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トゥルボ ~ カプルガナ ~ プエルト・オバルディア

2011/2/3 木
あり得ねぇ・・・・・・・・・。無理、無理。
トゥルボからカプルガナへ渡るボート、カプルガナからプエルト・オバルディアへ渡るボート、ともにあり得ねぇ・・・。
波が高過ぎ。ボートが完全に宙を飛んでる・・・。
着水するときの衝撃でボートも体もバラバラになりそう。久々に死ぬかと思った・・・。

気合を入れて6:00前に宿を出、ボート乗り場まで歩く。
まだ暗いうちからボート乗り場にはたくさんの人がいて賑やかだ。カプルガナへ渡る人がこんなにいるのだろうか?
早速チケットを買うと、ボートが出るのは8:30。もっと早くわかっていればあと1時間は寝ていられたのに・・・。
カプルガナまで運賃は50,000COP。
トゥルボから東のパナマ方面には道がない。移動の手段はボートに限られる。そのためか、ボート乗り場は人でごった返している。
トゥルボは小さな入り江の西に位置していて、地理的にはこのあたりまでを南米大陸とみなすことができる。その先は、まだコロンビアだけど南米大陸を脱する形になる。
結局南米には半年以上いたのだけれど、いよいよサヨナラだ。
8:00前、入り江にけっこう大きな船が入ってきた。その前後から桟橋に人が並びだしていたので、おぉあの船か!と思っていた。
もうちょっと人がはけてから動こうと思っていたのが、並んでいる地元の人たちが手招きして自分らを呼んでくれる。
ん???もしかして外国人を優先的に乗せてくれるのか?
桟橋で荷物の重さを量り、荷物代として1人5,000COPずつ払う。
桟橋には30人乗りくらいの小さなボートが横付けされていた。あぁこのボートで船まで行って乗り込むのね・・・。
荷物を積んでもらってボートに乗り込む。
そのうちパスポートのチェックがあり、ライフ・ジャケットが配られる。
・・・どうやら船に乗り込むのではなく、そのままこのボートでカプルガナまで行くらしいことが判明。
あっそういうことね、だから先に通してくれたのね・・・。乗り場にごった返している人たちはカプルガナへ行くわけではなかった。結局カプルガナへ向かうのは30人ほど。
このあたりではこの手のボートをランチャと呼んでいる。
8:45頃出港。最初は入り江が狭いのでノロノロ進む。
入り江が広くなったと思ったら、ボートは狂ったように疾走・・・あり得ねぇぇぇーーー!このまま3時間も乗っていられるとはとても思えない。
波に衝突するときの衝撃、大きな波に乗り上げて着水する時の衝撃でボートも体もバラバラになりそうだ。それでもまだ最初は写真を撮ってる余裕があった。
暫らくは汽水域で、水はアマゾン川のような色をしていてしょっぱくもない。
一時停船。波が高くてダメだ、ということで、それまで装着されていたビニールシートの屋根を外し、船首に積まれていた荷物の一部を船尾へ移動。
停船していると衝撃はないのだけれど、大きな波に弄ばれてボートが揺れる、揺れる。あまりにも小さく頼りがいのないボート・・・これはこれで別の恐怖感がある。しかも激しい揺れで酔いそう。
再び疾走を始める。船酔いしそうな感覚は全くない代わりにこの衝撃・・・あり得ねぇぇぇーーー!
ボートが完全に宙を飛んでる。着水するときの衝撃が半端ない。ボートってこんな高い波の中を疾走できるのね・・・。
ここから先は荷物も人間もずぶ濡れ・・・。もしこれからこのボートに乗ろうという人がいたら、乗り場で売ってるビニール袋で荷物を完全防水しといた方がいいです。
やがてアマゾン川の2河川合流点のようにクッキリと水の色が変わるポイントを通過。水はカフェ・オ・レ色から濃紺、そしてエメラルド・グリーンに変わる。
ますますあり得ない状況に・・・。
いったいこれで波の高さは何メートルあるのだろう・・・ボートの周りにあり得ない光景が広がっている。
大きな波に乗り上げて山の頂点から波の谷を見下ろすとかなりの高さがある。ひえぇぇぇーーー実際その谷に着水するわけではないのだが、着水時にはものすごい衝撃がある。冗談抜きで骨が粉々になりそう。
その衝撃に備えて腰を上げ、耐衝撃姿勢をとる・・・その繰り返し。手ぶらならともかく、膝の上にpcの入ったサブザックを抱えたままだから大変。
左手には陸地の岩壁が見え、時折り海中にも大きな岩が現れる。その岩壁に大きな波がぶつかって白く砕け散る・・・まるで東映のオープニングのよう。
波間から白く砕け散る波が見え、すぐ横を大きな波が、時折り白く波立ちながら通過していく・・・あり得ねぇ・・・。
後半は他の客もすっかり疲れてぐったりしている。
3時間後、ようやくカプルガナに到着。波が高くて桟橋に渡るのも一苦労。最後の最後まであり得ない状況だ。
すぐにパナマ行きのボートの客引きが現れる。桟橋でミリタリーの荷物チェックを受け、客引きの人にイミグレまで案内してもらう。イミグレは桟橋のすぐ近くにあってわかりやすい。
コロンビアの出国スタンプをもらい、客引きについてまた桟橋まで戻る。
カプルガナはちょっとツーリスティックな感じだけれど、静かでなかなか居心地がよさそう。おそらくロンプラには紹介されていて、同じボートに乗ってきた人の大半はカプルガナに滞在する人たちだった。
パナマへ渡る人が大半だろうと思っていたのだが、実はパナマへ渡る人はほとんどいない。よくまたあのボートでトゥルボへ戻る気になるなぁ・・・。
カプルガナからパナマのプエルト・オバルディアまで運賃は25,000COP。ボートは不定期で、人数が集まり次第出発する。
しばらく時間がありそうなので桟橋近くの売店で軽く昼食をとる。
すっかりくたびれて既にクタクタ。ボートの舷側を握り締めていた左腕がパンプしそう。
13:30過ぎに人が集まって出港となった。
今度のボートはさっきのやつよりさらに小さい。乗客は17人。
そのうち9人はカプルガナから10分ほどの町で降りてしまい、パナマへ渡ったのは結局自分らの他にコロンビア人の女の子3人とパナマ人のおっちゃん3人だけ。
ボートは小さいが、最後列の席に座れたのと、先ほどのボートほどスピードを出さなかったことから衝撃はまだ小さかったような気がする。でも、あり得ないことには違いないわなぁ・・・。
カプルガナを出て正味40分でプエルト・オバルディアに到着。桟橋ではなく浜の近くにボートを寄せて、最後は海に飛び込んでパナマに上陸!
まずはミリタリーのパスポート・チェックと荷物チェックがあり、それからイミグレへ。
クレジット・カードか現金を提示するだけであっさり入国スタンプをもらえた。ま、これだけ苦労して入国すりゃ出国チケットとか野暮なことは言われないということか。そもそもこんな寒村でそんな細かいこと言われないだろうけど・・・。
ちなみに、入国手続きの際にパスポートのコピーが2枚必要。コピーは近くのネット屋で可。
何はともあれ無事パナマに入国できて一安心。パナマ・シティはまだ遥か彼方だけれど・・・。
プエルト・オバルディアは完全なる陸の孤島で陸路はないから、ここからは船を捕まえてサン・ブラス諸島経由でパナマ・シティへ向かう予定。あと何日かかることやら・・・。
村には看板を掲げている宿は一軒しかない。その宿、PENSION CANDEにチェックイン。と言っても宿に人は常駐しておらず、もちろんレセプションもないから、近くにいる人に声をかけるとオーナーを連れてきてくれる。
オーナーは村の警官。そこそこ部屋数はあるけど客はおらず、部屋を見て好きな部屋に泊めてくれる。トイレと水浴び用の水道、ファン付きのWが一泊$10。
電気は18:00から夜中の3:00頃まで使える。
ちなみにパナマの通貨は米ドル。

3feb2011 朝のボート乗り場@トゥルボ 3feb2011 一瞬この船かと思ったのだが・・・
朝のボート乗り場@トゥルボ              一瞬この船かと思ったのだが・・・

3feb2011 実はこのボートだった 3feb2011 隣のボートは大賑わい
実はこのボートだった・・・                隣のボートは大賑わい

3feb2011 いったん停船して荷物を積み替えたところ 既に疲労の色が・・・ 3feb2011 カプルガナの船着場
途中で荷物の積み替え 既に疲労の色が・・・   カプルガナの船着場

3feb2011 プエルト・オバルディアへ渡るボートはさらに小さい 3feb2011 途中で一人をヨットに降ろす
パナマへ渡るボートはさらに小さい          途中でヨットに一人降ろす

3feb2011 あり得ねぇ・・・ 3feb2011 浅瀬に飛び込んでプエルト・オバルディアに上陸!
あり得ねぇ・・・・・・                     浅瀬に飛び込んでいよいよパナマ上陸!

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プエルト・オバルディア その1

2011/2/4 金
プエルト・オバルディアは、北側に白波の立つカリブ海、背後に緑深いジャングルの山が控えた完全なる陸の孤島である。村の外に通ずる陸路はない。
よって村には車が一台もない。
イースター島よりのんびりしていて隔絶間も高い。
こんな静かでのんびりした村の中を迷彩服を着て自動小銃を持った警備兵が歩いているのは、ここが国境の村だからだろう。今朝もUH-1タイプのヘリが飛来してきて、昼前に飛び去っていった。あぁあのヘリでパナマ・シティまで連れてってくれんかなぁ・・・。
村には空港、というか滑走路が一本あって、小型機がパナマ・シティとの間を週3便往復している。次の飛行機は日曜に出るらしい。
通常あるべき空港関係の建物は一切なく、ホントに短い滑走路が一本あるだけ。勝手に滑走路に出入りすることができ、滑走路を横切って水浴びに行ったりする。
村には小さな商店が3軒と、食事のできるところが2軒ほどある。
食堂にメニューはなく、その日準備できるものを作ってもらって食べるといった具合。まだ食事できるだけ御の字だ。2軒が同時に閉まっていたらピンチになるわけで、日曜は間違いなく困ったことになりそう。宿に自炊の設備はないから何とかせんといかん。
商店はあっても肉や魚、野菜や穀物、果物といった食材はまったく売ってない。村の人たちがどうやって食材を入手しているのか、不思議だ。おそらく船とか飛行機で外部から持ち込まれるのだと思う。
不思議と言えば、村の人たちが何をやって生活しているのかも実に不思議だ。ミリタリー関係やイミグレの職員、店を商っている人以外はいったいどうやって生計を立てているのか?
一見して農業や漁業、林業をやっている様子はなく、牛やヤギを放牧しているわけでもない。もちろん工場なんかがあるわけでもないし・・・不思議だ。
もしかして国から補助金が出ていたりするのか?そう思わせるほど皆見事に何もやってない。
昼間はたいてい軒先で涼んでいる・・・そんなのんびりした村である。
犬もたくさんいて、どいつも例外なくおっとりした性格。
上空にはグンカンドリやワシが舞い、時折りペリカンが編隊を組んで飛んでいく。ちなみにペリカンも上空を編隊飛行する姿はなかなかカッコイイ。あんなに高いところを飛べるのかぁと思わず感心してしまった。
何と言うか、世界から取り残されたような・・・とにかくのんびりしていて実にいいところだ。
宿も毎日ほとんど貸切で居心地がいい。宿の人もおらず、宿代はどうやって払うんだ?と心配になるほど。
昼間電気が使えないのだけがちょっと不便だが、近くに山があるため水は豊富。水道水はおそらく飲める、村の中に水は売ってないから・・・。
中庭には茅葺の屋根があって、その下にテーブルとイスもある。洗濯場もあるし、実に快適だ。
来るときのボートで荷物が海水まみれになってしまい、今日はその洗濯場をフル活用してザック以下あらゆる物を洗いまくった。

さて、プエルト・オバルディアから脱出する足であるが、サン・ブラス諸島行きの船を捕まえて乗せてもらおうと思っている。
せっかくここまで来たのだからできれば飛びたくない。サン・ブラス諸島のカルティ・スグトゥプ島まで5日ほどかかるが、幸い時間はある。ちなみに飛行機ならパナマ・シティまで$80で飛べる。
その船がいつ来るのか・・・わからない。
昨日イミグレの人に聞いたらたぶん今日の午後と言っていたのだが、今日は来なかった。荷物検査を受けたところに行ってミリタリーの人に聞いてみたら、たぶん明日という話。来たら教えてくれるということになった。
が、他のおっちゃんたちに聞くと、たぶん日曜だと言う。おそらくこの線が濃厚だと思う。日曜に着けば、おそらく火曜あたりに出港できるだろう。
昨日同じボートで来たコロンビア人の女の子3人のうちの2人も、やはりサン・ブラス諸島行きの船を待っているらしい。
その女の子2人と地元のおっちゃんたちと連れ立って、夕方から近くの川へ水浴びに行ってきた。滑走路を横切ってすぐのところに川がある。
プエルト・オバルディアの日差しは強烈で、水浴びが実に気持ちよかった。

4feb2011 村の広場 4feb2011 村には滑走路がある・・・なかなかのロケーション
ピースな風景                       村には滑走路がある・・・なかなかのロケーション

2011/2/5 土
船は今日も来なかった・・・。ま、気長に待つしかなかろう。
飛行機は予定通り明日着くようで、今日はそれに合わせてけっこうな人がコロンビアのカプルガナから渡ってきた。宿の部屋もかなり埋まった。
渡ってきた人たちの中に一人のバスク人がいた。彼も船での北上を考えていて、一緒に船を待つことになった。パナマから先も船を乗り継いでメキシコの友達のところまで行くと言っていた。それはそれでけっこう面白そう。
ちなみにバスク(スペイン語ではバスコ?)はスペインから独立したがっていて、バスク人はスペインと一緒にされることを嫌う。
彼にどこから来たのか聞いたら「バスコ」と言っていた。最初「バスコ」というのがどこのことかわからず首をかしげていると、「スペインの北にある・・・」と彼が説明してくれ、ピンと来たところで「あぁスペインの・・・」と返すと、明確に「No!」と言っていた。
詳細を知らない日本人にとっては「スペインのバスク地方」程度の認識しかないが、彼らバスク人にとって「バスク」は「バスク」。決してスペインの一部とは考えていない。
これでもまだ自分は日本人の中ではバスクについて知っている方だ(行ったことはないけど・・・)。と言うのは、バスクはミゲル・インドゥラインを筆頭に優秀な自転車選手を数多く輩出している土地だからだ。
バスクには有力な自転車チームもあって、バスク人に支えられたチームはツール・ド・フランスにも出場している。選手の大半はバスク人。
ピレネーという土地柄からか、細身で上りにめっぽう強いクライマーが多く、山岳ステージになると急に目立ち始める。
一部の過激なバスク人が、バスクの独立を掲げて時々ピレネー・ステージでレースを妨害するのはちょっといただけないけど・・・。
そんな自転車絡みの背景もあって、不思議とバスク人にはスペイン人とは違った親しみがわく。

村に2軒ある食堂のうち初日に夕飯を食べた方の店は何故か昨日から閉まっていて、昨日も今日も昼、夜同じ店で食べている。
今日の昼に食べた肉は淡白で美味しかったのだが、牛とか豚の肉ではなさそう。マユミが食べてた肉には小石のようなものがいくつか入っていて、よく見てみたら散弾だった・・・。
試しに何の肉か聞いてみたら、「サイーノ」という動物らしい。山で獲れるのだとか・・・あっやっぱりね。
このあたりではよく知られた動物のようで、一緒に食事していたコロンビア人は皆知っていた。
身振り手振りで説明してくれたんだけど、どんな動物なのかよくわからず。角はないみたいだから、イノシシか何か???

午前中に宿の中庭でマユミに散髪してもらった。

5feb2011 プエルト・オバルディアの海岸線 5feb2011 ようこそプエルト・オバルディアへ!
プエルト・オバルディアの海岸線           ようこそプエルト・オバルディアへ!

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プエルト・オバルディア その2

2011/2/6 日
今日も船は来ず。村人の誰に聞いても「たぶん明日」と言う・・・いったい明日はいつ来るのだろう???
昨日来たバスク人は船を待ちきれないのか、今朝になってランチャでコロンビアへ帰っていった。
コロンビア人の女の子2人のうちの一人も、今日の飛行機でパナマ・シティへ飛ぶと言う。
ホントに船でここから脱出できるのだろうか???
激しく暇だ。
読書して、SUDOKUやって、また読書して・・・それ以外にやることがない。読書ったって今持ってる本はとっくの昔に読み終わってしまったから、再読、再々読である。
たいして腹も減らないから、ちゃんとした食事は一日一食になった。
ダメ元でネット屋に行って自pcを接続させてもらったら、奇跡的に接続できた!しかもけっこう快適。久々に外界の情報をちょっと仕入れることができた。
ネット代は決まっているような、決まっていないような・・・1時間$1だった。
飛行機は予定通り今日飛んできた。と言っても12:00の予定が飛んできたのは15:30だったけど・・・。
村の一大イベント。村人と一緒に滑走路へ行ってみた。
エア・パナマの飛行機で、双発のターボプロップ機。おそらく25人乗りくらい。小さな飛行機だから、昨日来た人のうち乗れなかった人もけっこういたようだ。次の飛行機は火曜日。
着陸した飛行機はそのまま乗客と荷物を載せ、15分もしないうちに再び飛び去っていった。
飛行機で肉が運ばれてきたようで、村人が肉の入ったビニール袋をぶら下げて滑走路から帰ってきた。半ば配給制なのだろうか、どの人もほぼ同じ分量の肉を持っている。
日暮れ前に船着場へ行ってみたら、小さな船が一隻錨を下ろしていた。
おぉっと思ってミリタリーの人に聞きに行ってみたら、残念ながら人を乗せることのできない船だという話。
自分らの乗れる船は「たぶん明日」来るということで・・・。

6feb2011 週3便の飛行機は15分もしないうちに再び飛び去った・・・
週3便の飛行機は15分もしないうちに再び飛び去った・・・

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マジカル・ミステリー・ツアー(プエルト・オバルディア ~ パナマ・シティ)

マジカル・ミステリー・ツアー・・・5日で着くと聞いていて、カルティに着いたのはプエルト・オバルディアを発って10日後だった・・・。
お陰でサン・ブラス諸島を満喫(しすぎ)。
パナマは北海道より小さい。そこでどうしてこんなに時間がかかるのかと言うと、もちろん船が進まないから。
一日に長くて3時間ほどしか走らない。短いとたったの30分で終わりだし、停滞も何日かあったからだ。
最後の方はもう「いい加減この船から解放してくれ~」ってな感じだった。

おまけに今回の船旅はメンバーが最悪だった。
アルヘンティーノのカップルとチレーノ1人のラテン・トリオ・・・。
いや~合わねぇ合わねぇと思ってたけど、ほんっっっ・・・とに合わねぇわ、スペイン系白人。もはや接点が一つもないと言っていい。
ガサツで大雑把で徹底的にだらしなく、うるさくて、うるさくて、うるさくて、うるさくて・・・毎日毎日うるせーよバカ野郎!とにかく死ぬほどうるさくて、小声で話すということを知らないためホント死ぬほどうるさくて、周りのことなど一切気にしない、デリカシーのかけらもない人たち。
決して悪い人たちじゃないんだけど、こればかりは良い悪いの問題ではなく、生理的に受け付けない。本能が拒否反応を示す。
特にアルヘンティーノの二人は最悪で、マジで四六時中馬鹿デカイ声で話をしている。ホント、寝てるとき以外フル・タイム。よくそんなに話すことがあるなーと呆れるくらいだ。
中でも男の方はこれまでの人生で見かけた中で一番うるさい。
話し始めると自分の話に勝手に興奮してくるのか、だんだん声のトーンが上がってきて、最後はもうほとんど発狂している状態。コイツ息継ぎもしてなくねぇ???
「ペロ~・・・ペロ~・・・ポルケ~・・・ポルケ~・・・ペロ~・・・」死ね!アンタ一等賞だよ、しかもダントツ!
さらに性質の悪いことに、夜の11時過ぎから夕飯を食べる国の人間だから、夜なかなか寝ない。で、朝はいつまでも寝てる。
あぁぁ寝てる間にカリブ海に投げ捨ててやりたい・・・。

そんなこんなはあったけど、2/16に無事パナマ・シティに到着。
船は電源はおろか明かりも一切なかったから、日記も溜まりに溜まって10日分。
ここまで溜まると書く気も失せるが、ここまで一日も欠かさず書いてきたから今さらやめられん・・・。

2011/2/7 月
昼前の11:00頃、待望のバルコがやって来た!宿の掃除のおばちゃんが教えてくれた。
早速船着場へ行き、なかなか下船してこない船長を待ちに待って乗せてくれるよう懇願、晴れて乗せてもらえる運びとなった。
出港は早くて明日かと思っていたら、夕方4時か5時には出ると言う。急に忙しくなった。
飯食って水浴びしてパッキングしてネット屋(1時間$1)行って・・・15:00過ぎに船着き場の近くに行って待機。
一緒に船待ちしてたコロンビア人の女の子は、この期に及んでもいつ来るかわからない別の船を待つと言う。この子は何故か端から船名指定で船待ちしていて、今日の船は待ってた船じゃなかったみたい(ま、結果的にはこの子の選択が正解だったのかもしれん・・・)。
結局、乗客は自分ら2人の他にアルヘンティーノのカップルとチレーノ1人、スイス人のおっちゃん1人の計6人。
4日も船待ちした自分らを尻目に、他は全員今日着いた人たち。何も狙って来たわけではなく、全員何の考えもなしに何となく今日来ただけ・・・なんとラッキーな。
チレーノなど船に乗る直前にランチャで着いていた。ジャスト・イン・タイム!

17:00にようやく、カプルガナへ向かうランチャに乗せてもらって我らがドン・ルイス号に乗船。17:30過ぎに晴れて出港と相成った。
さらば、プエルト・オバルディア!もう一生来ることはなかろう。
来たときより明らかに波は低いけど、それでも揺れるわ、揺れるわ・・・。ランチャのように爆走はしないから飛ぶわけじゃないけど、この振幅の大きい揺れの方が船酔いに対しては辛い。
コイツは完全に船酔いモードだ。自分ら二人は普段乗り物に酔うことはないのだが、油断してるとヤバそうな感じ。炊事の匂いと廃ガスの臭いがまたヤバイ。なるべく体勢を低くして遠くを見つめてやり過ごす。
パナマ本土を左手に見ながら木の葉のように揺られ続けること2時間。海沿いのちっちゃな集落の見える沖合いに投錨して機関停止。今晩はここで寝るらしい。
夕飯はなしっぽいので(あってもたぶん食べられなかったけど・・・)即寝る態勢に入る。全員で床に雑魚寝。アルヘンティーノの二人が屋上へ行ったので、まだこの日の晩は平穏だった・・・。
船に明かりは一切なく、船員は全員ヘッドランプを装着。乗客の中で明かりの類を持っていたのは自分らだけだった・・・。
暫らくして船員は食事をしていたが、客は誰一人起き出さず。

7feb2011 ここから船にアプローチ 7feb2011 やっと船に乗り込んだ
ここからランチャで船に移る               ようやく船に乗り込む

2011/2/8 火
6:00を過ぎて明るくなり始めると、海沿いの集落からたくさんの人たちがカヌーで船にやって来て、船上で商売が始まる。船から降ろす物資は、米や砂糖、ジュースといった食料がほとんど。
商売は8:00過ぎまで続いて、集落の人たちが蜘蛛の子を散らすように帰って行った後9:30近くになってようやく出港。
本土が右手に見えるからおかしいなぁと思っていたら、1時間ちょっとしてプエルト・オバルディアに到着!
えぇぇ・・・何でぇぇ?見覚えのある景色に一瞬我が目を疑ってしまった。
船員たちが床下の倉庫から大量のセメント袋を出している。プエルト・オバルディアに降ろすらしい・・・。
声を大にして言ってやりたい「何で昨日降ろさなかったんだよ~!」。行動の意図がまったくわからん。
船は投錨することなく、機関も停止することなく、沖合いで波に流されては逆の方向へ走り、流されてはまた走りの繰り返し。
機関も停止しないからすぐ出るだろうと思っていたら、結局作業に2時間以上かかった。船が牽引している上陸用ボートというか救命ボート?にセメント袋を載せて、ただの板切れで岸まで漕いでって降ろすんだから、そりゃ時間もかかるわな。
一往復では降ろし終わらず二往復。その間船は沖合いを行ったり来たり・・・。
それなら声を大にして言ってやりたい「今日乗せてくれりゃよかったじゃんよ~」。
12:45にようやく再出発。
いい加減腹減ったなぁと思っていたところで飯となった。でも、この揺れの中で食べるのは大変危険なような気がする・・・。
食事は一日二食。米の上に肉か魚が乗っていて、豆のスープがかかっていたりたれがかかっていたり、時々バナナがついていたり。
たぶん米は海水で炊いているからちょっとしょっぱいのだが、味は悪くない。
これが洗面器やでっかいボールに入って渡されるから量は嫌と言うほどある。
飯ができると呼ばれて洗面器を渡される。洗面器に入った飯を食うのはスーダン以来か?だんだん犬の餌のように思えてくる。

ここでちょっと乗客のメンバー紹介。
スイス人のスティーブンは年がいってることもあって落ち着いていてキチンとしている。ドイツ語圏の人間に共通の印象で、日本人の目から見ていたってまとも。
ドイツ語、フランス語、英語、スペイン語の4ヶ国語を自在に話し、ロシア語もちょっと話せる。フランス語とスペイン語が話せるからポルトガル語もわかると言っていた。
スイス人なのにアメリカのパスポートを持っていたり、パキスタンやチリに住んでいたこともあったり、ちょっと謎な感じの人である。
いやに老けて見えたが実は28歳だったチレーノは、名前を聞いたが忘れてしまった。レイザーラモンHGに似ているので、自分らは勝手にラモンと呼んでいた。
アルヘンティーナの二人は名前も何も知らない。女の子の方はシュレックのような体型をしている。

飯を食って相変らず揺られていたら気持ち悪くなってきた。体勢をできるだけ低く、床に横になってどうにかやり過ごす。
2時間も走ると、早くも島が現れてきた。船員に聞くとサン・ブラス諸島らしい。
サン・ブラス諸島には350以上の島がある。そのうち人が住んでいるのは40ほどで、クナ族の人たちが暮している。
島はどれも小さく、大きなものでも周囲数百mしかない。小さなものだとヤシの木が数本生えているだけ、というマンガに出てきそうな南の島、亀仙人のじいちゃんがアロハを着て「ハロー!」とか言ってそうな感じである。
島は本土から数百m程度の距離に点在している。本土に近すぎて、通常の縮尺の地図だと島の地名が完全に本土に乗ってしまっている。
そして人が住んでいる島にはあり得ない密度で家々が並んでいる。
このあたりの地形はとても面白い。言わば、ボツボツと凹凸のついたスポンジの裏側みたいなところに末切りまで水を満たした感じ。
島はどれも真っ平らで、どこも標高は海抜1、2mしかない。こんな海面スレスレのところに木が生えていたり家が建っていたりすることに一瞬目を疑う。ちょっとでも高い波が来たら完全にアウト!でも、もう何百年、ことによると千年以上住み続けているのだから問題はないのだろう。
ちなみに、北アルプスがそのまま日本海に沈み込んでいるように、島の周囲は海に沈みこんで急に深くなる。
本土と島の間に入ると急に海が穏やかになり(ちょっと沖では白波が立っているけど)、16:00に最初の島に寄港。名前は忘れてしまった。
サン・ブラス諸島、海の水はキレイだ。キレイだが、残念ながら人の住んでる島の周りはゴミだらけ。ゴミは全て海へ、というのが島の人たちの常識だからだ。
海沿いはグルリと掘っ立て小屋のトイレが並び、糞尿も全て海に垂れ流し。これはまぁいいだろう、母なる海に還るのだから。このくらいの人数であればまったく問題ない。
食べ残しを海に捨てるのもいいだろう。魚なんかがキレイに食べてくれるから。
でも、空き缶やペットボトル、ポリ袋なんかはどうしようもない。島の周りはそんなゴミで埋め尽くされている。誠に残念だ。
島の人たちが島の中を掃いていたりするが、集めたゴミの行き先はやはり海である。まぁどこにも持って行きようがないのだけれど・・・。
ちなみに、船やヨットの糞尿も海に垂れ流し。食べ残しも海に捨てるのが常識である。そんなわけで、停泊している船の周りはウ○コがプカプカ浮いていたり、油が浮いていたりするのだが、島の人も泳がぬそんな場所で船から海に飛び込んで喜んでいるのはラテン馬鹿トリオだけである。もちろん、海から上がって体を流せる真水などない。
1時間ほど停泊してからまた移動。20分ほど進んだ別の島に船を係留して本日は終了。先に着いていた船に横付けする形となった。
夜は島でちょっとしたお祭があり、夕方着いたときから隣の船から大量のビールを降ろして飲んだくれていた。島の人の何人かはもうベロベロで、ドリフのカトちゃん状態であった。
この夜もアルヘンティーノの二人が屋上で寝ていたためまだ平穏だった。

8feb2011 こんなちっちゃな島もある 8feb2011 我らがドン・ルイス号@最初に着いた島
こんなちっちゃな島もある                我らがドン・ルイス@最初に寄った島

8feb2011 二日目の停泊地 8feb2011 既にできあがってる人たち
二日目に停泊した島                   既にできあがってる島人たち

2011/2/9 水
朝8:00頃、隣の船は出発していった。自分らの船もエンジンを始動したので出発か?と思ったら、船を係留しなおしただけだった・・・。
船員は朝からビールを飲んでいてまったく動く気配なし。
9:00頃朝食を食べたものの、昼を過ぎてもまったく動く気配がなく、もしやと思っていたらこの日はまさかの停滞だった・・・。
そう言えば船長の姿が朝から見えん。3日目にして早くも停滞かよ!してこの島でいったいどうしろと???
島は周囲が数百mしかなく、船から島の向こうの海が見える。砂浜があるわけでもなく、例によって島の周りはゴミだらけ。海に入る気などまったく起こらない。
ラテン馬鹿トリオは意外にもインドア派で、一歩も船から出ずにずーーーっと喋りっぱなし、か寝てるか。
島には木があまりないから木陰がない。仕方なく島の中をブラブラしたり、家の陰に座って本を読んだり。まぁ贅沢っちゃ贅沢な時間ではある。

クナ族の人たちは小柄で、男はいたって普通の格好をしているが、大人の女性はたいてい「モラ」という鮮やかな伝統衣装を身につけている。
この狭い島にちょっと異常な密度で家々が建っていて、子供がたくさんいる。
すぐに気付くのは、どの島も同様であるが、子供は女の子が多いこと、そして知能障害を持った子と色素のない子がいること。
血縁的に比較的近い間で交配を重ねている結果、血が濃くなってしまっているものと思われる。
強烈な南国の日差しの下、色素のない子は目も開けていられないような感じで、見ていてちょっと可哀想ではある。でも、特に差別もされずに他の子と元気に遊んでいる姿に救われる。

毎日雲が多く(特に本土側)、朝晩は雲で星の見えない日が多いが、この日の星空はすごかった。夜中トイレに起きると満天の星空で、長く尾を引く流れ星がいくつも流れていた。
この夜もアルヘンティーノの二人は屋上。まだ平穏であった。

9feb2011 クナ族の女性 9feb2011 停滞中の図
クナ族の女性                       停滞中の図

2011/2/10 木
だいたいいつも明るくなる6:30には起き出して、トイレに行ったり顔を洗ったり。
朝、船長が大荷物を抱えて島の中から帰ってきて、8:15に出発。どうやらこの島には船長の家があったらしい。
船員はほとんどがどこかの島の人で、後になって気付いたのだが、毎回航海の度に持ち回りで家に帰っているらしい。だから荷物を降ろしたりするわけでもないのに島に停滞したりする。
この島から、どこか近くの島へ行くらしい女の子2人とおっちゃんが1人船に乗り込んだ。
30分ほど走って別の島に寄港、荷物を降ろして10:00前にまた出発。
途中、船の周りにイルカの群れが現れて暫らく船と併走していた。思わず感激!
それにしてもパナマって山深かったんだねぇ、何も知らなかったけど。
本土側にはずーーーっとサン・ブラス山脈が連なっている。高くはないけど人跡未踏のジャングルで、人の痕跡は一切ない。この山脈の向こうには一応コロンビア国境へ道路が走っているはずであるが・・・。
12:50、また別の島に寄る。ここではミリタリーのパスポート・チェックがあった。
アルヘンティーナの男の方が屋上で寝ていて風邪をひいたようで、ここで二人揃ってハンモックを買ってきた。ずっと屋上で寝ててくれりゃよかったものを、この日から下に引っ越してきて夜が爆発的にうるさくなることとなる・・・。
16:00過ぎに再び島を離れ、17:20に別の島に係留してこの日は終了。朝乗り込んできた女の子たちはこの島で降りた。
この日からラテン馬鹿トリオの本領が発揮され出す。昨日まで話し相手がなくて静かだったラモンも加わってうるせーこと、うるせーこと。耳栓をしてるのが嘘のように突き抜けてくるコイツらの声はすごい。
スペイン語のマシンガン・トークで何を言ってるのかわからない自分らはまだしも、言葉のわかるスティーブンはさぞ不快なことだろう。
でも、後から考えれば風邪をひいて本調子じゃなかったこの日はまだまだマシな方だった・・・。

10feb2011 再び我らがドン・ルイス号@4日目の停泊地 10feb2011 食事は毎回こんな感じ
再び我らがドン・ルイス@4日目の島         飯は毎回こんな感じ

2011/2/11 金
この日はちょっと気合が入っていて、7:30前に船が出た。
8:00にアリガンディ島に着き、スティーブンがこの島で下船。僅か30分の距離のために昨日も船に泊まる破目になっていたわけか・・・。
アリガンディはもっとローカルでいいところだ、とスティーブンは言っていたけど、特にこれまでの島と変わらんけど・・・。この島に滞在していったい何をするつもりなのか、謎である。
ちなみにアリガンディでようやく全工程の半分くらいである。今日でプエルト・オバルディアを出て5日目、試しに船員の一人にいつカルティに着くのか聞いてみたら衝撃の答えが・・・何と!月曜だと言う。
聞かなきゃよかった・・・全身の力が一気に抜けた。いったいいつまで俺たちを拘束するつもりなんだぁぁぁ。

アリガンディからまたたくさん島の人が乗り込んできた。
10:45に島を出て1時間半で別の島に着いたが、この島にはタッチ&ゴー状態でエンジンも止めずにまたすぐ出発。そこから1時間15分走ったまた別の島で本日は終了。
まだ13:00過ぎだってのに、しっかし進まねぇなぁ・・・。こりゃ月曜までかかるわけだよ。
と思ってたら、先ほど月曜と教えてくれた船員からまた衝撃の事実が・・・「明日もここに泊まることになったから、カルティに着くの火曜だね」。
嘘だろ、おい。明日ここに停滞なのかよ!何か俺たち悪いことでもした???お願いだから早く開放してくれーーー。

あまりの馬鹿さ加減に半ばどうでもよくなってきた。
まだ時間も早いので島の中をブラブラ・・・つっても周囲数百mの島だからすぐ見終わっちゃうんだけどね~。
それにしてもラテン馬鹿トリオはこの事実を知ってるんだろうか???自分らより暇そうなのによく平然としてるなぁ・・・今日も船から一歩も出ないでずーっと船の中だよ。
後でラモンに聞くとこの衝撃の事実を知らなかったから教えてやったが、「ふ~ん、じゃああと4日か」ってな感じで別に意に介していないようであった。あと2週間しか休みがないって言ってた割りにアンタいったい何やってんの???

プエルト・オバルディアを出てから初めて島で金を使ってみた。思わぬ持久戦になりそうでタバコが切れそうだったからだ。
島には本土から船や飛行機で物資を運んでいるわけで、さぞ高かろうと思っていたのだが、これが意外や意外、タバコ一箱$1である。えっ!なになに?パナマってもしかしてそんなに物価安いの???
ちなみにタバコを売っていたのは別に店でもなんでもない、普通のおっちゃんの家だった。
店で買って飲んだ缶入りのジュースも一本$0.75。船で持ってきてることを考えれば信じられないくらい安いんだけど、いったいどうなってんの?パナマってそんなに物価安いの?

この日は先に着いてた船と後から着いた船にサンドウィッチされる形となった。
夜になって隣の船が発電機を回し始めたんでやたらとうるさかったが、ラテン馬鹿トリオの声に悩まされるよりずっとマシだった。
発電機の騒音にもめげずいつも以上の声を張り上げて話し続けていたが、これならお前らの声は気にならん。はっはっは、ざまーみろ。

11feb2011 マンガに出てきそうな南の島 11feb2011 停泊した島のメイン・ストリート
マンガに出てきそうな南の島              停泊した島のメイン・ストリート

2011/2/12 土
今日はお約束の停滞。別の船員の家がこの島にあるらしい。
また島の中をブラブラしたり、本を読んだり。昼の暑い盛りに店でジュースを買って飲むのが唯一の楽しみだったりする。
それにしてもラテン馬鹿トリオはまた一歩も船から出ねーよ。いったいお前ら何やってんの???島の人の生活とか、そういうことにはまったく興味がないらしい。
よくもまぁ毎日毎日馬鹿デカイ声張り上げて喋ることがあるもんだ。しかもアルヘンティーノの二人は昨日今日会ったわけじゃなく、これまで何ヶ月も一緒に旅してきた上でだよ、それも酒が入ったりしてるわけじゃない素の状態で。まったくもって信じられん生態だ。

どの島にも、もちろん車やバイク、どころか自転車すら存在しない。まぁこんな小さな島で使いようがないってのもあるけど・・・。よって子供たちは車を見たことがない。車なんてものは教科書の写真でしか見たことがない代物だ。
各家にソーラーパネルが設置してあって、最低限の電力は確保されている。が、もちろんTVなんてものはない。
そんなのどかな島々である。
そんな島でも自分たちはチナ呼ばわりだ。よく見りゃ島の人たちだって色黒の日本人、つまり今の自分らとたいして変わらない顔つきをしているのであるが、アジア系の顔をした外国人は総称してチナってことになるわけだ。
話してみると中国がどこにあるのかも知らないし、中国の何を知っているわけでもない。おそらく中国人を見たこともないのに、「チナ」って言葉は知っているところがすごい。おそらく世界中で「チナ」と「ジャッキーチェン」の知名度に勝るものはないであろう。
そんなわけで、たいていの人は悪意を持って自分らに「チナ」と呼びかけているわけではない。そうとはわかっていても、日本人として「チナ」呼ばわりされるのはなんとなく不愉快だ。
「チナ」って響きが馬鹿にされてるようでよくないし、中には自分たちより下に見てチナ呼ばわりしている節のある人もいるからなおさらだ。
この自分たちより下に見ているってのがまた滑稽だ。何の根拠もないのにだ。中国の何を知ってるわけでもないのに、何となくイメージでそう思っている。
おそらく中国人に言わせりゃ「お前らに言われたかねーよ」って話だと思う。
いずれにしても、これから世界中に出て行くであろう中国人旅行者は各地で不快な思いをすることになるのだろうなぁ・・・。

夕方、縛ったイグアナをぶら下げた女の子が歩いていた。あっ、イグアナもここじゃ食べられちゃうわけね・・・。
今晩も隣の船の発電機はうるさかったけれど、ラテン馬鹿トリオの声には悩まされず眠りに就けた。
ちなみに、途中で船に乗ったクナ族の人たちはどこか島に寝られる場所があるらしく、船の中では寝ていない。

12feb2011 島のメイン・ストリート 12feb2011 二隻にサンドウィッチされたドン・ルイス
島のメイン・ストリート                   二隻にサンドウィッチされたドン・ルイス

2011/2/13 日
この日もちょと気合が入っていて7:00に出発。が、クナの人たちが乗ってねぇ・・・乗ってないのわかってて何やってんだか。いったん停止してボートでクナの人たちを迎えに。
気を取り直して7:30に出発。
ちなみに昨日家に帰ったと思われる船員は、そのまま島で船を降りた模様。だったら何で昨日停滞したのよ???
ラテン馬鹿トリオは船が動き出すと急に本を読み出すという習性がある。そんなのは彼らの勝手だが、島に停泊してるときは全く読みもしないで読みにくい状況になると何で急に読み出すの?と自分らの感覚では不思議で仕方ない。
船が止まっているときに読んで動き出すと景色にかぶりついている自分らとは全く逆の行動パターンである。
どうやら自然を愛でるとか、美しい景色を楽しむといった感覚は基本的にあまり持ち合わせていないらしい。まぁこれは彼らに限った話ではないのだけれど・・・。
10:00にNIADUP島に到着。クナの人たちは全員ここで下船。
島の沖には各国のヨットが10隻以上停泊している。
ここまで来ると家々の密集具合がだいぶ現実的になってのんびりしたかなりいい雰囲気を醸し出している。島の周りは相変らずゴミだらけには違いないのだけれど・・・。
1時間ほど停泊して11:00に再び出発、11:30にTIGRE島に到着。
やはりなかなか感じのいい島である。意外に安いとわかってから島に寄るたびジュースを飲んでいるが、昼の暑い盛りにはこれが実に旨い。
それにしてもラテン馬鹿トリオはどんだけ船の中が好きなんだ???一歩も外に出やしねぇよ・・・。島の様子などには全く興味がないようで・・・。
13:20に三たび出発。14:00にナルガナ島に係留してこの日の移動は終了。
早速島の中を散策。この島には小さな発電所があって24時間電気が使える、というのを島の人たちは誇りにしている。こんなに必要あんの?ってくらいある電灯も一晩中点きっ放しで、ハッキリ言って伊那谷の村よりずっと明るい。
島に建っている巨大なアンテナで受信しているらしく、何と!TVも見られる。
ここまで来るとクナ族の民族衣装を着た人はほとんど見かけなくなるが、人口密度はますます低くなって逆に居心地はよくなったりする。
ナルガナ島は隣のコラソン・デ・ヘスス島と立派なコンクリートの橋で結ばれている。橋は一晩中煌々と電灯に照らされていて、もちろんコラソン・デ・ヘスス島でも24時間電気が使える。
でも、逆にこの二島では水の便が悪かった。
船に近づいただけで「ペロ~・・・ポルケ~・・・」と張り上げた大声が聞こえてくる船にいるのが苦痛で、夕飯の後も島に降りて広場で夜風に当たってのんびり。
再び船に戻ると、飽きもせず「ペロ~・・・ポルケ~・・・」とやってる。死ね!
この日は他に船着場に着く船もなく、静かな分だけラテン馬鹿トリオの声が響き渡る。耳栓が全く役に立たねぇ・・・あぁぁコイツら3人とも夜中寝てる間に海に投げ捨ててやりたい。
自分らが寝た後は静寂に包まれるわけだから、おそらくコイツらにはストレスなど全くないに違いない。
一瞬会話がピタッとやんだときに、自分らの声の馬鹿デカさに気付いてくれ!と願うのだが、まぁ願うだけ無駄だわな・・・そんなんで気付くくらいならもうとっくに気付いてるだろうし。
また同じ調子で「ペロ~・・・ポルケ~・・・」と始まるわけである。死ね!
ようやく静まった23:00過ぎ、今度は突然の雨に起こされる。最初は無視していたが、すぐに暴風雨となって大粒の雨が襲来。とても寝ていられる状況ではなく、いったんマットを持って船室というか倉庫に避難。
雨は30分ほどで上がり再び眠りに就く。あぁ何と踏んだり蹴ったりな・・・。

2011/2/14 月
もしかしたら今日奇跡的にカルティに着くかも、と期待していたのだが、この日はのんびり出発の準備をしていて、どうやらその線はなくなった様子。
10:20にようやく出発。この日は島の沖に17隻ものヨットが停泊していた。カナダ、フランス、ドイツなどの国旗がはためいている。
(島の人には悪いけど)揃いも揃って何故こんなところに停泊しているのか理解できん。
30分でリオ・アスーカル島に到着。
今日はどこまで進むのかなぁと思っていたのだが、昼食を食べ終えてからも一向に動く気配なし・・・何か嫌な予感。
試しに聞いてみたら、やっぱりか・・・今日はこの島で寝るらしい。嘘だろーーー嘘と言ってくれーーーだって今日30分しか走ってないじゃん。すっかり意気消沈・・・。
停泊している我らがドン・ルイス号の横に他の貨物船やヨットが次々と横付けしてきて荷物を降ろしたり水を補給したりしている。
・・・ハッキリ言ってお前邪魔だぞドン・ルイス。
当然ながら他の船は荷降ろしや補給が終わると足早に去って行く。
・・・お前だけだぞもたもたしてるのドン・ルイス。

横付けしてきた貨物船の船員に一人のコロンビア人がいた。脚にカタカナの刺青をしてたので話しかけてみたら、これがまた無茶苦茶いいやつだった。
そうそうこんな感じだった、こんな感じだった。ボゴタのコロンビア人はこんな感じだったよー。久々にボゴタにいたときのことを思い出した。
エクアドルで買ったというケーナをくれたり、パナマのコインをくれたり。
「日本のコインを持ってるか?」と聞かれたので、なけなしの10円玉を見せてあげた。5円玉の方がインパクトがあるのだけれど、とっくの昔に手持ちなし。
返そうとするので「やる」と言うと、とても喜んでくれ大事そうにウエストバッグの中にしまっていた。
その後も冷えたジュースを買ってきてくれたり、持ってた粉ジュースをくれたり。ホントに何でそんなによくしてくれるの?ってくらいいいやつだった。
こちらはお返しにあげられるような物がなく、近々子供が生まれると言うのでマユミが鶴を折って渡すと、また大事そうにウエストバッグの中にしまっていた。
そんな彼、フアン・ガブリエルの船も荷物を降ろし終わると、足早にコロンビア方向へ去って行った。
あぁぁドン・ルイスだけいったい何をやってるのよ・・・。

売るほど時間があるので、島の中を散策したり、ベンチに座って本を読んだり、島の子供と遊んだり。
この島も子供は圧倒的に女の子が多い。見慣れぬアジア系の顔に興味があるのか近づいては来るが、恥ずかしいのか最初は声をかけてもモジモジしている。
そのうち慣れてくると、色々聞いてきたり、逆に教科書を持ってきて見せてくれたり。写真を撮ってとせがまれて、カメラを向けると大人びたポーズをとったりもする。
最後まで話をしていた女の子はニウリカという名前だった。ニウリカの持ってきてくれたパナマの地図で現在地を教えてもらうと、まだカルティからけっこうな距離がある。
・・・本当に明日着くのかドン・ルイス。

夕飯の時間になったのでニウリカにバイバイして憂鬱な船に戻る。
・・・あぁなんでこんなに憂鬱なドン・ルイス。
ラテン馬鹿トリオだよ!お前らがうるせーからこんなに憂鬱なんだよ!
家に帰りたくないどこかのサラリーマンのようになってきた・・・。
しっかしまぁ何度も言うけどよくもまぁ毎日毎日話すことがあるもんだ。
トリオの中でも最大の癌なのがアルヘンティーノの男の方なんだけど、トリオ以外の人と喋ってるのを聞いていて薄々気付いたことがある・・・もしかして頭悪いの???
どう見ても一の言葉で済むところを十の言葉を使って答えている。常に相手の一の言葉に十の言葉で返している感じ。
しかも前にも聞かされたような話を繰り返ししている・・・。
まぁそんな話を毎回聞いて毎回マシンガン・トークに持ち込む残りの二人も似たもの同士で気が合うんだろうけど・・・。
・・・いい加減解放してよドン・ルイス。

14feb2011 リオ・アスーカル島 14feb2011 フアン・ガブリエルと
リオ・アスーカル島                    コロンビア人船員フアン・ガブリエル

14feb2011 島の子供たちと 14feb2011 ポーズを決めるニウリカ
島の子供たちと(見方によっては三人の島人)   ポーズを決めるニウリカ

14feb2011 地図で現在地を教わる 14feb2011 ほのぼのとした時間
地図で現在地を教わる                 ほのぼのとした時間

2011/2/15 火
今日は前に船員の一人が教えてくれたカルティ到着予定日の火曜。
いつも通り6:30に起きて身支度を整え出発を待つ。が、船員が起きてこねぇ・・・こりゃ早く出発する日の行動パターンじゃねぇ。またしても嫌な予感。
また船員に聞いてみた、今日カルティに行くのかと。
船員曰く、一度ナルガナ島に戻ってから今日行くよ。
船員は今日行くと言う。行くというがまったく動きそうな気配がない。そうこうしてるうちにまた飯が準備され与えられた飯を食う。昼を過ぎる・・・。
やっぱ行かねーじゃねーかよー!
完全に諦めモードとなってまた島に降りる。
船員が船の行動予定を全く把握してないところが信じられん。
いったいいつまで拘束しとく気なんだよーーー頼むからいい加減解放してくれーーー!

ニウリカはマユミの名前を覚えていて、自分らを見つけると「マユミー!」と叫んで駆け寄ってくる。
いやー実は今日も島にいるんだよ・・・。
またタバコが切れそうになって買ってみたら、今度は一箱$0.5だった。

今日も一日中船の中にいたラテン馬鹿トリオ・・・勝手に人の水飲むんじゃねーよ!人の荷物の上にお店を開くな!使った食器はちゃんと片付けろ!
あぁぁもう行動の一つ一つが鼻につく。

あーもう着くのいつでもいいや・・・と開き直っていると、夕方船長のマリオに告げられた。
「明日はカルティに行くから」
遅ぇーよ!
ここまで来ると「明日行くから」と言われても、うれしくもなんともない。明日は行くから・・・当たりめぇだ!
船長直々に言うのだから、明日こそはホントに行くのだろう。

今日こそ天空の雷を下してやる!そう思いながら眠りに就く。
最初トリオは屋上でくっちゃべっていた。屋上で騒いでる分にはまだいいだろう。
そのうち寝床に下りてきて大声でくっちゃべったり歌を歌ったりしていたが、今日は「いつもよりは」静まるのが早く、堪忍袋の緒が切れるには至らなかった。

15feb2011 再びニウリカたちと
再びニウリカたちと

2011/2/16 水
今日は行くと言っていながら気合の入った日の行動パターンとは違って、のんびり9:00過ぎに出発。
ホントに今日行くんだろーね!
11:00に島に着く。カルティ?いやいやまだ違うらしい。
本土に延々と連なっていたサン・ブラス山脈の山々がここへ来てだいぶなだらかになってきた。これなら道路も通っていそうな感じ。相変らず人の住んでる形跡は全くないけど・・・。
30分ほど停泊して再出発。そこから45分ほどしてまた別の島にアプローチ。今度こそ?何故か素通り。
さらに45分ほど走って13:00、ようやく、ようやく、ようやくカルティに到着!
カルティというのはこの辺一帯を総称して呼んでいて、カルティ○○という島がいくつかある。
着いたのはカルティトゥピレという島。

さて、気になる船賃の方は一人$75だった。$50~60と予想してたのでちょっと高い気もしたが、トリオも素直に払っているので仕方ない。
船賃を払い、船員に別れを告げて意気揚々と船から降りたものの、本土へ渡るボートがねぇ・・・。
14:00にボートが戻ってくると言うので、暫し待ちぼうけ。
が、島のおっちゃんはパナマ・シティへ行く車はないとか何とか言っている・・・何となく嫌な予感。
14:00近くになってバナナを満載したじいちゃんのボートが戻ってきた。おっちゃんがじいちゃんと話をつけてくれ、無事本土へ渡れることとなった。
船賃は一人$3。満載したバナナを降ろし終えるのを15分ほど待ってボートに乗り込む。
ようやくドン・ルイスから解放された~チャオ!
でもラテン馬鹿トリオとはまだまだ一緒。
海は穏やか、ボートもゆっくり走ってくれたので荷物が濡れることもなく、15分で本土のカルティに到着。
ドン・ルイスを降りるとき、ラモンは自分のゴミも持ち帰ってボートに乗り込んだ。
おっ!コイツなかなか見どころあるかも、と一瞬思ったのだが、ボートにそのまま置いて去った・・・。
してその行動の意味は???ボートのじいちゃんに対する嫌がらせかよ!

カルティには町があると勝手に思い込んでいた。ガイドブックの地図を見ると道路も通っているし、小さな町くらいありそうに見える。
が、何もなかった・・・。ミリタリーの待機所と閉まっている小さな食堂以外何もねぇ・・・。
こりゃホントにパナマ・シティに行く足がないかも・・・あの辺に止まってるピックアップに上手いこと乗せてもらえるだろうか・・・。
ひとまずミリタリーに呼ばれる。
プエルト・オバルディアのフレンドリーな兵士たちと違って、ここの兵士は何やらとても偉そうにしている。
3人いた中の1人がとても威張り散らしていて、「何で飛行機で来ない?」とか「ここはミリタリー関係が使うところで旅行者の来るところじゃねぇ」とか「船の名は?はぁ?ドン・ルイス?そんな船知らねーな」とか「パナマへ行く車はねぇ」とか・・・何やら険悪な雰囲気。
アルヘンティーノの二人が十の言葉を使って応戦。
おぉぉこんなヤツらでもいてくれて助かった!と一瞬思ったのだが、実は逆だったかもしれん・・・。
コイツら相手を逆上させてねぇ???何か相手の語気も強まってきたけど・・・。
とにかくパスポートと荷物のチェックってことになった。
名前と生年月日を聞かれて本人確認がなされ、別の一人がNo.などを控える。
荷物チェックは執拗にやっていた。最初のシュレックはザックから中身を全て出し、小分けの袋も全て提示、シュラフまで広げてた。
今しがた荷物を運んできた四駆が荷物を降ろし終わり、来た道を戻ろうとしている。何となく自分らを待ってくれているような気がしたのでマユミがラモンに聞いてみた。
「あの車に乗れるのかなぁ?」
「いや、荷物チェックだよ」・・・ダメだこりゃ。コイツは人の話を全く聞かんのでいつも話が噛み合わない・・・。
次の男の方がザックを広げ始めたところですぐにその四駆に乗れって話になった。荷物チェックも即中止。
中止になったのはありがたいんだけど、こういうところが理解に苦しむところで、だったら最初からそんな詳細な荷物検査始めるなよ!と言いたい。
何はともあれパナマ・シティへの見通しが立った。ふ~。

車が走り出した途端、パナマへ行けることに余程興奮したのか、アルヘンティーノのテンションがMAX。
「ペロー・・・ペロー・・・ポルケー・・・ポルケー・・・」これまででも最高のハイ・トーン。おそらく1分以上息継ぎしてない。しかも狭い密室。
車の客は自分ら5人の他にクナの親子2人。親子も唖然としたに違いない。
誰かこの二人をポアしてください。二人に天空の雷を!(ラーマーヤナではインドラの矢とも言うがね・・・by ムスカ)
道は所々路肩が崩れてたりするけど全線舗装の一本道。恐ろしくアップ・ダウンが激しい。こりゃ確かに道路通すの大変だわな・・・。
アルヘンティーノは延々とハイテンションで喋りっぱなし。
クナの親子2人を途中の町で降ろし、2時間半でパナマ市内に入る。遠くに林立する摩天楼が見えたときはちょっとした猿の惑星状態だった。
急に最先端の文明社会に連れて来られた感じ。こういう現代的な大都会を見るのって実に久しぶりだ。

パナマの宿には当たりをつけてあった。が、先に自分らの目当ての宿へ行くと、ラテン馬鹿トリオがついてきかねない。それはなんとしても避けねばならない。もしこんなヤツらと同じドミにでもなったりしたら、たぶん発狂するだろう。と言うかその前に他の人に怒鳴られると思うけど・・・。
当然ながらトリオには何の考えも情報もない。運ちゃんに宿を聞いて色々案内してもらっているが、コイツらがあーでもねぇこーでもねぇと始まるもんだから、市街地を散々引き回される破目になった。銀行なんて宿決めてから後で勝手に行けよ、まったく!
すっかり暗くなってしまったが、いよいよトリオと別れられる時が来た!
とある宿の前でトリオを降ろし、自分らは運ちゃんに目当ての宿の近くまで乗せてってもらう。
チャオ!お願いだから二度とコイツらと会いませんように!

コンチネンタル・ホテルの前で降ろしてもらい、Zuly'sまで歩く。
ホテルの入口はこっちだぞ、って運ちゃんが教えてくれたけど、いやいやこんなホテルに入れないから・・・。
情報ノートの地図を頼りにZuly'sがあると思しき場所まで歩いてみるが、そこには別のホスタルが建っている。近くの屋台のおっちゃんに聞いてようやく判明。宿の名前が変わったらしい。今見た宿が目当ての宿だった。改装したとは聞いていたけど、まさか名前が変わっていたとは・・・。
というわけで、Zuly'sは改装されてHOSTAL CASA RIKAと名前が変わりました。宿代も値上がりしてドミが一泊$12.5です。
自分らは今回迷わず$30のWをチョイス。部屋に入ってようやく一息つく。
管理人は代わったけど、今の管理人のおっちゃん連中も親切で居心地はいい。ちょっと高いけど・・・。
宿で久々にごく普通の旅行者を見て安心した。そうだよなぁ、やっぱ普通このくらいの声で話すよなぁ。
飯を食いに行ってパナマの人たちを見て安心した。そうだよなぁ、スペイン語だって普通このくらいのトーンで話すよなぁ。
やっぱりヤツらが異常だったのだ。

16feb2011 ザッツ南の島・・・天気が今ひとつだけど 16feb2011 バナナを降ろし終えたら本土へゴー!
ザッツ南の島・・・天気が今ひとつだけど       バナナを降ろしたら本土へゴー!

Trackback [0] | Comment [3] | Category [■ 054_Panama / パナマ] | 2011.02.19(Sat) PageTop
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パナマ・シティ(シウダ・デ・パナマ)

2011/2/17 木
休養日。
10日間船の上でウダウダしてたわりにどことなく疲れていて休養日。
朝起きると部屋の電気が死んでいた。
まさかパナマ・シティの、しかもパナマの富の象徴である新市街の中心地で停電?まさかね、そんなわきゃないね、プエルト・オバルディアじゃあるまいし。
自分らのいるフロアだけ電気が全滅しているようだった。
すぐ復活しそうにないので部屋を替わってくれ、ということになって朝食後に引越し。あー朝から面倒くせー。

宿があるのはセントロではなく、新市街の中心地。近くには高層ビルが建ち並んでいる。高級ホテルもあるし、スーツを着たビジネスマンが通りを闊歩している。ちょっと居場所がない感じ?
マックと中華以外安く食事のできるところがなくてちょっと不便。セントロの方が生活するのに都合がよいのだが、今さら宿を移るのも至極面倒なのでこのまま滞在することにした。

Zuly'sを求めてやってくるため、宿にはパラパラと日本人もいてちょっと驚いた。
会った人たちは皆カルタヘナから飛んできた北上組で、不思議とこれから南下して南米に行く人はいなかった。いたらコロンビアのお金を両替えしてもらおうと思っていたのに・・・。
どの人も既に1年半とか2年とか旅している長期旅行者で、イランやパキスタン、中央アジアの比較的新しい生情報をもらえるのがありがたい。
パナマに長居しようという人はおらず(宿代も高いし・・・)、皆さんパナマ運河を見ると足早にコスタリカへ移動してゆく。

2011/2/18 金
今日も休養日。
別段疲れているわけではないのだが、何故かテンションが上がらない。
ボチボチ南米、そしておそらくその延長線上にあるだろう中米に飽きてきたのだ。
南米に6ヶ月いただけで何言ってやがる!と言われそうだが、実際、コロニアル建築はもうお腹一杯といった感じである。
面白いことに話をしてみると、南米から上がってきた人たちは皆が皆同じようなことを感じて旅していた。
「皆同じように感じてるんですね~」などと言われると、「自分らだけじゃなかったのか」と変なところで妙に一体感が生まれたりする。

南米は実に旅がしやすい土地である。
どんな安宿でもある一定レベル以上は確保されているし、何よりトランスポートが快適。移動しようと思えば長距離バスで一気に距離を稼ぐことも可能。
そしてこの長距離バスが実に快適(特にペルー、アルゼンチン、チリあたり)。たいていは道路の舗装もキレイだし、20、30時間乗っていても別段苦にならない。
が裏を返すと、「快適」ということは「つまらん」ということである。楽に快適に移動できるということは(自分らの感覚では)移動に面白味がないということで、旅の魅力の少なからぬ部分をもぎ取られてしまっているように感じる。
ま、これは旅のスタイルによるのだけれど、自分らの場合は「旅」を「移動」と捉えていて、「移動」がかなり大きな部分を占めているから・・・。

今の中南米諸国の歴史は、基本的に16世紀のスペイン人による征服から始まる。
マヤやインカというのは残念ながら失われてしまった文明で、今の世に綿々と受け継がれているわけではない。
悲しいかな、今ある国の歴史は基本的にスペイン人の制服から始まるのだ。
一部の国を除き、南米の最南端からメキシコに至る広大な範囲にわたって公用語はスペイン語だし、町の造りもスペイン征服時代のコロニアル調。
南米ではブラジルとギアナ3国の毛色がちょっと違ったが、基本的には国が変わっても劇的に変化することはなかった。
失礼ながらどこに行ってもあまり変わらないといった印象だ。
そしておそらく中米もその延長線上にある・・・。
もうコロニアル調はお腹いっぱい、というのが今の正直な心境である。
どこに行ってもスペイン語が通じる、というのはある意味すごいことだが、逆に個々の国の魅力を奪いかねない最大の要因でもあると思う。
独自の言語がないというのは便利なこともある反面、寂しいことには違いあるまい。

そろそろアジアへ帰りたいかなぁ・・・などと考えたりもする今日この頃である。
メキシコとキューバは楽しみにしてるんだけどねぇ~。

2011/2/19 土
今日ようやくパナマのメイン・イベント、パナマ運河へ行ってきた。
パナマ運河は言わずもがな、太平洋とカリブ海を結ぶ全長約80kmの閘門(こうもん)式運河で、マゼラン海峡やドレーク海峡を回りこまずに南北アメリカ大陸を横切ることができる。
その存在価値は絶大だ。
運河中央部の標高が高いため、閘門(こうもん)を採用して船を上下させて通過させている。全長に渡り三箇所に閘門があり、パナマから最も近いところにあるのがミラフローレス閘門。
パナマ市街からミラフローレス閘門まではバスを乗り継いで行くことができる。市街地からバスターミナルまで$0.25、ターミナルからミラフローレスまで$0.35、ターミナルの使用料が$0.05、計$0.65で行くことができるが、面倒だし時間もかかるからタクシーを使った方がいいかもね~。ちなみにタクシーだと$6くらいらしい。
タクシーは閘門の目の前まで入れるが、バスは道路上で降ろされるので15分くらい歩く。
閘門に隣接して立派な4階建てのビルが建っていて、ビルの屋上から巨大な船が閘門を通過する様を間近に見ることができる。
ビルの中は簡単な博物館になっていて、運河の歴史や構造をスクリーンで見られたり、様々な展示物を見られたりしてこちらもなかなか面白い。
入場料は博物館の入場券とセットで学割$5。

いやーパナマ運河は単純に面白かった。何時間見ていても飽きない(個人的には・・・)。
後で偶然会った同じ宿の日本人には、「よくそんなに長い時間粘りましたねぇ」と呆れられたが、時間が許すならもっとずーっと見ていたい気分だった。
それと同時に、「運河がある限りパナマ共和国は永遠に不滅です!」と強く感じた。
運河通航による収益は計り知れまい。それに運河の維持管理や拡張工事など、運河がある限り仕事が尽きることもあるまい。
まさに運河様さま、打ち出の小槌、パナマの経済的繁栄は完全に運河と共にある。

パナマ運河は当初、スエズ運河のフランス人設計者レセップスの計画でフランス主導で着工したが、技術的問題、資金調達の問題、それからマラリアの蔓延などで頓挫し、10年ほどで計画を放棄。
跡を継いだのはアメリカで、運河の建設権と関連地区の永久租借権を得て工事に着手、10年の歳月を経て1914年に開通した。
当初、運河収入はパナマに帰属するが、運河地帯の施政権と運河の管理権はアメリカに帰属していた。
1999年、運河及び運河地帯の施政権が正式にパナマへ返還され、現在パナマ運河はパナマ共和国が管轄している。
閘門のサイズにより、現在運河を通航できる船舶のサイズは、全長294m、全幅32.3m、喫水12m以下に制限されている。
ちなみに・・・第二次世界大戦中のアメリカ海軍の艦船は、パナマ運河航行限界で建造された。
通航量の増大や船舶の大型化の流れを受けて、現在運河の拡張工事が進められている。
完成後は通航できる船舶のサイズが緩和され、全長366m、全幅49m、喫水15mまでの航行が可能となり、通過可能船舶の範囲が大幅に拡大する。
が、それでも、積載時の喫水が元々大きいタンカーや鉱石運搬船は対象外で、コンテナ貨物船のうち最も大型の一部も新閘門に対応できないものがあるらしい。

パナマ運河の通航料について調べてみた。
通航料は船種や船舶の積載量、トン数や全長などによりパナマ運河庁が定めている。
1トンにつき$1.39、平均で$54,000ほどであるらしい。近年は船舶の大型化による通航料の最高額更新が続いているのだとか・・・。
2008年にとある豪華客船が$313,000以上を支払ったのが当面の最高額であろうか。
ちなみに通航料の最低額は、1928年にパナマ運河を泳いで通過した(当時はそんなことが許されたのか!)米国の冒険家リチャード・ハリバートンが支払った36セントであるらしい。

見ていて面白いのは、閘門のある運河の溝を、狭すぎて自力航行できない船舶が(自らの機関も併用しているようではあるが)電気機関車に牽引されていくところだ。
前後左右4台の機関車からそれぞれワイヤーで引っ張って船を水路の中央になるよう保ちながら牽引する。そして水路を出た後は大きなタグボートに曳航されていく。
もちろんパナマ運河はヨットなどでも通航することができる。
プエルト・オバルディアからの航海中、あれだけ大きく立派に見えたヨットがさすがにここではゴミのように見える・・・。
小さな船を何隻かまとめて閘門を通過させていた。

というわけで、パナマ運河は一見の価値ありです。
古今東西を問わず、巨大な建造物というのはそれだけで単純に感激できるものだ。

さて、帰りも当然バスで、と思っていたのだが、今日が土曜だからかいつもこうなのか、バスが一向に来ない。来ても何故か止まってくれない。立派なバス停があって、待ってる人が数人いるにもかかわらずだ。
地元の人と思しき人たちと一緒に1時間待ったが埒が明かず、どうしたもんかなぁと思っていたところで同じ宿の日本人二人がやって来て、結局4人でタクシーをシェアしてターミナルまで帰ってきた。タクシー代、4人で$4.5也。

パナマのバス・ターミナルには巨大なショッピング・モールが併設されている。このモールがまたスゴイ。ターミナルの方が完全にオマケといった様相である。
せっかくだから時計の電池交換したいなぁ、あわよくば靴も買いたいなぁなどと思ってちょっと中をブラブラしてみるが・・・。
これはいかん・・・完全にアウトだ。
実は自分ら、人ごみが大の苦手だ。これが青空の下ならまだしも、頭を抑えられた閉鎖的な空間だったりすると完全にアウト!30分もしないうちに限界となる。
目は異常に疲れるし、何故か足も異様に疲れる。何より息苦しくて窒息しそう・・・。
日本にいるときからずっとそうだったんだけど、思うにこういうところで必要な体力というのは、山で必要な体力とはまったく別個のものであるらしい。
日本にいくつもある巨大なアウトレット・モールやイオンのようなモール、こういうところに毎週のように出かけて行ってブラブラしている人たちの体力は、自分らからすると計り知れない。まったくアンビリーバボーだ。絶対真似できん・・・。
まぁそれでも何とか電池交換だけでも・・・と思い、モールの中にあるらしいカシオのショップを求めて彷徨い歩く。
日本のモールならありそうな見取図みたいなのが一切ないので、何がどうなっているのかさっぱりわからん・・・。
結局、見つけたカシオのショップでは電池交換できず、モールの中にあった別の時計屋で交換できた。ここの時計職人のおっちゃん、いい仕事をしたよ。
「どれ、貸してみな」って感じで時計を受け取ると、目にルーペを当ててササッと裏蓋を開けると、ものの2、3分で電池を交換してくれた。日本のように「メーカが○○だから・・・」とか細かい話は一切なしだ。
しかも代金たったの$5.35。日本でプロトレックの電池交換すると2,600円とか取られてたような気がするけど、あれっていったい何だったんだろうねぇ・・・人件費?
いずれにしても電池交換できてよかった。時計はともかく、これで何の心配もなく高度計が使える。

帰りは世界遺産でもあるらしい歴史地区、カスコ・ビエホを見るべくバスでセントロへ出てみた。食傷気味のコロニアル建築ではあるが、一応見ておくかってことで・・・。
イギリスの海賊ヘンリー・モーガンによって17世紀に徹底的に破壊されてしまった旧パナマの町は廃墟だった。
人々の生活する建物の合間に古いコロニアル建築の朽ちかけた壁の一部が残っている・・・そんな感じ。今一所懸命再生しているところで、工事用のネットを張られた古い建築物が並んでいる。
カスコ・ビエホからパナマ湾を挟んで見る新市街の高層ビル群は壮観だった。

パナマの路線バスは非常に使いづらい。道路が一方通行で、行きと同じ道、同じバスで帰って来られないからだ。
「ヴィア・エスパーニャ?」とちゃんと行き先を確認して乗ったのに、最初のバスは(たぶんエスパーニャ通りをかすめはしたのだろうが)あらぬところへ行ってしまい、「いい加減違うだろう」というところで乗務員に聞くと、「あちゃー・・・別のバスで戻らないとダメだよ」って話。
「悪かったね」ってことでここまでのバス代はタダにしてくれた。けっこういい人だ。
別のバスに乗って途中まで来た道を戻り、結局トータル1時間半くらいかけて新市街まで戻ってきた。
ふ~それにしても難儀なバスだ。

19feb2011 パナマ運河のミラフローレス閘門 19feb2011 目の前を巨大船が通過してゆく
パナマ運河のミラフローレス閘門           目の前を巨大船が通航してゆく

19feb2011 閘門は巨大な鋼鉄の扉 19feb2011 電気機関車が船を牽引する
閘門は巨大な鋼鉄の扉                 電気機関車が船を牽引する

19feb2011 見ていて飽きない 19feb2011 通航してきたヨット・・・ゴミのように小さい
見ていて飽きない                     あれだけ立派に見えたヨットがゴミのようだ・・・

19feb2011 こちらはカーキャリアー 19feb2011 カスコ・ビエホから望む新市街の高層ビル群
こちらはカーキャリアー                 カスコ・ビエホから望む新市街の高層ビル群

Trackback [0] | Comment [0] | Category [■ 054_Panama / パナマ] | 2011.02.23(Wed) PageTop
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1970年生まれ。妻と二人信州伊那谷在住。
2009年10月~2013年5月の旅を記録するために”なかっぴー通信”をスタートさせました。
現在は伊那谷にて節約生活をしながら充電中。
2014年4月、ブログのタイトルを”なかっぴー通信NEO”に改めました。
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