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韓国斜め縦断(仁川~釜山) その1

2013/1/1 火
~ 終:17:30 走行:25km
インチョン(仁川) ~ スウォン(水原)の手前35km

中国とは一時間の時差があり、昨晩のうちに時計を一時間進めた。これで日本との時差はなくなった。
夜中からどうも胃の調子が悪い。締め付けられるように痛く、食欲もない。
インチョンに着くまで船室のベッドで横になっていた。

インチョンには予定通り11:00頃到着。昨日降ったと思われる雪が3~4cm積もっている。
港に入るときはまだ雪がハラハラと舞っていたが、その後やんで青空も見えるようになった。

下船は外国人を優先的に降ろしてくれるのであるが、自転車を降ろさねばならない自分らは結局、韓国人の群れに交じって下船することになった。
トラックと一緒に船尾から降ろしてくれれば楽なのだけれど、それはやはりダメってことで、タラップの階段から強引に降ろさねばならない。
しかも青島同様、数百メートル離れたイミグレ・オフィスまではバスに乗らねばならず、甚だ面倒。
人でごった返すバスを何度もやり過ごし、ほぼ最後のバスに乗った。青島側のバスより乗降のステップが多く、乗り降りがえらく大変だった。

税関では荷物を全部降ろしてX線に通さねばならず、これまた面倒くさい。
全てを終えて荷物を積みなおしたときにはすっかりヘロヘロで、ほとんど走る気をなくしていた。胃の調子も悪いし・・・。
そもそも韓国自体消化試合の意味合いが強く、ただでさえ気分が乗らない。

ターミナルにあったインフォメーションで中国語併記の大まかな地図を入手し、両替屋で元をウォンに両替え。レートが悪かったが諦めて、余った元を全て両替えした。
道路は雪融けでびしょびしょ・・・さらに走る気をなくす。

ターミナルのすぐ近くにあったちょっとしたショッピングセンターに寄り、ATMでウォンを下ろす。
店内に日本語の放送が流れて驚いた。こんなところにそれほど日本人が来るとは思えないが・・・。
店内に簡単な本屋があったのだが、地図はなし。そもそも子供向けの本がちょこっと置いてあるだけだ。
胃の調子が悪くても腹は減る。フードコートにマックがあり、久々にビッグマックを食す。(自分はけっこうマック好き)

その後も地図を求めながらダラダラ走ったが、結局地図は見当たらず。
韓国人は本を読まないと聞いていたが、確かに・・・地図以前に、そもそも本屋というものがほとんど存在しない。あっても子供向けと思われるような本しか置いていなかったりする。
町並みは、一言で言うと20年以上前の日本のコピーといった感じ。セブンイレブンや、最近ファミリーマートから名前を変えたコンビニががやたらと目につく。

道がわかりにくく、インチョンから出るのに一苦労。
標識はあるのだが、町中ゆえか遠くの行き先が標示されていない。おまけに、誰に聞いても不思議なくらい道を知らない。何でここまで道を知らないのだろう???
テジョンなんてここから150kmくらいの距離だし、スウォンにいたってはほとんど隣町なんだけど・・・誰もどうやって行けばいいのか知らなかったりする。
漢字はほとんどの人が読めず、地図にある漢字の地名の下に小さく併記されたハングルを見て、「あぁテジョンか」といった具合。
もっと漢字を勉強した方がいいと思うぞ、韓国人。半島にあって明らかに中華文化圏にありながら漢字が読めないのは致命的だと思う。
ちなみに、それまで複数あった半島の言語が統一されたのは日本併合時。その時は漢字交じりだったのに、愚かにもハングルだけにしちゃったんだよなぁ・・・。

迷走しつつ20km弱走ったところでようやくスウォンの行き先標示が現れ、ホッとした。
中国から来ると道路が狭く感じられるが、交通マナーは中国よりずっとマシ。ゴミも中国に比べて格段に減った。人もけっこう親切である。

韓国という国は、人口4,800万人の半分くらいがソウルとその近郊に集中している。ソウルから離れるほど人ではなくなる、という屈折した儒教感に基づく結果である。
周知の通り、韓国は依然戦時下にある。朝鮮戦争は終わったわけではなく、単に停戦状態にあるに過ぎない。
そして朝鮮戦争時の体たらくから、韓国の統帥権は米国が持っている。米国と戦争したわけでもないのに、統帥権が米国にあるという不思議な国である。
ちなみに、停戦中の分断国家の状態であるにもかかわらず、ソウルというのはあまりに危険な位置にある。北朝鮮が国境線を越えて侵攻した場合、あっという間に制圧されてしまうと思うのだが・・・。

一面雪が積もっているのでテン場に困る。せっかくテントも乾いていることだし、できれば雪のないところに幕営したい。
結局、時間切れにより建設中の高架の下に幕営した。道路と、それから向かいのGSから丸見えであるが、乾いたところに幕営できればそれだけで御の字。
天気予報によると、明日からしばらくは好天が続く見込み。
20:00の気温-5.5℃。

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ターミナルまでバスで移動

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2013年の走り初め                     建設中の高架下に幕営(翌朝撮影)

2013/1/2 水
始:9:35 ~ 終:17:30 走行:80km
~ スウォン(水原) ~ オサン(烏山) ~ ピョンテック(平沢) ~ チョンアン(天安)

晴れ。道路は融雪路で(車道には融雪剤がまかれている)、歩道や自転車道は雪に埋まっている。
町中は車が多いのだけれど、路側帯が雪に埋まっているためヒヤヒヤしながら車道を走る。
直進車優先というところは徹底されていて、中国のように脇からノーブレーキで車が出てくるなんてことはない韓国であるが、自転車のすぐ脇をけっこうなスピードでかすめられのが怖い。

インチョンから内陸に入るに従い、雪の量が如実に増えた(特にスウォン以降)。雪まみれの自転車はあり得ない汚れようである。
スウォンまで42号線を辿り、スウォンで昼食。
初めて食べた韓国食はイカのビビンバみたいなやつ。大きなどんぶりに、ご飯とイカの辛い炒め煮、それから好みでニラやらなにかを加えて食べる。
旨い。旨いが、ここまで辛いものを毎日食べる気にはならんな・・・。

スウォンから1号線に入る。
韓国を自転車で走ってすぐに感じるのは・・・信号多すぎ。待ち時間長すぎ。
バカみたいに信号があって待ち時間が無駄に長い。日本なら感応式か押しボタンになっているような信号も一定のタイミングで全て変わるから、ほとんどの信号に引っ掛かる。
交通量によって信号の変わる時間を調整するという配慮もされていないし、一番意味不明なのが、順方向と逆方向で同時に青にならないところが多いこと。交互に青になるのだけれど、これってなにか意味があるのか?全方向の車が止まっていて、いったい今どこが青なのかわからないこともしばしば。
気が短い韓国人がよくも律儀に守っているものだと感心する。
そして、高い山はないのだが、小刻みなアップダウンがやたらと連続する。平坦地は日本よりすくないんじゃないかな。
辛うじて幹線は走れる状態にあるが、一歩幹線から外れるとまったく除雪されておらず、完全に雪に埋まっている。もしくは踏み固められてテッカテカ。
自然に融けるまで放置するのが韓国流なのだろうが、気温が低いからおそらく春先までこのままだろうね。

ピョンテックでトイレを借りるためGSに寄ったら、若い兄ちゃんがホットの缶コーヒーをくれて感激。寒いのでホントありがたい。
ストーブのある建屋の中でちょっと休ませてもらった。
出がけに、さらに一本ずつ缶コーヒーを持たせてくれた。

走り出してからずっと、小さな町が途切れずテン場がない。
16:00にもなると気温がググッと下がり、そろそろテン場を得ないと不安になる。
平らな林なんてものは存在しないから、頼みの綱は雪のない東屋か、GSなんかの敷地内に張らせてもらうこと。
と、道路に面して一見使われていなさそうな施設があった。閉まった門の前に守衛所と思しき建屋があり、その軒下が格好のテン場になっている。

門に自転車を立てかけて守衛所をのぞきに行くと、無人だと思っていたそこには人がいた。
軒下にテントを張らせてもらえないか頼んでみると・・・あっさりOK。拍子抜けするほど二つ返事でOK。助かったわ。
ちなみに、ハングルでもテントはテントと言う。よって、テントという言葉だけあれば、あとは身振り手振りでどうにかなるので交渉は意外と楽チン。
もちろんテントというのは、日本の併合時代以降に日本語から入った言葉。
もともと語彙の少ないハングルにはこの手の単語が驚くほど多い。特に近代以降のものについてはほとんどがこのパターン。カバンとかね。
反日の一環として、この手の単語を全て独自のものに置き換えようなんて動きも一部にあるみたいだが、まぁ無理だろうね。あまりに数が膨大だから。

天安にある会社の守衛所で会ったおっちゃんは、パクさん。なんかもう人のよさが顔に滲み出ているような人である。
そこには友人のソさんも一緒にいた。
自転車もそのままにすぐに守衛所の中に招き入れてくれ、温かいコーヒーをご馳走してくれた。建屋の中はぽっかぽか。
テントも建屋の中に張っていいと言ってくれる。ありがたいことだ。
広い隣室を提供してくれたので、さっそくそこにテントを張らせてもらう。
その後はパクさんのいる暖かい部屋ですっかり寛がせてもらった。

パクさんは夕飯もご馳走してくれた。
「キムチチゲはどうだ?」と聞いてくれて、近くの食堂からわざわざ出前をとってくれた。
ちなみに自分はキムチ、と言うか漬け物全般が苦手で食べられないが、熱が通っていれば食べられないものはない。
暖かい部屋でパクさんと一緒に夕飯をいただいたのであるが、パクさん自身はキムチと雑穀米というおそらくいつも通りの質素な食事。出前してくれたキムチチゲ他を食べたのはほとんど自分らだけで、ちょっとパクさんに悪い気がした。
食事の後には、これまたわざわざ買ってきてマッコリも振舞ってくれた。申し訳ないです。

21:00過ぎだったか、一度帰ったソさんが韓国版焼酎を持って再びやって来た。そして今度は電話でフライドチキンを出前してくれた。もう腹いっぱいで食えないっす・・・。
パクさん、ソさんとあれこれ話しながら(話はほとんど通じないわけであるが)楽しくやっているうちに夜が更けた。
車で家に帰るソさんを見送ってから眠りにつく。
暖かい部屋で寝れば、とパクさんは言ってくれていたが(パクさんはいつもそこのソファで寝ている)、荷物を運んだりが面倒なんでテントで寝させてもらった。
しばらくしてテントのある隣室にわざわざヒーターまで持ってきてくれたパクさん。なんとお礼を言ってよいのやら。
外は冷え込んでいて、20:00の外気温が-14℃。

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今日は融雪路                       GSで缶コーヒーをいただいた

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幹線は除雪されている                 パクさんのご好意で屋内に幕営させてもらった

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夕飯もご馳走になった                   人のよさが顔に滲み出ているパクさん

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ソさんも韓国版焼酎を持って再びやって来た

2013/1/3 木
始:10:30 ~ 終:16:45 走行:68km
~ テジョン(大田)の手前15km

晴れ。
テントの中でうとうとしていたら、7:00過ぎにパクさんに起こされた。
既に交代のキムさんが来ていて、パクさんは帰宅の時間。うちで朝食を食べようとお宅に招いてくれた。
仕事場からパクさんのお宅は車で5分ほど。朝の道路はけっこう混んでいた。

家には奥さんと、兵役を終えてこれから大学へ行く息子さんがいた。
奥さんの手料理をありがたくいただく。すっかりお世話になってしまって申し訳ないです。
ご飯はやはり白米ではなく豆などの入った雑穀米で、韓国の家庭ではこれが一般的なのかもしれない。米はもちもちしていて美味しい。
ちなみに、韓国にはお茶を飲む習慣はない。

トイレがウォシュレット付きなのには驚いた。(壊れていて使えなかったが・・・)
韓国人て、こういうハイテク機器が大好きだよね。スマートフォンなんかもそうだし。

守衛所に送ってもらう途中、パクさんがお店に寄ってお土産まで買ってくれた。クルミ入りの一口どらやきのようなお菓子。たいへん美味。
交代のキムさんもこれまた親切な人で、人のよさが顔に出ているようなおっちゃんだ。
パクさんと二人、7:00~7:00の24H交代勤務である。
コーヒーをご馳走になって、キムさんに見送られて出発。

1号線をずっと辿る。
今日は車道が乾いているところが多かった。昨日と違って自転車が雪まみれになることがない。
周りの景色はインチョンを出て以来ずっとパッとしない。なんと言うか、こう惹きつけられるものが何もない。道も高速道路然としていて、走っていて楽しくない。

昼食のため途中で寄った食堂は中華の店で、あんかけチャーハンが旨かった。
GSでも食堂でもどこでも、韓国はトイレが普通にキレイだ。たいていのところに石けんも置いてあるので助かる。
今日の食堂のトイレは和式の便器だったんで驚いた。もちろん日本から入ったものだろうけど、外国で和式便器を見たのはたぶん初めてで、どこか新鮮だった。

常々思っているのだけれど、韓国はありのままの歴史を認めてしまえば楽なのに・・・。
日本に併合してもらったお陰で近代化できたこと、韓国にあるもののほとんどは実は日本から伝わったものであること。
まぁしかし死んでもそれはできないんだよな。それを認めるとアイデンティティーが保てないどころか、自我が崩壊してしまうのだろう。
事大主義、小中華思想に縛られた韓国人の中では、支那により近い韓国の方がどうあっても日本より上でなければならない。
ただ実際は、悲しいくらいオリジナルなものがない。どこをどう見回しても韓国らしいものってないと思うんだよね。
歴史のほとんどが支那やモンゴルの一部だったのだから無理もないのだけれど、それを認められない限りスタート地点にも立てないのだと思う。

自らの起源、歴史をまっすぐ見つめられないというのは哀れだし、周辺国にとっては厄介だ。
国は捏造してまで歴史をひた隠しにし、反日教育を推し進める。
隠すといったって今の時代、ちょっとネットで調べれば自分たちの知るのとはまったく違う歴史が厳然と存在することに気付くだろうし、国外に出れば周りの歴史観は自分たちのものとは違うってことにぶち当たるはずなんだけど・・・そういうことは見ざる聞かざるなんだろうね、きっと。
「ちょっと待てよ」とか「真実はどうなんだ」とか、そういった思考に至らないのだと思う。

脱線ついでに・・・
中にはまともな思考の人もいるので、ここに引用しておく(ただし資料の信憑性はかなり怪しいですが)↓

同胞韓国人は嘘つきばかりである。私はそのことが恥かしく、情けない。
「韓国は独力で近代化を成し遂げた」って。馬鹿を云うな。
韓国の近代化は日本の莫大な資本と人材の投与によって成し遂げられたものである。
「韓国は日本の統治に抵抗をもって対抗した」だって。馬鹿馬鹿しい。
同胞韓国人はロバのように日本の統治を甘受したのが実態だ。
ごくごく一部の抵抗はあったが上から下までみんな日本にあこがれ、日本人になろうとしたのだ。
「韓国が独立したのは韓国の手によるものだ」にいたっては呆れてものも言えない。
誰も日本からの独立など望んでいなかったのにアメリカに強制的に独立させられたというのが真実だ。
「漢河の奇蹟」だって!笑わせる。
日本から賠償金という名目で莫大な経済援助と技術援助で成し遂げられたものだ。
これだけお膳立てしてもらえばどんな未開民族でも経済成長するだろうよ。
「日本文化の祖が韓国」とは恐れ入る。
一体、併合前の朝鮮半島のどこに「文化」なるものがあったのか。
併合前、我々先祖は乞食同然の生活をしていたではないか。
現在の韓国の姿、まさに他人により作られた砂の楼閣だ。
虚飾と偽善と歪曲とおごりに満ち満ちている、真似と依存と歪曲が全てである。
このような韓国の本質を知らず「韓国こそ世界一」などとほらを吹いて自己満足している
本国、在日の韓国人は正気の沙汰ではない。これが恥でなくてなんであろうか。

by 済州島出身の評論家・金満哲

話を元に戻す。
昼前、GSでコーヒーをご馳走になった。そこで働くじいちゃんは、日本の国民学校に三年通ったと言っていた。
一言二言日本語を知っていたじいちゃん、当時を知る人なんだなぁとちょっと感慨深かった。

韓国には道路沿いに休憩所と思しき東屋がたくさんあって、雪のあるこんな時季には絶好のテン場となる。と言うか、東屋以外まともなテン場は得られない。
例によって16:00頃になると気温がグッと下がり、今日もそろそろ幕営したい気分。
東屋を狙ってテン場を探していると、道路脇に立派な東屋があった。薄っすら雪が積もっているが、どかせば快適に幕営できそう。
すぐ隣にゴルフショップがあり、テントを張ってもいいか聞いてみると、これまたあっさりOK。テントを張ることに対してとても寛容な気がする。

さっそく幕営すべく東屋の雪をどかしていると、ショップのおっちゃんが心配して様子を見に来てくれた。
そして、寒いからこっちに来いとショップの中に招き入れてくれた。テーブルにつき、温かいコーヒーをいただく。
そこには奥さんと息子さんがいて、息子さんの方がちょっと英語を話せる。
ひょっとして店内にテントを張らせてもらえるかも、と卑しくも期待していたら、なんとそれどころか、今晩は冷え込むからうちに泊まっていってくださいと。
おぉぉ・・・そんな、いいんですか。
ありがたくお言葉に甘えさせていただくことにした。

そんなわけで、今晩はチュンさんのお宅にお世話になることに。
二階が住居になっていて、さっそく招き入れてくれた。床暖房でポカポカだ~。
暖かい部屋でしばらく寛がせてもらった後、夕飯までご馳走になった。
今晩は焼肉。おでんもあった。激ウマ!
カセットコンロに鉄板を乗せて焼くのだが、鉄板が斜めになっていて油が落ちるようになっているのはアイデア商品だと思った。

さて、パクさんのお宅にも守衛所にもあってずっと気になっていたのだが、普通の冷蔵庫とは別にもう一つ、平たい冷蔵庫のようなものがある。
聞いてみるとこれ、キムチ専用の冷蔵庫。韓国では一家に一台の必需品であるようだ。
「日本にはないの?」って逆に聞かれたけど、ないです。
それと、これもパクさんのお宅から気になっていて聞いてみたのだけれど、韓国では結婚しても夫婦別姓。父親の姓を受け継ぐのが通常ということだった。

この時季、みかんがけっこう売られている。寒い韓国でみかんが採れるのだろうか?と思っていたのだが、済州島で採れるらしい。
チェジュ・オレンジは韓国では有名らしく、たぶん韓国で食べているみかんはほとんどがチェジュ産。
「日本のはチェジュ産じゃないの?」って聞かれたけど、日本は愛媛や和歌山なんかで採れますから・・・。チェジュより暖かいし。

夕食後、友人のコウさん一家が遊びに来た。英語を話せるってことでわざわざ呼んでくれたのだと思う。
コウさんはその昔、フィジーやプーケットに何年か住んでいたことがあるらしい。今は陶芸家で、この近くに住んでいる。
チュンさんのお宅で使っている皿や椀もコウさんの作品だとか。コウさんの風貌からは想像もできない(スミマセン)、素敵な陶器たちであった。
韓国版焼酎を少々いただきながら、暫し楽しくおしゃべり。
コウさんは、山の中にある自宅兼工房の写真を見せてくれ(すっかり雪の中)、よければ明日泊まって行ってくれとも言ってくれた。

チュンさんの家はまだ新しくて広い。なんと屋根裏部屋まであって、今晩はそこで寝させてもらった。
ここも床暖房でポカポカ。
が、せっかくの床暖房だったというのに、明かりを消すのにマユミが誤ってブレーカーを落としてしまい、夜中は少々寒かった。
それがブレーカーだったことに気付いたのは翌日の朝。明かりのスイッチはちゃんと別にありましたとさ。

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パクさん宅で朝食をご馳走になる            お土産までいただいた

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こちらはキムさん                      景色はずっとこんな感じ

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トンネルもけっこうある                   GSにて

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夕方になると気温がグッと下がる            この日はチュンさん宅にお世話になった

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一家に一台の必需品、キムチ用冷蔵庫        夕食後にコウさん一家がやって来た

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Trackback [0] | Comment [0] | Category [■ 112_Korea / 韓国] | 2013.01.12(Sat) PageTop
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韓国斜め縦断(仁川~釜山) その2

2013/1/4 金
始:9:20 ~ 終:17:30 走行:76km
~ テジョン(大田) ~ オクチョン(沃川) ~ ヨンドン(永同)

晴れ。今日も低温注意報発令中。
クリスマスから年末にかけて降った雪で国中が雪に埋もれている。気温が低いので雪がまったく融けない。
予報では今日あたりまで寒いらしく、ここのところ最低-19℃/最高-7℃くらいの日が続いている。
例年、韓国ではこれほど雪が降ることはないらしく、今年は特別だとみなが口をそろえる。TVも新聞も、連日雪の話題で持ち切りだ。

韓国でTVニュースや新聞を見ていて思うのだが、外国のことがあまり報じられていない。こりゃ情報音痴になりゃせんか???
これに関しちゃ他人の国のことをとやかく言えたもんじゃないけど・・・自国を貶める報道を垂れ流しにされるよりはマシか。
それともう一つ。韓国人と接していて気付くのが、スマートフォンの依存症。若者から六十過ぎの人まで、もう全国民が依存症と言っても過言ではなかろう。
特に、年配の人までが何かにつけてスマートフォンをいじっている姿には驚く。こんな国は他になかった・・・もしかして日本も今こんな状況なのだろうか。

チュンさんちで朝食をいただく。いや~朝から温かいご飯を食べられるってのは幸せだ。
ご飯はやはり雑穀米で、これがまた旨い。味噌汁や海苔もあるから、軽く三杯くらいはいけちゃう感じ。大食いでスミマセン・・・。
自分たちの大食いは置いておくにしても、韓国人は驚くほど食べないように見受けられる。家庭でも外食でもどこでも。

出発前、チュンさん夫婦は、熱いお湯で満たしたテルモスと、みかんを餞別に持たせてくれた。さらには寒いからと、ネックウォーマーまでいただいた。
何から何まですっかりお世話になってしまい、なんだか恐縮です。
旅をしていて一番楽しくかつ感動するのは、こういった温かい人たちとの出会いだ。大切にしたいものです。そして、次は自分が世の中に恩返しするのが人の道。

テジョン~テグー間は山がちで雪が多い、と昨晩コウさんが教えてくれていた。遠回りになるが光州経由で迂回したほうがいいか、とルート選択に迷っていた。
チュンさん夫婦に見送られて出発後すぐ、分岐が現れる。分岐手前のGSに寄って状況を確認してみる。
たぶん韓国人はあまり遠出をしない。というのは、誰に聞いても道をよく知らず、答えがサッと返ってこない。
ま、今回は雪の状態を確認したかったのであるが、話が上手く通じず、GSのスタッフは地図とにらめっこ。親切に教えてくれようとしているわけで、ありがたいことには違いないのだが。
コーヒーをご馳走になりながらしぶとく聞いてみる。ようやく話が通じた!
結果、雪はどこも変わらないという話なので、予定通りテジョン~テグーの最短ルートをとることに決定。

分岐を36号線に入ってテジョンへ。雪の量が一段と増えた。路側帯はもちろん、3車線の一番右側の車線は雪に埋もれている。
車の走っている車線も、所々アイスバーン。車が多いし、とても怖い。いや、自分がコケる心配じゃなく、車に突っ込まれはしないかと・・・反対車線でスリップしている車も見かけたしね。
ちなみに、中国ほどではないにしろ、韓国もスタッドレスなど履いていない車の方が多い。

テジョンの先も町が途切れず、小便する場所にも困る。GSに寄ってトイレを借りることが通例になった。で、GSに寄るたびコーヒーをご馳走になる。
道は相変らずアップダウンの連続。気温が低く、顔と手足の指が痛い。特に下りは地獄だ。

さて、韓国は今トレッキングブームなのだろうか?アウトドアグッズの店がそこかしこにあるし、町中でもその手の格好をしている人をやたらと見かける。
青島にもトレッキングツアーのような韓国人の団体がいたな。

ヨンドンの25kmほど手前のところで、例によってGSでトイレを借りた。
コーヒーをご馳走になりながら、「どこに行くんだ」とか「どこに泊まるんだ」とか話していると、テントで寝ている(韓国ではここまでほとんど野宿をしていないが)ことを知ったおっちゃんの一人が、「ここに泊まれるよ」と言ってヨンドンにあるGSを紹介してくれた。住所を書いた紙をくれ、わざわざ電話までしてくれた。
実にありがたい。
テン場探しの労から開放され、軽やかにヨンドンへ向かう。

教えてもらったGSはルートからちょっと外れたところにあり、探すのに手間取った。
ようやく辿り着いたそこには、驚いたことに、先ほどここを教えてくれたおっちゃんがいた。どうやら自分の勤めているGSを教えてくれたようだ。
おっちゃんの名はイさん。GSのオーナーはヨウさんで、ヨウさん一家がGSに隣接した家に住んでいる。
ポカポカの事務所でさっそくコーヒーをご馳走になり、続いて餃子やお菓子をご馳走になる。さらには、ヨウさんの奥さんの作ってくれた雑煮とご飯までご馳走になった。
なんと親切な人たちであろうか。人の温かさに触れる毎日である。

GSからちょっと離れた、いつもはイさんが寝起きしていると思われる広い部屋を寝床に貸してくれた。
ここも床暖房でポカポカ。快適なことこの上ない。
今日こそ床暖房の上で温かく寝させてもらったわけであるが、これがまた温かすぎて意外と眠れなかったりする。

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チュンさん宅を後にする                  朝はまだ寒い

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GSで雪の状態を確認                   道は所々アイスバーン

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GSによくお世話になる                   バス停で休憩中

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これもGS・・・ヨンドンのGSを紹介してもらった      前:ヨウさん夫妻、後:イさん

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床暖房でポカポカ・・・

2013/1/5 土

昨晩も冷え込んだようだ。
自転車といらない荷物は広い倉庫に入れておいてもらったのであるが、パニールに入れてあった中国製のエナジードリンクもシャンプーもカチンコチンに凍っていた。
シャンプーってこんな温度で凍るんだな、とちょっと驚いた。
イさんとヨウさんから8:30に朝食と言われていたので、自転車と荷物はそのままにして、GSの事務所に顔を出す。

事務所にはイさんとヨウさんの他に、一組の親子連れがいた。
カン・スンヒョンさんと息子さんのキュウミン君。スンヒョンさんとヨウさんが知り合いであるらしい。
スンヒョンさんは養蜂家であるらしく、いきなり2kgの自家製ハチミツをお土産にくれた。
キュウミン君がちょっとだけ日本語を話せるため、通訳として来てくれたようである。スンヒョンさんの奥さんは日本人ということだった。

さっそくヨウさんの車に乗り、五人で町中へ繰り出して朝食をご馳走になった。
味噌汁の扱いが日本とちょっと違っていて、メインの味噌汁でご飯をいただくというスタイル。朝から熱々のご飯と味噌汁をいただけるのはとても幸せで、例によって自分だけおかわり。
「時間があればぜひうちに来てください」と、スンヒョンさんとキュウミン君からお誘いの言葉。
奥さんにも会ってみたかったし、ありがたく言葉に甘えることにした。

一度GSに戻ってから、スンヒョンさんの車に乗り換えてお宅に向かう。お宅は車で10分ほどの山間にあり、雪が一段と多い。
家には奥さんのケイコさんがいた。韓国に嫁いで丸21年、もちろんハングルはペラペラである。
数年前に帰化して今は韓国籍になっているということであったが、これはかなり勇気ある決断だ。

キュウミン君は今年度高校を卒業し、3月から大学に行く予定。ケイコさんによると日本語はまったく教えていないらしく、最近になって自発的に勉強しているということだった。
ちなみに、韓国の大学入試は日本とちょっと違っていて、アメリカの形式に近い。全員が同じ試験を受けて、成績順に希望の大学に入れる。
11月に試験を受け、願書を三校に出すらしい。結果発表は2月。
キュウミン君はコピーライターを目指していて、ソウル近郊にある大学が第一志望とのことだった。志望する大学に行けるといいね!
すねたところがなく、まっすぐ素直に育ったような、とても感じのいい子である。その分、日本の高校生と比べるとちょっと幼くも見える。

近くにアイスクライミングの有名なエリアがあるらしい。スンヒョンさんに誘われて、しばらくのんびりした後、車で案内してもらった。
明日オープンというその場所は、半ば人工のアイスエリア。ここで毎年アイスのコンペが行われているらしい。
岩壁の上からホースで水を流し、氷壁を作っている。右側の一番大きな氷壁は100mくらいあろうか。
とにかく気温が低いから、水をかければいくらでも凍る。一日中日も当たらないから、融けることもない。
面白そうなところではあるが、人工の氷を目の前にしてもあまり登攀意欲はそそられないな・・・。
氷壁の前を流れる川は30cm以上の氷が張っていて、そこで釣りができる。川面から切り出された見事な氷でイグルーも作られていた。

氷壁からの帰りに、ちょっとした名所であるらしいオンリュボン(月留峰)にも案内してくれた。付近一帯がトレッキングコースのようになっている。
その名の通り、月夜の晩に見ると綺麗なんだとスンヒョンさんが説明してくれた。確かに、晴れた満月の夜に見たら綺麗だろうな。
車の中でスンヒョンさんに毛皮の帽子ももらったのだが、これがめちゃくちゃ温かい。

家に帰ってからケイコさんの作ってくれた昼食をいただく。
すっかりいい時間になってしまった・・・。
もう一晩GSに頼んで泊めてもらおうかとマユミと話していたら、「よかったらここに泊まっていって」とケイコさんがおっしゃってくれた。
実にありがたい。喜んでお言葉に甘えさせてもらうことにした。
素敵な人たちとの出会いが続く。

さらにケイコさんからありがたいお誘いがあった。
ケイコさんはこれから外出する用事があり、「一緒に出かけて、その間銭湯でのんびりしてきたら」なんてことを言ってくれたのだ。
なんという嬉しいお誘い。断る理由などあろうはずもなく、お言葉に甘えさせてもらう。
風呂や温泉は対馬に行ってからのお楽しみ、ということにしていたのだが、ちょっとフライング。

ケイコさんの車で町中の銭湯まで送ってもらい、キュウミン君と一緒に極楽の時間を過ごした。いやーいつ以来だろうね、広い湯船に浸かるのって。
湯がちょっとぬるかったが、髭をそり、頭と体も思う存分洗ってリフレッシュ。
ちなみに、日本の銭湯とほとんど同じシステムである。
マユミによると、女風呂の方はこう、何人かが数珠繋ぎになって背中を流し合っていたという話で、後になってそれが韓国流だとケイコさんが教えてくれたが、男風呂の方では特にそんなことしてなかったな・・・。

近所のスーパーでケイコさんと合流し、家に帰ってから暫しのんびりさせてもらった。
キュウミン君の持っている本を一緒にいくつか見せてもらったが、そこですぐに気付いたのは、字がやたらと大きく、字数が極端に少ないこと。
これまで韓国の新聞も何度か見る機会があったが、やはり状況は一緒。やたらと字が大きくて、極端に字数が少ない。小学生の読み物か?と思うほど。
満足な情報が盛り込まれているとは到底思えない。やはり表記文字としてハングルには欠陥があるのだろうか。
歴史の捏造以前に、韓国人は他国の人間が当然持っている常識を持っていないのではないかと思わざるを得ない。これって恐ろしいことだ。
韓国の歴史の本も見せてもらったが、字数が少なく、もちろん何が書かれているのかはわからないのだけれど、薄っぺらな内容であることは簡単にわかる。
歴史の本であれば通常、偉人の写真なんかがたくさん載っているものだと思うのだけれど(たぶんどこの国でも一緒だと思う)、それがほとんど見当たらないことに一番驚いた。
ま、そんな人物がいないってことなんだけど・・・おそらく韓国で一番の英雄は、伊藤博文を暗殺した安重根。

ところで、韓国の受験勉強が熾烈であるのは周知の通り。
ケイコさんによると、高校に入ると寄宿舎生活も普通で、実際キュウミン君も寄宿舎に入っていた。
通えないほど遠くに高校があるわけではなく、通学時間がもったいないというのがその理由。
実際に朝から晩まで勉強漬けらしい。1、2年の頃は22:00まで、3年になると23:00まで学校で勉強しているのだとか。
そういう実態のようなのだが、この薄っぺらい本でいったい何の勉強をしているのだろう?と思わずにおれなかった・・・。

夕食にはヨウさん夫婦と新聞記者のコウさんが合流し、大人数で楽しくいただいた。
ケイコさんの料理は絶品だった。味付けが日本風であまり辛くないのが新鮮。

コウさんは自分らの取材のために来てくれたのであるが、スンヒョンさんとしばらくおしゃべりした後、唐突に帰って行った。
そのおしゃべりの内容ってのが・・・もちろん何を話しているのかサッパリわからないのだけれど、後片付けを終えてから合流したケイコさんが断片的に訳してくれたところによると、一部はベトナム戦争時の話のようだった。
武勇伝のように語るその話しっぷりには、嫌気というか寒気がしたね。
フォンニィ・フォンニャットの虐殺 のようなことに、この人も関わっていたのだろうか?
アメリカから補助金と韓国人移民枠を得るために、何の関係もないベトナムに軍を送って数十万人のベトナム人を殺し(しかもそのほとんどは民間人)、ベトナム人女性を強姦して数万人の混血児を残したってことを、当事者のこの人は当然知っているんだよな・・・。

コウさんは質問事項をキュウミン君に託したらしく、彼が帰った後、キュウミン君とケイコさんからニ、三インタビューされた。
で、このとき確信したことがある。
ハングルというのは表記文字として無理があるのではないかということ・・・コウさんが書き残した僅か一、二行の質問を、ケイコさんが読み取れないのだ。たぶんこれはケイコさんの語学力云々の話ではないと思う。

夜はまたキュウミン君の部屋のポカポカの床暖房の上で眠らせてもらった。
韓国のオンドルは、深夜電気で沸かしたお湯を床下に流す方式が一般的であるらしい。

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朝のGS                           朝食をご馳走になる・・・右がキュウミン君

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コンペにも使われる氷壁                 明日オープン

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イグルー                          月留峰

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賑やかな夕食                         スンヒョンさん&ケイコさん

2013/1/6 日
始:11:15 ~ 終:17:00 走行:70km
~ キムチョン(金泉) ~ ウェグワン(倭館)

昨日から寒気が和らぎ、今日もそれほど寒くない。ようやく現実的な寒さになった。
美味しい朝食をいただいた後、町に用事のあるケイコさんの車でGSまで送ってもらった。本当にお世話になりました。
荷物を自転車に積み、最後はヨウさんとスンヒョンさんに見送られて出発。
なんだかんだで今日もすっかり遅くなってしまった・・・。

ヨンドンを出てしばらく走ると、高速道路のようになった。車が少なくて走りやすいとケイコさんが言っていたが、その通り。
相変らず目を引くような景色は一つもないが、車が少なくて走りやすい。
キムチョンで昼食、その先のスーパーで少々買い出し。
ある意味すごいわ、この国・・・売っている商品をはじめ、何から何まで日本のコピー。これだけオリジナルのものがない国ってのも珍しい気がする。

食事をするところはちょっと小奇麗なクッパの店が多い。要するにスープ料理だ。韓国では味噌汁もメインディッシュになる。
これが韓国料理と言えばそうなのだが、平たく言うと、何と言ったらいいか、言葉は悪いが貧しい(乏しい)ということになろうか。

小刻みなアップダウンを繰り返して快調に走り、山間を抜けると如実に雪が少なくなる。野宿をするのにかなり現実的な状態になった。
ここまで走ってきて思うのは、韓国にはパッとしたテン場が少ないなってこと。雪のない時季に走っても、けっこうテン場には困るんじゃないかな。
人目につかない静かな場所で野宿ということに関して言えば、特筆ものの野宿のしにくさかもしれない。ま、今回はルート取りが悪いのかもしれないけど・・・。

ウェグワンの24H営業のコンビニの脇に休憩所があり、店の人に許可を得てその場所に幕営させてもらうことになった。
道路脇で騒々しく、店の明かりがまぶしいが、安全に眠れる場所には違いない。
明日はテグーの先まで進める。早く雪のないところへ行きたいもんだ。
19:30の気温-5.5℃。

ここまで韓国を走ってきた感想を述べると、一般の人は感じがよくて親切な人が多い。
が、国や財閥系企業のやっていることを見ると・・・
日本には先の併合による苦々しい経験(よかれと思って併合し、近代化の礎を築いてあげたというのに、敗戦後にないことないこといまだにブーブー言われている)があるわけで、国として無闇に近づくのは自殺行為、百害あって一利なし。
韓国政府はなにかにつけて歴史認識を合わせ云々と言ってくるが、まさにその通り。
100年前自分の国がどんな姿であったのか、きちんと見つめることができない限り、まともな話などできようはずがない。

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すっかりお世話になりました               スンヒョンさん、ヨウさんに見送られて出発

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こんなとこもあった                     コンビニ脇の休憩所に幕営させてもらった

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韓国斜め縦断(仁川~釜山) その3

2013/1/7 月
始:9:40 ~ 終:16:40 走行:78km
~ テグー(大邸) ~ ギョンサン(慶山) ~ チョンドー(清道) ~ シンゴ(新巨)

晴れ。7:30の気温-9℃。
たいした気温でないのに、久々のテントで昨晩は寒く感じた。
隣のコンビニで朝食。昨日と同じ女性がコーヒーをご馳走してくれた。
24Hと書いてあるけど、夜中は閉まっていたみたいだな。でも、外にあるトイレと水道は一晩中使わせてもらえてとても助かった。

ウェグワンからテグーの手前までは高速道路のような快適な道。雪が減って路側帯を走れるところも多くなった。
相変らず目を引くような景色はないが、車が少なくて走りやすい。
線路を挟んだ隣を高速の1号線が並走している。こちらはけっこうな車が走っていて、トラックも多い。
自動車専用道というだけで、無料なのかも。

テグーの手前で唐突に4号線が消え、しばらく適当に走る。
テグーの町中で25号線に合流。昼食にした。
毎度おなじみのちょっと小奇麗なクッパの店。ちょうど昼時で、自分らが入ったちょっと後には店がほぼ満席となった。
モツの辛味スープが激ウマだった。ここに味噌とかニラとか好みの具を加えていただく。
ご飯一杯付きで、だいたいどこでも6,000ウォンくらい($6程度)。ご飯のおかわりが一杯1,000ウォン($1程度)。
つまり物価が高い。食べ物にしろガソリンにしろ、全般的に韓国の物価は日本と大差ない。
一方で、所得は日本に比べてグッと低いわけで、いったい韓国の人たちの生活がどうやって成り立っているのか不思議である。
ちなみに、どこのレストランにもたいていコーヒーサーバーがあり、コーヒーは無料で飲める。

テグーからしばらくは足踏み状態で進まなくなる・・・毎度おなじみ、信号のせいだ。
車も歩行者も誰もいないところで止まっているのがバカらしいのであるが、それでもまぁ信号はよく守られていて、中国のように無視する人はほとんどいない。
直進車優先というのもだいたいにおいて守られていて、中国のように脇からノーブレーキで出てくることはない。きちんと止まって自転車もやり過ごしてくれるから安心だ。
ただ、どう考えても無駄としか思えない信号が多すぎることだけはいただけない。

ギョンサンの先からまた高速道路風になり、ようやくまともに走れるようになった。
しばらくするとちょっとした上りがある。サポートカー付きで練習中のローディー二人に追い越されたが、韓国でロードバイクを見たのは初めてだ。
中国なんかに比べると、専門店ぽい自転車屋はけっこうある。が、趣味やスポーツとして自転車に乗っている人は少ない(時季的なこともあるのかもしれないが)。

チョンドーまで下り、8kmほど先のシンゴというところに駅があった。まだ新しい駅舎の前はちょっとした広場になっていて、駅舎の隣にはきれいな東屋があった。
これ幸い。格好のテン場だ。
断ってテントを張らせてもらおうと思ったのだが、既に列車が終わっているらしく、駅には誰もいなかった。近くの観光案内所のようなところも全て鍵がかかっていて誰もいない。

仕方なく勝手に幕営させてもらった。
木造高床式の立派な東屋で、至極快適。トイレは鍵がかかっているが、列車の始まる時間には開くだろう。
線路のすぐ脇で、列車が通るたびにものすごい音がするのが難点。KTXも通る。
ちなみに、KTXは在来線と同じ線路を走っていて、インチョン以来よく目にする。ほとんど在来線として使われている感じ。開業以来車両もほとんど変わっていないだろう。
そもそも国土が狭く、日本と違って都市間の行き来もほとんどないお国柄の韓国に高速鉄道は不要であると思うが・・・。

日本の持っているのもはなんでも欲しくなってしまうのが韓国の悪い癖。
この国では得てして目的と手段が逆になる。大型海洋探査船しかり、潜水艦しかり・・・。
領海がほとんどないのに、いったい何に使うんだ?
さらには無人偵察機とかね。GDPが東京都と同じくらいしかない国が風呂敷広げすぎ・・・。
他国の技術をパクって独自開発とかって言うのも毎度のことだが、残念ながらモノをいくらばらしても、設計図があっても、肝心要の核心技術やノウハウはパクれない。
ドイツ(だったか?)から買った潜水艦なんて規約を無視してばらしたはいいが、組み立てられなくなってしまっている・・・。
コツコツと技術を積み上げるということを知らない国にモノ造りは無理だと思うぞ。
19:30の気温-2℃。

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テン場の隣のコンビニ                   雪がグッと減った

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日がかげるとテン場探しの時間             木造高床式の東屋

2013/1/8 火
始:9:50 ~ 終:16:40 走行:74km
~ ミリャン(密陽) ~ サムナンジン(三浪津) ~ キムヘ(金海) ~ プサン(釜山)

晴れ。7:30の気温-9℃。
昨晩は突如轟く列車の轟音に妨げられ、よく眠れなかった。特にディーゼル車両の轟音が凄まじく、頭上を列車が通過するんじゃないかと錯覚するほど。
朝食を食べて自転車に荷物を積んでいると、9:30近くに駅員の女性がやって来てトイレを開けてくれた。
トイレはとてもきれいで、熱々のお湯まで出て助かった。

ミリャンまで、山間を走る25号線を辿る。
走り始めてすぐに腹が減り、ミリャンで早めの昼食にした。例によってクッパの店で、今回のチャーシューのような肉入りのスープも美味だった。毎回ご飯三杯はいける。
韓国人は通常ご飯をスープの中に入れて食べていて、店のおばちゃんもそうしろと教えてくれるのだが、自分は別々に食べるのが好き。
そもそも韓国は食べる前に混ぜる食文化であるが、日本は口の中で混ぜる食文化である。

ミリャンに来てもまだ、行き先標示にプサンと出ない。標示されている地名は持っている地図にないところばかりで、58号線に出るのに少々苦労した。
サムナンジンまで来てようやく、行き先にキムヘやプサンと標示されるようになった。
キムヘまではちょっとした小山越えのようなアップダウンが続く。ここまで来るとだいぶ暖かく、上りでは軽く汗ばむほど。

キムヘの手前で14号線に入った。車が格段に増え、不快さと危険度がグッと増す。
キムヘのスーパーで買い出し。
それにしても・・・とことん日本のコピーだな。アイスとかお菓子とか菓子パンとか・・・日本と同じようなものが売っていて、半ば日本にいるような気分になってくる。
日本のコンビニ弁当のようなものまで売っているし、たい焼きアイスもある。クリームパンなんて形まで日本のと一緒だから驚くぞ。
こんなにキムチを食べているんだから、もし日本人だったらもっとキムチを使ったものを考え出しそうだが、そういうものはない。
起源説ばかり唱えているが、実際のところ韓国発祥のものなどほぼ皆無なわけで、独自のものを生み出す能力に徹底的に欠けているとしか思えない。そういったことの歪んだ裏返しが起源説なんだろうけど・・・。
韓国からノーベル賞が出ない(出るわけない)のも、そんな国民性と無縁ではなかろう。

キムヘからプサンに入ったところで16:00を回った。
日が延びたというものの、フェリーターミナルの近くまで行けるかどうか微妙なところ。
で、もう一泊刻んで明日のんびりフェリーターミナルに行ってみることにした。

プサンの中心部に入る手前、高速道路と下道の間が土手となっていて、その土手の上をサイクリングロードのようなものが走っている。
そこに東屋があった。道路がうるさく、かつ散歩する人や自転車に乗っている人がやたらといるが、その東屋に幕営することに決定。
日が沈むのをしばらく待ってから幕営した。
人目を気にしながらそそくさとテントを張ったわけであるが、横を通る人は見て見ぬ振りなのであまり気にならない。
一度テントの中に入ってしまえば安心するのか、恥ずかしくもなんともなくなってしまうから不思議だ。ヤドカリかよ!

昨日以上にうるさい場所で、テントの中でMSRを使っていてもMSRの音が聞こえない。
サイクリングロードには街灯があって、暗くなってからも歩きや自転車の人がけっこう通る。
19:30の気温0.5℃。

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今日も東屋に幕営

2013/1/9 水
始:9:10 ~ 終:16:00 走行:26km
~ 釜山フェリーターミナル

晴れ。7:30の気温-4.5℃。
寒気が入っているらしく、今日は風が冷たい。
韓国最後のテン場を後にして、フェリーターミナルを目指す。

釜山は山がちな地形で、中心街やフェリーターミナルがあるのは南北に連なる山の向こう側。
道を聞きつつ、現在地を確認しつつ、マックに寄りつつ、13:00頃フェリーターミナルに着いた。
インチョンのターミナルに比べてきれいで大きい。

釜山から出ている外国航路は日本行きだけ。福岡や神戸、下関など、行き先は様々。
目指すは対馬!さっそく情報収集。が、船の出る日以外は窓口が閉まっている・・・。
対馬行きはJR九州も運航していて、その窓口が2階にあった。もちろん乗るなら日本の船!が、そこもやはり閉まっていた。
これから福岡行きが出るらしく、そっちの窓口は開いていた。日本人(と思われる)客がけっこういる。
日本語のできる職員からようやくいろいろ聞くことができた。
比田勝行きもちゃんとある。朝の便しかないけど毎日運航。運賃も確認し、必要な情報は揃った。

「あっ、そうそう。自転車があるんですけど別料金ですか?」
最後に確認してみると、
「安全上の理由から自転車は乗せることができません」
即答。100点満点の答え。
ガーーーーン

「どんな自転車ですか?たたんで梱包してあれば持ち込めるかもしれません」ということであったが、僅か1~2時間の移動のためにそんな七面倒なことはしておれん。
対・馬・に・行・け・な・い ?
いったい釜山に何しに来たんだろ?極端な話、韓国に来る必要すらなかったではないか・・・虚脱感。思考停止。
水中翼船だからまさかとは思っていたけど、本当に乗せられないとは・・・そんな殺生な。
暫し呆然。
韓国の船もあるけど、やはり水中翼船だから、たぶん結果は一緒だろう。ダメだったら対馬は諦めだ。

一階にある韓国の船会社の窓口に、ダメ元で確認に行く。
窓口は閉まっていたが、インフォメーションの人に相談したら、日本語のできる職員を呼び出してきてくれた。
「あのう・・・自転車があるんですけど乗せられますか?」
恐る恐る聞いてみると、
「はい、大丈夫です」
即答。
「え?」 一瞬耳を疑った。
「追加料金も特に必要ありません」 ホント?
「ただ、お金をいただきませんから、海水をかぶったり壊れたりしても特に補償はありません。空いていれば船室に入れることができます」
いや、乗せられるんならそれで問題ないです。

よかった。急に目の前が開けた。
安全上の配慮ってことはわかるんだけど、こういう融通の利かないところはいかにも日本ぽいな。場合によって良し悪しがある。

予約は電話でできるらしい。天気予報なんかも確認してから発つ日を決めるとして、ひとまずターミナルを後にする。
で、次に宿探し。何泊かする予定だから、ネットが使えることが必須条件。
面倒だからなるべくターミナルの近くがよかったのだけれど、ターミナル付近にはほとんど宿がない。
自転車で走ってきた方にもそれっぽいところはなかったので、探しながら南に走る。
が、やはり見当たらない。青島は宿に困らなかったんだけどねぇ・・・。
ふと見るとインフォメーションがあり、そこで安宿を紹介してもらった。電話で空室があるか確認してくれた上、値引き交渉までしてくれる親切さ。
35,000ウォンのところ、30,000ウォンでOKということにしてくれた。事前に当たった宿から見ても、安宿の相場はだいたいそのくらい。
いかにも欧米人の好きそうな、キッチンつきの小奇麗なゲストハウスもあったりするのだが、ドミである上、二人で泊まるとむしろ割高になる。

決めた宿は三原荘(サムウォンジャン)。たぶん歩き方とかロンプラに出ている宿なんだと思う。
ホルモン焼き屋の並ぶ路地にあり、付近に似たような宿がニ、三軒ある。そっちも当たってみたけど、宿代は同じかむしろ高い上、三原荘の方が快適そう。

いやーとりあえず釜山まで走り終えた。
ここまでの走行距離、25,000kmちょっと。
無事に辿り着けたことを祝し(というわけでもないけど)、夕飯は近くの店でホルモン焼きを食べてみた。
旨い!・・・が、けっこう値が張るからもう食べられないな。

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すっかり雪が消えて自転車道も走れる         釜山の市街地

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釜山に無事到着!

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釜山潜伏記

見事に何もしてないです。宿でのんべんくらりとネット漬けの日々。
いや、有意義な情報収集の毎日ということにしておこう。

2013/1/10 木

受信料も払わないのに、NHKは韓国でも見ることができる。
この偏向報道は確かに・・・韓国のニュースばかり流れるものだから、一瞬韓国の番組なのかと勘違いしてしまった。
「どこの国のTV局なんじゃい!」と怒鳴りたくなる気持ちもわかる。
質の劣化も激しいな。この3年間でえらく劣化した感じだ。
妙にノリが軽くて、なんだかもう民放と変わらない感じ。NHKってこんなだったっけ?
NHKは国会中継とニュースだけ粛々と伝えておればよいと思う。あと相撲中継か。

2013/1/11 金

月曜のフェリーで対馬に渡ろうと思っていたが、日本の南岸を低気圧が通過(対馬はほとんど影響なさそうだが)、かつ成人式ということで水曜に延期することにした。
月曜のフェリーは厳原、水曜は比田勝行きだから、行き先の面でも都合がよい。

中国・・・大丈夫か?
言ってることもやってることも、もうヤクザと変わらないんだけど・・・習近平になってからバカさ加減がエスカレートしている。
もうちょっとしたたかだったと思ったけどなぁ・・・ここ最近の言動はバカ丸出しだ。かなり行き詰っているのではなかろうか。
強く押せば引くと思っていた日本が引かないもんで、振り上げた拳を下ろせない状態。
収め方によっては自爆しかねない。
その場合、スムーズに民主化に移行なんてのはあり得ない。超格差社会で多民族国家、人口が14億もいる中国で民主主義なんてまず無理。
それは歴史が証明している。中共が倒れた次の日には戦国時代に突入すること間違いなし。
俗に中国四千年の歴史などと言うが、それは土地の歴史であって国や人民の歴史ではない。
過去、王朝が替わるたびに前王朝を全否定するところから始まり、一族郎党皆殺しという焼畑的王朝の繰り返し。

善良で働き者の大多数の人民(少なくとも自分の目にはそう映った)、その時どうなってしまうのだろう・・・。

2013/1/12 土

なんで日本の周りには、国際常識の通じないキチガイ国しかないのだろう。
中国、韓国、北朝鮮、さらにはロシア。

福沢諭吉の言っていたことは絶対的に正しいと思う。↓

「脱亜論」 1885年3月16日 時事新報
日本の不幸は中国と朝鮮半島だ。
この二国の人々も日本人と同じく漢字文化圏に属し、
同じ古典を共有しているが、もともと人種的に異なるのか、教育に差があるのか、
日本との精神的隔たりはあまりにも大きい。
情報がこれほど早く行き来する時代にあって、近代文明や国際法について知りながら、
過去に拘り続ける中国・朝鮮の精神は千年前と違わない。
この近代文明のパワーゲームの時代に、教育といえば儒教を言い、
しかもそれは表面だけの知識であって、現実面では科学的真理を軽んじる態度ばかりか、
道徳的な退廃をももたらしており、たとえば国際的な紛争の場面でも
「悪いのはお前の方だ」と開き直って恥じることもない。

もはや、この二国が国際的な常識を身につけることを期待してはならない。
「東アジア共同体」の一員としてその繁栄に 与ってくれるなどという幻想は捨てるべきである。
日本は、大陸や半島との関係を絶ち、先進国と共に進まなければならない。
ただ隣国だからという理由だけで特別な感情を持って接してはならない。
この二国に対しても、国際的な常識に従い、国際法に則って接すればよい。
悪友の悪事を見逃す者は、共に悪名を逃れ得ない。
私は気持ちにおいては「東アジア」の悪友と絶交するものである。

2013/1/13 日

外から見て、日本はこの三年間で変わったように思える。永い眠りからようやく目覚めた。
想像するに、多くの人がもううんざりって感じているに違いない。
あらゆる面でギリギリセーフだったと思う。

衆院選前の安倍さん、麻生さんの秋葉原での演説を動画で見た。久々に震えた。
安倍政権に期待します。

2013/1/14 月

宿の電話を借り、水曜のフェリーチケットを予約した。
いよいよ水曜には対馬だ!日本だ!

ここのところ夕飯は自炊している、部屋でMSRを使って。
近くに魚市場があり、そこで買ったムール貝やカキ、タコの炊き込みご飯。旨いわ~。

日本でTVや新聞の報道を信じる人ってかなり減ったんだろうな。
ネットがあってよかったと心底思う。
もうTVや新聞の言うことなんて何も信じられん。ここまで疑心暗鬼にしてくれたマスコミの罪は重い。

嫌韓ムードも驚くほど進んだようであるが、これもマスコミの招いた結果。
おそらく三年前くらいまでは、好きではないけどそこまで嫌いじゃない、というのが多くの人の心象だったと思う。
特に20代以下の若い世代に浸透しているという記事を読んだけれど、これが何を意味しているのかというと、韓国との友好関係など半永久的にあり得なくなったということ。
草の根交流なんかいくらやろうと修復不能。そういうところまで来たように見える。

ちなみに、韓国は日本のこうした状況をまったく知らなかったりする。

2013/1/15 火

戦時下においてすら律儀に国際法を遵守する正直者の日本人。
同じ人間だし話せばわかる、話し合いで解決できると心のどこかでは思っている。
が、そうではない人たちが世界には少なからずいる。
そんな国ばかりが隣近所にある日本。
有史以来、いったいどれだけの金と時間を無駄なことに費やしてきたのだろう。

明日、釜山を発って帰国します(対馬)。

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Author:nakappie
1970年生まれ。妻と二人信州伊那谷在住。
2009年10月~2013年5月の旅を記録するために”なかっぴー通信”をスタートさせました。
現在は伊那谷にて節約生活をしながら充電中。
2014年4月、ブログのタイトルを”なかっぴー通信NEO”に改めました。
信州伊那谷より~旅のこと、山のこと、自転車のこと、そして田舎暮らしのことなどなど・・・気ままに綴ってゆきます。
”おもしろきこともなき世をおもしろく”そんなふうに生きていけたらいいですね。

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