ポーランド突入

2011/7/25 月
始:8:45 ~ 終:17:40 走行:66km
Löcknitz ~ Lubieszyn ~ Szczecin ~ Stare Czamowoの手前

この時季オランダやドイツは22:00過ぎまで明るいのであるが、皆さん意外と行動終了するのが早い。
19:00頃にはまだけっこう車の通りもあった隣接する104号も、21:00を過ぎると、まだ明るいけれど車の通行がパタッとなくなった。
その代わり皆さん朝は早い。
今朝も5:00頃からテント脇のダートをトラックだかトラクターが行き交い、7:00を過ぎるとテントの外で何やら話し声が聞こえた。
そそくさと朝食を食べて外に出ると、休憩所の脇に置かれたトレーラーの中で4人のおっちゃん、おばちゃんが談笑している。しばらくするとトラックがやって来て、そこに草刈器を二台下ろしていた。
特に何を言われたわけでもないけれど、どうやら自分らの幕営した休憩所一帯を草刈りするつもりであるらしい。どう見ても談笑しながら自分らの去るのを待っている様子だ。
そんな空気を読み取って、大急ぎで撤収してテン場を後にした。そんなわけで、ユトレヒトを出て以来最早の8:45に出発。朝から人がいて用を足すことすらできなかった。
何はともあれまずは森の中でキジ打ちしようと走っていると、Löcknitzを過ぎて少しのところのPにトイレがあった。しかも二つも。ドイツのPにあるトイレはキレイで、紙まで置いてあるので非常にありがたい。
スッキリしたところでようやく落ち着いて踏み始める。相変らず自転車道にはアップ・ダウンがあり、まだ完全に目覚めていない体には堪えるなぁ・・・。

Löcknitzから12kmほどでポーランド国境。
ここは割りと大きな国境で、イミグレや税関だったと思しき立派な建物が廃墟となってまだ残っている。
国境を越えると道路沿いにGSや小さな店が立ち並び、ドイツより物価が安いためかドイツ・ナンバーの車がたくさん買い物や給油に来ていた。道路に立つ客引きの人たちは、何故か皆チェーンソーを手にしている・・・。

ポーランドはEUに加盟していて、てっきり通貨はユーロに変わったものと思い込んでいたが、依然ズウォティ(zł)のままだった。スーパーに入って初めて気付いた・・・。レートは1Eが4zł弱といったところだ。ただ、大半のスーパーなどではユーロも使うことができ(レートは固定)、お釣りをズウォティでくれる。

さて、ポーランドであるが、第二次大戦で主だった町が徹底的に破壊されてしまったこの国は、そこから再開発となった。言ってみれば東京みたいなものだ。
首都のワルシャワなどでは大戦後に壁のひび一本に至るまで忠実に復元したようであるが、残念ながら国境地帯の町ではそうはなっていない。EU加盟から数年経った今が開発のラッシュといった感じで、こう言ってはなんだけれど、日本の建売住宅のようなつまらない家がポコポコと建てられている。
そんなわけで、町自体に例えばオランダやドイツといった国々の町に見られるような落ち着きがない。どこか浮ついていて、日本の特徴のないどこかの地方都市を見ているかのようだ。
車が多いことには驚いた。オランダやドイツではこんなに車が走っていることはなかったなぁ・・・。
見ていると、どうやら自転車は歩道を走ることになっているらしい。が、この歩道が実に酷い。ガッタガタでとてもまともに乗っていられない。こんなことならブロックなど敷かず、むしろ未舗装のままにしておいてくれた方が何ぼかマシだと思うのだが・・・。おまけに日本の縁石並みの段差があちこちにあって、とても乗ったままでは越えられない。その度に自転車から降りねばならないし、ブレーキのかけ過ぎで掌が痛くなる。歩道は並んで歩く人にブロックされているわ、まったく距離が伸びない。走りにくいことこの上なし。

Szczecinは予想以上に大きな町だった。外国資本の巨大なスーパーやショッピング・モールがドドーンと建ち並んでいる。マックやKFCもやたらとある。オランダやドイツじゃ余程大きな町に行かなきゃマックやKFCなんてなかったけどなぁ・・・。こんなところも日本の地方都市と似ている。実につまらん(と、個人的には思う)。
とりあえずATMでズウォティを下ろし、モールの中にあった本屋でポーランドとバルト三国の地図を買う。
地図によると、Szczecinを出てちょっと行ったところにキャンプ場がある。近すぎるけどひとまず今日はそこを目指すか、と思っていたのだが・・・。
ポーランドの道路にやられまくり。道標の類が非常に少なく、標示の仕方も非常にわかりにくい。あろうことかSzczecinの町中で二時間以上もワンデリングする破目になった。
道を聞いてもあっちとだけ教えてくれたり、人によってはわからないという答えが返ってきたりする。なんで隣の大きな町への行き方がわからんのだ???
その理由は道路構造にも原因があった。10号線をずっと辿るつもりでいたのだけれど、Szczecinの町中で一部区間が自動車専用道になっているからだ。おまけに近くを迂回できる道が地図上には見当たらない。はぁ・・・やっかいだ。
どうにか迂回して無事10号に復帰してからもまったく進まない。工事中のところは多いし、車もやたらと多い。ガッタガタでも大きな段差があっても自転車道がありゃまだいい。安心して走れるからだ。途中で消滅する・・・。その度に迂回を続けること数回。まったく進まぬことに嫌気が差し、意を決して車道を走ることにした。
10号線は片側3車線の高速道路風。交通量は多く、トラックもたくさん走っている。こんなところを走っていたら命がいくつあっても足りん・・・。
途中で道路脇にキャンプ場の標示を見つけ、ようやくかと思って行ってみたが、潰れていた・・・。
うぅぅむ・・・その先のStargard Szczeciński手前の湖畔にあるキャンプ場を目指す。現在位置すらよくわからないので、GSのおっちゃんに道を聞く。
その通りに走ったのに、何故か南に向かっている。うぅぅむ・・・道標によるとどうやら3号線に乗っているらしい。
おっちゃんに道を聞いたとき教えてくれた分岐のさらに手前にいたらしい。あぁぁ・・・なんで10号をそのまま真っ直ぐ行けと教えてくれなかったんだ、おっちゃんよ。10号を真っ直ぐ行った方がぜんぜん近かったじゃんよ~。

結局、このまま南下しても無意味なことに気付き、途中で力尽きて道沿いの森の中に幕営した。明日10号へ引き返すつもり。
あぁぁ・・・最初から野営と決めていたらもっと快適な場所がいくつもあったのに・・・。
夕食後、テントの中で寛いでいたら外でガサガサ音がして、のぞいてみたら鹿がいた。

25jul2011 ポーランド突入 25jul2011 この日は力尽きて森の中に幕営
ポーランド突入!                      この日は力尽きて道沿いの森の中に幕営

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ポーランド横断 その1

2011/7/26 火
始:9:50 ~ 終:16:40 走行:75km
Stare Czamowo ~ Kobylanka ~ Stargard Szczeciński ~ Wegolzymoの先

今日も天気に恵まれた。
青い空、白い雲、木々の濃い緑と草の淡い緑、そして金色の麦畑。ちょうど日本の初夏のような空模様。

誰に起こされることもなく9:50に出発。
3号を昨日の分岐まで5kmほど戻る。で、問題の10号・・・意を決して車道を走る。自動車専用道の標識もなければ自転車進入禁止の標識もない。自転車で走っても問題はないはずであるが、かなり怖い。東名の3車線区間、かつ路側帯のないところを自転車で走っているようなものだ。
制限速度の標示はないからよくわからない。あくまで一般道であるからドイツのアウトバーンのように速度無制限ってことはないと思うけれど、いったい何キロ出してるんだ?この風切り音は・・・。「ヒューーーン」とものすごい風切り音を立てて横をすっ飛んでいく。
2kmほど走ると、唐突に車一台分はある広い路側帯が現れて救われた。特に自転車道の標示はないけれど、ゆくゆくはそうするつもりなのであろう。
しばらく行くと並行して走る道が現れたので、10号を離れてそっちの道に逃げ込んだ。この道は15kmほどでまた10号と合流するのだが、真新しい自転車道が車道の脇につけられていて、ポーランドに入って初めて安心して走れた。
10号に合流してからも、Stargard Szczecińskiの町まで自転車道は続いていた。所々工事中の所もあり、どうやら今道路の整備を進めているところらしい。もう何年かすれば、最悪だった昨日の区間も 快適に走れるようになるのかもしれない。

昨日ウンザリしたSzczecinの町を出ると、巨大なスーパーやショッピング・モールの類は姿を消した。もちろんマックやKFCもない。いいことだ。こういう類のものは町の景観を甚だしく損ねるから無闇に入れない方がいい、と個人的には思う。
Stargard Szczecińskiは今日通過する唯一の大きな町なので、小ぢんまりした町のスーパーで食料の買出し。
ずっしりと重い、穀物のたっぷり入ったドイツパンが何気に好きだったのだけれど、ポーランドに入った途端に姿を消した。この先食べられないのかと思うとちょっと残念だ。
ポーランドで困るのは水だ。どうやら水道水は飲めないらしい。飲める・飲めないの自分らの判断基準は、地元の人が飲んでいるかどうか。ポーランドでは皆さんスーパーで大量に水を買っていくから、少なくとも水道水をそのまま飲用することはしてないらしい。
わざわざ水を買わねばならないのは面倒だが、水道水の飲めない国の常で水は安い。5Lで1.5złほど、つまり0.4Eもしない。
水に限らず物価がだいぶ安くなったので助かる。

Stargard Szczecińskiからは昨日の状況に懲りて20号をとる。主要道ではあるものの、こちらは地図上赤ではなくオレンジで示された道路。多少はマシだろうとルートにとったが、果たしてその通りだった。
何もない田舎道。森と麦畑が交互に広がり、時々小さな町を通過する以外何もない。食料の買出しにはちょっと苦労するけれど、これなら距離が稼げる。
こんな道でも車はそれなりに走っていて、皆さん猛スピードでぶっ飛んでいく。
それはさておき、周りの景観は実に素晴らしい。青空の下、自分は何と素晴らしい道を走っていることか。こんなところを走れる機会はおそらく人生においてそうはないだろう。今この瞬間を大切にしよう・・・そんなことが頭に浮かんだりする。
ただひたすら自転車を漕ぐという一銭にもならないことを毎日毎日繰り返す。こんなことも短い一生においてそうそうできることではあるまい・・・。

ポーランドにはキャンプ場というものはほとんどないが、野営地には事欠かない。そこらじゅう格好のテン場だらけだ。
一つには土地が平坦であること。そしてドイツやオランダでは町以外のところにも満遍なく人が住んでいたけれど、ポーランドの場合町を出るとほとんど人が住んでいないということが大きい。
今日は、Wegolzymoの先にあった時々グラウンドとして使っているのかもしれない草地の隅に幕営。
ここ最近、司馬遼太郎の「草原の記」を読み返しているのだけれど、毎日こんな生活をしていると自分が遊牧民になったような気がしてくる。

26jul2011 ポーランドの田舎道を行く 26jul2011 素晴らしい景観
ポーランドの美しい田舎道を行く            こんなところを走れる機会はそうそうあるまい

26jul2011 グラウンドっぽいところの隅に幕営
グラウンドっぽいところの隅に幕営・・・夕日がキレイだった

2011/7/27 水
始:9:35 ~ 終:16:10 走行:66km
Wegolzymo ~ Drawsko Pom. ~ Złocieniec ~ Czaplinek ~ Łubowo ~ Silnowo

雲は多いが今日も晴れている。
出発して7kmほどでDrawsko Pom. に着き、GSでガソリンを買い、スーパーで食料の買出し。ちなみにポーランドでは普通にMSRのボトルに給油してくれた。
スーパーはDrawsko Pom. くらいのちょっと大きめの町にしかない。よって見つけたらすかさず買出し。
今日寄ったところはドイツにあったのと同じスーパーであったが、品数はだいぶ少なくなった。が、物価は安いので大助かりだ。ドイツも決して高くはなかったけれど、明らかにドイツより安い。オランダ、ドイツ、ポーランドと東に行くにつれ物価が下がってくる。
今日の夕飯はポーランド版餃子のピエロギだ。元々は中国からロシア経由で伝わったものらしい。

ルートはずっと20号を辿っているのであるが、細かなアップ・ダウンが連続してなかなか進まない。オランダはもちろんドイツももう少し平坦であったけれど、ポーランドに入ってから丘状の緩やかな起伏の連続する地形となった。
このあたりにも小さな湖が点在しているが、ドイツのように保養地のようになったりはしていない。ほとんど自然のまま。
人口が少ないことと、おそらく国の経済状態がまだそのような状態に達していないのだろう。
自然のままと言えば、ポーランドではコウノトリをよく目にする。ドイツでも見られたけど、ポーランドにはとにかくたくさんいる。自然と言ってもコウノトリの場合、ツバメと同じように人の住むところに巣を作るから、まるっきり手付かずの自然というのではダメなわけだけれど・・・。
使っていない煙突とか電柱の上に木の枝を重ねた大きな巣を作る。かつては日本でも見られたようであるが、今となっては信じ難い。

13:30頃、Czaplinekの湖畔で休んでいると雨が降り出した。
そのまま20号を走って隣のŁubowoの町で宿を探す。ポーランドでは[P]とベッドマークの描かれたモーテルのような宿泊施設を至るところで見かける。それなりの大きさの町には一軒か二軒あるものなのだけれど、Łubowoは小さすぎてその手の宿がなかった。
代わりにキャンプ場の標示を見つけ、これ幸いと砂地の道をひいこら自転車を押して行ってみたら、ただの野営地だった・・・。要するに、ここで勝手にキャンプしていいよというだけの場所で、シャワーや水道があるわけではない。はぁ・・・そうとわかっていればわざわざ自転車を押して来なかったのに・・・。野宿するだけなら道路沿いのもっと便利なところでするわい。
仕方なくもう少し20号を進む。自転車が砂まみれだ。
さらに隣のSilnowoにはバー兼ホテルのようなところが一軒、道沿いにあってのぞいてみたら二人で一泊100zł。高い!ポーランドの宿の相場は知らないのだけれど、食材なんかが安いから宿も安かろうと勝手に思い込んでいた。意外と高いのかもしれない。
おっちゃんと身振り手振りで話していたら、たまたま食事に来ていたドイツ人一家が助けてくれた。ここから20kmほどのところにいい場所があって、安い宿もあるという話。地図を見て行き方とか村の名前を教えてくれたけれど、雨の中20kmはちょっと遠過ぎる。
丁重に礼を言って彼らを見送ってから、もうしばらく20号を辿る。と、町を出てしばらくのところに一風変わったキャンプ場のようなところが現れた。特に看板もないし、キャンプ場にしてはちょっと狭くて周りをぐるりとフェンスで囲まれている。入口の門は閉まっているし、管理棟らしきところもない。いったいここは???
中にトレーラーハウスが二台止まっていて、人もいるので声をかけてみた。ポーランド語はまったくわからないが、どうやらプライベートのキャンプ場のようなところらしい。小さな湖に隣接していて、キャンプしながら釣りをする人たちが来るようなところであるようだ。
フェンスの向こうから対応してくれたおっちゃんが二人、どこかに電話をしてくれたが繋がらず、一泊なら問題なかろうということで中に招き入れてくれた。
素晴らしいことに屋根のついたスペースまである。そしてまったく期待していなかったのであるが、シャワーもあってお湯も出た。気持ちいい~唸り度指数120%。お湯のシャワーってこんなに気持ちのいいものだったのね・・・。

ポーランド語は難しい。挨拶とか数字すら覚えられん。
それにしても・・・去年地中海沿いを旅したときもそうだったけど、ヨーロッパって英語通じないなぁ・・・。どこが世界語なんだ???オランダを出てからまったく通じない。
オランダはすごかったなぁ・・・どこへ行っても道行くおっちゃんやおばちゃんが普通に話せたから・・・。
意外だったのはドイツだ。旅先で会うドイツ人が当たり前のように流暢に英語を話していたものだから、もっと通じるものかと思っていた。大都市に行けばそれなりに通じるのかもしれないけれど、田舎じゃ片言も通じない。
ある意味安心した。ドイツも田舎に行けば日本と同じなんだと・・・。
ポーランドでは英語などクソの役にも立たない。このあたりで強いのはドイツ語だ。Silnowoの宿のおっちゃんも、ドイツ語とロシア語ならわかるんだけどなぁ・・・と言っていた。
ま、世の中そんなもんだ。日本にいると英語が万能のように錯覚しがちであるが、そんなことはまったくない。むしろ英語などクソの役にも立たない場所の方が多い。世界は広いなぁ・・・。
ヨーロッパでは驚くほど英語が通じないのが逆に新鮮だったりする。身振り手振りによる完全ボディランゲージだから、ハッキリ言って英語で話しても日本語で話しても大差ない。

27jul2011 ポーランドではコウノトリをよく見かける 27jul2011 途中の湖 この後雨に降られる
ポーランドではコウノトリをよく見かける        Czaplinekの湖畔で休憩中の図・・・この後すぐ雨に降られる  

27jul2011 プライベート・キャンプ場?
何気に快適なプライベート・キャンプ場?のようなところ

2011/7/28 木
プライベート・キャンプ場?に停滞

昨晩から降っていた雨は夜中に一度やんだが、6:00頃から再び降り始めた。
停滞。昨日のおっちゃんに話をしてもう一泊させてもらうことに。
雨は13:00頃から1~2時間やんでいたが、その後また降り出した。明日は大丈夫であろうか?
雨がやんだ隙に自転車のチェック。ドーズのフロントキャリアがバッグとの当たりでだいぶ削れていた。クロモリ製だろうと思い込んでいたキャリアが実はアルミ製だったのだ。
こんなことでこの先日本までもつのかちょっと心配・・・。
チューブス製の頑丈なキャリアの着いたキャノンデールはもちろんなんともない。
ドーズのキャリアが削れたのは、キャリアとバッグの間に遊びがあったのが大きな原因。ちょっとしたギャップを越えるたびに後ろのドーズから「ドスンッ」と音がして気になっていたのであるが、まさかこんなことになっていようとは・・・。
バッグのフックの位置を調整して掛ける場所を変えた。
オルトリーブのバッグに比べてVAUDEのバッグは詰めが甘いような気がする。フックにせよバッグの裏面にせよ、こんなに頑丈である必要はない。キャリアの方が参ってしまうよ。
フックのギャップが変えられなかったり、今ひとつ詰めが甘いように思う。

2011/7/29 金
停滞二日目

今日も朝から一日中雨が降ったりやんだりの天気。
停滞。スマンねおっちゃん、もう一泊させてくれ。
夕暮れ時になってもどんよりと曇っていて回復の兆しはまったくない。明日は動けるだろうか?
いずれにしても今日で食料が尽きるから、明日は停滞するにしても食料の買出しには行かねばならない。しかも土曜だから二日分の買出しが必要だ。
それ以前に、ここにいつまでいられるのかもよくわからないのだが・・・。

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ポーランド横断 その2

2011/7/30 土
始:11:20 ~ 終:16:30 走行:56km
Silnowo ~ Szczecinek ~ Bialy Borの数km先

朝起きると霧雨交じりの天気。昨日までの天気とあまり変わらず、移動か停滞か迷う。どうやら晴天を期待するのは難しいようだ。
とりあえず10:00まで様子を見てみるものの、これ以上変化しそうな気配はない。唯一の客であった隣のトレーラーハウスの一家が去ってしまったこともあり、自分らも移動することに。
管理人代理と思しきおっちゃんに礼を言ってキャンプ場を後にした。
料金は二人三泊で30zł。一人一泊5zł、つまり1.2Eほど。安い!熱々のシャワーも浴びられたし、実に居心地のいいキャンプ場であった。

食料が尽き、朝食もコーヒーと板チョコだけであったためまずはスーパーを目指す。
今日のルート上では10km強先にあるSzczecinekが唯一の大きな町で、そこで二日分の食料を買出し。
ドイツで時々寄っていたのと同じスーパー(NETTO)であるが、品数が著しく減った。安くて美味しいサラミやソーセージが手に入らなくなったのが痛い。パンはドイツパンのようなものは手に入らないのだけれど、けっこういける。
毎度土曜日の買出しは面倒だ。営業時間を見ると、ポーランドでは日曜も開いているようであるが(ドイツでは徹底して閉まっている)、Szczecinekレベルの町でないとスーパー自体がない。

Szczecinekの町からはしばらく車が多かった。行楽地に向かうと思われる車は、どれも自転車を何台も積んでいる。トレーラーを引いている車はドイツなんかに比べると格段に少ないのだけれど、とにかくどの車も自転車は積んでいる。
実際に町中なんかを走っている自転車は少ないけれど、環境も整っているとはお世辞にも言えないけれど、自転車に乗るという環境の下地はあるようだ。
自転車で車道を走っていて日本のように無理な追越をされないのは、こういった環境の賜物であると思う。多くの人はきちんと車線変更をして追い越してくれる。

Bialy Borの手前から雨足が強まり、Bialy Borの町を抜けた先の道路脇の休憩所兼バス停のようなスペースに幕営。
ありがたいことに東屋があり、ロープを張って濡れたものを干すことができた。
明日からもきっとこんな天気だろう。撤収するのがとにかく憂鬱だ。

730P1110209_サイズ変更
道路脇の休憩所兼バス停

2011/7/31 日
始:9:50 ~ 終:15:40 走行:71km
~ Miastko州境 ~ Miastko ~ Bytów ~ Kościerzynaの10kmほど手前

昨晩は雨が降らなかったが、朝は相変らずどんよりした天気。それでも昨日までよりは多少なりとも空が明るい気がする。撤収時に雨が降っていないだけでもありがたい。
それでもテントはびしょ濡れ、おまけに外に干しておいたものもまったく乾かず。昨日と同様憂鬱な出発。

森と、小麦だかライ麦畑の交互に広がる気持ちのよい道。相変らずのアップ・ダウンに少々苦しめられる。空身なら坂のうちに入らないようなものなんだけどなぁ・・・。
MiastkoやBytówといったそれなりの大きさの町にはスーパーがあり、日曜も営業していた。
途中、今にも雨の降り出しそうな真っ黒な雲の下を通過したが、幸運にも今日は降られなかった。Tuchomieの手前まで来ると、時折り青空も見え始めた。それにしても・・・山でもないのにすごい雲だ。
Bytówのスーパーで水5Lと明日の行動食の追加分を買出し。物価が安くて助かるわ。

今日通過してきた村々は、どこも素朴な感じでよかった。これがポーランド本来の姿なのだと思う。ちょっと安心した。
特にBytówは、なだらかな丘に点々と家が建っているところがどことなく伊那谷を思わせる、美しいところだった。のんびりした感じが実によい。

Bytówから18kmほど走った道路脇のパーキングに早めに幕営。明るく平坦な松の森で絶好のテン場である。ポーランドでは、森や林のあるところを走っている限りテン場に困ることはない。
パーキングの前の道はひたすら真っ直ぐで、恐ろしいスピードで車がかっ飛んでいる。いったい時速何キロで走っているんだか・・・。ポーランドも車はみんな飛ばしている。
パーキングに着く手前で、ロールオーバーをしたばかりと見られるBMWが屋根の潰れた状態で道路脇に止まっていた。乗っていた人たちは軽症で済んだみたいだけれど、車は廃車だろう。女の子が泣きべそをかきながらどこかに電話をかけていた。

早めに幕営したのには理由がある。濡れたものを干したかったのと、ドーズの整備のためだ。
今日走り出してすぐ、ドーズのメータが作動しなくなった。メータ本体とマグネットはキャノンデールで試すと作動するからセンサの問題。分解してみたら中に水が溜まっていて、これを拭き取って乾燥させたら作動するようになった。
削れたフロント・キャリアも、これ以上悪化しないように再び応急処置。
サドルの高さとか角度とか、マユミが一丁前に注文をつけるので、これも微調整。
雨が降っていないとテン場に着いてからいろいろできてよろしい。

ドイツやポーランドではけっこうキノコ採りをする。パーキングとか道路脇のちょっとしたスペースに車を置いて長靴に履き替え、かごを持ってキノコ採りに行く。今日幕営したパーキングにもそんなキノコ採りの人たちの車が何台か止まっていた。今頃がちょうどシーズンであるらしい。
キノコと言えば日本では山の幸であるが、このあたりでは山がない故森の幸といったところだ。キノコ採りに森へ行くから日本とちょっと趣が異なる。

731P1110212_サイズ変更 7317/31の野営地 Polcznoの先のP_サイズ変更

2011/8/1 月
始:9:45 ~ 終:17:30 走行:98km
~ Kościerzyna ~ Nw. kerczma ~ Tczew ~ Malbork

パーキングの前を走る20号はひたすら平坦な直線路。路面もきれいだし、こりゃポーランド人でなくともスピードが出ちゃうわな・・・。
横を猛スピードで追い越されるのがちょっと怖いけれど、車で走りやすいということは自転車でも走りやすいということ。自然とスピードが乗る。
こういうところを走っていて思うのだが、日本はクライマーを育む格好の地だよなぁ・・・。練習するところに困らない。そのうちパンちゃんみたいなクライマーが日本から出るといいなぁ・・・。
反面、日本ではスプリンターは育ちにくいだろうな。こういう平坦な道がほとんどないから・・・。
ただし、競輪という素地があるからピストは別だ。中野浩一みたいな怪物を輩出し得る。
中野浩一と言うと、日本ではカツラのCMに出ていたりしてちょっとおちゃらけた雰囲気があるし、競輪にあまりスポーツ性を感じないためにそのすごさが正確に伝わっていないように思われる。
世界選10連覇というのは途轍もない記録だ。もちろん史上例がないし、今後もそんな記録は生まれないだろう。まさに世界の中野なのだ。
逆に自転車先進国のヨーロッパでの方が知名度が高かったりする。ツールに出るようなトップ選手にサインをせがまれるような人なのだ。まだフジテレビでツールの中継をやっていた頃、中野浩一が解説をやっていた。ウルリッヒが勝った年だから'97年、中野が引退してからだいぶ経つけれど、それでもウルリッヒですら中野浩一を知っていた。
「僕は昔ピストの選手だったんだけれど・・・」と中野が話すと、ウルリッヒが「知っています。世界選10連覇ですよねぇ」みたいな話になる。
シャンゼリゼでは、ゴール後に選手たちからサインをせがまれていた。
ロードの世界じゃないけれど、日本にはそんなすごい選手がいたということだ。

Kościerzynaからは20号を離れ、221、224と細い道をつないで東のTczewに向かう。20号はそのままバルト海沿岸のグダンスクへと北上する。グダンスクは歴史のある大都市。
余談だが、グダンスクの北方にドイツの軍艦が予告なしに砲撃を行ったことで二度目の大戦は勃発した。西からドイツの電撃部隊、東からソ連軍が侵攻して激戦地となったところだ。市街地の90%以上が破壊されたと言われている。
列強に周りを囲まれたポーランドは、歴史上何度か地図の上から消えたという悲壮な歴史を持っている。

さて、今日は端から100kmほど離れたマルボルクのキャンプ場を目指している。
Tczewの手前までは快調なペースで来たが、Tczewから先で大ブレーキ。
まず町の手前から、工事中のため道路が通行止めになっていた。224号から車はすべてアウトバーンへと迂回させられていたが、自転車はもちろん走れない。迂回路探しに苦労するかなぁと思っていたら、自転車は工事中の脇を通してくれた。ありがたい。
道路沿いにあったスーパーで食料の買出し。スーパーに寄ったときにアイスを食べるのがここのところの楽しみになっている。ポーランドはあくまでヨーロッパの質の高さで物価が安いのだから嬉しくなる。
Tczewから91号を南下して22号に入る。接続はインターチェンジとなっていて高速道路のよう。
22号は最初石畳だった。石畳の4車線道路というのは初めてだが、まぁ走りにくい。センターラインなんかもないから、どこを走っていいのかもよくわからん。
ひょっとしてマルボルクまでずっとこれか?と思っていたら、数kmで終わって舗装路となった・・・なったのだけれど、アスファルト舗装ではなく小石を混ぜたコンクリートを継いで造った道。継ぎ目だらけで石畳以上に走りにくい。それでもけっこうなスピードで走っている車が多いから、ガタン、ゴトン、ガタン、と道路なのに列車が鉄道を走っているような音がする。
永遠に続くかと思われたこの道も、数km走ると終わってようやくアスファルト舗装になった。が、それと同時に路側帯が消えた・・・。こっちの方が問題だ。
道路が空いていればこれまでのように車線変更して抜いてくれるのであろうが、へたに車が多かったりするからそうしてばかりもいられないらしい。時速100キロ以上で走る車が自転車のすぐ横をかすめる、というのは日本じゃちょっとあり得ないが、これは怖い。特に大型トレーラーに横をかすめられると、命の危険を感じる。
近づいたときのピストン効果で道路の外(たいてい路肩がない)へ飛ばされそうになるし、逆に追い越されたときの負圧で道路の中央側へ吸い寄せられる。大型トレーラーが二台、三台続いてきたときなど本当に危険だ。何かの拍子にちょっとでも接触したらアウト。こんなところを走っていたら命がいくつあっても足りない。
対向車が追い越しのため、正面から猛スピードで自分と同じ車線を走ってくるというのもかなり怖い。こんなタイミングで追越するなよ・・・。
そんなデス・ロードっぷりはマルボルクまで続いた。ここでようやく脱出!交差する55号をちょっと北上してキャンプ場に入った。
マルボルクから先もしばらく22号を走るつもりでいたけれど、もちろん却下。

キャンプ場は、驚いたことにマルボルク城の目と鼻の先にあった。大きなシェパードが二匹いる、明るくて感じの良いキャンプ場。二人で一泊30zł、安いわ。
ここに二泊して、明日は久々に洗濯と観光。

801車の激走する20号線_サイズ変更 801IMGP5671_サイズ変更
ひたすらまっすぐな20号

801IMGP5681_サイズ変更 801P1110217_サイズ変更
マルボルク城と                       城の目の前のキャンプ場

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マルボルク観光

2011/8/2 火
朝から快晴。朝食を食べ8:00頃からさっそく洗濯。東屋にロープを張って洗濯物を干し、久々にシュラフも日干し。そして自転車の整備。
キャンプ場にある池ではおっちゃんが二人、釣りをしている。見ていると、フナのような魚が釣れている。のどかだねぇ・・・。
晴れた日の停滞というのもたまにはいいもんだ。雨でテントから出られない日の停滞と違って実に有意義だ。
ポーランドのキャンプ場はオランダやドイツのそれとはちょっと毛色が異なる。そこまで至れり尽くせりではない。
完全にトレーラーハウスを相手にしている、というところまで至っておらず、テントを張っている人もけっこういるから、自分らにとってはこっちの方がむしろ落ち着く。

昼食を食べてから、歩いてマルボルク城へ出かける。
城はドイツ騎士団が築いたもので、ここを拠点にポーランド・リトアニア連合軍と戦った。ヨーロッパでは指折りの巨大な城であるらしい。
橋を渡って敷地に入ると、店などが出ていて賑わっている。城の入場料は学割で29zł。
中は広くて見るところはたくさんある。が、これを言っては元も子もないが、あまり面白くない。
もともと壮大でワクワクするような歴史を持っているわけでもなく、いかにも地味だ。地味な城にもそれなりの侘び、さびみたいなものがあるはずなのだけれど、まだ真新しいこの城にはそういったものも感じられない。
例に漏れず、城は第二次大戦中に破壊された。今ある城は戦後になって復元されたものだ。
破壊される以前の絵や写真が残っていたり、終戦直後の写真があったりして、そういったものに一番心を惹かれた。戦争で破壊されたといっても影も形もなくというわけではなく、外壁はかなり残っている様子だったから、復元するよりむしろそのまま残した方がよかったのではないかとさえ思えた。

今日は見事な晴天だった。朝のうちはまだ雲も見られたが、午後になると雲ひとつなくなった。こんなのユトレヒトを出てからはじめてだ。
世界遺産でもあることだし、多くのポーランド人が見学に来ていた。
久々に観光してみて思ったことは、観光地ってつまらんなぁということ。こんなところより田舎道を走っていて出会う景色の方がグッと来る、少なくとも自分は。

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Trackback [0] | Comment [1] | Category [■ 070_Poland 1 / ポーランド 1] | 2012.01.21(Sat) PageTop
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ポーランド横断 その3

2011/8/3 水
始:10:00 ~ 終:17:30 走行:82km
Malbork ~ Dzierzgon ~ Pasłek ~ Burdajny

今日も朝から快晴。キャンプ場には日陰がなくてとにかく暑い。9:00を過ぎると雲が湧いてきて、時々日を遮ってくれるようになった。
一昨日マルボルクに着いてからというもの、やたらと戦闘機を目にする。近くに基地でもあるのか?今日も朝から轟音を発てて上がっていく。

デス・ロードの22号をちょっと走って515号に折れる。のどかで気持ちのいい田舎道だ。
また編隊が上空を飛び去っていく。・・・と、突然ドッグ・ファイトもどきの飛行を始めたり、アクロバティックな飛行を始めたりした。双発の大型の機影二機と、単発の機影二機。
間近でこんなアクロバティックな飛行を見るのは初めてで、自転車を止めて暫し釘付けとなった。
ずいぶん地上に近いところでやっているなぁ・・・演習?それとも航空ショー?
昔、T2時代のブルーインパルスの演技を見たことがあるけれど、その時はずいぶん上空高くでやっていた。
黒煙を噴きながら急旋回したり、垂直上昇したり、背面飛行したりしている姿を興奮しながら見つめていてふと思った・・・ひょっとしてロシアの飛行機じゃないの?双発の方の巨体はどう見てもSu-27に見える。単発の方はよくわからないが、米軍のF20のような機影だ。
マルボルクの北西80kmほどのところに、ポーランドとリトアニアに挟まれる形でロシアの飛び地がある。面積はオランダの半分くらい、第二次大戦中まではドイツ領で、ケーニヒスベルクのあったところだ。
次々と飛来する戦闘機が皆北へ向かうのを見て確信を強めた・・・やはりロシアの戦闘機だ。
それにしても・・・あのドッグ・ファイトもどきの飛行が行われていたのは明らかにポーランド領空だったと思うけどなぁ・・・どうなっているんだか。

Dzierzgonから527号に折れた。ここは酷い道だった。アスファルト舗装がひび割れだらけで、とにかくガッタガタ。まぁ道路標示には20kmほどこんな道が続くときちんと書かれていたわけであるが・・・。
Pasłekの手前10kmほどのところで、ようやく舗装がきれいになった。走りやすくて思わず顔がほころぶ。
Pasłekでちょっとルートを外れ、町の中心部にあるスーパーで買出し。このスーパーには5Lの水が売っておらず、どこか先の商店で買えばいいか、と思っていたのだが・・・。
513号沿いには何もなかった。仕方なく途中の民家で水をもらう。おばちゃんが快く水をくれた。
路面はきれいで走りやすいが、テン場が見当たらない。だいたいいつも見つける時間になると見当たらなくなってしまう・・・マーフィーの法則。
結局Pasłekから20km以上走り、道路脇にあった休憩所のような空き地に幕営。蚊がうじゃうじゃいてなかなか不快なところだ。

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快晴のマルボルクを出発

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ここは蚊が多かった・・・

2011/8/4 木
始:9:35 ~ 終:16:05 走行:78km
Burdajny ~ Ometa ~ Babiak ~ Lidzbark Warm. ~ Wozławki ~ Bisztynek ~ Sątopy手前

今日も快晴。一昨日あたりから季節が変わった感じだ。
513号を東に走る。今走っているところの30kmほど北には、ロシア(飛び地)との国境が東西に走っている。
今日はルート上に極端に路面の悪い箇所もなく、比較的快適だった。アップ・ダウンが多いのは相変らず。
日差しは強烈だが、森や林の中を走ることも多いし、街路樹の木陰になっているところも多いからさほど気にならない。湿度が低くカラッとしているから、大汗をかくということもない。

Lidzbark Warm.にて食料と水5Lの買出し。ここのところ毎日、スーパーに寄ったときにアイスを食べるのが何よりの楽しみになっている。
ポーランドはアイスも安い。そして質はヨーロッパ基準。この頃は二人で1Lのアイスをペロリと平らげるようになった。いよいよリットル単位でアイスを食べるようになってしまったか・・・。
1Lのアイスといったって安っぽいバニラのみというわけではなく、チョコチップの入っているものやキャラメルソースの入っているものなどいろいろ。
今日食べたのはバニラとチェリーのマーブルで、疲れたときに食べると死ぬほど旨い。

Wozławkiまで513号を辿り、そこでいったん57号に出て、Bisztynekから594号に入った。ちなみに、57号を240kmほど真南に向かうとワルシャワである。
毎日16:00を過ぎるとテン場を探し始める。今日は幸運にもすぐに見つかった。道路脇のパーキングの奥の松の森。ポーランドのパーキングにはたいてい屋根つきのテーブルとイスがある。トイレは男も女も関係なくその辺の森の中で済ますのがポーランド流。よってパーキングには用足しで立ち寄る車が多く、パーキングの東屋の裏とか奥の森の中はたいていキジ場と化している。
急に暖かくなって大発生したのか、昨日から蚊がすごい。

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                                コウノトリのいる風景・・・平和だ

8048/4の野営地 Bisztynekの先のパーキングの横の松林の中_サイズ変更
昨日に続いて蚊がすごい・・・

2011/8/5 金
始:9:50 ~ 終:17:00 走行:84km
Sątopy ~ Reszel ~ Świeta Lipka ~ Kętrzyn ~ Giżycko ~ Kap ~ Wydminy

今日も快晴。テン場を出て数km走ると森を抜け、あたり一面麦畑となる。起伏のある大地に延々と麦畑が広がっていて、麦の大波の中に浮かぶ小舟のように自分のことが思えてくる。気持ちのよい田舎道がずっと続く。
Reszelの先のŚwieta Lipkaというところはちょっとした観光地のようになっていた。大型バスが何台も止まっていたから、きっとポーランドでは名の通った場所なのだろう。道路からもよく見える教会が呼び物のようであったが、ちょうど補修中であった。
その先のKętrzynのGSでガソリンを買う。
Kętrzynからは道が592号に変わった。ここからGiżyckoまでは湖の点在するエリア。珍しく何人かのサイクリストとすれ違った。
Giżyckoの付近は、湖にヨットハーバーなんかもありいかにも観光地っぽい。このどことなく浮ついた雰囲気はちょっといただけないなぁ・・・。
Giżyckoから少しだけ63号を走る。幹線は車が多くて走りにくい。
道路沿いの大型スーパーで食料と水5Lの買出し。今日も二人で1Lのアイスを平らげてしまった・・・。
Kapから655号に入ったところからテン場を探し始める。この道は、麦畑の中を延々と行く気持ちのよい道。が、テン場探しには苦労する。
またまた道路脇のパーキングにお世話になった。
あと二日ほどでリトアニアに入れると思う。

805IMGP5727_サイズ変更 8058/5の野営地 Wydminy手前のP_サイズ変更

2011/8/6 土
始:9:20 ~ 終:16:05 走行:80km
Wydminy ~ Olecko ~ Suwałki ~ Stary Folwark

高曇り。晴れてはいるが空全体が薄っすらと雲に覆われている。自転車で走る分には快晴よりむしろ好コンディション。
今日走った655号や653号は、もしかするとツーリングマップのようなものに出ているツーリング・ルートなのかもしれない。モーターバイクや自転車のツーリストを何人か見た。まぁ何人かといっても数人だけれど・・・。自分らのように大荷物を持ったサイクリストともはじめてすれ違った。
今日は上りに加えて風にも苦しめられた。相変らずアップ・ダウンの連続だ。上りに比べて下りが少ないように感じるのは気のせいだろうか・・・。

Oleckoまで655号を辿り、ちょっと65号を走って653号に入った。
Suwałkiにて水と食料の買出し。土曜のため例によって二日分の食料を買出しする。
Suwałkiはリトアニア国境手前にある大きな町で、ショッピング・モールなんかもある。リトアニア国境までは直線距離で30kmほどだ。
653号をさらに東へ走る。10kmほど先にあるWigierskiというエリアは、例によって湖のあるちょっとした行楽地となっている。キャンプ場がふんだんにあり、その中の一つを今日のキャンプ地にした。
別に何があるわけでもない小さなキャンプ場だが、けっこう混んでいた。二人で一泊24zł。

ポーランドの余暇の過ごし方は、さすがにオランダやドイツのレベルには至っていない。トレーラーハウスやキャンピングカーを持っている人は少なく、皆乗用車でやって来てテントを張っている。今思ってもオランダとドイツはすごかったなぁ・・・。
ポーランドでも、オランダやドイツのナンバーのトレーラーハウスをたまに見かける。自転車を買ったのがユトレヒトということもあり、NLマークをつけたトレーラーなんかを見ると親近感がわく。

8068/6のキャンプ場 Lukowy Kat_サイズ変更

2011/8/7 日
停滞。
朝になって共用スペースでWiFiが使えることが判明。メールのチェックだけしてすぐに発つつもりでいたのだけれど・・・。
一ヶ月ぶりのネットはあまりに便利だった。今日も申し分のない天気だけれど、一日停滞することに予定変更。一日中溜まった写真の整理をしたり、ちょっとだけブログのアップをしたり、調べものをしたり。これまで一ヶ月の間ただの荷物と化していたpcだけれど、持っていてよかったと心底感じた瞬間。

大相撲名古屋場所は盛り上がっただろうね。ぜひリアルタイムで見たかったものだ。
気になっていたツールの結果もチェック。こちらもさぞ盛り上がっただろうね・・・シャンゼリゼ前日の個人TTでマイヨの行方が決したのだから。てっきりコンタドールかアンディ・シュレクのどちらかだろうと思っていたけど、カデル・エヴァンスだったか・・・オーストラリア人として初、戦後最年長34歳のチャンピオンの誕生だ。マイヨ・ジョーヌを着て走るのはシャンゼリゼ・ゴールの最終ステージのみというのも劇的だ。
マイヨを着て個人TTを走ったアンディ・シュレクにしても、マイヨを奪取したのはその前日のアルプス最終ステージ。今年のツールがいかに接戦だったかが想像できる。アンディが大逃げを打った山岳ステージもぜひリアルタイムで見たかったなぁ。まだ若いから来年以降またチャンスがあるだろう。
これまで総合2位が二回、おそらく最後のチャンスであったであろうエヴァンスに拍手を送りたい。
今年コンタドールが勝っていれば'98年のパンちゃん以来のダブル・ツールとなったようだが、これも来年以降に持ち越しだ。コンタドールもまだまだいけるだろう。あぁぁつくづくリアルタイムで見たかった。

ネットで日本語のサイトを見ていると、珍しいらしく、宿のオーナー夫婦がのぞき込んで声をかけてきた。釣られて客のポーランド人も二人、三人とやって来た。
ここのキャンプ場には、過去に一度だけ日本人が来たことがあるらしい。モーターバイクのライダーらしい。場所的にモーターバイクや自転車じゃない限り来ることはなかろう。
ノートを見せてくれたが、夫婦で旅するライダーだった。ここに泊まったのは2007年。自分ら以外にこんなところに来ている日本人がいるとは思わなかった。やはりリトアニアに抜けられたのだろうか?

昨日は混んでいてうるさかったキャンプ場であったが、今日は客も少なく静かで居心地がよい。昨日は週末のため特別だったようだ。
ガラーンと空いているのに、何故か自分らのテントのすぐ脇に別のテントが立っている。昨晩来たポーランド人のカップルだ。最初は車を挟んでテントを張るつもりだったようだが、その後何故か車を停めなおして真横にテントを張っていた。
大声で話しているわけじゃないのだけれど、如何せん真横に張られたので、暗くなってテントに入ってからの話し声がうるさかった。
彼らも今日は停滞。
後でテントを引っ越そうと思っていたのだけれど、面倒になって結局そのままにした。
ガラーンとしたキャンプ場に仲良くピッタリ並んで張られた二張りのテント。スペースがこんなにあるのに何が悲しくて今日も並んで寝なきゃならんのか・・・。

めっきり日が短くなった。ユトレヒトにいたときは23:00を過ぎても空が薄っすらと明るかったけれど、21:00を回ると暗くなるようになった。加速度的に日が短くなっている。

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ガラーンとしたキャンプ場に仲良く並んで張られたテントが二張り・・・

2011/8/8 月
昨晩はしこたま雨が降った。21:30頃から雷が鳴り出し、その後土砂降り。稲光がピカピカ眩しいし、雷鳴がバリバリ、雨音もボツボツとうるさくて眠れなかった。
・・・とまぁそんなことを言っていられたのも、我がエスパースがビクともしなかったからだ。豪雨、豪雪の日本の山でもまれて育ったエスパースが、これしきのことでどうにかなるはずがない。が、隣のテントは酷いことになっていたようで、夜中に大騒ぎしていた。
彼らのテントは、ケチュアという確かフランスの格安アウトドア・メーカのワンタッチ・テント。
このワンタッチ・テントというのは日本では馴染みがないように思うが、ヨーロッパではけっこう使っている人がいる。その名の通りワンタッチ。袋から出すと、ポンッとテントが開いて出来上がる。ポールを通してテントを立てるという作業が不要の、ある意味革命的なテントである。
このテントが収納されているバッグというのが、自転車のホイール・バッグにそっくり。大きさもちょうど700Cのホイール・バッグくらいであろう。
去年の夏だったか、はじめてイタリアで見たとき、何で自転車に乗ってない人がホイール・バッグを持っているんだ?と不思議に思った。どう見てもザックにホイール・バッグを括りつけているようにしか見えない。ひょっとしてヨーロッパではホイール・バッグに荷物を入れて持ち歩くのが流行っているのか?などと思っていたら、このテントだったのだ。アウトドア・ショップのようなところで普通に売っている。
安さと手軽さが売りのテントだから、性能の方は当然推して知るべしだ。昨日のような雨ではひとたまりもあるまい。

雨は夜中に一度やんだのであるが、夜が明けるとまた降り始め、7:00を過ぎても降り続いていた。完全に停滞ムード。
昼前になると雨は上がって、時折り青空も見えたりしたが、すっかり気分が萎えてしまったのでもう一日停滞することにした。
昨日に続き、この隙に溜まったブログをちょっとだけアップ。
夕方になってスイス・ナンバーのキャンピングカーが一台やって来た。とてもフレンドリーなおばちゃん二人組みと、爺ちゃんみたいな顔をした犬一匹。こんな自由気ままな旅もいいよなぁ。
隣のテントも依然動かず。今日もガラーンとしたキャンプ場に仲良く二張りだけテントが張られている。

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Author:nakappie
1970年生まれ。妻と二人信州伊那谷在住。
2009年10月~2013年5月の旅を記録するために”なかっぴー通信”をスタートさせました。
現在は伊那谷にて節約生活をしながら充電中。
2014年4月、ブログのタイトルを”なかっぴー通信NEO”に改めました。
信州伊那谷より~旅のこと、山のこと、自転車のこと、そして田舎暮らしのことなどなど・・・気ままに綴ってゆきます。
”おもしろきこともなき世をおもしろく”そんなふうに生きていけたらいいですね。

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