イグメニッツァ ~ バーリ

2010/7/3 土
フェリーでイグメニッツァからイタリアのバーリへ渡る。ギリシア出国時もイタリア入国時もパスポートのチェックすらなく、本当に一国内を移動しているかのようだ。通貨も同じユーロだしまったく楽チン。その反面ちょっと寂しい気もする。今自分がどこの国にいるのかわからなくなりそうだ。
ギリシアはバスも鉄道も時間に正確であったが、さすがにフェリーはそういうわけにはいかなかった・・・。
昨日チケットを買ったとき7:30までに港に来いと言われたので行ってみたが、ようやくフェリーが姿を現したのは10:00過ぎ。自分らの乗るフェリーだけでなく他のフェリーも軒並み遅れた。
で、フェリーから車を降ろすのにそれから1時間半・・・フェリーはイグメニッツァとバーリの間を往復している船なんだけど、バーリで積んだトレーラーが出てくるわ、出てくるわ・・・ようやく乗船できたのは11:30過ぎだった。
それからさらにバーリへ渡るトレーラーや自家用車を積み込んで12:30にようやく出航と相成った。4時間半の遅れ・・・一体何時にバーリに着くことやら。
ギリシアからイタリアへは渡る車も人も少なく船内の駐車スペースはガラガラ、到着したときは3階のデッキまでトレーラーがすし詰めだったが、今は2階も3階も空っぽである。車なしで人だけで渡ろうとしているのは自分ら二人と一人のイタリア人青年の計3人だけだった。
エーゲ海の島々に向かうフェリーは鬼混みであると船内TVのニュースでやっていたが、ここはまったく無縁のようである。
イオニア海からアドリア海に入ることになるわけだけど、どちらも水がとてもキレイ。澄んだディープ・ブルーの海が延々と広がる。それほど海に縁があるわけじゃないけど、こんなに青い海を見るのは初めてのような気がする。
出航が遅れた所為でW杯を二試合とも船内のTVで見ることができた。今回のW杯は、時差のない場所にいることもあって二次リーグ以降はほとんど全試合観戦してたりするのだけれど、ヨーロッパの人たちは見てないねぇ・・・アフリカや中東ではあんなに盛り上がってたのに、トルコ以降はTVを見てる人すらあまりいない。
このフェリーの乗客はほとんど全員イタリア人なんだけど、ドイツ戦の時なんか最初よくわからんドラマを見てたから・・・「W杯を見せてくれ」と頼んだら、ようやく「おぉおぉ、そんなのもやってたなぁ」という具合にチャンネルを替えてくれた。他の乗客もTVにW杯が写ると、ようやく「そう言えばそうだよ」みたいな感じで見始めたくらいだ。
で、試合の方はドイツがやってくれました。4-0でアルゼンチンに快勝!ドイツを応援する身としては嬉しい限りだ。開幕直前にバラックが故障で出場できなくなったときはどうなることかと思ったけど、けっこうイケテルかもしれない。
ちょうど南アフリカを訪問中だったのか、メルケル首相もスタジアムに来ていてしきりにTVに写っていた。そう言えば昔、確かドイツが優勝した'90年だったか、時のコール首相がW杯を観戦していてサミットに遅刻してきた時があったっけ・・・。
ちょうど21:30頃に日が沈む。水平線に沈む夕日というのを久しぶりに見た気がする。
フェリーが遅れたおかげで次のスペイン戦まで余裕で最後まで見ることができてしまった・・・。
船がバーリの港に入って接岸したのは日が改まった0:30だった。既に心は港でビバークすることに決まっていた。イグメニッツァのターミナル・ビルが一晩中開いていたので軽く考えていたのだが、甘かった・・・。
バーリに着いたときは同じ船でイグメニッツァに渡る大勢の人たちが待合室にいて賑やかで、当然ターミナル・ビルも開いていたのだが、その人たちが乗船のため出て行ってしまうと急に閑散としてしまった・・・何か嫌な予感。案の定、寝床を物色していると、「建物閉めるから」という禁断の一声が・・・えぇぇ、閉まっちゃうの???
仕方なく外に出て、事前にチェックしておいた大きな屋根の下にベンチの並ぶスポットに移動。他に人はいない。その向こうには乗船手続きをする大勢の人たちと係官がいる。その人たちを尻目にベンチの一つに陣取って様子を伺う。こうなると完全に不審者だ。この場所も一晩中いられる保障はない・・・あぁぁここがインドならこんなスペースには床一面に人が寝ているところなのに・・・。
一匹の野良犬がいて、どうやらここは彼のテリトリーのようで遠巻きにワンワン吠えられながらうとうとしていると、いつの間にかフェリーはいなくなっていた。搭乗ゲートにまだ係官の姿は見えるが、どうやら追い出されることはなさそうだ。ようやく安心して寝に入る。けっこう冷えて、途中でザックからシュラフ・カバーを出して包まった。
もう完全に不審者だ。あぁぁどうしてターミナル・ビルを開けといてくれないの~。まさかイタリア入国初日がこんな形になるとは・・・。

3jul2010 イグメニッツァ港にいた犬 3jul2010 ようやくイグメニッツァ港に入港してきたバーリ行きのフェリー

3jul2010 青い海 3jul2010 アドリア海の夕日

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バーリ ~ リミニ

2010/7/4 日
無事夜が明ける。人が来る前にササッとシュラフカバーを片付けて素知らぬ顔でベンチに座る。
7:30を過ぎると続々と昼間のフェリーに乗る人たちが集まり出した。
自分たちの座るベンチのすぐ前に車を止めたドイツ人一家がコンロでお湯を沸かし始め、自分らにもお茶をご馳走してくれた。
掃除のおっちゃんにターミナル・ビルがいつ開くのか聞いてみると、7:00には開くと言う。ん?もしかして時差があるの?後で人に聞いてみたらやはり1時間の時差があった。イグメニッツァまでは東アフリカと同じ時間だったから、久しぶりに時計の針を1時間戻した。日本との時差は-7時間である。
ターミナル・ビルでトイレを借りてから鉄道駅を目指して歩き始める。と言っても、自分らの持っているのは数日前にラリッサのバス・ターミナルで買ったヨーロッパ全土の地図だけ・・・駅がどっちの方向なのか、どのくらいの距離なのかもさっぱりわからない。
イタリア人は皆陽気でマイペース。道を尋ねるとイタリア語で一所懸命道を教えてくれる。もちろんこちらはイタリア語など単語をいくつか知っているだけだが、不思議なもので一所懸命説明されると何となく言っていることがわかってくる・・・1kmくらいの距離だとか、アウトストラーダを越えたら右に曲がってすぐだとか。アラブ圏の国などでも同じような体験をした。
これは見習ってもいい習性かもしれない。日本にいて、例えば英語で外国人に何か訪ねられたりすると、英語というだけで日本人は萎縮してしまいがちになるが、堂々と日本語で説明してやりゃいいんだ。訪ねている方からすると、たとえ日本語でも避けられたりするよりはずっとマシなはずだ。
何人もに確認しながらようやく駅に到着。切符の購入はいたってスムーズだ。行き先を告げるとものの1分で発行してくれる。
行き先はアンコーナにした。もちろん深い意味はない。町の情報もないし、どのくらいの時間で行けるのかもはっきりわからない。ただアドリア海沿いを北上しようとだけは決めていて、ちょうどよさそうな距離にあったのがアンコーナだった。発行された切符を見ると、5時間くらいで移動できるようである。アンコーナまでの運賃は35E。
イタリア人は総じてアメリカ的なものが嫌いである。そうでなくともこんなスローフードの国にファストフードは根付かないだろうが、イタリアにもマクドナルドはある。列車の時間まで2時間ほどあったので試しに駅前のマックに行ってみた。マックのいいところは、一元さんでも何の気兼ねなく長居ができるところだ。しかも何を隠そう、自分はマックのハンバーガーが意外と好きだったりする。
バーリのマックはマックカフェと看板を掲げている。マックのカウンターの隣に普通のバールのようなカウンターがあり、こちらも水色のユニフォームを着たマックの店員が注文を取っている。面白いのは、マックにいながら誰もマックのメニューなど食べていないことだ。混んでいるのは隣のカフェの方のカウンターばかり。決して安くはないんだけど、誰も彼も皆クロワッサンとカフェオレを注文している。こんなところのカフェオレでも(失礼!)、バリスタの入れるカフェのように泡にト音記号が書いてあったりするからすごい。
イタリアの列車が時間にルーズなのもけっこう有名な話だと思うけど、今は昔の話になったのだろうか?15分前に行ったら既に列車がホームに入ってたので驚いた。出発も時間通りで二度ビックリ。
アドリア海と言えば「紅の豚」の世界!かなり期待していたのだが、正直期待はずれだった。長大な海岸線が全てビーチなんじゃないかと思うくらいとにかくビーチだらけ、畑のように整然とビーチパラソルが咲き乱れる。それはまだいいとして、海がキレイじゃないのがいただけない。よくこんなとこで泳いでるなぁというところでたくさんの人が泳いでいたり、日光浴をしていたり・・・あぁぁ想像していた澄んだ青い海は何処?「紅の豚」の世界は何処にあるんだぁぁ・・・。
それにしてもイタリア人は夏と言えば猫も杓子も海に出かけているような感がある。これだけあるビーチがどこもけっこう混んでいる。どこまで行ってもリゾート地然とした眺めが続く。
うぅぅむこいつは・・・急遽行き先を変えることにした。地図を見てリミニまで行くことに決定、特に深い意味はない。単にリミニから先は線路が海岸線から離れてしまうということと、リミニがサンマリノにもチェゼナティコにも近くて好都合というだけの話である。
うまくいけばタダで、運悪く検札に来たら車内で清算すりゃいいやと安易に考えていたのだが・・・イタリアの列車は車内で清算ができないらしい。知らなかった。
アンコーナからリミニまで2/3ほど来たペサロという駅に着いたとき検札が回ってきて、清算しようと思ったらイタリアではそれはできないと説明された。罰金の50Eを払うかここで降りるか二者択一を迫られたので、当然ながら降りることに即決。結局アンコーナからペサロまでの運賃はタダになったわけだけど、まったくもって面倒な話だ。
ペサロで一度駅の外に出てみた。なかなか感じのいい町で、ここに泊まってもよかったのだけれど結局リミニまで行くことにした。リミニまで3.1E。
ペサロまで列車はけっこう空いてたんだけど、そこから先は混むわ混むわ。駅に止まる度、「ここはインドか?」というくらい人がどっさり乗り込んでくる、と言うか乗り切れない人がけっこういた。インドと違ってまだ秩序が保たれているところがせめてもの救いだ。
自分らも客室内のシートには座れず連結部にいたんだけれど、そこもすぐにいっぱいになった。一人のおばちゃんなどトイレの便器に座っている始末だ。でも、こんなときでも陽気なのがイタリア人。車内の雰囲気はいたって明るい。赤の他人でもたまたま隣になっただけですぐに打ち解け、まるで十年来の知り合いのように会話が弾んでいくから面白い。
18:00頃リミニに到着し、ようやく満員電車から脱出。駅から出て町の中心の方へ行ってみるが宿がない、まったくない。後でわかったのだが駅のこちら側は旧市街で、宿が集まっているのは反対側の新市街の方だった。そんなことは知る由もなく、1時間ほど旧市街を歩き回ってヘトヘトになって駅に戻ってきた。
駅前にタクシーはいるのだが、大きなタクシーでとても二人で乗れるような代物ではない。途方に暮れていると、ヨットのキャプテンのような帽子をかぶった一人のじいちゃんが客引きのようなことをしている。近づいて声をかけてみると、ホテルの送迎をもう30年もやっているらしく馴染みのホテルまで乗せてってくれるという。
料金を聞くと二人で40E、一瞬固まるがおそらくこれは安い方だ。気を取り直してホテルまで送ってもらった。
行ってみたら宿の人の感じはよく、部屋もキレイ。40Eにはへこんだけど、ドミが1ベッド20Eもするイタリアでこれはまだかなり安い部類に違いない。2泊することにした。

4jul2010 朝のバーリ港 ビバークしたベンチ 4jul2010 リミニ駅 列車に群がるビーチ帰りの人たち

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チェゼナティコ

2010/7/6 火
リミニはなかなか居心地のいい町だった。有料ビーチのあたりは観光地っぽくていささかいただけないところもあるのが、まぁ許容範囲だ。宿のおっちゃん&おばちゃんも実にいい人だった。
10:30の列車に乗ろうと思い朝食後にパッキングして駅に行ったのだが、何故だか今日は10:30の列車がなくなっていた。チェゼナティコまでの切符を買って列車の時間を聞いたら12:30・・・予想外に時間が空いてしまったので駅前でカフェを飲んで時間を潰す。チェゼナティコまでは一人2.4E。
15分前に駅に行くと既に列車がホームに入っていて、時間通り12:30に発車。イタリア鉄道の時間の正確さに毎日驚かされている。
チェゼナティコまでは30分ほど。駅から出ると、いきなり駅舎のならびにパンターニ博物館と思しきものが目に入る。おぉぉ・・・ここがパンちゃんの生まれ故郷かと思うと感慨深いものがある。
チェゼナティコはリミニなどと違い静かな田舎町だ。外国人はおろかイタリア人すら大挙して押し寄せることなどまずない、典型的なイタリアの片田舎といったところだ。
まずは宿探し。インフォメーションもないのでいつもの通り勘で海の方へ行ってみる。人に安いホテルを知らないか聞きながら(英語はまったく通じないんだけど)、どうにかこうにかいくつか宿のかたまるエリアに辿り着いた。ホテルは総じて高く、安そうなところを当たってみても48~60Eといったところだ。
「PENSIONE」の看板を掲げる宿を当たってみると、一軒目はあいにく満室だったが、そこの宿の人が教えてくれた近くの「PENSIONE」に部屋をとれた。Wが一泊40E。
宿の人に地図をもらい、パンターニのお墓と博物館の場所を聞いて早速博物館に向かう。やはり駅の並びにあったのが博物館だったのだが、行ってみたら15:30まで昼休みだった。
仕方なく近くのリストランテで食事をとることに・・・旨い!その上安い。チェゼナティコは宿は決して安くはないが、リストランテやスーパーの食材はリミニなどと比べて段違いに安い。食の王国イタリアに来て初めて美味しいものにありつけた気がする。ここまで外食は高くて手が出ず、ひもじく自炊してたから・・・まぁ自炊にしても食材自体が美味しいのは確かなんだけれど。チェゼナティコには確か漁港があり、新鮮な海産物を食べられるのもありがたい。
15:30、満を辞してパンターニ博物館(入場料5E)へ。おぉぉ・・・パンターニの乗ってた自転車や着てたジャージや靴が・・・感激だ。モニターにはプロ時代のパンターニの疾走する姿が流れ、壁には一面写真や絵などが所狭しと展示されている。
新聞や雑誌の記事も見事にスクラップされている。おそらく家族の方がスクラップしていたものだろう、アマチュア時代から他界するときのものまで物凄い量だ。
やはり何と言っても一番興味を惹かれるのはパンちゃんの乗ってたマシーンたちだ。ジュニア時代に始まりアマチュア時代からカレラ時代、そしてメルカトーネ・ウノ時代に亘る8台もの自転車が展示されている。サドルもハンドルもペダルも、パンちゃんが実際に使っていたそのものだ。
パンちゃんは絵を描く趣味もあったようで、パンちゃんの描いた絵も何点か壁に展示されていた。
入口のカウンターの付近では本やDVDをはじめ、パンちゃんグッズも売られている。'98年のツールで着ていたレプリカ・ジャージがあったので思わず買ってしまった。背中には「PANTANI」のネーム入りだ!長袖のジャージとパンツ、グローブとバンダナは持ってるんだけど、半袖ジャージは当時買いそびれてしまってずっと欲しいと思っていたものだ。しかも日本で売られていたものは「PANTANI」のバックプリントはなかったはずだ。たったの40Eだから、日本でジャージを買うことを考えたらかなり安い。
やはりパンちゃんは多くの人に愛されていた(今でも愛されている)んだなぁと思う。シャイで繊細なところはあまり王者っぽくはなかったけれど、計り知れないスター性があった。たとえアームストロングがツールで7連覇しようと、ここまでファンに愛されてはいまい。
博物館は決して広くはないのだが、展示の内容は素晴らしく、おそらくここに何日いても飽きることはないと思う。結局3時間も居座ってしまった。
博物館を出たその足でパンちゃんの眠るお墓に行ってみたが、あいにく18:00で閉まっていた。また明日ということで・・・。同じ店で食事をして宿に帰った。
イタリア人は、自分の見てきた感じではきちっとしている。がさつで大雑把なところは微塵もない。明るいけど物静か、そんな人が多いように思う。皆節度をわきまえていて羽目を外しすぎることはない(と言い切ろう)。要するに、自分にとって好印象な人たちだ。
狙ってそうなったのか偶然なのか、その昔三国同盟を組んだ三国は、ドイツにしろイタリアにしろ気質的にはかなりの共通項を持つ国同士であったと実感せずにおれない。
夜は向かいのホテルのバールで、じいちゃん、ばあちゃんたちがイタリアン・ソングに合わせてダンスをしていた。チェゼナティコのホテルに泊まっているのはイタリア人の年寄りが多いみたいだ。明るく楽しそうにダンスをするじいちゃん、ばあちゃんたちに通り掛かりの若者たちが喝采を送る。実に微笑ましい光景だ。
これがユーロ・ビートだったりすると耳障りで無性に腹が立ったりするのだが、イタリアン・ソングが大ボリュームで流れていても一向に煩いと思わないから不思議だ。節度があって0:00前にはピタッと演奏がやんだ。
今日のW杯準決勝第一試合は宿のTVでじいちゃんたちと一緒に見た。3-2でオランダが快勝。最後こそちょっとドタバタしたが、途中までのオランダは完璧だったように思う。昔も今も南米のチームとヨーロッパのチームの差はディフェンス力にあるような気がする。

6jul2010 パンターニ博物館 6jun2010 博物館の外に貼られた特大写真

6jul2010 ジュニア時代のジャージ 6jul2010 カレラ時代のジャージ

6jul2010 98ツール優勝車 6jul2010 新聞記事

6jul2010 98ツールのマイヨ・ジョーヌ 6jul2010 99ジロで乗っていたビアンキ

6jul2010 キャリアの最後で乗っていたカレラ 6jul2010 パンちゃんの描いた絵

6jul2010 寄せ書き

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フィレンツェ

2010/7/7 水
墓地が7:00に開くというので、朝一でパンちゃんのお墓参りをしてきた。
墓地に行くと、朝早くから何人かのじいちゃん、ばあちゃんが自分の家のお墓の掃除に来ていた。
パンちゃんのお墓に限らず、このあたりのお墓はすごい。墓地の中に、まるで高級住宅地のように石の家がいくつも建っていて、その家の中に写真や花などが飾られている。石の家には門まであって夜は施錠されているようである。墓地の管理人が毎朝開錠しているのだろうか。
パンターニ家の石の家はまだ真新しい。パンちゃんは、パンちゃんのじいちゃん、ばあちゃんと同じ場所に埋葬されている。中を見ると、ファンや知人が置いていった写真や絵、置物などがたくさん飾られている。
人の少ない朝のうちにお墓参りができてよかった。ちょうど自分らが行ったとき一人のばあちゃんがパンちゃんのお墓から出てきたところだったし、帰る時にはおっちゃんが一人パンちゃんのお墓の場所を管理人に聞いていた。
イタリアの列車移動にけっこう苦戦している。一本でズバッと長い距離移動できる列車がないのでとにかく面倒だ。今日もフィレンツェまで行くのにボローニャで乗り換えねばならない。
8:50発のボローニャ行きの列車に乗るべく宿で準備をし、駅へ向かった。駅に行ってみたら、あろうことか8:50の列車があるのに窓口が閉まっている。開くのは9:00かららしい・・・8:50の列車に乗りたいのにどうするんだよ~。
こんなときのためにか、動くかどうかも怪しい一台の券売機がホームにあった。イタリアのおばちゃんが先に試すとどうやら使えるみたいなので、自分らもボローニャまでの切符を購入。7.8Eの切符を買うのに20E入れたら切符が二枚出てきた。お釣りが出てこないので周りの人に尋ねたら、どうやら二枚の切符のうちの一枚が引換券らしい。これを駅の窓口に出して換金してもらうシステムのようである。確かに一枚の切符には12.2Eと印字されていた。
イタリアの列車はフランスなどと同様、キセル防止の為自分の乗る駅で切符にスタンピングをしなければならない。知ってはいたのだが、今日はドタバタしていてスタンピングをし忘れてしまった。いや、正確に言うとおばちゃんに言われて一度わざわざ線路の向こうまで走ったのだが、機械の感度が悪くスタンピングできない・・・そうこうしているうちに列車が来てしまったので、スタンピングできぬまま駆け戻って列車に飛び乗った。まぁたいした問題ではないだろう、と軽く考えていたのだが・・・。
発車してすぐに検札に回ってきた乗務員によると、どうしても罰金を払わないといけないらしい。一応、通常は50Eらしい罰金を今回に限り5Eにまけてやるとは言うのだが、それでも7.8Eの切符代に対して5Eだ、しかも不正なことなど何もしてないのにだ!
アホらしくてごねてたらポリツィアがどうのこうの言い出したのだが、ひとまず突っぱねた。こんなせこいことに付き合ってるほどイタリア警察も暇じゃなかろう。
ラヴェンナで列車が待合のため止まったときに乗務員が交代し、自分らのことを引き継いだらしい別の乗務員が検札に回ってきたときにやはり罰金の5Eか次の駅で降りるかの選択を迫られた。こちらに何もやましいところはないのだが、ボローニャまで行って万一ごたごたに巻き込まれても面倒なので、腹立たしいが次の駅で降りることにした。切符は取り上げられたままなので買い直さなければならないが、ここまで来ていればたいした額ではなかろう。
思わず降り立った駅はイモラ。確かイモラにはサーキットがあったはずだ。
とりあえず12.2Eの換金ができるかどうか窓口へ行くと、パスポートを差し出すだけで簡単にできた。その場でボローニャまでの切符を購入。予想外に高く3.2E、まぁ罰金の5Eよりは安いからよしとするか・・・。
イモラのあたりは緑の丘が広がるキレイなところだ。30分ほどでボローニャに到着。ボローニャは大きな町で眺めているだけでげっそりする。
窓口の列に並んでフィレンツェまでの切符を購入、列に並んでいる間に直通列車は行ってしまい、途中のプラートでフィレンツェ行きに乗り継ぐことになった。
プラートでの乗り継ぎも時間が2分くらいしかなく、イタリア人に交じって駆け足だ。イモラから乗った列車もボローニャからの列車も、そしてプラートで乗り継いだ列車も、自分らがキチンとスタンピングしたときに限って検札は回ってこない。
30分もせずにようやくフィレンツェに到着。
ルネッサンスの都フィレンツェ、トスカーナの州都フィレンツェ。さすがに世界的な観光地とあって物凄い人だ!外国人などほとんどいなかったアドリア海沿いの田舎町から来ると、久々の大都会に戸惑ってしまう。
フィレンツェは宿の情報があったので、インフォメーションで地図をもらって宿の場所を探す。安い宿はファエンツァ通りに集まっている様子。安いと言っても☆のキチンとしたホテルで、Wが一泊50Eもする。ドミでさえ1ベッドが最安22Eくらいからだ。
宿は最初に当たったメルリーニに決定、一泊50E。欲したわけではないが、エアコンつきは正直ありがたい。
今日は疲れたので軽く街中をブラブラして終了。まさに世界中から観光客が押し寄せているといった感じで街中をぶらつくだけでげっそりしてしまう。夕方になってもドゥオモの前には行列ができている・・・。
チェゼナティコのような田舎町から来ると物価はうなぎのぼりで、外食などまったくできそうにない。
W杯準決勝でドイツがスペインに敗退。負けるときはだいたいそんなもんだけど、今日のドイツはまったくいいところがなく終わってしまった感じだ。熱戦を期待して楽しみにしてたのに、イマイチ盛り上がりに欠ける試合だった。

7jul2010 チェゼナティコの墓地にあるパンちゃんのお墓 7jul2010 パンちゃんのお墓

7jul2010 在りし日のパンちゃん ツール優勝時 7jul2010 お墓においてきた折る鶴

7jul2010 ドゥオモ広場から見るドゥオモ

2010/7/8 木
朝一の空いてる時間を狙ってまずはドゥオモへ。ドゥオモのドームにはこの時季8:30から上ることができる。
ドームの上から見渡すフィレンツェの街並は確かにキレイはキレイだが、入場料8E分の価値があるかどうかは(個人的には)微妙なところだ。もっと統一感のある一面のオレンジ色を想像してたので・・・。おそらく夕暮れ時が一番オレンジが映えるのだと思うが、残念ながらドームは18:00で閉まってしまうからこの時季夕暮れの街並を望むのは不可能である。
フィレンツェに限った話ではないが、やはり時代の流れには勝てないようである。景観を乱しているのは決まって新しく建てられた建物だ。おそらく半世紀も前のフィレンツェはもっとずっとキレイだったことだろう。
教会の方は10:00頃から中に入れる。こちらは無料。中は広大なスペースが広がっていて、外の暑さが嘘のように涼しい。ステンドグラスと、最後の審判を思わせる天井画が素晴らしい。
最後の審判と言えば、何故だかシスティーナ礼拝堂がフィレンツェにあると思い込んでいてミケランジェロの最後の審判を見るのを楽しみにしていたのだが、システィーナ礼拝堂があるのはバチカンでした・・・残念。
ドゥオモから歩いてすぐのギャレリア・デル・アカデミアにミケランジェロのダビデ像があり、これだけは入場料の6.5Eを払っても見たいと思っていたのだが、行ってみたら物凄い行列ができていたので諦めた。見るなら朝一がいいみたい。
ポンテ・ヴェッキオという橋に行く途中にあるパラッツォ・ヴェッキオの前にダビデ像のレプリカがあったので、これを見て本物を見た気になろう。
アルノ川沿いをブラブラしてから明日の切符をとりに駅に戻ってきた。地図と時刻表を見てとりあえずの行き先はラ・スペツィアにした。例によって深い意味はなく、海沿いを北上する列車で一番遠くまで行くのがラ・スペツィア行きだったというだけだ。ラ・スペツィアで時刻表を見て次の行き先を考えようと思う。
次は行ける所まで行く予定だが、大まかにはジェノバから西進してモナコを通ってフランスに入り、バック・パッカーが最も場違いなニース、カンヌなどコート・ダ・ジュールを抜けて、フランスはスルーしスペインに入る予定。
混みあう窓口に並ぶこと30分、自分らの番が来て明日の切符を買おうとしたら窓口のお姉さんから衝撃の一言、「明日はストです」・・・。
えぇぇ~ホントにぃ???次回また列に並んで切符を買うのも嫌なのでとりあえず切符だけは購入(9.3E)。イタリアの切符は購入日から2ヶ月有効なようである。
朝、駅の近くのバス・ステーションをのぞいたら、目的の方向に最も遠くまで行くバスはピサ行きだった。ピサだとラ・スペツィアまでの半分くらいの距離である。しかもおそらく列車より割高。
こりゃフィレンツェに一日足止めか?よりによってこんなところに?こんな物価の高いところに?・・・どうせ足止めになるならチェゼナティコがよかったなぁ。
宿に帰ってストについて聞いてみたが、宿の人は知らなかった。ここの宿の人もすごくいい人で、ネットで調べてもくれたがピンと来ないようだった。明日のストというのは本当だろうか?明朝駅に行って確認してみようと思う。

8jul2010 ドームの上から見渡すフィレンツェの街並 8jul2010 ドームの天井画

8jul2010 教会のステンドグラス 8jul2010 フィレンツェの街並

8jul2010 ポンテ・ヴェッキオから見るアルノ川 8jul2010 路上ペインティング

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まさかのラ・スペツィア

2010/7/9 金
朝一にマユミが駅の様子を見に行くと、一応列車は動いているらしかった。駅員に聞いたところによると、厳密にはストは今晩9時から明朝9時までらしい。昨日の窓口のお姉さんにはめられたか?
宿のおっちゃんも似たようなことを言っていたし、何はともあれ移動できそうなので宿をチェックアウトして駅に向かう。
フィレンツェで二泊したメルリーニは静かで快適な宿だった。宿の人も皆親切だし、もしフィレンツェに行く人がいたらオススメします。
駅に行くと、コロコロ(スーツケース)を持った観光客で溢れかえっていた。自分らの乗るつもりだった列車を確認すべく電光掲示板を見て、すぐにその理由がわかった。列車が軒並みキャンセルになっているのだ。夜からのはずが、もう半ばストに突入しているらしい。
自分らが乗ろうと思っていたラ・スペツィア行きの列車ももちろんキャンセル。大勢の人に交じっていつ出るかもわからない列車を待つ破目に。
さてどうしたものか・・・。列車は全てキャンセルになっているわけではなく、遅れはあるが運良く出る列車もある。特にローマやナポリ、ミラノといった大都市行きの列車は何本かに一本は出ている。が、自分らが乗ろうとしていたラ・スペツィア行きのようなマイナーな列車はまず出そうにない。
地図と電光掲示板を睨んでいたら、リヴォルノ行きの列車があることに気付いた。リヴォルノはピサの南に位置しているのだが、列車はピサに止まるのでとりあえずピサまでは移動できる。よし、ということでひとまずピサまで移動することにした。
列車が出てすぐに車掌が検札に回ってきた。隣の白人カップルがスタンピングをし忘れていたのだが、今回の車掌は話の分かる人で「今回はいいから次回から気をつけて」と注意するだけだった。これが普通だと思う。それに引き換え昨日の車掌ときたら・・・勝手のわからない外国人旅行者をつかまえて罰金を払えはないだろう。しかも機械の調子が悪くてできなかっただけなのにだ。イタリア人にも融通の利かない輩がいるということか。
ピサには1時間ほどで到着。こういうちょこまかした移動が一番疲れる。フィレンツェほどではないが、やはり多くの人がホームで列車を待っていた。
待つこと一時間、運良くラ・スペツィア行きの列車が出た。ピサからラ・スペツィアもちょうど1時間くらい、乗り降りが頻繁でまったくしんどい。
ここまではまぁそれなりに移動してこられたわけだけど、ラ・スペツィアでいよいよ行き詰った。ストの色合いがだいぶ濃くなり、5、6ヶ所ある切符売り場は全て閉まっている。おまけに券売機は現金が使えない。どこで切符を買うのかインフォメーションで聞いたら、今日に限って列車の中で買えるらしい。だったらいつもそうしてくれよ、と言いたい。
ジェノヴァまでは今日中に移動できる可能性があったのだが、次の列車の時間を聞いたら17:53・・・ちなみにラ・スペツィアに着いたのは14:00である。しかも列車が本当に出るかどうかもかなり怪しい。
ラ・スペツィアからジェノヴァまでは1時間ちょっとだし今日移動しても明日移動しても変わらんだろうということにして、今日はラ・スペツィアに泊まることにした。うまくいけば今日イタリアから出られると思っていたのに、まさかラ・スペツィアに泊まることになろうとは夢にも思わなかった。
そうと決まれば早速宿探し。インフォメーションで教えてもらった安い宿に行ってみることにした。
ラ・スペツィアは観光地らしい・・・と言っても知る人はほとんどいないだろう。観光地といっても外国人がいるわけではなく、イタリア人観光客で賑わっているようなところである。
安いと言っても宿は☆で、やはり一泊45Eもする。すっかり気分も萎えてしまって他に探す気力もなかったので泊まることにした。
ここも☆とは言え、自分たちにとってはやはりキレイすぎる。一日寝るだけだからもっと粗末なところでいいのだけれど、ヨーロッパにはアジアやアフリカのような小汚い宿は存在しない。
イタリアは好きな国なのだけれど、物価が高くてかなわない。今思えば、基準をヨーロッパに移せば、ギリシアはまだ物価が安かった。ギリシアに入ったときはあまりの物価高に衝撃を受けたが、所変われば何とやらだ。長期旅行者にとってヨーロッパは過酷な地である。
イタリアは好きな国なのだけれど、タイミングが悪いと言うか、どうもイタリアに入ってから上手く噛み合わない。
明日はイタリアから脱出できるだろうか?9:00にストが終わる予定だから(あくまで予定だけど・・・)、朝から駅に行ってひとまず国境の町ヴェンティミリアを目指す予定。イタリアには長距離バスがないから、性懲りもなくまた列車での移動だ。

余談28 イタリアの食について
よくイタリアを旅行した人から「イタリアはとにかく何を食べても美味しい」というような話を聞くと思うが、果たしてそうか?そんなに両手離しで絶賛するほど旨いか?と声を大にして言いたい。
いや、別に美味しくないと言っているのではなく、値段相応ではないでしょうか、と言いたい。確かにピザなどは安く、チェゼナティコのような田舎に行けば3Eも出せばリストランテでマルゲリータが丸々一枚食べられる。でも少なくとも自分はイタリアに来て、日本で食べた、イタリアで修行してきた人の焼くピザより美味しいピザに出会ったことがない。
「もっとちゃんとしたお店で食べれば美味しい」と言いたい人もいようが、そりゃ金さえ出せばどこでも美味しいものは食べられる、と声を大にして言いたい。
おそらく「イタリアは何を食べても美味しい」と両手離しで絶賛している人の多くは、海外に来て金銭感覚が落ちているか、さもなければ雰囲気に飲まれているだけだと勝手に推測する。よって自分らの結論は「値段相応」ということである。
ジェラートなどいい例で、イタリアのジェラートはまぁ美味しいわけだけれども、特にそこまで絶賛するほどのものじゃないと思う。ちなみに街中で食べると、フィレンツェだと3Eくらい、ここラ・スペツィアでは1.5Eくらいする。よく考えれば、それだけのお金を出せば日本でもかなり美味しいアイスクリームが食べられると思う。自分の経験では、エジプトのカイロやアレクサンドリアで食べたアイスクリームの方が、シリアのアレッポで食べたソフトクリームの方が断然美味しかった。
あ、でもイタリアに限った話じゃないけど、食材が美味しいのは確かです。特にトマトは別物と言えるほど美味しい。

Trackback [0] | Comment [0] | Category [■ 031_Italy / イタリア] | 2010.07.11(Sun) PageTop
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1970年生まれ。妻と二人信州伊那谷在住。
2009年10月~2013年5月の旅を記録するために”なかっぴー通信”をスタートさせました。
現在は伊那谷にて節約生活をしながら充電中。
2014年4月、ブログのタイトルを”なかっぴー通信NEO”に改めました。
信州伊那谷より~旅のこと、山のこと、自転車のこと、そして田舎暮らしのことなどなど・・・気ままに綴ってゆきます。
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