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タンザン鉄道

2010/3/17 水
一日目の夜が明けた。依然として体はだるかったが、朝食は食べられそうだったのでオーダーして食堂車で食べた。一食12,000Kくらいで食べられる。
8:00を過ぎてコンパートメントに怪力おじさんが現れ、窓をこじ開けてくれた。おぉぉ・・・明るくなった。これで外の景色が眺められる。昨日より幾分体の調子もよくなり、外に景色を眺めたり寝たりしながらのんびり過ごす・・・と言うか、他にやることは何もない。
10:30頃国境に着く。ザンビア側、続いてタンザニア側のイミグレの係官が列車に乗り込んできて列車の中で越境の手続き。ちなみにタンザニアのビザも$50、高いなビザ代!全車両の手続きを終えて走り出すまでに1時間以上要しただろうか。東部アフリカと南部アフリカの間には1時間の時差があり、時計を1時間進める。
東に向かうにつれ如実に暑くなってきた。微妙に緯度が上がっているのと、インド洋に近づいているためだろう。徐々に子供の数も増えてきた。列車が村の近くを通ると、子供たちが無邪気に笑顔で手を振ってくれる。いよいよブラック・アフリカに突入だ。ケネスはあれが何だこれが何だと色々教えてくれる。
ヤシの木やバナナの木が林立し、時々田んぼも見える。とにかく緑が濃い。もし、地球が本当に温暖化していてその主要因がCO2であるならば(自分はそうは考えていないが・・・)、それはやはり中国を含む先進国の責任であろう。ここは環境破壊とは全く無縁の世界だ。行けども行けども緑が広がり、時々集落が現れる。どことなく東南アジアの景色と似てないこともない。
国境を越えると両替屋が列車に乗り込んで声をかけてくる。ケネスと一緒にクワチャをタンザニア・シリングに両替えする。率はあまりよくないが、ウガンダ人のケネスも納得しているのでまぁ仕方がない。クワチャを全てシリングに替えた。ケネスは、率が悪いので列車内で使う分をクワチャで残しておいたのだが・・・何と国境を越えると同時に列車内でクワチャが使えなくなった。ケネスも食い下がっていたがとうとうダメだった。逆もまたしかり、これからタンザン鉄道を使われる方はご注意あれ。それにしても融通の利かない列車だ。
途中のムベヤはマラウィに行き来するための交通の要衝で、多くの人が乗り降りする。

17mar2010 タンザン鉄道の車窓から

2010/3/18 木
二日目の夜が明けた。今日の車窓の眺めは格別だった。ケネスが教えてくれたのだが、午前中に動物保護区のようなところを通り、列車に乗りながらにしてキリンやインパラ、シマウマなどが見られた。気分はすっかり「世界の車窓から」!頭の中をテーマ曲が駆け巡る。ところで、シマウマの縞は走る列車から見ると白と黒が溶け合ってグレーのように見え、意外にも一番目立たなかった。
14:00過ぎにダル・エス・サラームに着く。暑すぎる!最後尾に接続されている一等車のところにはホームすらない。すぐに窓の外からタクシーの運ちゃんが声をかけてくる。親切にもケネスが自分らの分まで強面のおっちゃんと交渉してくれ、タクシーの足を確保。列車の窓から大物の荷物を出して運ちゃんに持ってもらい、駅の外に出る。自分のザックを他人が背負ってるのを見るのは変な気分だ。背の低い運ちゃんが背負っていると、ザックが一人で歩いているように見える。
ケネスとはここでお別れだ。いろいろありがとう!ケネスは最後の最後までタクシーの運ちゃんに余計なことはするなと言い含めてくれていた。
タンザニアの首都、ダル・エス・サラームは大きな町だ。車も多く、そこかしこで渋滞している。ウソかホントか、ザンジバルに行くと話したら、先にフェリーの切符を取った方がいいと言うのでそうすることに。ダウンタウンから程近いフェリー乗り場まで行ってもらい、明朝発の切符を取った。フェリーには速いヤツと遅いヤツがあり、今回はお金で時間を買うことにした。港の施設使用料だか税金だか込みで一人片道$35。
そのまま宿に向かうのだが、この運ちゃん、言っておいた宿と違うホテルに連れて行きやがった。最初はタクシーから降りる気さえなかったが、運ちゃんが連れてきたホテルのマネジャーは人の良さそうな人で、宿泊費もバカみたいに高いわけではないのでとりあえず部屋を見てみることに。
見ると部屋は広くてキレイ、おまけにエアコンまでついている。外はとにかく暑く、疲れてもいたので心が揺れる。交渉して一泊$20で泊めてもらうことにした。
タクシーの運ちゃんは予想通り、フェリー乗り場に行ったからと余計に請求してきたが、当然そんなものには取り合わなかった。
エアコンの効いた部屋は天国のようだ。暫く涼んでから外に出る。ダル・エス・サラームはインド人とムスリムが多く、どことなく親近感の湧く町だ。町の雰囲気もどことなくインドを思わせる。夕方になるとモスクからムスリムの祈りが響いて心地いい。
地元の人で賑わうローカル食堂で食べられるものもチキンのカレー煮やチャパティーなどインド風で、久々に美味しいと思えるものを食べた気がした。ここは完全にインドである。インド人は土地の人とぶつかることもなく上手くやっているように見える。

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Trackback [0] | Comment [0] | Category [■ 018_Tanzania / タンザニア] | 2010.04.01(Thu) PageTop
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ザンジバル

2010/3/19 金
朝一のフェリーに乗るため6:00過ぎに宿を出て歩く。フェリー乗り場に着いてビックリ!Azamというフェリー会社は食品も多く扱っているらしく、小奇麗な待合室でビュッフェ形式の朝食が食べ放題だった。冷えたジュースにアイスクリームまであった・・・。
7:20に出航し、2時間の船旅でザンジバル島のストーン・タウンに着く。ザンジバルは元々一つの国であったが、1964年にタンガニーカ共和国とザンジバル共和国が併合して現在のタンザニア連合共和国が誕生した。その名残りからか、ザンジバルに入島する際にはイミグレがあり、パスポートにスタンプも押される。どうやらザンジバルの人たちは今でもザンジバルを一つの独立国と捉えているきらいがある。
中心地であるストーン・タウンは街並が世界遺産にも登録されているのだが、とにかく暑すぎる・・・。行こうと思っていたパール・ゲストハウスの客引きがちょうどいたのでついて行く。オフシーズンの今の時季は観光客も割合少なく、パール~も貸し切り状態だった。それでも部屋代は高く、トイレ・シャワー共同、ファン付きの部屋が一泊$20もする。
荷物を解いて、汗が引くのを待ってから外をぶらぶらする。まるで迷路のようなストーン・タウンの町の中を歩き、オールド・アラブ砦などを見て回ったのだが、とにかく暑すぎる!ザンジバルは昔の名残りでムスリムが多い。
暑すぎて頭もボーっとしてくるので、昼食を食べてから宿に戻って休憩。昼食を食べたローカル食堂もインド風で美味しかった。
夕方、日が沈んでから再び外に出る。それほど腹も減ってなかったのだが、夜のフォロダニ公園に出る屋台で様々なバーベキューが安く食べられるらしいので、これで夕飯を済まそうと出掛けたのだが・・・大誤算!ガイドブックにも安い値段が出ていたので、何の疑いもなく今日に限って注文前に値段の確認をしなかった。自分が魚2種類とタコ、マユミが魚1種類とイカを注文して二人合わせて35,000sh!これがどのくらい高いのかと言うと、食堂で飲むコーラが一本500sh、昼は二人で腹いっぱい食べてコーラも飲んで9,800shであったことから想像するとわかりやすい。文句の一つも言いたいところだが、今回ばかりは完全に自分らのミスだ。仕方なく言い値を払う。あー失敗した!魚やタコも取り立てて旨いわけでもなかった。買う前に物の値段を確かめるのは鉄則だ。今回は注文を受けてから網で焼いてくれちゃっていたので、金を払う段でやっぱやめた、というわけにもいかなかった。とにかく失敗だ!
夜は暑くて一睡もできなかった。蚊帳も吊って寝たので、暑さ倍増で息苦しいほどだった。

19mar2010 ストーンタウンの路地 19mar2010 ストーン・タウンの夕焼け

19mar2010 高いBBQ

2010/3/20 土
ジャンビアーニのビーチに移動するため9:00過ぎにチェックアウトし、うだるような暑さの中近くのダラダラ乗り場まで歩く。ダラダラというのは、人が乗れるようにトラックの荷台を改造した乗り合いバスのことである。便利な乗り物で、朝8:00から夕方17:00頃まで30分おきに各方面行きのダラダラが出ている。ジャンビアーニまで一人2,000sh。
乗って暫くすると満席にならずとも出発。ダラダラからの眺めは土地の人の生活を垣間見ることができて楽しい。ストーン・タウンより少し離れた方が、むしろ店なども多くて過ごしやすそうだった。
2時間ほどトラックの荷台に揺られると、ジャンビアーニに着く。ここは天国です。村人や子供はとてもフレンドリーで明るい。静かで、のんびりするには最高の場所である。
一緒にダラダラを降りた人が、目的のマライカ・ゲストハウスまで案内してくれた。どうやらここも貸し切りのようだ。朝夕二食付で一人一泊$10(13,000sh)。
外のテーブルでボーっとしてたら、一人の日本人青年が土地の人に案内されてやってきた。昼食も宿で食べることができ(と言うか、他に食べられそうなところはないのだけれど)、一人4,500sh。マライカの食事はとにかく美味しい!日本人宿泊者が多いためか、醤油が置いてあり、料理もどことなく和風だ。何故か箸まである!お茶の無料サービスもありがたい。
丸一日、外のテーブルで情報ノートを見たり、日本人青年のタクト君と話をしたりしてまったり過ごす。夕方になると潮風が吹いて気持ちいい。いやーここは天国です。
宿には電気がないのでランプの灯りで夕食をいただき、お茶を飲みながらおしゃべりして22:00前には寝てしまう・・・あーなんと贅沢な。

2010/3/21 日
ここでは全てがポレポレだ。珊瑚礁の海は遠浅で、砂は白くて驚くほど細かい。足がはまるとなかなか抜けなくなるので歩きづらい。海の中はウニだらけ。食べられるやつと食べられないやつがいて、食べられるやつを採ってくると宿の人が捌いてくれる。
今日は朝食後に少し沖まで船に乗せてもらい、釣りとスノーケリングをする。昨晩交渉して、一人8,000shでやってくれることになった。
朝食後しばらく出発しそうにないのでタバコを買いに行くことに。近くの売店は売り切れていたので、もう少し先まで行ってみることにする。道端でおっちゃんにどこに売っているか聞いたら、親切に自転車を貸してくれた。皆なんて親切なんだろう。
10:00近くになってようやくフィンやスノーケルが準備できたようで出発と相成った。乗せてもらうのは御歳74の元気なじいちゃんの船、もう一人若い船員がいて、自分ら3人と合わせて総勢5人である。木の棒で海底を突いたり、オールで漕いだりして沖に出る。波は全くなく、海は驚くほど凪いでいる。
珊瑚礁の外に出てアンカーを投げ込み、釣りを始める。土地の二人が魚の切り身を付けた針と糸を垂らすと、釣れること、釣れること。色とりどりの様々な魚が釣れる。30cmオーバーの、鯖くらいあるけっこう大きいやつも釣れているのだが、自分らがやってもピクリとも当たりが来ない。水深がよくわからず、餌を投げ込むポイントが全く的外れだったのであろうか?結局自分では釣れるどころか当たりさえ一度もなかったが、土地の二人の活躍で釣果は上がり、釣りは終了。
珊瑚礁の中に戻ってスノーケリングを楽しむ。昔、石垣島でやって以来10年ぶりのスノーケリングであるが、キレイな海で泳ぐのはやはり楽しいもんだ。普段は山ばかりの自分たちだが、海の近くではこういう過ごし方が最高!陽射しが強烈で、ニャチャンでの教訓を活かしてこの日はシャツを着たまま泳いだのが大正解だった。後になって日に焼けた足だけヒリヒリして痛かったから、もし裸で泳いでいたらまたまた大変なことになったであろう。
スノーケリングが初めてというマユミは上手くできないと言うのだが、メガネとスノーケルをチェックしたら何てことはない、両方とも壊れていただけだった・・・。仕方なく二人で交代でメガネとスノーケルを使い、思う存分スノーケリングを楽しんだ。釣った魚は、スノーケリング中に二人が鱗を落してくれていた。
くたくたに疲れたところで切り上げて浜に戻る。帰りは帆を張って風任せだ。ズタ袋を縫い合わせただけの帆なのだが、二人が上手く操作すると驚くほど進む。
釣った魚を分けてもらい宿に持ち帰ると、宿の二人が捌いて夕食に出してくれた。ココナッツ風味の煮込み、スープに唐揚げというフルコースだ。昼食抜きだったのでモリモリ食べた。いやーここは天国です。
ザンジバルに来たのは、キリマンジャロに登る前に体を休めるのが目的だ。明日一日のんびりしてもう一泊し、明後日ダル・エス・サラームに戻ることにしよう。

21mar2010 ジャンビアーニの朝焼け 21mar2010 スノーケリングへ

21mar2010 ジャンビアーニの海

2010/3/22 月
何もせず、一日日陰で読書してまったり過ごす。昼頃潮が最も引くのでウニを採りに行く。
ウニは食べられるやつと食べられないやつの2種類いる。食べられないのは棘が長く黒いやつで、それこそうじゃうじゃいるので裸足で歩くのはとっても危険。食べられるやつは茶色で棘が短い。主に海草の下で裏返しになっているので最初は見つけにくかったのだが、慣れるとやはりそこかしこにいて、ものの1時間でバケツ一杯分採れた。
ウニを持ち帰ると宿の人が早速捌いてくれる。今日の夕方発つタクト君はその場でご飯を炊いてもらってウニ丼にすることにしたが、自分らは夕飯の楽しみにとっておくことにした。
外のテーブルで本を読んでいると、タクト君のために白いご飯と採れたてのウニが運ばれてきた。滅茶苦茶旨そうである。あいにくワサビまではないが、キッコーマン醤油はあるので立派なウニ丼である。タクト君も感激して頬張る。
夕方、2時間ほどダラダラを待ってようやくタクト君はジャンビアーニを発つことができた。
19:30過ぎ、いつもよりちょっと準備に時間がかかってお待ちかねの夕食となった。で、運ばれてきたご飯を見てビックリ!スパイシーな炊き込みご飯ではないか・・・エッ?白米じゃないの?採れたてのウニは抜群に旨かった。でも、白米が食いてぇ~、ウニ丼にして食いてぇ~。こんな新鮮なウニが目の前にあるのに、白いご飯がないというのは拷問に近い。気を利かせて作ってくれた、手の込んだ炊き込みご飯はそれで美味しいのだが、でもやっぱり今日だけは白米が食べたかった・・・今日に限って白米じゃないとは・・・。こんなことならタクト君と一緒に昼にウニ丼を食べておけばよかった・・・。
楽しみを先に延ばすというのは、得てして失敗することが多いような気がする。やれるときにやる、食べられるときに食べる、また一つ教訓を得てしまった。
失意のうちに夕食を終えて眠りに就く。明日はダル・エス・サラームに帰る。

22mar2010 潮の引いた海

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ダル・エス・サラーム

2010/3/23 火
今日は宿の人がちょっと寝坊。少し遅めの朝食をとって9:30にチェックアウトした。ありがとう!ここは天国のようなところでした。
すぐ近くのダラダラ乗り場でダラダラを待つ。今にも泣き出しそうな天気であったが、10:00頃とうとう雨が降り始めた。昨日の例もあり、いつ来るものやら心配だったのだが、30分遅れでダラダラがやって来た。雨の中乗り込む。これで12:45のフェリーに間に合うかも、と思う間もなく「プシュー」という不吉な音とともに乗務員が「あちゃー」と叫ぶ。左後輪のパンクらしい。
雨の中、大特急でタイヤ交換をして20分ほどで終わったのだが、これで昼のフェリーには間に合わなくなったと諦めた。それでも雨の中ダラダラは順調に走り、行きより早く2時間かからず12:30にストーン・タウンに着いた。
これなら間に合う、ということでフェリー乗り場まで走る。既に自分もザックもびしょ濡れ、砂まみれである。ギリギリ12:45のフェリーに間に合った。あーしんど。
ダル・エス・サラームまでの海上も雨が降ったりやんだりの天気。キッチリ2時間でダル・エス・サラームに着き、YWCAまで歩く。ダル・エス・サラームは晴れていた。
YWCAの受付で手続きをしていると後ろから声をかけられた。何と、タクト君である。タンザン鉄道がトラブルで明日に延期になったらしい・・・。YWCAにはファミリールームというのがあり、ベッドが二つあるだけでどこがどうファミリーなのかわからないのだが、朝食付きで一泊8,000shととにかく安い!電源はないけど部屋はキレイでファンもあるし、共同のシャワーとトイレもふんだんにあるのでお勧めである。
近くに目ぼしい食堂がないので、少し歩くが夕飯はこないだと同じローカル食堂へ。買い物と食事を済ませて宿に帰ると、以前ケープタウンで会ったユキちゃんまでいて、4人でおしゃべりに花が咲いた。

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モシ その1

2010/3/24 水
今日はモシへ移動する。朝食を食べて8:30前にチェックアウト。YWCAの前から各方面行きのダラダラが頻繁に出ている。ダル・エス・サラームのダラダラはトラックではなく、日本で言うところのマイクロバスだ。
バスターミナルのあるウブンゴ行きのダラダラを探し出して乗り込む。出発時は空いていて大荷物のある身には助かった。ウブンゴまでの運賃は一人250sh、安い!
ザンジバルもそうであったが、タンザニアでは日本の中古トラックやバスが大活躍!○○幼稚園、○○学園、○○建設といった日本語の書かれたトラックやバスがそのまま走っている。日本での役目を終えたトラックやバスが遠くアフリカの地で余生を送っているといったところか。もっとも日本のとき以上にこき使われているが・・・。
ウブンゴまでは予想以上に遠く、30分ほどかかった。途中からバスは超満員である。雨のそぼ降る中ウブンゴでダラダラを降りると、早速バス会社の人らしいおっちゃんが声をかけてきた。ちょうどいい、雑然としていて右も左もわからないところだったのでおっちゃんについて行く。バス会社のオフィスでモシまでの運賃を確かめると25,000sh、情報ノートにあった通りのスタンダード・プライスである。あと15分ほど、9:30に出発すると言うのでそのままチケットを購入し、バス乗り場まで案内してもらう。ウブンゴのバス・ターミナルはハラレやルサカのそれと違い、とても雑然としていて活気がある。嫌いな雰囲気ではないが、案内してもらわないとまったくわからん状態だな、こりゃ。
バス会社の人はとても親切で、バスに乗り込んでキッチリ席まで確保してくれた。しばらくするとバスが動き出したものの、30分程ターミナルの周りで客を拾い集めていた。今回ザックは腹のトランクに積むことが出来たが、荷物代として一人5,000sh請求された。本当かよ?とちょっと不審に思ったが、隣の人もしっかり請求されていたのでどうやら正規の料金らしい。
10:00前にモシに向けて出発。アフリカのバスはほとんど休憩を取らない。人の乗降のために短時間停車するだけで、このバスも走り出して5時間後に最初で唯一の休憩があった。当然バスにトイレなどついていないが、暑いためかそれほどトイレに行きたくなることもなく特に大きな問題はないのだが、やはりけっこう疲れる。バスの中では思いのほか居眠りをしてしまった。
車窓からの眺めはのどかだ。赤い大地に濃い緑、雨季のため走るごとに天気はコロコロ変わる。晴れていたと思ったら、雲の下に入って突然大粒の雨が降ってきたり・・・。
土地の人は皆何をやって生活しているのだろう?時々野良仕事をしている人を見かけるものの、大半の人は日がな一日木陰や軒下に座っておしゃべりなどしている。やはり人間、暑いと何もやる気がなくなるらしい。あくまで自然に逆らわず、自然のなすがまま生きてゆく。日本であれば、いかに暑くとも暑いなりに工夫して何かしていそうな気がする。日本人は世界一勤勉で器用な民族である、と、この旅に出て以来強く実感している。車窓から見るタンザニアの地は、おそらく100年経っても基本的には何も変わらないだろうと思えてくる。長い目で見れば、それは素晴らしいことであるのかもしれない。
19:00、暗くなりかけた頃モシのバスターミナルに着く。雨がパラついている。タクシーの客引きもうるさくなく、一息ついてから歩き出す。情報ノートにあったウモジャ・ホステルまで歩いてみたが、何と満室!予想外の出来事に意気消沈。気を取り直して別の安宿へ。バッファローに向かおうと思ったが、路上で声をかけてきた人がキリマンジャロ・バックパッカーズを勧めるので寄ってみた。シャワー、トイレ共同、朝食付きのダブルが$20(27,000sh)。部屋は広くてキレイだし、バッファローはもう少し高そうなのでまぁいいか。雨も降っていて面倒なのでとりあえず一泊する。
バックパッカーズというのは、要するに欧米人好みの安宿のことだ。ここも階上にバーがあって食事もできる。雨の中外出するのも面倒なのでバーで食事を済ますことにしたが、バックパッカーズで食べられるものというのはどこも同じで限られている。ローカル・フードがあるわけではなく、食べられるのはスパゲティやチップス、サンドウィッチ、バーガー(笑)といった類のものだ。アフリカでこんなものを食べてもちっとも美味しいとは思わないが、世界中どこに行っても自分のスタイルを決して崩さない欧米人はこういったものばかり好んで食べている。
幸いうるさい客もおらず、静かでそれなりに居心地のいい宿ではあった。共同のトイレ、シャワーが一つずつしかないのが難点か。疲れてもいたのでぐっすり眠れた。

2010/3/25 木
7:00過ぎに朝食をとる。階上のバーから外を見ると何やら雪山が見える。もしやと思って聞いてみたら、やはりキリマンジャロであった。思いのほか小さいのと、雪を被って真っ白なのに驚いた。モシの標高は850mくらいで、ここから見ても5,000m分は見えているはずであるが、河口湖あたりから見る富士山より小さく見える。雪は昨晩降ったものらしい。
これまで誰に聞いても曇っていて見えなかったという話しか聞かなかったので、着いて早々見られたのはラッキーだ。
朝食を終えてから再びウモジャ・ホステルに行ってみる。14,000shくらいで泊まれるらしい安い部屋はあいにくうまっていたが、トイレ、シャワー付きの部屋が空いていた。部屋は広くて明るく快適そのものだ。それでも一泊20,000sh、ソッコー引っ越すことに決定!
キリマンジャロ・バックパッカーズに戻って荷物をまとめ10:00前にチェックアウト。その足でウモジャ・ホステルにお引越し。ウモジャ・ホステルはルーテル派の教会施設、YWCAに引き続きクリスチャンの教会施設にお世話になります。
部屋に荷物を置き、道で声をかけてきた人と一緒にTin Tin Toursへ。キリマンジャロは国立公園内にあり、勝手に登るというわけにはいかない。パーク・エントリー・フィーやレスキュー費などを払い、ガイド同伴でないと登ることができない。最もメジャーなマラング・ルートから4泊5日で登るのがスタンダードで、時季により一人当たり$700~$1,000ほどかかる。これに加えてガイドやポーターなどへのチップも必要だから(チップとはいうものの強制的に払う必要のある費用で、額もおおよそ決まっている)、高い道楽なのだ、キリマンジャロ登山は。
したがってエージェント選びは最重要項目である。Tin Tinは大手で、おそらく日本人も多く利用している。エージェントの人たちは皆親切で、自分の目から見て信用に足る人たちだ。借りる装備などツアーの中身を打ち合わせていく中で、ここにお願いしたいな、と半ば自分の腹は決まる。そして肝心要の料金の話。言い値は、チップ以外全部込みで一人$850。おそらくスタンダード・プライスで、特に吹っ掛けている様子はない。こいつは信用できる。でも、今は雨季のローシーズンである。Tin Tinより先に聞いたMATATA Toursはウソかホントか全部込みで$720と言っていた。そう話したら、頭を抱えながら全部込みで$740でやってくれることになった。ヤッタ~!ちなみに、$740のうちの$523はエントリー・フィーやレスキュー費などエージェントとは関係のないガバメント費用である。
装備はブーツとスパッツ、グローブを借りることにした。スパッツやグローブはともかく、レンタルの靴で登ることには抵抗があるが、しょぼいトレッキング・シューズしか持っていないので仕方ない。マユミは比較的新しいスカルパのブーツが足に合ったのだが、自分に合うのはコッペパンのような革のブーツしかなかった・・・うぅぅむ、何とかこいつで頑張ろう。
体調を整えて明後日から登山開始!これから今日と明日はモシでのんびりする。モシはダル・エス・サラームより標高があるのでずっと過ごしやすい。しかも人が皆とてもフレンドリーで親切だ。何よりローカル食堂がたくさんあるのが嬉しい。ウモジャ・ホステルは「快適」の一言だし、一発でモシが気に入ってしまった。
ローカル食堂はとにかく安くて旨い!やはりインドの影響を強く受けていて、インドのターリーのような鉄のプレートに炊き込みご飯と肉の煮込み、豆のスープが載ったものが何と1,500sh!しかも旨い!チャイなど一杯たったの200shだ。いやー美味しいものが食べられるとそれだけで元気が出てくる。夕飯も迷わず同じ店へ。
モシはいいところだなぁ、長居してもいいなぁ、と思えてくる。ホステルでは時折り賛美歌が聞こえてきていい感じだ。ムスリムも多く、早朝は大ボリュームでムスリムの祈りが町中に響き渡る。ちょっとうるさいが嫌いではない。一日のうち数時間停電するのが難点と言えば難点だが、あまり気にもならない。

25mr2010 キリマンジャロBPから見るキリマンジャロ

2010/3/26 金
日記をまとめて書いたり読書したり、明日からの登山の準備をしたりして一日まったり過ごす。はぁ~モシはホントいいところだなぁ。
ネットカフェを二軒梯子したが、いずれも自分のpcはうまく接続できず。IPアドレスの設定がまずいのだろうが、細かいことはよくわからない。店の端末でメールチェックするだけにとどまった。
昼食は試しにホステルのレストランで食べてみた。ビュッフェ形式になっていて、飲み物も含めいくら食べても一人4,000shらしい。どれも美味しくてボリューム満点、ついつい食べすぎてしまう。タンザニアに入ってから調理したバナナをよく食べるのだが、ジャガイモのようで煮ても焼いても美味しい。
夕飯は道路を挟んだ向かいにある馴染みの店「アルジャジーラ」へ。この店はムスリムの人がやっている。宿泊しているホステルはクリスチャンの施設だし、この旅に出て以来宗教関係の施設にはずいぶんお世話になっている。ありがたいことです。

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キリマンジャロ登山

2010/3/27 土
Mt. Kilimanjaro Day 1
キリマンジャロから帰った日とその翌日の部屋を予約してホステルをチェックアウト。中庭の椅子に座って待っていると、予定の9:00ちょっと前に迎えが来た。ずいぶん人が乗ってるなぁ・・・全員ポーターなんだろうか。
エージェントに寄って荷物を預け、いざマラング・ゲートへ。途中、本日のランチ・ボックスや新鮮な肉を仕入れたりして1時間弱でゲートに着く。ゲートで記帳して二人分のガバメント・フィー$1,045をカード払いする。手続きを済ませて待っていると、途中まで一緒に登ることになるらしい日本人カップル、シンタロー君&リョーコさんが到着。全ての準備を終え11:20にいよいよ歩き出す。5日間のキリマンジャロ登山の始まりだ!
キリマンジャロには一度登ってみたいと思っていた。野生の王国アフリカの最高峰というところに惹かれるものがあったし、6,000m近い高度で自分の体がどうなるのかにも興味があった。キリマンジャロの標高は最高峰のウフル・ピークが5,895m、5,000mより上は自分にとって未知の領域だ。悪しきネパールでのトレッキングのことがトラウマになっていて、歩き出すまでは本当に登れるのかとにかく不安であったが、この日の体調は悪くない。旅に出て以来かなり体力が落ちているのでベスト・コンディションには程遠いが、まぁ上々といったところだ。
ちなみに、キリマンジャロの登頂の成否に登山経験の有無はほとんど関係ない。富士山をさらに平たくしたような山容で、ポレポレと歩いていれば山頂に達することができ、登山技術の類は必要ないからだ。ただひたすら高度との戦い、自分自身との戦いあるのみである。
キリマンジャロは高山病になりやすい山と言われている。一度も高度を下げることなく、特に二日目以降は毎日1,000mも高度を上げるためだ。果たして自分の体がどうなることやら・・・。
初日の今日は1,800mのマラング・ゲートから2,729mのマンダラ・ハットまで3~4時間の行程。レイン・フォレストと呼ばれる苔むした樹林帯の中のダラダラした登りを行く。途中のベンチのある休憩ポイントでランチ・タイム。
キリマンジャロの山麓には背中に白い模様のある巨大なカラス(軽く日本のトンビくらいある)がいる。こいつが登山者の食料を狙っているのだが、ちょっとした隙にまんまとマユミのマフィンが奪われてしまった。
雨季でも日本の梅雨のようにずっと雨が降っているわけではない。マンダラ・ハットの手前30分ほどのところで降られたのだが、さほど濡れずに済んだ。ポレポレと歩いて15:30にマンダラ・ハット着。一抹の不安を抱えつつ歩いたのだが、さすがにこの高度では何ともなかった。
暫くすると突然強風が吹いて雹が降ってきたので、間一髪であった。
ハットに着いてから大名山行を実感。初めての大名山行なわけだが、こいつは確かに楽だわ。4人用の小屋はマットや枕まであってとにかくキレイ。あろう事か朝夕には洗面用のお湯をくれるし、何よりコックの作ってくれる飯が旨い、旨すぎる・・・。着いてすぐに温かい飲み物とポップコーンが用意される。飲み物はコーヒーに紅茶、ミロにココアと何でもござれだ。
そのままダイニングで歓談していると17:30頃夕飯になる。スープに始まって、この日のメインは魚のフライとジャガイモ、ニンジン、インゲンのフライに野菜の煮込み、フルーツのデザートまでつく。山でこんなもの食べてる場合か!と突っ込みたくなるほど豪勢な食事だ。さすがにポーターを大勢引き連れているだけのことはある。ポーターに持ってもらっている荷物のうち個人装備はシュラフとちょっとした衣類(二人でザック一つ)に過ぎないので、荷物の大半は食料と燃料(巨大なガスボンベ)である。
食事のメニューはパーティー毎に異なり、より豪勢な食事をしている人もいれば、より質素な食事をしている人もいる。今日の自分らの食事は豪勢な部類に入るだろう。コックとアシスタント・ガイドがテーブルクロスを掛けて席を確保し、パーティー毎に食事をするシステムになっている。
行動を共にしたシンタロー君&リョーコさんはアフリカの前に7ヶ月かけてヨーロッパを自転車で回ったご夫婦で、価値観の合うところも多分にあって話をしていて面白い。二人とも米国留学の経験があるだけに英語が上手で羨ましい。特にリョーコさんの方は完璧なアメリカン・イングリッシュを話し、傍で聞いているととても日本人が話しているようには思えないほどだ。
寝る前に、念には念を入れて初めてダイアモックスを服用した。効果の程は実感できないのだが、利尿作用が促進されるのは確実なようで、お陰で夜中に4回もトイレに行く破目になった。

27mar2010 出発前マラング・ゲートにて 27mar2010 一日目の夕飯

2010/3/28 日
Mt. Kilimanjaro Day 2
二日目の朝、朝焼けがとてもキレイだった。心なしか体調があまり芳しくないような気がする。食欲もあまりないし・・・。
7:30からの朝食はポーリッジと呼ばれるお粥のような食べ物(所謂オートミールのようなやつ)とトースト、クレープの生地のようなもの、ソーセージ、オムレットにフルーツのデザート。あまり食欲がなかったので、ポーリッジはありがたかった。
ランチ・セットと、塩と砂糖を溶かしたスペシャル・ドリンクを受け取って7:50に出発。メンバーは昨日と同じ自分ら4人と2人のガイド、エリアスとジャスティスの合計6人。二日目の今日はいよいよマンダラ・ハットから3,780mのホロンボ・ハットまで一気に高度を1,000m上げる。
歩き出して早々調子が悪い・・・足が重くてフラフラするし、軽く吐き気もするような気がする。もしや・・・いや、まさか・・・まだたったの2,700mだし・・・などと自問自答を繰り返す。ガイドが、クレーター跡がどうのこうのと説明してくれるがそれどころではない。
マンダラ・ハットからちょっと登ると森林限界を越え、高い木がなくなって視界が開けるのだが、あいにくガスっていてキボ峰は見えない。一寸ガスが晴れたときに隣のマウエンジ峰(5,151m)が望めたのだが、それどころではない。
森林限界を越えると、そこは高山植物の世界である。高山植物といっても、日本のもののように地面に這いつくばるようにして可憐に咲いているわけではない。背が高くてなかなか立派な姿をしている。種類も豊富で色とりどりの花が咲いていて、高山植物が好きな人にはたまらない場所に違いない。
と、そうこうするうちにハットを出発してから1時間以上経過し、だんだん体調がよくなってきた。どうやら高山病云々の話ではなく、単にいつもと同じというだけの話であった。そう、いつも自分は出だし、特に山に入った初日は調子が悪いことが多いのだ、暫く忘れてたけど・・・。要するにスロースターターである。徐々に山と同化していくのが自分の流儀であった。
とにかく体調さえ良くなれば何も心配はない。ガイドのペース・メイクも上手かったようだ。自分らだけではとてもこんなにゆっくり歩けなかっただろう。ポレポレと7時間半かけて15:20にホロンボ・ハット着。例によって最後にちょっとだけ雨に降られたが、びしょ濡れになることもなく特に問題なし。
今日もキレイな4人用の小屋を4人で使う。小屋の造りは昨日と同じである。ここから大名山行の本領発揮!まずは定番の温かい飲み物とポップコーンがお出迎え。夕飯は、食欲の所為もあるが、昨日に増して旨かった。スープに始まり、メインは米、牛肉の煮込み、野菜のトマトソース煮といったところで、フルーツのデザートもつく。富士山頂と同じ高度でこんな食事をしていていいのでしょうか?いいんです!と突っ込みたくなるほど旨い。コックの腕は天下一品だ。
窓際のテーブルにいる、一人らしいアメリカ人のオバちゃんは、白い割烹着を着たコックを2人も連れてさらに豪華な食事をしていた。このオバちゃん、立ち振る舞いから言われなくてもアメリカ人とわかる絵に描いたようなアメリカ人なのだが、どうやら周りにいるヨーロピアンには上手く溶け込めないらしい。隣のドイツ人に「・・・で、ドイツのどこからなの?」と声を掛けると、ドイツ人は顔も見ずに(そんなのお前に関係ないだろ、と言わんばかりに)「○○だよ」とつっけんどんに答えられて会話は終了。日本ではTVや新聞がどうでもいいようなアメリカのニュースばかり垂れ流しているが、アメリカなんぞのあずかり知らないところで世の中は動いている、と感じる瞬間である。
効果の程は定かでないが、今日も寝る前にダイアモックスを一錠服用。

28mar2010 ホロンボ・ハットへの道 28mar2010 二日目の夕飯

2010/3/29 月
Mt. Kilimanjaro Day 3
今朝も朝焼けがとてもキレイだった。体調もいい。
洗面器のお湯で顔を洗い(こんなの必要ないのだけれど、せっかくなので)、7:30から朝食。メニューは昨日と同じだが、食欲があるので今朝は美味しくいただく。6日間の計画で山に入っているシンタロー君&リョーコさんの二人とは今日から別行動。二人は高所順化のためもう一日ホロンボ・ハットに留まる。
ガイドのエリアス、アシスタント・ガイドのジョセフと一緒に8:20に出発。三日目の今日もホロンボ・ハットから4,700mのキボ・ハットまで高度を一気に1,000m上げる。ダラダラした登りをポレポレ歩く。
しばらく歩くとラスト・ウォーター・ポイントに差し掛かり、白いベールに包まれていたキボ峰が姿を現す。おぉぉ・・・よく見かけるキリマンジャロの写真はおそらくこの辺りから撮影したものだろう。雪を被って真っ白である。さらに進むと背の高い植物は姿を消し、アルパイン・デザートと呼ばれる赤い土と岩の世界になる。キボ・ハットはキボ峰の登りに差し掛かる手前の山裾にあり、そこまで一本の道が延々と続いている。要するにキボ・ハットまでは単なるアプローチに過ぎないのだ。
アルパイン・デザートにもネズミやカラスがいる。ネズミはともかくカラスはスゲーなぁ・・・一体何を食べてその巨体を維持しているんだろうか?
13:45にキボ・ハット着。さすがにこれまでの小屋と違い大部屋になっている。案内された部屋には12人分のベッドがあったが、結局この日泊まったのは自分ら二人と後から到着した例のアメリカ人のオバちゃんだけだ。
オバちゃんの巨大な防水バッグを見てビックリ、一体どこに遠征する気なんだ?もちろん担いできたのはポーターなんだけれど、こういう人のポーターになると大変だろうなぁ。オバちゃん自身は水もカッパもガイドに預け、歩いているときは手ぶらである。巨大な防水バッグの中からごく普通の毛布が出てきたときにはさすがに目が点になった。
オバちゃんのガイドがまた実に明るくてヨイショが上手い。「あら~マイ・フレンド、調子はいかがかしらぁ~」「実はあなたたちの写真も撮ったのよん、ほら見て見て~」、とオカマのような口調で自分らにもフレンドリーに話しかけてくれるのだが、こういうガイドにヨイショされてオバちゃんは気分がよくなっちゃうんだろうなぁ・・・。それにしてもテンション高いな、このガイド。
温かい飲み物とポップコーンで体を温めた後は、夕飯までシュラフに包まってひたすら体を休める。17:30頃夕飯が運ばれてくる。本日の夕飯はスープに始まり、野菜たっぷりのミートソース・スパゲッティとフルーツのデザート。高度に応じてちゃんとメニューも考えてあるようだ、素晴らしい。とても美味しくて完食してしまった。体調も万全だ。
食後にコーヒーを飲んでいると、「アスピリンがあったら分けてもらえないだろうか」とオバちゃんのガイドが丁寧に訪ねてきた。どうやらオバちゃんが頭痛らしい。オバちゃん曰く、「アスピリンないかしら、忘れてきちゃったのよねぇ」・・・なんだ、その偉そうな態度は!あいにく自分らはアスピリンを持っていなかったが、おそらく持っていてもお前にはやらんだろう。
夕食後もシュラフに包まってソッコー寝る。今日もダイアモックスを一錠服用。23:00頃トイレに行くと、外は無風快晴で星がキレイだった。ほぼ満月でヘッドランプが不要なほど明るい。

(高所に来て、多少の息切れとちょっとおなかの調子が悪いくらいで、体調は悪くない。今日は4700mまで上がると思うと少し緊張する。ゆっくり歩いているにも関わらず、4100mを超えたあたりから呼吸が苦しくなりペースも遅くなる。キボハットへの最後の登りを何度か止まってようやく登りきる。ああ苦しい。目の前には明日昇る急坂が見える。今ここにいるだけでも苦しいのに、あんな坂が登れるのだろうか。でも食欲はあるので、スパゲティの夕食をおいしくいただいた。食後は横になったが、横になると息苦しい。トイレに行くにも息切れ。それでも2時間ほどはぐっすり眠れた。さあ、いよいよアタック! マユミ)

29mar2010 朝日に染まるキリマンジャロ ホロンボ・ハットにて 29mar2010 出発前 ホロンボ・ハットにて

29mar2010 ラスト・ウォーター付近から望むキリマンジャロ 29mar2010 キボ・ハットの近くから望むキリマンジャロ

2010/3/30 火
Mt. Kilimanjaro Day 4
23:30に起き出して出発の準備。いよいよキリマンジャロの山頂を目指す。昨日までは単なるアプローチで、今日が登山の本番である。体調も申し分ない。
コーヒーとビスケットを流し込んで0:30に出発。外は明るくてヘッドランプは不要だ。砂地のような斜面をトレースに沿ってジグザグに登る、ポレポレと。5,000mを越えるとさすがに息苦しく思えたが、それよりも何よりもとにかく寒い。ポレポレとしか歩けないため体が全く温まらないためだ。5,200mからはカッパの下にダウンジャケットを着込み、グローブもエージェントで借りたスキー用の厚手のものに替えた。
日本の山では、例え厳冬期でも行動中にダウンジャケットを着込むなど有り得なかった。行動中の運動量で常に体が温まり汗ばむくらいだからだ。高山というのは全く異質な世界であるらしい。
参考までに自分のウェア関係を列記しておくと、上はダウンジャケットの下に薄手のシャツ3枚、下はタイツと普段はいてる化繊のズボンだけ、カッパは寒かったらはこうと思っていて結局はかなかった。ズボンの上からスパッツを装着。頭はニット帽だけだったが、鼻や口の周りがかなり冷たかったので目出帽があるに越したことはない。
上部は多少岩っぽくなる。4:30にギルマンズ・ポイントに登頂。最高地点ではないが、ここも広い山頂の一部である。まだ真っ暗・・・写真を撮って少し休んでから最高地点のウフル・ピークに向かう。
山頂は完全に雪山の世界だ。トレースはしっかりしているが本当はアイゼンとピッケルが必要なシチュエーションであろう、スニーカーで歩いてる人もいるけど・・・。歩く斜面はなだらかだけど、雪面は硬くクラストしており、巨大な火口側の斜面はけっこう急なので風にでも吹かれたらひとたまりもない。火口はそれほど深くはないが、100mくらいは滑落しそうである。
高度障害のためゲーゲー吐いてる人はけっこういたが、自分らの登ったタイミングではここまで来てウフル・ピークに行かずに引き返す人は一人もいなかった。幸い自分らはちょっと息苦しいくらいで、特に顕著な高度障害は現れなかった。
ウフル・ピークに向かってしばらく歩くと吹雪になった。視界はあって空も見えているのだが、どうやら薄い雪雲の中に入ったらしい。吹雪の中を歩くなんて実に久し振りだ。目出帽もゴーグルもないので手で顔を覆いながら歩く。
6:00にウフル・ピークに登頂!アフリカにこれ以上高い所はない。ここにはタンザニア初代大統領の言葉が刻まれた銅板レリーフがあるはずだが・・・はて、そんなものは見当たらない。雪にでも埋まってしまったんかいな?エリアスに聞いても知らない風だった。真っ暗だし、吹雪だし、周りの様子もよくわからない。とにかく寒いので写真だけ撮って、登頂の感激に浸る間もなくソッコー下る。
ギルマンズ・ポイントに向かってしばらく戻ると雪雲から脱し、晴れ間が広がる。途中の尾根上で日の出を迎えた。素晴らしい・・・ちょっと雲が多いが、何はともあれ念願の日の出が見られて満足だ。
明るくなると周囲の氷河もよく見える。氷河は想像を遥かに超える巨大なものだった。キリマンジャロの氷河は年々小さくなっているらしいが、これを見る限りまだしばらくなくなることはなさそうだ。
ギルマンズ・ポイントの手前で例のアメリカ人のオバちゃんとすれ違う。ガイド二人に抱えられて今にも死にそうだが大丈夫だろうか?
そのままギルマンズ・ポイントをパスして下山に入る。下る斜面はちょうど日が当たって暖かいのは有難いが、下りがまた長いこと・・・。登るときには暗くてよくわからなかったが、単なる砂地に見えたところにはけっこう雪が混ざっていた。
8:30にようやくキボ・ハットまで下りた。空はまだ快晴である。何はともあれ無事に登れてよかった。結果から言うと、6,000mの高度では自分の体はどうにもならなかった。自分の高度限界はもっとずっと上のようだ。いつかもっと高い山で見極めてみたいものである。自分の高度限界がどこにあるのか、自分の体はどこまで順応できるのか、ぜひとも知りたい。
キボ・ハットでスープとパンとフルーツを食べて暫く横になる。10:00過ぎに再び下山開始。今日はその下のホロンボ・ハットまで下って一泊する。この時間になると、既にキリマンジャロは雲に包まれて見えない。
途中、ちょうど雨の降り始めたところでホロンボ・ハットから登ってきたシンタロー君&リョーコさんとすれ違って言葉を交わす。明日、無事に登れるといいね!
所々で激しい雨に遭い、12:40にホロンボ・ハットに着く頃にはパンツまでびしょ濡れだった。小屋の中に濡れたものを干し、即シュラフに包まる。今日は4人用の小屋を2人で使えるので広々だ。そのままシュラフに包まっていると、外は雨のためエリアスとジョセフがコーヒーとビスケットを小屋まで持ってきてくれた。ありがたい。
17:00頃、夕食をとるためダイニングに行く時には雨が上がっていた。ダイニングのテーブルに座って外を眺めていると、ガイドに抱えられてアメリカ人のオバちゃんが下山してきた。しばらくするとダイニングに姿を現したが、せっかく急いで給仕してくれたコックに対し「私は疲れて眠いのよ、こんなのいらないからもっと食べやすいスープみたいなのないの?それよりワインはどうしたのよ?」と悪態をついていた。なんて嫌なやつ!しばらくするとヨイショの上手いガイドがワインを持って現れ、周囲の冷えた視線を尻目に大はしゃぎで乾杯していた・・・はしゃいでいるのも、こんな高度でワインなんぞ飲んでいるのも、当然アメリカ人のオバちゃん一人だけである。
さて自分らの夕飯はというと、スープに始まりライスと野菜のトマト煮、フルーツのデザートといったところで、前半と比べると大分ひもじくはなったもののとても美味しくて今日も完食してしまった。
生臭い話であるが、夕食後にエリアスからチップの話を持ちかけられた。相場が上がっているのか、エリアスの言い値は当初考えていたものより幾分高いが、まぁ皆よく働いてくれたし、それだけの価値はあるかなとも思える。明日の朝、出発前に全員集めてもらって直接本人たちに渡すことにして眠りについた。

(トイレのために外へ出たら、星と月がきれい。月明かりの下キリマンジャロがよく見える。少し眠ったら呼吸がずいぶん楽になったような気がする。そして登り始める。エリアスの後をゆっくりゆっくり登っていく。ガレたジグザグ道でそれほど急ではない。ペースがちょうど良くて、次第に呼吸が整ってくる。これなら行けそうだと思える。しかし徐々に急登になってきて、息が苦しくなってくる。早く着かないかな、と何度も何度も考えて先を見上げる。月が明るくて、その周りにはキレイな光の輪ができている。まるで月に向かって歩いているようだ。ペースが遅れてきた私の荷物をエリアスが持ってくれた。何度目かの休憩のとき、エリアスから「ギルマンズポイントまであと30分だ」と言われた。え?あと30分?もうそんなに近いのか。岩がゴツゴツとした最後の急坂は後ろからアシスタントガイドのジョセフが背中を押してくれた。なんかちょっと情けない。そして無事、ギルマンズポイント到着!ああ良かった。ホッとした。温かいお茶をもらって少し休憩。そしてウフルピークへと向かう。ここからは緩い登りで楽だろうと思っていたら、これが結構遠くていつまでも辿り着かない。ヘトヘトになってしまった。しかも山頂では吹雪。濃い雪雲がかかっているわけではないので、吹雪の中なのに月がおぼろに見えている。不思議な光景だ。しかし寒い。寒すぎる。せっかくの山頂だけど、浸る間もなくすぐに下山。すこし下りると晴れている。月明かりで見る氷河は青白く光っていて幻想的だった。そして、雲の中から現れる太陽はとても美しかった。なにはともあれ、無事登頂できて良かった。キリマンジャロは登山費用が有り得ないくらい高いため、登れなかったらどうしようという別のプレッシャーがかかる。こういう変なプレッシャーのかかる山は嫌だなぁ。 マユミ)

30mar2010 ギルマンズ・ポイント0430 30mar2010 ウフル・ピークは吹雪0600

30mar2010 月と氷河 30mar2010 日の出1

30mar2010 日の出2 30mar2010 ギルマンズ・ポイントへ下る

2010/3/31 水
Mt. Kilimanjaro Day 5
夜明け前から快晴!今朝登頂した人も山頂からの大パノラマを存分に満喫できたに違いない。
さすがに最後の食事はちょっと寂しかったが、それでも十分美味しかった。ありがとう!コックの名前は聞いたのだが忘れてしまった・・・。
食事の後パッキングしてパーティーのメンバーが全員集合!各人に直接チップを渡して最後に記念撮影。参考までにチップの内訳は、各一日当たり、ポーター:$6、コック(兼ポーター):$7、アシスタント・ガイド:$8、ガイド:$15。エリアスの話ではこれが最低ラインということであったが、不服そうな顔をしている人は一人もいなかったのでちょっと多目の額なのかもしれない。仕事の内容から考えて、ガイドはちょっと貰いすぎだろうと思う。ほぼ同じ仕事をしているアシスタント・ガイドが不憫に思えてくる。まぁガイドは資格を持っているわけだから、持つ者と持たざる者の差といったところなのだろうか。コックは腕も確かだし、額以上の働きをしていたように思う。何はともあれチップの額で揉めることなく晴々と終えることができたのでよかった、よかった。
快晴の空の下くっきりと浮かぶキリマンジャロを背にし、雲海に向かって下りていく。8:20にエリアス、ジョセフと一緒に下山開始。ただひたすら下る、下る、下る。今日も例外なく9:00を過ぎると雲が湧いて、キリマンジャロはベールに包まれた。すれ違う人と挨拶を交わしながら下る、下る、下る。途中、マンダラ・ハットで小休止してまた下る、下る、下る。
幸い雨にも降られず、13:00にマラング・ゲートに着いた。久々の長い下りでもうくたくた。ゲートでエリアスが手続きするのを待っていると、レスキューのランクルが下ってきた。そこにはあろうことか例のアメリカ人のオバちゃんが乗っているではないか・・・金に物を言わせてかどうか知らんが、こやつは途中からランクルで悠々下ってきやがった。
キリマンジャロに登頂すると、ゲートの事務所で登頂証明書を発行してくれる。オバちゃんは誰に貰ったのか首にレイを掛けて大はしゃぎだ。どこで着替えたのかキレイな服を着、日も出てないのにサングラスをかけ、首にレイを掛けて迎えのランクル(使い古されたハイエースではなくピカピカのランクルだ!一体あんたのツアーって幾らなの?)に箱乗りして人目もはばからず大はしゃぎで記念撮影・・・完全に浮いている・・・「だから私は嫌われる」を地で行くが如く。まるで今のアメリカを象徴しているかのようだ。山頂では死にそうでガイド二人に抱えられてたくせに・・・途中からレスキューの車で下りてきたくせに・・・なんでそこまでノーテンキにはしゃげるのか、まったくもって理解に苦しむ。
雨がぱらつき出したところで迎えのハイエースが着いたので、エリアスらと共に乗り込んでモシに向かう。モシに近づくにつれて暑くなってきた。途中、町中の食堂で昼食をとり、この食堂に帽子を忘れてしまったのだが、エージェントに着いてからコックの彼が走って取りに行ってくれた。最後の最後までホントにありがとう!もちろんチップを渡した。
エージェントに預けた荷物を受け取り、そのままハイエースでウモジャ・ホステルまで送ってもらった。予約してあるはずなので悠々とレセプションに行くと、満室で部屋はないと言う。へ?今何とおっしゃいました?前回チェックアウト時に予約したはずだと話してたら、その時対応してくれた女性が現れて一件落着!どうやら部屋は本当にいっぱいだったらしく、前回と同じ20,000shでスイートに泊めてもらえることになった。でもこのスイート、部屋の電灯のバルブが切れて結局リビングの方は使えなかったのだけれど・・・もちろんバルブの交換は頼んだのだけれど、ここはアフリカ、交換すると言ってそのまま音沙汰なし。もうすっかり慣れたのでそのままにしておいた。

31mar2010 朝、メンバー全員で記念撮影 31mar2010 ホロンボ・ハットから下山開始


Trackback [0] | Comment [0] | Category [■ 018_Tanzania / タンザニア] | 2010.04.06(Tue) PageTop
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Author:nakappie
1970年生まれ。妻と二人信州伊那谷在住。
2009年10月~2013年5月の旅を記録するために”なかっぴー通信”をスタートさせました。
現在は伊那谷にて節約生活をしながら充電中。
2014年4月、ブログのタイトルを”なかっぴー通信NEO”に改めました。
信州伊那谷より~旅のこと、山のこと、自転車のこと、そして田舎暮らしのことなどなど・・・気ままに綴ってゆきます。
”おもしろきこともなき世をおもしろく”そんなふうに生きていけたらいいですね。

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