
始:12:55 〜 終:19:30 走行:18km
〜 Goderdzi峠を越えたところ
快晴。美味しい食事をいただいた後、ベトが学校に案内してくれた。と言うか、学校はとっくに始まっているっぽいが、ベトはこんな時間の登校で大丈夫なんだ・・・。実におおらかである。
ベトの家から未舗装の山道を上って高台にある学校へ。こんな素敵な道を歩いて毎日学校に行くのか・・・なんかいいよな、こういうのって。
校舎の外で校長先生が一服していて、職員室へ案内してくれた。ベトはそのままクラスの授業へ。
小さな村の学校で生徒も少ないんだろうなぁと思っていたのだが、生徒が110人、先生が20人もいるらしい。職員室には机もほとんどなく、さながら先生たちの談話室といった感じ。
コーヒーをご馳走になってから、ある先生が授業中のいくつかの教室に連れて行ってくれた。
もちろん同じ歳の子が同じクラスになっていて、6、7人しかいないクラスもあれば、20人くらいいるクラスもある。相変らず男どもは幼くて、同じクラスの女の子たちと同じ歳とはとても思えん・・・。
ちょうど昼休みになったのか、最後は全校生徒が外に出て見送ってくれた。当たり前のようにベトが家まで付き添ってくれる。学校はいいのか・・・おそらく「あの子の家は今日は変な日本人が来ているみたいだからまぁいいか」ってな感じなんだと思う。おおらかだ・・・実におおらかだ。
村の子供たちは皆素直でいい子だ。ベトもとても気の利くいい子だった。
どうしてこう子供が素直に育つのか不思議な気分だ。アルバニアもそうだったのだけれど、ムスリムの国だからなのか???
ベトとその友達、そしてアルツィリが荷物を持ってくれて下のマーケットまで送ってくれた。
そしてお別れ。たった一泊させてもらっただけだし、ベトやアルツィリもサッパリしていて別れが湿っぽくならないのはありがたい。
そこにいた人たちに見送られてダートのメインロードを行く。
1,400mを越えたあたりから雪が現れる。雪融け水で道はグチャグチャ、所々道が川になっていたり、沢が道を横切って流れていたり、春山ではお馴染みの光景。アルツィリの家を出てすぐ、渡渉で靴もびしょびしょ。
昨日村から周りを眺めたとき、Bodzauriがほぼ最奥の村かと思っていた。が、実はその奥にもいくつも村があった。
「ちょっと家に寄っていかないか」とか「チャイを飲んでいけ」とかいろいろ声をかけてくれるのだが、今日中に峠だけは越えておきたいので気持ちだけいただいておく。
途中の村に、シアトルから赴任して村で英語教師をしているというアメリカ人男性がいた。この先もずっときれいだよ、と教えてくれた。
なかなか峠に着かない・・・。道が悪くて、所々勾配も急。かなり押しが入る。
道で会った人たちが、やはり雪で通れないと忠告してくれる。真実やいかに・・・。
最後の村を過ぎて先に詰めていくと、峠から戻ってくる車二台くらいと行き会った。
言葉を交わすと、5kmほど先でやはり道は終わっているらしい。実際に今見てきた人の話だから、これは間違いない。
雪の上を歩いて越えられるか聞いてみると、大丈夫だという。
自転車を押して17:00に峠に着いた。
標高2,025m・・・ということは、標高差1,000m、距離にして15kmを走るのに(しかもほとんど休まずぶっ通しで走って)4時間もかかったことになる。
ここでも車一台と会った。どうやら雪の壁を見に来るグルジア人観光客がけっこういるようである。
先の状況を聞いてみると、やはり歩いてなら越えられるという話。
峠は広い平坦地があって実にいいテン場になっていたが、この先の雪のパートは2kmだけ。好天がいつまで続くかもわからないし、できれば今日のうちにそこを突破してしまいたい。
一服してすぐに出発。道の脇の雪の壁は聞いていた通り3m以上あるが、黒部の雪の壁を目にしている日本人には珍しくもなんともなかろう。
雪の壁の間で川となっている狭いダートの道を下る。
2kmほど下っただろうか、突如除雪作業中のブルドーザーがニ、三台目に入った。標高1,850mほど。
こいつは想定外。まさか今除雪作業をしているとは思わなかった・・・。
前に出してもらえれば雪上を歩けそうなのであるが、激しく黒煙を上げながら脇目もくれず作業を続けるブルドーザー。ちょっと前に出して・・・などととても頼めそうな空気じゃない。20:00過ぎまで明るいことだし、まだまだ作業は続きそう。今日のところは諦めか・・・。
近くにテン場を探すがいい場所はなく、道脇の狭いスペースに幕営しようと準備をはじめたら、ミニバスが一台下ってきてテントの近くに止まった。
助手席に乗っていたおっちゃんは、これから歩いてAdigeniまで行くと言う。奇遇にも、運ちゃんは昨晩シャワーを浴びさてもらった家のご主人だった。直接会っていたわけではなかったのだけれど、そう言えばシャワーを浴びて寛がせてもらっているとき、奥さんが電話で「日本からの珍客が今来てるのよ〜」みたいな話をしていた。その電話の相手のご主人だった。
明日も朝早くから作業しているかもしれないし、ここは便乗させてもらっちゃおう。
張りかけたテントを急いでたたんで荷物を自転車に積み直し、ブルドーザーの運ちゃんと話をしているおっちゃんたちのところへ。
後でわかったのだけれど、ブルドーザーを運転していたおっちゃんはウォッカでベロベロだった・・・。
そのブルの前でもう二台のブルが作業中。
ちょうど急な斜面のところを開拓しているところで、どうやら単に前に出してくれるだけでなくブルで荷物を運んでくれるらしい。ありがたい。
急ぎ荷物を外してブルに積んでもらう。あれよあれよと言う間にドーズもブルの上。キャノンデールも積んでくれてしまったのだが、場所が悪くてぶっ壊れそうだったので頼んで降ろしてもらった。
マユミも一人のおっちゃんと一緒にブルの上。
道脇の雪壁の上に出ようと雪壁に突っ込んでバックと前進を繰り返し、ものすごい角度で乗り上げようとするブル・・・後ろから見ていると最高点に向かうジェットコースターか何かのように見える。ひっくり返って外に立っているマユミもおっちゃんも死ぬんじゃないかと思った。
見ていてヒヤヒヤする反面、振り落とされまいと明らかに力が入って必死にしがみついているマユミの姿が滑稽だった。ここは動画を撮っておくんだった・・・。
ブルの開拓してくれた後を歩くのは楽チンだった。
1km弱ほど歩くと広い雪面に出て、そこでブルが止まった。ここからなら雪上を歩けそうだ。
ブルのおっちゃんは、ベロベロだったけどとても親切だった。
「荷物を降ろすより先に寝るとこだ」とばかり、ブルを止めるとすぐ近くの小屋の一つに案内してくれた。峠の周辺には夏の放牧小屋と思しき家屋がポコポコあって、案内してくれた小屋もそんなものの一つ。
中は散らかっていてテントを張るのは無理だけど、小屋の周囲数メートルは雪のない草地で快適なテン場。
おっちゃんが荷物運びも手伝ってくれたので、自転車を運んだ後一往復で済んでしまった。
雪がふんだんにあるから水はどうとでもなりそうだったのだけれど、幕営している最中におっちゃんがどこかから10Lも汲んできてくれた。
「向こうでウォッカ飲むか?」と誘ってもくれたのだけれど、気持ちだけいただいて小屋の前に急いでテントを張る。17:00過ぎ頃から遠くに入道雲が湧いて天気が怪しかったのだ。
テントを張り終えた頃雨がパラパラ。ギリギリ・セーフだった。
しばらくした頃、猟銃を背負ったおっちゃんがテントの方へやって来た。近づいてよく見たら、さっきのブルのおっちゃんだった。
熊か何かがいるらしい・・・。そう言えば、どこかで会ったおっちゃんもそんなことを言っていた。
散弾の詰められた弾帯をおもむろに外し、背負っていた猟銃と一緒に手渡してくるおっちゃん・・・どうやら銃と散弾は自分らの護身のために持ってきてくれたらしい。
が、こちらは撃ち方もよく知らん。気持ちだけいただいて持ち帰ってもらうことにした。
一緒に持ってきてくれたウォッカを乾杯して一杯だけ飲む。このままここで飲み続けるのかな・・・と思っていたら、残りのウォッカを置いておっちゃんはあっさり寝床へ帰っていった。
ありがとう、おっちゃん!
熊がいるのかと思うと恐ろしい。もちろんヒグマだろうし、冬眠明けの今が空腹で一番危険だろうし・・・。
暗くなってから小屋から角材をかき集め、テントの傍に置いといた。

朝食のパンを準備中のマリナ 学校に行く前のベスィキ

美味しい朝食をご馳走になる

こんな素敵な道が通学路 村からの眺め

ベトたちの学校 アットホームな職員室

とあるクラスの女の子と・・・ 男の子

もう少し年上のクラスはコンピュータの授業中・・・全員16歳

女の子の方がずっと大人っぽい 校長先生と

ちょっと人見知りしてたベスィキもようやく笑顔を見せてくれるようになった

最後は全員で見送ってくれた

マリナに見送られてアルツィリの家を後にした アルツィリのマーケットの前にて

Goderdzi峠への道





Goderdzi峠(2,025m)

雪の壁は3m以上 峠から2kmほど下ると・・・

ブルが除雪の真っ最中だった ブルにしがみつくの図

ここは動画で撮っておくべきだった・・・

ブルの開拓してくれた道を歩くのは楽チン ブルの運ちゃん・・・ウォッカですっかりできあがっていた

「熊がいるからよぉ・・・これ持ってた方がいいぞ」