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長い夜・・・いきなりすったもんだのアルメニア

2012/4/28 土
始:9:35 ~ 終:20:20 走行:74km
~ Gorelovka ~ Zhdanovi ~ 国境 ~ Bavra ~ Gyumri

曇り時々雨、午後になって日が差すこともあったが夕方から本格的な雨。寒くて一日長袖を着た上にカッパが脱げなかった。
標高2,000mの天空の草原をひた走る一本道、その道を走って国境を目指す。

Gorelovkaは村の中にコウノトリがいっぱい。ちょうど巣作りの最中で、見ていて微笑ましい。
Zhdanoviの手前でアルメニア方向から走ってきたカップルのバイカーとすれ違った。挨拶を交わしただけだけれど、二人とも珍しく28inの自転車に乗っていた。
11:30にグルジア側の国境着。すぐにスタンプをもらってアルメニア側へ。

両国の国境の間には2kmほどの緩衝地帯がある。
国境ゲートの直前にアルメニア領であることを示す標示板があったのだが、ゲートのところに迷彩服の警備兵がいて写真を撮れなかった。

アルメニアはビザが必要であるが、すべての陸路国境で取得可能であるから手間がかからない。イミグレ隣のポリスのところでビザを発行してもらう。
小さな小屋が並んでいるだけの国境であるが、手続きは実にシステマティックでスピーディーだった。
申請書の記入は(たいていどこの国もそうだけれど)アバウトである。イェレバンでの宿泊先を聞かれ「決まってない」と答えると、「そんじゃイェレバンホテルと書いといて」という具合。
ビザは120日(マルチ?)、21日(シングル)、3日のトランジットビザの中から選べる。
21日のシングルが3,000AMDで、支払いはアルメニア・ドラム・・・もちろん持っていないわけだが、すぐ隣に自動の両替機があってユーロや米ドルからその場で両替えできるようになっている。しかもレートも悪くない。非常に良心的なシステムでちょっと感動する。
ちなみに、アルメニア・ドラム(AMD)のレートは、1AMD=0.21円といったところ。
ポリスが両替機のところまで一緒に来てくれて、使い方まで丁寧に教えてくれた。

即座にビザ発行。キレイな領収書まで出してくれるという丁寧っぷりだ。
「ムラータというのか。相方の名前はムラートってんだ」というように対応もとってもフレンドリー。
ちなみに、ムラートという名前はトルコでもけっこう見かけた。「MURATA」と「MURAT」・・・なんだか親近感が湧く。

隣のイミグレでスタンプをもらって晴れてアルメニア入国。
ビザ代のお釣りで、国境からすぐの村でロールケーキを買い食い。前も後ろも雲行きが怪しく、時どき雨がパラパラ風に乗って飛んでくる。昨日に続き風は向かい風だ。
アルメニアに入っても景色はグルジアから変わらない。天空の草原は相変らずとても美しい。

最初の大きな町に銀行があり、ATMもあったのでお金を下ろそうとしたのだけれど、残念ながら故障中・・・40分で直ると言われたが諦めて先へ進む。
雲行きがかなり怪しい・・・ちょっとやり過ごしたほうがいいかなぁと考えていたら、タイミングよく町外れのGSで寄っていけと声をかけられた。ありがたくちょっと寄らせてもらう。
アルマンとグリコールの二人が温かいコーヒーを入れてくれた。
30分ほど休ませてもらって出発。こんな感じでのんびり進む。
雲が近い・・・標高があるからそりゃそうなんだけど、山とはまた違った気分だ。周りは起伏に富んだ草原で不思議な感覚。

アップダウンをいくつかこなした後に1,500mほどまで下ると、そこがGyumriの町。
ようやくATMでお金を下ろせ、軽食スタンドで温かいものも食べられた。時間も遅いし、ここで腹いっぱい食べてあとは寝るだけの状態にした。
しばらく日が差していたのだが、ここへきて雲行きがかなり怪しくなった。町中のスーパーで買い出しを済ませ、テン場を探すことに。
ここのスーパーは安いわけではなくて、要するに高級食材店といった位置づけである。輸入品なんかが数多く置いてあった。

Gyumriの町は想像以上に大きくて、町中を走る道が複雑。アルメニアの地図はトルコの地図におまけで載ってるものしか持ってなくて、これがまた実に頼りないから人に道を聞きまくり。聞くといったって言葉がわからないから地名を連呼するだけなんだけど・・・。
ようやく町の中心部を抜けたかなという頃、本格的な雨に見舞われた。雨を避けられるような場所がなく、しばらく走ってたまらずGSに避難。アシュートゥという名のおっちゃんが気持ちよくストーブにあたらせてくれた。
アシュートゥはその昔のソ連邦時代、トラックでサハリンに行ったことがあると言っていた。ここからサハリンまで?トラックで?・・・意味を取り違えたのかもしれないが、サハリンで働いていたことがあるのは事実のようである。

GSのすぐ隣になんだかわからないが倉庫のようなものがあり、そこで寝させてもらえないかと頼んでみたのだが、残念ながらダメ。雨が弱くなった隙にGSを後にした。
たぶんこちらの意図がうまく伝わらなかったのだと思う。ロシア語が少しでもわかればなぁ・・・。
すぐ近くのレストランでキャンプできるとアシュートゥが教えてくれたのでとりあえず行ってみたが、こちらも要領を得ず・・・レストランの二階が宿のような感じになっていたのだが(アシュートゥはここに泊まれると教えてくれたのかもしれない)、キャンプとかキャンピングってのはロシア語では宿という意味に近いのか・・・?

また雨が強くなって軒下で暫し雨宿りさせてもらう。
弱くなった隙にM1をイェレバン方面にちょっと走ると、道路脇に水場があった。その隣にはなんとイスとテーブルのある東屋が・・・すかさず幕営態勢に入る。助かったわ・・・。
勝手を言うと、イスとテーブルさえなければ完全に屋根の下に幕営できたのだが・・・ま、半分だけでも雨を避けられるのはありがたい。
なんだかんだ疲れた一日だった。

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いざ、国境へ                       コウノトリはちょうど巣作りの最中@Gorelovka

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アルメニア入国! 雲行きが怪しい・・・         タイミングよくGSで休憩させてもらえた

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気を取り直して再スタート・・・雲が近い

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天空の草原は相変らずとても美しい

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山とはまた違った不思議な感覚・・・

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Gyumriでようやく温かいものにありつく         アシュートゥのGSで雨宿りさせてもらった

いつもの通りこれで平和裏に一日が終わるはずだったんだけど、実はこの日はここからが長かった・・・。

テントを張って中で日記を書いていると、水場に車が一台やって来た。ポリスかと思って顔を出すとそうではなく、一人のおっちゃんだった。なにやら声をかけられたのだが、こちらが言葉の通じない外国人とわかるとそのまま去って行った。ふ~やれやれ。
で、シュラフにくるまってヘッテンの灯りも消してすっかり寝る体勢に入った22:00過ぎ、また車が一台やって来た。
最初は面倒で無視をきめこんでいたのだが、ポリスと言うので顔を出す。三人が立っていた。制服を着ているわけでもないしパトカーに乗ってきたわけでもないのだが、ポリスと言うのだからまぁそういうことにしておこう。
アルメニア語はおろかロシア語もわからないから要領を得ないが、どうやらここに幕営するのは問題だと言っている。犬がいるから危険だと・・・そんなことを言っている。
ドキュメントの提示を求められたので素直にパスポートを差し出す。
パスポートをチェックした後に一人がどこかへTEL。どこかに照会してるんかなぁと思っていたら、電話に出ろと言う。出てみると相手は英語を話していた。女性だった。

彼女の通訳してくれたところによると・・・「オオカミだの犬だのいろんな動物が出るからそこに幕営するのは危険」という話だった。「別の場所に移動したほうがいい」と言っているらしい。
そうは言っても既に22:00過ぎ・・・真っ暗闇を今から移動するなんてありえない。すっかり寝る体勢に入っていたところを叩き起こされてこちらもちょっと不機嫌だった。
オオカミなんてこんなところに出るわけなかろう。森もない、人家にもほど近いこんな場所、しかもそれなりに車の通る幹線のすぐ近く・・・オオカミなんて出るわけがない。
「犬なら大丈夫だからここで寝させてくれ」・・・そう電話の彼女に頼みこむ。
ポリスと電話を代わりながら彼女と話す。
「でもやっぱり危険だから移動しなきゃいかん」・・・ポリスも一歩も引かない。
もちろんこちらが折れざるを得ない。
はぁ面倒くせぇ・・・雨上がりの夜の10時過ぎにテント撤収して移動なんてありえないよ。移動ったってどこに移動するのよ?
「Gyumriの町」とポリスは言う。
「町って・・・ホテル?」と聞くとそうではなくて、「もっと安全にキャンプできる場所がある」という話。
「でも、Gyumriの町まで暗闇の中10km以上も移動するなんて無理だよ。そっちのほうがよほど危ない」
すると、「ここから2kmだ」と言う。
渋々了承。「準備に30分くらいかかるよ」と彼女に告げてもらって片付けに入る。
はぁありえねぇ・・・。

テントの中で荷物をまとめ、びしょ濡れのテントをたたんで自転車に積む。その間、三人はおしゃべりしながら待っていてくれた。暇、なのかもしれん・・・。
準備を終えて彼らの車についていく。
すると、車をとめたのは幕営していた場所から1kmもないところ。アシュートゥのGSから200~300mのところだった。近所の別のGSの前で彼らは車をとめた。
GSに幕営させてもらえるのか?と思ったら、一人が道路を渡ってこっちだと言う。
えっ?
いったい何の罰ゲーム?
そこは幹線のM1と線路に挟まれた幅10mにも満たない緑地帯。さっき通ったけど箸にも棒にもかからんかったわ・・・。
アホなこと言うな!バカも休み休み言え!こんなとこに幕営できるわけないだろ!さすがにキレた・・・。
夜の10時過ぎに起こされて、どんないい場所に案内してくれるのかと思ったらこんな場所かよ!

ポリスがまた先ほどの彼女のところにTEL。
彼女は親切に通訳してくれていただけで無関係なわけだけれど、電話で彼女に怒鳴らずにはいられなかった(申し訳ない)。
「こんな場所でキャンプできるわけないだろ!道路まで3m、線路まで5mしかねーよ!」
「明るくなってこんなとこにテントが張ってあったらおかしいでしょ!」
「もし車が突っ込んできたらどうする?列車が脱線でもしたらどうする?ここのほうがよっぽど危険だよ!」
「オオカミが出るって言うなら、ここだってさっきの場所だってまったく状況は一緒だよ!」
云云・・・

「でも、目の前にGSがあるから安全だ」とポリスは言い切る。
何もわかってないのかもしれん・・・こんな風に野宿していて一番危険なのは、動物なんかじゃなくて人間である。自然災害より人災のほうが怖い。
「列車は走ってない」ともポリスは言っていたけど、後になってしっかり走っていることも判明したし・・・。
あーだったらもういいや。
「これからイェレバンに行くから」と告げてもらってポリスとバイバイ。三人は暗闇で唖然としてこちらを見送っていた。

後で考えてみれば、ずいぶん身勝手で横暴な言い草だった。どの人も善意から忠告してくれたに違いないのだ。
でも、申し訳ないがこのときは余計なお世話としか思えなかった。バカバカしくてやってられんと・・・。

さて、勢いで走り出したものの、困った。どうしたものか・・・。
さすがにさっきの水場に幕営するのはまずかろうな・・・それとも少し間をおいてしれっと張っちゃうか、こんな暗闇でテン場なんて探せないし・・・。
などと考えながらアシュートゥのGSの前で後ろのマユミを待っていると、不意に暗闇からアシュートゥに声をかけられた。先ほど再び前を通ったときは灯りが消えていたから、てっきり家に帰ったか寝てしまったと思っていたのだが、まだ起きていたらしい。
「向こうのレストランはダメだったかい?それならここに泊まればいい」
ホ、ホントっすか。助かります、めちゃくちゃ助かります。
ありがたくお言葉に甘えさせていただく。

建屋の中はストーブがついていて暖かかった。すぐにアシュートゥがコーヒーを入れてくれた。
アシュートゥは五十歳。父親はアルメニア人、母親はウクライナ人であるらしい。
2010年に建築資材の運搬の仕事で再びサハリンに行っていて、その時の動画を携帯でたくさん撮っていた。それを見せてもらいながらあれやこれやと大盛り上がり。言葉は通じないけど、とても楽しいひと時だった。
結局寝たのは1:00過ぎ。とんだドタバタに巻き込まれてすっかり憔悴した・・・。
この晩はGSの事務所のソファーの上でぬくぬくと眠らせてもらった。
長い夜だった・・・。

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こんなとこに幕営できるか!(左の緑地帯、翌朝撮影)   結局アシュートゥのGSに泊めてもらった・・・

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Trackback [0] | Comment [0] | Category [■ 097_Armenia / アルメニア] | 2013.09.04(Wed) PageTop
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聖山アララトが姿を見せる

2012/4/29 日
始:8:40 ~ 終:16:15 走行:48km
~ Mastara ~ Talin

朝になっても相変らずどんよりした天気。いつ雨に降られてもおかしくない・・・。
アシュートゥの入れてくれたコーヒーをいただいてから荷物をまとめ、アシュートゥのところをあとにした。ありがとう、アシュートゥ!

引き続きM1を辿る。イェレバンまで120kmほど。アップダウンの続く道だから二日はかかろう。
10:30頃雨がパラパラ降ってきた。GSに併設されたパン屋で休憩がてら雨宿り。
そのうちに車が続々とGSに集まってきた。どこかで政治集会でもあるのか、皆さん支持政党のものと思われる旗を持っている。興味本位に見せてもらったら、持っていたやつを一本くれた。

雨がやんだ隙にGSをあとにする。が、1~2km走るとまた雨が強くなって雨宿り。そんなことをやっているから一向に進まない。
吹きっさらしの草原の中だから雨宿りのタイミングも難しい。一つポイントをスルーすると次は延々となかったりする。

12:00前にまたGSで雨宿り。ここにはミニバスの待合室のようなところがあり、中に座ってのんびり休ませてもらった。
次々と人がやって来ておしゃべりに花が咲く。お互い言葉は全く通じないのだけれど、楽しいひと時である。
迎えの車が来ると、一人また一人とどこかへ帰っていく。
あたりは真っ暗になり、いつしか大雨に。こんな雨の中走ってなくてホントよかった・・・。

結局待合室に一時間半以上釘付け。
ようやく前方に青空が見え始めたので、雨のパラつく中を出発する。一瞬の晴れ間をついて走るような走り方で、まったく進まない・・・。
イェレバンの北西に大きな山があって、その山を西から南へ回りこむように道が走っている。とても巨大でなだらかな山だから、山というよりは巨大な大地の起伏といったように見える。後で調べてみたら、アラガツ山というアルメニアの最高峰(4,090m)であった。
その山を迂回しながら1,500~2,000mほどのところを行ったり来たり。
山の真西に来たところでまた雲行きが怪しくなった。真っ黒な雲の立ち込めている山の上では雷が鳴り、山は薄っすらと新雪を纏っている。あまりになだらかで高さを目算しにくいのだが、どうやら山では雪らしい。

山をグルッと回りこんで道が東に向きを変えるところにあるのがMastaraの町。
GSに併設されたマーケットに寄って食料の買い出し。水道の水も5Lいただいて、これでいつでも幕営可能な態勢。
雲に追われるようにして先を急ぐ。
平らな草地ならいくらでもあるのだが、どこも吹きっさらしだからテン場探しはなかなか難しい。雨も降るだろうから、欲を言えば屋根のあるところに幕営できれば申し分ないのだが・・・。

16:00過ぎ、また雨が降り始めた。
タイミングよくTalinの町に入っていて、GSの屋根の下に避難させてもらう。そこは営業していないGSで、てっきり人などいないと思っていたら奥におっちゃんが一人いて、手招きして建屋の中に招いてくれた。
なぜか入口のところに大きな檻があり、中に一頭のクマがいた。見た感じまだ幼そうなのだけれど、まぎれもなくヒグマである。きっとグルジアの足跡の主もこんなヒグマであったに違いない。こんなのとご対面しないでホントよかったわ・・・。
危なくて檻を開けることもできず、おっちゃんが外から食べものを投げ入れている。キャンディーを投げ入れてやると、長い爪以外に指がないように見える大きな両手に挟んで拾い上げ、美味しそうにペロペロ舐めている姿は愛らしい。
どうすんだろ、このヒグマ。ずっとここに閉じ込めておくつもりなのだろうか・・・檻の中は薄暗く、あまりに狭くて気の毒である。
こうなってはもはやどうすることもできないのだろうけど・・・山に帰すにしても、麻酔で眠らせでもしない限り動かせまい。

おっちゃんの名前はサムレル(56歳)。コーヒーを入れてくれたり、ナッツやドライフルーツ、それからパンやらチーズ、ソーセージなんかも腹いっぱい食べさせてくれた。
「今日はどこで寝るんだい?」と聞かれて「どこかこの近くでキャンプする」と答えると、あっさり「じゃあここで寝ていけば」・・・神の声。
ありがたや、ありがたや・・・即決でお言葉に甘えさせていただくことにした。いつしか外は暴風雨になっていたから本当に助かった。
詰め所として使っていたところ(今いるところ)とは別に部屋があり、そこで寝ていいと言ってくれた。こんな幸運なことってあるのか・・・。
自転車まで部屋の中に入れさせてくれたりと至れり尽くせり。実にありがたい。

元詰め所の部屋にサムレルの百科事典のようなものがあって、そのうちの一冊がアルメニアについていろいろ書かれたものだった。それを見ながらサムレルがあれこれ説明してくれた(もちろんロシア語だけど・・・)。
2世紀頃の地図を見ながら、「ほら、昔はこんな大きな帝国だったんだぞ」と誇らしげに語ってくれる。その頃のアルメニアは、地中海からカスピ海に及ぶ大帝国だった。地図によると、ペルシア、バビロニア、ビザンチン帝国と境を接している。
「オスマン・トルコがやって来て・・・ロシアがやって来て・・・だんだん、だんだん小さくなっちまって今じゃこれっぽっちだよ」と寂しそうに語る。
歴史のある国なので、百科事典の写真や地図を見ているだけでとても面白い。サムレルは祖国の歴史や地理にとても詳しそうだった。

19:00頃になると南側の雲がとれ、日も差した。すると、そこに見えたのはアララト山(5,165m)。ノアの箱舟が漂着したとされているあの聖山。
これまで雲に隠れていてまったく見えなかったのだが、実はこんな近くにあった!今でこそトルコとアルメニアの国境に聳えているが、その昔は完全にアルメニア領だった。
確か五日ほどで登れるはずだが、装備はおろかザックすらないので(パーミットも必要なんかな?)今回は眺めるだけ・・・さすがに真っ白である。西日に映えた姿が神々しく、とても美しかった。

さて、TVで地元のニュースを見るのは面白い。この日の大きなニュースは三つあった。
①4/24がアルメニア人大虐殺の追悼記念日だったらしく、イェレバンをはじめ各地で大掛かりな追悼行事が行われた。
②カラバフ(ナゴルノ・カラバフ)は依然緊張していて、国境地帯では散発的な狙撃が行われている。最近もアルメニア人が(アゼルバイジャン側に)三人殺害された。
③大統領選挙が近いらしく、今日は各地で集会が開かれた。ちなみに、今日途中で旗をくれた人たちは現大統領支持派だったようである。
ニュースを見ながらサムレルがあれこれ詳しく説明してくれた、もちろんロシア語で・・・。
基本的に、相手が理解できようができまいがそういうことはあまり関係ない。これはサムレルに限った話でもアルメニアに限った話でもなく、世界的に見るとけっこう普通の話だったりする。

いったんタリンの町に行っていたサムレルが戻ってから、ワインをいただきながらあれこれ雑談。
物価の話なんかもした。
アルメニアも例に漏れず、日用品の物価は安いけどハイテク電化製品の類は高い。月給$150~200に対し、ラップトップpcが$1,000もするんだとか・・・。
こういった類のものは日本が世界一安いように思う。

すっかり夜も更けた頃お開きとなり、サムレルはタリンの町にある自宅に帰った。
自分らはと言うと、快適なソファーの上でぬくぬくと眠らせてもらった。

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朝になっても相変らずどんより・・・           現大統領支持派の人たち・・・旗をくれた

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一瞬の晴れ間をついて走る                相変らず美しい・・・

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雲が近づく・・・                         近づく・・・

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アラガツ山は薄っすら雪化粧                 先を急ぐ・・・

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この日はサムレルの元GSに泊めてもらった          気の毒なヒグマ

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聖山アララトが姿を見せる・・・神々しい

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夕日に映えた世界が幻想的だった

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イェレバンに到着

2012/4/30 月
始:10:00 ~ 終:18:00 走行:75km
~ Ashtarak ~ Yerevan

アルメニアに入って初めて朝から晴れた!相変らず雲が多く空は白っ茶けているけれど、アララト山も見えている。一方、アラガツ山は依然として雲の中・・・。
サムレルは昨晩言っていた通り9:00前にGSに来てくれた。
コーヒーを飲んで、朝食をいただいて、サムレルのところを後にした。ありがとう、サムレル!

聖山アララトに向かってしばらく走る。アップダウンを繰り返しながらも下り基調で順調。
サムレルのところでボトルに水をもらうのをすっかり忘れ、ちょっと先のGSに寄って汲ませてもらった。
その場にいた客の一人がわざわざアイスコーヒーを買ってご馳走してくれる。海外では珍しくアルメニアにはアイスコーヒーがあって(プラカップのやつ)、しかもこれがアルメニアの人たちの間でポピュラーで、自分たちもアルメニアに入って以来よく飲んでいる。

しばらく走って道路脇の屋台に、匂いに誘われて吸い込まれる。いい匂いを漂わせながら炭火で鶏肉を焼いている屋台もアルメニアでよく見かける。
こんがり焼けた鶏肉を薄手のパンに包んで食べるのだけれど(要するにケバブ)、これが大変美味。ボリュームもある。

イェレバンまで30kmほどのAshtarakの手前まで来ると道が広くなった。中央分離帯のある片側2、3車線の道路の脇には、点々とリンゴを売る人たちの姿。
イェレバンに近づくにつれ交通量も増えてくる。
そのうち忽然と、乾いた大地の上にビルが現れる。周りから浮いていて、なんとも奇妙な景観を醸し出している。
イェレバンは標高1,000mほどのところに位置しているが、盆地状で、晴れると暑い。

16:00頃イェレバンの市街地に入った。市街の中心に向かいつつ宿探し。
持っているのは「旅行人」のコピーのみで、宿探しは難航・・・。
「旅行人」に出ている地図ってのがまた使えない。「イェレバン駅」などと日本語で書かれても現地の人は誰も読めないわけで、せめてロシア語で併記してもらわないと・・・。
道ゆく人に教えてもらって最初に当たった宿は最近できたらしい小奇麗なところで、いかにも外国人相手にやっていそうなユースホステル調のところだった。
フロントも英語が通じる・・・のはよかったのだけれど、ドミが1ベッド7,000~8,000AMDもする。でもこれ、たぶんイェレバンでは安い部類だと思う。物価の安いアルメニアで宿代だけは例外で、けっこう高いのだ。

ひとまず町の地図だけもらって退散。インフォメーションの場所を尋ねたのだがないという話で、代わりに地図をくれた。確かに、他の人に聞いてもないってことだったから、本当にイェレバンにインフォメーションはないらしい。
少し離れたところで路上に屯していたおっちゃんらに安宿を尋ねると、「ここが一番だ」と教えてくれるのはたった今見てきたホテル。うぅぅむ、中心部からちょっと離れて旅行人に出ている民泊の家を当たってみるか・・・。

これがまたえらく大変だった。人に聞き聞きようやく近くまで来たはずなのだけれど、住所に書かれた通りを誰も知らない・・・。
最後は一人のおっちゃんが、その民泊をやっているらしいセルゲイの家に電話をかけて場所を確認してくれた。
セルゲイの家は狭い路地に面していた。こりゃ確かに誰も知らんわ・・・。
中庭の離れに部屋があり、部屋自体は申し分ないのだけれど、大誤算だったのはシャワーがないこと。それでWが一泊8,000AMDもする。確かに、旅行人にもトイレ共同とは書いてあるけど、シャワー共同とは一言も書いてないわ・・・。

うぅぅむ、正直言ってシャワーなしはちとキツイ。半分シャワー目当てにイェレバンに来たようなもんだから・・・。
どうしたものか悩んでいると、セルゲイが一泊7,000AMDまでまけてくれた。様子からしてこのあたりが限界らしい。
お湯なんて贅沢なことは言わないから、せめて水浴びできるスペースさえあればよかったのだけれど・・・。足や頭は中庭の水道で洗えるのだが、さすがにここで素っ裸になって水浴びするわけにもいかない。全身を垢すりでゴシゴシ洗いたい、かと言って今から別の宿を当たるのも面倒くさい・・・。
セルゲイがバケツにお湯をくれると言うので、それで妥協した。

さっそくお湯をもらってトイレでお湯浴び。狭くて薄暗いトイレの中だけれど、何はともあれ久々にスッキリした。
明日一日観光して明後日イェレバンを発つつもり。
それにしても・・・シャワーがないってのは誤算だったなぁ。二人で一泊7,000AMDも払いながら、昨日泊めてもらったサムレルのところのほうがずっと快適というジレンマ・・・。

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ありがとう、サムレル!                   初めて朝から晴れた!

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GSでコーヒーをご馳走になる              道はアップダウンを繰り返しながらも下り基調

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食欲をそそられるケバブ                  トラックも威圧感がない

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道路脇でリンゴがたくさん売っている

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忽然とビルが現れる・・・なんとも奇妙な光景だ

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たった一日のイェレヴァン観光だったのだけれど・・・

2012/5/1 火
朝から快晴。一日だけ予定していたイェレヴァンの観光に自転車で繰り出す。
疲れが溜まっているのか、なにやら朝からずっと体が重い。かつ、これまでが嘘のように暑い・・・イェレヴァンは標高1,000mほどであるが、盆地状の土地なので晴れると暑い。

まず向かったのは市街地の北西の丘の上にあるツィツェルナカベルド公園。ここにジェノサイド博物館と追悼のモニュメントがある。
はっきり言って、イェレヴァンにはこの博物館を見るためだけに来たと言って過言でない。
人に場所を聞き聞き、クソ暑い中汗を流して丘を上り、ようやく辿り着いたと思ったら、博物館は休みだった・・・。
そ・ん・なぁ・・・定休日は月曜のはず。なんで???制服を着た警備員に聞いてもやはり今日は休み、明日は開いていると言う。
はぁぁ・・・何のためにイェレヴァンに来たんだか。

でも、博物館のためだけにもう一日イェレヴァンの滞在を延ばすのは考えられない。正直言って自分らにとって他に何も魅力がないからだ。
自分らにとって大きな町に魅力がないのは何もイェレヴァンに限った話ではないが、特にイェレヴァンはアルメニアのそれ以外のところとのギャップがあまりに大きすぎる。
すべてがあまりに違いすぎる・・・これまで見てきたアルメニアの田舎、その素晴らしさの片鱗もイェレヴァンにはないように思えた。
しかも、宿はシャワーがないし、安くもないし・・・居心地は悪くないのだけれど。

丘の上にある公園からはアララト山がよく見える。4/24の追悼の日にはここで大きな追悼式が行われたのだと思う。
がっかりして公園を後にする。

次に向かったのは市街地の北にあるカスカード。ソビエト・アルメニア成立50周年を記念して造られた巨大なモニュメントだ。
なんか町の様子が休日っぽいんだよなぁ・・・子供たちもいっぱい出歩いているし。もしかして今日は祝日なのか?メーデーか何かで???
昨日は何もなかった共和国広場に、なにやら会場を設営中。アルメニアでは5/9が(第二次大戦の)戦勝記念日、5/28が共和国の成立記念日で祝日だから、それに合わせての準備であろう。

カスカードに到着。自転車を木に縛り付けているときに英語で話しかけられたおっちゃんに今日のことを聞いてみると、やはり休日という話。はぁ・・・じゃあ戦争博物館も休みだろうな・・・。
(旧)共産圏の国には、無意味な(と言ってはなんだけれど・・・)巨大なモニュメントや銅像、広場なんかがあちこちにある。アルメニアの首都イェレヴァンも例外ではなく、カスカードはその代表格。階段状の巨大なモニュメントだ。財源不足で一時建設が頓挫したとかで、現在も工事中。
中にエスカレーターが通っていて、やはり定休日は月曜なのだけれど、祝日の今日はもちろん休み。
階段を上って上まで行くと、眺めはなかなかよい。

ダメ元で、そこから歩いてすぐのハグタナク公園に行ってみる。公園内には当初スターリン像が立てられていたのだが、後に巨大な女性像に替えられた。その像の台座部分が戦争博物館になっていて、カラバフ関係の展示がされているはず。
公園内に昔ながらの遊園地があって、休日の今日は家族連れなんかで賑わっていた。で、案の定、博物館は休み・・・。
またまたがっかりして公園を後にする。

中央アジアの地図がないかと帰りに寄ってみた本屋までも休み・・・。
収穫ゼロ。
あちこち回って疲れたわりに無為な一日だった。強烈な日差しにやられてすごく疲れた・・・。

セルゲイの家の近くの市場ではいろんなものが売っている。中でも気になったのが大量に売られているザリガニ・・・普通に食べられているようで、よく見ると旨そうである。
で、夕食に食べてみた・・・美味!ビールのつまみにピッタリで、こいつはイケル。

さて、遅ればせながらアルメニアについてちょっと触れておく。
かつて紀元前の頃はカスピ海から地中海に及ぶ大アルメニア王国として繁栄したこの国の歴史は、常に周辺の大国に翻弄された歴史と言ってよい。
ローマ、パルティア、ペルシア、アラブにティムール・・・10世紀には多くのアルメニア人が故国を捨てた。そしてオスマン・トルコにロシア・・・。
現在のアルメニアはだいぶ東にずれ、面積は関東地方より小さい。かつてはアルメニアにあった聖山アララトも、現在は山裾の一部を除きトルコ領である。

アルメニアはトルコ、グルジア、アゼルバイジャン、イランに囲まれた内陸国で、南西部のイランと挟まれた部分にアゼルバイジャンの飛び地ナフチュヴァン自治共和国がある。
周辺四国のうち、グルジアとイランとの関係は良好で自由に行き来できるが、トルコ及びアゼルバイジャンとは緊張状態にあり、二国との国境は閉鎖中。
特にナゴルノ・カラバフを巡ってアゼルバイジャンとは現在も紛争状態にあり、狙撃による犠牲者が今でも散発的に出ている。
トルコの方は、第一次大戦中のオスマン・トルコによるアルメニア人大虐殺が尾を引いている。

アルメニア人と話してみると、総じてトルコ、アゼルバイジャンに対する印象は悪い。
特にアゼルバイジャンの印象は悪くて、「アルメニアの次はどこに行く?」と聞かれて「アゼルバイジャン」とはちょっと答えにくかったりするのだけれど正直にそう話すと、「そりゃよくねぇ、アルメニアからイランに行った方がいい」というようなことをよく言われる。
地図を見ると、トルコともアゼルバイジャンとも国境を跨いで太い幹線がズドーンと通っているのだけれど、国境を通ることはできない。なんだかとても不思議な気分。
アゼルバイジャンとの国境地帯は近づくのも危険だ。

カラバフの問題にしても大国に翻弄された結果と言える。
ロシアは、ムスリム国家のオスマン・トルコやイランとの国境地帯に敵性民が住むのを好まず、各地のアルメニア人の移住を推奨した。結果、カラバフのあたりは、ソ連時代にはアゼルバイジャン内の自治州であるにもかかわらず、住民の大半はアルメニア系というねじれた状態に。
'80年代末になってアルメニアへの帰属意識が高まり、ソ連崩壊後にナゴルノ・カラバフ共和国を名乗って独立を宣言、アルメニア人勢力を含めた共和国軍とアゼルバイジャン軍との間で戦争となった。
戦争はアルメニア側の勝利という形で'94年に停戦、元自治州の領域に加え一部隣接するアゼルバイジャン領をも制圧した形で現在に至っている。
一応国家としての体裁をとってはいるが、現在のところ承認しているのは世界でアルメニアのみ。
ちなみに、外国人もビザを取ってカラバフに入ることはできるが、パスポートにこのビザがあるとアゼルバイジャンへの入国は100%拒否される。

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丘の上にあるツィツェルナカベルド公園          街中ではなにかの集会中・・・

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現在も建設中のカスカード                 上にのぼるとアララト山がよく見える

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ここにもT34・・・                        よくできたライオンのオブジェ

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市場で大量に売ってるザリガニ                ビールのつまみに最高!

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ビールもアララット!

Trackback [0] | Comment [0] | Category [■ 097_Armenia / アルメニア] | 2013.09.08(Sun) PageTop
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建築途中で放棄された家?

2012/5/2 水
始:10:40 ~ 終:18:00 走行:63km
~ Sevan

快晴!
もう一度イェレバンの市街地を走るのが億劫だったのだが、セルゲイによるとなんでも市街地を走らずともSevan方面に抜けられるという話。
セルゲイに教わった道を行く。
盆地のイェレバンからは出だしから上り。一時間半、300mほどの上りでようやくイェレバンから脱出。M4に出て、セヴァン方面に北上する。

イェレバンを出てからも上りが続く。標高2,000mほどのセヴァン湖まで、アップダウンを繰り返しつつ上る。
アルメニアの坂は勾配が緩い。9%とか12%と標示されているのだけれど、どう見てもそんなにはなく、体感的にせいぜい9%→5~6%、12%→8~9%といったところだと思う。12%の長い坂は通常、30T×27Tでは座ったまま漕いでいられないから。
ま、標示より緩く感じるのはありがたいことではある。

M4は村や町をいっさい通らない退屈な道だった。M1と違って景色も変わり映えせずパッとしない。
そんな中、個別に見れば上りのうちに入らないような坂も、ずっと続くとけっこうこたえたりする。
これまでが嘘のように乾燥していて、ボトルの水が尽きてGSでもらおうと思ったら、飲めないと言うので仕方なく1Lだけ買った。

村や町を通らないから店がなくて買い出しができない。辛うじて道路脇にケバブを焼く店があったので昼食だけは食べられたが、夕食は手持ちの非常食で済ますことに。
セヴァンの町は道からちょっと外れたとこにあり、面倒なので寄らなかった。
湖畔まで来てようやく飲める水をもらえた。

湖畔には平坦地が乏しく、建築途中で放棄されたような家がいくつか斜面に並んでいた。その中の一つにこっそり幕営させてもらう。
アルメニアは基本的に風さえなければ全面テン場といった感じなのだけれど、いつもタイミングが合わない。幕営時間になって町に入ってしまったり、風雨に晒されたり・・・。
セヴァン湖は南北カフカス最大の湖で、琵琶湖の二倍ほどの大きさである。

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セルゲイの家をあとにする                  緩い上りが続く

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セヴァン湖が見えてきた                  建築途中で放棄された家?の一つにこっそり幕営

2012/5/3 木
始:9:10 ~ 終:17:00 走行:76km
~ Dilijan ~ Vanadzor ~ Pambak

くもり時どき雨がパラパラ。標高があるから日が出ないとさすがに寒い。
セヴァンから緩い上りをしばらく行くとトンネルがある。トンネルから先はしばらく下りだ。
四角いトンネルで、長さは2,200mほどあった。中は真っ暗でところどころ路面がボコボコだからけっこう気を遣うのだけれど、交通量は少なくて特に大型はほぼ皆無、走っている車も徐行しているからトルコのトンネルのように身の危険を感じることはない。

下った先がDilijanで、標高1,200mほど。山間の避暑地で、旧ソ連時代には文化人用の保養施設がいくつもあって作曲家のショスタコーヴィチなども訪れていたらしい。
町まで下る途中、道沿いにケバブを焼く店があったのでそこで昼食休憩。相変らず美味しいのだけれど、いい加減ケバブは飽きてきたな・・・。
店の前でエホバの証人の二人組と会って言葉を交わす。エホバの証人の信者は世界中にいて、これまでけっこうあちこちで言葉を交わしてきた。マユミの友人に信者がいるらしく、たいていマユミのほうから興味を持って声をかけているのだけれど、相手のほうは別段入信を勧めるわけでもなく感じのいい人が多い。

町まで下ると銀行があり、お金が足りなそうなのでちょっと下ろしてから先へ進む。
ディリジャンからヴァナゾールまでは上り返し。ここの上りは本当に12%あったなぁ・・・そうそう12%ってのはこんな感じ・・・速度が5km/h台まで落ちて座って漕いでいられなくなり、ダンシングして7km/h台まで回復、座るとまたすぐ5km/h台まで落ちて・・・その繰り返し。

峠の標高が1,900m。そこから1,200mのヴァナゾールまで一気に下る。
ノーブレーキで下れる快適な下り。道の悪いアルメニアでノーブレーキで下れる坂というのはそうそうない。
ヴァナゾールもギュムリ同様、1988年の大地震で大きな被害を受けたようであるが、そんな面影は今は微塵もない。
町中の商店で食料の買い出しをし、水場で水を汲ませてもらう。
空がすっかり暗くなり、本降りになりそうな雨が降ってきた。越えてきた後方の山々は白くガスってしまった。危ないところだった・・・。

アルメニアも道路標識があまりなく、町に入るたび人に道を聞く必要がある。
ヴァナゾールで道端の人に道を聞いていたら、ちょっと先から英語で声をかけられた。小さなデイパック一つというあまりに身軽な格好だったので地元の人かと思ったら、ベルギー人のツーリストだった。ちょっと先にあるAlaverdiまでヒッチハイクで行くのだとか。
アラヴェルディの近くにアルメニア正教の古い教会がたくさんあるらしい。
「バスも列車もないからセヴァンからディリジャン、ヴァナゾールとずっとヒッチハイクで来たよ」と言っていた。移動の途中、どこかで自分らを見かけたらしい。
路線バスとか長距離バスなんて気の利いたものはもちろんないけど、マルシュルートカ(ミニバンの乗り合いタクシー)なら腐るほど走っていたけどなぁ・・・もしかして知らんのかな?とも思ったのだが、今にも雨が降りそうなので挨拶だけして先を急いだ。

ヴァナゾールから道は線路沿いとなり、山間の渓谷を走る。狭い谷でまたテン場が乏しくなった。
が、ここで救いとなるのが建築途中で放棄された(と勝手に思い込んでいる)建物。何故だか知らないがアルメニアにはこの手の建物がたくさんある。
今日もタイミングよく道路沿いの渓谷を見下ろすところに、レストランにでもするつもりであったと見える放棄された建物を見つけた。隣には正真正銘休憩用の東屋があり、水も出ている。そこでアルメニア人一家がバーベキューをしていた。

建物には渓谷側に広いテラスがあった。中は暗くどことなく空気が澱んでいるので、明るいそのテラスの上に幕営。
平らだし、雨も凌げる完璧なテン場である。万一停滞になってもここなら快適。
昨日みたいに建物の中にテントを張っているといかにも不審者であるが、外のテラスに張っているとまったく怪しく思えないから不思議だ。

18:00過ぎから本格的に降り始めたので助かった・・・。
アルメニアに入ってから一度も自然の中に幕営してないなぁ・・・タイミングさえ合えばいいテン場がいくらでもあるんだけどね。
その後激しい雷雨になった。たくさんのヤギを連れた人がテントの脇を通ったので挨拶を交わす。ホントはいつもこのテラスを通っているんだろうけど(ヤギがこちらのルートをとろうとして躊躇している)、今日はテントがあるから下の川原を歩いて帰っていった。なんか申し訳ないっす。

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アルメニアはアイスコーヒーがポピュラー          四角いトンネル

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Dilijanへの下り                       アルメニアのエホバの証人

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馬の散歩中?                        天気が悪い・・・

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一見キレイだが明らかに放棄されている・・・       今日はテラスに幕営

Trackback [0] | Comment [0] | Category [■ 097_Armenia / アルメニア] | 2013.09.09(Mon) PageTop
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Author:nakappie
1970年生まれ。妻と二人信州伊那谷在住。
2009年10月~2013年5月の旅を記録するために”なかっぴー通信”をスタートさせました。
現在は伊那谷にて節約生活をしながら充電中。
2014年4月、ブログのタイトルを”なかっぴー通信NEO”に改めました。
信州伊那谷より~旅のこと、山のこと、自転車のこと、そして田舎暮らしのことなどなど・・・気ままに綴ってゆきます。
”おもしろきこともなき世をおもしろく”そんなふうに生きていけたらいいですね。

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