アルバニア入国

2012/1/28 土
始:9:25 ~ 終:16:15 走行:70km
~ Kruče ~ Bratica ~ Ulcinj ~ Kruta ~ Vladimir ~ Sukobin ~ 国境 ~ Muriqan ~ Zusi

昨晩の気温1℃、今朝0℃。気温は低くないのだけれど、風が冷たくてもっと寒く感じる。
今日も坂と橋とトンネルと工事のオンパレード・・・。

国境の手前にある最後の大きな町Ulcinjで水と食料の買い出し。
スーパーから出ると、自転車の隣に老人が一人、犬と一緒にしょぼんと座っていた。本当は自分らが自転車をとめた場所に座りたかったのだと思う。
あまりに不憫に見えたので手持ちのセント・コインを渡すと、会心の笑みで「サンキュー」と返してくれた。
自分らのコインで目標額に達したのか、ちょっとすると老人はスーパーに入っていった。よかった。パンでも買いに行ったのだろうと思っていたら、ビールを持って出てきたのでコケそうになった。
「ピボ飲むかい?」と言って買ってきた二本のうちの一本を自分らにくれようとしたのだが、じいちゃんが飲みなよと断った。
スーパーを発つとき「チャオ」と声をかけると、最高の笑顔で自分らが見えなくなるまで手を振り続けてくれた。
見たか、ジプシーたちよ!これが人同士の心のやり取りだ。せひとも学習してほしい。

さて、Ulcinjから出るとき久々に道を間違えた。
これまでと同様の広くてキレイな道をたどっていたのだけれど、いやに道がまっすぐだし、どうにも向かっている方向がおかしい。道端の人に聞いてみると、やはり間違っていた。
ちなみに、モンテネグロも英語の通用度は低く、むしろドイツ語のほうが通じるようである。人と話をすると必ず、「ドイツ語は話せるか?」と聞かれる。コトルで話をしたおっちゃんもそうだったし、昨日テン場を探してうろちょろしているときに話しかけられた人もそうだった。
セルビア語よりはわかるから、ドイツ語で道を教えてもらう。結局一時間ほどのロス。

Ulcinjまで戻り、国境へと続くE851に乗る。海沿いの2号線は、いつの間にかE851と名を変えていた。
Ulcinjから先は、これまで走ってきた道の続きとは思えないほど激変し、唐突に山沿いののどかな田舎道となる。センターラインもなくなり、車もあまり通らない。これがアルバニア国境に続く幹線なのかとちょっと不安になるほど。
Ulcinjから国境まではまだ25kmほどあるのだが、実質的にはUlcinjの先はもうアルバニアだ。これまでの雰囲気とはガラリと変わる。道路標示も、Ulcinjから先はセルビア語とアルバニア語の二ヶ国語表記になっている。

Vladimirから先は、道路が工事中でさらに酷かった。
ときどき未舗装路になるし、ホントに国境に通ずる道なのかよ・・・と思っていたら、目の前に忽然と国境のイミグレが現れた。道路と不釣合いな、やけに立派な建屋である。
モンテネグロのイミグレとアルバニアのイミグレが同じ建屋の中に隣り合っていて、一つゲートを越えるとそこはもうアルバニアだった。
14:30に国境を越える。

さて、アルバニアという国にどんなイメージを持っているだろうか?
地理的にはギリシアの北に位置しているから、間違いなくヨーロッパの一部だ。が、個人的にはこの国にヨーロッパのイメージはまったくないなぁ・・・表面上はムスリムの国だからか、アルメニアと似た国名だからか、ヨーロッパというよりは中東やカフカスの国のイメージだった。

アルバニア語での自国名はシュチパリヤ。イリュリア人を祖先とする歴史の古い国である。
面積はマケドニアよりちょっと大きいくらい。人口は315万人であるが、隣接するコソボにも200万人のアルバニア人がいる。
公式発表ではムスリムが70%となっているが、実質は70%の人が無信仰であり、'67年には無神国家宣言をしたこともある('90年以降信教は自由となっている)。
一時期社会主義の国であったが、ソ連を仮想敵国とし、ユーゴも批判、中国に接近するも後に批判して袂を分かつというゴーイング・マイ・ウェイっぷり。
特筆すべきはしばらくの間鎖国をしていたこと。
第二次大戦後から近隣諸国と鎖国状態になり、'78年からは完全鎖国をしていた。
社会主義を捨てた直後に国民の半数以上がねずみ講にはまり、国が破綻するという嘘みたいな歴史も持っている。

そんなアルバニアに実際足を踏み入れた感想は・・・事前のイメージ通り、どう見てもヨーロッパじゃないよな、ここは・・・。
国境の近くは人があまり住んでおらず、のどかでいい感じのところだった。徐々に人の住む集落が現れてきて・・・そしてまず目につくのはゴミ。ごみ!ゴミ!塵!いやー汚い国だなぁ・・・ポリ系のゴミがなかった昔はそれでよかったのかもしれない。が、今となってはいたるところポリ系のゴミだらけ。
特に酷いのが川。近くに川があれば、ゴミは川に捨てることになっているらしい。こいつはまさにインド並み。

人々は人懐っこくて、自転車で走っていると沿道からしきりに声がかかる。
ときどき高級車が走っていたり、高そうなホテルやレストランがあったりもするけれど、大半の人の生活はかなり貧しいように見える。半分スラムのような(というか明確にスラムだと思う)、ゴミだらけの山の斜面に粗末な家を建てて住んでいる人も少なくない。
貧富の差がかなり激しそうな国である。

いろいろ考えながらのんびり流していたら、Shkoderの近くまで走ってしまいテン場が見当たらなくなってしまったので、不本意だが来た道をしばらく戻った。
道路から一段下りたところに広がる川岸の畑、その隅に幕営した。近くに見える雪山から吹き下ろす風が冷たい。
それにしても・・・ヨーロッパの地にいまだこんな国があろうとは・・・衝撃的である。
セルビアやBHIもゴミが多かったけれど、まったくその比じゃないよ、これは。まさにインドやネパール並み。

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アルバニア国境に続く道                  雰囲気はもうほとんどアルバニア

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アルバニア入国                      まず目につくのはゴミ!ごみ!塵!

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ゴミは川に捨てることになっているらしい       大半の人の生活はかなり貧しいように見える

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川岸の畑の隅に幕営

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不思議の国・アルバニア

2012/1/29 日
始:9:25 ~ 終:16:00 走行:67km
~ Shkoder ~ Beltoje ~ Balldren ~ Lezhe

昨晩も今朝も気温は2.5℃。雪山から吹き下ろす風が冷たく、体感気温はずっと低い。
天気は晴れ、というか高層に薄い雲がかかっていて高曇りに近い。朝から一日中強風が吹き荒れた。

まずはShkoderでお金を下ろさねばならない。Shkoderはアルバニア有数の大きな町である。
町中に入ると人も車も増え、あまりの無秩序っぷりに笑ってしまいそうになる。まさにインドだな、ここは・・・。皆が皆、好き勝手なところに車をとめている。
銀行は町の中心部にかたまっている。手持ちのカードを使えるATMがなかなかなく、四つ目のATMでようやくお金を下ろせた。一つのところでは久々にカードを飲み込まれそうになり、ちょっと焦った・・・。
ちなみに、アルバニアの通貨はレク(ALL)で、レートは1E=140ALLといったところ。

人と車でごった返すShkoderから早々に脱出し、幹線のSH1を南下する。それにしてもすごい無秩序っぷり・・・。
その無秩序っぷりを如実に表しているものに車のナンバーがある。
基本的にアルバニアのナンバーは二種類が混在している。赤帯のものとEU圏風の青帯のものがあり、おそらく新と旧のものなのだろうが、同じような割合で走っているから、どちらが新でどちらが旧かはわからない。
ま、ここまではいたって普通の話だ。
アルバニアがすごいのは、この二種類以外にイタリアやドイツ、イギリス、オーストリア、フランス、ギリシア、ベルギーなどなど・・・様々な国のナンバーを目にすること(イタリアが圧倒的に多い)。最初はイタリアからそんなに人が来るのかと驚いたのだが、乗っているのはどう見てもアルバニア人である。しかも各国のナンバーはかなり古いものが多い。
そうなのだ・・・つまり、どういったいきさつかは知らないが、そういった国々から入ってきた車がそのままのナンバーで走っているのだ。
数字とアルファベットだけで、どこの国のナンバーだかわからないものもあるし、ナンバーのついてない車もたまに見かける。アメリカのナンバーまで何台か見かけた。もう無茶苦茶である。
税金なんてどうなってるんだ?元のナンバーの国でも困るんじゃないのか?なんでもいいからナンバーがついてりゃいいのか???
車を見るたびビックリするが、いろいろな国のナンバーが見られてある意味おもしろい。

SH1は首都のTiraneまで続く幹線で、道路自体は広くてキレイなのであるが、集落の中を走るわけじゃなし景色もパッとしないしで走っていて退屈である。風と格闘しながらただひたすらペダルを踏んでいる感じ。
道はずっと平坦である。道路沿いにはGSと洗車場以外何もない。
GSはともかく洗車場をやたらと見かけるのだが(利用している人もけっこういる)、そんなに洗車するのが好きなのか?

Lezheでいったんルートを外れ、町中に入って買出し。
アルバニアにスーパーはなく、久々に個人商店での買出しとなった。
久々にものがない・・・。水は水道水?が飲めそうな気がするのだが、よくわからないので念のため7L購入。
Lezheからは一本東を走る旧道?をたどろうと思っていたのだけれど、SH1とは逆にこちらはやたらと町の中を通る。Lezheの状況を見るに、町中を抜けるのはけっこう大変。ただでさえ乏しいテン場にも苦労しそうなのでやめることにした。ま、それ以前に道路標示がなくて道がまったくわからないのだけれど・・・。

SH1に戻って南下する。
アルバニアのテン場の乏しさは、雪の積もったセルビア同等かそれ以上。こんな強風の吹き荒れる日は森や林の中に幕営したいのだけれど、森や林以前にそもそもこの国には木というものがほとんどない。
木が生えないとは考えにくいから、おそらくはヨーロッパの一部の国と同様、その昔、木を全部伐ってしまったのだ(たぶん燃料として)。

ようやく見つけたのが、牧草地?の中に立つ鉄塔の下の藪の陰。道路から見えてしまう場所であるが、風を避けられるところはここしかない。
風が鉄塔を吹きぬけてゴーゴーと恐ろしい音を立てている。風で鉄塔が倒れようものなら(そんな心配をしたくなるような暴風である)間違いなくあの世行きの場所であるが、アルバニア人を信用することにしよう。つくづく風ってのは恐ろしい・・・。
日暮れ時になって小鳥もたくさん藪に避難してきた。

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Shkoderのモスク                     風と格闘しながらひたすらペダルを踏む

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唯一風を避けられる場所・・・鉄塔が倒れてきたらあの世行きだろうが

2012/1/30 月
始:9:10 ~ 終:15:20 走行:66km
~ Buslnesh ~ Fushe-Kruje ~ Tapize ~ Kamez ~ Bregu i Lumit ~ Tirane ~ Ibe

昨晩の気温4℃、今朝2℃。風は一晩中ゴーゴーと恐ろしい音を立てて吹き荒れていた。朝になってもやまず。
バターが手に入らず昨日マーガリンを買ったのだけれど、今朝食べるときにやけに水が分離しているなぁと思っていたら、賞味期限が半年も前に切れていた。
ザッツ・アルバニア!すっかり食べちゃったじゃないかよ~
いつもは賞味期限をきちんとチェックして買っているのに、たまたまチェックし忘れたときに限ってこれだ・・・マーフィーの法則ってのは確かにその通りだと思う。

相変らず退屈な道を、横殴りの暴風に緊張しながら走る。バランスをとるため自転車が常に風上のほうに傾いている。
そんな姿を見てか、車は追い抜くとき意外に距離をとってくれるし、ホーンを鳴らして意思表示もしてくれるのでありがたい。
10kmちょっと走ったところだったか、これまで走ってきたSH1がいきなりA1と変わる。道路標識を見るとアウトバーンであるらしい。自転車も歩行者も150cc以下のモーターバイクもダメ、と書かれている。
突然ダメと言われたって他に道はない。一寸躊躇したものの、無視してそのまま走る。
ちょっと先にパトカーがいたのだけれど特に何を言われるでもなく、自転車が走っても特に問題ないようである。なんなんだかなぁ・・・。
中央分離帯のある広くて快適な道。片側二車線以上あるそんな道路で車が前から逆走してきたりと、相変らずの無茶苦茶っぷりである。

A1に入った頃になって風がピタッとやんだ。地形の問題なのか本当に風がやんだのかは不明。
車も少なくて実に快適だったA1であるが、20kmも走るとアウトバーン終了の標示が現れ、何事もなかったかのように道はそのまままたSH1となった。何をしたいんだ?
道路沿いには相変らずGSと洗車場しかない。
さらに走ると、唐突に肉屋が現れた。きちんと構えた店であったり、掘っ立て小屋であったり、肉屋ばかりが並んでいる。
その先は家具屋、というかイス屋?ばかりになる。どの店にもイスとソファーだけが置かれている。開いているのか閉まっているのか、はたまた潰れてしまっているのか区別がつかないが、おそらくどこも営業しているのだろう。

Bregu i Lumitの先で車線が増える。
で、バス専用レーンまで含めると片側三車線もあるのに大渋滞。路駐が主な原因と思われる。なんてったって一車線は路駐の車で完全に死んでいる。
好きなとき、好きなところに車をとめるのがアルバニア流。二重に路駐するのも当たり前。もうどの車が路駐の車で、どの車が渋滞している車なのかもハッキリしない。無茶苦茶だ。
あぁ早くアルバニアから脱出したい。こう言っちゃなんだが、はっきり言ってダメな国の代表である(いや、人の良し悪しとかそういうことではなくて)。
道路はこんな状態だし、そこらじゅうゴミだらけ。かと言ってそれを補って余りあるものが何かあるかというと、それもない。実のところ、アルバニアに入ってからカメラを向けたいと思えるようなことが何もない。
あぁ早く脱出したい。
この先この国がEUに加盟したり、外国人観光客で賑わうような日が訪れるのだろうか・・・少なくともあと半世紀はないような気がする。

首都TiraneのGSでガソリンを買い、ミニ・マーケットで食料の買い出し。
食料を売ってる店が極端に少ないような気がするのだが、気のせいか?皆どこで食料を買っているんだろう?
GSとか洗車場、カフェやレストランはやたらにあるのだけれど・・・。

また、この国には道路標識というものがほとんどない。町に入ったことを示す標示もない。
ティラナを出てElbasanに向かうにも人に聞き聞き、やたらと苦労する。道路が少ないわりに町の中は複雑なつくりになっていたりする。
エルバサンに向かうE852はティラナを出るとすぐ山岳路になり、一日の終わりに急な上りにしごかれる。
それにしても道路標識ってもんがない。ときどき観光名所と思しきものの案内標示はあったりするのだけれど、そんなことより町に入った標示くらいしておいてもらいたい。道がどこに向かっているかもよくわからん・・・。

Ibeの先で道路下に草地のスペースを見つけた。
道路から近いしお世辞にも快適なテン場とは言えないが、先を見越すとこの先テン場は絶望そうである。
諦めてその場に幕営。
そう言えば、なぜかこの国ではよく星条旗を目にするんだけど、そんなにアメリカが好きなのか?

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Tiraneの手前で渋滞にはまる             ティラナを抜けるとまた走りやすくなる

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道路下の草地に幕営

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モンテネグロより風の強いアルバニア

2012/1/31 火
始:9:30 ~ 終:15:15 走行:47km
~ Bradashesh ~ Elbasan ~ Mirakaの5km手前

昨晩も今朝も気温は-1℃。快晴&強風。
今日は出だしから山岳ステージ。残りの上りをこなしてまずはエルバサンを目指す。

標高とか勾配といったものが手持ちの地図からはまったく読み取れず、残り200mくらいの上りだろうと軽く考えていたのだが・・・
上っても上っても終わりが見えない。いったいどこまで上らせる気なんだよ、アルバニア!
結局、標高差600m、12kmの上りだったのだけれど、なんの心構えもなしに取り付いたので、やたらと長く感じた。
厳しかったのは距離や標高差以上に風。猛烈な風が吹いていてとても自転車に乗っていられない、そんな区間がいくつもあって、その度に降りて自転車を押した。
2,500m級の真っ白な峰々が谷を挟んだ先に聳えている。そこから吹き下ろす風の冷たいこと・・・。
道路脇にはつららが下がっていたりするけれど、乾燥していて路面が凍結しているようなところはない。

上ったあとはすぐに下るのかと思いきや、5kmほどはそのままの標高で山腹を縫う。なかなか標高が下がらない。
標高は900mほどであると思われる。
で、下り始めたら、それはそれでやっかいだった。
まずは風。やはり風に煽られてとても自転車になど乗っていられない。足を着きながらジリジリと標高を下げる(たぶん傍から見たら笑える姿だ)。
そしてブレーキ・・・キャノンデールのブレーキの調子がすこぶる悪く、とにかく自転車が止まらない(ただでさえカンチブレーキはきかないというのに・・・)。
ちょっとでも加速すると止まらないから常にフルブレーキング。腕はパンプするわ、寒くて指は痛いわ、とにかく辛かった・・・。
ようやく下ったエルバサンの標高は100mほど。風はあるけど快晴だからそれほど寒いはずはないのだけれど、体の芯から冷えてしまっていつまでたっても寒くて仕方ない。

エルバサンからマケドニアの国境まではまだ55kmほどあるのだが、エルバサンは国境手前にある最後の大きな町である。
ここで水と食料の買い出し。やはり食料を扱っている店がほとんどなく、買い出しには苦労する。
家具とか衣服を扱ってる店はけっこうあるのに、なぜ食料を扱ってる店だけないんだろ?いったいアルバニアの人たちはどこで買い物をしてるんだ?
おそらく、どこかに市場があるのだろうと推測する。が、仮にそうだとして、自転車を置いて市場で悠長に買い物をするわけにもいかない。
あー今晩もパスタだ。昨日はそれでもたまたま道端で野菜を売ってるおっちゃんがいて、新鮮なほうれん草が手に入ったからよかったのだけれど・・・。

とにかく今日はもうクタクタだ。
早いとこ幕営したいのだけれど、これがまたテン場がない。特にエルバサンからマケドニア国境までは、ずーーっと川と線路に挟まれている。
風が強いから、ちょっとでも風を避けられるところでないと無理だ。
Mirakaの5kmほど手前、珍しく木の茂る一角を見つけ寝床に定めた。半分ゴミ捨て場のようになってしまっているが、贅沢は言っておれん。
すぐ近くにコテージのようなところがあり、てっきり閉まっているのかと思っていたら、幕営中に可愛い男の子を連れたおばちゃんがやって来て声をかけてくれた。が、この先のオフリドで宿に泊まるつもりであったし、一泊いくらか聞いてみるとそれほど安くもないので、丁重に断った。

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終わりの見えない上りが続く・・・            上り詰めてもなかなか標高が下がらない

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真っ白な峰々から吹き下ろす風の冷たいこと・・・    ようやくエルバサンまで下りた

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川と線路に挟まれていてテン場がない・・・       ようやく見つけた木の茂る場所

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ルプリ一族との心温まる日々・・・もちろんディクソン、お前を除いてだ!

2012/2/1 水
始:9:25 ~ 終:11:00 13km
~ Miraka ~ Librazhd

昨晩1℃、今朝2℃。朝から天気がすごく悪く、暴風が吹き荒れる。
マケドニアに向けSh3を走るが、今日の風はすごかった。とても自転車に乗っていられない・・・。今日はかなりの距離を自転車を押して歩いた。
道路脇の崖が常に強風でパラパラと崩れていて、砂やら小石が頭上に降り注いでくる。危険、危険・・・危なくて立ち止まることもできない。
緩い坂を上り詰めたところに水が湧いていて、ひとまず水を2Lほど汲む。そこから坂を下ったところがLibrazhdで、予定通りここで買い出し。
ミニ・マーケットで買い物をしている間に雪が舞い始めた。山から飛んできているだけかと思っていたのだが・・・。

買い出しを終え、近くの店でケバブ風のホットドッグを食べて腹ごしらえ。別のカフェに場所を移してコーヒーを飲んでいると、二人のおっちゃんがやって来て同じテーブルに座った。
一人のおっちゃんの名前はアツィーフ。「自転車でマケドニアに行く」と身振り手振りで話すと、「プロブレマ!プロブレマ!」と言っている。どうやらマケドニアもブルガリアも酷い雪で、道路が通れないらしい。そいつは困った・・・。
アツィーフたちと一緒に店を出る。ラキアという酒とコーヒーをアツィーフが奢ってくれた。
一緒に来いと言うのでついて行くと・・・何故か写真スタジオに行って一緒に写真を撮ったり(プリントした写真を後日くれた)、別のカフェでまたコーヒーをご馳走してくれたりしてくれた。親切に自分の電話番号まで教えてくれた。

アツィーフについてカフェを出て、ミニ・マーケットの前にあるキオスクで焚き火にあたる。後でわかったのだけれど、そこはアツィーフ一家の営むキオスクだった。店番をしていた女性が奥さんのダシュリア。
やはりここにも英語の話せる人は稀にいる。
一人の男の子が通訳してくれたところによると、「天気が悪いからうちに泊まっていけ」とアツィーフは言ってくれていた。
なんとありがたいことか・・・喜んでそうさせてもらうことに。
アツィーフを店に残し、その男の子がアツィーフの家まで連れて行ってくれた。
アツィーフの家には子供が三人いる。16歳のアルマンド(マンディー)と14歳のダイアナ、そして6歳のエンドリ。近くに住む従兄弟の子がたくさん家にいて最初はどの子がどの子かわからなかったけれど、ダシュリアと一緒に温かく家に迎えてくれた。

軽く食事をいただいてから、隣の従兄弟の家に呼ばれる。アツィーフの弟さんであるラティーフの家で、奥さんのドゥシーラの他に双子の男の子アンディーとアルディーが一緒に住んでいる。
アンディーとアルディー(13歳)はおそらく二卵性双生児で、双子なのだけれどまったく似ていない。ドゥシーラは気前のいい肝っ玉母さんといった風だ。
近くに住む従兄弟同士よく家の行き来をしているようで、家の中は大賑わい。やはり近くに住んでいるアツィーフのお兄さんリズィディーとその子供たち、イメルダ(9歳)とアルビー(15歳)、エリシェーナ(16歳)も後からやって来た。
ここでもコーヒーをいただいたり、ケーキをいただいたり、大変なもてなしを受ける。
エリシェーナが通訳してくれたところによると、「雪が終わるまで何泊でもしていけ」とラティーフは言ってくれていた。
なんという温かいところだ、ここは・・・。
どの子もとても純粋で素直だから、一見した感じでは日本の同じ歳の子より幼く見える。よくできた子たちで、家の手伝いをよくしていて感心する。

このあたりではドミノというゲームが流行っていて、だいたいどの家にもある。二つの数字が書かれた駒を並べていくだけのゲームなのだが(本当はもう少し複雑なゲームだと思うけれど・・・)、特に子供たちが大好きでよくやっている。

15:00頃から本格的な雪となった。
アツィーフの家で夕飯をいただいてからTVニュースを見せてもらったら、実はバルカン地方を中心にヨーロッパ中で大変なことになっていた・・・。
各地でものすごい雪だ。雪で交通が完全に麻痺している。通行止めとなったところも随所にある模様・・・もし今日あのまま野宿をしていたら大変なことになっていたかもしれない。
アツィーフ一家に感謝!感謝!
今回も自分らはとてもラッキーだった。こうして各地で人の温かさに助けられて旅を続けることができるのだなぁ・・・。

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カフェでアツィーフと会った

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アツィーフの家にて・・・左からダシュリア、エンドリ、アツィーフ、ダイアナ

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外は大雪・・・

2012/2/2 (木)
朝までに15cmほどの積雪。朝になってもまだ降り続いていて、完全に雪に閉じ込められた形だ。
それでもこのあたりはまだましな方で、アルバニアでも山間部を中心に1mほどの積雪のあったところもある。
このあたりで多量の積雪があるのは珍しいことらしく、子供たちは大はしゃぎ。車もスタッドレスを履いたりしていないから大混乱。
ちなみに、今日学校は雪で休みになったようである。

ティラナからエルバサンまでの山越えは、昨日今日だったら完全に無理だった。
車が坂を上れず立ち往生している映像が繰り返しニュースで流れていた。おまけに、強風に煽られて横転している車まで・・・見覚えのある場所に車が転がっている映像を見て愕然とした。
アツィーフ一家に拾ってもらえたのはとてもラッキーだった。もし野宿していたとしたら、食料も満足にない状態で動けないところだった・・・。
ウクライナあたりでは-30℃まで気温が下がったらしい・・・ものすごい吹雪の映像がニュースで流れていた。

一家のキオスクをのぞいた後、ドゥシーラの家に呼ばれて一日のんびりさせてもらった。
ちょうどドゥシーラがブレックという伝統料理のパイを作っているところだったので、興味深く見学させてもらった。
昼食をご馳走になり、シャワーまで浴びさせてもらった(着替えまでパンツから一式貸してくれた)。ドゥシーラは昨日も毛糸のオーバー靴下を貸してくれていた。
雪は昼頃ようやく上がった。

アツィーフの家で夕飯をいただき、夜はまた子供たちと折り紙をやったり、ドミノをやったり・・・。
今晩もリビングのソファーで快適に寝させてもらった。

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一夜にして雪国に・・・

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ブレックを作っているドゥシーラと、ラティーフ

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双子の兄弟、アルディー(左)とアンディー(右)

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夕食時・・・正面にいるのがアルマンド(マンディー)

2012/2/3 金
曇りで時々日が差す天気。リブラシュトゥでは夕方までに大かた雪は融けた。
今日も子供たちは学校が休み。山間の町では特に遊び場もなく、子供たちは学校がないとかえって暇そうだ。従兄弟の家を行き来したり、家の手伝いをしたりしている。
どの子も本当によくできていて、家の手伝いをしたり、小さな子の面倒をみたりする姿に感心している。どうしたら子供がすねたりせずこんなに素直に育つのか、不思議な思いだ。

昼頃、これまた従兄弟のディクソンがアツィーフの家を訪ねてきた。
彼の一家は今ティラナに住んでいるらしいのだが、彼は生まれ育ったリブラシュトゥが好きで時々戻ってきているようである。
(どこまで本当か怪しいが)最近結婚したらしい彼の奥さんはアメリカ人・・・映画のような話だが、なんとフェイスブックで知り合って結婚したんだとか。ビザを取ってアメリカで新しい生活を始める予定らしいのだが、ビザがなかなか下りずに苦労しているって話。奥さんの方は先にアメリカへ帰り、彼の方はビザ待ちでアルバニアに足止めの状態ってことらしい。
なんで否定的に書いているのかって言うと、ディクソンは見るからにいかがわしそうな奴なのだ。とても信用する気にならん。
ヒップホップのシンガーってことらしいが、要するにプー太郎ってことだ・・・働き者のルプリ一族にあって異色の存在。

ところで、アルバニアに入って以来疑問に思っていたことが今日一つ解明した。
それは地名の表記・・・例えばTIRANËと書いたりTIRANEと書いたりする。道路標示ではウムラウトのような記号が軒並み省略されているし、全般的にTIRANEと表記されることの方が多いように思われるが、これはどちらも同じらしい。特に違いはなく読み方も一緒とのことだ。なんで二種類の表記があるのかは依然といて謎なのだが・・・。

今日も一日エンドリと折り紙をやったり、ドミノをやったり・・・。
アルバニアの人たちの生活はとてもシンプルだ。冬場の今は石油やガスといった燃料はほとんど使っておらず、調理も薪ストーブで行っている。
調理に関しては、そもそも毎食きちんと調理するといった習慣はなさそうで、パンを中心にあるものを適当に食べているといった風だ。
特にアツィーフの家は、ダシュリアがちょっと面倒くさがりで大雑把なところがあるから、その傾向が強いのかもしれない。
国が貧しく物はないわけだけれど、貧しいからこそ工夫のしようがあるってものだと思うけれど・・・。
調理に限らず全般的に工夫ってものがないわな、この国には・・・外国から入ってきた便利なものを、よくはわからないけどそのまま垂れ流しで使っているといった感じだろうか。
人はいいんだけどなぁ・・・もったいないなぁ、アルバニア。人の良さというのは国の印象を決める最も大切な要素だけれど、人の良さだけで国は成り立たないのだな・・・。

夕方になって子供たちが気を利かせてネット屋に連れて行ってくれた。自pcの接続はできなかったけれど、メールのチェックだけはできた。
その帰りにアツィーフのキオスクに顔を出すと、またアツィーフがカフェでコーヒーをご馳走してくれた。アツィーフが呼んだのか途中からディクソンもやって来て、その通訳してくれたところによると、明日からまた天気が悪いらしい・・・「天気が回復するまで何泊でもしていけ」とアツィーフが言ってくれた。

リブラシュトゥでは雪の降らなかった今日も、アルバニアの山間部やコソボでは相変らずの大雪だ。バルカン地方を中心にヨーロッパの各地でも・・・。
この二、三日の雪でバルカン地方では130人以上が亡くなっている。

夜のニュースでは、イスラエルがイランを攻撃するというようなことを告げている・・・これからイランに行こうとしている時にやめて欲しい。無事イランに入れるのか、ちょっと心配。
ちなみに、アルバニアでは同じアルバニア人の住むコソボの情報はよく入ってくる。
TVのニュースでは必ずコソボのことをやっているし、天気予報もアルバニアとコソボの天気を流している。

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雪かきを始める先生

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2012/2/4 土
相変らず朝はどんより曇っていて、9:00頃唐突に雷が鳴ったと思ったらすぐに大雨となった。
朝のうちはまだ寒くなかったのだけれど、みるみる気温が下がって雨は雪に・・・ボタン雪がドカドカ降って、またまた子供たちは大はしゃぎ。
せっかく融けた雪がまた積もりだす・・・。

TVのニュースでは連日雪のニュースをやっている。今日はイタリアでも雪が降ったようだ。ブルガリア、ルーマニア、ウクライナ、ロシア、スロヴァキア、オーストリア、etc・・・中欧、東欧を中心にヨーロッパ中で荒れた天気となっている。
ロマ(ジプシー)の人たちが、この雪でどこかの仮設テントのようなところに集団で避難していた。
ちなみに、アルバニアでもロマの人たちが大きな問題となっているようで、よくその関連のニュースが流れている。
そしてゴミのことも一部の人たちが認識はしているようで、よくニュースでやっている・・・けれど、景観の美化のような感覚はこの国の人たちから完全に欠落しているな・・・。

今日も一日エンドリとトランプをしたり、折り紙をしたり・・・エンドリのペースで毎日生活している自分らは、エンドリのことを「先生」と呼んでいる。
アツィーフ一家はとても仲がよく、見ていて微笑ましい。
子供たちの中でも特にダイアナは偉い!仕事から帰ったアツィーフの足をマッサージしてあげたりしている。今どきの日本だったら、年頃の女の子が父親の足をマッサージするなどよもやあるまい・・・。部屋の掃除をしたり、食器を洗ったり・・・本当によくできた子だ。とてもしっかりしていて、アンディー&アルディーの双子と一つ違いとはとても思えない。
6歳のエンドリとほとんど同じレベルで遊んでいるこの二人は、お互いのことを「こいつはクレイジーだ」「こいつはクレイジーだ」と自分らに告げる。そんな二人のことを、自分らは「クレイジーボーイ」と呼んでいる。

子供たちから少しずつアルバニア語を教えてもらっている。
どこの国でも最初に覚える「こんにちは」と「ありがとう」は、アルバニア語では長くてなかなか覚えられない・・・「ありがとう」は「Faleminderif」、「こんにちは」は「Përshëndetje」と言う。「Yes」が「Po」、「No」が「Jo」、「Good」が「Mirë」。
ちなみに、アルバニア語で人を呼ぶときの呼び方が面白くて、「オイ○○」と言う。例えば母親を呼ぶときは「オイ・マー」という具合。
ママとダイアナが大好きなエンドリなど、よく「オイ・マー」「オイ・ダイアン」と叫んでいる。

雪は昼過ぎには上がったが、夕方になってまた雨が降った。

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三兄弟と

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仕事から戻ったラティーフ・・・せっかく融けた雪がまた積もりだす

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先生作:ソファーで寝るママ

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先生作:食器を洗うダイアナ

2012/2/5 日
今日も朝から曇っていて、昼過ぎから雨となった。山間部では雪だろう。
今晩は自分らが何か日本食を作ると昨晩約束したので、昼前にダシュリア、エンドリと一緒にミニ・マーケットに買い出しに出かけた。
どこの子も日曜も家の手伝いをしている。アルマンドもダイアナもキオスクの店番。この間、ディクソンなんぞに「こいつはアホだ」と言われていたアルビーも近くの店で店番をしていた。
アルバニアの人たちは、大人も子供もとても無邪気で純粋に見える。

買い物から戻ると、ダシュリアは家中の大掃除。週に一度はこんな感じで大掃除をしている風である。
その間に自分らはガレージで自転車の整備をさせてもらう。適当なネジが手に入ってリア・ブレーキも復活した。

大掃除の後キオスクに戻ったダシュリアは、夜になってアツィーフと一緒に帰ってきた。アツィーフは今日仕事でマケドニアへ行っていたらしい。
ダシュリアがケーキを持っていたので何事かと思ったら、今日はアツィーフの(おそらく53歳の)誕生日とのことだった。牛肉も大量に買ってきて、ストーブについているオーブンで豪快に焼き始めた。マユミの作る玉子丼とタコウインナーも合わせ、今晩は食べ切れないほどのご馳走となった。
ちなみに、アルバニアではどこの家も(少なくともルプリ一族の家ではどこも)、家族揃って食事をするという習慣はなさそうである。おなかの空いた人、その場にいる人が適当に食事をするというのが普通のようである。それはアツィーフの誕生日の今日でも変わらない。
ソファーで寝てしまったアツィーフ(ダシュリアもアツィーフもソファーで寝るのが好きである)抜きで食事を始め、アツィーフが起きたところでケーキをいただいた。

明日天気が悪くなければ発とうと思っていたのだけれど、予報によるとバルカン地方はまだまだ荒天が続きそう。
昼間キオスクで会ったおっちゃんは、「ブルガリアはダメだよ~腰まで雪があるぞ~」みたいなことを言っていた。
だんだんいつ発てるのかわからなくなってきた・・・。

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アツィーフ一家のキオスク

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豪華な夕食と、寝るアツィーフ

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今日はアツィーフの誕生日・・・悪代官のような顔をしているが、いい人である

2012/2/6 月
毎朝アツィーフは6:30頃仕事に出かける。(それで毎晩寝るのも早い)
アルマンドとダイアナは7:30頃学校へ。いつもならその後、8:00過ぎにダシュリアがエンドリを連れてキオスクに出かけるところなのであろうが、今日は自分らがいるのでエンドリを置いて一人でキオスクへ。

朝のうちリブラシュトゥは雨も雪も降っていなかったが、その後雨となった。ちょっと奥の山は朝からずっと白くガスっていたからおそらく雪だろう。
昼頃ディクソンがやって来て、「明日は天気がいい」だとか、「明日、この家の人は親戚の見舞いに早朝からデゥーレスに出かける」だとか言って去って行った。
アツィーフもダシュリアも何も言ってなかったけれど、そうなのか?だとしたら自分らも明朝、一家の人たちと同じ時間に発たねばなるまい。

夕方、ダシュリアが家に帰ってきたところで、借りていた服を返しにドゥシーラの家へ顔を出す。
またまたドゥシーラの作ってくれた夕飯と、何故かラティーフが買ってきたケーキをご馳走になり、自分はちゃっかりシャワーまで浴びさせてもらった。
明朝発つ腹積もりでお別れをしてアツィーフの家に戻ると、ディクソンから聞いたのかラティーフから聞いたのか、しばらくして帰ってきたアツィーフとダシュリアが自分らの顔を見るなり「明日は雪だからここにいろ」と言う。
ありがたくそうさてもらうことに・・・。

アツィーフの家でも夕飯を出してくれたのだけれど、ドゥシーラのところで腹いっぱい食べてしまったのでもう食べられん・・・悪いので、自分らのために買ってきてくれたであろうホウレン草と、肉をちょっとだけいただき、珍しく家でアルコールを口にするアツィーフと一緒にラキアとワインもちょっとだけいただいた。

それにしても・・・夜もいつもと変わらないし、明朝6:00に一家でデゥーレスに発つ素振りなんて微塵もない。いったいディクソンの野郎の言っていたことは何だったのか???
この間から、まったく関係のないディクソンだけが何故か自分らを早く発たせたがっているように感じられて仕方ない。天気についてもTVの予報とまったく違う滅茶苦茶なことを言っているし・・・。
いったいお前は何なんだ、ディクソンよ。

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肝っ玉母さんといった風のドゥシーラ

2012/2/7 火
くもり。やはり早朝に一家でデゥーレスへ出かけるなんてことはなかった・・・あの野郎・・・。
アツィーフ、マンディー、ダイアナはいつもの時間に出かけた。マンディーとダイアナは寝るのが遅く、毎朝ダシュリアに起こされている。
朝起きると、トイレが詰まって使えなくなっていた。「ドゥシーラのところに借りに行って」と身振り手振りで言い残しダシュリアも出かけた。

しばらくしてから、ドゥシーラのところにトイレを借りに行こうと思って外に出かけると、「トアレット?トアレット?」と先生に呼び止められた。おそらく、「トイレに行きたいと言ったら連れて行ってあげなさい」とママに言われていたのだろう、先生が先頭に立ってドゥシーラの家に連れて行ってくれた。

ドゥシーラの家には近所の友達が来ていて、トイレを借りた後で一緒にコーヒーをいただいた。
ひとまずドゥシーラのところはすぐにおいとまする。
家に戻るとすぐ、先生が外出の準備をしている。おそらくママに言われた通り、厚手の上着を着て、靴を履いて・・・。
どこかに遊びに行くのかなぁと思っていたら、自分らにも「ヘイ!ヘイ!」と指図している。どうやら自分らも一緒に出かけるらしい。
先生について家を出る。昨晩あたりから喉が痛くて風邪のひきはじめのような兆候があったのだが、ちょっと出るだけだろうと思い薄着で出かける。
どこに行くのかなぁと思っていたら、ママのキオスクだった。いつもと違うルートを歩いたのは単に先生の気分だったみたい。

キオスクの前で焚き火にあたり、先生と一緒にスーパーをのぞいてから帰る。
ちなみに、今日は雨も雪も降らなかったが、寒気が入っているようで風が冷たい。早く家に入って横にならせてもらおうと門に手をかけると、「ノー!ノー!」と言いながら先生が人差し指を横に振っている。どうやらまだ家には戻らないらしい・・・ママは「ハウス」と言っていたから、おそらく先生の一存であろう。ちょっと上のイメルダの家に行くらしい。
おそらく先生は時々ここにも顔を出していて、慣れた様子で家の中に入っていく。ばあちゃんのラーヘがいた。寒かろうと言って、暖炉のある古い家に通してくれた。
ラーヘが暖炉で入れてくれたコーヒーをいただき、暖炉の火に当たりながら先生と一緒に幼児番組を見る。ラーヘは毛糸の靴下を編んでいるところだった。ドゥシーラが自分らに貸してくれた靴下もラーヘが編んでくれたものだ。
ちなみに、先生が毎日よくテレビを見ているので、幼児番組のいくつかを覚えてしまった。ピングー、カニマルズ、カンブー、アストロ・ペシュ、etc・・・いつしか主題歌が耳に残って頭の中に鳴り響いている。
しばらくするとイメルダも顔を出した。あれ?もう学校が終わったのか?
先生まだ帰らないのかなぁ・・・先生、もう限界ですよ!
暖炉の火に当たっていると、ようやく先生が帰る気になった。「ヘイ!ヘイ!」(家に帰るから準備しろ)と言っているので、靴を履いてラーヘのところをおいとまする。

ようやく家でソファーに座ってのんびりする。
先生が薪割りをしたくなったり、トランプをしたくなったりと忙しいのだが、時間を見つけて日記を書かせてもらったりした。
マユミがもう一度トイレを借りに行こうとすると、先生がまた「ヘイ!ヘイ!」と言って外に出た。また先生が引率していってくれるのかなぁと思っていたら、マユミに向かってドゥシーラの家を指図しているだけだった。「ヘイ!ヘイ!」(一度行ったからもうわかるだろ。その家だから一人で行ってこい)ということらしい。
昼頃ラティーフがやって来て詰まったトイレを直してくれた。

何故か今日は学校が終わるのが早いらしく、昼過ぎには隣のクレイジーボーイもマンディーも帰ってきた。
エンドリと取っ組み合いを始めるクレイジーボーイの二人・・・6歳のエンドリとほぼ同じレベルで遊んでいるこいつら二人はとても幼いな・・・。
学校には部活動などはないらしく、とにかくみんな体力が有り余っている。途中からマンディーまで参戦して四人で大暴れ。アンディーが泣かされてしまったり・・・男どもは本当に幼いな・・・。

しばらくして落ち着くと、クレイジーボーイの家に行くと言う。全員行くらしいので、後についていく。
ダメだ、もう限界・・・暖炉に当たりながらソファーの上で横にならせてもらう。
いつの間にかダイアナも来ている。マンディーと店番を交代したのだろう。
夕方になってまたドゥシーラが美味しい食事を出してくれた。ジャムのようなデザート付きで・・・料理好きのドゥシーラの作ってくれる料理はとても美味しい。

しばらくしてからダイアナに促されて一緒に家に帰る。
ダメだ、寒い・・・家でもソファーの上で横にならせてもらう。気を利かせてすぐに毛布を持ってきてくれるダイアナ・・・本当にいい子だな・・・。
クレイジーボーイの二人も、人の異変を察知して「横になっていろ」と言ってくれたり、実はよく気の利くいい子達である。
アルディーの方はすぐに家に戻って薬を持ってきてくれた。何の薬だかわからないが(おそらく解熱剤だろう)、せっかくなので飲ませてもらう。

しばらくしてから帰ってきたダシュリアとアツィーフ、マンディーもいろいろと心配してくれた。
体温計を出してくれたので測ってみると、38℃弱と熱はたいしたことなかった。アルディーの持ってきてくれた解熱剤が効いたのか、そのうちに寒気もひいた。
食事をいただき、夜はマユミの折り紙講座で子供たち三人が大盛り上がり。
「ヘイ!ヘイ!」日本語で折り方の描かれた紙と自分自身を指差しながら・・・(その紙は、オレのもの)
「イエス!」と親指を立てて答えると、先生は「ヒャー」「オイ・ダイアン」「オイ・マー」と大騒ぎである・・・。
先生、それもう百回くらい聞きました・・・。
ここのところ先生は自分らと遊ぶのが忙しく、おそらく寝不足だ。先生、目の下に隈ができてますよ・・・。
寝る前に、ママが自分らの分まで洗濯をしてくれた。

この家はなんだかすごい。自分らのような外国人が家にいても、まるでいないかのごとく普段と変わらない生活をしている。誰一人として自分らがいつ出発するのかなんて気にしている様子もない。
ママも自分らの目の前で普通に大声を出して子供を叱ったりしているし・・・何と言うか、裏表がない感じでとても居心地がいい。
年頃のマンディーもダイアナも部屋に篭ることもなく、変な外国人のいるリビングで普通に生活いしている。変なのがいつまでも家にいて気にならないのかな?日本ではちょっと考えられないシチュエーションのように思える。
この家の生活があまりに居心地よく、まただんだんと発つタイミングを失いつつある自分たち・・・。

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先生に連れられてママのキオスクへ・・・

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ラーヘばあちゃんの家

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ドゥシーラの手伝いをするアルディー・・・どの子も本当に家の手伝いをよくしていた

2012/2/8 水
朝のうち晴れ間も見えたが、すぐに曇った。
今日も先生のペースで一日過ごす。体調は朝までにほぼ回復。
ママは9時になったらキオスクに来いと言っていたが、先生は8時を過ぎると早々に準備を始め、自分らにも出発の準備を促す。先生には抗えないので、ぼちぼちと準備を整えママのキオスクへ。
先生は、ママに言われたとおり近くのブレック屋で三人分のブレックを買い、ミニ・マーケットでお菓子を買う。もちろん自分らがお供をする。
先生クラスになると、ミニ・マーケットでお菓子を買うときはツケである。欲しいお菓子(たぶん限度額はママに決められている)をレジのおばちゃんに見せ、値段を聞いてママのところに帰る。後でママが代金を払うという寸法だ。

ママが「ハウス」と言っていたので今日こそまっすぐ家に帰られるのかと思ったら、今日もラーヘばあちゃんの家へ。
今日のばあちゃんは暖炉の前でブレックを作っているところだった。
先生が先ほど買ったブレックを配ってくれたので、暖炉の火に当たりながらいただく。
しばらくしてブレック作りが終わると、今度はばあちゃんがポップコーンを作ってくれたのでこれも美味しくいただく。
今日はばあちゃんの家にいる間に何度か停電があった。
ちなみに、確かアルバニアの電力は全て水力発電でまかなわれているはずだ。
そのうちにイメルダが顔を出し、マユミが折り紙を始める。9歳のイメルダもとてもしっかりして落ち着きがある・・・アルバニアに限った話じゃないけれど、やはり女のこの方がずっとしっかりしているなぁ・・・。英語もクレイジーボーイより確実にできる。
先生が家の中でガラス片を踏んで足の裏を負傷。ばあちゃんに手当てしてもらってようやく家に帰る運びとなった。

家でのんびりしながら時間を見つけて日記を書く。
ママが昼過ぎに昼食の準備をしに帰ってきてくれた。今日はアツィーフも14時頃帰ってきた。その後ママはキオスクに戻り、アツィーフはソファーの上で昼寝。

夜はダイアナも一緒に、ひたすら先生とトランプをした。
それにしてもダイアナは本当に偉い!アツィーフの背中を流してあげたり、先生にシャワーを浴びさせたり・・・その分ママは楽だろうな。
先生は今日も絶好調で夜更かしをし、目の下に隈を作っていた・・・。

毎回そうなのだけれど、こういうところに泊めてもらうと発つタイミングというのが難しい・・・いつまでも長居させてもらっているのも悪い気がするし、かと言ってきちんと挨拶をしてから発ちたい。今回は天気のこともあるからなおさらだ。晴れたから突然バイバイでは失礼だろうし。
土曜なら子供たちも家にいるから土曜に発とうか、と今日のところはマユミと相談した。長居をしていて悪いので、明日はまた自分らが夕飯を準備することにしよう。ついでに自分らのせいでいつも以上に消費しているであろうマーガリンなんかも一緒に買ってくることにしよう。

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今日も先生に連れられて・・・

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ラーヘばあちゃんはブレックを作っていた

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イメルダ

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先生は薪割りもできる

2012/2/9 木
久々に晴れた!昨日は土曜に発とうと話していたけれど、こんな晴れた日にいつまでも長居させてもらっているのも悪い気がしてきた。
今日は先生がおとなしかった。ママがキオスクに行った後もしばらくソファーで静かに寝ていた。たぶん疲れが溜まっているのだろうな・・・おそらく寝不足だろうし。

この隙に日記を書いていると、ママがディクソンと一緒に帰ってきた。おそらく通訳を頼んだのだろうけど、よりによってコイツかよ・・・ま、暇なのがコイツだけだったんだろうけど・・・。
たぶんママは自分らの発つ予定を聞いて欲しかっただけだろうと思う。が、コイツを通すと余計な前置きがつく。
「わかっていると思うけど、子供がたくさんいるからお金が余計にかかって大変なんだ」とか「一日10ユーロしか稼げない」とか「お前らのように仕事をやめて旅をするなんてこの国じゃ難しい」とかなんとか・・・ダシュリアが本人を前にそんな前口上を述べてくれと頼んでいるとは到底思えない。
いつ発つんだと聞くので、昨日マユミと話していた通り土曜と答えると、「そいつはタイミングが悪い」とか言い出す。「天気が悪くなる」と・・・お前は天気予報士か?なんでいつもそんなに天気に詳しいんだよ?
「それなら明日発つよ」と言うと今度は、「実は今晩ダシュリアの母親がこの家に来るんだ」とか言い出す・・・お前はどこの探偵だ?なんでこの家の事情にそんなに詳しいんだよ?すぐにバレるような嘘つくんじゃねーよ。
コイツの言うことは100%信用できないが、残念ながらダシュリアとは言葉が通じない・・・。
だったら時間も早いし天気もいいし、今日これから発っちゃうか・・・マユミと相談してそうすることにした。
買い物に行って戻ってからパッキングして出発する、そうダシュリアに伝えてもらった。
そもそもコイツ、自分らの真意をちゃんと伝えてくれているんだろうな???

というわけで、即座に買出しへ。もちろん自分たちの食料ではなく、ダシュリアのところとドゥシーラのところに置いていく物の買い出しだ。
レクの手持ちが乏しかったので、ATMで下ろしてからいつものミニ・マーケットへ。
パパッと買い物をしてマーケットを出るとキオスクにアツィーフがいたので、今日発つ旨とこれまでのお礼を述べた。
そこには何故かディクソンもいた。いったいなんなんだよ、お前・・・お前の方こそ27歳にもなって仕事もせず毎日プラプラいったい何をやってるんだ?

まずはドゥシーラの家に挨拶をしに行ってみたが、鍵がかかっていて誰もいない様子だったので、買ってきたものをドアノブにかけてダシュリアの家に戻った。
さぁさぁ急いでパッキング・・・。
ダシュリアはいろいろ気にかけてくれて、あれを持って行けこれも持って行けと言ってくれる。毛布とか靴下とかマフラーとか・・・今渡したものも、いいからお前らが持って行けと・・・。どうにも断りきれず、二人分の毛糸の靴下と、記念にと言ってマユミにくれたピアスだけもらっておいた。
先生なんてドミノにトランプ、手帳まで餞にくれた。最初、パッキングの最中に控え目にドミノやらトランプを差し出すから、いつも通り「やろう、やろう」と言っているのかと思ったら、「持って行って」ということだったのだ。なんて健気な・・・荷物になっちゃうけどありがたくもらってきた。

パッキングをしている最中にドゥシーラがやって来た。風邪をひいて寝込んでいたらしい。
そしてディクソンが、「じゃあオレは行かなきゃならないから・・・」と言って帰って行った。誰もいてくれなんて頼んでねーよ。
「気をつけてよい旅を」なんて最後に一丁前のことを言っていたけど、一番気をつけなきゃならないのはお前のような奴だっちゅーの。

パッキングを終えて荷物を外に出すとき、先生が小さな体で抱えて運んでくれた。
はぁ慌しくなってしまった・・・急にバタバタと準備をしたから、忘れ物をしていないかちょっと心配。
マンディーとダイアナ、それからアンディーとアルディーに最後にお別れを言えなかったのが心残りだ。いつの日か、子供たちだけでも日本に来られるといいなぁ・・・これを機会に日本に興味を持って、大きくなってから来られるチャンスがあるといいけどなぁ・・・。その時はうちに何泊でもしてくれ・・・もちろんディクソン、お前は抜きだ。

ダシュリア、ドゥシーラ、そして先生と最後に写真を撮り、お礼を言って家を後にした。
アツィーフのいるキオスクにももう一度寄って、一緒に写真を撮り、お礼を言ってリブラシュトゥを後にした。
走り出してすぐ、ママに手を引かれてキオスクに向かう先生とすれ違って、手を振る。遊び相手がいなくなってしまうからか、先生は寂しげで元気がなかった。
あぁ皆いい人たちだったなぁ・・・もちろんディクソン、お前を除いてだ。お前のせいでなんだか後味が悪くなっちゃったじゃねーか。
何はともあれ、また旅の再開だ。

(アルバニアは3~4泊で抜けるつもりでいたのだけれど、悪天のためと素晴らしい人々との出会いのために思わぬ長居をすることになった。このルプリ一族は本当に素敵な人たちで(もちろんディクソン、お前を除いてな!)毎日がとても楽しかった。特に先生(エンドリ・6歳)は無邪気でかわいくて、毎日たっぷりと遊んでしまった。そしてお姉さんのダイアナはしっかりしていて働き者。学校の勉強をしながら家や店の手伝いをし、そしてエンドリの世話までする。お兄さんのマンディーも店の手伝いをよくやっていた。えらいなぁ、子供たち。感心感心。そして、子供だけでなく大人も素直で純粋な人が多く、私たちの面倒をよくみてくれた。とてもありがたいことだった。楽しい思い出がたくさんできた。いつかまた再会したい。難しいとは思うけれど日本にも来て欲しい。そんな日が訪れますように。 マユミ)

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いよいよ出発のとき・・・先生は餞にドミノをくれた

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ありがとう、アツィーフ!

始:12:00 ~ 終:16:00 33km
~ Qukes ~ Prrenjas ~ 峠の手前(標高800mほど)

リブラシュトゥからの道はずっと上りで、久々の体にこたえた。
山から吹き下ろす風が冷たい。このあたりはまだ晴れているけれど、山には雪雲がかかっていて、山の向こうは確実に雪である。
川を遡るにつれ雪が増え、気温も下がってきた。道路脇にはガレた崖が続き、相変らずパラパラと崩れている。時間的に今日国境を越えるのは無理だ。こりゃテン場探しに苦労するなぁ・・・見渡す限り幕営できそうな場所などどこにもない。

すれ違う車の人や沿道の人たちがしきりに手を振ってくれる・・・アルバニアも本当に人がいいなぁ。なのにディクソン、なんでお前だけひねくれているんだ???
奴の場合は完全にひがみ根性だ。道楽で旅をしているのにタダで人の家に泊めてもらっているのが、そしてその家の家族と仲良く楽しそうにしているのが気に入らなかったのだろう。あー嫌だ、嫌だ、ひがみっぽくて心の狭い人間は・・・。

Qukesで最初の買い出し。ミニ・マーケットに寄ってみたが夕食になりそうなものは何も置いてなかったので、ひとまずパンと行動食だけ買う。
国境手前にある最後の町Prrenjasでミニ・マーケットに寄って、もう一度買い出し。残りのお金をきれいに使い切った。
Prrenjasの先から本格的な山岳ステージとなった。雲の勢力圏内にかすり出し、雪も舞い始めた。
峠の手前、延々と続く九十九折りの道の途中で道路脇の高台の上に幕営スペースを見つけた。コル状のその場所は吹きっさらしで風がちょっと強いけれど、先の状況を考えるとこれ以上のテン場は望めまい。
幕営することに決定。ルート工作をして二人がかりで一台ずつ自転車を高台の上に上げる。高台の上は雪がなくて平ら・・・風さえなければ最高のテン場だ。
風で雪が舞う中、場所を選定してテントを張る。下の道路から見える場所で、幹線だから少ないながら車もそれなりに通る。車の人から見たら、このクソ寒い中いったい何をやってるんだ?という感じだろうな、きっと。人目につくところにテントを張るってのはけっこう恥ずかしいもんだ。ま、恥ずかしいのは設営中だけで、張ってしまえばこっちのもんなのだが。

気温は-4℃ほどなのだけれど、風があるのと、しばらく暖炉や薪ストーブのある部屋でぬくぬくしていたのと、加えて風邪気味なのとでやたらと寒く感じた。

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久々に走る                         高台のコルに幕営

Trackback [0] | Comment [0] | Category [■ 092_Albania / アルバニア] | 2013.07.26(Fri) PageTop
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Author:nakappie
1970年生まれ。妻と二人信州伊那谷在住。
2009年10月~2013年5月の旅を記録するために”なかっぴー通信”をスタートさせました。
現在は伊那谷にて節約生活をしながら充電中。
2014年4月、ブログのタイトルを”なかっぴー通信NEO”に改めました。
信州伊那谷より~旅のこと、山のこと、自転車のこと、そして田舎暮らしのことなどなど・・・気ままに綴ってゆきます。
”おもしろきこともなき世をおもしろく”そんなふうに生きていけたらいいですね。

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