ダマスカス

2010/6/9 水
バスでダマスカスへ移動する。
ヨルダン-シリア間を陸路越境する場合、使える国境はジャーベル国境とラムサ~ダラー国境の2ヶ所。このうちジャーベル国境はアンマンとダマスカスを結ぶハイウェイが通る国境である。ジェット・バスなどの国際バスを使うと自動的にジャーベル国境を通ることになるのだが、ビザを持ってない場合ジャーベル国境は厳しいかも・・・手続きに時間がかかるのでバスにおいていかれる恐れがある。
自分らはジェット・バスを使ったのだけれど、セルビスやバスを乗り継いでラムサ~ダラー国境から越境した方が精神衛生上よろしいような気がする。
アンマン、カイロのシリア大使館では居住者以外ビザを取得できないので、南から北上してシリアに陸路越境したい場合、現時点ではビザを取得できる大使館が存在しない。レバノン-シリア国境ではビザの取得が可能なのだけれど、ヨルダンとレバノンは接してないのでアンマンからベイルートまで飛ばねばならない。
これまで色々な人から聞いたところ、国境で問題なくビザを取れているようなので楽観視していたのだが・・・。ちなみに北朝鮮の絡みで韓国はシリアと国交がないのだが、韓国人もあっさり国境でビザが取れているようである。
朝6:00に日本人の女の子二人組とタクシーをシェアしてジェット・バスのオフィスへ。運賃はルアイに聞いていた通り1JD・・・だったのだけれど、女の子二人組の荷物が巨大で結局2JDとなってしまった・・・まぁ仕方ない。
オフィスでチケットを購入してバスを待っていると、予定通り6:30過ぎにバスが来た。外国人旅行者も15、6人いたのだが、ビザを持ってないのは自分ら以外にカナダ人4人だけ。とりあえず自分ら以外にもビザを持ってない人がいたので心強い。
乗務員にビザを持っているかどうか確認され「持ってない」と答えると、「バスは5分しか止まってないからそのつもりで」と脅しをかけられる。5分というのは大袈裟だけれど、果たして無事に越境できるのかどうかちょっと不安になる。
荷物を積み込むときに荷物代を請求されたが、ヨルダン人やシリア人は誰も払ってないので突っぱねた。
相変らず道は快適で、僅か1時間で国境に到着。ヨルダン側は出国スタンプをもらうだけなのでもちろん問題なし。ヨルダン-シリア国境には2~3kmの緩衝地帯があり、徒歩での通過は不可。そのままバスに乗ってシリア側の国境へ。
イミグレには外国人専用の窓口があり、自分らの乗ってきたバスの乗客以外に人はおらずとても空いている。ビザのある人はスムーズに入国スタンプをもらえていたが、ビザのない自分らは「何故ビザを持ってない?」等のやり取りの末、脇で待つように言われる。窓口の係官がとても短気な人で、聞き直しただけで怒鳴り始める・・・うぅぅむ、なんとなくダメそうな予感。
もう一人、JICAの職員でヨルダンに住んでいるという日本人のおばちゃんもビザがないようだ。マルチのビザを取得していたのだが3ヶ月の期限が切れてしまったらしい。
ビザを持ってる人は全員手続きを終えてバスに戻り、自分らだけ取り残される形に・・・。バスの乗務員がイライラしながら何度もやって来て窓口に状況を確認している。「もっと係官をプッシュしてくれ~」と心の中で叫ぶ。
1時間近く経っただろうか、遂に裁定が下された。カナダ人4人が乗務員に呼ばれ、「当分時間がかかるから次のバスで行け」と言い渡され荷物を降ろすよう指示される。5時間後くらいに次のバスが来るらしい。
そして自分らが窓口に呼ばれる。ダメ元で窓口に行ってみると、意外にもビザをくれるらしい・・・日本人でよかった~!
JICAのおばちゃんは緑色のパスポートが悪いのか、詳細はよくわからないが入国が許可されなかった模様・・・日本からの友達3人と一緒だったのに気の毒なことだ。
自分ら二人はどうやら入国できそうなのだが、一つ誤算が・・・ビザ代が$24らしい。通常のシングル・ビザを発給してくれる模様である。$8のトランジット・ビザを取ってすぐレバノンに抜け、最初にレバノンを回ろうと思っていたのに・・・。
ここで下手に注文などつけて入国できなくなったりしたら元も子もないので、素直に従う。でも、内心はちょっとショック・・・。
パスポートを受け取ってバスに急ぐ。自分ら二人のためだけにバスを1時間も待たせてしまっているので非常にばつが悪い。運ちゃんもカンカンである。運ちゃんと乗客の皆さんにひたすら謝りながらバスに乗り込む。
何はともあれ晴れてシリアに入国。シリアに入ると景色が一変、緑が豊かである。スーダン以降ずっと砂漠ばかり見ていたので新鮮だ。畑仕事をしている人を見るのなんてエチオピア以来だ。
終点に着きバスから降りて近くの人に今いる場所を尋ねるが、英語がまったく通じねぇ~。どうやらダウン・タウンからはけっこう離れていて歩いては行けないらしい。タクシーの言い値200SPや100SP(シリア・ポンド、1SPは2円くらい)はちょっと高い気がして他の交通手段を当たる。セルビスはダウン・タウンに入れないのか、ないらしい。
売店のおっちゃんにバスがないか身振り手振りで聞いてみると、親切に路線バスを止めてくれた。いきなり路線バスに乗れて勝手がわかったのはラッキーだった。運賃は一人10SP。
バスに乗って景色以上に人の様子が一変したことに気付く。シリアの人は皆寡黙で物静かなのだ。バスの中が騒々しくない。人が親切なのは他のアラブ国と同様である。
マルジェ広場でバスを降り、地図とコンパスを頼りに、人に道を聞きつつ安宿の集まるエリアに辿り着く。情報ノートにあった韓国人宿はなくなってしまったらしい。近くのAL SAADA HOTELにチェックイン。
ダマスカスは聞いていた通り宿代が高く、トイレ、シャワー共同のWの部屋が一泊1,100SP、二人だとドミに泊まるのと殆ど変わらないのでWの部屋にチェックイン。
何だかんだで疲れてしまい、しばらく休んでから旧市街に出掛ける。ダマスカスの旧市街は世界遺産に登録されている。
アラブ世界でも有数の大きさを誇る旧市街のスークは見事だ。まるで迷路のようなスークはたくさんの人でごった返している。ごった返しているのだが、雰囲気はアジアやアフリカ、他のアラブ圏のそれとは異なる。どことなく物静かで落ち着きがある。通常これだけ人が集まると相当騒々しいはずなのだが、それほどのことはなく淡々としていて独特な雰囲気がある。
ムスリム第4の聖地であるウマイヤド・モスクは荘厳で美しい。ムスリム以外の人でもモスクの中に入ることができるが、女性は受付でコートのようなものを借りて髪の毛と肌を隠す必要がある。
16:30になるとスピーカーからコーランが響き渡り、モスク内で壁に向かって多くの人が一心に祈る姿は感動的だ。エジプトやヨルダンなどと比べ黒いコートのような服で肌を隠した女性が目立ち、より敬虔な印象を受ける。モスク内のちょうど半分くらいのところに鎖が渡されていて、ムスリムの女性はそこから先には入ることができない。
ウマイヤド・モスクから東に下っていくと、キリスト教徒地区がある。その南側はかつてユダヤ人地区だったらしいが、第2次大戦後にほとんどの住民がイスラエルやアメリカに移住してしまった。
メインの通りからちょっと横に入ると、狭くて静かな路地が続いている。通りに面した家々の入口は狭いのだが、中に入ると中庭が広がっていてかなり広いのが面白い。
ダマスカスは独特な雰囲気を持つ町だ。旧市街はもちろん、新市街にもその雰囲気は活きている。欧米や日本の製品が多く見受けられるのはもちろんなのだが、それを鵜呑みにせず独自の世界と上手く融合させているのがスバラシイ。

9jun2010 スークの中のジュース売り 9jun2010 ウマイヤド・モスク

9jun2010 モスクの壁に向かって祈る人たち 9jun2010 旧市街の路地

9jun2010 モスクの近くのスーク

2010/6/10 木
AL SAADA HOTELには日本人がもう一人、女の子一人で長旅を続けているユカちゃんがいた。彼女は流暢に英語を話すのだが、留学したり海外に住んでいた経験があるわけではないらしい。旅先で身につけたものだというから驚きだ。旅先でここまで身につくものかねぇ・・・脱帽です。
アンマンに南下するユカちゃんと別れクネイトラに行く。クネイトラはゴラン高原の東麓にあるかつての町だ。かつての町というのは、第四次中東戦争後、1974年にイスラエルが撤退する際に爆撃され今は廃墟となっているからだ。イスラエルの残虐行為の記録として、爆撃跡がそのまま修復されずに公開されている。
ゴラン高原は元々シリアの領土であるが、第三次中東戦争に勝利したイスラエルが占領して以来双方が自国の領土として主張している。双方にとって戦略上の要衝である。
クネイトラに行くには、まずダマスカスにある内務省の出先機関で入域許可を取らねばならない。出先機関までは宿から歩いて30分足らず。各国の大使館などが建ち並び、路上に高級車がズラリと並ぶカシオン山の麓にある。
守衛所のようなところで要件を告げ、建物の中から現れた内務省の職員にパスポートを渡して30分ほど待つと許可証を発行してもらえる。
まずは近くのロータリーからセルビスに乗ってバラムケまで。近くにいた兵士にバラムケに行きたい旨告げるとセルビスを止めてくれた。で、バラムケのバス停までセルビスの運ちゃんがタダで乗せてくれた。ムスリムの懐の深さに感動。
セルビスを降りて近くのおっちゃんに聞くと、どうやら路線バスに乗ってソマリーというところまで行き、そこからセルビスに乗り換えてクネイトラに行けるらしい。またしてもおっちゃんが路線バスを呼び止めてくれた。
路線バスの料金はどこまで乗っても一律10SPのようである。ソマリーに着くと各方面行きのセルビスがうじゃうじゃいる。クネイトラ行きのセルビスを教えてもらって乗り込む。
クネイトラまでは意外に遠く、セルビスで1時間ほど。運賃は一人35SP。着いたのはバスターミナルのようなところ。なかなか目的のクネイトラには着かない。
「クネイトラに行きたい」と聞いて回ると、どうやらまずはポリスでパスポート・チェックを受けねばならないらしい。ポリスに行ってパスポートと、先ほど取得した入域許可証を見せる。
ここからまたセルビスに乗る。途中、検問のようなところで係官にパスポートと入域許可証を提示すると、そのまま近くの建物に持って行って何やらチェック。
パスポートと許可証を返してもらってからまたしばらく走ると、ようやくクネイトラのゲートに着く。最後のセルビスは一人10SP。
現在クネイトラは国連監視下の非武装地帯となっている。至るところに「UN」の標記が目につき、「UN」と書かれた白い車もたくさん走っている。
西にゴラン高原を望むクネイトラは緑豊かでキレイなところだ。人がほとんど住んでおらず付近は静寂に包まれている。標高は1,000mくらい。風が強く半袖では肌寒いくらいだ。見渡す景色はどことなくパタゴニアに通ずるものがあり、どことなく「この世の果て」を感じさせる。
ゲートでセルビスを降りると、内務省の係員が迎えてくれる。勝手に見て回れるわけではなく、係員同伴で廃墟の町を見学するわけだ。
パスポートと入域許可証を係員に預け、ゲートを越えて廃墟の町に入る。石とコンクリートでできた建物は全て見事なまでに破壊されている。潰れた建物の向こうには草木の緑が眩しく、そのコントラストが、静寂とも相まって一層「この世の果て」のような雰囲気を醸し出している。
ムスリムのモスクもキリスト教会も破壊されている。
最も衝撃的なのは病院跡だ。もう滅多打ち状態で、壁一面に弾痕がある。建物の中の壁も一面弾痕だらけだから、地上からマシンガンで蜂の巣にされたものだ。ここでは100人が犠牲になったと係員が教えてくれた。
廃墟の町中でこれだけ無闇やたらと弾痕が残っているのは病院跡だけだ。それが病院だったというところに狂気を感じる。
1時間ほどかけて町の中を見て回った。さっきも書いたけど、青空の下廃墟の向こうに見える緑がとてもキレイで、そのコントラストが悲惨さというか虚無感のようなものを増長している。
ゲートの守衛所で監視兵と一緒に帰りのセルビスを待つ。シリアに限らず、マシンガンやライフルを持った兵士や警官は多くの国の町中で普通に見かけるので別に珍しくはないのだが、場所が場所だけにただならぬ緊張感を感じる。
車がゲートに近づくと、AK47と思しきマシンガンを手に取り緊張した面持ちで車をチェックしに行く。でも、車が来ないときは守衛所の中でTVを見たりお茶を飲んだりタバコを吸ったり・・・AK47も壁に掛けたままだ。時々そのまま外に出たりするので、壁に掛けられたAK47に手を掛けようと思えば掛けられる・・・なんだか訳がわからんけど恐ろしい。もし自分らが過激派だったらどうするんだよ~!
30分もすると帰りのセルビスが来た。帰りはクネイトラからソマリーまで一本のセルビスで行くことができた。料金は行きの二本分と一緒、一人45SP。
ソマリーからは路線バスに乗ってマルジェ広場まで帰ってきた。路線バスは降りるところを見極めるのが難しく、思わずバス停一本分乗り過ごしちゃったけど。
ダマスカスは宿代は高いけど、売ってる飲み物や食べ物の類は安い。シュクリー・アル・クワトリ通り沿いにあるアイスクリーム屋のレモンアイスが絶品!アイスクリームでもなくシャーベットでもなくその中間くらいの未体験の食感で、甘くなくて暑いときに食べると最高!カップに並々と入っていてお値段たったの10SP、20円くらいである。
でも外食となると安く食べられるところがなくて不便している。いい加減ファラフェルのサンドイッチも食べ飽きたし、今日は近くの商店で見つけたラーメンを部屋で作って夕食を済ませた。
宿で手伝いをしている小さな男の子がとても可愛い。

10jun2010 ダマスカス市街とカシオン山 10jun2010 クネイトラ1

10jun2010 破壊された病院内 10jun2010 病院内の壁に残る弾痕

10jun2010 クネイトラ2 10jun2010 クネイトラ3

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Trackback [0] | Comment [0] | Category [■ 026_Syria 1 / シリア 1] | 2010.06.12(Sat) PageTop
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パルミラ

2010/6/11 金
休日のため店が軒並み閉まっていて、ダマスカスの町全体がひっそりしている。
今日はバスでパルミラへ移動する。ダマスカスを離れる前に市街にある軍事博物館を見ておこうと思い朝食後に出掛けたのだが、何故か見当たらない。英語の話せる人をようやく見つけて聞いてみたら、軍事博物館は閉鎖されていた・・・見つからんわけだ。
シリア各方面行きの長距離バスが出るハラスタ・バスターミナルまでは市街から3、4km。歩くのはしんどいのでバスかセルビスを使いたいところ。
とあるバス停に佇んでいたら一台のセルビスが止まってくれ、ハラスタに行くバスは向こうから出ると教えてくれた上そのバス停までまたもやタダで乗せてくれた。シリア人の懐の深さに感謝するばかりである。
シリアはエジプトやヨルダンとはまったく雰囲気が異なり、とにかく人が寡黙である。寡黙で無骨、パッと見怖そうでどことなく取っ付き難そうなのだが、実は底抜けに親切、まさに自分の持っているムスリムのイメージにピッタリ!もしアラビア語が話せたらどんなに楽しいことか。
バス停から路線バスに乗る。バスは快調に走るものの、走れども走れどもハラスタのターミナルに着かない。おかしいなぁと思っていると、30分ほどして他の客もほとんどいなくなったところでバスがストップ。どうやらハラスタはとっくの昔に通り過ぎてしまったらしい・・・逆方向のバスの隣につけ乗り換えるよう促される。ヤレヤレとんだ無駄足を踏んでしまった。
バスを乗り換えると、来た道を戻る、戻る・・・おそらくハラスタは最初に乗ったバス停から10分くらいのところだ。
バスターミナルにはたくさんのバス会社の窓口があって訳がわからん状態。とりあえず「パルミラ」と呼びかけられた窓口に行ってみる。200SPはちょっと高いような気もしたが、他を当たるのも面倒なのでそのままチケットを購入。
13:00前に出発し、僅か2時間半でパルミラに到着。相変らず中東の移動は快適でスピーディー。
価格交渉してタクシーに乗り込み、とりあえず運ちゃんオススメの宿に連れて行ってもらう。着いた宿はAl Faris Hotel。小奇麗な宿で、パッと見高そう。トイレ、シャワー、エアコン付きのWの部屋が交渉の結果一泊550SP。しかもWiFiが無料で使える。うぅぅむ、物価が上がっていることを考えるとこんなもんか?ダマスカスの宿代があまりに高かったので金銭感覚も狂っている。
他を当たるのも面倒だし、ここ以上の宿があるとも思えないので宿泊を決める。宿からはシタデル(アラブ城)とパルミラ遺跡がキレイに見える。
夕方、部屋にいると何やらカレーのようないい匂いが漂ってきた。朝からまともに食べてないので食欲をそそられる。下のキッチンに行ってみるとインド人がカレーを煮込んでいた。滅茶苦茶旨そう!などと話してたら「一緒にどう?」って話になった。えぇぇ~ホントにいいのぉぉ~!カレーは3種類もありご飯まで炊いてある。お言葉に甘えることにした。
ガスの配管工事の仕事でパルミラに来ているらしい。ホテルには何人かのインド人が滞在していた。久々に話してみてインド人の良さを再認識する。やっぱインドはいいなぁ。
ムスリム圏では言葉を交わすとよくお茶に呼ばれたりする。今日も夕食前に買い物に出たとき、やはり呼ばれてお茶をご馳走になった。ムスリムの世界には旅人をもてなす風習があり、旅人にとって実に居心地がいい世界である。
宿に戻ってお裾分けしてもらったカレーの旨いこと。こんな旨いものを食べるのはいつ以来だろう。実のところ南部アフリカは言うに及ばず、東アフリカもエジプトも、そしてここ中東も食に関してはグッと来るものがない。レパートリーに乏しく、味も単調なのですぐに飽きてしまう。そこへいくと、こと食に関してはアジアはすごいなぁ・・・まぁ自分がアジアの人間ってこともあるんだけれど。
とにかく久々のカレーは涙が出るほど旨かった。インドのカレーそのものなんだけど、きっと材料やスパイスは現地調達なんだろうなぁ・・・すごいもんだ。
南アフリカではいよいよW杯が開幕!

11jun2010 インド人にご馳走になったカレー

2010/6/12 土
宿から歩いてパルミラ遺跡に行く。パルミラも世界遺産である。
自然の造形が素晴らしかったペトラに対し、パルミラは完全に人工的な造形美。砂漠のオアシスに形成された隊商都市の跡である。
遺跡の規模もペトラと比べるとずっと小さく、北西端にある城砦に登ると全体がすっかり見渡せてしまうくらいの規模で、2時間もあれば隈なく回れてしまう。
大型バスで訪れる団体客もチラホラいるが、観光客の数はおそらくペトラの1/100くらい。時季によるのかもしれないが、遺跡全体がとてもひっそりしている。団体客はベル神殿から四面門あたりまでの最も見栄えのするところだけをサッとさらって移動してしまうので、そこから先はホントに誰もいないような感じだ。
団体客の多くはダマスカスから直接観光に来ている模様。なんたってダマスカスからたったの2時間半だから。したがって、遺跡以前にパルミラの町自体がとてもひっそりしている。おそらくどこのホテルもガラガラに違いない。
パルミラは基本的に無料で見ることができる。有料なのはベル神殿と円形劇場だけ。
ベル神殿のチケット売り場には26歳以下は学割が使えると明記されている。それならってことで学生証を提示したのだが、眼光鋭い受付のおっちゃんにまじまじと見られ、「パスポートは?なきゃダメだ」と言われあえなく敗退・・・やはり25歳には見えなかったらしい。おそらく2、3年前から増えた白髪の所為だ。髪染めるかなぁ・・・。
学割で幾らになるのか知らないが、まぁ元の入場料も150SPだからたいした額じゃないんだけれども・・・どうしても見たいと言うほどの代物でもないのでパスすることにした。
パルミラは、道の両側にズラリと並ぶ列柱は確かに見事だが、総じて「なんだかなぁ・・・」という感じ。人それぞれ感じ方は違うと思うけど、個人的にはグッと来るものがなかった。
一つには修復跡が露骨過ぎるのだ。よく見所に上げられている四面門など、4本ずつ計16本ある柱の全てが修復されたもので真新しい・・・「なんだかなぁ・・・」。
円形劇場も外壁は露骨なまでに修復されていて真新しい。ここは有料なのだが(たったの75SPだけれど)、わざわざお金を払って見る人がどれだけいることやら・・・。
遺跡の周りは無機質な砂漠で、あまりに人工的な都市の跡が浮いて見える。
ほとんど訪れる人はいないと思うのだが、北西端にあるディオクレティアヌス城砦は上から遺跡全体を見渡すことができ、なかなかオススメである。
夕方歩いてシタデルのある山に登ってみたが、雲が多いこともあり眺めはイマイチだった。

12jun2010 パルミラのラクダ 12jun2010 パルミラの列柱

12jun2010 シタデル

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デリゾール

2010/6/13 日
昨晩もインド人に夕飯をお裾分けしてもらった。レイの作るカレーとダールは最高だ。ありがとう!
今日はバスでデリゾールへ移動する。ユーフラテス川を見てみたいという単にそれだけの理由で・・・。
Al Faris Hotelは居心地のいい宿だった。9:30頃チェックアウトし、道を歩きながら適当に白タクを拾ってバス乗り場へ。
パルミラにバス・ターミナルはなく、町外れに点在する各バス会社の事務所からバスが発着する。食堂を兼ねた発着所が何箇所か存在するわけだけど、これには当たり外れがあるような気がする。
白タクの運ちゃんは親切で、食堂の中まで一緒に来てくれてバスの有無を確認してくれた。11:00のバスがあるらしい。1時間待ちくらいなのでそのままチケットを購入・・・が、12:00を回ってもバスは一向に来ない。
12:30近くになって一斉にバスが到着し出した。おそらく最初からバスの時間は12:00だったに違いない・・・だったら最初からそう言ってくれればいいのに。何時に来るのかわからないのを待つのは一番しんどい。
が、来るバス、来るバスにチケットを見せて確認するのだが、自分らの乗るバスではないらしい。さすがにイライラしてきてチケットを売ってくれたヤツに聞きに行くと、こいつがいい加減なヤツで、12:00とか13:00とか言い出して埒が明かない。
たまたま泊まった宿の人がバス乗り場に来たので、もう2時間半も待っている旨伝えてもらい、別のバスのチケットに変更してもらって一件落着。12:30にようやく出発と相成った。
走り出してしまえば快適で、僅か2時間でデリゾールに到着。乗っていたバスがどこ行きだったのか知らないが、デリゾールで途中下車したのは自分ら二人だけだった。
デリゾールでは何故かバス・ターミナルのイミグレ・オフィスのようなところに通されてパスポートチェックがあった。
町の中心まで3kmくらいあるらしいのでタクシーを使う。デリゾールは久々に暑い!と言ってもスーダンのような暑さではなく十分許容範囲ではあるけれど。
乗ったタクシーの運ちゃんが実に明るい人で、こっちがアラビア語を話せないのに延々とアラビア語で語りかけてくる。信号なんかで車が止まると、隣のタクシーの運ちゃんや交差点にいる警官に向かって「こいつら日本からなんだよ!」みたいなことを大声で訴えている。
ガイドブックにあるAl Jamia Al Arabia Hotelまで乗せてもらったのだが、これが久々にボロ宿だった。最初、別の宿に連れて来られたのかと疑ってしまった。
部屋を見せてもらうと久々に監獄、とまでは言わんけどまぁかなりそれに近い感じの部屋なのだが、宿代を聞いてビックリ!「えぇぇ~こんな監獄みたいな宿が600SPもするのぉぉ?」と思わず叫び出したくなる。確かに3年前のガイドブックでも400SPだから600SPであっても何の不思議もないのだが、観光地でもなんでもないデリゾールの宿がこんなにするとは・・・。
ヨルダンもシリアもレバノンも、ここ数年物価上昇が著しい。そしてシリアは他のものと比べ宿代だけが何故か異様に高い。交通費や食べ物、飲み物の類は安いから、宿代が高いと言うべきなのか、他のものが安いと言うべきなのかは微妙なところだ。
宿のじいちゃんはとても感じのいい人だし、500SPにディスカウントしてくれると言うし、一泊だけだし、ここより安い宿があるとも思えないのでそのままチェックイン。
明日はバスでアレッポに移動しようと思っていたのだが、じいちゃんの話では列車の方が安くて快適とのことだ。一等に乗ってもバスより安い!
ヨルダンと違いシリア国内は国鉄が走っている。こいつはぜひとも乗ってみたい、ということで朝早いけど明日は列車で移動することにした。
じいちゃんはとても親切で、手製の地図で町中のことを色々説明してくれた上、鉄道事務所の人が英語が話せんから、ということでチケットを買うのに必要な情報をアラビア語でメモってもくれた。鉄道事務所は昼間一度閉まって18:00にまた開くらしい。
じいちゃんの書いてくれた地図を携えて町に出る。デリゾールは特に観光地というわけでもないので外国人はほぼ皆無。町の人はとてもフレンドリーで、ダマスカスなどと比べて明るい気がする。町の大きさもちょうどいいし、ローカルな食堂や店もたくさんある。ダマスカスやパルミラでは食事するところがなくて苦労したけど、デリゾールで苦労することはなさそう。特に見るようなものはないのだけれど、滞在するには居心地のいい町だ。
じいちゃんに聞いた店で食事してみる。旨い!二人で腹いっぱい食べて60SP、120円くらいだからやはり食べ物などは安い。アイスクリームなど二玉も乗ってて5SPだ。
そのままユーフラテス川のデリゾール橋まで歩く。道行く人や店の人が何だかんだと声を掛けてくれる。
ユーフラテス川はどんな大河かと期待していたのだが、あまりに小さくてビックリした。これなら利根川の方がデカイ。しかも水がかなり汚い。完全に期待はずれだったのだけれど、このまま130~140kmも川を下ればイラクかと思うと感慨深いものがある。
18:00を回り、じいちゃんに書いてもらった地図を頼りに鉄道事務所に行ってみる。市場の中にある雑居ビルの1階にそれはあった・・・じいちゃんの地図がなければわからなかっただろう。アラビア語で書いてもらったメモもあったので、パスポートを提示して父母の名前などを記入するだけでいとも簡単にチケットを買えた・・・きっとメモがなければ相当苦戦したことだろう、ひょっとすると買えなかったかもしれない。ありがとう、じいちゃん!
宿に戻ると、「買ったチケットを見せてみろ」と言ってチェックまでしてくれた。
明日は久々の早起きだ。鉄道事務所から駅までミクロバスで送迎してくれるらしい。
デリゾールは、宿にも食堂にも冷水機があって重宝する。店で買うミネラル・ウォーターよりずっと冷たい水が飲める。

13jun2010 宿近くの食堂の人たち 13jun2010 ユーフラテスの夕日

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アレッポ

2010/6/14 月
昨晩は久々に暑くて眠れなかった。
5:30に宿を出て鉄道事務所の前まで歩く。ミクロバスは6時になったら誰も待たずに出発するとは聞いていたけど、フライングして5分前に出発。早目に来ておいてよかった~。
鉄道駅まではバスで10分ほど。駅に着くと、既にホームに列車が入っていた。
一等と二等の運賃の差が30SPしかないので今回は一等を奮発してみた。アレッポまでの一等の運賃は175SP。一等に4時間乗って350円ってことだから安いと思う。
一等はエジプトと同様横3列の席。シートも足元も広くとても快適だ。思った以上に乗客がいてほぼ満席の状態。
出発もほぼ定刻通りでスバラシイ!やはり車窓の景色は変わり映えしないけど、列車の移動は実に快適。4時間ほどでアレッポに到着。
アレッポはシリア第二の都市であるが、ダマスカスと比べるとこじんまりした印象だ。人も車もダマスカスほどではなく歩きやすい。
駅から道を聞きつつ町の中心部まで歩き、スプリング・フラワー・ホステルにチェックイン。アレッポの宿もやはり閑古鳥が鳴いている状態。部屋の種類によって料金が異なり、自分らの泊まった窓のないWの部屋は一泊550SP。やはり他の物価に対して宿代だけが高いように思う。
ムスリムの人は酒を飲まないので皆甘いもの好き。小さな子供からじいちゃんまでよくアイスクリームを食べているのが微笑ましい。自分らもエジプト以降よく食べている。
アレッポはソフトクリームが安く、小なら一つたったの5SP、10円である。小といっても日本で食べるソフトクリームよりちょっと小さいくらいだ。
食堂も安い!二人でたらふく食べて一食150SPくらい。煮込み料理を出す店があって多少なりとも選択の幅がある。
腹ごしらえしてからスークとアレッポ城に行ってみる。ちなみにアレッポもダマスカス同様、「古代都市アレッポ」として世界遺産に登録されている。
アレッポのスークは中東一の歴史と規模を持つと言われているが、歩いた感じでは規模はダマスカスのスークに一歩譲るような気がする。ダマスカスのスークに比べてよりローカルな雰囲気で、買い物をして楽しいのはアレッポのスークの方かもしれない。
誰が教えたのか、日本人とわかると「イートーマキマキ、イートーマキマキ~」と歌ってくれる人が何人かいた。
スークを抜けると視界が開け、いきなり巨大な城が目の前に現れる。アレッポ城は深さ20m以上の壕に囲まれた周囲2.5kmの巨大な城だ。モンゴルやティムールの攻撃にも耐え抜いた難攻不落の城塞である。
入場料は学割で10SP、たったの20円だった。3年前のガイドブックでも150SPになってるんだけど、学割なしだと一体幾らなの?
城の上から見渡す町の眺めはなかなかのものだが、この城は中に入るより外から眺めた方が映えるような気がする。
W杯予選リーグ初戦、日本勝利おめでとう!宿の近くのレストランのTVで後半から観戦、惜しくも日本のゴールシーンは見逃してしまった。こちらのTVは完全にカメルーン寄りの報道で、試合終了後に振り返るのはカメルーンのシュートシーンばかり。しばらく見ていたが、結局日本のゴールシーンは見られず。

14jun2010 アレッポのスーク 14jun2010 スークを抜けると目の前に巨大な城

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ハマ

2010/6/15 火
朝、散歩がてら市街の西にあるキリスト教徒地区を歩いてみた。この地区はアルメニア人が多く住んでいる。トルコでのジェノサイドから逃れて住み着いた人たちの子孫も多い。
店の前に並べた椅子に座っておしゃべりしている老人、日向でパンを干している人、市街の喧騒が嘘のようにひっそりとした時間が流れている。実に平和な世界だ。
宿に戻る途中で朝食を食べ、昨日と同じ店でソフトクリームに舌鼓を打つ。店には朝からけっこう人が来る。いったい一日にどのくらいの数が出るのだろう?機会の前にはイスがあり、一人が座ってひっきりなしにソフトクリームを作っている感じである。
アレッポからトルコ国境までは50kmくらいであるが、レバノンに行くため一度南下する。
次の目的地はレバノン国境に近いクラック・デ・シュバリエ。当初ホムスを拠点にしようかと思っていたのだが、ハマの方が居心地がよさそうなので手前のハマに向かうことに。
地図を頼りにガラージュ・ハナノ(バス・ターミナル)に向かって歩くがたどり着かない・・・庁舎か何かのビルを横切るときに守衛所のようなところに居合わせたおっちゃん連中に尋ねようとしたら、コーヒーでも飲んでけってことに・・・シリアの人はホントに皆親切だ。コーヒーをご馳走になりながら身振り手振りで会話を交わす。
半分冗談交じりだがやはり皆アメリカは嫌いらしい。ヒロシマ、ナガサキのことは知っていて、言葉は通じないが妙に気が合ったりする。中東における日本の印象は今でもすこぶるよく、どこに行っても大歓迎してくれる。この後も変にアメリカ寄りの政策を取って中東の人たちの反感を買いませんように・・・。
おっちゃんたちの教えてくれたところによると、ハナノのターミナルは廃止されラモーサというところに移ったらしい・・・さすが3年前のガイドブックだ。
ガラージュ・ラモーサまではここから10kmもあるらしい。バスで行けと言って一人の人が近くのバス停らしきところまで案内してくれた。
待っていると、近くにいたおっちゃんがあのバスだと言ってバスを止めてくれた。路線バスの運ちゃんもとても親切だ。
バスに乗って20分ほど、ラモーサまではホントに10kmくらいあった。着いたガラージュは巨大で、バス会社の窓口がいくつもある。窓口の呼び声に吸い寄せられるまま、一番近くの窓口でチケットを購入。ハマまで一人95SP。
相変らずバスの移動は快適。2時間足らずでハマのガラージュに到着。そこから市内まではセルビスで一人6SP。
セルビスを降りたところから中東一と呼び声の高いリアド・ホテルまではすぐだった。うぅぅむ、中東一ねぇ・・・確かに部屋は驚くほどキレイだけど、料金もスーパーだ。トイレ、シャワー共同のWが800SP、トイレ、シャワー付きだと900SPもする。トイレ、シャワー付きの部屋には冷蔵庫まであってビックリしたが・・・。まぁいいか、ということで800SPの部屋にチェックイン。
ハマは水車で有名な町だ。オロンテス川沿いを歩くと、農地に水を汲み上げる木製の水車がいくつもある。ビザンチン時代に造られたもので(もちろん木製の水車自体は造り替えたものだろうが)、今でも現役でギーコ、ギーコといい音を響かせている。
アル・モハンメディーエという名の、直径が20m以上ある水車の近くを歩いていたら、建物の中からおっちゃんに声を掛けられた。招かれるまま中に入ってみると、10人くらいのおっちゃんたちが食事中でそのまま呼ばれてしまった。コフタ(肉団子)に肉に野菜、これをパンに包んで食べる。実に旨い!どうして食堂でこういうものが食べられないのかなぁ・・・。
おっちゃんたちは水車で穀物を粉に引く職人と、その関係者らしい。無骨だけど、皆陽気でとても親切。言葉も通じないただの通りすがりの旅人にどうしてここまで親切にしてくれるのか、まったくシリアの人たちの底抜けのもてなしに頭が下がるばかりだ。
デザートのフルーツとお茶まで、すっかりご馳走になってしまった。ホントに何とお礼を言っていいものやら・・・いつかシリアの人たちに恩返ししたい。
水車の近くでは子供たちが元気に遊んでいる。川に飛び込んだり泳いだり・・・皆陽気でとてもフレンドリーだ。変に馴れ馴れしくないところも実に好感が持てる。
町は想像してたより大きかったけど、ゆったりしててなんかいいなぁ・・・ハマに来てホントよかった!

15jun2010 最大の水車 アル・モハンメディーエ 15jun2010 ハマの水車

15jun2010 夕飯をご馳走してくれたおっちゃんたち 15jun2010 夕飯をご馳走してくれたおっちゃんたち2

15jun2010 川で皿を洗うおッちゃん 15jun2010 宿の近くにて 町の人と

2010/6/16 水
朝からクラック・デ・シュバリエに出かける。クラック・デ・シュバリエはシリアで最も有名な十字軍時代の城である。
宿の近くからセルビスに乗り、まずはガラージュ・ミクロバスまで(一人6SP)。ガラージュでホムス行きのセルビスに乗り換える。ここのセルビスは乗る前に窓口でチケットを買うようになっている。ホムスまで一人35SP。
セルビスはすぐにいっぱいとなり出発、1時間ほどでホムスのガラージュに到着。ここでまたクラック・デ・シュバリエ行きのセルビスに乗り換える・・・が、観光のハイシーズンでもないこの時季の平日にクラック・デ・シュバリエに行こうなんて人がそうそういるはずがない。
人に聞いてクラック行きのセルビスまで行ってみると、乗っているのは日本人と韓国人の旅行者が一人ずつ・・・彼らはもう2時間も人待ちをしているらしい。
クラックまでセルビス一台600SP、つまり人数が多いほど各人の負担が軽くなるわけだ。運ちゃんも待ちくたびれたのか「一人150SPで行こう」としきりに誘ってくるのだが、まぁせいぜい100SPまででしょ・・・せこい結論に至ってもう少し待つことに。
1時間ほどすると地元の人がどやどやと6、7人やって来た。待った甲斐あり!晴れて出発と相成った。
クラックまではおよそ1時間、結局一人50SPで来ることができた。標高750mの丘の上に巨大な城が聳えている。ハマやホムスとは天気が一変し、雲が多く風が強い。
さっそく城の中へ・・・あっさり学割が使え、入場料は一人10SP。どうやらシリアでは学割が使えると半額などではなく、どこでも10SPくらいで入れるようである。スバラシイ!
クラック・デ・シュバリエはまさにラピュタ、天空の城ラピュタだ!丘の上に聳え立ち下界を見下ろせるこの城を見たら、日本人なら誰でもラピュタを連想するに違いない。緩やかな緑の起伏の中に白壁の家が建ち並ぶ下界の眺めがまたスバラシイ。
城は巨大でどこでも自由に歩き回ることができる。ここでかくれんぼをしたらさぞ楽しいことだろう。ただし海外の遺跡はどこもそうであるように、柵や手すりといったものはないからうかうかすると危険である。塔の上に出ると冬山並みの強風で、吹き飛ばされそうで怖いくらい。怖くてあまり縁の方には近づけない。
他の観光客は大型バスで来ている団体客ばかり。よって帰りは自分ら4人以外セルビスをシェアできる人は見当たらない。4人でセルビスをチャーターしホムスまで一人150SP、致し方なし。
ホムスからは行きと同様に帰ってきた。
何にかぶれたか刺されたか、昨日あたりから腕や背中がブヨに刺されたようにボコボコで痒くてたまらない。
明日はレバノンのトリポリに移動する。

16jun2010 クラック・デ・シュバリエ 16jun2010 クラック・デ・シュバリエ2

16jun2010 天空の城 16jun2010 クラック・デ・シュバリエ遠景

Trackback [0] | Comment [0] | Category [■ 026_Syria 1 / シリア 1] | 2010.06.17(Thu) PageTop
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1970年生まれ。妻と二人信州伊那谷在住。
2009年10月~2013年5月の旅を記録するために”なかっぴー通信”をスタートさせました。
現在は伊那谷にて節約生活をしながら充電中。
2014年4月、ブログのタイトルを”なかっぴー通信NEO”に改めました。
信州伊那谷より~旅のこと、山のこと、自転車のこと、そして田舎暮らしのことなどなど・・・気ままに綴ってゆきます。
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