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そしてラグマンに救われる

2012/7/21 土
始:17:00 ~ 終:20:40 走行:25km
~ Alat

ラグマンというのは中央アジア版のうどんのことである。

明るくなってからもしばらく寝ていた。目の前のトラックの列がさらに延びている。
8:00過ぎになると暑くて寝ていられなくなって起き出してみるものの、もう疲労がピーク。立っていることすらできない。
ブハラまで97kmと標識にある。通常なら一日で走れる距離であるが、今の自分らにはとても無理。
チャイハーナでしばらく休ませてもらうことに。
が、一見親切そうに見えたチャイハーナの兄ちゃんが、愚にもつかぬウ○コ野郎だった・・・。

ウズベキのお金がないので、ひとまず外にいたおっちゃんに$20だけ両替えしてもらう。レートは$1=2,700Us(スム)。
チャイハーナの兄ちゃんに何か食べられるか聞いてみると、ここでも玉子とソーセージなら食べられると言う。ラグマンはないのか、ラグマンは・・・。
とりあえず目玉焼き三個とソーセージ三本、それからコーラで腹を満たす。

体調は最悪で、吐き気はないがとても動けそうにない。
しばらくチャイハーナで休んでいくことにした。
昼近くになってマットが越境してきた。その後自転車のカップルが一組。チャイハーナの窓から眺めるのみで、もはや彼らに声をかける元気すらない。
昼頃から風が強くなった。ほとんど暴風、外は砂嵐状態。ますます動く気が失せる。

15:00頃、近くのレストランへ歩いて食事に出かけた。
待望のラグマンがあった!
初めて食べたラグマンはあっさりしていて旨かった。これなら食べられる。どうしてこういうあっさりした食べものがもっとないのだろう・・・。
ここのレストランのおっちゃんはとても親切で、今のレートなんかも教えてくれた。$1=2,830Usくらいが今のレートであるらしい。
レートがよくないから国境では両替えしない方がいいぞと教えてくれたが、先ほどのレートはそれほど悪くなかった。
値段も良心的で、払う段になって違う値段を言ってきたりしない明瞭会計の素敵な店だった。

一転。休ませてもらったチャイハーナは酷かったなぁ・・・。
戻って清算しようとしたら、とんでもない額を吹っかけてくる。
目玉焼き三個=4,000Us、同じくソーセージ三本=4,000Us、1.5Lのコーラが8,000Us・・・アホか。
そこのレストランで同じコーラが4,500Us、ラグマン一杯が4,000Usだよ。こちらも完全にキレる・・・。
どう高く見積もっても全部で8,000Usだろ!8,000Usだけ叩きつけて去ろうとするが、もっと払えとうるせぇ。
兄ちゃんと怒鳴り合い、というかこちらが一方的に怒鳴り散らしていると、助っ人のおっさんが一人やってきやがった。
今度は二人に向かって怒鳴り散らす。
何が幾らかもう一度紙に書かせてみると、コーラが6,000Usと書きやがる。なにさっきより安くしてんだよ!それでも高けーよ!
さらに、、、休憩に使った部屋代が一人50,000Us・・・とか書いていやがる。
こ・の・ヤ・ロ・ウ・・・そんなのどこだってタダだよ。今までそんな金取られたことねーわ!
完全に頭に血が上った。もう少しで手が出そうだった。
グッと堪えて二人に怒鳴り散らす。全部で10,000Usだ!これで文句ねぇだろ!
10,000Usだけ叩きつけて店の外に出る。尚も払えとすがりつく二人を振り払い、自転車を押してチャイハーナの前にたむろするタクシーの運ちゃんらの所へ。
運ちゃんらに話を聞いてもらう。「このコーラって幾らするの?」
「4,500Usくらいじゃねーか」と運ちゃんら。
「この店8,000Usも取ろうとするんだぜ」
「そりゃ酷いな」

しばらくしてチャイハーナのウ○コ野郎と助っ人オヤジが外に出てきた。
金を払えとかそんな話はもう一切なし。何事もなかったかのようにしてやがる。
怒りが収まらず、そんな二人に向かって「お前ら一度死んでこい」と怒鳴り散らす。

外はものすごい風でほとんど砂嵐。
とても自転車でなど走れそうになく、ちょっと前まで先ほどのレストランに頼んで泊めてもらおうと考えていたのだが、怒りに身を任せてこのまま走ることにした。
「車に乗っていった方がいいぞ」と言ってくれるタクシーの運ちゃんらに丁寧に礼をし、その隣にいた助っ人オヤジにはもう一度「お前は死んでこい」と怒鳴り散らしてその場を後にする。
トラックの列に水を売ろうとしていたウ○コ野郎にも、自転車で前を通りざま「一度死んでこい」と指を突き立てて大声で怒鳴ってやった。
あー怒りが収まらん。
ウズベキの人たちは総じていい人たちなのに、こんな奴らのためにイメージが悪くなる。

走り出したはいいものの、ものすごい風。
ウ○コ野郎への怒りを糧に前に進む。

ウズベキに入ってがぜんアジアっぽくなった。
人々が明るく、人懐っこくなった。道行く人たちと挨拶を交わすのが心地いい。
自転車に乗っている人がたくさんいて、ロバ車もたくさん見かける。ロバに乗っている人もいるのだが、正直言って大人が乗っている姿はちょっと滑稽だ。サイズ的に子供が乗っているのがちょうどよい。
トルクメを走っていたトヨタの中型車はパタッと姿を消し、ほとんどがデーウ(もしくはそのOEMのシボレー)の小型車になった。
トルクメのようなちぐはぐさがなく、ごく自然に見える。
道はトルクメよりがぜんきれいである。

19:40にアラットの町に入った。
道路脇に見つけたカフェに寄る。ここにもラグマンがあった!
野菜の具沢山でこれまた美味!
トルクメに続いてウズベキも、水事情、トイレ事情ともよくない。カフェに寄ってもそこにはトイレがない。でもまぁトルクメよりはマシか・・・。
ちなみに、ウズベキもラマザンとはまったく無縁のようである。

カフェの周りには快適にテントが張れそうなスペースがなかったので、どこか近くにテン場がないか店の人に聞いてみる。
親切に紙に住所まで書いて教えてくれたのだが、既に薄暗くなっていた今、どうにも辿り着けそうにない。
先に目をつけておいた、ちょっと戻ったところにあった閉まっているGSに張らせてもらうことにした。

GSまで戻ってゲートから自転車を中に入れようとしていると、自転車に乗った少年二人に声をかけられた。
「こんなとこよりうちに来て泊まっていきなよ。ご飯もあるよ」
そんなことを身振り手振りを交え少年二人は言ってくれていた。
ありがたい。ありがたいけど暗くなっちゃったし、今から彼らの家へ行くのも面倒くさい。
「ありがとう。でも今晩はここで寝るよ」
そう伝えると、少年二人は手を振って帰っていった。

中でテントを立てていると、先ほどの少年二人が戻ってきた。
大きなスイカを抱えてきて、自分らに差し出す。
ありがとう。
優しい少年二人に心を洗われた気がした。国境のカフェにいたウ○コ野郎は特殊な例で、基本的にウズベクの人たちは優しく感じがいい。

さらにしばらくすると、おっちゃんが一人やって来た。
どうやらGSの人らしい。てっきり潰れたGSかと思っていたのだが、一部営業しているらしい。
駆け寄ってテントを張らせてくれとお願いする(既に張ってしまったけれど・・・)。
もちろん何の問題もなく、お墨付きをもらってこれで安心して眠れる。
不思議とここには蚊がいなかった。が、やはり暑くてよく眠れず。

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朝の国境                         写真じゃわからないけど暴風の中出発

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ラグマンに救われる                   スイカをくれた少年

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GSに幕営させてもらった(翌朝撮影)

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ラグマンを探して三千里

2012/7/22 日
始:9:05 ~ 終:18:45 走行:44km
~ Karakol ~ Bukhara手前25kmほど

ブハラまで残り70km。通常なら余裕のはずが、衰弱していて今日も辿り着かず・・・。
ちなみに、ウズベキスタンでは原則として滞在するすべての町で滞在登録(レギストラーツィヤ、略してレギ)が必要となっているが、雰囲気的にそんなのなくても問題ないんじゃないか、と勝手に思い込んでいる。たぶんそんなのチェックされるのはタシケントくらいなものだろう。
参考までに、トルクメニスタンはトランジット・ビザで入国した場合、レギは不要である。

テントを撤収し、昨日もらったスイカを半分食べて9:00過ぎに出発。スイカの半分は(たぶんスイカなんていくらでもあっていらないだろうが)GSの人に強引にもらってもらった。
自転車に乗っている人がたくさんいて、ロバ車がたくさん走っていて、久々に自転車に乗っていて楽しいのであるが、相変らず体が重い。
ラグマンを求めて最初に入ったカラコルの町。
でも、この町にはラグマンがなかった・・・。
人に聞き聞きカフェやレストランに何軒か寄ってみたのだけれど、どこにもない。あるのはキャバーブやサムサのみ。どうにも触手が動かない。
商店でアイスを食べ、カフェでコーラとサムサを一口食べてカラコルの町を後にする。

カラコルの商店でおっちゃんに両替えしてもらったのだけれど、ここのレートも$1=2,700Us。
ちなみにウズベキスタンのスム、最高額の紙幣が1,000Us。これって日本円にしてたったの28円くらい。よって$20両替えするだけでけっこうな札束になる。
物価はまぁ比較的安いのだけれど、一度食事をすると飲み物込みで二人で10,000Usは下らないから、その度に十枚以上の紙幣を払わねばならない。
毎回数えるのも面倒くさい・・・もっと考えましょうよ!せめて10,000Us、最低でも5,000Usの紙幣は必要だと思うけど・・・。

12:00過ぎ、20km地点でまたもキャノンデールの前輪がパンク。
どうもここのところパンクに呪われている。
例によって今回もまた、原因はバーストしたタイヤの残骸の細いワイヤ。これがまた天晴れなほど見事にタイヤに刺さっていやがる。

そこからちょっと先のところでカフェを発見。
すかさず寄ってみるが、ここにもラグマンはなかった。
ちょうどおっちゃん二人が食事中で、食べていた羊肉の煮込みやウォッカを勧めてくれたが、とても無理っす。胃の調子が悪いとゼスチャーして遠慮させてもらった。
この店で飲んだコーラのお代は、そのおっちゃん二人が払ってくれた。ありがとう!
で、15km先にラグマンの食べられるカフェがあると教えてくれたので、そのカフェを目指す。
日曜だからか閉まってました、そのカフェ・・・。
隣の開いていたカフェも、食べられるのはキャバーブだけ。
はぁ・・・いったいどこまで行けばラグマンに出会えるのだろう。

ウズベキもキンキンに冷えた飲み物ってのにはまずお目にかかれないのだけれど、途中道端で女の子の売っていたサトウキビジュース?のようなやつは冷えていて旨かった。
で、40km過ぎのところにあったカフェ。ラグマンはなかったのだけれど、鶏のキャバーブがあるというので諦めて食べていくことにした。
体調もかなり回復し、鶏のキャバーブなら食べられるようになっていた。
そのカフェに着いたのが15:45。ブハラまで残り30kmほど。
明るいうちに十分ブハラに辿り着けるところだけれど、今日はこのあたりで切ることにした。
3時間近くカフェの木陰で休憩。

そのカフェも幕営するには今ひとつ不快。
テン場を求めてもう少し走る。と、1kmほど走ったところにレストランがあった。裏手が低木の茂る緑地帯となっていて幕営するのに最適。
レストランの兄ちゃんにお願いしてそこにテントを張らせてもらった。久々に会心のテン場。
そのレストランでもやはりラグマンは食べられなかったのだけれど、中央アジア版の雑炊と言うべきマスタヴァが食べられた。
ラグマン同様、これも弱った胃腸に最適。ちょっとピリ辛で旨かった。
ウズベキスタンの料理はどれも量が少ない。胃腸の弱った今ならちょうどいいが、元気なときならとても一品だけでは腹が満たされまい。

結局、今日は愛しのラグマンに出会えなかった・・・。
ブハラに行けば食えるのかな???

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泊めてもらったGS                     今日もロバ車がたくさん

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                               カラコルにはラグマンがなかった・・・

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前輪パンク                        冷えていて旨かった!

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調子悪くてウォッカも羊の煮込みも無理っす     レストランの裏手に幕営させてもらった

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ようやく辿り着いたブハラで引き当てたのは・・・泥棒宿かよ!

2012/7/23 月
始:10:45 ~ 終:15:20 走行:28km
~ Bukhara

「明日はラグマンがある」てなことを昨日店のおっちゃんが言っていたのでレストランをのぞいてみたが、さすがに朝はまだなかった。
が、胃腸の調子が悪いのを察して、店の人が玉子とジャガイモのスペシャルメニューを準備してくれた。
美味しくいただいて食休みしてからのんびり出発。まだ体の調子が冴えない。

今日も向かい風の中をたんたんと走る。
途中、休憩のため寄った商店でアイスを買って食べている間に、マユミがサングラスを盗まれた・・・。
毎度のことながら、旅人の物を盗むってのは酷いと思うな。命に関わるとは言わないけれど、この陽射しと砂埃の中、サングラスはけっこう重要な装備だ。ないととても困る。

その先にあったカフェで食事をとる。
残念ながら、ここにもラグマンはなかった。ショルバ(肉と野菜のスープ)があるというので、こいつをいただく。
トルクメ以降、注文する前に値段を確認するようにしている。
が、これがまたうまく伝わらない場合が多い。今回も二人で7,000Usと確認したつもりが、蓋を開けてみたら一人7,000Usだった。
アジア的になったと言うべきなのか、人にものを尋ねたときに「Yes」なのか「No」なのかはっきりしなくなってきた。
それから、トルクメ以降そうなのだけれど、頼みもしないナーンが出てきて別料金てのはやめて欲しい。
このナーンが特に美味しくもないから、出てきた段階でいらないと断るようにしている。

ブハラの手前数キロのところまで来ると、ブハラのシンボルと言うべきカラーン・ミナレットが見えてくる。
その昔、砂漠を旅してくるキャラバンの大切な道しるべであったと言うが、これは確かに遠くからでもよく見えたことだろう。

さて、ブハラの宿であるが、数ドルで泊まれるような安いところがないということは情報として知っていた。
唯一の好材料は、暑い今の時季が観光のオフシーズンで町は閑古鳥が鳴いている状態だろうということ。
旧市街からちょっと離れた方が安いのではないかと、途中で見かけたホテルをまず当たってみる。
が、このホテル、外見とは裏腹にドアを抜けて中に入ってみたらプールがあった・・・一番安いWの部屋が$80也。
安い宿はどこにあるかと聞いてみたら、旧市街だと教えてくれた。
ひとまず旧市街を目指す。

ブハラはこちら側からアプローチすると、新市街を経ずにいきなり旧市街に入れる。驚くほどあっさりしていて走りやすかった。
アルク城の脇で客引きに声をかけられたホテルはWが$50。とても無理。
カラーン・ミナレットの脇を通り、ラビハウズに向かう途中で少年たちに声をかけられる。これまでが嘘のように英語を話す人が増えるから観光地ってのはすごい。
見るからに高かろうといぶかるが、少年たちは「高くないよ」とホテルの人を連れてきた(これまた少年)。
言い値がいきなり朝食付きで$25。ズバリ、ストライクゾーン。
「最低三泊するし、朝食いらないから$20にして」とお願いするとあっさりOK。
中庭に自転車を置かせてもらって部屋を見せてもらうと、本当に$20でいいのかよってくらいの部屋。
もう一度宿代を確認すると、間違いなく二人で一泊$20、一人$10。もちろん即決。

いやーあっさり宿が決まってよかった。きっとブハラには呼ばれていたんだなぁと大満足。
荷物を運び込んで部屋のクーラーを入れ、さっそくシャワーを浴びる。いやー別天地。
後になってもう一組、フランス人のバイカーが宿に入ったのであるが、結局この日は顔を合わさなかった。

新市街にホテルと同系列のレストランがあって安く食べられると少年が言っていた。車でレストランまで無料で送迎してくれるとも。
外に出るのも億劫だったので、試しに今日はそのレストランで食事をすることにした。
宿のマネジャーが直々に車で送ってくれ、案内役に少年がついてきた。
そこはレストランではなく要するにバー。もちろん食事はできる。
メニューがあってそこに表示されている値段は確かに高くはないのだけれど、量がめちゃくちゃ少ない上に、けっこうなサービス料がとられる。
ま、明日からここに来ることはないだろうなって感じのところ。

食事をしに外に出たこの間に事件は起こった・・・。

帰りは旧市街を抜けて二人で歩いて帰ることにした。
途中で買い物してから部屋に戻ってみると・・・
まず、消していったはずのバスルームの明かりがつけっぱなしになっていた。
で、貴重品の入ったバッグを見ると、明らかに位置が変わっている。
自分の貴重品は防水袋に入れてバッグの中に入れてあるのだが、その防水袋がベッドの上に転がっていた。
やられた!と言うか、何とわかりやすい泥棒。
さっそく貴重品のチェック。
パスポートやカード類、カメラなんかは無事だったけれど、10ドル札と20ドル札の束の中から50ドル抜かれてる。かつ、別のところに入れておいた1万円札がない・・・。

こんなのホテルのスタッフの仕業に決まってる。他に誰も部屋になんか入れやしない。
「貴重品は部屋にあるセイフティーボックスに入れろ」とマネジャーがしつこく言っていたが、こういうことか?
盗まれた金は戻ってこないだろうが、言ってやらにゃ気が済まん。
すぐに階下に降りて、フロントの兄ちゃんに「金が盗まれたからポリスかマネジャーに電話しろ」と迫る。
慌てる素振りもなく電話をする兄ちゃん。ひょっとして全員グルか?
どうやらマネジャーのところに電話したらしい。
電話を代わって「部屋で金が盗まれた。ホテルのスタッフの仕業に違いない」と怒りをぶちまける。
いくら盗まれたのかと聞かれたから、「日本円の1万円と50ドルだ」と答える。

マネジャーの対応がおかしい。
セイフティーボックスを使っていたのかとだけ聞かれたけど、本当に盗まれたのかどうかもろくに確認しないまま盗まれた金は返すと言う。
は?やっぱ全員グルなのか?
「明日の朝・・・」とか言っているから、「明日じゃねぇ、今持って来い」と電話で怒鳴る。
「自分は今行けないが、別の人間が15分後に金を届ける」と言う。
は?本当かよ?
ロビーのソファーに憮然と座って誰かがやって来るのを待つ。
いけね、慌てていて1万円が約100ドルとかって言っちゃったけど、1ドルが80円を切っている今、1万円は125ドルくらいになるはずだ・・・。

待つこと15分。本当に若いのが一人、150ドルを持って現れた。
すぐに札を確認するが、たぶん偽札ではない。
「金は問題なく届いたか?」と再度マネジャーと電話がつながる。
「いや、実は25ドル足りなかった。今のレートは1ドル80円を切っているから、1万円てのは125ドルだ」と返すと、
「じゃあそれは明日の朝・・・」とか言っているから、「ダメだ、今持って来い」と怒鳴る。
すると、「ドルの手持ちがないからスム払いでいいか」ときた。
「もちろんOK。ただし$1=2,800Usのレートでね」
先ほど金を持ってきた兄ちゃんがどこかに走る。で、70,000Usを持って戻ってきた。

信じられないことに、金は耳をそろえて返ってきた。が、どうも腑に落ちぬ。
なんだこの手際のよさは・・・。
フロントの兄ちゃんはまったく慌てる素振りもないし、マネジャーはマネジャーでなんでろくに確認もせずに金を返すんだよ!
やはり全員グルか?
どう考えたってフロントのやつが怪しい。本人が直接盗んでないにしても、誰が盗んだのか知っているはずだ。
あーーー腑に落ちねぇ・・・。
だいたい一言も謝りもしないのが気に食わねぇ。

後になってマネジャーが部屋に謝りに来た。
70km離れたところから車を飛ばしてきたらしい。
聞くところによると、数年間アメリカで働いていた彼。ウズベキスタンに戻ってばあちゃんの家のあった場所でこのホテルを始めたらしい。オープンしてまだ6ヶ月。変な噂が立つのを極度に恐れていた。
何も調べずに金を返してきたのはそのためか。
今晩の宿代もタダでいいと言う。
「泥棒騒ぎは今回が初めてじゃないだろ?」といぶかると、「オープン以来今回が初めてだ」と言い張る。ふ~ん・・・ま、一応信用しよう。
「部屋のセイフティーボックスは本当に安全なのか?誰かが開けられるんじゃないのか?」といぶかると、「鍵は自分が管理しているから安全だ」と言い張る。ふ~ん・・・ま、これも一応信用しよう。
明朝、スタッフを集めて犯人を捜すこと、ゆくゆくは防犯カメラを設置することを約束して彼は帰っていった。

ついさっきまで明日宿を移ろうとマユミと話していた。
が、おそらくブハラにここと同等の安い宿なんてない。
マネジャーはきちんと謝りに来たし、どうやら彼は信用できそう。騒ぎになった部屋にもう一度泥棒に入る間抜けもいまい。
ここに連泊でいいか・・・ということにした。
そんな自分らもどうかと思うけど・・・ない袖は振れないのだから仕方ない。
ちなみに、宿はHOTEL OROM。タキ・ザルガランの目の前。泥棒さえいなけりゃ快適な宿である。ご利用の際はご用心。

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お世話になったレストラン                ロバ大活躍

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そこまで暑くないだろ・・・

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ブハラで休養の日々 その1

2012/7/24 火

昼前に外出するとき、ロビーにマネジャーがいたので延泊する旨を伝える。ついでに泥棒が見つかったか聞いてみたが、案の定まだ見つからないという話。
甘い・・・ま、本気で捜す気などないのだろうけどね。客のものに手を出すようなやつを置いといたらためにならないよ。そんなやつは速攻でクビにしないとダメだ。

真夏の今の時季、ブハラは観光のオフシーズン。町中はどこも閑古鳥の鳴いている状態。
バザールの土産物売りなんかも暑くて皆やる気がない。
暑いといってもブハラの暑さは十分許容レベルで、真昼の陽射しの下を普通に歩ける。だいぶ過ごしやすくなったなぁと感じる。
ツーリスティックな雰囲気が多分にある点は否めないが、町自体は落ち着きがあって歩き回るのがけっこう楽しい。
のんびり休養するにはちょうどよい町である。

諸々の事情があって今はウズベキスタン領となっているブハラであるが、歴史的にはタジク系の住民の多い土地である。現在の町の住民も大半がタジク系。
テュルク系モンゴロイドのウズベク人に対して、タジク人はイラン(アーリア人)系で彫りが深い。
長年にわたるタジク人との混血の結果か、ウズベク人は同じモンゴロイドでもトルクメン人などと比べて彫りの深い顔立ちをしているように感じる。
ちなみに、今のウズベク人に直接連なるのは、14世紀頃南シベリアから南下を始め16世紀にティムール帝国を滅ぼした人たち。それほど歴史が古いわけではない。

同じ宿にいるフランス人夫婦のバイカー、ドミニク&マルティネと言葉を交わすことができた。
たぶん五十代前半くらいの感じのいい二人。山と自転車が好きで、自分らと近い価値観を持っていて話をしていてとても楽しい。
肩の力を抜いて旅している姿がとても好印象。今回は18ヶ月の旅ということだった。
彼らはパミールの後その足でカラコルム・ハイウェイを走り、パキスタンからインドへ抜ける計画で旅していた。
一度にカラコルム・ハイウェイも走っちゃうのかぁ・・・自分らが思ってもみなかった壮大な計画にちょっと刺激を受ける。
こんなところで会うバイカーは猛者である場合が多い。彼らにしてもユーラシアはもう何度か走っていて、そっちは前回走ったから今回はこっち、といった風である。
ちなみに、やはりトルクメは全行程を自走してなくて、時間切れによりマリから先はバスで移動したということだった。

奥さんのマルティネの方がおなかの調子を崩していて、夕方、別の宿に泊まっているドイツ人夫婦のバイカー、レオ&カチャが二人を見舞いに来ていた。
ドミニク&マルティネの二人とはどこか途中のルート上で出会ったらしい。
実はこの二人のことは自分らもウズベキスタンの国境で見かけていた。チャイハーナでダウンしているとき国境を越えてきたバイカーがこの二人だった。髭もじゃのレオの風貌がとても目立つから、まず間違いない。
この二人もまた実に感じがよかった。やはり完全に肩の力を抜いて旅している姿がとても好印象。
年の頃はやはり五十代前半くらいだと思う。
バイカーというよりは、今回たまたまバイクで旅してます、といった風な二人で、国境で見かけたときもいやに荷物が少ないなぁと思ったりした。パニールは使ってなくて、荷台にバクパックを豪快に縛りつけてあった。
やはりユーラシアは何度か旅している彼らも、パミールの後はカラコルム・ハイウェイに行く計画。
なんか、こんなことを普通にやっているヨーロッパの人たちってのはやっぱすごいなぁと思わずにおれない。
ちなみに、レオ&カチャの二人もやはりトルクメは全行程自走しているわけではなく、マリから先は列車を使ったということだった。
轍を途切れさせない、なんてことは彼らにとってどうでもいいことで、なんかそんな力の抜けたスタイルにちょっと憧れてしまう。

「タジキスタンのパンジャケントの国境についてなにか情報あるかい?」とレオに聞かれた。
情報もなにも普通に通れるんじゃ・・・
レオの話だと、ここの国境はたびたび閉鎖されるらしい。去年は閉鎖されていて通れず、別の国境に迂回せねばならなかった人たちがいたという話。
レオがドイツ大使館に確認した結果では、今年は今のところ通れる見込み、ということだった。
いやー何も知らなかった・・・。情報ありがとうございます!

レオ&カチャの二人は明日ブハラを発つ。
偶然にもタジキスタンの入国日は(予定では)同じ8/5。またどこかルート上で会うことだろう。
サマルカンドから直接パンジャケントの国境に向かう自分らに対し、ヨーロピアンの彼らは一度タシケントに行ってキルギスや中国のビザを取らねばならない。
ヨーロピアンにとって中国ビザを取るってのがかなりハードルの高いことらしい。会うバイカー会うバイカーが誰も彼も皆、中国ビザのことを心配していた。人によっては端から中国はパスしてロシアに抜ける計画でいる。

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プロフとガルプツィ                    ミル・アラブ・メドレセ

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タキ(丸屋根で覆ったバザール)            どこも閑古鳥が鳴いている・・・

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ドミニク&マルティネ(前)とレオ&カチャ(後)

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ブハラで休養の日々 その2

2012/7/25 水

特に改めて観光ってことはしていないのだけれど、町中を適当にブラブラしている間に主なものはほとんど見られてしまった感じ。
観光の町ブハラは両替えのレートがよくない。なんだかんだでホテルの少年に頼んでもらうのが一番レートがよかった。$100両替えして、$1=2,780Us。
なんてったって最高額の紙幣が日本円にしてたったの28円だから、両替商も大変だ。
大きなバッグを持ってホテルのロビーに現れた。鞄の中は札束。
100ドル両替えすると278,000スムになるから、100ドル札一枚が278枚もの1,000スム札になって返ってくる。もう数えるのも面倒くさい。

夕方、久々にネットをしに行った。
町で休養しているバイカーの行動パターンなんてのはだいたい同じで、後からドミニク&マルティネもネット屋にやって来た。
ネット代は1時間3,000Usってところ。

夜、バスルームでマユミに散髪してもらった。
気付けばツールは終わっていて、いつの間にやらロンドンオリンピックが始まっていた。

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閑散としたバザール                   そりゃ暑くてやる気もなくなるわ・・・

2012/7/26 木

ラビハウズ近辺からちょっとだけ離れたところにあるイスマイール・サーマーニ廟を見てきた。
中央アジアに現存する最古のイスラーム建築であるらしい。が、閑散としたサーマーニ公園の中に佇んでいる姿にはそんな風格はない。見に来ている人など一人もおらず、公園内のオブジェの一つにしか見えなかった。

夕暮れ時、ネット屋でまたドミニク&マルティネに会った。
本当に感じのいい二人で、一緒に話をしているだけでなんだか温かい気分になってくる。
五十代の彼らも、もちろんまだリタイアしたわけではない。が、リタイア後なんて言ってたら、その時は体が健康であるかどうかもわからないし、健康なうちにハードなところ、行きたいところに行っておきたいと話していた。
18ヶ月も休みを取ってまた元の仕事場に戻れるというのだから、フランスの仕事環境ってのはすごいよね。
21歳の息子さんは、フランスで山岳ガイドになるための勉強中であるらしい。
二人は明朝発つ。自分らは勢いでもう一泊して明後日発つことにした。

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中央アジア最古のイスラーム建築          ブハラのシンボル カラーン・ミナレット

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とても感じのいいドミニク&マルティネ

2012/7/27 金

まるで季節が変わったように朝から暑くない一日だった。これまでの暑さはいったいどこへ?もしかしてもう夏は終わったのか?

8:30過ぎにドミニク&マルティネを見送った。
荷物は自分らより多い。でも、山ヤでもある彼らは、ヨーロピアンにしては珍しくパッキングが上手だった。なんだその巨大なシュラフは・・・なんてものはもちろん持っていない。
それぞれいろいろな工夫が凝らされていて、他人のバイクを見せてもらうのはいつも楽しい。特に自転車先進国であるヨーロピアンの自転車は興味深いものが多い。

彼ら二人は使っていなかったけれど、ヨーロピアンの使っている装備で(日本人はまず使っていないだろうが)、これはいいかも、と思える装備がいくつかある。
一つはリアハブに内蔵されたギア(ドイツ製)。このギアだけで14、15段ある。
ユトレヒトのスネルで初めてこれを見たとき、こんなの誰が使うんだよと思ったのだが、実際はかなりのバイカーが使っていた。
一部の国を除き、壊れたとき現地で修理するのはまず不可能だろうが、外に露出してない分むしろ耐久性は通常のギア&ディレイラーより高いのかもしれない。
雨や埃とも無縁。5,000kmごとにオイルを交換すればいいそうな。

二つ目は油圧ブレーキ。ディスクブレーキじゃなくて通常のVブレーキを油圧化したタイプ(これもたぶんドイツ製)。
やはりスネルで初めて見たとき絶対いらないと思ったのだが、ダートの下りとかブレーキを握り続けねばならないような状況でこいつの効果は絶大であろう。すごく軽い。
ブレーキシューは汎用のものが使えるらしい。これもやはり耐久性は通常のワイヤで引くものよりむしろ高いのかもしれない。

そしてこれは日本でも見かけるけれど、フロントハブ内臓のダイナモ。ライトを点灯させるだけじゃなく、カメラのバッテリーなんかが充電できるようになっている。
いらないといえばいらないが、あれば便利に違いない。

日本人のバイカーは通常、世界中どこでも修理できるようにと部品の汎用性を第一に考えるから、こういった特殊な装備はむしろ避けるのだ。

夜、パンクしたチューブ4本をまとめて修理して寝た。

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ドミニク&マルティネの自転車             二人を見送る

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ナディール・ディヴァンベギ・メドレセ

Trackback [0] | Comment [0] | Category [■ 102_Uzbekistan / ウズベキスタン] | 2012.08.01(Wed) PageTop
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1970年生まれ。妻と二人信州伊那谷在住。
2009年10月~2013年5月の旅を記録するために”なかっぴー通信”をスタートさせました。
現在は伊那谷にて節約生活をしながら充電中。
2014年4月、ブログのタイトルを”なかっぴー通信NEO”に改めました。
信州伊那谷より~旅のこと、山のこと、自転車のこと、そして田舎暮らしのことなどなど・・・気ままに綴ってゆきます。
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