ツール・ド・バルト三国 (リトアニア往路編)

2011/8/9 火
始:10:35 ~ 終:17:15 走行:85km
Stary Folwark ~ Sejny ~ Ogrodniki ~ 国境 ~ Seirijai ~ Alytus

ここのキャンプ場は、ホスト・ファミリーの家の庭をキャンプ場に開放しているようなところ。ファミリーの人たちやその友人たちが、多数ファミリーの家に滞在している。
その中に、60年配の自転車好きのおっちゃんが二人いた。
テント撤収後に共用スペースでネットを見てから自転車のところへ戻ると、そのおっちゃん二人が興味深そうに自分らの自転車を眺めていた。
おっちゃんらの触手に触れたのは、キャノンデールについているブルックスのサドル。べりーくらしっく・・・と興味津々だった。
出発の準備を整えて家の前に行くと、おっちゃん二人がバイクの整備中。二人ともカーボン・フレームのMTBで、今度はこちらが興味深く眺める。
二人ともなかなかマニアックなバイク・・・カーボン・モノコックのフレームに、ハンドルやシート・ポストまでカーボン製のこだわりの一品。MTBのパーツにあまり明るくないので、フレーム・メーカもシート・ポストやハンドルのメーカも初めて目にするメーカだった。
二人とも軽量化マニアと見た。
一人のおっちゃんのバイクは、メイン・コンポがかなり使い込まれたXTR。ポジションもレーシーなもので、ヘッドの直上にステムをセットしてある。
「だいたい9kgくらいだよ」と言うので持たせてもらったら、ホントに驚きの軽さだった。これは確かに9kgくらいだろう。自分がはじめて手に入れたクロモリのロード・レーサーより明らかに軽い。凝りに凝って組んだ、今となっては12年落ちのアルミのビアンキ(パンちゃんジロ制覇時の記念フレーム!)が8kgくらいだから、むしろそちらに近い軽さだ。
ビアンキの方はマヴィック・ヘリウムというヒルクライム用の飛び道具を装備しての重量であることを考えると、おっちゃんのMTBの軽さは驚異的だ。何てったってフロント・サス付きで、2.1inのタイヤを装着しての重量なのだから。いやはや最近のカーボン・テクノロジーというのはすごいもんだ。フロント・サス付きの自分のスペシャのバイク(アルミ)が12kgもあるのだから・・・。
もう一人のおっちゃんは、スラムのメカを使っているところが自慢のようだった。カーボン製のシート・ポストをまじまじと見ていたら、「ほら、こっち、こっち。スラムだぜ~」と自慢げに見せてくれた。
いや~やっぱポーランドにもいるんだねぇ、この手の自転車好きが・・・。こういう人たちや思い入れのあるバイクを見ていると、なんだか嬉しくなってくる。

おっちゃん二人とスイス人のおばちゃん、ファミリーの人たちに見送られて、気分よくキャンプ場を後にする。
二日も余分に休んだせいか、今日はやけに脚が軽い。気付くとリトアニア国境に着いていた。
リトアニアもEUに加盟しているため、国境はスルー。幹線のはずだけれど、ずいぶん通行する人の少ない国境だ。今は使われなくなった元税関や元イミグレの建物が、廃墟になってひっそり佇んでいる。使われなくなった国境というのは、なんか不思議な空間だ。物寂しいような独特の雰囲気がある。

リトアニアの通貨はリタス(LT)。レートは1E=3.45LTといったところ。
もちろん自分らは持っていないから、まずはATMでお金を下ろして食料を調達したい。行動食もほとんど持ち合わせがないし・・・。
が、国境のリトアニア側には町がなかった。そのまま135号、132号とつないでAlytus方面に向かう。

国境を越えたらガラリと雰囲気が変わった。何と言うかとても物静か。人も車もポーランドに比べて圧倒的に少ない。国中の人たちがどこかへ引っ越してしまったのではないか、とさえ思える。
道路は広くて舗装もきれい。でも、車はほとんど走っていない。こんなに空いているにも関わらず、車の運転がとても優しい。ポーランドのようにかっ飛んでいく車がいない。車が横を追い越すときの風切り音がポーランドとは全然違うから、安心して走れる。
途中、水場の標示を見つけて寄ってみたら、立派な休憩所に水が湧いていた。すばらしい!この場に幕営したいくらいだ。
食料もないし時間も早いしで先へ進む。
道路はすこぶる快適でスピードが乗る。路面がきれいでμが低い上、ポーランドに比べてアップ・ダウンがなくなった。今日は脚も軽かったし、そんなこんなでユトレヒトを発って以降最も楽に距離を稼げた。途中の景色も、緑が濃くてとてもきれいだった。
道も景色もきれいだけれど、道路沿いには時々民家が現れるくらいでGSの他は店もなく、結局Alytusまで一気に走った。

Alytusにはショッピング・モールがあって、ここでお金を下ろして食料の買出しができた。
物価はポーランドに比べてグッと上がった。ドイツより高い。売っている品々もガラリと変わった。
魚が比較的食べられているようで、これまであまり見かけなかった魚介類売り場がドーンとあり、水槽にはコイも泳いでいた。

買出しを終え、Kaunas方面へ130号を進むと、まだAlytusの町の中であるが、池の畔に絶好のテン場を見つけた。偵察して木立の中に幕営。キャンプ場と言っていいくらいの、すばらしく程度のいいテン場である。

余談44 自転車はインターナショナル
自転車は国際色豊かな部品で構成されている。
車やモーターバイクの場合であれば、ほぼ全て国産メーカの部品で構成されているのが普通だ。サスとかホイールとかタイヤとか・・・。
自転車の場合はさにあらず。日本の場合、世界のシマノがあるから、やろうと思えば全て国産品で組むことも可能だ。が、値段や性能、デザインといった面から通常そうはならない。国際色豊かなパーツ群で構成されている。
例えば、自分の今乗っているキャノンデールは完成車として売られているものであるが、それを見てもこんな感じになる・・・
フレーム、ハンドル、シート・ポスト、カンチ・ブレーキ:キャノンデール(USA)・・・キャノンデールはフレーム以外の部品も内製している大メーカであるから、それでもまだ自前の部品が多い方だ。
ステム:PRO(USA)、前後ディレイラー、リア・カセット、チェーン、ハブ、シフト&ブレーキ・レバー:シマノ(J)、サドル:ブルックス(GB)、クランク・セット:スラム(USA)、ペダル:ウェルゴ(USA)、ホイール:マヴィック(F)、スポーク:DT(CH)、タイヤ:シュワルベ(D)、前後キャリア:チューブス(D)
ヘッド・パーツはトップ側はケーン・クリーク(USA)製だけれど、ボトム側はタンゲ(J)製だったりする。わざわざそうする理由が何かあるのだろうか?
自転車はもちろん乗るのが楽しいわけだけれど、こんなところもマニア心をくすぐるのではなかろうか。

809IMGP5759_サイズ変更 809リトアニア突入_サイズ変更
リトアニア国境に続く道                  リトアニア突入

809IMGP5772_サイズ変更 8098/9の野営地 Alytusの湖畔_サイズ変更
                                Alytusの湖畔に幕営
2011/8/10 水
始:9:05 ~ 終:17:00 走行:85km
Alytus ~ Kaunas

リトアニアに入って空気が変わった気がする。澱んだ感じがなくて常に流れているような・・・。明らかに寒くなった。
野営のときはそそくさと準備して出発するので、キャンプ場に泊まったときなどよりたいてい出発が早い。今日も9:00過ぎにはテン場を後にした。が、その後迷いに迷って人に道を尋ねた挙句、20km以上走って再びテン場に戻ってきた・・・。なんてことはない、出だし=昨日の時点から道を間違えていたのだ。テン場を通り越してさらにちょっと戻ると、「KAUNAS」と標示された、木の葉に隠れた小さな標示板があった。リトアニアはポーランドなど問題にならないくらい道路標示がないから、一つ見落とすとかなり大変なことになる。
それにしても・・・20km以上走ったのに出だしからまったく進んでいないとは・・・力が抜ける。頭の中でタイムボカンの主題歌が鳴り響いた・・・。

リカバリー後はひたすら130号をカウナスまで。日本の高速道路を走っているようで、ひたすらつまらない道だった。小さな町は通らないし、ろくに休めるところもない。横から西風が強く吹きつけ、昨日が嘘みたいに自転車が進まない。やたらと疲れた一日だった。
昨日走った132号と同じ規模の道であるが、さすがにリトアニアで有数の大都市であるカウナスへの道であるから交通量が多い。路側帯がなく、時々車線変更せずにギリギリのところを追い越していくトラックがいるからヒヤヒヤする。

カウナスの手前20kmほどのところまで来ると、前方の空が怪しい。真っ黒な雲が低く垂れ込めていて、昼過ぎなのに暗い。
15km手前のところで雨に降られ、道路脇の林の中に避難。30分ほどの雨宿り。
雨が上がって走り始めたが、追い越すトラックの跳ね上げる砂交じりの水しぶきで自転車も人間も砂まみれ。あー不快。
カウナスへ向けて走り続けていたら、いつの間にか道路番号が変わっていた。A5(E67)に吸い込まれている・・・おそらくアウトバーンであろう。車線が増え、完全に高速道路のようになった。
本当はGarliavaで130号を降りなければならなかったのだ。風が強くて地図をたたんでいて見落とした。
逆走するわけにもいかないし、入ってしまった以上しようがない。そのままA5を北上。
カウナスの中心部付近と思われるところでA5を降りたものの、相変らず標示がなくてまったくわからん。なんちゅーわかりにくい国だ・・・。
カウナスにはNemunas川が流れていて、川沿いの道を東に向かい、ようやく中心部と思われる教会に着いた。
二日続けて大きな町の中での野営となるが、どうにか川原にテントを張れそうである。

教会に着いた途端また雨が降り出し、木陰で暫し雨宿り。雨がやんでから教会前の賑やかな広場に出てみると、インフォメーションがあったので寄ってみる。
インフォメーションでは有用な情報が得られた。リトアニア全土のサイクリング・ルートが表示された地図とキャンプ場の情報。それから、スギハラ・ハウスの場所と最寄のスーパーの場所も教えてもらった。
カウナスのような大きな町は、いつもの自分らならパスするところ。敢えてここに来たのは、杉原千畝の記念館があるからだ。恥ずかしながら、リトアニアというと知っているのは杉原千畝のことくらい。ここだけはどうしても訪ねたいと思っていた。

インフォで教えてもらったスーパーで買出し。ふと道路を挟んで流れる川を見ると、ここにも幕営できそうである。自転車を置いて偵察に行き、場所を見つけてそこに幕営。スーパーの目の前の川原。川原といってもヨーロッパの多くの川に石はなく、平らな草地である。橋の上や対岸から丸見えだけど、時々犬の散歩をする人が近くを通ったりするけれど、気にしない。テントを張って中で寛いでしまえばどこでも天国だ。
最初は橋の下に幕営しようと思って下見をしたのだけれど、先客の住人がいそうだったし、落書きがあって時々人が来そうだったし、何より本格的にホームレスになったような気がして気分が乗らなかった。ま、今の自分らはホームレスには違いないのだけれど・・・。

今日走った道はとにかく退屈な道だったので、明日からは今日手に入れた地図にあるサイクリング・ルートを辿ろうと思う。

810IMGP5777_サイズ変更 810カウナスへの道 ほとんど高速道路_サイズ変更
                                アウトバーンをそそくさと走る

810カウナスの教会前でまた雨に降られる_サイズ変更 8108/10の野営地 カウナスの町中の川原_サイズ変更
カウナスの教会前でまた雨に降られる        一見快適そうなテン場に見えるが・・・

2011/8/11 木
始:9:30 ~ 終:15:00 走行:28km
Kaunas ~ Kaunas郊外

朝起きると、どんより曇っていて今にも泣き出しそうな天気。朝食後に出発準備をしていると雨がパラつき始めたので、急いでテントを撤収。撤収後に本格的に降り始めた。
こんなところで野営している自分らのような人間は、善良な現地の人たちからすると不審者以外の何者でもあるまい。
そんな不審者を目の当たりにしたときの人々の反応は、国によって特徴があるから面白い。
主に外国人に対する慣れの度合いによるものと思うのだけれど、オランダやドイツでは向こうから積極的に声をかけてくることが多かった。
ポーランド人はそこまで積極的ではないのだが、興味はあるらしく、遠巻きに見ている感じ。
リトアニアの人たちはと言うと・・・見て見ぬ振りをする。テントを撤収している自分らの脇を、犬の散歩をする人が通りかかったりするのだけれど、まるでそこに何も存在しないかのようにこちらを見ずに通り過ぎようとする。反応してくれるのは連れられている犬だけだ・・・いや、決して怪しいものではないです・・・。
日本でこのような外国人を目の当たりにしたときの反応は・・・ポーランド人とリトアニア人の間くらいということになろうか。

雨の振る中、杉原記念館に向かう。
記念館は激坂を上り切った先にあった。高台にある閑静な住宅街の中だ。
杉原千畝の勇気ある偉業は、同じ日本人として誇りに思う。周知の通りなので省くが、歴史的な背景についてちょっと触れておく。

1939、1940年頃のリトアニアは独立国であったが(その後すぐソ連の傘下に組み込まれる)、古くからの首都であったVilniusはソ連領となっていたため、臨時の首都を当時カウナスに置いていた。
それで日本も他国同様、欧州情勢の諜報活動のためカウナスに領事館を設けた。リトアニアの首都でもないカウナスに領事館があったのは、そんな背景による。
そのカウナスの領事館に赴任したのが杉原千畝で、主な任務はもちろん諜報活動である。杉原は、語学が堪能で交渉術に長けた優秀な外交官であったらしい。
満州の外交部時代に、満鉄の譲渡交渉を担当。人脈を活かし、ソ連側が提示した資料とは別に自ら情報を集めることができたと言われている。結果、ソ連側から当初の要求額より大幅の値引きを引き出させた。後年、モスクワ大使館勤務を命じられるがソ連側から入国を拒否された・・・というエピソードもある。

日本のトランジット・ビザを求めて日本領事館に集まったユダヤ人たちの最終目的地は、名目上オランダ領キュラソーであった。
なぜならユダヤ人難民に対して入国ビザを発給する国がほとんどなかった当時、問題の解決に力を貸したのがオランダだったからだ。ユダヤ人難民を救済するため、所謂キュラソー・ビザを発給した。
このビザを持ったユダヤ人たちが、日本の通過ビザを求めて日本領事館に押し寄せた。すでにヨーロッパに安住の地がなかった彼らは、シベリア鉄道でソ連を横断、ウラジオストクから船で日本に渡り、日本から第三国へ旅立とうとしていた。当時、ソ連以外の国の通過ビザを持っていればいくらか安全にソ連領内を通過することができる、とも言われていた。

杉原千畝の勤務していた、その旧日本領事館の建物がそのまま杉原千畝記念館となっている。2001年から一般に公開されているとのことだった。
開館の10:00ちょうどに玄関のベルを鳴らすと、リトアニア人と思われる一人の男性がすぐに中に招き入れてくれた。家の中にはもう一人、日本人の若者がいた。早稲田の学生で、昨日赴任したばかりとのことだった。夏の間一ヶ月ほどのボランティアであるらしい。
早稲田のボランティア・グループが、(中退したけど杉原の母校が早稲田であるという縁で)「杉原千畝ブリッジングプロジェクト」というのを立ち上げていて、そのプロジェクトが製作した記念館の公式ガイドブックもちょうど出来上がったところだった。まだ値段も決めていないので今月中は無料で配ることにした、とのことなので一冊頂戴してきた。
その早稲田の彼が日本語で館内を案内してくれた。

いくら杉原千畝の名が知られるようになったからとは言え、リトアニアのカウナスにある記念館まで来る人はそうそういまいと思っていたのだが、日本から年間5,000人もの人が訪れているそうだ。これにはビックリ。多くは団体ツアーの人たちということだったけれど、「魅惑のバルト三国七日間」みたいなツアーがあるのだろうな、きっと。
今日も自分らの後から日本の方が二組来館していた。

館内は日本語で書かれたパネルがわかりやすく、歴史的な背景なども説明されていて見応えがある。中でも白眉だったのは、杉原の偉業を30分ほどにまとめたVTR。一見の価値ありです。
杉原の使っていた机やイス、電話、タイプライターなども当時のまま残されている。そのイスに座って写真を撮っていいとも言われたけれど、畏れ多くて遠慮した。
杉原は最初全て手書きでビザを書いていたけれど、あまりに大変なので後になって一部をスタンプで代用した。それを忠実に複製したスタンプが今、館内にある。最初に出迎えてくれたリトアニア人の男性が、「日本に行くなら杉原のビザが必要だろう」とジョークを飛ばしてスタンプを押した紙をくれた。

一番最初に来て最後まで、結局二時間も長居をさせていただいた。
ちなみに入館料は決まっておらず、寄付という形になっている。
歴史的なもの、特に自分が興味のあるものを見るのは大変面白い。来てよかったと心底思った。興味のある方はぜひ来館されることをオススメします。とても中味の濃い展示内容です。
ところで、杉原千畝が救ったのはユダヤ人であって、もちろんリトアニア人ではない。たまたまその舞台がリトアニアのカウナスだったということであって、リトアニア人の多くは杉原千畝のことにあまり関心がないように見受けられる。

相変らず雨の振るなか記念館を後にし、まずは昨日と同じスーパーで買出し。それから走り始めたわけであるが、相変らず道路標示がまったくなく、カウナスを出るのにえらく苦労した。
自転車で通りかかった人が話しかけてきて、自分らの行き先を告げると道順を教えてくれたのであるが、教えられた通りに走ったらいきなり明後日の方向に向かっていた。
結局、今日もまたスタート地点のスーパーに戻る破目に・・・。
それにしても・・・これだとリトアニア人でも近くに住んでいる人以外道がわからないのではないかと思うのだけれど・・・。

苦労の末にカウナスを出て141号を右に折れると、ようやく目指していた道に出ることができた。
森の中を走る車の少ない静かな道・・・リトアニアに入ってから初めて走る気持ちのよい道だった。これだよ、コレ・・・ずっとこういうところを走りたかったんだよ~。
それはそうと、やはり今日は雲行きが怪しい・・・。
道はNevėžis川に沿って北上していて、走り始めるとすぐ川のそばに絶好のテン場が見つかった。
まだ15:00であったが、こんな日に無理して走っても面白くもなんともないのでさっそく幕営。
川の近くの静かな、昨日と違ってキジ場にも困らない5☆の野営場所だ。

811千畝のデスクの前で_サイズ変更 811IMGP5800_サイズ変更
杉原千畝の机の前で                   スーパーの前にて

811IMGP5802_サイズ変更 8118/11の野営地 カウナス郊外の川原_サイズ変更
ようやくカウナスを脱出し                 すぐに川原に幕営

2011/8/12 金
始:9:55 ~ 終:17:00 走行:102km
kaunas郊外 ~ Babtai ~ Labūnava ~ Kėdainiai ~ Surviliškis ~ Upytė ~ Panevėžys

5:00過ぎから雨が降り出したが8:00頃には上がり、薄日も差し始めた。相変らずのどんよりした空だが、昨日と違って寒くはない。
道はNevėžis川に沿って北上している。
森から出ると牧草地と麦畑が広がっていた。車は少なく、路面もきれいで快適だ。

今日のうちにPanevėžysまで届くかどうか微妙なので、Kėdainiaiのミニ・スーパーで水以外の買出しを済ませる。
相変らず道路標示がなく、ちょっと大きな町に入ると道がわかりにくい。どうしてこう徹底して道路標示がないのだろう?

Kėdainiaiから道は195号と名を変える。195号は嬉しくなるほど走りやすくて、やたらとスピードの乗る道だった。
ひたすら北上・・・道は広いのに車は少なく、路面は滑らか・・・実に快適だ。今日は効率よく距離を稼ぐことができた。
Upytėまで来たとき、またしても前方の雲行きが怪しくなった。巨大な積乱雲がいくつも連なっていて、北側の雲の下は暗い。以前アフリカで見たのと同様、積乱雲の一部が白くもやもやと地表に接し、その部分は明らかに雨となっている。
このまま進むと間違いなく雲の下に突入してしまうが、水がないため仕方なく北上を続ける。
雲が北に動いているようで、幸いにも雲に追いつくことはなく、雨にも降られなかった。

最初に見かけたGSで5Lの水を買い、Panevėžysの町に入る。
Panevėžysは大きな町で、町中に野営できそうな場所はなさそうだ。
町の中心を外れるべく122号に入ってしばらく走ると、まだ町を出ないうちに道路脇に緑地帯が見つかった。行ってみたら、森林公園のような巨大な公園だった。
これはまた願ってもないテン場だ・・・どこにでもテントが張れる。幕営できる場所がありすぎて逆に迷ってしまうくらいだ。
あちこち見て回った結果、公園内を流れる川の畔に幕営することにした。
テン場には困らない国である。

バルト三国はどこも小さな国で、ここまで来るとラトヴィア国境まで直線距離で60kmほどしかない。

そうそう今日気付いたのであるが、リトアニア語では曜日をローマ数字で表している(読み方は不明)。
月~金がⅠ~Ⅴ、土曜がⅥ、日曜がⅦという具合。
だから店の営業時間などは、「Ⅰ~Ⅴ 8-20」などと表示されている。

812IMGP5815_サイズ変更 812P1110267_サイズ変更
                                夜になって珍客の襲撃を受ける・・・

2011/8/13 土
始:9:35 ~ 終:15:30 走行:65km
Panevėžys ~ Paliūniškis ~ Vabalninkas ~ Mieliūnai ~ Biržai

昨晩、キツネか何かにテントを襲撃され、フライの張り綱のゴムの部分を噛み切られた。他にも噛まれたのか爪で引っ掛かれたのか、フライに三箇所ほど穴を開けられた。
ま、フライが大きく裂けなくてよかった・・・エスパースの素材は裂けないようになっているようである。さすが!
彼が最初に襲撃に来たときは自分がまだ寝入ってなかったからテントを叩いて撃退したのだが、寝入った後でやられたらしい。
彼の狙いはゴミ袋だったようである。いつもはテントの中に入れておくのだけれど、この日は使っていた袋が特別チープで、ガソリン臭がするからフライの下に出しておいた。
ゴミ袋は特別荒らされた跡もなく、テントのすぐ近くに落ちていた。食べものなんてもちろん入ってなかったし、何よりペーパーにしみ込んだガソリン臭を嫌ったのだろう。

9:35に出発。土曜だからか、朝の公園はとても静かだった。
Panevėžysからしばらく122号を辿り、その後191号に入る。
相変らず曇っているが、雨が降りそうな感じはない。珍しく湿気があり、空気がまとわりつくようで走っていてあまり爽快ではない。
森を抜けると牧草地と麦畑になり、11:00頃になると青空が見え始めた。
晴れると同時に北風が吹き始める。北に向かう自分らにとっては向かい風だ。キツイ。
リトアニアに入ってから起伏がなくなりどこまでも平らな道が続いているのに、常に坂を上っているようだ。昨日が嘘みたいに自転車が前に進まない。
マユミはと言うと・・・人の後ろでうまいことドラフティングしていた・・・。
休憩のとき「今日は走りに切れがないんじゃないの?」などとのたまってくれたが・・・前はキツイんだよ!
まるでエースを引くアシスト選手になった気分だ。うちのエースは上りになるといつもちぎれてしまうのだけれど・・・。

Vabalninkasで行動食の買い足し。
グアテマラで買いだめしておいたタバコがいよいよ切れて、ここで購入。一箱6.6LTほど、つまり2E弱だから日本で買うよりは安い。ヨーロッパの中でも安い部類だ。
全体的に物価が高めなのにタバコはそうでもないのは、レシートを見たところによると、かかっている税金がタバコも他の食品も同じだからということのようだ。
リトアニアは珍しくバスケットが盛んなようである。スーパーなんかに行くと、サッカー選手ではなくバスケ選手のグッズが売っていたりする。
パンにはよくハーブの種が入っている。何というハーブだか忘れてしまったが、インドでカレーを食べた後に好んでつままれているのと同じものだ。ちょっとクセがあって自分はあまり好きではないのだが、リトアニアでは好んで食べられているようである。
それからヒマワリの種もよく食べられている。スーパーなどには必ず売っているし、バス停のベンチなどには食べかすがたくさん落ちている。「リスかインコかよ!」というくらいたくさん落ちていることも珍しくない。

Vabalninkasから道が124に変わった。道路は平坦で路面もきれいだというのに・・・相変らず風に苦しめられる。アシストは辛い。
リトアニアにもコウノトリがたくさんいる。今日は「コッコッコッコッコッ」と独特の声を発しながら求愛ダンスのような舞いを舞っている姿を何度か目にした。
主に電柱の上(巣が作りやすいように人の手で土台が設置されていることが多い)にある巨大なコウノトリの巣は、なにかほのぼのとしている。平和の象徴のようなものだ。

Biržaiはラトヴィア国境手前にある最後の大きな町。ここで二日分の食料を買出し。
町の北には湖があり、まだ時間は早かったけれどなかなかきれいな湖だし、疲れたし、ラトヴィアに入っても勝手がわからんし、テントも修理したいしで幕営することにした。
湖沿いに車の入れない道がつけられていて、その道を辿っていくと広い草地に出た。巨木の点々と生える、地元の人の憩いの場所みたいなところだ。すばらしい!キャンプ場でもこれほどのロケーションのところはそうそうあるまい。
ベンチとか泳いだ人の着替える場所とかブランコなんかまであったりする。けっこう人も来るし、もしかしたらちょっとした行楽地みたいになっているのかもしれない。
天気もいいのでさっそくテントの補修。リペア・テープを両面からペタペタと貼る。このリペア・テープはテントやカッパの補修用に日本から持ってきたものだけれど、旅立って以来大活躍している。
そんなことをしていると湖に泳ぎに来たおっちゃんが話しかけてきて、これからラトヴィアへ向かうと話すと、ここにきれいなキャンプ場があるとかいろいろ教えてくれた。(どんな意味かはわからないが)バルト海沿いのエリアはとにかくきれいらしい。そんなエリアにある首都のリーガは、欧州各国からの観光客でけっこう賑わっているのだとか。
バルト三国は陸路で行こうとするとけっこう不便な場所にあるが、バルト海の航路を使って北欧やドイツなどいろいろな国からアクセスすることができる。
ちなみに・・・泳ぎに来る人がけっこういるが、泳ぎたくなるほど暑いわけではない。日差しはそれなりに強いのだけれど、北風が冷たくて半袖ではちょっと肌寒いくらいの陽気だ。

17:00頃、ある程度人の減ったところでテントを張った。
ちょうど雷が鳴りはじめ、積乱雲の黒い雲が近くに張り出してきたところだった。18:00を過ぎると雨が降り始めた。
日本の夕立とはまた違った感じだけれど、毎日天気が不安定である。

8138/13の野営地 Birzaiの湖畔_サイズ変更 813P1110272_サイズ変更
この道を抜けると・・・                   快適なテン場があった

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Author:nakappie
1970年生まれ。妻と二人信州伊那谷在住。
2009年10月~2013年5月の旅を記録するために”なかっぴー通信”をスタートさせました。
現在は伊那谷にて節約生活をしながら充電中。
2014年4月、ブログのタイトルを”なかっぴー通信NEO”に改めました。
信州伊那谷より~旅のこと、山のこと、自転車のこと、そして田舎暮らしのことなどなど・・・気ままに綴ってゆきます。
”おもしろきこともなき世をおもしろく”そんなふうに生きていけたらいいですね。

 名言集
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