スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

Category [スポンサー広告] | --.--.--(--) PageTop
いつも読んでいただき、ありがとうございます。
ランキングに参加しています。
記事が面白かったときはポチッとお願いします!
 ↓   ↓   ↓
にほんブログ村 自転車ブログ 自転車旅行へ    
   
   

すったもんだのウイグル入国

2012/10/11 木
始:12:10 ~ 終:18:15 走行:52km
~ Улькен Шыган ~ Ават ~ Пиджим ~ Коргас ~ 国境 ~ 国境から10km先

最初に断っておくと・・・長文です。長いですが、リアルなレポートとして読んでもらえれば幸いです。


はじめに。ウイグルを中国と呼ぶことに抵抗がある。ここからの日記では、その意味するところによってウイグル、支那、中国などと使い分けることにする。

晴れ。ポカポカ陽気のため半袖で十分である。
チューブのパンク修理をしたりして、のんびり12:00過ぎに宿をあとにした。コルガスの国境は11:30~14:00の間が昼休みで閉じているから、端から昼休み明けに越境する狙い。
Пиджимでカフェに寄って昼食休憩。最後まで感じのいいカザフスタン。

カザフスタン側は国境までの間に三箇所も検問ゲートがあった。その都度パスポートチェックを受けるのが少々面倒くさい。
コルガスの手前にある最初のゲートには、トラックの列が3kmもできていた。すべて越境するトラックなのだろうか?
イミグレの建物は立派で、入国のときもそうだったのだけれど、カザフスタンは手続きがしっかりしている。整然と事務的に事が運ぶ。職員は皆さんフレンドリー。
レギもここで回収される。税関の荷物検査は素通りで、とても楽チンだった。

緩衝地帯が7kmある。
実は中国側から来たバイカーたちから面倒な話を聞いていた。緩衝地帯は自転車で走ることが許されず、高いお金を払ってわざわざバスに乗らねばならない、ということだった。
面倒だし、自転車も心配だし、嫌だなぁと思いつつ覚悟はしていたのだけれど、カザフスタン側からは何の問題もなく自転車で自走できた。よかった・・・。

そして問題の中国側イミグレと税関。ここからちょっと長くなりますよ。
建物だけは空港と見紛うほど無駄に立派である。中に入ると、やたら派手な電光掲示板なんかもあったりする。
時間によるのかもしれないけどガラガラで、自分ら以外にほとんど越境する人は見受けられない。職員だけがやたらめったらたくさんいる。ちなみに、職員は全員漢人である。

さて、どこでどうすりゃいいのかな、と思っていると、迷彩服を着た若者が入国カードを差し出してくれた。
それに記入していると、そいつが片言の英語で何か言ってきた。最初は何を言っているのかよくわからなかったのだが、どうやら「尖閣諸島(の中国名)はどこの国のものだと思う?」と言っている。
来た来た来た・・・。国境のイミグレでいきなりそんなこと聞くか普通?早々に中国人の民度の低さを思い知らされた。
よく見りゃいかにも小憎らしい顔をした小僧だ。

「もちろん日本の領土だ」と答える。当然だ。
「なぜ?」と訊くから、理由も簡単に説明してやった。
訊かれりゃそう答えるけど、ここでこんな小僧と議論する気はない。議論などしても無駄だからだ。(もっともそれ以前に言葉の問題があったんだけど)
なぜかと言うと・・・
”私の言っていることは正しい。あなたは私と反対のことを言っているから、あなたの言っていることは間違っている。”
これが中国人のスタンス、考え方。朝鮮人も(もっと外れているけど)基本的なスタンスは一緒。こんな人たちと議論をしても無駄なのだ。同じ人間だし話せばわかる、と考えるのは大きな間違いである。
この思考方法は、おそらく儒教や朱子学から来ているのだと思う。朱子学は江戸時代に日本でも一部で流行したわけだけど、もちろんそんなクレイジーな考え方は日本には根付かなかった。
そして根幹には中華思想がある。
例えば、領土問題について話し合いましょう、と中国人が言えばこういう意味である。
”私のものは私のもの。あなたのものがあなたのものであるのか話し合いましょう。”

次に小僧は、「台湾は?」と訊いてきた。
「台湾は台湾だ。中国ではない」と答える。面倒なので理由は述べなかった。
もちろん小僧が納得するわけもなく、「尖閣も台湾も中国のものだ~」と喚いていた。
中共の言うことだけを鵜呑みにしていて、本当の歴史は何一つ知らない輩。

「正しい歴史」というものはおそらく存在しない。歴史認識というものは国や民族によって異なるからだ。よって、ある国の歴史観を他の国に押し付けるのは無理があるし、共通認識なんてものもあり得ない。
が、「自明なこと」はある。特定の視点から解釈を加えることなく、「事実としてこういう出来事があった」ということは動かしようがない。
情報操作によってそういうことを全く知らない(のみならず全く異なる歴史を植えつけられている)というのは恐ろしいことだ。

ひとまずその場はそれで済ませ、イミグレへ。
イミグレの係官は紳士的な対応だった。人民解放軍の兵士か何かだと思われる先ほどの小僧とは違う。
入国のスタンプを押され、通常はそのまま税関に行けばいいのだけれど、自分は別室に呼ばれた。荷物を全部チェックするという。自転車をマユミに預け、荷物を持って別室へ。
そこにいたのは先ほどの小僧とその仲間。英語を話せたイミグレのまともな係官とは違い、こちらはアホばかり。四、五人が束になってこれでもかと嫌がらせ。もちろん喧嘩腰で・・・。
「お前のことが嫌いだ」とか「中国の全人民がお前を歓迎してない」とか・・・喧嘩腰に挑発してくれる。あーこいつを殴ってやりたい・・・。
自分でこちらを嫌いと言っておきながら、「こっちもあんたのことが嫌いだよ」と言い返すと、「なぜ?」なんて訊いてくる。その思考が理解できない。そっちが嫌っていれば普通はこっちだって嫌いになるだろ・・・。

パニールの荷物を全部広げさせられた。
その中にイランで買った中国の地図があった。ファルシーのみの表記だからもちろん読めないのだけれど、もしもの時ないよりはマシだろうと買っておいたものだ。
「これは何だ?」と小僧が鬼の首を取ったように詰め寄る。
「ただのお土産だよ。欲しけりゃやるよ」
小僧は地図を持って上司のところへ飛んでいったが、しばらくすると地図を持って戻ってきた。半分諦めた地図であったが、そのまま返してくれた。ま、ただの地図だからね。
カメラもチェック。が、写真は今日撮った数枚しか入っていない。データはジャルケントの宿でpcに移したから。
「写真は?」
「日本に送った」
pcはパニールには入れておらず、自転車のところにある。そっちも調べるとか言い出したら時間がかかって面倒だな、と思ったのだがそれきりだった。詰めが甘い。
こんなところで荷物検査を受けている人は他にいないから、日本人に対するこれ見よがしの嫌がらせなんだけど、要するに暇なんだな、コイツら。

もう一度一からパッキングさせられる格好となり、無駄な時間を食う。必要もないのにちまちまとチェックしていてパスポートもなかなか返してくれない。あー感じ悪ぅ。
まだ入国もしてないのに早くも中国から脱出したい・・・。

ようやく終わったかと出口へ向かおうとすると、本来の税関に呼び止められた。いや、そこで荷物検査受けたけど・・・また?
もう一度チェックするというので素直に従う。ま、小僧のほうがイレギュラーで、こっちは本来の税関の定型業務をこなしているだけだ。越境する人などほとんどいないのに、職員だけがゾロゾロいる。暇、なんだな要するに・・・。
荷物を全部X線に通すというので、また全部自転車から降ろして装置に通す。その後で二、三のパニールをデスク上で開けさせられた。
マユミの持っていたリンゴだけ没収。あーあ、一昨日買ったリンゴ、結局一つも食べなかったよ・・・。

ようやく建物から出られた。が、ゲートのところでまた長々とパスポートのチェックを受ける。これも明らかに嫌がらせだ。
待っている間、兵士の一部が日本人を侮辱するような言葉を投げてくる。中国語だから何を言っているのかわからないのだけれど、素振りを見れば一目瞭然だ。
無視。無視。
その間に群がってくる両替人もガラが悪い。自転車を叩いてきたり・・・頭を小突かれたときは思わず手が出そうになった。
コイツら全員殴ってやりたい。
両替人のレートもめちゃくちゃ悪い。カザフスタンで両替えした時の半分くらいにしかならない。テンゲを少々持っていてあわよくば両替えしようと思っていたのだが、やめ、やめ。
こんな奴らを儲けさせてやることはない。そのままテンゲで持っていることにした。

どのくらい待たされただろうか。ようやくパスポートが手元に返ってきた。
ガラの悪い両替人を掻き分けてウイグルに入った。
中国側のコルガスは大きな町で、本当なら地図でも買いたいところだったのだが、町中は漢人だらけ。こんなことがあった後だし、町中には入らずスルー。

天山北路をウルムチへ向かう。
すぐに気付いたのは、横から出てくる車やオートバイがまったく止まらないってこと。止まる素振りも見せずそのまま道路に出てくる。
危険。危険。危険なんだけど、そう思う以上に衝撃的だった。さすがにこんな国はこれまでなかった。キルギスのように暴走しているわけではないのだが、止まらないのが当然として社会全体が動いている。衝撃的。
どちらが止まるのか、何で決まっているのかというと、車の大きさ。大きい車ほど止まらない。
例えば、横から出てくるオートバイ。来ているのが自転車だとまったく止まらないが、車の場合だとたいていは止まる(止まらない場合もあるから恐ろしい)。
どんなときでも小さいほうが回避しなければならない。海上交通じゃないんだから・・・。
よって、ダンプやトラックが止まることはまずない。交差点だろうがホーンをけたたましく鳴らしながらそのまま突っ込んでくる。四車線あるような道路でもノーストップだよ。これは衝撃的だった。
それでも郷に入っては郷に従わざるを得ない。注意してしすぎることはないだろう。

それから電動バイク。これもすぐ目につく。
今どきの人民は自転車になど乗ってなくて、誰も彼もが電動バイク。すごい数だ。
これがまた音もなく走っているから非常に危険。そんなにスピードの出る代物じゃないのだけれど、注意が必要。
このあたりのことも徐々に書いていきたいと思う。

コルガスからの道は無駄に広くて舗装もキレイである。中央部分は高速道路となっていて、側道がずっと併走している。側道もキレイだ。
町から外れるとウイグル人が増える。これは顔を見れば一目瞭然だ。
越境に時間がかかり、早くも暗くなってきた。まだ勝手がよくわからないのだけれど、道路をちょっと外れた林の中に幕営することにした。人の影のないところが見える範囲にはなくて、ウイグル人のおっちゃんに断ってテントを張らせてもらった。漢人と正反対にウイグル人のおっちゃんはとても親切だった。
テントを張り終えた頃、声をかけた人とは別のおっちゃんが羊を連れてテントの近くにやって来た。林の隣に住む人らしい。
「うちに泊まれ」とか「うちで食事しろ」とか言ってくれたのであるが、既に完全に幕営態勢に入ってしまった。今日もタイミングが悪い。ありがたく気持ちだけいただいて遠慮させてもらった。
しばらくしてテントの中で炊事をしていると、その人が今度は奥さんを連れてやって来た。
やはり「うちに泊まれ」とか「食事に来い」とか誘ってくれたのだけれど、ありがたく気持ちだけいただいた。

入国早々(というか入国以前から)非常に感じの悪い中国。ある意味予想通りだった中国。
町中を除けばウイグルはまだマシであろうか。これから漢人のエリアへ向かうのが憂鬱である。
それでもまぁそんな輩ばかりではないはずで、これからまともな漢人と出会えることを願う。

そうそう。中国の時間は北京時間に統一されているのだが、これだといきなり二時間も時間が進んでしまって大変不便。
しばらくはカザフスタン時間=ウルムチ時間で生活することにする。

余談53 漢人にも四種類の人がいる
これは中国を走り終えてから実感したことなのだけれど、はじめに述べておきたいと思う。
チベットやウイグルでも漢化が物凄い勢いで進んでいるのは周知の通り。中国には圧倒的に漢人が多いわけなのだが、この漢人にも四種類いる、という話。

①情報を操作する側の人。言わずと知れた中共の上層部で、中共の都合のいいように情報を操作している人たち。
②中共に踊らされることなく、実は真実を知っている人。
③中共に踊らされている人。
④何も知らない人民。

この中で圧倒的に人口が多いのは④。大きな町にはほとんど立ち寄らず自転車で走っていると、会うのは④の人たちがほとんどである。
毎日朝暗いうちから日が暮れた後まで働いているにもかかわらず(実に働き者である)、生活していくだけで精一杯の人たちだ。
こういう人たち、つまりは人口で言えば人民の大多数なわけなんだけど、彼らにとっては尖閣?何それ?というのが実際のところ。もっとも中共がしきりに喧伝しているから最近は名前くらいは知っているのかもしれないが、それまでのこと。反日暴動ではなんだかよくわからないけど鬱憤晴らしに暴れている、という人も少なくあるまい。
経済的な面だけでなく、中国国内はあらゆる面で貧富の差が著しく、それはもはや救いようのないレベルに達している。

悲しいかな、そんな大多数の人民が結束して不満の矛先を中共に向けるのかといえば、そういうことはまずなさそうである。これこそが中国の最大の問題点。
巧みに、かつ力でもって強引に情報操作されているということもあるのだけれど、それ以前に人民は支配されることに慣れきってしまっている。それが当たり前だと思っていて、おそらく権力者に歯向かうことなど思いも寄らないに違いない。
支那というところは有史以来、人民による革命というものが成功した試しがない。試みすらほとんど例がない。
あるのは支配者による権力闘争のみ。それは今の時代も変わらない。たまたま今は漢人の共産党王朝が支那の地を支配しているだけ、という話だ。歴史を見ればいつひっくり返ってもおかしくない。
常に漢人が支那の地を支配していた、というわけでもない。他民族の王朝なんていくらでもある。一番近いところなら、清というのはツングース系の満州族(女真族)の王朝だ。

そんな絶対的な支配者の君臨している支那というところは、国と人民がまったくの別物である、というのが旅して得た感想。
人民のリアルな姿に接することのできる機会は、日本にいるとほとんどない。中共が情報統制している以前に、日本のマスコミが中国のもの以上に中共に都合のいいニュースしか流さないからだ。情報操作をするにしても、自国の国益を損なうという意味でより以上に性質が悪い。

実を言うと、自転車で走っていて心惹かれるような景色になどほとんどお目にかかれなかった支那。日程的に余裕がなかったということもあるのだけれど、そんなわけで写真もあまり撮っていない。
が、人民の生活ぶりは見ていて非常におもしろかった。あまりにゴーイングマイウェイで力技なところが・・・あまりに日本人の常識からは外れたところが・・・。
そんなところをこれから徐々に書いていきます。

IMGP6594_サイズ変更  IMGP6592_サイズ変更
トウモロコシの収穫の時期                     トウモロコシの山があちこちにある

IMGP6595_サイズ変更  IMGP6597_サイズ変更
国境手前の検問に並ぶトラックの列               すったもんだの末ウイグル入国

IMGP6598_サイズ変更  P1170032_サイズ変更
すぐにテン場を探す時間に・・・                  断って林の中に幕営させてもらった(翌朝撮影)

スポンサーサイト
Trackback [0] | Comment [0] | Category [■ 107_Uyghur / ウイグル] | 2013.12.31(Tue) PageTop
いつも読んでいただき、ありがとうございます。
ランキングに参加しています。
記事が面白かったときはポチッとお願いします!
 ↓   ↓   ↓
にほんブログ村 自転車ブログ 自転車旅行へ    
   
   

天山北路をゆく その1 ~サイラム湖

明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
本年一発目の投稿です。しばらくサボってましたが、また机上の旅を続けます。

2012/10/12 金
始:9:25 ~ 終:17:45 走行:76km
~ 清水河 ~ サイラム湖(2,073m)

快晴。ポカポカ陽気で走行中は半袖だ。
清水河で中国銀行を見つけ、ATMでお金を下ろす。無事に使える。中国内では両替えの必要がなさそうである。
清水河のちょっと先から緩い上りがずっと続く。

しばらく走った小さな町で昼食休憩。
土地の人たちはラグマンをよく食べているようである。味のレベルがグッと上がった。麺はモチモチで腰があって美味しいし、何より麺にかける肉や野菜を炒めているのが新鮮だった。
「炒める」という調理方法は単純なように思えるのだが、東アジアと東南アジア以外にはほとんど存在しない。おそらく中華料理が発祥なんだろうね。
「麺」は中国語では「面」と書くのだけれど、どうにも違和感がある。
フォークが箸に替わったのも新鮮だった。ハッキリ言ってラグマンをフォークで食べるのは無理がある。
お茶もただで出てくる。それでもこのあたりは物価はそれほど安くはなく、ラグマン一杯が15元ほどする(レートは$1=6元ほど)。
ちなみに、「元」の中国語読みは日本語の「円」と似ている。

ヨーロッパみたいに地図が置いてないかと大きなGSに立ち寄った(GSはバカみたいに大きなところが多い)。
残念ながら地図はなかったのだけれど、ボトルに水をもらおうとしたら熱々のお湯をくれた。よく見ると、仕事中のおっちゃんたちなんかは誰も彼もプラスチック製の自前のお茶ボトルを持ち歩いている。GSによらずいろいろなところでお湯がもらえるようである。

道が山間に入る手前で側道がなくなった。付近を探してみたものの、高速がズドンと走っている以外に道はない。
この高速、基本的には自転車や馬車、トラクターなどは走れないことになっている。そういう標識がある。ま、当然だわな、他に道があれば。
これは高速を走れということなんだろうなと思いつつ、如何せんまだ入国して間もないから勝手がよくわからず、しばらく思案していた。すると、馬に乗ったおっちゃんが反対車線からやって来た。
あっ大丈夫なんだ、とおっちゃんを見て確信。その後は高速を走る。すれ違う公安のパトカーにも何も言われないから(何事もないように通り過ぎてゆく)、どうやら問題なく走れるようである。

これはもう少し経ってから確信したことなんだけど、中国という国はものの順番がおかしい。日本、というか中国以外の国々とはまったく逆である。
高速の標識もそう。自転車なんかは後々通行禁止にするつもりなのだろうが、先に標識だけできている。パーキングも然り。まだ工事しているところでパーキングそのものはないのだけれど、標識だけは数キロ手前から立っていたりする。
そもそも道路の通し方がおかしい。既に下道のあるところに高速を通すのではなく、何もない荒野にいきなり高速を通す。
地図なんて最たるものだ。地図上では存在している道が影も形もないなんてザラ。一度出版すると改訂なんてそうそうしないのだろうから、ある程度先を読んで想像で道を通してしまうようである。
やることなすことが大胆で無茶苦茶。いかにも体面を最重視する気質から来ていることだと思う。

舗装はキレイで車も少なく走りやすいのだけれど、道も景色も恐ろしく単調で退屈である。感覚的にはトルコに近い。
問題なのはこの高速道路、一度入ってしまうと道路から出られなくなってしまう。広い路側帯の脇にガードレールがあるし、その外側にはご丁寧にフェンスが張り巡らされている。そこいら中テン場であるにもかかわらずアプローチできない、というところもトルコと一緒。

もう一つ、いまだ勝手がわからないのが水の確保の仕方。中国の水なんて飲めるわけないだろ、という根本的な話はひとまず置いておくことにして・・・公共の水場というものはまったく存在しないし、買おうにも500mlのペットボトルのものしか売っていない。
幸い?今日のところは山間に入って標高を上げるうち、川の水がキレイになって途中で補給できた。
おそらく今後は、GSや民家で分けてもらう以外方法はあるまい。現地の人が飲んでる水なら大丈夫だろう、という理屈はこの国では通用しそうにないが・・・。
「加水」という看板がよく道路沿いにあって商売している人がいるのだけれど、これはいったい何のための水なのだろうか?今のところ謎。

ルート上にはトンネルもいくつかあった。その中に1,450mという比較的長いトンネルがあったのだが、中は灯り一つなく真っ暗。非常に走りにくかった。
ループ橋や巨大な吊り橋なんかも出現する。よその国で道路をバンバン造っているだけあって、さすがに自国の道路はすごいものがある。幹線に限るけど・・・。

3,058mという長いトンネルを抜けると、唐突にサイラム湖が現れた。時間的にも体力的にもそろそろ限界。
幸いにもトンネルのすぐ先に、道路から出られるようになっているところがあった。すかさず脱出、湖岸に出て幕営場所を探す。
湖岸にはいい感じの草地が広がっているのだが、何故かここも立ち入れないようになっていて、偵察の末テントを張ったのは結局トンネルの真上の平坦地。
上りだったし、走っているときは半袖だったが、さすがに日が暮れると寒い。湖面の標高2,073m。ウイグルで最も標高の高いところにある湖であるらしい。
この時季のこんな高緯度の場所で、こんな標高のところに幕営することになるなんてのは想定外。ちょっとした計算違い。
20:00の気温0℃。

IMGP6602_サイズ変更  IMGP6604_サイズ変更
カザフスタンに続いてトウモロコシだらけ            ラグマン・・・味のレベルがグッと上がった

IMGP6606_サイズ変更  IMGP6605_サイズ変更
側道の一車線はトウモロコシに占拠されている         どこまでも続くトウモロコシ・・・

IMGP6608_サイズ変更  IMGP6610_サイズ変更
側道がなくなって高速に乗る                   道はすごくキレイ こんな吊橋もある

IMGP6611_サイズ変更  IMGP6613_サイズ変更
緩~い上りがず~っと続く                     サイラム湖でようやく高速から出られた

P1170034_サイズ変更
湖岸の草地には近づけずトンネルの真上に幕営

Trackback [0] | Comment [0] | Category [■ 107_Uyghur / ウイグル] | 2014.01.06(Mon) PageTop
いつも読んでいただき、ありがとうございます。
ランキングに参加しています。
記事が面白かったときはポチッとお願いします!
 ↓   ↓   ↓
にほんブログ村 自転車ブログ 自転車旅行へ    
   
   

天山北路をゆく その2 ~大河沿子

2012/10/13 土
始:9:05 ~ 終:17:00 走行:110km
~ 大河沿子

快晴。朝の気温2℃。風もないし、寒くない朝だった。
昨日と同じところから高速に戻ってスタート。道はしばらくサイラム湖沿いを走る。
しばらく走ると、道路から少し離れたところにポツンと一軒だけ商店が現れた。どう見ても普通の家屋にしか見えないのだが、家の壁にズバリ「商店」と手書きされている。
本当に店なのか?半信半疑であったがすかさず寄ってみる。食料も行動食も心もとなかったのだ。
ほとんどものはなかったが、一応商いはしていた。お菓子の類を行動食用に買う。何はともあれ助かった。

サイラム湖の先は40kmほど緩い下りが続く。車は少なく、道がキレイでブレーキも不要。至極楽チン。
右手に見える天山の山々は3,000m級であろうと思うが、雪はほとんど着いていない。ホッ・・・冬の訪れはもう少し先のようだ。

今走っている道は「国家高速」ということなんだけど、「一級公路」とも標示されている。(ゆくゆくはその名の通り国家高速になるのだろう。)
現時点では他に道はないし、たぶん一般道ということだと思うのだが、80kmほど走ると料金所が現れた。近づいてみるとしっかり機能している。
うぅぅむ、大丈夫なんだろうか。一寸躊躇するものの、高速から出られるわけでもなく、どうにか突破するしかない。
一番右側のレーンからアプローチ。当たり前のことのように手を振って料金所の脇をすり抜けようとしたら、後ろから呼び止められた。
ドキッ・・・仕方なくいったん料金所に戻る。
何を言われているのかまったくわからなかったが、結局そのまま行っていいということに。有料であるにしても、自転車の料金設定など当然ないに違いない。

車は車種ごとに料金設定がなされているようである。最低ランクの料金が15元。
高速の入口には料金所の類がないから、距離にはよらず一律料金であるっぽい。

料金所を出るとすぐGSがあった。ガソリンが無事買えるのか試しに寄ってみる。
中途半端な量でも買えた!中国でもガソリンの心配はなさそうだ。また一つ問題が解決。
GSに併設された店でカップ麺を買って食べる。要するにここは簡単なSAのようなところである。
カップの大きさは、日本で言えば大盛り1.5倍くらいの大きなもの。店内で熱々のお湯がもらえるようになっていて、バスで立ち寄った人民もよく食べている。
知ってはいたけど、カップに並々とスープの残っているものをそのままゴミ箱に捨てている姿は、目の当たりにすると衝撃的だ。さらに言えば、ゴミ箱に捨てている人はまだマシで、食べ残しをそのまま放置したり、その場にぶちまけたりする人のほうが多い。

店で水も7Lほど汲ませてもらった。
一応、「飲めるのか?」と訊くと、「飲める」と言うのでそういうことにしておこう。
独断と偏見によると、このあたりの水はまだ問題なく飲めそうである。
今後は山間を走ることはほとんどないだろうから、水はGSや食堂でもらうことになろう。

GSをあとにして再び走り始めたが・・・退屈だ。恐ろしく何もない。不毛の砂漠や原野というのとはまた違っていて、独特の退屈さがある。
車は少ないし、優に車一台分の路側帯もあるから快適で安全でもあるのだけれど、道も景色も単調で変わり映えせず、とにかく退屈。
なんと言っても高速に入ってしまうとそこから出られない。一日中ガードレールの中にいる。
道からアクセスできるところにGSとか商店も皆無。テン場もそこかしこにあるのだが、ガードレールとフェンスで二重に阻まれていて道路から出られない。退屈な上に不便なことこの上ない。

この先がどうなっているのかわからないが、ウイグルを含む現在の支那というところは、自転車旅にはまったく向いていないのではなかろうか。
人民は軒並み無愛想だ(ウイグルでもこんなところで見かけるのは漢人ばかり)。支那では沿道やすれ違う車から笑顔で手を振られるなんてことはまずないだろうね。

走っていて唯一おもしろいのが標識や看板。もちろん読めないわけだけど、日本人なら意味はほとんどわかる。
日本人の感覚からすると、装飾を一切廃した非常に直接的な表現が多く、見ていておもしろい。
簡体字だから日本の漢字とはまったく異なる字も多いのだが、逆に意味の上から日本のどの漢字に相当するのかわかったりする。クイズをやっているようでとてもおもしろい。
ちなみに、日本の漢字も要するに簡体字である。ただ、略し方が日本と中国とで異なっている。見ていると中国式の略し方にも特徴があるのだけれど、簡体字同士で類推するのはなかなか難しい。
旧字、昔ながらの漢字(繁体字というのか?)を用いているのは台湾である。

話が飛ぶが、漢字について書かれた本でおもしろいものがあるので紹介しておきます。
「漢字と日本人」 高島俊男 文春新書
ごっちゃな文体でちょっと読みにくいのですが、書かれている内容は非常におもしろい。興味があればぜひご一読を。
どんな内容なのか扉書きを転写しておくと・・・
「カテーの問題」と言われたら、その「カテー」が家庭か假定かあるいは課程か、日本人は文脈から瞬時に判断する。無意識のうちに該当する漢字を思い浮かべながら・・・・・・。あたりまえのようでいて、これはじつに奇妙なことなのだ。本来、言語の実体は音声である。しかるに日本語では文字が言語の実体であり、漢字に結びつけないと意味が確定しない。では、なぜこのような顚倒が生じたのか?漢字と日本語の歴史をたどりながら、その謎を解きあかす。

さて、ウイグル語はアラブ文字を使う。よってウイグルの道路標識はほとんどの場合、アラブ文字でも併記されている。ただし非常に小さくて見づらい・・・。

周りにテン場はいくらでもあるのに、道路から出られない。
このまま走ると精河(かなり大きな町と予想される)に入ってしまう。
まだ時間がちょっと早かったのだが、大河沿子というところでインターが現れたので、いったん高速を下りた。
綿花畑が広がっていて、ちょうど収穫の時期であるらしく、人民が作業に勤しんでいる。
畑の片隅に人工林を見つけて幕営。今日は比較的あっさりテン場が定まった。
ウルムチまであと450kmほど。

IMGP6614_サイズ変更  IMGP6617_サイズ変更
朝のサイラム湖                           そして高速に戻る

IMGP6619_サイズ変更  IMGP6621_サイズ変更
ウルムチ 553km                          恐ろしく退屈・・・写真もほとんど撮ってない

P1170036_サイズ変更
比較的あっさりテン場が定まった

Trackback [0] | Comment [0] | Category [■ 107_Uyghur / ウイグル] | 2014.01.07(Tue) PageTop
いつも読んでいただき、ありがとうございます。
ランキングに参加しています。
記事が面白かったときはポチッとお願いします!
 ↓   ↓   ↓
にほんブログ村 自転車ブログ 自転車旅行へ    
   
   

天山北路をゆく その3 唐突に砂漠になった

2012/10/14 日
始:9:00 ~ 終:17:05 走行:88km
~ 精河 ~ 精河から45km

快晴!午後から雲が出た。
朝起きると、木が風でゴーゴー揺れていた。が、木のおかげでテントには風が当たらない。最高のテン場だった。

2kmほど戻ってまた高速に乗る。
このあたりには綿花畑が延々と広がっている。今はちょうど収穫の時期。一面真っ白な綿花畑は見事だった。
風は東からの向かい風。ユーラシア大陸を西から東へ横断すると、結局のところ風に助けられることはほとんどないように思われる。

25kmほど走るとある町に出て、そこから先は自転車通行禁止の標識があった。よく見ると反対車線の向こう側に側道がある。
ようやく高速から脱出できた!と言っても、一段低いところを高速に沿って走っているだけなのだけれど・・・。
それでもガードレールとフェンスの外に出られただけで気分がだいぶ違う。商店で買い出しもできるし、現地の人と同じ目線になったような気がしてなんだか嬉しい。
人が時どき路上に溢れていたりするし、道も高速に比べて悪くなるから距離は出なくなるのだけれど、気分的にこっちのほうが楽。

側道を20kmほど走ると精河に着いた。ここで昼食休憩と食料の買い出し。
食堂で食べられるのはラグマン。相変らず美味しいのだけれど、味にバリエーションがあるわけでなく、いい加減飽きてきた。
買い出しで誤算だったのは米が手に入らないこと。これまでどこでも手に入った米が、まさか中国に入って手に入らなくなるとは・・・。
これも後になって気付いたことなのだけれど、支那というところはどちらかと言うと米食より小麦食の文化だ。主食にはミーファン(米飯)よりマントウ(饅頭:蒸しパン、肉まんの中身のないやつ)を好んで食べる人のほうが多い。さらにウイグルは支那とは明確に食文化が異なっていて、明確に小麦食の文化圏(米なんかとれないのだから当然だ)。なおさら米が手に入りにくい。
今日寄った精河の超市には米が売っていたのだけれど、量り売りで買うことができず、最低5kgや10kgじゃないと買えなかった。そんなに持ち歩くのは嫌である。おかげでウイグルに入ってから、夕食はラーメンだけの日が続いている。
ちなみに、「超市」というのは何のことだかわかるでしょうか?・・・これ、そのままズバリ、「スーパーマーケット」に漢字を当てただけ。
と言っても、日本で言うところのいわゆるスーパーとは違っていて、要するにただの商店。超市のほうが見映えがするのか、超市と看板を掲げている店が多い。

精河は予想通り大きな町で、典型的な漢人の町といった風。何の特色もない箱型の建物が整然と建ち並んでいるだけで、要するにつまらんのだ。漢人の造る町ってのはどうしてこうなってしまうのだろう。
そりゃ日本だって新たに造成された地方都市なんてどこも似たり寄ったりだけど、ここで言っている漢人街というのはその比ではない。無駄に広い道路がドーンと通してあって、箱型の建物が同じように整然と並んでいる・・・どこもかしこも瓜二つである。山があったり海があったりするわけでなく背景もまったく一緒、というのも輪をかけている。
さらに悪いのが、まだ新しいこれらの建物に生活感がまったくないこと。人が住んでいないのだ。もうずいぶん前から言われていることだが、これらは人が住むためのものではなく、単なる投資の対象である。誰も住んでいない真新しい建物が腐るほどある。にもかかわらず、さらにビルを建てている・・・いったいこの国はどこへ向かおうとしているのか。

つまらん町は早々にスルー。サッサと買い出しだけ済ませて精河をあとにした。本屋が見当たらず、依然として地図は手に入らないまま。
カザフスタンからアラシャンコー経由で延びている鉄道も精河を通る。ここから先、高速は鉄道と並走するようになる。
ちょうど精河のあたりで走行距離が2万キロを超えた。

走ってきた道が精河の先で高速から離れ、この先は高速を走らないで済むのかも・・・と思ったのも束の間、しばらくしたところで道は工事中となって終わっていた。
工事をしていたおっちゃんが道はそっちだと教えてくれる。行ってみたらまた高速に出た。
入口のところには自転車通行禁止の標識がある。果たして走っていいのだろうか・・・またも迷う。
入口のところに止まっていた車のおっちゃんらにも自転車で走っていいものか訊いてみる。すると、道はそっちだと当然のように高速を指さす。ま、他に道はないし、そりゃそうだよな・・・。
半信半疑のまままた高速に乗る。

精河を出ると唐突に周りが砂漠になった。
こりゃ他に道なんてあるわけないわ。砂漠の中を高速道路と鉄道だけが走っている。他には何もない。水は食事した食堂でもらっておいたのだが、大正解。
精河まではあんなに木が生えていたのに・・・。

困ったのはテン場。この風の中だけど吹きっさらしの場所に幕営するしかない。
テン場の心配以前にもっと困ったのが、高速から出られないこと。昨日みたいに適当に出口があるだろうと高を括っていたのだけれど、行く先は見渡す限り何もない。
次の大きな町である烏蘇まで出口がないのではないか、という気がしてきた。烏蘇は100kmの彼方。もちろん今日は届かない。

16:00を過ぎ、どこか僅かな隙間でもあればそこから脱出しよう、という目論見で走る。
精河から45kmほど走ると、鉄道施設へ行くための出口が現れた。人が乗り降りするための駅ではなく、何らかの目的に使われている鉄道施設。
ちなみに、中国語で鉄道のことは火車という。汽車というのもあるんだけど、これはバスのこと。汽車站と書かれるとついつい鉄道駅を思い浮かべてしまうが、バス停やバスターミナルのことである。

ようやく高速から脱出!建物のところまで行ってみると、無人の施設のようだった。
願ってもない物件、と言いたいところだが、あとで人が来たりすると面倒なので(中国の公安は、ちょっと笑って済ませるというわけにはいかないような雰囲気がある)、そこから離れたブッシュの陰に幕営。まったくの吹きっさらしよりはずいぶんマシだ。

ちょうどテントを張り終えた頃、一人のおっちゃんが歩いてテントにやって来た。とりあえず笑顔で挨拶。
おっちゃんは、「そっちの建屋で寝れば」と言ってくれたのであるが、今日もタイミング悪し。すっかり幕営態勢に入ってしまっていたので、今日も気持ちだけいただいた。
念のため、そこの高速を自転車で走っていいものなのかどうか、おっちゃんにも確認してみたのだが、やはりいいという。他に道はなさそうだし、やっぱ走っていいんだよな・・・。
建屋に詰めている人なのかなぁと思っていたのだが、おっちゃんはしばらくすると車で帰っていった。

IMGP6630_サイズ変更  IMGP6633_サイズ変更
道路脇に綿花畑が延々と広がる                  しばらく下道を走れたが・・・

IMGP6634_サイズ変更  IMGP6635_サイズ変更
また高速に吸い込まれる                       出口はしばらくありそうにない

P1170038_サイズ変更  P1170042_サイズ変更
運よく鉄道施設があって脱出できた                 唐突に砂漠になった・・・

P1170040_サイズ変更
こんなブッシュでもないよりマシ

Trackback [0] | Comment [0] | Category [■ 107_Uyghur / ウイグル] | 2014.01.08(Wed) PageTop
いつも読んでいただき、ありがとうございます。
ランキングに参加しています。
記事が面白かったときはポチッとお願いします!
 ↓   ↓   ↓
にほんブログ村 自転車ブログ 自転車旅行へ    
   
   

天山北路をゆく その4 今日も一日高速の上

2012/10/15 月
始:9:05 ~ 終:18:00 走行:120km
~ 高泉 ~ 烏蘇 ~ 奎屯の手前8km

無風快晴の朝。午後にはやはり薄っすらと雲が出た。
一日中高速の上、ガードレールの中。

走っているとやはり時どき、歩行者とそれから自転車とトラクターは通行禁止の標識があるのだが、通行しても問題ないことは間違いない。
公安のパトカーも自転車などまったく意に介さないで追い越してゆく。もうこの標識は無視することにした。
今日も二ヶ所あった料金所では、一応止まって行っていいかとゼスチャーすると、笑顔で手を振ってくれた(たぶん自分らは中国人にしか見えない)。

昼すぎに高泉という小さな町の中を通った。
ここは道路から出られるようになっていて、ズラリと並ぶ食堂の一つで昼食休憩にした。
「清真」とか「回民」と掲げているのはムスリム用の食堂で、大きな町以外ではほとんどこの手の食堂である。もちろん豚肉は使ってないはずなのだが、今日食べた丸子湯(肉団子のスープ)には豚肉が入っていたような・・・。いや、間違いない。見た目も味もチャーシューそのものだった。豆腐も入っていてとても旨かった。

外のテーブルで食事しているとき、やはり食事のために近くに小型のトラックが一台止まった。荷台にはフタコブラクダが鎮座していた。
ヒトコブに比べるとキツイ顔をしているフタコブであるが、やはり可愛い。黙ってじっと座っている姿を遠くから見ると、巨大な鳥の雛のように見える・・・。
ラクダなど珍しくもなんともないようで、付近の人たちは誰も見向きもしない。

食堂でついでに水も6Lほどもらった。
それから近くの商店で米を探してみたのだが、やはり見当たらない。うぅぅむ、今晩もラーメンか。

烏蘇では高速を下りなかった。すると、その先はずっと出口がない。
17:00を回って暗くなってきたし、いい加減ここから出してくれぇ~という感じ。
奎屯の手前8kmほどのところでようやく出られた。が、出たところは工場地帯。最悪のところに出された・・・。
テン場を選り好みしている場合ではなく、道路からダートに入り、低木の茂る空き地に幕営した。狭いスペースしかなくてフライは張れない。雨の心配はなさそうだが、如何せん寒そうである。
夜になると近くのプラントの明かりがキレイだった。

余談54 漢字とひらがなとカタカナ
中国語では外来語を中国語表記する際、音からではなく意から入ることがあっておもしろい。
例えば、エナジードリンクのレッドブルは中国でも売られているが(バッタもんが多いが本物もある)、中国語表記では「紅牛」となる。意味はそのままだが、もちろんこれで「レッドブル」とは読まない。
人名など意味を持たないものには音の合う適当な漢字を当てる。例えば、チョコバーのスニッカーズは「士力架」(”ズ”が抜けているような気がするが)。
漢字は表音文字である以前に表意文字であるから、漢字を当てると否応なしに意味を持ってしまうところがおもしろくもあり、問題でもある。たまたま「士力架」はそれとなく意に沿った命名になっている。

その点、表音文字であるひらがなとカタカナを発明した日本人は賢かった。
単に表音文字であるという以上に、ひらがなとカタカナには効力があるのではないかと思う。漢字を浮かび上がらせる効力だ。
これは勝手に思っていることなんだけど、何かの文章をパッと見たとき、それが何について書かれているのか瞬時に読み取る、その点にかけて日本語は非常に優れているのではないか。
漢字とひらがな、カタカナが絶妙なバランスにあるとき(漢字が多すぎても少なすぎても読みにくい)、パッと見ただけで意味が目に飛び込んでくる。頭からいちいち読む必要がない、というか要するに斜読が可能である。
この斜読というのは、表音文字による言語=英語やフランス語といった多くの言語において可能なものなのだろうか?はたまた漢字だけを使っている中国語でも可能なのだろうか?
非常に興味がある。

ついでながら・・・擬態語や擬声語が多いのも日本語の特徴である。
例えば、表面の状態を表すだけでも・・・ツルツル、テカテカ、ベトベト、ザラザラ、ゴツゴツ・・・etc いくらでもある。
これらは(日本人にとっては)簡単な上、感覚的に実に捉えやすい。一方で、外国語に置き換えるのはなかなか難しい。

余談55 自力でものをつくるということ
中国では町中で電動スクーターをよく見かける。それから、走っている車は国産車が多い。特に、大量に走っているトラックやバスは100%国産車だろう。乗用車は欧州車や日本車、韓国車もよく見かけるが、やはり一番多いのは国産車。
性能や品質がどうとかコピー品ばかりとか(実際コピーの仕方はえげつない。また別の機会に述べる)、そういうことはひとまず横に置くとして、これはすごいことだと思う。世界の大半の国では自力で車などつくれないのだから。

商店で売られている品物もほぼすべて国産品だ。それが原因なのか結果なのか、どちらが先なのかよくわからないが、売られているものの素性が他の国と違っていて独特である。
例えばお菓子。チョコレート類がほとんどなくて、代わりに酒のつまみのようなもの(イカの薫製とかそういったもの)ばかりになる。自分の経験では、チョコレートがこんなにない国ってのは他にない。
例えば飲料。炭酸飲料がほとんどない。コカコーラは一応存在するが、非常に影が薄いし、飲んでる人を見たことがない。これも自分の経験によると、コカコーラというか炭酸飲料がこんなにない国ってのも他にない。中国人というのは、そもそも冷たいものを飲む習慣がないらしいが。

何はともあれこの自国でなんでもつくれるというのは、その国の素性を表す大切な要素ではないかと思う。日本がそうであるように、こういう国はそのうち発展する、そういう潜在力を秘めているような気がする。
BRICs(最近は最後のSに南アフリカを当ててBRICSと書くのか?)の国々にはどこもそういった要素がある。イランにも素地がありそう。
日本や欧米の製品を無尽蔵に受け入れて国中にそんな製品が溢れているような国(世界にはそんな国のほうが多い)というのは、一見進んでいるように見えて実は未来は明るくないのかもしれない。

IMGP6636_サイズ変更  IMGP6638_サイズ変更
日が昇る                                快晴!

IMGP6639_サイズ変更  IMGP6640_サイズ変更
ここから高速に入る                          ウルムチ 316km

IMGP6641_サイズ変更  IMGP6643_サイズ変更
そして何もない・・・                      食べることだけが楽しみ(清真なのに豚肉が入っていたような・・・)

IMGP6645_サイズ変更  IMGP6644_サイズ変更
荷台におとなしくおさまっているフタコブちゃん         後姿は鳥の雛みたい

IMGP6646_サイズ変更  P1170045_サイズ変更
アップで                                 低木の茂る空き地(翌朝撮影)

Trackback [0] | Comment [0] | Category [■ 107_Uyghur / ウイグル] | 2014.01.09(Thu) PageTop
いつも読んでいただき、ありがとうございます。
ランキングに参加しています。
記事が面白かったときはポチッとお願いします!
 ↓   ↓   ↓
にほんブログ村 自転車ブログ 自転車旅行へ    
   
   


 Web Page Translation
 You are here / ブログ内の現在地
なかっぴー通信NEO
 トップページ
  └ カテゴリー
        └ ■ 107_Uyghur / ウイグル
 About Me / プロフィール

nakappie

Author:nakappie
1970年生まれ。妻と二人信州伊那谷在住。
2009年10月~2013年5月の旅を記録するために”なかっぴー通信”をスタートさせました。
現在は伊那谷にて節約生活をしながら充電中。
2014年4月、ブログのタイトルを”なかっぴー通信NEO”に改めました。
信州伊那谷より~旅のこと、山のこと、自転車のこと、そして田舎暮らしのことなどなど・・・気ままに綴ってゆきます。
”おもしろきこともなき世をおもしろく”そんなふうに生きていけたらいいですね。

 名言集
すばらしい一日でありますように・・・
 ランキングに参加しています
押してもらえると嬉しき哉

にほんブログ村 自転車ブログ 自転車旅行へ にほんブログ村 ライフスタイルブログ 自給自足生活へ
 Latest Diary / 最新記事
 Category / カテゴリー
 Search Form / 検索フォーム
 にほんブログ村
 アクセスランキング
   
   
i2iポイントサイトへのご招待です♪
 Links / リンク
 Mail Form / メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

 Latest Comments / 最新コメント
 アクセスカウンター
 Monthly Archives / 月別アーカイブ
 RSSリンクの表示
 ブロとも申請フォーム
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。