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ツール・ド・バルト三国 (エストニア編) その1

2011/8/18 木
始10:35 ~ 終:16:25 走行:50km
Lilli ~ Karksi-Nuia ~ Karksi ~ Viljandi

昨晩は雨が降らなかったのに、朝になって20分ほど雨に見舞われた。おかげでテントがびしょびしょ・・・。
さらに8:50頃、いざテントを撤収という段になってまた雨・・・荷物共々一度テントの中に避難。
雨はやはり30分ほどで上がり急に日が差し始めたが、テントを乾かし終えてさてたたむかという段になってまた雲行きが怪しくなる。
急いでたたんで荷物を自転車に積み終えると、10:00過ぎになってまた降り始めた。大木の下でしばし雨宿り・・・20分ほどで雨が上がり、ようやく出発という運びになった。
恐ろしく目まぐるしく天気が変わる。
先ほどテントを日に当てて乾かしていたとき、休憩所の前に住むじいちゃんがやって来て洗面器いっぱいのリンゴをくれた。いきなり好印象のエストニア。
じいちゃんのくれたリンゴはさすがに旨かった・・・。
ポーランド以降リンゴがあちこちに自生していて採って食べることができるのだけれど、時季のせいかそういうリンゴは美味しくない。

54号を北上し、最初の町Karksi-NuiaでATMを使ってみてビックリ。エストニア・クローンとばかり思っていたエストニアの通貨はユーロに変わっていた・・・。
スーパーをのぞいてみると値段表示はユーロとクローンの両方でされているけれど、ATMで下ろせるのは今やユーロだけ。ちょうど移行期のようである。
そんなわけでエストニアではお金を下ろす必要がなくなった。ユーロなら手持ちがあるから。

スーパーはラトヴィアと比べて圧倒的に品数が増えた。魚介類もよく食べているようでたくさん売っている。
ちなみに、エストニアもラトヴィアに次いでロシア人が多く、総人口の25%ほどを占めているが、ラトヴィアと違って公用語のエストニア語は国民の85%近くの人たちの母語である。

Karksi-Nuiaから49号を北上。
エストニアにはロシア色がまったく残っていないように感じる。
リトアニアと、特にラトヴィアはロシア色が強かったから、久々にヨーロッパに戻ってきたような感じ。おそらく北欧的なのだと思う。いや、実は北欧には行ったことがないのだけれど、きっとフィンランドやスウェーデンはこんな感じなのだろうと勝手に想像している。
旧ソ連邦のバルト三国をロシア色の強い順に並べると、ラトヴィア>リトアニア≫エストニアといった具合。

エストニアは間違いなくヨーロッパであろう。所々に自転車道があり、なくとも最低限路側帯はあるところが多い。
自転車の交通環境は、オランダは別格としても、ドイツと比べても決して遜色がない。
その上で車はラトヴィアと比べても尚少ないのではないかというような感じだから、走っていてとても快適。

緑の濃い美しい国である。
コウノトリが牛の傍らに群れて餌をついばんでいるところなんてはじめて見た。
天気は恐ろしくコロコロと変わる。
晴れて日差しが眩しかったのが急に暗くなって雨が降るといった具合。雲の動きが速く、雨は降っても一瞬で上がってまた日がさす。
雨は驚くほど局地的に降る。
雲がとてもきれいだ・・・。自分のような雲好きの人にはたまらない国である。
入道雲ほど輪郭がはっきりしていなくて綿のようにふわふわした感じ。そんなつかみ所のない雲が空を流れて行く。真っ青な空とのコントラストが素晴らしい。走っていてもとても気分がよいのであるが、小さな国であるし、一気に抜けてしまうのがもったいなくて飛ばす気が失せる。
久々にジャージとパンツできめたロード・レーサーも見た。
ラトヴィアから数キロしか走っていないのに何もかもガラリと変わった。

雨が降っては木陰でやり過ごし、また降っては木陰でやり過ごしを繰り返してViljandiに入った。まだ時間は早いけれど、今日はViljandiで刻もうと出発前からおぼろげに考えていた。
まずはスーパーで買い出し。物が豊富で魚介類も多く、何か見ているだけで嬉しくなってくる。今日はムール貝を買ってみた。
キャビアっぽいのも売っていたので買ってみる。100gで1.4Eほどといやに安いからおそらく本物ではなかろう。

町中にバイク・ショップがあったので寄ってみる。
スポーツ・バイクだけを扱う専門店・・・こういう店も久しぶり。ビアンキのレーサーがたくさん置かれていた。店の女の子も実に感じがよい。
ドーズのボトル・ケージの替えを購入。

エストニアには情報板がいたるところにあり、そこに示されていたキャンプ・サイトに向かってみたのだが、そんなものはないなぁ・・・。
近くにインフォメーションがあったのでのぞいてみるが、やはりそんなものはない・・・情報板にあったキャンプ・サイトの印は何だったのか。テン場には事欠かないから特に困ることはないけれど・・・。
今日は町中の公園のようなところの池の畔に幕営。
情報板によると、自分らの採ろうとしていたルートはグリーン・ウェイとなっていてサイクリング・ルートに指定されている。
リトアニアに続き自分のルート・チョイスのセンスの良さに自画自賛。

188/18出発の朝 近所のおっちゃんがリンゴをくれた_サイズ変更 18キレイな自転車道も現れた_サイズ変更
近所に住むじいちゃんにリンゴをいただきました!   自転車道がある!

18IMGP5955_サイズ変更 18P1110297_サイズ変更
路側帯もある!

2011/8/19 金
始:9:20 ~ 終:16:35 走行:93km
Viljandi ~ Võivaku ~ Kabala ~ Särevere ~ Türi ~ Lelle ~ Kehtna手前

ビューーーーーティフル!
エストニアの自然は素晴らしい。まさに「Roheline Tee」、つまり緑の道。エストニアの夏の緑は実に美しい。
土地が平らで道はどこまでもまっすぐ。路面はきれいだし、車は少ないし、こんなに快適なのはオランダ以来だ。

朝食後、荷物をまとめてそそくさと公園を後にする。天気は朝から申し分なし。
町を出て49号に戻り、そのまましばらく北上。この道路は制限速度100km/h・・・これがポーランドあたりだと世にも恐ろしい道路になるところだけれど、道は広くてきれいだし、車はほとんど走っていないし、路側帯はあるしで実に快適。
時々追い越されたりすれ違ったりする車はおそらく100km/h以上で走っているのであろうが、横を走っていて恐怖感はまったくない。

30kmほど走ったところで49号を外れ、26号に入る。
この26号は素晴らしく美しいルートだった。まさに緑の道。今日は天気にも恵まれ、ホント心が洗われるようだ。
相変らず路面はきれいで走りやすい。車はさらに少なくなった。
バルト三国と十把一絡げにされるが、エストニアはリトアニアやラトヴィアとはまったく異なる国である。

26号はSärevereで5号に合流し、5号をちょっと走ってTüriに入る。
今日走るルート上では、おそらく唯一スーパーのある町。ここで水と食料を買い出し。
エストニアに入ってから時々、スーパーモデルのような美人を見かける。いたって普通の買い物客であるわけだけれど、一瞬ドキッとする。しかし寒い国の宿命なのか、年をとると太ってしまう人が多いようである。

Türiからは15号を北上する。相変らず道はまっすぐできれい。
西寄りに北上しているので、午後になると西日が眩しい。いつもなら大汗をかくところであるが、空気がヒヤッとしていてそうはならない。木陰に入ると肌寒いくらいだ。
思えばずいぶん北まで来た・・・明日入ることになろう首都のタリンは北緯60°に近い。

Lelleを越え30分ほど走ったところに小さな湖を見つけ、湖畔にある休憩所の脇の草地に幕営。
ここも素晴らしいテン場だ。なんとトイレまである。

リトアニア、ラトヴィアの延長かと思っていたエストニアは、想像していたのとまったく違った国だった。いい意味で期待を裏切ってくれた。自転車で走るのにオススメの国である。
前にも書いたような気がするが、自転車は旅の道具として最も優れていると思う。景色の流れるスピードがちょうどいいのだ。徒歩だと遅すぎるし、車やモーターバイクだと速すぎる。バスや列車だとどうしても途中をすっ飛ばすことになる。
何より素晴らしいのは、目線の高さがそこに住む人たちと同じということ。話しかけたりかけられたりする機会が圧倒的に増える。自力で移動しているところもスバラシイ・・・いやー自転車ってホントいいもんですねぇ・・・と改めて思う。

19:00過ぎになって釣り人が何人かやって来た。近くの村から来ているというおっちゃんの一人が英語を話せて、ちょっとおしゃべり。
このあたりには1mくらいの魚がいるらしい。友人が釣ったことがあるんだと言っていた。
おっちゃんは、残念ながら大相撲の把瑠都のことは知らなかったが、国民的英雄であろうロードのスプリンターだったヤーン・キルシプーのことはもちろん知っていた。エストニアで最高の自転車選手だと言っていた。
エストニアの人口を聞いてみたら、わずか150万人ということだった・・・どうりで人も車も少ないわけだ。

19IMGP5968_サイズ変更 19IMGP5981_サイズ変更
制限速度100km/hの道も全く怖くない         ビューーーーーーーーティフル!

19P1110300_サイズ変更 19この日の夕飯 カニカマの炊き込みご飯_サイズ変更
快適な湖畔のテン場                   このところのマイブームは炊き込みご飯

2011/8/20 土
始:9:15 ~ 終:17:10 走行:80km
Kehtna ~ Rapla ~ Tallinn ~ Viimsi

昨晩は22:00頃から雨となった。激しくはないけれど、一晩中降っていた。
夜が明けると雨は上がっていたが、どんより曇っていて寒い。日が出ないと一気に北の果てといった感じになってしまう。
撤収の準備をしていると、近くに住んでいるおっちゃんがやって来て、袋いっぱいの野菜とリンゴをくれた。ありがたい。一昨日に続いてこれで二回目、エストニア最高!

天気はよくないが幸い雨は降っておらず、出発の頃になるといくぶん空も明るくなってきた。
昨日に続き15号を北上する。
Raplaの手前から道路工事をしていて迂回させられたが、迂回路の標示は完璧だった。迂回路は幾重にも設定されていて、しかも道もきれい。一度も迷うことなく標示通り走って15号に復帰。
エストニアは実に素晴らしい国だ。
道で会う人も皆フレンドリーだし、道路も走りやすい。車が少ないことも幸いし、自転車の走行環境はドイツを上回っているかもしれない。何年後かにもう一度来てみたいと心底思った。
途中、ローディーとも何人かすれ違った。サポート・カー付きで集団走行しているロード・チームも対向車線を走ってきた。

ちょうどタリンに入ったところで、自転車道脇のベンチに座って休んでいると、一人のバイカーがやって来た。よく見ると、昨日49号で会ったおっちゃんだった。向こうもこちらのことを覚えていて、一緒に記念撮影。
昨日はお互い挨拶しただけで別れてしまったが、写真を撮った後で話をしてみると、オランダ人だった。自分らがユトレヒトから来たと知って大盛り上がり。
おっちゃんは御年68。何歳か聞いてみたら、よくあるように「何歳だと思う」と逆に聞かれ、68歳と答えるとピタリ賞だった。おっちゃん、大興奮。フロント・バッグから自分のIDを出して誕生日を見せてくれた。
もちろんおっちゃんもオランダから走ってきていて、ベルギー国境に近い自宅を出たのは7/20だそうだ。速い!もちろん細かなルートは違うけれど、自分らより二週間も後に出たとは・・・信じられん。
テントは持っておらず安宿に泊まりながらということであったが、走行記録を見せてもらったら、前後にパニア・バッグをつけたGIANTの28'のバイクで毎日休むことなく一日130km以上走っていた。いやはや、オランダの鉄人だ。
孫の面倒をみるため9/15には自宅に帰らねばならないらしく、今回の旅はタリンで終了とのことだった。タリンからストックホルムへフェリーで渡り、さらにドイツに渡って自走して帰ると言っていた。
毎年ヨーロッパのあちこちを自転車で旅していて、いろいろ面白そうなところを走っていた。大陸に住んでいると、いきなり自宅から自転車で旅を始められるから気楽だよなぁ・・・島国の日本からだと、いきなり船か飛行機で海を越えなきゃならないから・・・そもそもこれが最大の難関だ。
愛車のGIANTは4万キロ以上走っているそうだが、「ノートラブルだよ」と自慢していた。オランダ人の自転車らしく、前後のキャリアはいかにも頑丈そうなのがついていた。
「ポーランドの道は酷かったなぁ」と言っていた。激しく同意。やはりエストニアは素晴らしいと言っていたので、これにも同意。

おっちゃん(お互い名前を聞き忘れた)を見送ってから、自分らもタリンの市街へ。
15号で走ってきたところまではよかったのだけれど、町が大きくてその後は四苦八苦。
エストニアの首都であるタリンは、自分らの苦手な大都市だ。どこをどう走っていいのやら、さっぱりわからん・・・。
まずはスーパーで買い出しを済ませ、タリンの北にあるはずの、地図に出ているキャンプ場を目指す。今日はキャンプ場に泊まる気満々だったので、水も買わなかった。

タリンからViimsi方面に向かう海沿いの道は、自転車道が整備されていてとてもきれい。一帯が緑の多い公園のようになっていて、歩いている人や自転車に乗る人、インライン・スケートをやっている人がたくさんいる。
場所によってはトイレもあり、5☆の野営ポイントがドドーンとそこいら中に広がっている。が、今日のところはキャンプ場を目指してスルー。
今日はエストニアの祝日なのか、家々にはやたらと国旗が掲げられていた。車に立てて走っている人もいる。
青、黒、白の三色旗であるエストニアの国旗はとてもきれいで、自分はとても好きである。

ユトレヒト以降海沿いは走っていないから、よく考えたらバルト海を見るのもこれが初めてだ。
海を挟んだ対岸はフィンランドのヘルシンキ・・・距離にしてたったの70~80kmってところ。行ってみたくなる衝動に駆られるが、今回は見送る。また次回、是非ともベストシーズンに・・・。

Viimsiに向かう途中それっぽい看板が何もないので怪しいとは思っていたが、地図に示された場所付近にキャンプ場は見当たらなかった・・・。
今さら海岸に戻るのも億劫で、新興住宅地のようなところにあった小さな湖の畔に幕営。あぁどうせ野営になるなら海沿いにもっと快適な場所がいくらでもあったのに・・・。
しかも今日は手持ちの水がボトルの水も含めて3Lほどしかないから、少々ひもじい野営となった。

208/20出発の朝 近所のおっちゃんが大量のリンゴと野菜をくれた_サイズ変更 20IMGP5988_サイズ変更
今日も大量のリンゴと野菜をいただきました!

20後ろから走ってきたローディーのおっちゃん_サイズ変更 20オランダの鉄人_サイズ変更
ローディーもいる                      オランダの鉄人!

20IMGP6008_サイズ変更 20エストニアの国旗_サイズ変更
タリンの市街地に近づく                  今日は国旗を掲げている家が多かった

20バルト海_サイズ変更 208/20の野営地 Viimsiの湖畔_サイズ変更
バルト海に出る                       もっと快適なテン場がいくらでもあったのに・・・

2011/8/21 日
始:8:35 ~ 終:17:00 走行:88km
Viimsi ~ Maardu ~ Jõelähtme ~ Kiiu ~ Kuusalu ~ Loksa

朝から無風快晴。昨日の風はどこへやら・・・。
タリンから真東に1号がズドーンと延びているのだけれど、タリン市外から100kmほどの区間はおそらくアウトバーン。そうでなくともちょっと走りたくない感じ。
1号の北側の臨海地帯に広がる原野の中を走る。手持ちの地図には出ていないのだけれど、ありがたいことにJõelähtmeからKolgaの先までは1号と並走する道があった。

昼過ぎにKiiuのバス停で休憩していたら、ロード・レースの集団が通過した。南の方から走ってきて、Kiiuからは自分らの走ってきた道を逆走していった。
最初の集団はかなり気合が入っていて、はじめはプロのレースかと思った。が、間隔を置いていくつも集団が来たところを見ると、どうやら市民レースか何かのようである。
後の方に来た集団はかなり遅かった。MTBまで走っているし・・・。ロード・レースって遅いとまったく迫力がないもんだなぁ・・・。

Kiiuからしばらく走ったところから舗装途中の道に変わり、走りにくかった。そこを我慢して走り切ると、ようやくLoksa方面に北上する道とぶつかる。この道を北上して、地図上ではLoksa手前にあるはずのキャンプ場を目指す。
この道は素晴らしかった。
最初は明るい針葉樹の森の中を走る。森全体がテン場といった感じだ。
森を抜け、坂を上ると、緑の牧草地の先にバルト海が見える。素晴らしい・・・。
道路脇にあった情報板を見ると、Loksaの手前にキャンプ場などなかった。ショック!また地図に騙されたか・・・。

よく見ると情報板にはあちこちにテント・マークがついているけれど、どう見てもそれは所謂キャンプ場ではなくて、どうぞ勝手にキャンプしてくださいという意味だ。
今日もキャンプ場というかシャワーは諦めた。
エストニアは、野営地に関してはまったく事欠くことがないけれど、キャンプ場というやつは徹底的にないなぁ・・・。
おそらくエストニア人にしても外国人にしても、キャンピングカーとかトレーラーを引いてやって来るような人がほとんどいないのだろうな。事実、エストニアというかバルト三国ではその手の車をほとんど見かけない。

今日はタリンからほど近いMaarduで早々に買い出しをすべきだったのであるが、手前過ぎてスルーしたため水も食料もない。これでは満足に野営もできないから、なんとかしないといかん。
ちなみに、エストニアもスーパーの類は日曜でも開いている。日曜にキッチリ休んでいるのは、あくまでドイツ以西の話だ。
情報板によると4kmほど先にGSがあるらしいので、ひとまずそこへ行ってみたが、GSがあまりに小さすぎた。何も売ってねぇ・・・。
諦めてLoksaに向かう。途中、スーパーの袋を提げて歩いている人を見たときは小躍りしたい気分だった。

町に一軒だけあるミニ・マーケットで買い出しを済ませる。
夏というのに肌寒いのだけれど、疲れきったところで食べたアイスの美味しかったこと・・・。
そのまま海岸沿いに北上して、海の見える砂地の高台に幕営。海辺でキャンプするのなんて何年ぶりだろう・・・。
近くにオランダ・ナンバーのキャンピング・カーが一台止まっていた。ここではキャンピング・カーもやむなくこういうところに泊まっているのね。

218/21出発の朝_サイズ変更 21IMGP6043_サイズ変更
朝は霧が出ていてちょっと幻想的だった       快適な田舎道

21ロードレースと遭遇_サイズ変更 8/21の野営地 Loksaの海岸_サイズ変更
ロードレースと遭遇                    海辺の高台に幕営

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Trackback [0] | Comment [0] | Category [■ 073_Estonia / エストニア] | 2012.02.13(Mon) PageTop
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ツール・ド・バルト三国 (エストニア編) その2

2011/8/22 月
始:8:35 ~ 終:18:10 走行:86km
Loksa ~ Suurpea ~ Viinistu ~ Võsu ~ Sagadi ~ Haljala ~ Rakvere

突然だが、エストニアは西欧と1時間時差があったらしい・・・ま、よく考えりゃそうりゃそうか。
それにしても・・・いったいどこから時差があったのだろう。ポーランドは間違いなくドイツと一緒だったから、リトアニアからだろうか・・・。
ま、バスとか列車で移動しているわけではないから、今の自分らにとってはそれほど重要なことではないけれど・・・。

今日は一日雲が多く、ほとんど日が出なかった。幸いにも雨に降られることはなかったが、珍しく湿気があって不快だった。
まずはLoksaからさらに北に走って岬をグルリと一周する。
このあたりの海岸線は岬がポコポコといくつも突き出しているが、Loksaのある岬が最も北に突き出している。つまり、岬の先端まで行くと、エストニアの(島を除いた本土側の)最北端ということになる。

岬の先端まではLoksaから13kmほど。最後にダートの林道を走ると、ひょっこり先端部分に出た。
別段海がきれいなわけでもないし、何か石碑のようなものが立っていたりするわけでもない。来てみたところで特に何も感慨深いものはない場所だった。
すぐ西側に砂地が半島のように突き出していて、厳密に言うとそっちが最北端であるわけなのだけれど、今いるところよりちょっと北なだけだし、まったく惹かれない地形だし、そこまでは自転車で行けないし、アホらしいので行くのを見送った。
今いるところが今回の旅における最北到達地点ということになる。
岬の先端部分は明るい森になっていて、格好のテン場であった。

岬の先端から岬の逆側を走ってRakvereに続く道に出た。
途中にあったVõsuの町は、ごくごく小さな町であるが、ちょっとした観光地のような雰囲気を醸し出していた。
町の手前にキャンプ場があったのだけれど、時間も早かったのでスルーした。(後で考えたらここに泊まっておけばよかった・・・)
数が少ないためか、そのキャンプ場はやたらと混んでいた。

前方の空が暗かったが、幸い雨には降られずRakvereに入った。雨上がりであるらしく、湿度が高くて湿っぽい。
Rakvereは大相撲の大関・把瑠都の生まれ故郷である。
自分ら二人は大相撲の大ファンで、大相撲中継の「エストニア、ラクヴェレ出身・・・」という呼び出しだけを覚えていてなんとなくやって来た。が、ラクヴェレというのは県の名前でもあって、おそらく把瑠都はラクヴェレ県のどこかの出身である。
ラクヴェレに行けば何かわかるんじゃないの?ということだけを頼りに来てみたものの、さすがに把瑠都を匂わせるようなものは町中に何もなかった。

今日はラクヴェレでどこかキャンプ場か安宿に泊まろうと考えていた。
町中にどうやらキャンプ場らしきものはない。安宿の情報をもらおうとインフォメーションを探し当てて行ってみたら、(西欧時間のままの自分らの時計ではまだ16:00過ぎであったわけだが)17:00で閉まっていた。
それでも窓に町の安宿情報が張り出されていたので、一軒のB&Bに狙いをつけ住所をメモ。それにしても・・・高いな、エストニアの宿。ほとんど西欧並みだ。
メモした住所を頼りに郊外に向かった。が、行ってみたら家は留守だった・・・。そこには先ほどインフォメーションで会った、車で旅行中のオランダ人カップルが先に来ていて、どうやら電話をしたらしく満室だと教えてくれた。満室???まったくそうは見えないけどな・・・。いずれにしても家の人がいないのではどうしようもない。
諦めて今日もいつも通り野営することに。

町中のスーパーで買い出しをし、目をつけておいた町中の公園に幕営。
池のある広くてきれいな公園なのだけれど、如何せん人家が近すぎる。町中の野営はいつもドキドキするなぁ・・・。

22IMGP6066_サイズ変更 228/22の野営地 Rakvereの公園_サイズ変更
エストニア最北端(全然パッとしないけど・・・)    把瑠都もビックリ!ラクヴェレの公園

2011/8/23 火
始:8:45 ~ 終:13:00 走行:32km
Rakvere ~ Assamalla ~ Väike-Maarja

昨晩は22:00頃から雨が降り出し、明け方近くまで降り続いた。
朝になっても天気は優れず、今にも雨が降りそうである。が、町中の公園に停滞するわけにもいかず、そそくさと撤収。もちろんフライはびしょびしょのまま。
まずはこの先の安宿の情報をもらうため、インフォメーションに行ってみる。女の子が一人でやっていて、端末で親切にあれこれ調べてくれた。
帰りがけに、その女の子に把瑠都のことを聞いてみた。彼女は日本の相撲のことは一般知識として知っていたが、残念ながら把瑠都のことは知らなかった。

ラクヴェレからは一気に南下する。が、ポーランドを出て以来停滞なしで走り続けているので、だいぶ疲れが溜まってきた。今日はやたらと体が重い。いい加減にシャワーも浴びたい。
途中にキャンプ場があったら近くても今日はそこに泊まろう、という腹積もりで出発。
22号を南下する。今朝はさすがに町中の住宅地にある公園でキジを撃つわけにも行かなかったので、途中のポイント(ただの林)まで我慢して走った。

今走っているところは幸い雨が降っていないが、前も後ろも真っ暗・・・いつ雨が降り出してもおかしくない。
Väike-Maarjaに入ったところで、トレーラーハウスの絵が描かれた看板を発見。ちゃんとあることを期待して、今日はここに泊まることに決定。
まずはミニ・マーケットで買い出し。買い物をしている間に雨となり、しばし木陰で雨宿り。
雨が弱くなってから情報板でGSの場所を確認し、ガソリンを購入。
これで幕営の準備は整った。22号を折れて1.5kmのところにあるらしい宿に向かう。
標示がしっかりしていて実にわかりやすかった。着いた時ちょうどオーナーのおっちゃんが外に出ていて、温かく迎えてくれた。明るく親切なおっちゃんで、英語を話す。
ここまでどうもエストニアの宿とはうまく噛み合わなかったけれど、この宿とは縁があったらしい。キャンプもOKということなので、テントを張らせてもらうことにした。
道から見ただけではわからなかったが、大きな本宅の裏手に広大な草地があった。好きなところにテントを張っていいと言われたが、こう広いと逆に張る場所に迷ってしまう。とりあえず適当な場所に幕営する。
日本人が来るなんてのは初めてのことらしく、テントを設営しているとおっちゃんが写真を撮りに来た。

ここは林間学校みたいなので大勢で泊まりに来る場所なのか、設備がすごかった。
大人数で食事のできるやたらと広い食堂、シャワーは地下にあるのだけれど、同じフロアにジャグジー付きの浴槽、サウナ、そしてプールまである(シャワー以外は別料金)。
ちなみに、テント泊は二人で一泊5E。安い!
宿の水は地下60mから汲み上げているらしく、そのまま飲める。
キッチンには奥さんもいて、近くで採れるらしいキノコが山積みになっていた。

何はともあれシャワー!シャワー!
15日ぶりのシャワーは死ぬほど気持ちよかった。広いし、お湯は熱々だし・・・もちろん全身を二回ずつ洗う。
シャワーの後はひたすら洗濯。他に誰もいなかったのでシャワー室を快く貸してくれた。
洗濯後は、二階がよく乾くと言ってわざわざロープを張って洗濯物を干させてくれた。

洗濯がほぼ終了した頃、やはり自転車で旅しているオランダ人夫婦がおっちゃんに案内されてやって来た。
後で話をしたら二人とも62歳。エピーとロルシェのウィズマン夫妻。
日本を旅立って以来、オランダ人とはよほど縁がある。
それにしてもすごいな、オランダ人は・・・いったいどんだけ自転車好き、そして旅好きなんだ?
ウィズマン夫妻も今回は6週間といっていたが、やはり毎年のようにあちこち自転車で旅している。60歳を過ぎて自転車で国外を旅するこのバイタリティーには脱帽です。

二人ともバイクはヤン・ヤンセンで、エピーの方がトレーラーを引いて走っている。自分らがヤン・ヤンセンを知っていると聞くと、「おぉ・・・ヤン・ヤンセンを知っているのか」と嬉しそうだった。
'68年にツールで初めて勝ったオランダ人であるらしい・・・いや、それは知らんかった。ヤン・ヤンセンの自転車を知っているだけだから・・・。
ヤン・ヤンセンってそういうブランドだったのか・・・素性としてはエディ・メルクスやコッピ、レモンと一緒だ。
ともかくヤン・ヤンセンはエピーのヒーローであるらしく、熱く語っていた。自分にとってのパンちゃんと一緒だ。
ロルシェの方が「バルト三国は貧しい国だわね」と言っていたのも印象的だった。確かにオランダと比べたら相当貧しいわなぁ・・・エストニアはかなりいい線行ってると思うけどね。
オランダ人は会う人会う人皆フレンドリーで印象がいい。

ウィズマン夫妻と楽しくおしゃべりしていると、唐突に雨が降ってきた。シャワーを浴びると言う夫婦と別れてテントに戻る。
雨が強くなって自転車を東屋の下に避難させていたら、宿のおっちゃんがわざわざこっちまでやって来て、「部屋に泊まらないか」と何度も勧めてくれた。
せっかく親切で言ってくれているのに悪い気はしたのだが、テントを張ってしまったことだし、今さら荷物を移動するのも面倒で丁重にお断りした。頑固だと思われたかな・・・。
雨は30分ほどでやんだけれど、せっかく乾きかけた草地がまたびしょびしょに・・・まったく雨は憂鬱だ。

23P1110322_サイズ変更 23管理人のおっちゃんと_サイズ変更
念願のキャンプ場!                    いろいろよくしてくれたロッジのおっちゃん

2011/8/24 水
始:10:15 ~ 終:18:15 走行:100km
Väike-Maarja ~ Jõgeva ~ Kaarepere ~ Tabivere ~ Kärkna

昨晩は暗くなってから濃霧となった。本宅のトイレに行ってテントに戻るとき、広い敷地内で遭難しそうなほどだった。
夜が明けてからも依然として霧が濃い。
朝食後テントを干している間に本宅へ行き、ウィズマン夫妻とおしゃべり。そしてアドレス交換。
二人とも自転車が大好きで、話をした感じだと、各人が最低三台は所有しているな・・・我が家と同じだ。
ヤン・ヤンセンのバイクもじっくり見させてもらった。いかにも丈夫そうで、よくできたバイクだ。やっぱダッチ・ブランドのバイクが一台欲しいなぁ・・・。
二十数年使っているというトレーラーは古いタイプで、リア・ステーに固定するタイプだった。ここにキャンピング・チェアーまで積んで走っている。「私たちの家みたいなものね」と冗談交じりで話していた。
ちなみに、自転車のトレーラーというのは日本ではまずお目にかからないが、オランダやドイツではポピュラーだ。荷物のほかに子供を乗せたり犬を乗せたりしてよく走っている。

二人の出発を見送ってから、自分らもテントを撤収して出発。
宿のおっちゃんも実に親切でいい人だった。マイペースでひょうきんな人だったなぁ・・・。
10:00頃になると青空が広がってきた。ちなみに時間は西欧時間で記述している(エストニア時間は1時間早い)。面倒なので、バルト三国はこのまま西欧時間で乗り切ることにする。

今日は22号、39号とつないでTartu方面へひたすら南下。
Jõgeva以降スーパーがなく、Tartuまで行かないと買い出しできないかなぁと思い始めた矢先、運良くLähteでミニ・マーケットを見つけて買い出しできた。これでどこでも幕営可能。
今日のテン場は、情報板にあったSojamaaのちょっと先のフリーのキャンプ・サイトを考えていた。
エストニアは所謂キャンプ場は少なく、たいてい昨日泊まったようなロッジの敷地内でキャンプもできるといった風であるけれど、代わりにフリーのキャンプ・サイトがけっこうある。もちろん水やシャワーはないけれど、運がよければトイレくらいはある。

情報板の地図を写真に撮って目的のキャンプ・サイトへ行ってみたが、それらしいものはなかった・・・。
ま、こんなことも間々ある。もうすっかり慣れたわ。エストニアの情報板もけっこう当てにならんのだ。
仕方なく来た道を少し戻り、41号に入ってすぐの池の畔の草地に幕営。

24キャンプ場で会ったオランダ人夫婦_サイズ変更
オランダ人バイカーのエピー&ロルシェ

24夫婦の出発を見送る_サイズ変更
ヤン・ヤンセンのバイクで颯爽と出発

24キャンプ場のおっちゃんが見送りに出てきてくれた_サイズ変更 24IMGP6103_サイズ変更
ロッジのおっちゃんに見送られて            今日も快調に走る

24IMGP6106_サイズ変更 24地図の通り行ってみたら何もなかった_サイズ変更
すごい雲・・・                 この先にテント・サイトがあるはずが・・・

248/24の野営地 41号に入ってすぐの池の畔_サイズ変更
結局ちょっと戻って池の畔に幕営

2011/8/25 木
始:9:35 ~ 終:16:45 走行:87km
Kärkna ~ Melliste ~ Mooste ~ Põlva ~ Välmela

今朝も酷い霧だったが8:00頃には消え、その後は快晴となった。
ここから10kmほど南にあるTartuは、昨日の宿のおっちゃんの話だと大学のある学生の町。地図を見るとけっこう大きな町っぽいので迂回する。
39号からすぐ42号に入り、3号をちょっとかすめ、44号、45号とつないでTartuの東を南下する。エストニアの道はどこまでも快適だ。
Moosteで45号を外れ、162号でPõlvaへ。Põlvaで水5Lと食料の買い出し。
Põlvaからは、テン場を探しながら64号をVõruへ向かった。できればVõruに入る前に幕営したい。
64号沿いは疎らに人が住んでいてなかなかテン場が見つからず、なんだかんだで結局、Võruの手前5~6kmのところにあるVälmelaまで来てしまった。
またしても湖の畔にトイレのある草地を見つけ、そこに幕営。
湖岸には簡素な桟橋もあり、近所の人たちが数人、泳いだり日光浴をしたりしに来ていた。安心して幕営できる格好のテン場だ。エストニアでは終始テン場に恵まれた。
明日は再びラトヴィアに入る。エストニアを走れるのもあと少しだ。数年後にまた来てみたいもんだなぁ・・・。

エストニア語でロシアのことはVenäjä、ドイツのことはSaksaと言うらしい。英語やドイツ語とはまったく響きが違っているところが面白い。
ちなみに、エストニア、ラトヴィア、リトアニアの三国で言葉はまったく異なる。食品なんかに書いてあるそれぞれの国の言語を比較してみると、まったく類似性がないと思えるほどの違いがある。

258/25出発の朝_サイズ変更 25IMGP6144_サイズ変更
快晴の下出発                       エストニアよいとこ一度はおいで

25P1110327_サイズ変更
今日も湖畔に幕営

Trackback [0] | Comment [0] | Category [■ 073_Estonia / エストニア] | 2012.02.14(Tue) PageTop
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Author:nakappie
1970年生まれ。妻と二人信州伊那谷在住。
2009年10月~2013年5月の旅を記録するために”なかっぴー通信”をスタートさせました。
現在は伊那谷にて節約生活をしながら充電中。
2014年4月、ブログのタイトルを”なかっぴー通信NEO”に改めました。
信州伊那谷より~旅のこと、山のこと、自転車のこと、そして田舎暮らしのことなどなど・・・気ままに綴ってゆきます。
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