冬の野宿遍路 0日目 徳島へ移動

2016/1/25 月
(自宅)0630 ~ 0650(伊那大島駅) ~ 0735(松川IC)0815 ~ 1350(大阪梅田) ~ 1520(南海なんば駅)1740 ~ 1845(和歌山港)1915 ~ 2130(徳島港) ~ (徳島駅)

この冬はこれまで異常に暖かかったのだが、ここへきて冷え込むようになり、タイミング悪くこの土日は雪だった。
寒い時季に家を空けるのは甚だ不安だ。風呂場の蛇口を二箇所おしゃかにし、高い出費となった経験がある。

水道まわりの水抜きをすべてやっておけば問題ないはずだけれど、冬の早朝に出発となると、(前日の夜まで水を使っているわけだから)そうするのがなかなか難しい。
(一方で水道管の腐食ということを考えると、果たして水を抜いておいたほうがいいのか水で満たしておいたほうがいいのか?長い目で見るとどうしておくのが一番よいのだろう?よくわからない。)

いずれにせよ日が短く本来もっとも寒いはずの時期はもう脱しているので、たぶん大丈夫だろう。そう楽観して、今回は水抜きを一切していない。
ただ、万一破裂した場合のことを考えて、毎度ながらメインのバルブだけは全閉にしておいた。加えて給湯器(ここも凍らせた経験がある)は銀マット、もっとも危ない風呂場の蛇口はタオルで養生しておいた。
あとは温度が下がると作動する電熱線だけが頼みの綱。どうか無事でありますように・・・。

他には、念のため車のバッテリーのマイナスターミナルははずしておいた。
こちらも帰るまで無事でありますように・・・。

6:30過ぎ、水道のメインバルブを閉めて自宅をあとにしたのだが、庭にある水道栓の蓋(鋳物)が凍りついて開かず、お湯をかけて融かしたり・・・出だしからドタバタさせられた。
坂を下って県道へ出て、伊那大島駅まで村営バスに乗る。通学バスだから、まさか雪で運行しないなんてことはないだろうけど、心配だったので一応昨日、電話で運行の確認をしておいた。

駅から2kmほど先の松川インター近くの高速バス乗り場まで、のんびり歩く。
余裕をもって30分以上前に着いたのだが、このバス乗り場、実は単なる広い駐車場で、待合所はおろかベンチもなにもない。雪の後なので、ただの雪原と化している。
一段上ったところに観光案内所があるので、そこで待機することに。
幸運にも既に職員がいて、中で待たせてもらえることになった。ありがたい。
室内はストーブが燃えていて、日もあたりだしてポカポカだ。

ほぼ時間通りにバスが来た。これに乗り込んでしまえば大阪まではオートマチック。
10日前に予約したので、松川から大阪まで3,330円。安い!

名古屋近辺にはほとんど雪がなかったが(昨日は降ったはずだが)、再び岐阜に入ると雪で白い。
出るとき伊那谷は晴れていたが、琵琶湖の東岸はひどい雪だった。特に関ヶ原のあたりは大雪で、除雪車が入っていた。
暫し渋滞。
草津まで来ると雪はやみ、除雪車もいなくなってようやく普通に流れ出した。

40分ほど遅れて、大阪の梅田着。
バスが梅田のどこに着くのか、実はわかっていなかったのだけれど、ホテル阪急インターナショナルの前にある駐車場に着いた。
大阪はもういつ以来だかわからないくらい久しぶりで、梅田から難波まで歩いてみた。たまに歩いてみるのも楽しいものだ。
どこか庶民的で(たぶん、オフィス街も元気に闊歩しているおばちゃん連中の影響が大きい)、好きだな大阪の街は。

南海のなんば駅に着き、ひとまずフェリーとのセット券を買う。これだと徳島港まで2,000円で行ける。これまた安い!
残念ながらバスが遅れたので、14:50の列車には間に合わず。次の列車は17:40で、まだ余裕で二時間以上ある。
疲れてしまってぶらぶらする気にもならず、高島屋に入ってイスに座って時間を潰す。

時間も悪く、和歌山港行きの特急は混んでいた。なんば始発だから座れたのは何よりで、座席に座って爆睡。早く横になりたい・・・。
同じ系列だから、さすがに列車とフェリーの連絡はよく、ほとんど待ち時間なく乗船。ようやく船室で横になる。
極楽だぁ。できればこのまま朝まで寝ていたい・・・。
ちなみに客はほとんどおらず、船室はガラガラ。

さて、フェリーを降りてから夜をどこで明かすか。問題はそこだ。
徳島港の待合室でビバークするのが無難だろう、おぼろにそう考えていた。
こんなに空いてるフェリーだが、たぶんトラックの利用があると見え、一晩中便があるのだ。そのため待合室にいることが可能。
三年前に徳島港からフェリーに乗ったことがあり、うろ覚えだが、広くはないが待合室には確かイスがあった。横になることはたぶん無理だが、足を伸ばして座ることはできよう。
時間も時間だし、この日はテントを張る気など毛頭なかった。もちろん外は真っ暗だし、テン場など探そうにも見つからないであろうが・・・。

このまま徳島港に着かなければいいのに。そう思いながら寝ていたが、あいにくほぼ時間通りに着いてしまった。
他の客数人とともに船から降り、いったんターミナルの外に出てみる。
そこには徳島駅行きのバスが待機していて、他の客はほぼ全員そのバスに乗った。バスは最終便だった。
考えている時間はなかった。
これに乗ってひとまず駅まで出てしまったほうがいいのではないか、駅まで行けばネットカフェでもあるんじゃないか、瞬時にそんな考えが浮かんだ。
あとで冷静に考えれば、このままフェリーターミナルに留まって待合室で夜を明かし、明朝のバスで駅に移動するのが最善だったのだが、あれよという間にバスに吸い込まれてしまった。

そんなわけでひとまず徳島駅。
あれ?徳島駅ってこんなに小さかったっけ???記憶の片隅にある徳島駅と大きく違っていた。
見たところネットカフェなどありそうにない。世の中の動向をよく知らないのだが、そもそもスマホ全盛の昨今、ネットカフェ自体がほとんどないのかもしれない。
駅に寝られる場所はない。まだ列車のある時間だし、そもそも最終列車のあとは施錠されそうだ。

困った。
どこか仮眠のできる場所はないものか・・・。

駅前にあったセブンで買い物した折、近くにネットカフェはないか訊いてみた。
一人は知らないようだったが、もう一人が、「ここをまっすぐ行くと、コンビニの隣にあります」と教えてくれた。
おぉぉ、あるではないか。
すぐにわかるだろうと行ってみたが、見当たらない。ようやく探し当てたのだが、ちょっと様子が変だ。

つぶれてた・・・。
こりゃわからないわけだ。

施錠はされておらず、ドアが開いたので中をのぞくと、もぬけの殻。
外は風が吹いていて寒い。その場所は風だけは凌げるので、一瞬暖かく感じた。→他に行く当てはない。→ここでいいのではないか。
そのように思考が直結。
要するに不法侵入ということになるが、ありがたく一晩だけ過ごさせてもらうことにした。

すぐに退去できるようビニールシートだけを敷き、その上にマットを敷いて横になる。
暖かいと感じたのはもちろん気のせいで、寒くて眠れたもんじゃない。
ヘッドランプを点けるわけにはいかないし、暗闇でザックをゴソゴソやっていたら忘れものをしそうだ。何より、ザックからシュラフやダウンジャケットを出したりしたら、即座に退去できなくなる。
外のポケットに入っているカッパを上下着込み、ザックの雨避けに準備した百均のカッパをかぶって夜明けを待つ。

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高速バス乗り場へ向かう@松川

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Theme [四国遍路] Genre [旅行]
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冬の野宿遍路 1日目 1番霊山寺から順打ち開始

2016/1/26 火
始:6:00 ~ 終:17:10 歩行:15km
0600(ネットカフェ跡) ~ 0615(徳島駅)0707 ~ 0740(板東駅) ~ (森さんの店)1000 ~ (1番霊山寺) ~ (2番極楽寺) ~ (3番金泉寺) ~ (4番大日寺) ~ (5番地蔵寺) ~ 1710(上板ファミリースポーツ公園)

待ちに待った夜明け。何はともあれ、無事に夜を明かせたことに感謝。
薄暗いうちに動き出す。西へ来たので、日の出がずいぶん遅い印象だ(実際に遅くなっているわけだけど)。

駅へ行って、コンビニのコーヒーでパンを食べたら、まずは列車で板東駅まで移動。一番札所の最寄り駅が板東駅であることは辛うじて知っていた。
列車はディーゼルの一両だった。曲がりなりにも県庁所在地の駅から出る列車が、ディーゼルの一両のみとは・・・間違いなく記憶のほうが曖昧なのだと思うけど、記憶にある徳島とのギャップに再度戸惑ってしまった。

車窓越しに日が昇る。ところどころ日陰には雪が残っている。
30分ほどで板東駅に到着。駅舎に貼ってあった地図を確認し、霊山寺(りょうぜんじ)に向けて歩き出す。

駅からまっすぐ歩いて最初の角を曲がる。何かの店があって、外でおっちゃんが一人、こちらに背を向けて植木の手入れをしていた。
手入れに没頭している様子だったので、挨拶もせずいったんスルー。
しばらくすると、後ろから声がする。二度目だったか、自分らに声をかけているような気がして後ろを振り返る。
すると、先ほどのおっちゃんが、「お茶でも飲んでいき」と大声を出しながら、カップをスプーンで掻き混ぜるような仕草をしていた。
「ここはトルコか・・・」
反射的にそう思った。なんだか妙な懐かしさがこみ上げてきた。

急ぐ旅でもないし、お接待を断るのは失礼でもある。
来た道を戻っておっちゃんの店へ。何の店だかよくわからないが、店の外には「おへんろ亭」とか「お遍路さん休憩所」と書かれている。
おっちゃんは森さんという。毎朝、駅からやって来る遍路者に声をかけ、店に招いて接待することを日課にしているようである。
この時期は遍路者が少ないので、油断をしていたら自分らが通り過ぎてしまった、ということだった。

お遍路をこよなく愛する、非常に世話好きな人で、遍路がはじめての人で森さんに声をかけられたらラッキーかもしれない。
自分らがはじめてと知ると、寺をお参りするときの作法とか、徳島県内の遍路道のこと、そして何より安く泊まれる宿のリストをくれて、何日目はここに泊まるとよいと事細かに説明してくれた。
結局、自分らの場合はテント泊だったので、善根宿などの情報は結果的にあまり役には立たなかったのだけれど、ありがたいことです。

遍路をする人はどんな格好で歩いているのか、札所では何をするのか。
このあたりのことがはじめての人にはよくわからない。自分らもごく断片的な知識しかなかった。

結論から言うと、これらは本人の信仰心によるところが大きい。
自分ら二人は真言宗の門徒ではないし、厳密には仏教徒ですらない。
遍路についても信仰心や願掛けから思い立ったのではなく、単に遍路道を歩くということに興味があったからやろうと思ったまでであり、余計な出費をする気はさらさらなかった。
よって、遍路といえば=ご朱印を集めることといっても過言でないと思うけど、これが納経帖を数千円で買った上に墨書と朱印をいただくと、札所ごとに300円かかると知ってからは、朱印はいらないか、ということになった。
格好についても、菅笠、数珠、輪袈裟はまず要らないと思っていたし、白衣(びゃくえ)と金剛杖はあってもいいかなと思ったけれど、一方で買うのも馬鹿らしいかとも思っていた。
ただ、納札(おさめふだ)だけは、いくらもしないので札所ごとに納めようと決めていた。お接待を受けたときのお返しなど、名刺代わりに必要ということも知っていた。
それから、線香をあげて読経はしようと思っていたので、線香だけは事前に百均で買ってあった。その他のものはとにかく一番札所へ行けばすべて揃う、ということは事前に情報として知っていた。
これら参拝に必要な品は通常、頭陀袋(ずだぶくろ)という幼稚園児が持っているようなバッグに入れて持ち歩くのだけれど、自分らは代替品として自転車レースで使用するサコッシュ(いつだかの乗鞍HCの参加賞)を準備してあった。

以上が、森さんのところに来る前の自分らの準備であり、心構え。
が、森さんの話を聞くうちに一部で考えが変わった。
金剛杖と白衣はあったほうがよいだろう・・・そう思えるようになった。信仰心とかそういうことではなくて、単に実用的な理由からだ。
白衣なり金剛杖を持っていれば、ひと目で遍路とわかる。歩いているときもそうだし、例えばお堂に泊めてもらうときとかテントを張るとき、そんなときでも杖を立てかけておくなどすれば遍路の者だとわかり、現地の人に怪しまれないで済む。

その後の感想を先に言ってしまえば、これはまさにその通りだった。白衣はともかく金剛杖は必携ではなかろうか。身分を証明する以外にも、上り下りなどでずいぶん助けてもらった。
遍路において金剛杖は弘法大師の化身とされ、「同行二人」というのは、いつも弘法大師といっしょに歩いているという意味だ。弘法大師が橋の下で休んだとされることから、橋の上では杖を突かないのが慣例である。昔は、遍路の途中で行き倒れたら、そのまま杖が墓標にされたという話もある。
遍路に関するこのあたりのことについては、また改めて別のところでまとめて書こうと思います。

森さんの話はなかなか終わらない。
そうこうしているうちに、森さんの友人であり、宿リストの作成者でもある松田さんもやって来て話に加わる。
松田さんはちょうどリストの最新版を森さんのところに届けに来たところで、できたてほやほやのリストもあわせていただいた。

どんな格好で歩くんだという話になったとき、森さんが、「そうだ、ちょうど女物の白衣が一枚あるから差し上げよう」と言い出して、マユミに白衣をくれた。
ありがたや。
通常、白衣に男物も女物もないと思うけど、「南無観世音菩薩」と書かれたものは、普通男は着ないものらしい。

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森さんの店にて

結局、森さんの店には二時間以上いたようだ。
さてそろそろ・・・となったところで森さんが、「今日は他に人が来ないから、1番札所まで一緒に行こう」ということになった。
森さんの話では、やはり冬の間は人が少なく、三月になるとドドッと人が増えるらしい。

松田さんに留守を頼んで、一緒に歩いて一番札所へ。森さんのところから1番霊山寺まではすぐである。
寺に着き、森さんに促されるまま、まずはいったん納経所へ。霊山寺は本堂の中に納経所があり、そこで遍路に必要な品を揃えられる。
すったもんだの末、結局購入したのは・・・金剛杖×2、白衣、経本、ろうそく一箱、納札、地図。締めて10,028円也、チンッ。

ちなみに地図というのは、へんろみち保存協力会が発行している特殊な冊子で、四国の札所や仏具店以外ではたぶん手に入らない。
2,500円もする上、B5版の冊子なので嵩張りますが、歩き遍路には必須ではないでしょうかね。
遍路道が距離とともに詳細に記されているほか、休憩所やトイレ、コンビニ、スーパー、宿などが細かく記載されている。
いかんせん初版発行が1990年で、それ以降改訂はほとんどされてなさそうなので、地図にあるスーパーがつぶれていたりするのは茶飯事ですが、これがないとかなり苦労するのではなかろうか。
ただしこの地図、ページごと、どころか同じページでもコマごとに北の位置が変わるので、地図を使い慣れた人には非常に使いづらい。
自分が今どこを、どっちの方角へ歩いているのか、四国全図などと見比べないとまったくわからなくなる。
反面、カーナビ感覚だろうから(それを狙って作っているのだと思う)、普段地図など見ることのない人には使いやすいのだろう。

必要なものが揃ったところで、いったん仁王門の外へ出て、はじめからやり直し。
札所はもちろん真言宗の寺で、基本的に本堂と大師堂がある(他にも寺によって薬師堂などいろいろある)。
本堂というのはご本尊(如来や菩薩など、寺によって異なる)を祭ってあるお堂で、大師堂は弘法大師を祭ったお堂。基本的に本堂→大師堂の順にお参りする。
お参りの作法などは森さんに教わったことを中心に、別のところにまとめようと思います。

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1番霊山寺

一番札所のお参りを終えたところで、既に昼近くになっていた。
森さんに見送られて、2番極楽寺(ごくらくじ)へ向う。いよいよここから遍路のスタート。
1番からの距離は僅か1.4km。そこから2.6kmで3番金泉寺(こんせんじ)、3番から5kmで4番大日寺(だいにちじ)、さらに2kmで5番地蔵寺(じぞうじ)。
ここらは札所が密集していて、次々と現れる。
地図の上では、1番霊山寺から西へ、内陸へと入っていく形になっている。

山門の前で一礼、手水で手と口を清めたら、つけるところでは鐘をつき、本堂→大師堂の順にお参りする。
ろうそくに火をつけて線香をあげ、納札箱に納札を納める。お賽銭を入れたら合掌し、邪魔にならないところに移動して読経する。
寺を回りはじめてすぐに感じたことだが、心を静めて仏前で読経するというのは、実に気持ちがいい。
特に、他に人のいない静まりかえった寺で読経すると、なんともいえない清々しい気分になる。
遍路のやり方は人それぞれで、中には朱印を集めることだけが目的で読経などしない人もいるけれど、せっかくお参りしているのだから読経くらいはしたほうがよい、と思う。

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(左)2番極楽寺、(右)3番金泉寺・・・基本的にすべての札所において、山門(仁王門)の前で写真を撮ることにした

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が、終わってみると、特に印象深い寺でもない限り、どこがどこだかわからない状態に・・・写真は、4番大日寺の(左)山門と(右)本堂

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よって、本堂や大師堂の写真もなるべく撮るようにした・・・5番地蔵寺

さて、今晩の寝床。
初日は森さんの勧めてくれた、6番安楽寺の通夜堂に泊めていただこうかと思っていた。
森さんに、宿には(できれば昼過ぎには)必ず予約の電話を入れること、と口すっぱく言われていたので、寺の通夜堂を予約するというのも変な話だなぁと思いつつ、3番金泉寺の参拝を終えたところで電話してみた。
タイミング悪く、ちょうど寺で講かなにかをやっていて、今晩はダメということだった。残念!
ちなみに、通夜堂というとどうしても葬式と結びつくが、夜を過ごすためのお堂といったくらいの意味だ。寺で通夜するなどと使ったりする。
葬式のいわゆる通夜というのがいつからそういっているのか知らないが、もともとの意味は、四国によらず修行で諸国を回る僧が、寺やお堂で夜を過ごすことを通夜といったのだと思う。

通夜堂がダメなら、今日は上板スポーツ公園だ。
この公園は地図にはないのだが、そこにテントを張れるということを情報として知っていた。
地図にある「スーパーでぐち」の近くに公園があるだろうから、そこで買い出しをして公園に行こう、そんな腹積もりだったのだが・・・
つぶれてました、スーパーでぐち。

幸い、その手前にあった直売所が開いていたので駆け込んだ。
そこで話を聞くと、スーパーでぐちは一昨年の夏あたりにつぶれたらしい。付近には他にスーパーやコンビニはないようだ。
この直売所も17:00に閉まったので、まさにギリギリのタイミングだった。

直売所でラーメンとフィッシュかつを買って、上板ファミリースポーツ公園へ。
広い公園で、室内のプールは水泳教室の子供たちで大賑わい、テニスコートでは隣の中学生が部活動の真っ最中だった。
スイミングの子供たちがバスで帰ってから、いちばん落ち着く遊具の近くの木陰に幕営。

夕食は選択の余地なくラーメンとなった。
それまで、夕食にはいつもの通り米を炊こうと思っていた。が、明日以降もラーメンでいいんじゃね、ということになった。
何より楽だ。MSRなら1リットルのお湯などすぐに沸くから、ガソリンの節約にもなる。
米を買うとなると最低でも2、3キロ単位ってことになるわけで、そんなのを背負って歩くのは無駄なのでは・・・というより、そんなの背負ってたら歩けないのでは・・・とも思えたからだ。
自転車のときは5キロくらいの米を持って難なく走っているわけだから、やっぱ自転車ってのはすごいな。

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(左)岡の宮の大楠・・・四国にはこんな巨木がごろごろある、(右)この日のテン場(翌朝撮影)

Theme [四国遍路] Genre [旅行]
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冬の野宿遍路 2日目 ぼくたちの失敗

2016/1/27 水
晴れ、朝-3℃
始:8:25 ~ 終:17:00 歩行:20km
(上板ファミリースポーツ公園)0825 ~ 0930(6番安楽寺) ~ 1010(7番十楽寺) ~ (8番熊谷寺) ~ (9番法輪寺) ~ (10番切幡寺) ~ 1700(川島潜水橋土手上お遍路休憩所)

日本全国、あるいは世界中のほとんどの場所でそうだと思うのだけれど、公園というところには、まだ暗いうちから走ったり歩いたりする人たちがやって来る。
ここの公園も例外ではなく、夜が明ける前からライトを点けて歩いている人が何人もいた。

6:00に起床、お湯を沸かしてコーヒーを飲む。
夜露でテントがびっしょり。半分凍っている。
そんなテントを撤収していると、公園内を歩いていたおっちゃんらに話しかけられた。
なんだかんだで30分くらいつかまってたな・・・数日前に徳島の市街地でも積雪があったことはニュースを聞いて知っていたけど、こんなのは40年ぶりだと熱く語ってくれた。

8:25にようやく歩き始める。
遍路道に復帰して3kmも歩くと、6番安楽寺(あんらくじ)だ。
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仏塔が高野山を、真言宗を思わせる。

ちなみに、県により地域により場所により密度にかなり差があるが、遍路道には新旧様々の標示がある。
石の道標であったり、札であったり、シールであったり、いろいろ。一番多いのは、電柱やガードレールなどに貼られたシール。
歩き遍路とは、四国全土を舞台にした壮大なオリエンテーリングと言えないこともない。
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「四国のみち」という新しい道標に採用されている、「四」の字をモチーフにした(と思う)シンボルマークは素晴らしいデザインだと思う。

今日も狭い範囲に札所が密集していて、次々と現れる。
6番安楽寺から1.2kmで7番十楽寺(じゅうらくじ)、さらに4.2kmで8番熊谷寺(くまだにじ)、2.4kmで9番法輪寺(ほうりんじ)、3.8km行けば10番切幡寺(きりはたじ)である。
地図の上では相変らず西へ、内陸へと入っていく形になっている。
ちなみに、ブログ中にある距離は地図にあるものをそのまま用いている。

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(左)7番十楽寺、(右)8番熊谷寺の山門

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さらに行くと寺の仁王門がある(左)、熊谷寺の本堂と大師堂(右)

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熊谷寺で、沖縄からという自転車遍路の人と会って話をした。このときは名前を訊かなかったが、ワタナベさんという。
このワタナベさん、実は知人にそっくりである(笑)。

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9番法輪寺

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(左)10番切幡寺の山門、(右)本堂や大師堂はそこから333段の階段を上った先にある。山門に荷物をデポして歩いた。

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奥に見えるのが切幡寺大塔

15:30、県12を横切る手前にある切幡のヘンロ小屋の前を通過。
ここはトイレがあり、幕営スペースもあるので泊まれそうだ。(中はのぞいてないので細かいことはわかりません。もしかすると、中に宿泊禁止なんて書かれていたりするのかもしれません。)
切幡寺でも会ったワタナベさんは、買い出しをしてここに泊まると言っていたが、まだ時間が早いので自分らは先へ行くことに。
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さて、自分らも買い出し。
県12を渡った先にある十川スーパーを予定していたのだが、つぶれている可能性が十分にある。
県12に出て左右を見渡してみたが、残念ながらほかにスーパーはなかった。辛うじてJAの直売所があったのでのぞいてみたが、あまりに高いのでラーメンを買うのはやめ。フィッシュかつだけ買って、あとは十川スーパーに期待。
ちなみに、フィッシュかつというのは徳島が発祥の(であると思う)、魚のすり身を薄くのばして衣をつけてあげた食べ物である。
昨日はじめて食べたのだが、なかなかに美味しくてくせになる。

果たして十川スーパーは営業していた。
今晩の分のラーメンと、明日の行動食を少々買うことができた。
「お四国さん、お茶でも飲んでいき」
店のおばちゃんに声をかけられ、コーヒーとバナナをお接待にあずかる。
コーヒーをいただきながら、1番の霊山寺でもらってきたこのあたりの詳細な地図を広げ、野宿できそうな場所を教えてもらう。
おばちゃんは、珍しく地図を読むことができた。(女性は、特にこの年代の人になると地図など読めないのが普通であるが、おばちゃんは自分の店の場所を地図で指し示すことができた。すごい!)

距離と時間から、川島潜水橋の先の土手の上にあるヘンロ小屋に狙いを定めた。
「確かにあるわ。橋を渡って東にちょっと戻った土手の上や。でも、寒いでぇ」
おばちゃんは親切かつ的確に教えてくれた。
「ちょっとお待ち」と言って、「湯たんぽ代わりに」と、最後にペットボトルにお湯までくれた。
ありがとう、おばちゃん!
こんなことからものすごく元気をもらえる。

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吉野川に架かる沈下橋

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橋を渡った先は広大な平野。伊那谷がスッポリ入ってしまいそうなスケールだ。(右)鉄塔も沈下仕様になっている。

川島潜水橋のところまで来ると、東に少し戻った土手の上に現場事務所のようなものが見えた。
工事でヘンロ小屋はなくなってしまったのか???
橋を渡って土手の階段を駆け上がってみると、それはお遍路の休憩所のようだった。隣には環境型トイレなんてものもある。

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(左)川島潜水橋と、(右)土手の上にあったお遍路休憩所

こりゃすごい!
小屋の中に作業員が一人いたので訊いてみると、「どうぞお使いください」という話。
すっかり誤解してしまった。
小屋は靴を脱いであがるようになっていて、中にはエアコンがあり、ウォーターサーバーまである。
こんなところにタダで泊まれるのか!と、舞い上がってしまった。
なんだかよくわからないが、ヘンロ小屋がリニューアルされたのかと、最近のヘンロ小屋はこんななのかと、大いなる勘違いをしてしまった。

すっかりここに泊まれるのだと思い込み、何はともあれ湿ったテントを広げ、びしょ濡れのフライは外に干し、ぬくぬくとイスに座って納札に名前と住所をまとめて書いていたのだが・・・
しばらくすると先ほどの作業員が戻ってきて、「そろそろ施錠します」と仰る。
「へ???」
一瞬にして誤解が解けた。
やはりここは正真正銘の現場事務所だったのだ。

これは何日か歩いてみてわかったことなのだが、四国では、建設現場などで事務所やトイレをお遍路のために解放してくれているところがある。
ここもそんな場所のひとつだったのだ。
トイレを借りたり休憩をさせてもらったりはできても、夜間は施錠されるので、もちろん泊まることはできない。

その作業員の方は、親切にも上司の方に電話で確認してくれたのだけれど、やはり宿泊はダメということに。(そりゃそうだ)
とはいえ、既に18:00を回っていて外は真っ暗。今さらどうしようもなさそうなので、事務所の隣に幕営させてもらえないか頼んでみる。
「それは構いません」と言ってくれたので、荷物を運び出して即幕営。

「ふ~やれやれ」と夕食の準備をしていると、テントの外からおっちゃんに声をかけられた。
聞くと、このちょっと先にヘンロ小屋があるという。暗い中をわざわざ案内してくれた。
果たして行ってみると、そこには確かにヘンロ小屋があった。こちらが正真正銘のヘンロ小屋。
橋を渡った後で道路はいったん西へ曲がって土手の上に上がるので、ここは橋を渡って東へちょっと戻った場所ということになる。
おばちゃんが「東にちょっと戻った土手の上」と言っていたのはここのことなのだ。

そのヘンロ小屋は、一泊なら宿泊可となっていたが、テントを張れるスペースは周りにもない。もっと暖かい時季なら、木の台の上で寝るなんてこともできようが、今は寒くてとても眠れそうにない。
うまいこと食事はできそうだったので(テントのところでは風が強くてMSRのプレヒートが困難だった)、夕食だけありがたくここで済ませて、寝るのはテントということにした。

おっちゃんは階段を上ったところにトイレがあるとも教えてくれたので、確認してみると・・・
なんと!そこは5☆のテン場だった。
きれいなトイレに水道、広くて平らで木があって、暗くて静か。何より小山の上で人家などないから落ち着く。
う~ん、これはなんと言ったらよいのか・・・大いなる失敗。もう少し早くわかっていれば・・・。
が、とき既に遅し。
今晩はこのまま事務所の隣のテントで寝て、明朝早立ちすることにした。
最後の最後でうまくいかない一日となった。

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すったもんだの末のこの日のテン場(翌朝撮影)

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冬の野宿遍路 3日目 空海の見た風景

2016/1/28 木
晴れ、朝0℃
始:6:25 ~ 終:17:35 歩行:25km
(川島潜水橋土手上おへんろハウス)0625 ~ 0725(11番藤井寺)0755 ~ 0930(長戸庵) ~ (柳水庵) ~ (浄蓮庵) ~ 1335(12番焼山寺)1410 ~ (すだち館)1535 ~ 1630(玉ヶ峠) ~ 神山ヘンロ小屋 ~ 1735(廃屋)

土手の上もランニングやウォーキングに最適なのだろう、4:30を過ぎた頃から歩いたり走ったりしている人が何人かいた。それにしてもずいぶん早い・・・。
昨晩も走ったり歩いたりしている人がいて、どうにも落ち着かなかった。

5:10起床、この場所はどうにも落ち着かないので、すぐにテントを撤収し、ヘンロ小屋に移ってパッキング。
コーヒーを飲んで、6:25に出発。ヘッドランプを点けて歩く。

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ようやく明るくなった

7:25、11番藤井寺(ふじいでら)に到着。切幡寺から南下した形になる。
どの寺も、参拝するのにだいたい20分ほど要する。

藤井寺の先から山に入る。
入った山門から出ることなく、本堂の脇からそのまま遍路道がはじまる。

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(左)11番藤井寺 (右)奥へ続いているのが遍路道

この日は買い出しに失敗した。
なぜだか藤井寺のすぐ近くにコンビニがあると勘違いしていて、買い出しをしないまま藤井寺に着いてしまった。
これから山に入るのに、行動食が心もとない。二人で菓子パン二つとビスケット、チョコレート、それから飴だけ。
ま、なんとかなるだろう。わざわざルートをはずれてコンビニまで戻っているゆとりはない。

11番藤井寺から12番焼山寺までの遍路道は、1200年前、弘法大師空海が歩いた時のままの自然が残っている道であるとされる。

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(左)出だしはこんな感じ。
(右)「へんろころがし」なんてのは言い過ぎで、単なる低山ハイクの道である。

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遍路道は空海の頃とはまったく違っていようが、道の途中から眺める景色(山の形)は、おそらく空海が見たものとそれほど変わってはいまい。

四国の山は、単に標高でいえば高くはない。
焼山寺の奥之院がある焼山寺山の標高が938mである(焼山寺は標高700mほどのところにある)。要するに低山ハイクの範疇。
が、海のすぐ近くから登るので、登る標高差となると丸々山の標高分あるし、平地から見ると山は標高よりずっと大きく見える。
ちなみに、四国山地の主脈の最高峰が剣山(1,955m)や石鎚山(1,982m)だから、本州でいえば谷川岳くらい。自宅の目の前にある烏帽子岳より低いわけだけど、ずっと高い山に見える。

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(左)長戸庵の手前から雪が出てきた。 (右)雪の柳水庵

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空海の見た風景 その2・・・少なくとも見える山並みは空海の頃からほとんど変わってないに違いない

いったん下って登り返す。
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(左)浄蓮庵のあたりまで来ると雪が増える。 (右)浄蓮庵の一本杉

再び下ってもう一度登り返すと、12番焼山寺(しょうさんじ)。
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行動食がいよいよ乏しくなった。残るは飴だけ。
焼山寺の境内に自販機があり、そこにカロリーメイトがあったので、思わず一箱買ってしまった。
カロリーメイトなんて何年ぶりだろう。もともとフルーツ味のやつは好きなんだけど、久しぶりに食べてもやはり旨かった。

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焼山寺をあとにしてひたすら下る。

地図によれば、鍋岩まで下れば酒屋が一軒ある。集落があるわけだし、そこで何かしら食料も買えるだろう。
そんな期待をして下る。
鍋岩で道も分岐するから、もし食料が手に入らなければ、分岐から車道を行かざるをえない。

鍋岩まで下り、すだち館の前をスルーして酒屋へ。
が、頼みの綱の酒屋は閉まっていた・・・。

すだち館が開いていたような気がしたので、戻ってみる。
奇跡だ。
たまたまその日は宿泊の予約が入っていて、奇跡的に開いていた。

すだち館というのは民宿(善根宿)である。
が、「こんにちは」と中へ入ると、棚にラーメンや煎餅が並んでいた。
「これは売り物ですか?」と尋ねると、「そうです」という。
奇跡だ。
これで車道を歩かずに済む。

ラーメン5個、煎餅、さきいか、飴2種類、それから寿司を買う。さきいかは賞味期限が切れていたためタダでくれた。
すだち館のおばちゃんは大鹿系を思わせる親切な方で、宿は懐かしいゲストハウスのような雰囲気だった。
外国人のお遍路もよく泊まっているようで、壁には各国の紙幣がところせましと貼ってあった。

ガラス戸の側には、これまた柿がところせましと干してあり、そこから市田柿の話や野沢菜の話で盛り上がった。(自分も本で読んで知っていたが、野沢温泉をはじめ長野県北部の名産品である野沢菜であるけれど、もとの菜っ葉のほとんどは実は徳島県産である。)

おばちゃんは、「善根宿のようなところはタダで泊まれるところもあるから、利用しなさい」と親切にアドバイスしてくれた。
商売っ気ゼロ・・・本当にいい人である。
訊いたら、この先で野宿できる場所も教えてくれた。
一時間ほど登ったところにお堂があり、そこに泊まれるという。水もトイレもあるらしい。
目の前が明るくなり、疲れも吹っ飛んだ。

お礼を言ってすだち館をあとにする。
最後に干し柿まで1パックいただいた。

16:00頃になると、雨がパラパラ。
登りの途中で、すだち館で買った寿司を食べた。
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しめ鯖の寿司といなり寿司。どちらも絶品。特にしめ鯖のほうは、すだちが効いていて旨かった。

玉ヶ峠に16:30頃着いた。
そこにお堂があった。が、あいにく宿泊禁止となっていた。
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トイレの裏手に平らな場所があり、そこにテントを張るのは問題ないように思えたが、あいにくじめじめした場所で、折からの雨もあってすっかり濡れていた。

水だけ汲ませてもらって先へ。
テン場を探しつつ、ひとまず神山にあるヘンロ小屋を目指す。
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「まんが日本昔ばなし」に出てきそうな山村が広がっている。

ヘンロ小屋の手前で前方から歩いてきたお爺さんに声をかけられ、話をするうちに、ヘンロ小屋は宿泊禁止ということがわかった。
今日もついてない。
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行ってみると確かに、宿泊はご遠慮くださいと書いてあった。
ま、言われずともテントを張れるスペースはないから、ここに泊まるのは無理だ。人家の目の前だし。

先ほどお爺さんにテントを張れそうな場所を尋ねたら、30分ほど行ったところに廃屋があるから、そこの軒下を借りればよかろうと教えてくれた。
17:00頃から雨が本格的に降りはじめていた。先を急ぐ。

17:35、道路から少し上がったところに廃屋を見つけ、たぶんここのことだろうと、軒下を借りてテントを張った。
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翌朝撮影

Theme [四国遍路] Genre [旅行]
Trackback [0] | Comment [0] | Category [■ 001_Awa / 阿波 23札所 220km] | 2016.03.21(Mon) PageTop
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冬の野宿遍路 4日目 井戸寺に救われる

2016/1/29 金
雨、朝5℃
始:8:25 ~ 終:17:10 歩行:21km
(廃屋)0825 ~ 1100(名西高瀬公衆トイレ) ~ 1300(13番大日寺) ~ (14番常楽寺) ~ (15番国分寺) ~ (16番観音寺)1600 ~ (府中駅) ~ 1710(17番井戸寺)

暗くて静かで、何より雨が凌げて快適なテン場だった。
6:30起床。雨なので朝は少々のんびり。
コーヒーとカロリーメイトで朝食とする。

幸運にも出発の頃になると雨はほとんどあがっていて、霧雨が弱く舞っている程度。
カッパを上下着込み、ザックには百均のビニールカッパをかぶせるという完全装備で歩く。

ザックの中身はいつものようにビニール袋に入れてあり、それだけで完全防水となっているのだけれど、今回は山と違ってコンビニやスーパーに寄らねばならず、ザック自体もなるべく濡らしたくない。
そこで、ザックのカバーをどうするか考えた結果、ビニールカッパをかぶせるのが一番よかろうという結論になり、雨対策として予め準備してきた。
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遍路の間に何度か使ってみた感想を先に述べると、これはなかなかいいです。ザックの防水機能はきちんと果たしているし、脱着も楽だからザックの開け閉めも問題ない。何より100円だし。

鮎喰川まで下ってからは、川沿いを走る県20を歩くことになる。
車道を歩くのは退屈で不快だ。天気のせいもあって余計にそう感じる。

10:00頃、後ろから車で通りかかった老夫婦に飴をお接待いただき、元気をもらった。
午後は雨がひどくなるとも教えてくれた。

入田にある「おやすみなし亭」(お遍路休憩所)はすごかった。
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熱々のコーヒーをありがたくいただき、管理者の方が栽培したというミカンもいただきました。ちなみに、宿泊は禁止です。

13:00に13番大日寺(だいにちじ)に到着。
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ここから17番井戸寺まではすぐの距離にある。
例によって距離を記しておくと、13番大日寺から2.3kmのところに14番常楽寺(じょうらくじ)、さらに0.8kmで15番国分寺(こくぶんじ)、1.8kmで16番観音寺(かんのんじ)、2.8kmで17番井戸寺(いどじ)がある。

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(左)14番常楽寺は山門がない。 (右)境内は岩畳のようになっていて独特。座頭市の撮影で使われたことがあると近所のおっちゃんが教えてくれた。

常楽寺の参拝を終えたころから、本降りの雨となった。
雨は徐々に強くなり、16番観音寺に着く頃には土砂降り。参拝などしている場合ではなくなった。

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15番国分寺

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16番観音寺

観音寺の参拝を終えたところで、たまらず避難。納経所前のベンチを借りて、暫し雨宿りさせてもらう。
わかっちゃいたけど、カッパがダメダメ。ほとんど何の役にも立っておらず、おかげで上下ともびしょ濡れ。防風性は何の問題もないのだけれど、防水性はほぼゼロ。
今回使っているのは、その昔はじめて買ったゴアのカッパで、なんだかんだ買ってからもう20年近くになるか・・・無理もない。
今年は新しいのを買おう、安いモンベルのやつでいいから・・・そう強く思った瞬間だった。
ちなみに、マユミのカッパはそこまで古くはなく、カッパの下までびしょびしょになることはなかったようだ。

さて、本日の寝床はどうするか?
予定では、井戸寺の先で徳島市街を迂回し、地蔵越の手前にある地蔵院のあたりに幕営しようと思っていた。そこには池があり、地図によれば池の畔にトイレと休憩所があった。
が、この雨では無理だ。井戸寺まで2.8km、地蔵院まではさらに4km以上ある。とても届きそうにない。
うぅぅむ・・・。

30分経過、雨はまったく弱まりそうにない。
このまま雨宿りをしていても埒が明かないので、テン場を探しながら歩くか、ということにして出発。どこかに屋根のあるテン場はないものか・・・。

・・・ない。その手がかりすら皆無。
ここはもう徳島市街の一歩手前、見渡す限りの住宅地。こんなところにテン場などあろうはずがない。

一縷の望みを託して府中駅へ行ってみるが・・・
まったく無理だ。

ふ~困った。どうしたものか。もうこれ以上濡れるのは嫌だ・・・。
駅舎に入って荷物をおろし、缶コーヒーなんて飲んでいると、再び雨の中に出ていくなんてまっぴらごめんという気分になってくる。
いくら地図を見たって何の答えもない。

悩んだ末、井戸寺を頼ることにした。森さんのくれたリストに、井戸寺の通夜堂が載っていたからだ。
安楽寺の時はダメだったので、ダメもとでマユミが電話してみたのだが、幸いにもOK。ありがたくも井戸寺の通夜堂に泊めていただけることになった。

急に目の前が明るくなった。
元気を出して駅からの残り2kmほどを歩く。

17:10、井戸寺に到着。
門をくぐると、寺の方が出てきて迎えてくれた。そのまま通夜堂へ案内していただく。
「泊まるのは初めてですか?」と訊かれる。
ということは、何度も泊めてもらっているような人もいるということか。
「夕食は向こうにローソンがあるから買ってきて食べることもできますし、ラーメンやとんかつの店もあるので外で食べることもできます」
・・・さすが市街地。なんというか、あまりに俗世っぽい話だったので、ちょっとコケた。

さすがに通夜堂でMSRを使うわけにはいかない。
夕食はローソンでおにぎりなどを買ってきて、通夜堂でいただいた。
こんなときこそMSRを使えば濡れた服などすぐに乾くのだけれど、さすがに自粛した。
こんなときガスコンロなら何の問題もないだろうけど、MSRだと問題ありありだろう。

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井戸寺の通夜堂の中(翌朝撮影)

Theme [四国遍路] Genre [旅行]
Trackback [0] | Comment [0] | Category [■ 001_Awa / 阿波 23札所 220km] | 2016.03.22(Tue) PageTop
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Author:nakappie
1970年生まれ。妻と二人信州伊那谷在住。
2009年10月~2013年5月の旅を記録するために”なかっぴー通信”をスタートさせました。
現在は伊那谷にて節約生活をしながら充電中。
2014年4月、ブログのタイトルを”なかっぴー通信NEO”に改めました。
信州伊那谷より~旅のこと、山のこと、自転車のこと、そして田舎暮らしのことなどなど・・・気ままに綴ってゆきます。
”おもしろきこともなき世をおもしろく”そんなふうに生きていけたらいいですね。

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