イランでお世話になった人たち

イランではたくさんの方たちにお世話になりました。
日記をしばらくアップできそうにないので、お礼方々お世話になった方たちのことだけひとまず挙げておきたいと思います。

ヤゼールさん一家@アスタラ:1泊
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ナセルさん一家@ハヴィック:1泊
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ファルフードさん一家@レズバンシャー:8泊
スペシャルサンクス:ペイマン&ナイード
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ファルフードのお姉さんゾフレさん一家の山小屋@アルデ:2泊
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モハンマドさん一家@ラシュト:1泊
スペシャルサンクス:アリさん
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モハンマド君の家@ラシュト:1泊
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ファトゥフラさん一家@マンジル:1泊
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レザさん一家@ガズヴィン:1泊
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カゼムさん一家@キャラジ:2泊
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ハミドさん一家@テヘラン:11泊 エスファハーン、シーラーズへ行っている間も自転車と荷物を預かっていただきました。
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フレイドン君&モハンマド君のところ@シーラーズ:2泊
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ハミドさん一家@シャフルード:1泊
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アリレザさん一家@シャフルード:1泊
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モルテザ君の仕事場(IRAN RED CRECENT)@サラクス:2泊
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他にもレストランやSAのナモスの部屋に泊めていただいたり、食べものや飲み物をいただいたり、自転車屋に案内していただいたり・・・
本当にたくさんの方々にお世話になりました。ありがとうございました。
かくしてイランは自分らにとって格別な国となった。

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アスタラにて・・・イラン入国

★★★ イランの日記をアップします ★★★
最近の日記をアップし終えたところでイランの日記をちょっとアップします。
時系列がグチャグチャになってしまいますがご勘弁を。
キルギスはネガティブな日記ばかりでしたので、ここらで気分転換に・・・

2012/5/24 木
始:9:20(アゼル時間) ~ 終:19:30(イラン時間) 走行:38km
~ Avrora ~ Pensər ~ Ərçivan ~ Astara ~ 国境 ~ Astara

曇り時々雨、時々日が差す。
昼に国境が閉まることは知っていたから、昼前に越境すべくアスタラを目指す。途中でチャイを飲み、アスタラの町で余ったお金を食料に替える。
アスタラの国境は非常にわかりにくい。通常幹線を走っているとそのまま自動的にイミグレに導かれるはずなのだが、ここは唐突に道路が終わってしまう。
人に聞いて最初に連れて行ってもらったところは、人しか通れない鉄扉の前。鉄扉は閉ざされていて、15:00に開くと言っている。
イランのトラックが国境を越えているはずだからそんなわけはない。別のところに車の通れる国境がないのか聞いてみると、「テルミナルのことか?」と教えてくれた。
最後は自転車に乗った人がテルミナルまで案内してくれた。イランのナンバーのトラックもいるから間違いない。どうやら塀に囲まれた一角が越境ポイントになっているようだ。

そこに着いたのは13:00過ぎ。予想通り昼休みになっていた。ゲートで聞いてみると13:30と言っているので、てっきり13:30に開くのかとちょっと待って出直すと、実は13:30~14:30の間が昼休みということだった。
トラックの並ぶエリアで運ちゃんたちと一緒にさらに1時間待つ。14:30をちょっと過ぎるとゲートが開き、すかさず手続き。
アゼルの方は係官が来るのをちょっと待っただけで、荷物検査もなくスムーズに出国。
そのままトラックの流れに沿ってイラン側のゲートへ行ってみたけれど・・・。
係官にパスポートを手渡してすぐに用が済むと思いきや、向こうの建物で指紋を採らないといけないという話。
両替商か何かの英語を話せる兄ちゃんが、「日本はアメリカの友達だから向こうで指紋を採らないといけない」と教えてくれた。ま、そのことは知っていた。

その兄ちゃんがキャノンデールについている星条旗を目ざとく見つける。「なんでアメリカの国旗がついている?」ときた。面倒くせぇ・・・。
そんなこともあろうかと、イランに入る前に星条旗にテープを貼って隠しておこうと思っていたのだが、すっかり忘れていた。
面倒なので無視を決め込んで、係官についてそそくさと向かいの建物へ。
「ヒロシマ、ナガサキを忘れるな~」と後ろから兄ちゃんが叫んでいる。バカヤロウ!そんなの一時たりと忘れたことないわ!

ちなみにイランでは外国人にも服装の規定がある。
男は短パンは論外だが普通にしている分にはTシャツでもOKで、何ら普段と変わらないが、女は少々面倒。
頭髪を隠し、体の線が出ない服を着なければならない。
今朝テン場を出るときからマユミはトラブゾンで買った長袖のだぼっとした服を着ていた。そしてイランの国境でスカーフをかぶれと促され、すかさずかぶる。

指紋を採ってすぐに越境だとその建物に行ってみると、黒山の人だかり。まだ閉まっていて、扉の前にどやどやと人が押し寄せている。
どうやら大半はアゼル人。女性の身なり(スカーフ)がとってつけたようで板についてないからすぐにわかる。
どやどやと節操なく扉の前に詰めかけているのがアゼル人。後ろで座って待っているのがイラン人。
まったく節操のないアゼル人。アゼル人のことが一瞬で嫌いになった。

建物の扉が時々開いて、一人ずつ中に入れている。見てるとどうやらアゼル人を後回しにしているようで、イラン人を一人ずつ優先して入れている。
建物の中にはイミグレの窓口がいくつかあって広いスペースもあるのに、なんでそんなやり方をしているのか・・・節操のないアゼル人もアゼル人だが、イランのイミグレも仕事が遅くてまったく話にならない。
これじゃいつまでたっても入れそうにない。トラックと同じところで処置できないか戻って頼んでみるが、「ダメ」「向こうに行け」の一点張り。
仕方なくアゼル人の押し寄せている扉の前に戻る。

たぶんアゼル人以外は優先して入れる、そう踏んで扉が開いた隙に係官にパスポートを差し出すと、その通り。アゼル人が後回しにされているだけで、アゼル人以外は優先してもらえる。
が、アゼル人が邪魔で扉に近づけない。そうこうするうちに扉が開いて、アゼル人がなだれ込む。
並ぶということをまったく知らず、今度は窓口に押し寄せるアゼル人。
一列に並ばせりゃいいのに・・・窓口が複数あるんだから、アゼル人とそれ以外で窓口を分けりゃいいのに・・・アゼル人もアゼル人だが、イランのイミグレもホントに使えねぇ。

自分らのパスポートは係官が預かって窓口に持って行ってくれたので、イスに座って順番を待つ。
待てど暮せど順番が来ない。
「イラン、ダメだろう」と隣の人に声をかけられ、てっきりアゼル人かと思ったらイラン人だった。テヘランに住む人で、母国語はアーザリー。もちろんファルシーも話せるのだが、ファルシーは好きではないと言っていた。
「テヘランに来たら電話して」と、電話番号を教えてくれた。

その人の順番が来て、窓口を通っていった。さらに待つこと小一時間。一向に順番が来そうにない。窓口に押し寄せているアゼル人もまったくはけない。
どうなっているのかとアゼル人の頭越しに窓口を覗くと、自分らのパスポートは端末の脇に放っておかれていた。係官のおっちゃんは、自分らのパスポートを放ったまま次々差し出されるアゼル人のパスポートを先に処置していた。
愕然・・・さすがに堪忍袋の緒が切れて、「こっちを先に処置しろ」とアゼル人の頭越しに怒鳴る。ようやく自分らのパスポートを処置するおっちゃん。

自転車共々ようやく窓口の向こうに通れたが、まだ終わらない。隣のポリスの窓口に行けと言われる。
そこでも待たされる、待たされる・・・「まだかよ!」と怒鳴りまくり。
ポリスもアゼル人のパスポートを先に処置している。
自分らのが後回しにされているのは、決して自分らの態度が悪いからではないと思う。おそらく単に面倒なのだ。

それにしても仕事が遅い。アゼル人の群れといったって、高々200人に満たない人数だ。パスポートを読み込んでスタンプを押すだけの作業にいったい何時間かかっているんだか・・・。
一番最後かと諦めムードになったところでようやく別室に呼ばれる。
左右の五本指すべての指紋を二回ずつ採られて、ようやく終了。
自転車のところに戻って「荷物検査は必要か?」と怒鳴ると、不要という話。ようやく越境。
イランのイミグレを通るのに要した時間、3時間半。アスタラの国境に着いてから5時間以上経過、時間は既に18:30。
疲れたわ・・・。

アスタラの町中の両替所で両替え。
イランの通貨はリアル(R)で、レートは$1=16,000R、1E=21,500Rといったところ。目下レアルの価値が急速に下がっている。
久々にお金の単位が大きくて、ちょっと戸惑う。
これをさらに複雑にしているのが、日常生活では誰もレアルという正規単位は使ってなくて、トマーン(T)という単位を使っている。
1T=10Rで、つまり実際の額よりゼロが一つ少ない額を誰もが使っている。
デノミをして2、3桁落とすべきところなのだろうが、すっかりトマーンが定着しているのでそうもいかないらしい。
ちなみに「ホメイニー」という言い方もあるらしいが、これはイラン滞在中に結局一度も聞いたことがない。
1ホメイニーというのは10,000Rのこと。10,000R札の絵柄がホメイニー師であるところからきていて(それ以外の札もすべてホメイニーの絵柄であるが・・・)、日本で一万円を一諭吉と呼ぶようなものだ。
ちなみにATMはどこにでもあるが、VISAとかMASTERといった米系のカードはイランでは一切使えない。

イランとアゼルの間には時差があり、東に位置するイランの方が何故か時間が30分遅い。ともにサマータイムも実施しているのであるが・・・。
時計を30分遅らせる。

両替所でラシュトに向かう道路にはどうやって出ればいいのか尋ねたら、親切にもそこに居合わせた一人が小型バイクでその道路に出るところまで案内してくれた。
とにかく腹が減ったので、食事を済ませて幕営するだけにしようとレストランに入った。
イランに入って飯が断然美味くなった。種類も豊富だし、米を食べているところが何よりいい。
レストランにいたおっちゃん(ヤゼール)に声をかけられた。よかったらうちに泊まらないかと。
ありがたくお言葉に甘えさせてもらう。ヤゼールの乗るタクシーについてヤゼールの家へ。広くて立派な家。絨毯が敷いてあり、床に座って生活するスタイル。
シャワーも浴びさせてもらった。自分が浴び終わったところで水道管が破裂。ヤゼールが応急処置をしてどうにかマユミも浴びられた。

家にはヤゼールの他に奥さんのホルシッドと息子さんのエイバット・アラーが住んでいて、この日はちょうど娘さん一家も遊びに来ていた。とても感じのいい家族である。
家では衛星放送でアメリカのTV番組なんかも普通に見られていた。

「アゼルでも誰かの家に泊めてもらってたのか?」と聞かれたから、「いやいや、チャドル(テント)です」と身振り手振りで答えると、「アゼルの奴等は頭がおかしいんだ」と言っていた。
本宅と連結した隣の別館で悠々と寝させていただいた。

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この先が越境ポイント                  5時間以上かかってようやくイランに入国

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入国早々、アスタラのヤゼールの家にお世話になった

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娘さん一家も遊びに来た

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ナセルとアリレザの家@ハヴィック

2012/5/25 金
始:10:35 ~ 終:13:30 走行:29km
~ Haviq

晴れ。
ヤゼールは昨晩話していた通り朝早くに出かけてしまい、朝食をいただいてから奥さんと息子さんに見送られてヤゼールの家をあとにする。
イランに入って俄然アジアだと実感できる。
道路脇には水田が広がっている。125ccくらいの小型バイクがたくさん走っていて、そこに家族連れで3人乗り、4人乗りしている姿はまぎれもなくアジアだ。
物価もグッと下がった。

イランに入ってすぐに感じたのは、アラブ諸国と違ってタバコを吸う人が少ないってこと。
アラブのムスリム諸国では、男は誰も彼もタバコを吸っていたから、ムスリムの国っていうと誰でもタバコを吸っているものと思い込んでいたのだが、イランはタバコを吸う人が極端に少ない。
名目上でも、店内は禁煙のところが多い。

ハヴィックで道路脇のレストランに入って昼食兼休憩。そこで親子に声をかけられた。ぜひうちに泊まっていってくれと・・・。
まだ昼過ぎでもう少し走りたいところであったのだけれど、せっかくだからとお言葉に甘えることにした。
少年の名はアリレザ(11歳)。父親のナセルの意向で英語教室で英語を勉強していて、とにかく英語を使いたいらしい。
イランでは通常、学校では英語を習わず、英語を勉強したい子はアリレザのように別の英語教室に通うらしい。親の意向とか経済的な問題もあるから、誰でも習えるわけではない。
ナセルもアリレザの英語の教本を持ち出して、一所懸命会話しようと試みる。アリレザが通訳の伝令としてナセルと自分らの間を行ったり来たり。難しい質問をナセルから言い渡されると、ちょっと困った顔をするアリレザ。とても可愛い。
ちなみに、ナセルはメル・ギブソンにちょと似ている。

ナセルの奥さんハミデはとても明るく、どことなく豪快な人。アリレザの弟のハミドレザはおとなしく、はにかみやさん。ばあちゃんのナジベは80歳ということであったがとても元気で、そして働き者。掃除やらなんやらでとにかくよく動いていた。

イランでは金曜が休日。仕事は金、土、日と休みの人も多い。
血縁関係が濃厚で、休日には血縁者同士集まって食事をしたりするのが通例。
この日はナセルの家に、アルダビールに住む下の娘さん夫婦が旦那さんの両親と一緒に遊びに来ていた。
イランでは特に女性の結婚年齢が早く、結婚したばかりの下の娘さんアザールはまだ15歳。子供のいる上の娘さんサナズもまだ19歳である。

イランは厳格なシーア派ムスリムの国かと思っていたのだが、予想に反して一般庶民の様子はずいぶん違う。
アメリカ嫌いな人が多いわけであるが、それ以上に自国の政府=イスラームが嫌いという人も多く、これには正直驚いた。
ナモス(一日五回のイスラームの礼拝)をしない人も多い。
女性は家の中でもスカーフをかぶっているが、若い人を中心に形だけかぶっているという人も多く、前半分くらいは頭髪が露出しているという風。

イランはトルコ以上の親日国。日本のことは誰もが大好きで、30代以上の人なら「おしん」は誰でも知っている。
「おしん(を演じていた女優)は今も日本で元気にしているのか?」なんてこともよく聞かれる。
真っ黒に日焼けして粗末な格好をしている自分らは、イランでも初見で日本人と見られることはまずない。たいていチン(中国)、もしくはマレーシアかタイあたりの人と見られる。
これが日本人とわかった時のイラン人のリアクションがすごい。
「オー!ジャポーン!」となって、「日本はすごい」とか「日本はいい国だ」とか「日本はNo.1」だとか手放しで賞賛の言葉をかけられる。ありがたい限りです。

22:00過ぎに夕飯。庭でナセルが鶏のキャバーブを焼いてくれた。
イラン版焼き鳥とも言えるこのキャバーブはめちゃくちゃ美味い。

イランはフルーツも豊富でよく食べる。とても美味しくて、しかも日本では考えられないくらい安い。
スイカ、メロン、さくらんぼ、ぶどう、もも、あんず、びわ、桑の実、アルーチェ、等等。
アルーチェというのは、南カフカスでも食べていたが日本にはないと思う。すっぱいだけであまり美味しいものとは思えないが、暑いところで食べていると不思議とクセになる。消化を助ける働きがあるとかで、皆よく食べている。
ナッツ類も豊富で、日本では高価なピスタチオもイランでは安価。ひまわりの種はイランでも大人気。
ひまわりの種を食べる国では、皆さん片手だけで器用に殻を割って食べる。やっているうちに自分らもできるようになっていた。
中身だけのものも売っているが、何故だか殻つきのやつの方が断然美味い。

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ヤゼール宅をあとにする                 路上で何かやってて渋滞していた

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アジアだねぇ~                      レストランでアリレザに声をかけられた

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ナセルとアリレザの家・・・娘さん一家も遊びに来ていてとても賑やか

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ナジベ婆ちゃん                      右がアリレザの弟のハミドレザ

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ナセルの焼いてくれたキャバーブをいただいた・・・食事はこのように床に座って

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レズヴァンシャーのファルフード宅

2012/5/26 土
始:10:30 ~ 終:18:30 走行:89km
~ Shirabad ~ Lisar ~ Hashtpar(Talesh) ~ Punel ~ Rezvanshahr

晴れ。
朝食をいただいて出発。
今いるところは、カスピ海に面したイラン北部のギーラーン州。イランきっての観光地で、休日にはテヘランなどからも人がやってくる。
イランでは珍しく緑の濃い、美しいところである。

イランの道路は広くて、舗装もたいていきれいで走りやすい。
交通量は町の中と外でかなり差がある。町から出たところは車が少なく走りやすい。
一見乱暴なように見える車の運転も、意外にも自転車にはけっこう優しかったりする。
追い越すときも十分な車間を取って追い越してくれるし、町中では自転車に道を譲ってくれることもしばしば。
自分の感覚では、大型トレーラーがギリギリのところを追い越していくポーランドあたりの方が余程身の危険を感じるし、自転車に道を譲ることなどまったくないトビリシのような町の方が余程走りにくい。

追い越しざまに車やモーターバイク、果てはバスの運ちゃんにまで声をかけられることがよくある。
自転車に車を寄せて声をかけてくるから、人によっては幅寄せされていると感じるかもしれない。

乗用車はイラン製のサイパというメーカが一番多い。これはキアのOEMで、同じ車でキアのバッジの車もよく走っている。
それから古いペイカン、これもイラン製。イラン・コドゥロというメーカの新しい車もよく見る。
これらイラン製の車が6割くらい。残りの4割はプジョーである。
後に人に聞いて判明するのだが、プジョーが多いのはイラン国内で生産しているから。
ちなみに、小型トラックはほとんどがザムヤッドというメーカの青いトラックであるが、これはニッサンの古いトラック(日本でも'70年代くらいに走っていた懐かしい顔)のOEMである。

イランの公用語はファルシー(ペルシア語、テヘラン語)で、文字はアラブ文字を使っている。
ほとんどの国民がファルシーを話せるわけであるが、他にもクルド語やギラキー、タレシュといったペルシア系諸語、それからアーザリーなどのトルコ系諸語など複数の言語が存在する。
中でもアーザリーを母語にする人はアゼルバイジャンよりイラン国内の方が多い。アスタラやハヴィックあたりはまだまだアーザリーの圏内で、日常会話ではファルシーではなくアーザリーを使っていた。

イランはまたカレンダーが独特で、所謂ペルシア・カレンダーを使っている。
622年のヒジュラ(ムハンマドのメディナへの聖遷)を紀元とする太陽暦で、それによると西暦2012年の今年は1391年となる。
月日も西暦とはずれていて、例えば西暦の6/26はイラン歴では4/6となる。
日常生活ではイラン歴を使っていて、今日が西暦で何年何月何日なのか把握していない人の方が多い。
イラン暦では、春分の日が一年の始まり。イラン人の使っている手帳なんかを見ると、3/21から始まっているから面白い。

バンダレ・アンザリーの手前のレズヴァンシャーというところで、そろそろテン場を探そうかと店の前のテーブルに座ってコーラを飲んでいたら、やたらと陽気なおっちゃんに声をかけられた。
珍しいイラン人のサイクリストで、バイカーを見かけてはよく自宅に泊めているらしい。
ちょうど一年くらい前にジュンコさんという日本人を長く泊めたことがあるらしく、自分の娘と言っていた。
とにかくハイテンションで話しまくるので、最初は日本に住む彼の本当の娘なのかと思った。
ぜひ家に泊まっていけと言ってくれるので、ありがたくそうさせてもらうことにした。
いやーそれにしてもイラン人の人の良さはすごいわ。ウクライナやオーストリアなんかでも人の良さは感じたけれど、なんかもうイランは別格って感じ。

彼の名前はファルフード(47歳)。
自分らのことを見かけた友人が彼に電話して、わざわざ家から飛んできてくれたらしい。
ファルフードの乗る車について彼の家へ。
家には他に奥さんのフィルゼ(43歳)と娘さんのファヒメ、息子さんのファリーブがいる。

ファルフードは腕のいい大工。父親も祖父も大工の家系らしい。
英語はうまくないが、長くロシアで仕事をしていたことがあって、ロシア語は得意そう。
大学を卒業したてのファヒメは英語を話すが、目下大学に通っているところのファリーブは一言も話せないという両極端。

ファルフードは、まぁとにかく陽気でゴーイング・マイ・ウェイな人。
声がでかくて話をするのが大好き。人でも電話でも常に誰かと話をしていないと死んでしまうといった風。
が、基本的に人の話はまったく聞いてない・・・。

仕事の途中で自分らのところに駆けつけてくれたらしく、誘われてその仕事場に一緒に行く。
近所のお姉さんの家でドアを取り付けているところだった。
この家がまたものすごく敷地が広い。樹木がいい感じで茂っていて、そこに牛や鶏や七面鳥がいる。
理想的な家で、自分の家がこんな風だったらいいだろうなぁ・・・って感じ。

シャワーを浴びさせてもらったり美味しい夕食をいただいたり、チャイをいただいたりおしゃべりしたりで、結局寝たのは2:00頃。
夕食が遅いのはハヴィックの家が特別だったのかなぁと思っていたら、どうやらそれがイランのスタンダード。
概してイラン人たちは夜型である。

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メル・ギブソンにちょっと似ているナセル

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小型バイクがたくさん走っている              つくづくアジアだねぇ~

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お仕事中のファルフード                 近所にあるお姉さんの家は理想的な家だった

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暫ら~くお世話になるファルフード家

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レズヴァンシャーの日々 その1

2012/5/27 日
晴れ。
朝食は玉子とパン、バター、チーズにチャイ。これが定番といったところ。
ファルフードと一緒に美味しくいただく。

ファルフードは行動が突飛である。
近所に障害児の学校があって、ファルフードはその学校を支援している。
昨晩、唐突に明日学校を見に行こうという話になった。

洗濯してからファヒメが学校に連れて行ってくれた。言いだしっぺの本人は仕事で行けない。
残念ながらちょうど夏休み前の試験期間中で、子供たちは家に帰ってしまった後だった。
校長先生をはじめ、先生方が皆さんいかにも優しそうな感じのいい人たちだった。
教室を見せてもらったり、職員室でフルーツをご馳走になったり。

昼食はたいてい14:00とか15:00頃に食べる。イランでは、一日のうちで昼食が最も大切とされていて、家族揃ってしっかり食べる。
奥さんのフィルゼは料理が上手い。
この日は、ミールザー・ガーセミーというギーラーンの郷土料理を作ってくれた。激ウマ!

ファルフードの口癖は、「日本人とオーストラリア人とノルウェー人は素晴らしい」。
で、その彼がちょうど日本への自転車旅行を計画していた。
頼まれてビザについてテヘランの日本大使館へ電話で問い合わせ。
現在、イラン人が日本のビザを取得するのは極めて難しい。日本人がロシアのビザを取るときのような所謂バウチャー方式で、日本からのインビテーション・レターと宿泊先の予約票を含む旅程表の提出が必要。日本人の知り合いでもいなければほとんど不可能な状況である。
ファルフードのインビテーション・レターは、先のジュンコさんが準備してくれるらしい。
一ヶ月のビザしか取れないという情報を彼が持っていて、日本でビザの延長が可能かどうかを頼まれて大使館に確認した。
結果、最初から三ヶ月のビザを申請すれば?という話。申請者の資産なんかを確認したりすることもあるようだが、どうやら上手くすれば三ヶ月のビザが取れるらしい。
ちなみに、彼は最初イランから自転車で日本へ行こうとしていたのだが、ビザの関係で諦め、日本までは飛行機で往復することに変更した。

夕方、ファルフードについて近所をブラブラ。
英会話学校に行き、そこの先生たちといろいろおしゃべり。
いつまでいるのかと聞かれ、明日発つつもりと答えると、「明日はマースーレに行くぞ」とファルフード。どうやら彼の中ではそういうことになっている。
英会話学校を後にして、そのまま車を拾ってどこかへ向かう。
ファルフードのところには車がなくて、移動はもっぱらヒッチハイクとタクシー。
顔の広い彼は、レズバンシャー近辺ならほとんど無料で車に乗せてもらえている。
途中で親類のペイマンの車に乗り換えた。
30歳のペイマンは最近結婚したばかり。相手のナイードは18歳であるが、ペイマンよりしっかりしている。

最初は、なにやらきれいな滝が近くにあるとかでそこに行くと言っていたのだが、ペイマンの車で到着したところはマスの養殖場。
そこを営んでいる親父さん一家がペイマンの血縁者であるらしい。
ちなみに、イランの親類縁者の数は膨大である。今でこそ子供はニ、三人という家が多いが、ファルフードくらいの年代だと兄弟姉妹が10人も20人もいたりする。
まだまだ一夫多妻も普通だったようである。
ちなみに、これも後に人に聞いて判明するのだが、今でも一夫多妻は合法である。当人同士が合意すれば可能であるらしい。もっとも、経済的にもかなり難しいのであろうが・・・。
そんなわけで、とにかく親類の数が多い。
「この人は父親の弟の娘さんの旦那さん」とか紹介されるのだが、数が多すぎて誰が誰だかわからない状態。
中には、そりゃもうほとんど他人じゃないのか?という人までいるから複雑だ。

マスの養殖場でチャイをいただいたりフルーツをいただいたりしてしばらくのんびり。
そのうち、「今日はこっちの家でみんなで食事をするから、お前らはそっちに行け」と言ってファルフードだけペイマンに送られて帰ってしまった。
うぅぅむ、行動が突飛でまったく読めん。ま、別にいいんだけど・・・。

暗くなりかけた頃、養殖場を後にしてどこかへ向かう。
どこかの家に行ってそこで夕食をよばれるのかと思っていたのだが・・・。
タレシュの町と思われるところでキャバーブを焼く屋台の前に車を止め、ペイマンたちがなにやら買い出し。キャバーブを買って帰って家で食べるのかな???
買い出しに出たペイマンたちはなかなか戻ってこない。
ようやく戻ってきたペイマンが買ってきたのは生の鶏肉。これから焼くのかよ!

そのまま車で移動した先はカスピ海。どうやら海辺でBBQをするらしい。
ピクニックの大好きなイラン人たちはこういったことに手馴れていて、準備も撤収もとても手際がよくて早い。
ササッと敷物を敷いて座の出来上がり。
先発してた人たちが火を起こしていたのかと思ったが、火もこれから起こす。が、これも手馴れていてとても早い。
肉を焼き始めたのが23:00過ぎ・・・これがイランのスタンダードである。

肉を焼いている間、ペイマンたちがゲリヤーン(水タバコ)を始めたので呼ばれる。一人がどこかで缶入りのウォッカを手に入れてきたので、これもちょっといただく。
そこに養殖場の親父さん登場。グラスに注がれたウォッカを一気にあけた。すごい飲みっぷりだなぁと思ったのもつかの間・・・親父さん一発でノックアウト。
普段酒と縁のない人たちなのだから無理もない。
敷物の上に仰向けになる親父さん。座り込んで頭を抱えたり、そのうちあまりの苦しさに泣き出してしまった。
やはりアッラーの教えは正しいということか・・・。
苦しそうにしている親父さんを見てペイマンたちは大喜び。写真を撮れ撮れと合図するのでパシャリ。
奥さんや娘さんをはじめ、女性陣も笑ってしまっている。アッラーの教えを破るからよと半分呆れ顔。
そんなわけで、親父さんは結局キャバーブなど一口も食べずに苦しみぬいて終了。
ちなみに、キャバーブは相変らず激ウマだった。

0:00を過ぎて撤収。
手馴れていて撤収作業もとても早い。
車のところに戻ってみたものの、親父さんがいない。
何人かが探しに行ってしばらく後、両脇を抱えられて捕らえられた宇宙人状態で親父さんが戻ってきた。
ちなみに、駐車場にはサイパの同じ車が何台も並んでいて、名前でも書いてないとどれがペイマンの車だかわからない状態。
1:00に帰宅。

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ファルフードの支援している近所の学校         職員室にて・・・中央が校長先生

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ファルフードの家・・・広いテラス?がお気に入りの場所だった

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フィルゼの作る料理は激ウマ!            家族揃っていただくのが基本

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マスの養殖場にて                     左:新婚のペイマン&ナイード

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明るく働き者のおばちゃんたち             カメラを向けるとコチコチに固まってしまう子供たち

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寡黙で渋かった親父さんが・・・             ウォッカを一気にあけてノックアウト

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見ていて気の毒なほど辛そうだった           最後はトイレに連れて行かれた・・・

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ちなみに夜中の0:00過ぎです・・・これがイランのスタンダード

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この募金箱がどこにでもある               同じサイパばかりでどれだかわからなくなる

Trackback [0] | Comment [0] | Category [■ 100_Iran / イラン] | 2012.09.17(Mon) PageTop
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nakappie

Author:nakappie
1970年生まれ。妻と二人信州伊那谷在住。
2009年10月~2013年5月の旅を記録するために”なかっぴー通信”をスタートさせました。
現在は伊那谷にて節約生活をしながら充電中。
2014年4月、ブログのタイトルを”なかっぴー通信NEO”に改めました。
信州伊那谷より~旅のこと、山のこと、自転車のこと、そして田舎暮らしのことなどなど・・・気ままに綴ってゆきます。
”おもしろきこともなき世をおもしろく”そんなふうに生きていけたらいいですね。

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