そして山の国川の国森の国へ

2011/11/15 火
始:9:00 ~ 終:16:20 走行:66km
~ Zátoň ~ Rožmberk nad Vltavou ~ Vyšší Brod ⇔ Loučovice ⇔ Lipno湖 ~ Studánky ~ 国境 ~ Bad Leonfelden ~ Zwettl

無風快晴。日中は久々に日の光の暖かさを感じた。
テン場の標高500mほど、朝の気温-6.5℃。いったいこのあたりの1月、2月というのはどんなことになってしまうのだろう・・・。
霜が降りてテントも自転車も真っ白。もちろん目の前の池は凍っていて、夜中には諏訪湖に御神渡りができるときのような音が響いていた。最初は雷かと思ってビックリした・・・。

羽毛のシュラフは濡れる(湿る)と保温力がガクンと落ちる。しっとり湿ってペッタンコの今のシュラフに保温力はほとんどなく、寝ていてとにかく寒い。昨晩からいよいよダウン・ジャケットの登場となって上半身は温かかったが、足元がスースーしていた。

今朝もテントの撤収に手こずって9:00発。
引き続き160号を南下する。モルダウ川沿いを走る気持ちのいいルートで、今の時季は車も少ない。川沿いに別荘地や大きなキャンプ場が点在しているから夏のシーズン中はかなり賑わうと思われ、そんな意味で寒いけど今の時季に走るのはなかなかオススメ。
モルダウ川はここまで遡っても山間をゆったりと流れている。
途中に通ったRožmberkの集落は、統一感があってチェスキー・クルムロフのような美しさがあった。

Rožmberkからしばらく遡ると、それまで南から北に流れていたモルダウ川がクイッと西に向きを変える。道はそこで163号にぶつかって尚モルダウ川沿いを走る。
Vyšší Brodから161号を南下してオーストリア国境に向かうのが予定しているルート。が、ここまで来たらモルダウ川の水源を見てみたくなった。
Vyšší Brodから9kmほどのところにダムがあり、その上流にLipno湖が細長く続いている。これがモルダウ川の水源。
Lipno湖は人造湖であるから川はその上流にも続いているが、湖から上流の川はTepla Vltavaと名を変える。Tepla Vltavaは湖からさらに40~50kmほど北西まで遡り、1,200m級の山岳地に消える。よって、本当の水源はドイツ国境に近いどこかの山にある。

Vyšší Brodから、ひとまず161号には折れず川沿いにまっすぐ緩い上りを詰める。ダムの近くまで来るとさすがに渓流の様相を呈している。ただし水はきれいではなく抹茶色をしている。
そして忽然とダムが現れる。ダム湖の水はきれいではないが、景色は美しい。ダムの標高が750mほど。途中は昨晩雪が降ったようで、日陰には薄っすらと雪が残っていた。道路も濡れていて作業車が融雪剤を散布していたから、早朝はテカテカだったに違いない。

ダム湖の周りに自転車道が整備されていて、何人かのサイクリストと行き会った。オーストリア国境が近いこともあり、皆さんオーストラリア人のサイクリストだった。向こうから明るく声をかけてくる。
思えばチェコという国はとにかく美しかったけれど、人との絡みというのは驚くほどなかったなぁ・・・。

ダム湖の景色を満喫してVyšší Brodに下る。
残ったチェコのお金で食料の買い出しをし、ガソリンも買う。町にはcoopがあった。さらに余ったお金はタバコに化けた。
GSでガソリンを買ったついでにコーヒーを飲んでいざオーストリアへ。

161号を南下する。
Studánkyの付近まで来るとオーストリア・ナンバーの車がたくさん走っている。オーストリアのナンバーも国の紋章が入っていて、かつ赤く縁取りされている。単調なEU圏のナンバーの中ではピカイチのセンスの良さ。
小山を二、三越えると国境がある。手前に免税店があってチラッとのぞいてみたが、タバコはチェコ国内の方がまだ安かった。
チェコ側もオーストリア側も立派なイミグレの建物が残っているが、当然今は機能しておらず無人の廃墟となっている。標高800mほど、スルーしてもうしばらく坂を上る。
最高所の標高が850mほど。いきなりテン場に最適な森が広がっているが、如何せん標高が高過ぎる。標高を下げるべく126号と名を変えた道を下る。
美しい・・・実に美しい国だ。チェコよりさらに美しいかもしれない。チェコの美しさを見慣れた目で見て尚美しいと感じる。
路面の舗装もチェコより一段ときれいになって驚愕の滑らかさ。
何なんだろうこの美しさは・・・すべてが整然としている。まるで無駄のない美しさとでも言ったらいいのか・・・。
スラブ人の国から久々にゲルマン人の国にやって来た。好きだなぁ自分は。この整然とした言わばゲルマン的な美しさが。

オーストリアは北海道よりやや大きいくらいの国土を持つ。そこに僅か800万人ほどの人々が暮している。国土はチェコより大きいが、人口は、ひっそりしていたチェコより尚少ない。
山がちな国土で、スキーが盛んなことはご存知の通り。
公用語はドイツ語、通過はもちろんユーロだ。
森の国、川の国と言ってもいいかもしれない。テン場には事欠きそうにない。むしろあまりに整然としていてテン場にするのをためらってしまうほど。
ゴミは一つも落ちていない。日本以外にこんなに美しい国(あらゆる意味で)があろうとは・・・。

そんなことを考えながら美しい景色に見とれていたら、道路が滑らかなこともあって入ろうと思っていた枝道を通り過ぎてしまった。いや、枝道のところでいったん確認はしたのだが、標示されていた地名が地図になかったのでやり過ごしてしまった。
気付くとZwettlまで来ていた。道が滑らかなのでやたらと進む。
仕方なく126号沿いにテン場を求める。ちょっと走ると、道路から下ったところに牧草地があった。一日中日が当たらなかったようで、この時間になっても霜で真っ白。
いい時間になっていたので妥協して、地面の状態が一番マシだった牧草地と杉の山林の境界付近に幕営。
こりゃ明日の朝も辛そうだ。ずっと手前にいい森がいくらでもあったのに・・・。

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モルダウ川沿いに遡上                  モルダウ川の水源、Lipno湖

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オーストリア突入                      モア・ビューーーーーティフル!

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整然としたゲルマン的な美                ゴミは一つも落ちてない

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テン場の写真撮り忘れた・・・幕営したのは奥の牧草地(翌朝撮影)

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山の国、川の国、森の国・・・美しい国土と優しい人たち オーストリア その1

2011/11/16 水
始:8:55 ~ 終:15:20 走行:62km
~ Hellmonsödt ~ Reichenau i.M. ~ Gallneukirchen ~ Engerwitzdorf ~ Katsdorf ~ Lungitz ~ Ried i.d.R. ~ Schwertberg ~ Naarn i.M. ~ Mitterkirchenの手前

曇り。朝のうちだけ晴れていたが10時前には曇ってしまった。寒い!寒い!日が出ないと昼間でも2℃くらいまでしか気温が上がらない。
テン場の標高700m弱、朝の気温-4.5℃。多少なりとも緯度が下がったお陰で標高の割りには暖かいように思われる。

もう下る一方かと思いきや、出だしから緩い上りが続く。
126号をちょっとだけ走ってHellmonsödtから枝道に入る。大都市であるLinzを迂回するためだ。
Reichenauの手前、標高850mほどまで上らされた。雪雲のような雲に飲まれ、このあたりから曇り始めた。
オーストリアもかなり標高の高いところに村や町がある。冬はさぞ寒いだろうな・・・。

Reichenauから川沿いを下る。この下りが地獄なのだ。寒いと言うか痛い。体が凍ってしまいそうだ。低体温症になりはしまいか・・・。
体が強張ってしまってうまく動かない。標高300mまで緩い下りを一気に下ったが、一向に気温が上がった気がしない。底冷えのする寒さで、体の芯まで冷えた。
横を流れている川の水は日本の渓流並みにきれい。これまであらゆる意味で日本ほどきれいな国は世界中にあるまいと思っていたが、オーストリアを走って初めて違うかもしれないと思った。
それはそうなんだけど、この寒さだけは如何ともしがたい。
オーストリアの人たちはとてもフレンドリーで親切で実に感じがいい。自転車を止めて地図など見ていようものならすぐに声がかかる。店の人なんかも実に感じがいい。
それにしても寒い。しつこいようだけど寒い。
冬用グローブをして自転車に乗っていても指が痛いのに、素手で自転車やスクーターに乗ってる人がいるから驚きだ。寒さに対する感覚が根本的に違う。そりゃ山で強いわけだよ・・・。

枝道を繋いでRiedまで南下したところでたまらずスーパーに避難。
物価がグーンと上がった。日本並みだ。この日本並みというのは世界規準で考えるとべらぼうな高さなわけで、要するにほぼ世界一高いということだ。それでもヨーロッパの国々は税率が10~20%であるから、それを考えると日本の物価高というのはズバ抜けている。
タバコは安いのが4Eくらい。おそらくオーストリアのブランドだと思うのだけれど、売っているタバコの中に「MURATTI」というのがある。なんだか自分のためのタバコのような気がして気になっている。

ところでオーストリアの車のナンバーについてだが、「赤く縁取りされている」と昨日の日記に書いたが、よく見たら赤白赤の国旗模様になっていた。そのストライプの線が上下に二本入っている。
そして「国の紋章」と書いたものも実は県の紋章であるらしい。地域ごとに紋章が異なっていて数種類存在する。
なんとセンスの良いナンバーであろうか。

Riedの先、Schwertbergからはルート探しに右往左往した。
原因は地図にある。細かいところがいい加減なのだ。
今使っているオーストリアの地図はスロヴァキアの地図と同様「CARTOGRARHIA」の地図であるが、この地図は細かいところがかなりいい加減。本当は町の手前で分岐しているのに町中で分岐することになっていたり、本当はその町を通らないのに通ることになっていたり・・・細かなところがかなりいい加減なのだ。スロヴァキアを走っているときからこの地図にはしてやられている。けっこういい値段する割りにまったくダメな地図だ。

というわけで、寒かったせいもあるが地図にも翻弄されて、Schwertbergから先は一向に進まなかった。
Mitterkirchenに向かう途中の修理工場兼GSのようなところで5Lのボトルに水をもらった。山の国、川の国、森の国であるオーストリアの水道水はもちろん飲める。
道路沿いにはなかなか森がないが、道からちょっと外れるといくらでもある。それもきちんと手入れされた森が多い。
森を目指して脇道に入り、明るい杉の森の中に幕営した。
今日はこの上ないテン場を得た。平らで明るく広い。何張りでもテントが張れそうな森だ。
冷たい南風にずっと正面から吹きつけられていたこともあり、森の中に入った瞬間温かみを感じた。やはりこういう日は森の中に限る。
乾燥していて霜など降りた形跡はまるでない。快適に停滞できるほどの質の高さだ。

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この後すぐ曇った・・・この日は寒くてこれ以降写真を撮ってない

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抜群にセンスのいいオーストリアのナンバー     上下に国旗をあしらった赤白赤のストライプ、紋章は県により異なる

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快適な杉の森

2011/11/17 木
始:9:00 ~ 終:15:55 走行:59km
~ Mitterkirchen i. Machland ~ Wallsee ~ Ardagger Markt ~ Willersbach ~ Ybbs a.d.Donau ~ Krummnußbaumの手前

快晴!昨晩はまったく寒くなかったし、コケの絨毯でふかふかだった。夜寝る前20:00頃(やることないので寝るのが異様に早い)の気温が2℃もあった。つまり昼間からほとんど気温が変動していない。まったくもって森はありがたい。
何より驚きなのは、一晩張っておくとテントが乾いてしまうこと。あれだけ濡れてバリンバリンだったフライが今朝はカラカラになっていた。森に感謝!本当に自然は偉大だ。

テン場の標高200mほど、朝の気温-2.5℃。昨日までと比べて数段暖かく感じる。
朝7:00頃からすぐ隣の森で山師が仕事をしている。チェコもオーストリアも林業が盛んで、そこかしこでチェーンソーの音がする。
快適な森を後にして出発。
Mitterkirchenの先で久々にドナウ川(Donau)とご対面。デカイな、ドナウ川は・・・モルダウ川とはスケールがまるで違う。
水門の上を走って対岸のWallseeに渡る。水門の上は片側通行となっていて、手前に信号機がある。
Wallseeの町も小ぢんまりとして可愛らしい感じだった。

さて、持っている地図からはまったく読み取れないが、ドナウ川沿いには期待通り自転車道があった。素晴らしい!
所々に情報板があり、休憩用のベンチやテーブルもいたるところにある。路面も実にきれい。この快適さはオランダ以来だ。
ドナウ川沿いの景色もビューーーーーティフル!すごいな、オーストリア。
すばらしく美しく、すばらしく快適。人もフレンドリーだし、非の打ち所がない。ウクライナと並んで文句なしに再訪したい国の筆頭。
物価が驚くほど高いけど、それを補って余りある美しさと快適さだ。もっとも野宿をしている限りお金がかかるのは食費くらいだけど・・・。
季節的にもルート的にも今回チロル地方には行けないが、これはまた次の機会に、必ずや。ぜひドイツから通して縦断してみたいものだ。

Donauradweg(EV6)というサイクリングルートをWallseeから辿った。
ありがたいことにこのルートはウィーンまで続いている様子。よってルートの標示を追っていけば自動的にウィーンまで行けてしまうというオートマチック走行。素晴らしい!
今回Linzは回避したわけであるが、情報板の地図によるとルートは少なくともLinzまでは続いているようであるから、きっとLinzを通っても快適に走れたことだろう。
素晴らしい景色。実に美しい国だ。これまで世界中でこれほどまでに美しい国を自分は知らない。(もうべた褒め)
道はどこまでもきれいで走りやすいのだけれど、変な話走ってしまうのがもったいないくらい美しい。

Donauradwegは自転車専用道と交通量の少ない道路を繋いでドナウ川沿いを走っている。今走っているのは川の右岸(南岸)であるが、情報板によると左岸にも同じように道がある。
このDonauradwegはオススメのルート。(今は閉まっているけど)ルート沿いにはキャンプ場やガストハウスが点在しているから、アンチ野宿派のバイカーでもシーズン中なら泊まるところに事欠かない。(シーズン中はけっこう賑わっていると思われる)
ルートを走っていると大きな町では自動的にスーパーやGSの前を通るし、テン場にもまず事欠かないという完全にストレス・フリーの素晴らしいルートである。
こんなに美しいドナウ川沿いのルートが、ハンガリー入るとどうしてあんなぶつ切り状態になってしまうのであろうか?
ちなみに、Donauradwegに限らずオーストリア国内にはサイクリングルートが縦横無尽に走っている。これはチェコもそうであった。

美しい景色にきれいな道、そしてルート探しの労から解放された嬉しさに浸りながら走る。
Ybbsのスーパーで食料の買い出しをし、近くのGSで5Lのボトルに水をもらった。どうでもいいことだが、Ybbsで買い物をしたスーパーのレジの女の子はすごい美人だった。
Ybbsからちょっと走り、Krummnußbaumの手前で道脇の林の陰の牧草地に幕営。
昨日みたいな針葉樹林を探していたのだけれど、さすがにドナウ川沿いに来たら深くて平らな森は見られなくなってしまった。ま、十分快適だから贅沢は言えまい。
一昨日あたりから夕飯の調理中にシュラフとシュラフカバーをストーブの火にかざしてまめに乾かしている。こうすることでその晩の安眠度がけっこう違う。

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水門の上を走ってドナウ川を渡る             見よ!この完璧な自転車用の道路標識を

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Donauradweg(EV6)の一部                道は川の両岸にある

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ドナウ川沿いに出た                    林の陰にある牧草地

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山の国、川の国、森の国・・・美しい国土と優しい人たち オーストリア その2

2011/11/18 金
始:8:50 ~ 終:16:00 走行:54km
~ Krummnußbaum ~ Pöchlarn ~ Melk ~ Schönbühel a.d.D. ~ Aggsbachdorf ~ Aggstein ~ Mt.-Arnsdorf ~ Rossatz ~ Dürnstein ~ Mautern a.d.D.

晴れ。午後からは雲も出たけど久々に朝から晴れた。絶好のドナウ下り日和。
朝の気温-3.5℃。昨晩の気温が-5℃だったから、むしろ朝の方が気温が高かった。人間の順応力はなかなかすごいもので、今朝も昨晩も少しも寒いと感じなかった。
どの国へ行っても夜になるとピタッと風がやむことが多いから不思議だ。野宿をしているものにとってとてもありがたい。
森じゃないから霜はしっかり降りて、フライはバリンバリン、本体も湿った状態。
相変らず撤収は厄介で、凍ったポールにハァーハァー息を吹きかけて折りたたむ。

無風の青空の下出発。今日も閑散とした初冬のDonauradwegをゆく。
ドナウ川沿いは両岸とも、岩山や小高い丘の上に城がたくさんある。特に今日走ったPöchlarnからMauternまでは城の目白押し。いったい今日一日でいくつの城を見たことだろう。
荒城のまま残っている城もあれば、きれいに復元された城もある。オーストリアの城はかなり険しいところに建っているから驚きだ。どの城も大きくて迫力がある。

と、そんな美しい景色に見とれながらのんびり走っていたのだが、Melkを過ぎてすぐのところでふと後ろを振り返るとマユミがいない。
ちょっと待ってみたが来そうにないので引き返してみると、緩い下りでマユミが自転車を押していた。
またパンクか・・・と思ったのだが、マユミのところまで戻ってみると、リア・キャリアの右側のステーがポッキリ折れていた。ついに折れたか・・・。
スペースのあるところまで自転車を押し荷物を降ろして見てみると、左側のステーはフレームに固定するボルトがなくなっていた・・・。それで右側が折れたのか。
左側の固定が外れていることにもう少し早く気付いていれば、右側のステーが折れることはなかっただろう。はぁ・・・ま、そんなこと言っても後の祭りだけど。
ちなみに、こんなの荷物の脱着を毎日やってりゃ気付くはずなんだけど、不運にもマユミのリアのバッグはオランダ人が町中で使っているような振り分けバッグ。バイクにつけっぱなしにすることを想定して作られているものだから、もちろん毎日バイクにつけっぱなし。バッグの陰でステーは見えないし、それでボルトの脱落に気付かなかったというのが事の顛末。

ひとまず応急処置。左側のステーを手持ちのボルトで固定し、折れた右側のステーはキッチリ合わせてタイラップで固定。これでウィーンまでは問題なく走れるだろう。
折れたキャリアはアルミ製だから溶接はできまい。ウィーンで新調しないといかんなぁ・・・折れたのがオーストリアだったのが不幸中の幸い。いっそのことフロントのキャリアも一緒に交換しちゃうか、心配の種だから。
ついでにドーズのリアタイヤを改めて見てみたら、サイド寄りのところが異様に磨耗していた。ウクライナでユルジンに追突されて以降、フェンダーやら何やらと干渉して磨耗したに違いない。はぁ・・・。こりゃタイヤも買わんといかんがな。とても日本までもちそうにない。荷物になるけどスペアのタイヤを持ち歩くことにしよう。
結局ドーズの応急処置やら何やらで1時間近くロス。そんなわけで天気はよかったのだけれど今日もたいして進まず。ま、美しい景色を堪能しながらのんびりウィーンを目指すことにしよう。

景色が美しいこともさることながら、オーストリアの自転車環境は実に素晴らしい。Donauradwegはサイクリングルートとして完璧と言っていい。
今日は所々工事中の区間もあったが、迂回路の設定や誘導がいちいち完璧だ。標示に従って走っていれば道に迷うことはまずない。
情報板や休憩のためのベンチやテーブルもそこかしこにあるし、まるで非の打ち所がない。素晴らしいぜ、オーストリア!(入国以来べた褒め)
そして何と言っても人がいいのだ、オーストリアは。親切でフレンドリー、おっとりしていて実に人当たりがいい。ギスギス、せかせかしたところがまるでない。
こういった人のよさというものはどういった環境から育まれるものなのか・・・。
ちなみに独断と偏見によると、これは自分にとってドイツ語圏と言うかゲルマン人の国に共通した印象だ。オランダしかり、ドイツしかり・・・。
個人的に、ゲルマン人の国以外でこれまでにこういった人のよさを感じた国というのを挙げてみると、ウクライナ、モルドバ、ルーマニア、エストニア、それから自転車に乗る前だけど、スーダン、シリア、ブラジル、エルサルバドル、キューバ、といったところだろうか。

食料の買い出しはMauternでしたのだが、SPARのレジの女の子がまた実に感じがよかった。(いや、美人とかいうのでなしに・・・)
常に笑顔で、接していて実に気持ちのいい子だった。接客業の鏡だね。

Mauternを出てすぐの雑木林の中に幕営した。
自転車を止めて林の中を偵察しようと思っていたとき、たまたま通りかかった自転車好きの人にフレンドリーに話しかけられた。ちょっと話をして最後に「これからどうするんだい?」と聞かれて、「今からそこの林の中でキャンプするんだ」とはさすがに言えなかった・・・。
そして一日の最後、たぶん幕営を終えて暗くなりかけた頃、林の中を歩いていて何かのウ○コを踏んだ。そこいら中に穴を掘った跡があるからたぶんイノシシのだと思う。
草食動物のウ○コなら気にしないけど、犬とかイノシシとかもちろん人とか、雑食性の動物のウ○コはちとキツイ。
夕闇の中、何が悲しくて一日の最後に靴についたウ○コを落とさにゃならんのか・・・クソー!
ちなみに、ユトレヒトを発って以来確かこれで三度目。残りの二回は犬のだと思う。
それはそうとして、やっぱり森は素晴らしい。早くも夜のうちからびしょ濡れのフライが乾き始めた。ありがたや、ありがたや。

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初冬のDonauradwegをゆく                こういう情報板が随所にある

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城の目白押し                        ブドウ畑の中もルートになっている

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雑木林の中・・・暗くなってからウ○コ踏んだ

2011/11/19 土
始:9:10 ~ 終:16:10 走行:57km
~ Hollenburg ~ Zwentendorf ~ Asparn ~ Tulln ~ Langenlebarn

曇り。今朝の気温は3.5℃もあった。昨晩寝る前も5℃もあり、寝るのにダウンジャケットは不要だった。場所の違いもあるけど毎日気温の変動がけっこう激しい。
日中のも気温はほとんど上がらないが、風がないので今日はイヤーバンドも不要だった。
幕営とともに乾き始めるフライは朝には完全に乾いている。誠に森はありがたい。

今日はほぼ一日中ルートがドナウ川から離れなかった。両岸とも車道は川から離れたところを走っているから、川沿いを走れるのは自転車の特権。
川沿いの道は町や村の中を通ることがなく、今日まともに通ったのはTullnだけである。
景色が単調になった。川岸に森が延々と続いている。テン場には困らないわけであるが、走っていて少々飽きてくる。
この時季町から離れた川沿いには人がほとんど来ないから完全に静寂の世界。今日は土曜だから特にそうなのか?稀にジョギングやサイクリングをする人、散歩する人と行き会うくらい。そんな人たちと挨拶を交わしながら走る。
ちなみに、オーストリアではウォーキングしたり散歩したりする人がかなりの確立でトレッキング・ポールを持っている。

昼過ぎにTullnに到着。今日買い出しができそうな唯一の町であるので、いったん道を外れて町の中心部へ。オーストリアのスーパーは日曜は閉まっているようなのでここで二日分の買い出し。
スーパーを探して自転車を押していると、大通りの向こうに二人組のバイカーがいた。向こうもこちらに気付いて手を振っている。バイクで旅する人に会ったのは久しぶり。
彼らのところに行って話しをすると、スイス人のカップルだった。キリアンとロミー、スイスのフランス語圏に住んでいる二人で、キルギスに行ってこれからスイスに帰る途中だった。
ちょっと安心したと言うか勇気づけられたのは、二人も野宿しながら旅をしていたこと。やはり買い出しのためにTullnに寄ったところだった。
テン場の情報などを交換。国は違えど行動食には似たようなものを食べ、テン場に対する感覚も似かよっているところが面白い。
「ここから先は町が途切れる?」とか「自然があってテン場には困らない?」とかやはりそういったことを気にしている。「ウィーンに入っちゃうとテン場を探すのが大変だから10kmくらい離れたところで探した方がいい」とか、まったく同じ感覚だ。
この寒空の下で野宿している人が他にもいると知って実に心強かった。
キリアンの方はクライミングもやるということでさらに意気投合。もちろんキリアンのホーム・グラウンドはアルプスだ。

お互いに買い出しを終えた後、川沿いのベンチに座って一緒に行動食のパンを食べた。お茶をついでくれたので回し飲み。キリアンの持っているテルモスが羨ましく見えた。
行動中に温かいものを飲めるのはやはりありがたい。冬山ではいつも携帯しているテルモスだけれど、今は持っていない。
ちなみに、このテルモスというのも山ヤ用語っぽい。500mlくらいの小型の魔法瓶のことです。おそらく商品名から来ている言葉。

アドレス交換をして二人と別れた。ドナウ川沿いの自転車道を彼らは西へ、自分らは東へ向かう。
Tullnから10kmちょっと走ったところで今日も時間切れ。「日が短い」と彼らも嘆いていたけれど、ホントに日が短い。
ルートがいったんドナウ川から離れるところで、川の南にある小さな湖の畔に幕営。たぶん先ほどキリアンの教えてくれたポイントだと思う。
周りの雑木林は低木がうるさくて入り込めず、湖に面した草地に幕営。
夏だったらこれ以上のテン場はないというくらいのロケーションであるが、明日の朝は露でフライがびしょびしょだろうな・・・。

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今日のルートは殺風景でちと退屈            モニター付きの情報板

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スイス人のカップル、キリアン(右)とロミー(中)    湖畔かと思っていた支流の川岸

2011/11/20 日
始:9:00 ~ 終:16:45 走行:43km
~ Greifenstein ~ Höflein ~ Kritzendorf ~ Klosterneuburg ~ Wien

曇り。予想に反して露は降りなかった。朝の気温は2℃もあって寒くない。テントは乾いているし、実に快適なテン場であった。
昨日小さな湖と思っていたここは、走り出してみたら本流から枝のように出ている支流の一つだった。対岸は別荘地となっていて、この時季は人もおらずひっそりとしている。
Donauradwegの残りのパートを走る。ウィーン市街まで25kmほど。

Klosterneuburgまで来ると人が増え、日曜ということもあってサイクリングやジョギングをする人、散歩をしている人がたくさんいる。タイツにジャージという出で立ちでサイクリングやジョギングをしている人が多く、実に健康的な印象を受ける。
ベンチに座って休んでいると自転車で流していたおっちゃんに声をかけられたりするが、さすがにウィーンのあたりまで来ると流暢な英語を話す人が多い。
それにしてもよく整備された自転車道だ。ウィーンのような大都市で、特に苦労することなく市街地まで辿り着けたのは初めてだ。これ、かなり重要。

ウィーン市内に入ると、Donauradweg沿いに大きな自転車屋が何軒かあった。今日は日曜で閉まっているけど、これならキャリアも問題なく手に入りそう。
Donauradwegは、リンクと呼ばれる環状道路の東端にある官庁のあたりで唐突に終わる。リンク内が旧市街と呼ばれているエリアだ。
快適なDonauradwegを離れ外の世界に上がってみる。整然と道路が走っていてあまりごみごみした感じがない。さて、どうしたものか・・・。

ひとまずSchwedenplatz駅の前にあるマックに入ってスカイプでヴィルフリード(チェスキー・クルムロフで会ったオーストリア人夫婦)に電話してみたが、つながらなかった。アナの携帯も家の固定電話も全部つながらない。家族みんなでどこかに出かけてるんかいな・・・。
マックで寛ぎながら今後の身の振り方を考える。
ウィーン市街に安く泊まれるところなんてまずないだろうから、選択肢は二つ。Donauradwegを戻って近郊の小さな町でガストハウスを当たるか、ウィーン郊外にあるYHを当たるか。
Donauradwegを戻れば、最悪昨日のテン場で快適に野宿という潰しが利く。が、なんとなく郊外のYHを当たってみることにした。住所を知っている二軒のうちの一軒はシェーンブルン宮殿から2~3kmのところだろうと高を括っていたのだが・・・。

ウィーンは旧市街の中でさえ自転車道が整備されていて、自転車で移動するのが至極快適。
シェーンブルン宮殿の前を通り、住所を頼りにYHに向かう。が、人に聞き聞き走ってみたものの何故か一向に近づいてる気がしない。旧市街にある王宮の前から15kmも走ったところで、道を尋ねた何人目かのおっちゃんにあとどのくらいあるのか聞いてみた。
おっちゃん曰く「まだ7、8kmはあるなぁ」・・・やめた。辿り着ける気がしない。今から行ってみて泊まれなかったらアウトだし・・・。
ボチボチ暗くなってきた。諦めてテン場を探す。が、ここはウィーン市内。テン場などあろうはずがない。
Donauradwegを戻っていればよかった・・・などと愚痴っても後の祭り。
そんなわけで今日のテン場はすごい。高架を走る車と列車から丸見え。すぐ下にある今まで走ってきた歩道兼自転車道からも丸見え。あぁ恥ずかしい。すぐ脇を人や車がそうそう通らないであろうことだけがせめてもの救い。
そんな場所でも暗くなってテントに入ってしまえば快適なのであるが、往々にして朝明るくなってからが恥ずかしい。

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ウィーンまで16km                      ウィーン旧市街

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ウィーン市内某所(翌朝撮影)

2011/11/21 月
始:8:50 ~ 終:16:40 走行:51km
Wien ~ Kritzendorf

昨晩寝る前の気温0℃。とりとめて寒さは感じなかったが、雪がチラチラ舞っていた。
朝の気温-1.5℃。夜明け前ポツポツとテントを叩く音がして雨かと思っていたら霙だった。夜が明けるとフライに薄っすらと積もっていた。
夜が明けても天気が悪く薄暗い。時々雪も舞っている。
今日はとにかく寒い一日だった。日中の気温も氷点下で(たぶん朝より下がった)、朝ボトルに入れた水が夕方には凍ってた。自転車も一日中凍りついたまま。

昨日撮れなかったテン場の写真を撮ろうとしていたら、犬を散歩してるおっちゃんがたまたまテントの脇を通りかかった。
もちろんこちらから手を振って明るく「モルゲン」と挨拶。おっちゃんも「モルゲン」と返してくれたけど表情は明らかに強張っていて、犬を引っ張って足早に去っていった。いや、決して怪しい者じゃないですよ・・・。

テン場から歩行者用の橋を渡って対岸の自転車道に下りるのだが、橋の上がいきなりテカテカだった。凍っとる・・・おーこわ。
橋を渡ってからの階段は、昨日もそうしたようにフロントのバッグだけ外し二人で担ぎ下ろす。
ここのところ毎日、走り出しはブレーキがまったく効かない。リムもブレーキも凍っているからだ。よって走り出しが下りだとめちゃくちゃ怖い。
自転車道に下りる道は幸い乾いていて凍結してなかった。

Wienfluss-Wegという自転車と歩行者用の道を走ってウィーン市街に戻る。
この道はウィーン市内を走るDonauradwegと同様、町より一段低いところをドナウ運河沿いに走っている。車もいなけりゃ信号もないので快適であるが、外界の町の様子がよく見えない。
今日は途中にあるシェーンブルンを見て、それから自転車屋を回る予定。まずは朝一のシェーンブルン宮殿へ。
さすがはウィーンいちの観光名所、朝早くから次々人がやって来る。日本人もかなり見かけた。
別に入場料をケチったわけではないが、宮殿の建物内というのはどこもだいたい想像がついてしまう気がして敬遠した。広大な敷地内をブラブラする。
建物の中以外は自由に歩き回ることができ、観光客以外にも近くに住んでいる人たちがたくさんいて、広大な敷地内をジョギングしたりウォーキングしたりしている。こんなところを自由にジョギングしてるってのはある意味すごく贅沢だ。
それにしてもウィーンの人たちと言うかオーストリアの人たちはみんな本当に健康的だな・・・。

シェーンブルン宮殿はハプスブルク家の夏宮。かのマリア・テレジアや幼少期のマリー・アントワネットもここに住んでいた。六歳のモーツァルトが御前演奏をしたのもここ。
敷地はとにかく広大で、敷地内に動物園まであったりする。もちろんこの寒空の下で動物園に来るような人など一人もいない。
この動物園、入場せずとも脇を歩いていると中が一部見えたりするのだが、ここで初めてヨーロッパ・バイソンを見た。おぉぉスゲェ・・・特に肩の辺りのムキムキっぷりが大迫力。ボディビルダーでも見ているかのようだ。キレてます!(ボディビル会場でのかけ声)

今日は霧も出ていてとにかく寒い。庭園内の丘の上から宮殿を見下ろすと白く霞んでいた。
ウィーンの王宮はブダペストやプラハと違って小高い丘の上にあるわけではなく、町中の平地にドーンと建っている。丘の上に建てる必要などないくらい帝国が強大だったということか・・・。

シェーンブルン宮殿を後にして自転車屋へ向かう。
昨日いの一番に目についたDonauradweg沿いの店にまず行ってみたが、そこにはまともなキャリアがなかった。
店のおっちゃんに別のところを教えてもらったのだが、これがなかなか辿り着かない。辿り着くまでにいったい何人の人に尋ねたことか(自転車屋なんてみんな知らないから・・・)。何人目かに聞いたメッセンジャーの兄ちゃんが知っていた上地図まで持っていて、それでやっと場所がわかった。それでもさらに3、4人の人に聞きまくってようやく辿り着いた。
そこは目立たない小さな自転車屋・・・こりゃ見つからんわ。でも店の中にパニア・バッグを吊るしてあったりしていかにも目当てのキャリアが置いてありそうだった。が、タイミングが悪くちょうど店には留守番のじいちゃんしかおらず、細かいことはよくわからないという話。15:00過ぎに店主が帰ってくると言うのだが、それだと暗くなっちゃうので今日のところは諦めた。
明日出直すと告げて店を出た。
町中にこんなに自転車が走ってるんだから本当は自転車屋なんてたくさんあるんだろうけどなぁ、ここはウィーンだし。おそらく自転車屋があるのは旧市街ではないのだろうな。まだ土地勘もつかめずどこにあるのかさっぱり見当もつかん。相変らず大都市ってやつは苦手だ。なんてったって日本で住んでるのはちっちゃな村ですから・・・。

どこに帰るのか帰りがけ、昨日見かけたDonauradweg沿いのもう一軒の店もダメ元でのぞいてみたけど、やはりキャリアはなし。
さて今晩の寝床であるが、Klosterneuburgまで戻って宿でも探そうと思ったものの要領を得ず。
途中通りかかったウィーンとの境界にある標高300~400mと思しき小山は、上部の方が薄っすらと白く雪化粧していた。おぉぉ・・・。
日没も差し迫ってきてタイム・オーバー、野宿を決め込む。
速攻でスーパーで買い出しをし、その隣にあったカー用品店で5Lのボトルに水をもらい、町外れのDonauradweg沿いにある雑木林の中に幕営。
すっかり暗くなってしまい、久々にヘッドランプの灯りでテントを設営。気温-1.5℃。
夕食の準備をしているときに雪が舞い始めた。いよいよ雪の季節かぁ・・・。だんだん厳しくなってきた。果たしてこの先どこまで行けることやら・・・。

ちなみにこの場所、後日判明したのだがヴィルフリードの家のすぐ近くだった。
結局ヴィルフリードには言わなかったけど、こんなとこで野宿してたと知ったら驚くだろうな・・・。

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Wienfluss-Weg・・・外界の様子が見えない      シェーンブルン宮殿

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スゲェ広い!                        霧に霞む宮殿、ちなみにクソ寒い

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大迫力のヨーロッパ・バイソン・・・キレてます!    インド人のおっちゃん邪魔

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Klosterneuburgの教会                   バウマン宅の近くの雑木林・・・驚いた?

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ウィーンでの素敵な日々 その1 ティナたちのフラット

ようやくティナのところまで来た。過去にアップした日記ですが写真を追加しました。

2011/11/22 火
始:9:10 ~ 終:18:00 22km
Kritzendorf ~ Wien

朝の気温-2℃。ウィーンとの境界にある標高400mほどの小山は、霧氷で上部が真っ白だ。
朝一でウィーン大学の近くにある昨日の自転車屋に戻る。が、残念ながら望んでいるようなキャリアはここにもなく、別の店を教えてもらう。親切なことに、店の場所を書き込んだ地図をくれたので、特に苦もなくその店に着く。
今度の店は大きかった。そういう店の常で、ちょっとビジネスライクなところはあるが何でも置いてある。ここで手に入らないものはおそらくないであろう。今の自分らにとっては非常にありがたい。
落ち着いて自転車をいじれる場所がなく、その場で組み付けをお願いした。
15:00に仕上がると言うので、自転車を預けて3時間ほど近くのマックで時間を潰す。今日は市街地にあるYHにでも泊まるか・・・。
ありがたいことにヴィルフリードがメールの返事をくれていた。よかった・・・今日はもう遅くなってしまったが、明日バウマン一家に再会できそうだ。
ヴィルフリードはやることなすこと的確で、メールであらゆるパターンを提案してくれていた。ウィーンで落ち合うことも可能、車でピックアップに行くことも可能、ヴィルフリードが自転車で迎えに来て一緒に自転車で家まで移動することも可能・・・と。
家の近くの地図まで添付してくれていたのだけれど、それを見てビックリ。バウマン一家の家はKritzendorfにあった。しかも昨日自分らが野宿した場所から遠くない。昨日ばったり会っていてもおかしくなかったのだ。なんたる偶然・・・これなら自力で彼らの家の近くまで行けそうだ。

ヴィルフリードと連絡が取れて一安心。
15:00過ぎ、のんびり自転車屋に戻ろうとマックの外で準備していると、一人の女の子に声をかけられた。昨日も大学の近くで自分らのことを見かけていたらしい。彼女自身も自転車で旅をするのが好きで、今日もばったり見かけて声をかけてくれたのだ。
幸運は突然やって来る・・・自分らがキャンプしていることを知り、「よかったら自分の家に泊まって」と言ってくれた。ホ、ホントですか???
彼女の名前はティナ、ボーイフレンドと他の二人と一緒に近くのフラットに住んでいるらしい。「一度大学に戻るから後で電話して」と携帯の番号を教えてくれた。

意気揚々と自転車屋に戻ると、またもやドーズは生まれ変わっていた。しかも今度は完全に。
一番のトレード・マークだったフロントのライトもなくなった。
今度のキャリアは前後ともチューブスだ。これで壊れることはよもやあるまい。三点止めでしょっちゅうタイヤと干渉していたリア・フェンダー(ウクライナで交換)もこの機会に一緒に交換。先のことを考えて予備のタイヤ(シュワルベ・マラソン)も一本ずつ購入。荷物になるけど、今後は予備のタイヤを持って歩くつもり。
新たな問題も少々。フロント・キャリアの台座がなくなって、今までフロント・バッグとして使っていたザックの天蓋を使うことが困難に。リアの振り分けバッグは、相変らずバックルの金具でキャリアを傷つけてしまう。
この機会に一気に新調してしまうか・・・まぁいいや、今晩ゆっくり考えることにしよう。

マックに戻ってスカイプでティナに電話してみるが、繋がらない・・・。スカイプだからなのか別の問題なのか、よくわからん。「ただいま電話に出ることができません・・・」みたいなことを言っているような気がするのだが、ドイツ語なのでよくわからん。
困った・・・「後で電話するよ」と言ってしまった手前、このまま連絡が取れないのは気分が悪い。
どこかで電話を借りるしかあるまい・・・マックの前にあったパン屋で電話を借りることに。
店の女性が親切に電話をかけてくれた。やはり電話は繋がらなかったが、ここにかけ直すようメッセージ・ボックスに伝言を残してくれた。
コーヒーを飲みながら店で待たせてもらうことに。
果たして伝言に気付いてくれるのか・・・心配しながら待つこと30分、ティナから電話がかかってきた。ありがたいことに店の女性がうまいこと話をつけてくれ、ティナがここまで迎えに来てくれることになった。

さらに待つこと数十分。晴れてティナと再会。
お店に丁重にお礼を言って、ティナと一緒に自転車を押して彼女の家まで歩く。ティナの家はさっきまでいた自転車屋と同じ通りにあった。なんたる偶然・・・。
そこは広いフラットだった。ティナを合わせて四人で住んでいて、各自の部屋のほかに共用の広いリビングとキッチン、バスとトイレがある。
ティナはウィーン大学で建築の勉強をしている大学院生。他にボーイフレンドのフルゥー、ディビッド、バーバラの四人でフラットを借りている。
他にフルゥーの友人のクリストフもいた。クリストフはドイツ人で、やはり学生。ウィーン大学に来る必要があるときだけ一時的にフラットに寝泊りさせてもらっているらしい。
ボーダレスと言うか何と言うか・・・こういう生活スタイルってのもいいもんだな。とても新鮮な世界に映る。
自分が学生だったときのことを考えると、彼らはずっと大人に見える。何と言ったらいいのか・・・しっかりと自立していて(金銭的にどうこういうことではなく精神的に)、将来のヴィジョンをおぼろげにでも持っていて、アクティブで、大人としての社会性も身につけている・・・ように見える。
今どきのウィーンの若者の生活スタイルを垣間見られたのはいい経験だった。

フラットの共同生活ではそれぞれがそれぞれのリズムで生活している。
クリストフの作ってくれたパスタを五人で一緒にいただいた後、ティナは友人とディナーへ。フルゥーとクリストフはサッカーを見にバーへ。共に誘われたけれど、今日のところはフラットでのんびり休ませてもらうことにした。
フルゥーが巨大なバックパックを背負おうとしていたので何事か聞いてみたら、サッカーを見た後クリストフはそのまま夜行列車でベルリンに帰るとのことだった。

彼等を見送った後のんびりシャワーを浴びさせてもらっていると、バーバラが仕事から帰ってきた。
バーバラもドイツ人で、プラクティスの一環で今ウィーンの5☆ホテルで働いている。
お茶を入れてくれたので、お茶を飲みながらおしゃべり。
それにしてもドイツ語圏の人は言語に堪能だ。英語はもちろん、1年間フランスに行っていたというティナなどフランス語も話せる。「似ているから簡単なのよ」、と彼女たちはさらりと言ってのけるけれど・・・。

バーバラとおしゃべりをしているうちにティナとフルゥーも帰ってきて、五人で暫しおしゃべり。
洗濯機を回すというバーバラが、自分らの洗濯物も一緒に洗濯してくれた。ウクライナやモルドバもそうだったけれど、こういう細かな気遣いができるところがすごいと思う。
広いリビングで快適に寝させてもらった。

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Donauradweg沿いの落書き(合法)           芸術的な作品がたくさんある

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キャリアを買った自転車屋                生まれ変わったドーズ(何度目だ?)

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左からティナ、フルゥー、クリストフ

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洗濯までしてくれたバーバラ

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ウィーンでの素敵な日々 その2 バウマン一家と過ごした日々

ようやくバウマン一家のところまできた。写真と後半の日記を追加しました。

2011/11/23 水
始:11:30 ~ 終:17:45 22km
Wien ~ Kritzendorf

今日もどんよりした天気。この時季のウィーンのいたって普通の天気であろう。
ドーズのキャリアを調整しなおしてティナたちのフラットを後にする。ティナとフルゥーが外まで見送ってくれた。お世話になりました!

昨晩いろいろ考えた末、ドーズのフロント・バッグとリアのパニア・バッグを新調することにした。
自転車屋に戻ってこれらを購入。フロント・バッグのブラケットはその場で取り付けてもらった。何度目かの生まれ変わりを果たしたドーズは、完全に別物に変身。

ウィーンの市街を走るのにもだいぶ慣れた。慣れると、これほど走りやすい都市もそうそうあるまい。
ヴィルフリードに電話すべく、初日に寄ったSchwedenplatz駅前のマックに寄る。
最初にメールをチェックすると、ヴィルフリードが何度もメールをくれていた。こりゃいかん・・・急いで彼の携帯に電話してみるが、やはり繋がらない。番号の入力の仕方が違っているのか、WiFiの電波が弱いのか・・・。
何度か試しているうちにようやく繋がった・・・が、感度が悪く、通話が途切れてしまってまったく話にならない。pc片手にマックの店内をうろちょろしてみても電波は強くならない。
焦る、焦る・・・。
とりあえず、かけ直すと言って一度電話を切った。
またどこかで電話を借りねば・・・外をうろちょろすると、近くに公衆電話があった。が、昨日公衆電話からティナのところにかけたときもうまく繋がらなかった・・・隣の物売りのおっちゃんにどうやってかけるのか尋ねてみる。
うぅぅむ、そういうことか・・・国番号の0043はもちろん不要なのだけれど、番号の前に0をつける必要があるみたいだ。
果たしてヴィルフリードとうまく話が繋がった。マックの前までピックアップに来てくれると言う。

マックの前で待っていると、ヴィルフリードが自転車に乗って現れた。ようやく会えた!何度もメールをくれて、おそらくウィーンで何時間も自分らのことを待ってくれていたのだ。申し訳ない・・・。
ヴィルフリードは自営のコンピュータSE。ウィーンにいくつか顧客があって、毎日Kritzendorfから自転車でウィーンまで通っている。
知的で、いろんなことを知っている。歴史的なこと地理的なこと、言語のこと芸術のこと。もちろんコンピュータにかけてはプロフェッショナルだ。
いろいろ話をしながらKritzendorfまでDonauradwegを一緒に走る。自転車道に面した橋脚や壁に描かれた絵も、この場所では合法であると教えてくれた。
ヴィルフリードの手信号は的確だ。意思表示が明確で非常にわかりやすい。蛍光イエローのグローブも良く目立つ。
帰りがけ、Kritzendorfの一つ手前にあるKlosterneuburgに、ピアノのレッスンを終えた息子さんのリアムを迎えに行く。そして町の高台にある大きな教会に案内してくれた。
教会の歴史や背景など、ここでも案内しながらいろいろ教えてくれた。

そしていよいよバウマン宅へ。100年の歴史がある古い集合住宅に彼らは住んでいる。リビングには素敵な薪ストーブがあった。中川の家にもこんなのを置けたらなぁ・・・。
アナとピエッタとも再会。温かく迎えてくれた。
明るくて、仲がよくて・・・なんて素敵な家族なのだろう。
紅茶とおやつをいただきながらアナの作ってくれる夕食を待っている間、ヴィルフリードがスロヴェニアまでのサイクリング・ルートをいろいろと調べてくれた。
リアムはピアノを弾いてくれたり、チェロを弾いてくれたり、ギターを弾いてくれたり。好奇心旺盛なとても賢い子で、特に音楽に興味があるらしい。こりゃ将来は大音楽家になっているかもしれないなぁ・・・。
アナの作ってくれる料理はとても美味しい。家庭料理に触れるのも久しぶり。感激だ。

ヴィルフリードもアナも明日も泊まらせてくれると言う。
おまけに、何の計画もない自分らに素敵なプランを提案してくれた。「もし興味があれば自然史博物館に行ってみるのはどう?博物館に顧客がいるから、自由に出入りできるカードを持っているんだ」
ありがたく言葉に甘えさせてもらうことにした。

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慣れるとこれほど走りやすい街もそうそうあるまい

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ようやくヴィルフリードに会えた!何度もメールをもらっちゃって申し訳なかった

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お馴染みのDonauradwegを一緒に走ってバウマン宅へ

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チェロを弾くリアムとpcに向かうヴィルフリード・・・後姿がすごくヴィルフリードっぽい

2011/11/24 木
始:8:30 ~ 終:16:30 37km
Kritzendorf ~ Wien ~ Kritzendorf

相変らずのどんよりした天気。美味しいトーストの朝食をいただき、ヴィルフリードと一緒に家を出る。
霧のためか路面が濡れている。Donauradwegを走っていると、逆方向に自転車で走ってきたじいちゃんがヴィルフリードに何か言っている。この先の橋が凍っていて危ないと教えてくれたらしい。
で、その橋。見た目は今まで走ってきた濡れた路面と何も変わらないのであるが、見事に凍っていてツルツル・・・怖ぇぇぇ。知らずに走っていたらえらいことになっていた。この時季橋の上は要注意!見た目ではまったくわからないからとても危険だ。
ヴィルフリードの後について、すっかり通いなれた道を走る。ヴィルフリードが自然史博物館まで送ってくれた。
で、ヴィルフリードのカードで無料のチケットを発券してもらって中に入る。この博物館は展示品以前に建物がすごい。まるでどこかの宮殿みたいだ。
展示品はさらにすごい。まず数が半端ない。そしてCGを多用した展示にも凝っているから、とても一日ではじっくり見て回れない。じっくり見ようと思ったら、三、四日はかかるのではあるまいか。特に石好き(鉱石とか宝石とか・・・)や昆虫や化石好きにはたまらないところだと思う。これだけたくさんの隕石を見たのも初めてだ。
膨大な展示品は、それでもまだ博物館の所蔵品のごく一部だ。後でヴィルフリードの教えてくれた話では、世界で四番目だか五番目の規模であるらしい。所蔵品のほとんどは、ハプスブルク帝国時代に世界各地から集められたものだ。
とにかく面白いところなので、こういった分野が好きな人にはぜひオススメする。

昼食は、アナがランチ・ボックスを作って持たせてくれた。何から何まで本当にお世話になっております。
その美味しいランチ・ボックスも駆け足で食べて見て回ったけれど、とても見切れず最後は駆け足になってしまった。

リンク沿いを走り、初日のマックで仕事を終えたヴィルフリードと待ち合わせ。
Donauradwegを走って家に帰る途中、ヴィルフリードがWienの端にある小山に案内してくれた。初日からずっと上部が真っ白に見えていた山だ。これまでずっと、霧で山頂付近が見えなかったけれど、山頂には教会があって帰る時にはよく見えた。
山裾に自転車を止めて歩いて山頂へ。山頂まで階段交じりの舗装路が続いている。山頂の標高はおよそ400m、下から250mほどのアップだ。
ヴィルフリードも自転車以外に歩くのが好きで、この山にも時々歩きに来ているらしい。仕事で日本に滞在していたとこがあり、その時に富士山も登っている。
ある標高を境に一面真っ白な世界となる。と言っても雪ではなく霧氷だ。木々が真っ白に凍りついている。山頂付近は路面も手すりも凍っていてツルツル。ヴィルフリードの話だと、この時季こんな風になるのは毎年のことではなく、数年に一度のことであるらしい。今年は寒いのであろうか???

ヴィルフリードもアナもとても忙しそうだ。にもかかわらず、気持ちよく自分らを迎えてくれている。恐縮です・・・。
今晩の夕食もとても美味しかった。
ちなみに、アナはオーストラリアの出身。保育園で働いているほかに、ボランティアでピアッタのクラスで英語を教える手伝いもしている。
明日はいよいよウィーンを発たねばと思っていた矢先、ヴィルフリードとアナからまた驚きの提案が・・・「よかったら週末はここでのんびりしていっては・・・」。
土曜はヴィルフリードのお兄さんのところを訪ね、日曜はリアムのピアノとチェロの先生たちのコンサートがあるからよければ一緒に行かないかと・・・。
い、いいんですか・・・???
あまりお邪魔をしていても悪いかと思ったのだが、ありがたくお言葉に甘えさせてもらうことにした。

外は路面が凍るほど寒くても、建物の中は半袖でいられるくらいポカポカ。
これまでが嘘のような快適な夜を過ごさせてもらっている。

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自然史博物館・・・ものすごい展示品の数        じっくり見ようと思ったら軽く三、四日はかかる

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そして恐竜は鳥になった                   マンモス

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仕事帰りのヴィルフリードと待ち合わせて一緒に帰る

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ウィーンとの境界にある小山は上部が真っ白      雪ではなく全部霧氷

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ヴィルフリード

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この上に教会がある

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アナ(右)とピエッタ(左)

2011/11/25 金
一家の朝は早い。
子供たちは7:30のスクール・バスに乗らねばならないし、ヴィルフリードも8:00には家を出る。アナも仕事がある日は早くに家を出る。
ま、要するに暇なのは自分らだけということだ。にもかかわらず、朝から自分らのために朝食を準備してくれる。コーヒーを入れてくれ、パンを焼いてくれ、もっとパンを食べるか?とか、好きなヨーグルトをどうぞとか・・・本当に恐縮です。何とお礼を言っていいのやら・・・。
しかも(バウマン家に限った話ではないが)皆驚くほど小食で、毎食、暇な自分らが一番食べている。本当に申し訳ないです・・・。
アナが出かけた後でシャワーを浴びさせてもらった。

昼過ぎにアナとピエッタが一緒に帰ってきた。
ピエッタはクリスマスをすごく楽しみにしていて、帰ってくるなりけなげにクリスマスツリーの絵をせっせと描いている。窓にはプレゼントに欲しいもののリストが吊るしてある。けなげで実に可愛い。
そしてTVでアニメが始まった。驚いたことに「みつばちマーヤの大冒険」だ。もちろんドイツ語版で、主題歌も日本語版とはまったく違っている。かぶりつきで見始めるピエッタ。
日本のアニメであることはアナも知っていた。が、後でヴィルフリードが教えてくれたのであるが、そもそも原作はドイツの児童文学であるらしい。オーストリアでもマーヤは大人気だ。ピエッタは主題歌も歌える。

リアムが帰ってきてからアナの美味しい料理を一緒にいただいた。ここでも、何もしてない自分らが一番食べまくる。毎食、毎食、まったく申し訳ないです。胃袋が大きくなってしまったのか、何もしてないのにやたらと腹が減る。

昼食後しばらくしてから、五人でドナウ川にサイクリングに出かけた。Donauradwegの走っているのは運河沿いで、それとは別の本流の川岸まで楽しくサイクリング。
ヴィルフリードの運動好きの影響で、リアムもピエッタもカッコイイ自転車を持っている。チビ助二人が熱心に自転車を漕いでいる姿は実に可愛い。家族で一緒に自転車に乗るというのは、ヨーロッパではごくごく普通のことであるけれど、日本ではなかなか見られない光景だよなぁ・・・。健康的で素晴らしいことだと思うのだけれど・・・。
ちなみに、今日は霧雨が舞っていて実に寒かった。雨が降るだけなら特に何の問題もないけれど、寒くていろんなところが凍り始めるから性質が悪い。
午後になっても橋の上は縁石が凍っていたし、手すりも完全に凍っていた。駐車してある車の窓も見事に凍っている。

一度家に帰ってから、アナの車に乗せてもらってリアムとピエッタの通っている学校へ。今日は日本の学校で言うところの三者面談みたいなのがあって、アナに誘われてオーストリアの学校を見せてもらうことにした。ヴィルフリードも仕事先から直接自転車で駆けつけ、教室の前で合流。
三者面談と同時に本の購入イベントも行われていて、教室には児童図書がずらりと並べられている。親と子で選んで、もし欲しい本があればその場で注文して後で子供が学校で受け取るということらしい。こういう場所でケーキやジュースが振舞われるところが(カンパ制でタダじゃないけど)おおらかで日本と異なるところであろうか。
今の日本の学校の様子はどうだか知らないけれど、学校と家の間にはもっと距離と言おうか垣根と言おうか・・・があったように記憶している。
ちなみにオーストリアの小学校は4年制。現在4年生のリアムは来年の9月からハイスクールに通うことになる。場合によってここで今後の進路を決める必要があり、「早すぎる」とヴィルフリードとアナも悩んでいた。
4年制で、各学年1クラスしかないから、とても小ぢんまりとしたアットホームな学校だ。大人気のマーヤの塗り絵が廊下の壁に貼られていた。

ヴィルフリードと一緒に一足先に家に帰る途中、Kritzendorfの教会に案内してくれた。
アナたちが帰ってきた後で、ピザをいただきながら楽しくDVDの映画を鑑賞。

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学校から帰ってせっせとクリスマスツリーの絵を描くピエッタ

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ピエッタ作:窓に吊るされたプレゼントに欲しいものリスト・・・ちなみに、オーストリアではサンタクロースではなくChristkindと呼ばれる翼のない天使が来るのだと後日アナが教えてくれた

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マーヤに釘付けのピエッタ

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みんなでドナウ川へサイクリングに出かけた・・・ちゃんとヘルメットをかぶってレッツ・ゴー!

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リアムとピエッタの通う学校へ・・・三者面談と一緒に本の購入イベントも行われていた

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チェロを弾くリアム

2011/11/26 土
久々に晴れた。お日さまをまともに拝むのは実に久しぶり。晴れるとだいぶ暖かく感じる。日光というのは本当にありがたいものだ。
今日は全員仕事も学校も休み。午前中は家の中で楽しく過ごして、昼頃出かける。ヴィルフリードとリアムが一足先に列車と自転車で、アナとピエッタそして自分らは後からアナの車に乗せてもらって。

最初に向かったのはウィーンの南にある洞窟。ここでヴィルフリードのお兄さんのラインハルトの一家と合流。
洞窟は大部分が人工的に掘られたもので、第二次大戦の末期にはドイツ軍の秘密の飛行機工場として使われていた。そこで作られていたのはなんと、ハインケル・He162(ザラマンダー)。Me262とともに世界最初の実用ジェット戦闘機である。洞窟の入口に当時の写真が飾られていて、興味深く拝見させてもらった。

洞窟はちょっとした観光地となっていて、ツアーで中を見学できる。ここでもヴィルフリードが自分らの入場料まで払ってくれてしまった。何から何まで本当に申し訳ないです。
洞窟の中はチャーリー・シーンの出ていた映画(ドイツ語版のタイトル:DIE DREI MUSKETIERE)の撮影で使われたこともあるらしい。
飛行機工場として使われていた場所には、ザラマンダーの機体の一部が残されていた。
驚いたのは、自分らの後から日本人の団体客が来たことだ。ひょっとして日本のガイドブックに出ているような場所だったのか?
「日本人の観光客はとてもリッチに見える」とヴィルフリードに言われて見直してみると、確かにそう見えなくもない。先頭にいた方と言葉を交わしたが、とても感じのいい方たちだった。
最後にボートで地底湖をぐるりと回ってツアーは終了。

洞窟の後は、ヴィルフリード一家にくっついてラインハルトのお宅にお邪魔した。
ウィーンは1区から23区まであり、リンク内の旧市街が1区、ラインハルトの家は23区にある。ウィーンの南の外れだ。
ラインハルトの家は子供が七人いる大家族。類は友を呼ぶと言うが、ヴィルフリード一家同様にラインハルトも家族の人たちも実に人当たりがよく、明るくフレンドリー。仲のよい家族で、見ているだけで思わず顔がほころぶ。
一番上の子(名前を聞いたが忘れてしまった)は20代後半くらいだが、もっとずっと若く見える。若く見えるがしっかりしていて、ヴィルフリードたち大人ときちんと大人の会話ができる。こういう社交性を若いうちから身につけているのはすごいなぁと思う。

ラインハルトの家で軽食やお茶をいただきながら楽しくおしゃべり。いやー賑やかでホント楽しかった。
奥さん(やはり名前を覚えられなかった)の入れてくれたホット・ワインが絶品だった。クリスマスの時季に飲む伝統的な飲み物であるらしい。

すっかり暗くなってからラインハルトの家をお暇し、アナの車でバウマン宅まで帰ってきた。

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ラインハルトの一家と合流してウィーンの南にある洞窟へ

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ボートで地底湖をぐるりと回る

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これも洞窟の中

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ラインハルトの家にお邪魔した・・・見ているだけで思わず顔がほころぶ仲のよい家族

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                                  アナ:「ぴ・えっ・たぁ・・・」

2011/11/27 日
昨日に続いていい天気。
リアムのピアノの先生、チェロの先生たちのコンサートがあり、朝食をいただいた後自分らもご一緒させてもらった。会場はKlosterneuburgの立派な教会の一室。
コンサートは基本的に無料でカンパ制になっていたのだけれど、ここでもまたヴィルフリードがまとめて払ってくれてしまった。
予想以上に盛況で、朝ちょっと出遅れたため一家全員立ち見となってしまったが、実に有意義な時間を過ごさせてもらった。こういう文化的な空気に触れるのっていつ以来だろう。旅立ってからはもちろん、旅立つ以前もしばらくなかったような気がする。
ウィーンではこういった芸術的なイベントが、肩肘を張らずすごく身近なところで行われている。クラシックのコンサートとかオペラとか、ついつい敷居が高いように感じがちだけれど(もちろん一流の場所で一流の人たちの公演を鑑賞するならそういうことになるけど)、こういう風に身の丈にあった芸術鑑賞ができるってのは実に素晴らしいことではないかと思う。
ちなみに今日の演目はリストとマーラーだった。自分にとってはちょっと難解ですな・・・。

コンサートの後、教会の近くで催されているクリスマス・マーケットを皆でのぞいてみた。クリスマスに飾る飾り物なんかがたくさん売られている。
クリスマス・マーケットはこの時季いろいろなところで開かれているのであるが、ヴィルフリードの話では今いるここは比較的裕福な人たちの集まるマーケットだそうである。
言われてみると売られているものはけっこう高価だ。

昼食は近くのアジアン・レストランでご馳走になった。
店で働いているのが中国人なら経営しているのもおそらく中国人であろうが、よくありがちなように目玉は日本食になっている。メニューの日本語は完璧で、これまたよくありがちに変な日本語が使われたりはしていなかった。
今日は日曜でどの店も基本的には休み、ということもあり店内はそこそこ賑わっていた。
日本に行ったことのあるヴィルフリードもアナも上手に箸を使う。子供たちもはじめて使う風ではなかった。
ティナたちのところでもそうだったけれど、今どきの西欧で箸ってのは思っていたよりずっとポピュラーだ。皆さん箸の使い方がお上手です。
ちなみに自分は寿司をいただきました。ご馳走様でした。口にしたのは日本を発って以来っす。

昼食をご馳走になった後、近くに住んでいるバウマン一家の友人のピーターを訪ねた。
類は友を呼ぶというのは紛れもない真実だ。ピーターもまた実に気さくで、絵に描いたようないい人だった。世の中には素敵な人たちがいるもんだなぁ・・・。
ピーターもコンピュータのプロ(ハード関係)で、きれいに整頓された部屋の中にはpc関係の機材がズラーッと並んでいる。見た目によらず走ったり山歩きをしたりするのが好きな面白い人だった。

ピーターの家から歩いて帰る途中、ヴィルフリードがKritzendorfにあるセント・マーティン教会に案内してくれた。
ここでもクリスマス・マーケットが開かれていて、さっきのところより庶民的であるとヴィルフリードが教えてくれた。売られているものも、値段も違う。こっちの方が好きなんだとヴィルフリードも言っていたが、確かによりアットホームで温かい感じがする。
ここでもホットワインとケーキをご馳走してくれた。

アナの車にピックアップしてもらってバウマン宅に帰ってきた。
急な用事ができてアナが出かけてしまったため、夕食はヴィルフリードが作ってくれた。とってもおいしくいただきました。
明日は発たねば、とマユミと二人でおぼろげに考えていた。
夕食後しばらくしてからヴィルフリードが開口一番「明日はどこに行く予定だい?もう一度ウィーンに行く?自分はちょっと出るのが遅いけどよかったら一緒に行くかい?それとも家で休んでいるかい?」
すみません・・・もう一泊だけさせてください。
「明日は家で出発の準備をするよ」お言葉に甘えてもう一泊させてもらうことにした。何とお礼を言っていいのやら・・・。

一家の大黒柱でしっかり者のヴィルフリード、明るいアナと子供たち。バランスの取れた本当に素敵な家族だ。
アナと子供たちとのやりとりなんてホントに映画のワンシーンを見ているよう。実に微笑ましい。
一家と別れるのがだんだん辛くなってきた。

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リアムの音楽の先生たちのコンサートへ          大盛況で会場は満席

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以前夕景を載せたKlosterneuburgの教会         そこで行われていたクリスマス・マーケット

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Kritzendorfがある県の紋章

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アジアン・レストランで昼食をご馳走になった・・・最初に会ったとき女の子かと思ったリアム

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アナ:「ぴ・えっ・たぁ・・・」

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こちらはKritzendorfのセント・マーティン教会のクリスマス・マーケット

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これまた絵に描いたように人のいいピーター

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ピーターの家のベランダ

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歩いて家に帰る・・・大好きな写真

2011/11/28 月
快晴。先日までが嘘のように日中は暖かかった。
美味しい朝食をいただいた後、アナのリクエストもあって、ウィーン滞在中のことをブログにアップしようとここ数日溜まった日記を書く。(書き終わらなかったけど・・・)
午前中にシャワーも浴びさせてもらった。
クライアントの都合で今日はヴィルフリードが遅めに仕事に出かけ、入れ違いでアナが帰ってきた。
昼から外出するつもりでいたので昼食は遠慮しようと思っていたのだが、アナはそんな自分らのためにサンドウィッチを作って持たせてくれた。も、申し訳ないっす・・・。
「よかったら近くの丘に上ると町がきれいに見えるわよ」と教えてくれたので、買い物が済んでから行ってみることにした。

まずはバウマン宅の近くにある「Textil Müller」へ。
ここは生地や裁縫道具を扱っている店で、初めて前を通ったときからのぞいてみたいと思っていた。フライのジッパーを探すため・・・。
店内は大盛況だった。後でヴィルフリードとアナが教えてくれたところによると、ここは安くて物が豊富なため、ウィーンのほかオーストリア国内からはもちろん、チェコなどからも買い物客が来るほどその世界では有名な店であるらしい。
今はちょうどクリスマス前で、季節的にも一番込んでいる時季だったのだろう。
店内に所狭しと様々な生地や裁縫道具が並んでいる。次々と客がやって来てレジにも行列ができている。
オーストリアの人たちなんかは、こういうところで生地を買ってきてけっこういろんなものを手作りしている観がある。いずれにしても、鬼込みの生地屋とか裁縫道具屋ってのは初めて見たわ。

これまでにも他のところでジッパーを探してみたけれど、120cmなどという長いジッパーはどこにも置いてなかった。が、この店にはあった、何に使うことを意図したものだか知らないけれど250cmという長いジッパーが。
予備も含めてこの機会に二本買っておいた。

アナの持たせてくれたサンドウィッチをいただいてから、バウマン宅からもほど近い丘に上ってみた。
ワイン用のブドウ畑が広がる素敵な丘で、ちょっと散策するのにちょうどよい小道がつけられている。家から歩いてすぐのところにこんな素敵な丘があるのって羨ましいな・・・。
Kritzendorfは小ぢんまりとした実に美しい町である。
今日はせめてものお礼にマユミが何か一品作ろうと昨日から相談していた。何を作ろうか?そんな話をしながら丘の小道をのんびり一周した。
メニューは結局肉じゃがにした。本当はカレーを食べてもらいたかったのであるが、辛口のルーしか持ってないので子供たちにはいかがなものかと断念した。

家の近くの小さなスーパーで買い出しをして帰った。ちょうど家には誰もいなかったので、その間に自転車の整備。
しばらくするとアナと子供たちが帰ってきて、皆で楽しくティータイム。
夕方帰ってきたヴィルフリードは、わざわざ自分らのために「Euro Velo」の地図を買ってきてくれた。本当に何とお礼を言ったらいいのやら・・・。
ヴィルフリードはこれまでにもちょくちょくバイク・ルートのことを調べてくれていた。(日本語ではうまく検索できない)
この日もEV9の地図を何枚もプリントアウトしてくれた。どうしてそんなにまでしてくれるのか、というくらいよくしてもらっている。

夕食はアナの作ってくれたオーストリア料理とマユミの作った肉じゃがのコラボ。
家族みんなが美味しそうに肉じゃがを食べてくれたのでよかった、よかった。
ちなみに、リアムは醤油が好きらしい。

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ブドウ畑の広がる素敵な丘                  こんな丘が家からすぐのところにある

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ティータイムのひととき

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毎晩おいしい夕食をいただきました

2011/11/29 火
始:14:25 ~ 終:16:30 走行:20km
Kritzendorf ~ Wien

薄曇り。いよいよお別れの日がやって来た。
アナと子供たちは早くに出かけ、ヴィルフリードと三人で朝食をいただく。
ヴィルフリードは14:00に帰ってくるということであるが、念のため仕事に出かける前にお礼とさよならを言っておいた。
言葉にならない・・・自分たちの気持ちをうまく伝える言葉が見当たらない。ま、英語力の問題もあるんだけど・・・。
願わくば、次回は日本で一家を歓待したい。

自転車で仕事に行くヴィルフリードを見送ってから荷物をまとめ、せめて一緒に過ごした写真だけでもと大急ぎでブログをアップ。
しばらくするとアナが帰ってきたので最後のおしゃべり。
昼過ぎにアナがピエッタを迎えに行き、二人が戻ってきたところで一緒に昼食をいただいた。最後の最後まで本当に申し訳ないっす。
そしてお別れ。
昼食後またすぐに出かける二人をマユミと二人で外まで見送る。なんかこっちが見送っているのがちょっと変な気分。
まったく言葉にならない。アナは最後まで明るくて、別れが湿っぽくならないところがありがたい。
またいつか、どこかできっと会いましょう!

それから30分もするとヴィルフリードとリアムが帰ってきた。
最後の最後にヴィルフリードとリアムにもきちんとさよならが言えてよかった。
今度こそ自分らが出発。今後も連絡を取り合うことを約束し、ヴィルフリードとリアムに見送られてバウマン宅を後にした。

出発も遅いし昼食もいただいたばかりだし、今晩は半ばビバークの腹積もりで出発した。
昨晩ヴィルフリードに教わったルートを辿る。
走り慣れたDonauradwegを途中で離れ、Donauinselというドナウ川本流の中島に渡る。買い出しはKlosterneuburgのスーパーで早々に済ませた。
Donauinselに渡る橋には自転車道がつけられていて、橋への上り下りは自転車専用のグルグル回るループ橋を走る。よくできている・・・。

Donauinselは細長い島で、島全体が公園のようになっている。どこにでも幕営できそうな、きれいに整備された島である。
自転車道が整備されていて、自転車に乗る人やジョギングする人、散歩する人なんかがたくさんいるところが野宿をするにはちょっと難点。
できれば今日のうちにウィーンを出たいと思っていたが、タイムアウト。Donauinselの中で幕営した。
こんなウィーンのど真ん中にほど近いところで野宿するってのも、考えようによってはなかなかおつなものだ。(対岸は旧市街のあるあたりになろうか)
暗くなってからもけっこう人通りがあって落ち着かないところもあったが、ドナウ越しに見るウィーンの夜景がとてもきれいだった。

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最後まで明るいアナとピエッタ

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そしてヴィルフリードとリアムに見送られて出発

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時間切れでDonauinselの中に幕営・・・驚いた?

Trackback [0] | Comment [0] | Category [■ 084_Austria / オーストリア] | 2012.03.04(Sun) PageTop
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Author:nakappie
1970年生まれ。妻と二人信州伊那谷在住。
2009年10月~2013年5月の旅を記録するために”なかっぴー通信”をスタートさせました。
現在は伊那谷にて節約生活をしながら充電中。
2014年4月、ブログのタイトルを”なかっぴー通信NEO”に改めました。
信州伊那谷より~旅のこと、山のこと、自転車のこと、そして田舎暮らしのことなどなど・・・気ままに綴ってゆきます。
”おもしろきこともなき世をおもしろく”そんなふうに生きていけたらいいですね。

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