さらばキルギス、こんにちはカザフスタン

2012/9/21 金
始:11:15 ~ 終:18:30 走行:50km
Bishkek ~ Alamudun ~ Leninskoe ~ 国境 ~ Korday ~ Yrgayty川を渡った先15km

朝食後にネットをチェックすると、三万円が入金されていた。奇跡!
半ば諦めていたお金が出金されてから二日後に戻ってきた。嬉しい、と共にホッとした。おかげで気持ちよくビシュケクを発つことができる。
ユーヘイ君とタイラ君に見送られて出発。久しぶりで自転車がふらつく・・・。

5kmも走るとビシュケクを出た。さらに2kmほど走ったところ・・・また心臓が止まるような出来事が起こった。
コントロールを失った車が、スキール音を響かせながら前方から突っ込んできた。
中央分離帯のない片側二車線の道路。道幅は狭く、もちろん路側帯などあろう筈もない。この時点で既に道路の造り方が間違っていると思うけど・・・。

対向車線を走ってきたオデッセイが、前の車を抜こうとして急ハンドルでも切ったのか、コントロールを失ってのたうちまわりながらこちらに向かってくる。一瞬心臓が止まった。
ちなみに、高性能な日本車だけれど、キルギスで走っているものの多くがタイヤは怪しい中国メーカのもの。世にも恐ろしい車がかっ飛んでいるわけである。
幸いにも次の瞬間、車が逆側へ飛んでいき、右へ左へのたうちまわりながら自分らの横を通り過ぎていった。なおもスキール音を響かせながらのたうちまわり続ける。運よく対向車と衝突することもなく、最終的には道路脇の立ち木にかなりの速度で側面から激突。土煙を上げて止まった。

乗っていた人がどうなったかは知らないが(たぶん命を落としてはいまい)、車は間違いなく廃車だろう。
ホッとした後で、いい気味だという気持ちが湧いてきた。誰も巻き込まない単独自爆事故である限り、いい気味だ。むしろ駐車してあった高そうなレクサスにでも突っ込んでしまえばよかったのに、とさえ思った。バカは死んでも治らないだろうが、灸をすえることくらいにはなろう。こういう輩は痛い目を見ないとわからないのだ。
最後の最後に、まさに自分たちのキルギスの印象を総括するような出来事だった。
この国は本当に危険だ。もしあの速度で自転車に突っ込まれていたら、間違いなく命はなかったろう。

キルギスに入って以来、他にも何度か事故を目撃していた。
国境までもう残り僅か10km。どうか何事もなく無事にこの国から出られますように・・・八百万の神に祈りながら走った。いや、冗談抜きで。

国境に近づくと車が減った。越境する車は少ないようである。
宿から国境まで18kmほど。無事国境に着いた時は助かったと思った。いや、大袈裟でなく。
キルギス側、カザフスタン側とも手続きはスムーズ。共に荷物検査もなし。
カザフスタンの入国カードにはやはりスタンプが一つしか押されない。滞在登録が済んでいないということだ。身振り手振りで係官に訊いてみると、空港では二つ押されるが陸路国境では一つしか押さない、ということだった。

国境を越えるとすぐコルダイの町。カザフスタンはよりいっそうロシア色が強く、ここはもう完全にロシアといった風である。
先日ヤマダさんから、コルダイでもレギが取れるという話を聞いていた。確かビザを取るとき訊いたら、大使館でもそんなことを言っていたような気がする。
ドルを両替えしてからオヴィールを探す。オヴィールと言っても誰もわからないのだけれど、レギストラーツィヤと言えば通じる。
教えてもらった場所に行ってみたら、ちょうど昼休み中だった。が、既に外で人が待っている。そのおばちゃんに訊いてみたところ、どうやらレギはここで取れるらしい。
午後の営業時間までまだ一時間ほどある。その間にカフェで昼食をとることにした。

キルギスから来たせいでカザフスタンが至極まっとうな国に見える。おそらくキルギスから来れば、どの国でもまともな国に見えることだろう。車の運転一つとっても、キルギスに比べればマイルド。バカみたいにホーンを鳴らしまくっていることもない。
カフェで食べたラグマンも美味しかった。が、聞いていた通りの物価の高さにちょっとビックリ。ビックリだけど質が伴っているからまだ納得できる。
カザフスタンの通貨はテンゲ(KZT)で、レートは$1=150KZTといったところ。

15:00過ぎにオヴィールへ戻った。
意外にもそこそこ人がいる。もちろんツーリストなど皆無だが、皆さん何かの手続きをしに来ている。中には自分らと同じようにレギを取りに来ている人もいた。
昼休みは終わって業務時間になっているはず。窓口の向こうにも確かに職員がいるし・・・が、人はいるけど何も仕事をしていない。仲間同士でくっちゃべっているだけ。
いったい今は何をしている時間なの?なんで来た人全員待たされてるの?
ロシア語がわからないためまったく状況がつかめないが、そっちのイスに座って待てと言うのでそうしている。
一時間経過・・・何の進展もなし。誰一人窓口で手続きを終えた人はいない。
このままここで待っていて本当に手続きができるのだろうか?アルマトゥへ行ってしまったほうがいいのではなかろうか?
だんだん待っているのが無駄に思えてきた。
ツーリストであることをアピールし、本当に今日ここで手続きできるのか窓口で訊いてみる。
すると、「ボスがいない」というようなことを言っている。さらに、「そっちの部屋に入って訊いてみてくれ」というようなことも。
言われたとおり別室に入り、デスクに座っていた女性に尋ねる。何を言われているのかサッパリわからなかったが、女性はどこかに電話して確認してくれた。
その結果、「タラスに行け」と言われた。どうやらここでは手続きができないらしい。いや、たぶん制度上はここでもできるのであろうが、慣れてないからできない、そんなところだと思う。
タラスというのはこれから向かう方向とまったくの逆方向にある。いやーそれならそうと、最初からここでは手続きできないと言ってくれたほうがむしろありがたいのだけれど・・・。どうしてそっちで待てとかって話になるんだか。時間を無駄にしただけではないか。

結局、レギはアルマトゥで取ることにした。
気を取り直してアルマトゥへ向かう。時間は既に16:00を回っていた。
途中から舗装の状態が悪くなる。車は多くないけど皆飛ばしていて、道が狭いから少々怖い。ま、それでもキルギスに比べればずいぶんマシだけど・・・。
自転車一台分の路側帯があるのがせめてもの救い。

カザフスタンは大きな国であるが、人口は少ない。人口密度は6~7人/km2といったところ。しかも都市部に人口が集中しているから、田舎では町を出るとほとんど人が住んでいない。
これはどういうことかというと、極めて野宿のしやすい国ということである。ただし、草原ばかりで身を隠せるようなところがあまりない。
水は水道水が普通に飲めるようである。GSで水がもらえるというのは至極楽チンだ。

道路から少し下ったところにある川の畔に幕営。道路からはまったく見えない場所だから、落ち着いてキャンプできる。
今日は朝から一日涼しかった。長袖で走ってもいいのではないかと思えるくらい。
すっかり秋である。

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ビシュケクをあとにする                       助かった・・・

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カザフスタン入国                          値段にビックリだけど質が伴っている

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自転車一台分の路側帯がせめてもの救い            カザフ初日のテン場・・・野宿天国

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カザフスタンがいたってまともな国に見える・・・

2012/9/22 土
始:9:05 ~ 終:18:15 走行:100km
~ Kurday峠(1,233m) ~ Targap ~ Targapの先10km

走り始めるとすぐ緩い上りに差し掛かり、そのままKurday峠(1,233m)を越えた。峠を下ってからは、平坦な道がどこまでも続く。
いやー広いわ、カザフスタン。まさに草原の国。
雄大な景色が素晴らしいのだけれど、残念ながらこの手の景色は写真でお伝えするのが一番難しい。こういう広がり、大きさの前では写真も動画もなんとも無力だ。

50kmほど走るとアスファルトが滑らかになった。一気に走りやすくなる。
道は広くはなく、横を猛スピードで車がかっ飛んでいくのだが、自転車一台分の狭さとは言え路側帯があるので助かる。

頭のおかしい国キルギスに比べると、カザフスタンは格段にまともな国である。
人がバカみたいに大声で話すこともなくなったし、車がバカみたいにホーンを鳴らしまくることもなくなった。全体的にせかせかした感じがなくなった。
何よりも変わったのが人。格段に感じがよくなった。決して陽気ではないけれど、笑顔で挨拶してくれる。沿道から笑顔で手を振ってくれる。

一番変わったなと思うのがカフェやマガジン。とりとめてサービスが良かったりするわけではないけれど、少なくとも客に対しては笑顔で接している(旧ソ連式の対面販売となってしまい買い物自体はしにくくなった)。言ってみれば当たり前のことなのだが、キルギスではついぞカフェやマガジンで笑顔で応対されることはなかった。何故だか誰も彼もブスッとしていて、非常に感じが悪かった。
一番嫌だったのが、キルギス人が人にものを訊き返す態度。
日本語なら「すみません」とか「ごめんなさい」「もう一度お願いします」。英語なら「ソーリー」とか「パードゥン」「エクスキューズミー」。どの国にも通常そうした言葉があるはずなのだけれど、キルギスにはその手の言葉が存在しないのだろうか?
キルギスで訊き返されるとき何と言われるかというと・・・「あ゛ーっ?」
眉間に皺を寄せて大声で「あ゛ーっ?」
一瞬喧嘩を売られているのかと思うぞ・・・それもおばちゃんや兄ちゃんだけがそうなのではなくて、若い女の子までが眉間に皺を寄せて「あ゛ーっ?」
こんな訊き方があるだろうか。日本でこんな口を聞くのはヤンキーが喧嘩を売るときくらいだと思うが、キルギスでは老若男女が揃いも揃って「あ゛ーっ?」
恐ろしいことに、決して外国人に対してだけそうなのではない。例えば、電話でよく聞こえなかったときにも「あ゛ーっ?」
こんな国があるか?自分の経験ではベトナムで似たような反応を見たことがある。が、決して誰も彼もというわけではなかった。キルギスでは誰も彼もが「あ゛ーっ?」
あり得ないだろ、こんな国。他国でそんな反応をしたら喧嘩になるぞ。

そんな頭のおかしな国から来たせいで、カザフスタンが至極まっとうな国に見える。
キルギスの途中から現地の人たちに対して人間不信に陥っていたのだけれど、ここへ来てようやく凝り固まった心がほぐされてきた。現地の人に笑顔で手を振れる自分に戻った。

今日通過した唯一の村であるTargapにて買い出し。
村から10kmほど走り、道路脇の草の茂る台地を上って木陰に幕営した。相変らずテン場には事欠かない。村からちょっと外れれば人がまったくいなくなる。

ビシュケクに滞在しているとき、キヨハルさんから日本のラーメンの粉末スープを大量にいただいた。
この晩はチャルメラのスープでラーメンを食べてみた。旨い!麺はこちらで買ったものだけれど、感動的に旨かった。
一番の違いはあっさり感。あっさりしているのにコクがある。こんな味付けって日本食以外にない。日本食って偉大だなぁ・・・。
日本食とその他世界中の料理を比べたとき、おそらく一番違うのは使用する油の量。一歩日本を出ると、基本的にどの国の料理も油でギトギトだ。中央アジアは特に酷い。
日本食のようなあっさりした料理というのは世界中どこにもないね。日本人がスリムなわけだよ。

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広いぞ、カザフスタン!

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残念ながら、この広がり感は写真ではお伝えできない

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写真も動画もなんとも無力だ・・・

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草原の国                               地図にかぶりつきのおっちゃんたち

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村からちょっと外れれば人はいない                テン場には事欠かない

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アルマトゥ到着

2012/9/23 日
始:9:05 ~ 終:16:10 走行:78km
~ Samsy ~ Almaty

朝の気温は2℃まで下がった。フライを張るのが面倒で張らずに寝たのだが、そろそろ限界か。
雨の心配がまったくないことがせめてもの救い。

道は小刻みなアップダウンが連続する。
しばらく走ると右手(南)にザイリースキー・アラタウ山脈が見えてくる。雪をかぶった4,000m級の山塊の向こう側にウスク湖がある。
ウスク湖がカザフにあったらよかったのに・・・。
山脈の南側、ウスク湖の北と南にはさらにキュンギョイ・アラ・トー、テスケイ・アラ・トーの各山脈が走っている。これらは全て天山山脈の支脈で、天山に向かって東に辿っていくと、中国国境に近いところに天山山脈最高峰のポベーダ(7,439m)、カザフ最高峰のハン・テングリ(6,995m)などの高峰が聳えている。

カザフスタンは中央アジア諸国の中で最もロシア化が進んだ(進んでしまった)国である。
カザフスタン(カザクスタン)と言うわりに、全人口に占めるカザック人の割合は53%ほど。ロシア人が30%以上を占めている。
カザック人とキルギス人は民族的にかなり近い関係にあるのだが、そんな関係で顔かたちは似ているもののまったく違った印象を受ける。
素朴で大らかといった、ロシア的側面のいい面がカザフ人には残っているように見受けられる。あまりせかせかしたところがなく、素朴でのんびりしている。
唯一物価の高さにだけ閉口している。
道路脇のカフェ、それもトラックの運ちゃんご用達のカフェで食事をしても最低一品400~500テンゲ、つまり3ドルほどかかる。
が、質は伴っていて、メニューがあるのには感動する。これまでのように「肉だけ」とか「ショルバだけ」ということはなくなった。
メニューはやたらとあるのだけれど、まったく読めないのが難点。

25kmほど走ると道路が4車線になった。と同時に舗装がゴツゴツしたものに変わる。
どう考えてもまだ舗装の途中だろ、という旧ソ連邦の国々に時々ある小石の飛び出したゴツゴツした道。車線も引かれていないため交通量が多くなると走りにくい。
が、この4車線道路、キルギスと違うのはしっかり中央分離帯のあるところ。普通こういう風に造るよなぁ・・・誰かキルギス人に道路の造り方を教えてやってください。

アルマトゥの20kmほど手前まで来ると交通量が桁違いに増え、走っていて時々身の危険を感じるようになる。
旧首都のアルマトゥは、今でもカザフ最大の都市。ロシア人の比率がグッと高まり、もう完全にロシアの一地方都市といった風。
高層建築の林立する資本主義的都市とは違い、平面的で広く、スペース的にゆとりのある建物の並び方にどこかロシアの匂いを感じる。
ちなみに、新生カザフスタンの首都としてアスタナに遷都されたのは'97年のこと。

物価の高いカザフであるが、その中でも宿代は特に高い(アルマトゥは特に)。こちらはロシア的側面の負の面が濃厚で、いわゆる安宿の類がほとんどない。
中心部から離れた、サイラン・バスターミナルの近くにあるシジモーエ・ニェーバに宿をとった。
宿のおばちゃん連中はとても感じがいいのであるが、これも旧ソ連の負の遺産で融通が利かない。
宿代は先払い。テンゲの手持ちがなく、後で銀行に行ってからでいいかと頼んでみるものの、ダメの一点張り。どうあっても先に払わねばならないシステムらしく、部屋に入ることすらできない。
仕方なく近くの銀行で先にお金を下ろしてきた。

宿代を前払いしているのに、パスポートを預けねばならないというシステムもよくわからない。
明日オヴィールに行かねばならないから・・・とお願いすると、パスポートを預ける代わりに2,000テンゲをデポすることに。
全てお役所仕事的だ。きちんとレシートを出してくれるところはありがたい。

ちなみに、宿代はシャワー無しの部屋が一人一泊1,500テンゲ、二人で3,000テンゲ。これがシャワー付きの部屋になると、一泊6,500テンゲに跳ね上がる。
もちろんシャワー無しの部屋にしたのだけれど、自由に使える共用シャワーがあるわけではなく、もし使いたければ300テンゲの別料金が必要というセコさ。300テンゲが一回の料金なのか、一度払えば滞在中ずっと使えるのかは不明。
シャワー室は普段鍵がかかっていて、隣の部屋には管理人らしき人までいる。何というか非常に無駄なシステムだ。

部屋の造りがまた変わっている。
廊下に面した部屋のドアを開けるとトイレと水道があり、さらにa、b二つのドアがある。つまりトイレと水道は二部屋で共用する造りになっている。
4人部屋を二人で使えるので広くて快適。MSRで自炊もできるし、テラスがあるから洗濯物も干せる。
建物は古くて暗いのだが、夜は静かだし、近くにマガジンはあるわで意外と居心地は悪くない。
ちなみに、そんなに客が来るとは思えないのだが、宿はやたらとでかくて部屋がたくさんあり、自分らの部屋は4階である。自転車は1階の倉庫に置かせてもらえる。
やたらと蚊がいてなかなか寝付けなかった・・・。

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どの国もそうだけど、市街地の写真が一枚もない・・・     ゴツゴツした舗装は写真で見るよりずっと不快

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アルマトゥの日々 その1 レギストラーツィヤ

2012/9/24 月

アルマトゥに来た唯一の目的、レギを取りに中心部のオヴィールへ。
このレギストラーツィヤ(滞在登録)も旧ソ連の負の遺産。外国人はわざわざビザを取って入国しているというのに、何故にさらにレギなんてものが必要なのかよくわからない。
事実上形骸化している他国と違ってカザフは基準が明確。現在、五日以上滞在する場合は入国五日以内にレギを取らねばならない。これも最もロシア化した国の負の側面といったところか・・・。
空路で入国する場合はイミグレで自動的に登録されるようであるが、陸路で入国する場合国境では処置されず、自ら町のオヴィールへ出頭せねばならない。
制度的にはオヴィールのある町ならどこでも処置できるはずであるが、処置に慣れていなかったりで、実質的にはアルマトゥ以外では処置できないのではないか・・・。少なくとも自分らの場合、国境からすぐのコルダイでは結局処置できなかった。

で、レギのためだけにわざわざアルマトゥに宿を取り、宿から8kmも離れた中心部にあるオヴィールへ足を運んだ。
町中は車が多くて走りにくい。所々歩道があるのだが、完全に整備されていないところが残念。
さすがにアルマトゥのオヴィールは処置に手馴れていた。窓口にパスポートと入国カードを差し出すだけで用が済む(要ビザと写真のページのコピー)。
が、時間がかかる。10:00前に手続きに行って、出来上がるのが17:00(13:00~15:00は昼休み)。もう少し早くもらえないか・・・とお願いして15:00受け取りにしてもらった。

地図を探しに本屋へ行ったり、町中で適当に時間を潰して15:00に窓口に戻ってみると、まだレギができていない・・・。
16:00と言われ、また近くで時間を潰す・・・あぁ時間がもったいない。
結局、16:00の10分ほど前にレギを受け取れた。幾らかかかると思っていた手数料は無料だった。
これにてアルマトゥでの任務完了。こんなことのために結局一日仕事・・・。

のんびり宿に戻ると、付近一帯が停電中だった。
2時間後に電気が戻ると言っていたが、結局復旧したのは21:00頃。その間にヘッテンの明かりで調理・・・これじゃはっきり言ってテントの方がずっと快適だ。

中国入国のタイミングが微妙だ。
9/28の15:00から中国国境は閉ざされる。次に開くのは10/8。
連休前の入国じゃ慌しいし、尖閣絡みでごたごたしているから連休明けに入国しようということにしたのだが、早くもカザフで時間を持て余し気味。
暇だけど宿の居心地は悪くなく、あと三泊して9/27にアルマトゥを発つことにした。

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自転車で市街中心部のオヴィールへ               滞在している宿

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アルマトゥの日々 その2 日本人墓地

2012/9/25 火

自転車でアルマトゥの中央墓地へ行ってきた。
ここには戦後(ここ重要!)、憎っくきスターリンによって満州からソ連に抑留された日本人の墓がある。
当時のカザフはシベリアと並んで強制収容所の多かった地域であり、この地で多くの日本人が強制労働の末、命を落としている。
アルマトゥには第一墓地と中央墓地の二箇所に日本人の墓地があり、今日はそのうちの中央墓地へ行ってきた。
ウズベキスタンにもブハラの近郊やタシケントなどに同様の墓地があるのだが、旅の日程やルートの都合によりこれまで訪ねることができなかった。
アルマトゥの墓地は是非とも、という思いがあって出かけてきた。

場所はアルマトゥ中心部の北西方向、宿から10kmほどのところ。A2を北東へ走ると、その道路沿いにある。
このA2というのが8車線の恐ろしい道路であるが、きれいにつながっていないにしろ歩道があったので助かった。(後日アルマトゥを出るとき荷物満載でここを走るのかと思うと気が重い・・・)
中央墓地は途方もなく広い。敷地もいくつかに分散している。墓地を管理している人?に地図を見せてもらって驚いた。
見せてもらった地図を頼りに日本人墓地のある場所を探したのであるが、辿り着いたのはほとんど奇跡的と言っていい。

ブロック塀で囲まれた広い敷地の一角、狭い道に面したところにその場所はあった。
まだ真新しい、日本語で書かれた記念碑と、無骨なコンクリート作りの墓石がズラリと並んでいた。墓石は全部で161あった。
埋葬された人の氏名も出身地も、没した日付けも何も刻まれていないコンクリートの墓石。一つの墓石の下に何人が埋葬されたのかもわからない。ひとところに六人が埋葬されたとも言われている。
何人の方がここに埋葬されているのかわからないが、161の墓石全ての前で合掌してきた。

スターリン時代、ソ連国民、外国人を問わず強制収容所に送られた人の総数は幾千万と言われている。
その中で日本人抑留者の数は最低でも60万人。
なぜにこんなことが許され得たのか、まったくもって納得がいかない。当時世界はその事実を知っていたわけであるから・・・。

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こういう庶民的な食堂がもっとあるといいのだけれど      これなんかカザフ版肉じゃが

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アルマトゥの中央墓地にある日本人墓地             墓石は全部で161あった

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Author:nakappie
1970年生まれ。妻と二人信州伊那谷在住。
2009年10月~2013年5月の旅を記録するために”なかっぴー通信”をスタートさせました。
現在は伊那谷にて節約生活をしながら充電中。
2014年4月、ブログのタイトルを”なかっぴー通信NEO”に改めました。
信州伊那谷より~旅のこと、山のこと、自転車のこと、そして田舎暮らしのことなどなど・・・気ままに綴ってゆきます。
”おもしろきこともなき世をおもしろく”そんなふうに生きていけたらいいですね。

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