熊野古道から 2017冬 プロローグ

旅の記録を綴る前に、まずはその前段階の準備について少々触れておきます、備忘録も兼ねて。

①留守宅の準備(冬場に家を空けるために)
②食料計画
③地図

①留守宅の準備

我が家は冬場に水道管の凍る地域にあり、屋外の水道管の地上に出ている部分にはもれなく電熱線を巻いてある。が、この電熱線には常に通電しているわけではなく、節電のためセンサがついていて、気温や風などを感知してある条件以下になると通電するようになっている。
人が生活していれば、よほどのことがない限りこれで特に問題になるようなことはない。
問題は長い期間留守にするとき。気温が急激に下がったり、低いままだったりするとセンサの感知が間に合わず、水道管が凍るということがたびたび起こる。
凍って破裂すると高くつくんですよね・・・破裂するのはもっとも弱い部分で、給湯器の内部や室内の蛇口の付近。

昨年のお遍路の時は水抜きをせず、給湯器は銀マット、もっとも危ない風呂場の蛇口と台所の蛇口はタオルで養生だけして出かけた。幸い給湯器は無傷だったが、風呂場と台所の蛇口がかなり微妙な状況だったので、今年は水抜きをして万全を期すことにした。
これが出発前にのんびり水抜きできるのなら何の問題もないのだけれど、悲しいかな出発は早朝(大阪行きの高速バスが朝の一本しかない)。とても朝出発前に水抜きしている余裕などない。

そこでこうすることにした。
我が家の給水・給湯ラインは、台所、洗濯機、洗面台、風呂場の2ライン、トイレと屋外の計7ライン。各ラインの元栓が5個、大元のメインの元栓が1個ある。
このうち屋外とトイレのラインは問題なさそうなので水抜きしない(各ラインの元栓は閉めない)。
出発前日までに給湯器、及び風呂場の2ラインの蛇口の水抜き(給湯器の水抜き栓は全部で5箇所)。水抜き栓は開けたままにしておく。
出発前夜、翌朝必要な分の水を汲んでおき、台所・洗面台・洗濯機のライン(元栓共用)を止めて水抜き。水抜き栓はやはり開けたままにしておく。
当日朝、出発前に大元のメインの元栓を閉める。

これで水まわりの対策は万全。
念のためさらに、冷気の入る風呂場とトイレの窓にそれぞれウレタンシート設置、トイレ室内の水道管にウレタンシートを巻きつけた。
この状態で電熱線も生かしたままにしておく。

水まわり以外の準備としては次の二点。
車のバッテリーのマイナスターミナルは外しておく。
それから、郵便ポストは郵便物がたまっても大丈夫なようにしておく。

②食料計画

今回はお遍路(基本毎日買出し)より山(必要分を背負って歩く)に近いスタイルで行く。
お遍路のときは夕食はインスタントラーメンで、朝食と行動食はスーパーやコンビニのいわゆる菓子パンがメインだったのだけれど、添加物の摂り過ぎでだいぶ健康を害したので、今回は米を食います。

食料計画は次の通り。
九度山を出発して那智勝浦の海岸に出るまで8日間を想定。朝食+夕食として二人で米4kg、ふりかけ各種6袋、スープ各種40個を準備して携行。
夕食時、一度に500gの米を炊き、余ったご飯はおにぎりにして朝食にまわす。

行動食はやはり8日分を想定して携行。
カンパン:400g、煎餅:180g、チョコレート類:900g強、はちみつキャンディー:100g強。(自分ひとりの分)
この行動食で摂取できるカロリーは、一日900kcalほど。

海沿いに出て以降は適当に買出しが可能なので、米を2kgずつ買い足して携行する。

③地図

地図は極めて重要。
↓このあたりが良いと思います(高野山町石道、小辺路、中辺路)。

和歌山県街道マップ    世界遺産登山マップ ~熊野参詣路小辺路~

伊勢路については↓

くまどこ

枚数が嵩みますが、それを厭わないのであればこれが詳しい↓

熊野古道伊勢路図絵

また、エアリアマップの「大峰山脈」の裏面に紀伊半島の広域図(1/400,000)があります。
(上記のサイトの地図だけでは地形や方角、地図上の現在地がよくつかめません。)

以上の準備を整えた上で、いざ熊野古道!

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熊野古道から 2017冬 0日目 九度山へ

2017/1/31 火
(自宅)0630 ~ 0650(伊那大島駅) ~ 0735(松川IC)0815 ~ 1315(大阪梅田) ~ (南海なんば駅)1415 ~ (橋本駅)1510 ~ 1710(道の駅柿の郷くどやま) ~ 1850(幕営)

本当は1月30日に出発の予定だった。
十日前までに予約すると高速バスが割引きになるので、それ以前にチケットも予約してあった。
が、どう転んでも30日は雨のようである(伊那谷も橋本も)。
気温が低くて雪なら決行するところだが、アプローチの段階で雨に濡れるのはどうしても嫌である。
出発を一日遅らせることにした。
・・・キャンセル料は前日までかからないけど、十日前予約の割引きが僅か160円とわかったので、次回からは無理して十日前にチケットをとらなくてもいいかな。

そんなわけで、晴れて出発の朝。
6:30過ぎ、水道のメインバルブを閉めて自宅をあとにした。
が、金剛杖を忘れたことに気付いて自宅まで走ってとりに行く。今年も出だしからドタバタしてしまった。
坂を下って県道へ出て、伊那大島駅まで村営バスに乗る。昨年とまったく同じ行程。

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駅から2kmほど先の松川インター近くの高速バス乗り場まで、のんびり歩く。今年はまったく雪がない。

やはり今年も30分以上前に着いてしまったが、相変らずバス乗り場には待合所はおろかベンチもなにもない。
昨年は幸いにも一段上ったところにある観光案内所に職員がいて、ストーブでポカポカの室内で待たせてもらえたのだが、今年はそうはいかず外の日向でひたすら時間が過ぎるのを待つ。お日さまはありがたいが、風が冷たい・・・。

ほぼ時間通りにバスが来た。これに乗り込んでしまえば大阪までオートマチック。
出るとき伊那谷は晴れていたが、関ヶ原から湖東にかけては天気が悪かった。雪が舞っている。
関ヶ原から湖東地方にかけて・・・このあたりをはじめて通ったのはたぶん大学生のときだが(新幹線で通過した中高の修学旅行を除く)、どうもそのときからずっと天気が悪い印象しかない。通るたびにどんより曇って雨か雪だった。
果たしてこのあたりが晴れていることなんてあるのだろうか・・・そんなふうに思ってしまうほど天気の悪い印象しかない。

大阪の梅田には定刻通り着いた。晴れている。
昨年と違い、バスが梅田のどこに着いたのかわからないなんてこともない。
昨年は難波まで歩いたが、今年はサクッと地下鉄で移動。橋本から九度山まで歩くつもりなので、早く移動するに越したことはない。
南海のなんば駅から高野線で橋本駅まで移動。

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15:00過ぎに橋本駅に到着。ここが今旅のスタート地点。

紀ノ川を渡り、川沿いにR370を西進する。
さて、今宵のテン場だが・・・昨年あまりに行き当たりばったり過ぎて困ったので、今年は事前に当たりをつけてある。
学文路(かむろ)の先にある安田島公園か、慈尊院のほど近くにある道の駅くどやま。
安田島公園は幕営できるのかどうか定かでないが、禁止されていないのならこちらのほうが快適に過ごせそうではある。
が、なるべく慈尊院の近くまで詰めておいたほうが翌日楽だろう、ということでなんとなく道の駅を目指す。

途中、学文路のGSでガソリンを買う。ボトル二本にそれぞれ0.6Lずつ。
今日の夕飯は適当に外で食べるか買うかしようという腹積もりだったが、途中に適当な飲食店もスーパーもなかった。
道の駅に期待して先を急ぐ。

九度山に入ると、ところどころ断片的に覚えている場所があった。
僅か四年前のことだが、なんだか懐かしい。前回は自転車だった。

道の駅まで意外に遠く、ほとんど丸々二時間かかった。
手前にある真田庵も今回はスルーし、道の駅まで直行。

17:10、道の駅に到着。
一見して幕営するにはちと厳しい道の駅であるが、テン場のことは後回しにして、ひとまず夕飯になりそうなものを直売所で漁る。
夕飯と、ついでに朝食になりそうなものも買出ししてからテン場の検討。
うぅぅむ・・・一通り見て歩いたのだが、張るなら建屋の前しかなかろう。

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店などが閉まる18:30まで、トイレの隣にある熊野古道館で時間を潰す。

これが道の駅に幕営するときの辛いところだ。
幸い熊野古道館の中は暖房でポカポカだったが、こんなとき外で待っていたら凍え死ぬわ・・・。

18:30を過ぎてからも、24時間開いているという共用スペースで時間を潰し、18:50に建屋の前の屋根の下にようやく幕営。
そこは一晩中明かりのついている場所だった。
ヘッテン要らずで、飯を食ったりするには助かったが、寝るときは手拭いをアイマスク代わりにする必要があった(自分、暗くないと眠れません・・・)。

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(左)今宵のテン場(翌朝撮影)  (右)夕飯は直売所で買った柿の葉寿司と鶏の唐揚げ

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熊野古道から 2017冬 1日目 高野山町石道

2017/2/1 水
始:7:20 ~ 終:16:30 晴れのち曇りのち細かい雪 朝3℃
0620起/0720発(道の駅柿の郷くどやま) ~ 0735(慈尊院) ~ (丹生官省府神社)0800 ~ 0845(百六十六町の先の展望台) ~ 1000(六本杉)1015 ~ 1035(丹生都比売神社(空身で往復))1055 ~ 1115(六本杉) ~ 1145(二ツ鳥居) ~ 1325(笠木峠) ~ 1415(矢立) ~ 1545(三十九町の展望台) ~ (空身で二十六町の先まで往復) ~ 1630(三十九町の展望台に幕営)

出だしで行動パターンが定まっておらず、とりあえず6:20に起きてみた。
直売所やベーカリーなど、店が開くのは9:00からだが、ベーカリーのほうは早くも6:30には人が来て準備をしていた。
昨日買った田舎寿司を自販機のホットのお茶と一緒に食べ、7:20出発。
このお茶の入っていた小さなペットボトルは、捨てずにマユミがなんとなく持っていることにしたのだが、狭いところで水を汲んだりするのに後々とても役立った。

今日からいよいよ熊野古道を歩き始める。
まずは紀ノ川のほとりの慈尊院から高野山まで、高野山町石道を登る。
ちなみに、高野山町石道は高野山・町石道のように区切り、「こうやさんちょういしみち」と読む。高野山町(そんな町はないが)の石道ではなく、高野山の町石道である。
つまりは高野山へと登る、町石の置かれた参道ということだ。
卒塔婆である町石は高野山へと至る参道の一町ごとに立てられている。
一町(一丁)≒109mであり、大門を経て壇上まで百八十町、そこから奥之院まで三十七町ある。
合計二百十七町ということになり、総距離は24km弱である。

道の駅の裏手から路地をまっすぐ行くと、慈尊院の前に出る。
路地は道の駅に接した県道から僅かに一本入っただけだが、それだけでまったく別の世界が広がっているからおもしろい。
この路地歩きがある意味歩き旅の醍醐味だ。
幹線の国道や県道を歩いていても不快なだけで何ひとつ楽しいことはないのだが、本当に路地一本入っただけでまったく別の、そことは完全に隔離された世界が広がっている。
歩くなら、できる限りこういうところを歩きたい。

慈尊院は真言宗の寺である(空海の母と深い関わりがある)。
当然、本堂と大師堂があり、順にお参りする。お遍路の時と同じ作法で参拝。
山門の前で一礼、手水で手と口を清めようと思ったら、手水の水がカチンコチンに凍っていて清められず・・・朝、テントの前で測ったら3℃ほどであったのだが、出発してすぐ外気温はずっと低いように感じた。たまたま幕営した場所が暖かかっただけなのかもしれない。
・・・まぁいいか。
気を取り直して参拝。
ろうそくに火をつけて線香をあげ、納札を納める。お賽銭を入れたら合掌し、邪魔にならないところに移動して読経。
一年ぶりの読経。滞りなく読めるか不安だったのだが、読経を始めるとスラスラ読めるから驚いた。
経文はリズムで覚えているから、一度スラスラ読めるようになると忘れないものらしい。
朝一、心を静めて仏前で読経するというのは実に気持ちがいい。なんともいえない清々しい気分になる。

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慈尊院の山門(左)と、大師堂(右)

慈尊院から石段を上った奥に丹生官省府(にうかんしょうぶ)神社がある。
石段の中間部に鳥居があり、その手前に百八十町と刻まれた卒塔婆が立っている。
ここが高野山町石道の起点、壇上まで百八十町の地点である。

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(左)中央に見える石段を上った先に丹生官省府神社がある。  (右)石段の途中にある百八十町と刻まれた卒塔婆(町石)

丹生官省府神社は弘法大師が創建したといわれる。
神社の御祭神である狩場明神(高野御子大神(たかのみこのおおかみ))が、従えていた二頭の犬を放ち空海を高野山へと導いたと伝わる。

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(左)丹生官省府神社  (右)本殿

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こちらの手水も凍っていたが、どうにか手と口を清めることができた。

参拝を終えたら、いよいよ高野山へと向う。
参道には立派な町石が一町ごとに立てられている。
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町石は高さ一丈一尺、幅一尺余り。正面に梵字と町数、脇に寄進者の名前などが彫られている。
弘法大師は高野山を創建すると同時に、木製の卒塔婆を立てたと伝えられる。それが石造に代わったのは鎌倉時代末期で、幕府が後押しをして行われた。
そのため寄進者には時の実力者である北条氏の名も多い。

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中には長い年月が経過して折れてしまったものもあり、そういったものは丁寧に修復されたり、立て直されたりしている。

他に人はおらず、静かでいい感じだ。
道は樹林の中。杉や檜の人工林が多い。
湿っていて、道がけっこうぬかるんでいる(朝のうちは凍っていた)。

8:45、ひと登りした展望台で休憩。
紀ノ川と橋本の町並みがよく見える。昨晩泊まった道の駅もよく見える。
朝はこのようにピーカンだったのだが、早くも9:00を過ぎると曇ってしまった。
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展望台の付近一帯は一面柿畑。
道の駅も「柿の郷くどやま」である通り、柿の生産が盛んなようだ。甘柿と渋柿のどちらも生産しているようである。
この柿畑がまたえらく急な斜面にある。日当たりは抜群であるが、収穫など作業は大変そうだ。
伊那谷の柿畑などまだまだ甘い・・・と思ってしまった。

ちなみに、柿は多くの外国語でも「カキ」という通り、(もともとは中国から入ってきたものらしいが)日本を代表する果実である。
おそらくもっとも日本の気候に合っていて、原種や、こぼれ種が成長したものが普通に自生している。見た目や大きさなどにこだわらなければ手間もかからず、庭でもたわわに実る。
暖かいところに来ると、柑橘類も強い(日本の気候に合っている)と感じますね。こぼれ種が育ったものだと思うけど、山の中に普通に自生して実をたわわにつけていますから。
一転、リンゴというのは日本の多湿な気候にはまったく合っていないのだとよくわかる。育てるのにえらい手間がかかるし、こぼれ種なんて無数にあるはずだけど、自生している木なんて見たことないですから。
ヨーロッパなんかだと田舎へ行けば、川原や道端なんかに普通に自生して実もつけているのだが、日本では一度も見たことがない。

丹生官省府神社から二時間ほどで六本杉に到着。
ここから丹生都比売(にうつひめ)神社まで1.3kmほど。高野山へのルートからは外れるが、40~50分ほどで往復してこられる。
こういう場合、また次の機会に・・・となってしまいがちであるが、「次の機会はないと思ったほうがいい」というのが数年前からの信条なので、荷物をデポして空身で往復することにした。

丹生都比売神社は実に立派な神社だった。
全国に八十八社ある丹生神社、さらに丹生都比売大神を祭る神社が摂末社を入れると百八十社余り、その総本社が丹生都比売神社である。
歴史は古く、創建されたのは千七百年前とされる。

前記した高野御子大神(狩場明神)は、丹生都比売大神の御子である。
密教の根本道場の地を求めていた弘法大師の前に、黒と白の犬を連れた狩人に化身した高野御子大神が現れ、弘法大師を高野山へと導いた。
弘法大師は丹生都比売大神より御神領である高野山を借り受け、山上大伽藍に大神の御社を建てて守護神として祭り、真言密教の総本山高野山を開いた。
古くから日本人の内にある、祖先を大切にし、自然の恵みに感謝するという神道の精神が仏教に取り入れられたのは、弘法大師が高野山を開いて以降とされ、これ以降、神と仏が共存する日本人の宗教観が形成されていった。

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(左)丹生都比売神社楼門。(右)が四殿の本殿で、社殿を寄進したのは北条政子(現存する本殿は室町時代~明治時代に復興されたもの)。

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見事な太鼓橋・・・は、残念ながら冬の間は渡れず。

11:15に六本杉に戻ってきた。
寒気が入っているようで寒い。気温が下がった。

六本杉から30分ほど歩くと二ツ鳥居がある。丹生都比売神社境内の入口、ということである。
まず丹生都比売神社に参拝し、その後高野山に登るというのが慣習だった。
鳥居は弘法大師によって建立され、当初は木造であったが慶応二年に石造に建て替えられた、とされる。説明版によると寄進者は一個人である(名前もあったが忘れた)。

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(左)二ツ鳥居、(右)二ツ鳥居からの眺め。丹生都比売神社のある天野の集落が見える。

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応其池(おうごいけ)の先に感じのいい山里があった(信じられないことにすぐ先にゴルフ場がある・・・)。
町石道沿いに集落を見下ろせる地蔵堂があり、その前が素晴らしいテン場になっているのだが、幕営可能かどうかは定かでない。

13:25に笠木峠を通過。
ずっと今にも雪が降り出しそうな空だったが、13:00を過ぎた頃からとうとう降り始めた。雪というか細かい氷の粒が降っている。
それほど濡れるわけではないのだが、幕営前に地面が濡れてしまうのがまいった。

14:15、矢立で国道を渡る。
矢立には公衆トイレがある。2013年に自転車で高野山に上ったとき、ここで幕営用の水を汲ませてもらった。懐かしい。
今回も同様に幕営用の水を確保する。
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これでどこでも幕営可能。
三十九町の展望台までが勝負だったのだが(その先は町石道が国道と並走する)、いい場所がない。
実は、三十九町の展望台というのは前回幕営した展望台ではなかろうか、とおぼろに思っていた。もしそうならそこに幕営可能だ。
・・・確かウッドデッキのようなものがあったはずだから、この雪でもぬかるんだりはしてないだろう。
そんな期待をしつつ展望台に着いてみたら、まったく別の場所だった。
立派な東屋の下にはテーブルとベンチが鎮座していて幕営できないが、その傍らに幕営可能だ。
が、吹きっさらしで寒いのでひとまず保留。

荷物を置いて先の状況を探ることにした。
ただテン場を探しつつ、二十六町のベンチのある平坦地まで行ってみたのだが、どうにもダメそう。
ベンチのあるところは沢沿いで、じめじめしている上に雪まで積もっている。これなら展望台のほうがマシだ。

展望台へ戻り、前後の山中から石を拾い集めて幕営。
幸い、雪は15:30頃にはやんでいた。
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待望の夕食。ご飯とふりかけに野菜スープ。
マルちゃんのフリーズドライの野菜スープ、初めて食べたのだが具がたっぷりでめちゃくちゃ旨い!

MSRでの調理が久しぶり。
手順をすっかり忘れていて手際が悪い。ま、二日もすれば安定するだろう。
・・・と、そんなことより、条件によってMSRから軽くガソリンが漏れる。
ポンプに本体を挿してからポンピングし、消火後は即ポンプから本体を抜いてボトルを減圧、ポンプはボトルから外して保管・・・これでどうにかいけそう。
ポンプをボトルにセットしたままにできないので面倒な上、都度ガソリンが少々無駄になるが致し方あるまい。

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熊野古道から 2017冬 2日目 雪の高野山

2017/2/2 木
始:8:00 ~ 終:15:25 曇り時どき雪 朝-5℃
0620起/0800発(三十九町の展望台) ~ 0910(大門)0935 ~ 0950(金剛峰寺(荷物デポ)) ~ (奥之院) ~ (食堂いけだ) ~ 1230(金剛峰寺)1305 ~ 1335(ろくろ峠) ~ 1420(薄峠)1500 ~ 1525(ろくろ峠に戻って幕営)

昨晩は0:30頃から一時間ほど雪が降り、3:30を過ぎると風が強まった。
そうだと知っていたけど、幕営した場所は風が当たって寒かった。

朝食は昨晩炊いたご飯の残りを塩むすびにしたものと、温かいスープ。
むすびは寝るとき上着のポケットに入れて、一緒にシュラフの中。
こうすると朝カチンコチンに凍っているなんてことがない、どころかむすびがそれほど冷たくならない。お湯を沸かすときコッヘルの蓋の上に置いておけば、ほのかに温まる。
朝食時はスープとコーヒーの分のほかにテルモス用のお湯(二人で1L)も沸かすから、必要なお湯の量は夕食のときより多く、それを沸かす間にむすびをそれなりに温められる。
MSRのガソリン漏れはどうにか大丈夫そう。消火後即ボトルを減圧してポンプをボトルから抜く、ということを徹底すればなんとかなりそうだ。

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パッキングして8:00に出発。所により薄っすら雪が積もっている。

大門までもう少しのところでカモシカと対面。
頭上に倒れ掛かった木から下りてきたので一寸ビビッた。
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ピンボケですが・・・丸々太ったカモシカさんです。まだ小さな若い個体。

高野山町石道でも、この後の小辺路や中辺路、伊勢路でも、「熊目撃情報」とか「熊出没注意」といった注意書がそこかしこにしてあった。
そりゃ熊は出没するだろ、そこに住んでるんだから・・・。
どちらかといえば熊のテリトリーに人間が入り込んでいるわけで、むしろ驚いているのは熊のほうだと思う。
シルエットやイラストに描かれているのはどう見てもヒグマだが、生息しているのはもちろんツキノワグマ。ドングリをはじめとした木の実が彼らの主食ですけど。
世界遺産になって以降特に多くの人が訪れるところだからわからないでもないが、ちょっと過剰に反応しすぎだと思う。
笑ってしまうのが、たまにある「熊のような動物を目撃」という注意書。
そりゃカモシカじゃないだろうか???(太っているし、黒いし、ノソノソ動くし、ニホンジカのように走って逃げることがないから、熊のようにも見える。)
熊野で山仕事をしていたり猟をしていたりする人の話からして、紀伊半島でそれほど熊を目撃できるとは思えない。

大門に着くとすぐ、雪が降ってきた。
雪の高野山なんて、なんだか神秘的ではないか。

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巨大な大門が目の前に忽然と現れる。
それは車道を上ってきても同じで、四年前はじめて見たときはその巨大さに驚き感動した。
高野山の入口となるわけだが、その大門にあるトイレ以降高野山ではどこでもウォッシュレットだから、これまたビックリ。感動すら覚える。

町中に人影はほとんどない。
四年前に来たのは五月中旬だったが、その時とはえらい違いだ。
(その時は外国からの観光客がたくさんいることに驚き、四国遍路の白衣を着た人もちらほら見られた。)

何はともあれ奥之院を目指す。
最奥にある弘法大師御廟まで、壇上伽藍から3.5kmほど。
小辺路に入るのにまた戻ってこなければならないので、荷物はデポしておきたい。雪が降っているのでできれば屋根の下に。
なんとなく前回自転車を置かせてもらった駐車場へ行ってみて、そこにあるインフォメーションの軒下に置かせてもらえないか聞いてみたのだが断られ、職員の方がコインロッカーの場所を教えてくれた。
貴重品は携行するわけだし、もともとそんなところに預けるつもりはなかったけど、試しにのぞいてみたら案の定、とてもこんなデカいザックが入るようなサイズではなかった。

結局、ザックは金剛峰寺の前のトイレの屋根の下(の隅)に置かせてもらい、空身で奥之院へ。
ちなみに、四国遍路は88番大窪寺を打って結願、高野山(奥之院)に参拝して満願となる。高野山は無事結願できたことへのお礼参り、という位置づけだ。
結願した後いつまでに満願、という期限は特にないだろうけど、自分らの場合一年以内には高野山を訪れることができたということになる。

高野山のどこで御朱印をいただくか・・・奥之院のほかに金剛峰寺や壇上伽藍の根本大塔、金堂などがあり、高野山にはその他にも優に百を超える寺院がある。
様々な場所で御朱印をいただくことができるので、コレクターの方は収集してみるのも一興かと。
ただ、四国遍路の最終目的地はあくまで奥之院、今も弘法大師が地下で瞑想を続けているといわれる奥之院最奥の弘法大師御廟。
一箇所で御朱印をいただくのであれば奥之院、ということになる。

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奥之院入口の一の橋で手と口を清めて中に入ると、さらにひっそりしている。もうほとんど貸切状態。
さすがの高野山もこんな時季には人がいないのか、と新鮮な気分になる。すごく静かだ。
そもそも冬場でなくとも一の橋から歩く人は稀で、(そこまで横着するなと言いたいが)中の橋から奥之院に入る人が多いのだけれど・・・。

「こんな日に貴重な参詣者だ。ありがとうございます」
と、管理している方に声をかけられるくらい誰もいない、雪の降る平日の午前中。
静寂に包まれた参道は杉の巨木の茂る中にあり、その両側に二十万基を超える墓碑が並んでいる。正確に言うと墓地の中だ。
名だたる大大名の墓(というか供養塔だが)の並ぶそこは神秘的な、独特な空気が満ちている。

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誰もいない御廟橋。橋から先は聖域で、もちろん撮影禁止。

燈籠堂の裏手にある弘法大師御廟の前で読経する。
これは・・・なんという清々しい気分だろう。
これまた貸切状態。高野山においてこんなにも人がいないなんてことがありえるんですね・・・。

参拝を済ませたら、御廟橋のすぐ外にある納経所で白衣の一番上に御朱印をいただく。
お遍路で白衣に御朱印をもらうとき、一番上は高野山のために空けられる(納経所で自動的にそのようにしてくれる)。
これにて満願!
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ちなみに、マユミの白衣は板東駅近くで森さんにいただいたものである。
その白衣は、上の写真で「南無大師遍照金剛」となっているところが「南無観世音菩薩」となっている。
「女性が身につけるものだ」と森さんに説明されてそうなのかと思っていたのだが、実はこれ、西国三十三所のための白衣だったらしい。
奥之院の納経所の方に教えられて判明した。
別に間違いということはないのだろうが、四国の納経所では誰もそんなこと教えてくれなかったな・・・。

奥之院を出ると、既に11:30近くになっていた。
中途半端な時間になってしまい、今日の行動をどうしようか微妙なところ。
今日中途半端なところで行動を切ると、明日以降もずっとテン場に困りそうな気がするのだ。

昼時で腹が減っていて、途中で見かけた「いけだ食堂」に何はともあれ吸い込まれた。
何にしようか迷った末に、二人揃ってかつ丼を食す。
旨かった・・・一大観光地でもある高野山にこんな普通の食堂があるなんて奇跡的だ。

腹が満たされ幸せ気分で荷物のところへ戻ってみると・・・屋根の樋から滴る雪融け水をかぶってザックが凍っていた。
デポするときはもちろん乾いていたのだが、屋根の雪が融けて水が滴り、地面もびしょ濡れになっていた。
まさか樋から水が漏れるとは思ってもみなかった・・・。

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雪の金剛峰寺

金剛峰寺の参拝を終えると、早13:00近く。
今日は小辺路に入ってすぐのところで切ることにした。
金剛峰寺のトイレで水を汲んでおく。

以前にも書いたが、高野山は標高800m以上の台地にありながら、さらにその周辺を弁天岳や摩尼山といった1,000m級の山々に囲まれており、盆地状の地形をなしている。
下界とは隔絶された山上の宗教都市といった様相だ。
今でこそ車道やケーブルで簡単に上がることができるが、それ以前はもちろん麓から徒歩で往来するほかなかった。
高野七口といって、高野山へ入るには昔から七箇所の主要な道筋があった。
七口というのは大門口(九度山、和歌山方面)、不動坂口(京阪神方面)、黒河口(大和方面)、龍神口(龍神、田辺方面)、相ノ浦口(花園、有田川方面)、大峯口(野川、洞川方面)、大滝口(十津川、本宮方面)である。
このうち表参道に当たり、もっとも保存状態がよいのが大門口(高野山町石道)。
次いで保存状態がよいのが大滝口、即ち高野山から十津川を経て南の本宮大社に至る高野熊野街道で、小辺路というのはこの道のことである。
京・大坂から高野山に詣で、次いで熊野三山へと向う信仰の道であり(東北や関東など東国からの参詣者は逆に熊野三山から高野山へと向うことが多かった)、間に1,000m級の峠が四つある。

そんな小辺路の入口となるのは、金剛三昧院の横を抜けたところ。
「金剛三昧院入口」と刻まれた石碑のあるところから奥へと入っていく。
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ここでもメインストリートから僅かに入っただけでひっそり静まった別世界となる。
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薄っすら雪の積もった林道をしばらく登ると、ろくろ峠。
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峠の少し先に素晴らしいテン場があったが、さすがに時間が早すぎるのでスルーすることにし、その先の薄(すすき)峠まで足を延ばすことにした。
14:20、薄峠に着く。ろくろ峠に比べてかなり狭い。
ギリギリ一張りが幕営可能なスペースはあったのだが、風の通り道でどうにも厳しい。固定のための石を集めていったん幕営を試みてみたのだが、風が強すぎてちょっと無理そう。
峠の先は急な下りで、積雪が急に増える。少し先まで偵察してみたのだが、どうにもしばらくテン場は得られそうにない。
だんだん風雪も強くなってきた。
先ほどスルーしたろくろ峠の快適そうなテン場が頭にちらつく。

・・・よし、戻ろう!(苦笑)
そうと決まれば即撤退。再びテントをザックに詰め込んでろくろ峠まで戻った。

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そこはやはり快適なテン場だった。風がない分、薄峠よりだいぶ暖かい。
警戒のためか、夕方から鹿が近くでキンキン鳴いていて少々うるさい。

Trackback [0] | Comment [0] | Category [■ 001_Koyasan Choishi Michi / 高野山町石道] | 2017.03.07(Tue) PageTop
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Author:nakappie
1970年生まれ。妻と二人信州伊那谷在住。
2009年10月~2013年5月の旅を記録するために”なかっぴー通信”をスタートさせました。
現在は伊那谷にて節約生活をしながら充電中。
2014年4月、ブログのタイトルを”なかっぴー通信NEO”に改めました。
信州伊那谷より~旅のこと、山のこと、自転車のこと、そして田舎暮らしのことなどなど・・・気ままに綴ってゆきます。
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