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肥沃な穀倉ウクライナはこの世の楽園 その1 オクサーナと愉快な仲間たち

2011/9/12 月
始:8:40 ~ 終:17:10 走行:54km
Turka ~ Dubienka ~ Zagórnik ~ Matcze ~ Horodło ~ Zosin ~ 国境 ~ Устилуг ~ Володимир-Волинськии

今日も快晴!朝から暑い。早朝に釣り人がやって来てゴムボートで出撃して行った。
このあたりの蚊は、日暮れ時にはあんなにいるのに、夜とか朝にはどこかへ消えてしまうから不思議。おそらく気温が下がると動けなくなるのだと思う。

今日はテントを乾かしてから出発。一路ウクライナを目指す!ところだったのだけれど、30分ほど走るとドーズの後輪がいきなりパンク・・・えらい勢いで空気が抜けた。
無敵のマラソン・プラスを履いているのだから、もちろんリム打ちによるパンク。穴は一ヶ所、大きなやつが開いていた。チューブを交換し、この機会にリム・フラップも交換。
気を取り直して再スタート。
途中のDubienkaで水を買い足し。町の広場にまたもT34がドーンと置かれていた。一応ソ連軍によって解放されたということか・・・。

12IMGP6584_サイズ変更 12IMGP6587_サイズ変更
パンク修理中の図                     気を取り直してウクライナ国境を目指す

ひたすら国境のBug川沿いに南下し、816号を終点まで走ったところで74号と合流。東側がすぐウクライナの国境になっている。
このZosinの国境は、8t以上のトラックが通行不可になっていた。昨日12号にトラックの長蛇の列ができていたのはそのためか。
国境には乗用車の列ができていた。よく見るとすべてウクライナのナンバー。ポーランド・ナンバーの車は横をすり抜けて隣のゲートから入っている。
自転車も前に行っちゃって大丈夫だとウクライナのおっちゃんが教えてくれたので、ポーランドの車の列へ。
久々の国境越えだぁ・・・自分らの番が来てパスポートを差し出すと、即座にポーランドの出国スタンプを押してくれた。が、問題があるという話・・・。
何故だか知らないが、国境の橋を自転車では渡れないから車に乗せると言う。もちろん道路が自動車専用道ということはないのだが、そういうことらしい。
係官が交渉してくれて、これからウクライナへ戻る夫婦のバンに乗せてもらえることになった。
夫婦の名前はサーシャとナタリー。
自転車を二台荷室に担ぎ上げ、自分は荷室、マユミはナタリーの隣に乗せてもらって国境の橋を渡る。
時差が1時間あり、時計を1時間進める。

橋の先のウクライナの入国手続きがけっこう時間を要している様子。
待ち時間の間、サーシャとナタリーにウクライナ語をちょっと教わる。ウクライナ語で「こんにちは」は「ドブリー・デン」。ポーランド語では「ジェイン・ドブレ」だから、比較的近い。
ようやくサーシャの車の番が来て、四人でイミグレへ。
係官にどこへ行くのか聞かれる・・・おぉぉそうだった、そうだった、イミグレではそんなこと聞かれるんだった。ルートも何も決まっていなかったから、咄嗟にキエフと答える。
「宿は決まっているの?」・・・おぉぉそうだった、そうだった、そんなことも聞かれるんだった。正直に決まっていないと答えると、入国スタンプを押してくれた。

イミグレの先にあるゲートの外までサーシャの車に乗せてもらって、そこでお別れ。ジャークユ(ありがとう)!
越境に一時間半ほどかかった。
おぉぉウクライナ!文字がキリル文字になってまったく読めない・・・。

国境に車の列ができていた割りに、ウクライナに入った途端パタッと車がいなくなった。
幸運にも国境の町УстилугにATMがあったので、とりあえずウクライナのお金を下ろす。ウクライナの通貨はゲリブナ(UAH)で、レートは1E=11.4UAHといったところ。
雰囲気がヨーロッパからガラリと変わった。独立して20年になるはずだけど、未だに西欧の影響はほとんど受けていないように見える。
素朴で明るくフレンドリーなウクライナ人・・・どこかブラジル人に通ずるものがある。
それにしても目立つなぁ、自分ら。アジア系というだけで珍しいのに、自転車なんぞに乗っているものだから余計に目立つ。
あちこちで声をかけられまくる。標識の前で読めないキリル文字と格闘などしていようものなら、「どこに行きたいの?」と即座に声がかかる。

とりあえず国境から伸びる幹線を走って、Володимир-Волинськииという大きな町まで移動。
ここで食料と水の買い出し。スーパーの類はなく、いかにも旧社会主義的な対面販売の商店がとても新鮮に映る。新鮮だけど、手にとって商品を見られないからちょっと面倒。物も圧倒的に減った。

買いだしを終えて走り始めるとすぐ、道に迷った。と言うか、走ろうと思っていた道なのか今ひとつ確信が持てない。
ちょうど川岸にいいテン場があったので、今日はここでいいか・・・ってことですぐに偵察。
町の人たちがよく水浴びに来る場所のようである。仕事帰り風の人が自転車で乗りつけておもむろに水浴びしたりしている。
ここにヴィタリクとヴィクトルがいた。二人で漫才でもやっているかのような妙に明るいおっちゃん二人で、自分らがここでキャンプすることを知ると、しきりに何かを言ってくれている。が、一言もわからん・・・。「こんなところに泊まらずうちに来い」みたいなことを言ってくれてるような気がするが・・・。
「今晩はここでキャンプするよ」と言い張ると、しばらくして二人は帰って行った。ホント、ブラジル人に通ずるものがあるなぁ・・・このホスピタリティーの高さは。

幕営してテントの中で寛いでいると、次から次に水浴びの人たちがやって来る。
その中に近所の小さな女の子二人組がいて、自分らに興味津々。テントから離れなくなってしまって困ってしまった。
夕食の支度もできず困っていると、見た顔のおっちゃんが水浴びをしている。ヴィタリクだ。おそらく自分らのことが心配で、わざわざ様子を見に戻ってきてくれたのだと思う。
「テントをたたんでうちに来い」と言ってくれている(たぶん)。
今さらテントをたたむのも面倒だが、女の子が離れず困っていたところだし、お言葉に甘えることにした。急いでテントを撤収し、自転車に荷物を積む。
やはり水浴びに来ていたおっちゃんにヴィタリクが、「お前がこの子らを家に送っていけ」(すべて想像)と言うと、女の子たちも素直に従ってそのおっちゃんについて家に帰った。

ヴィタリクの自転車に先導されて町に戻る。相変らず自分らは注目の的。
着いたところは感じのいい素敵な一軒のお家。ヴィタリクがその家に入っていくと、すぐに一人の女性が迎えに出てきてくれた。彼女の名前はオクサーナ。
家には他に19歳の女の子マーシャと、16歳の男の子ボグダンがいた。
普通ならこの状況は・・・ヴィタリクが家に帰って奥さんのオクサーナが夕食の準備中、二人の子供が手伝いをしているところ、と見て間違いないと思う。が、後でわかったのだけれど、どうやらオクサーナが奥さんというわけではないし、マーシャとボグダンがどちらかの子というわけでもない。
なんとも不思議な人間関係・・・でも温かい人たち。

オクサーナが夕食の準備をしている間に、お湯で体を流させてもらった。(オクサーナが電話した英語の話せる友人の話によると)ウクライナでは夏の間シャワーの温水が出ないらしいのだが、わざわざ大きな鍋にお湯を沸かしてくれた。
マーシャとボグダンはどこかへ出かけてしまい、夕食はオクサーナとヴィタリク、自分らの四人でいただいた。
オクサーナの料理はべらぼうに旨かった!
そして二人とも酒の強いこと・・・乾杯してはグラスのウォッカを一気に空け、後から炭酸水を流し込む。なんでそんな飲み方をするのか知らないが、じっくりだらだら飲み続ける日本の飲み方とはまったく違っていて、一気に飲んで早めに上がる、そんな感じ。
ちなみに、オクサーナたちは「Sake」という日本語を知っていて(と言うより日常的にウォッカのことをサケと呼んでいる節がある)、乾杯のたびに「サケー!」「サケー!」と叫んでいた。

オクサーナとヴィタリクも息の合った漫才コンビのようである。二人とも底抜けに明るい。
あぁぁ少しでもウクライナ語がわかればなぁ・・・言葉がまったく通じないので全身を使って、そして紙に絵を描きながら会話する。それでも不思議と話が通じて打ち解けてゆく。
ちなみに、自分らが幕営しようとしていた川原のあたりには時々頭のおかしな人が現れるということであったらしい。(二人とも絵が上手すぎて、どういった類の人なのかはまったくわからなかったけれど・・・)
それで心配したヴィタリクが言葉も通じない小汚い外国人を家に連れてきたというわけなのだけれど、果たして同じことが日本にいるとき自分らにできるだろうか???

そのうちにマーシャとボグダンが帰ってきた。学校の先生をしているというマーシャはちょっとだけ英語を話せるのだが、またすぐ出かけてしまったので、ボグダンにキリル文字を教わる。
この発音は・・・長年日本語だけに慣れ親しんできた日本人にはとても無理だな。
ちなみにウクライナの人たちは、同じようにキリル文字を使っているブルガリア語、そしてキリル文字ではないけどルーマニア語は、似ていてなんとなくわかるらしい。

酒を飲んだりお茶をいただいたり、スモーカーのオクサーナと一緒に庭でタバコを吸ったりしながらすっかり楽しい時間を過ごさせてもらった。
今晩は即席で準備してくれた書斎のソファ・ベッドで快適に休ませてもらった。
夜更かしもテント以外で寝るのも実に久しぶり。

12ポーランド側の国境ゲート_サイズ変更 12車に乗せてくれたサーシャとナターリャ_サイズ変更
ポーランド側国境ゲート                 車に乗せてくれたサーシャ(右)とナタリー(左)

12無事にウクライナへ サーシャの車から自転車を降ろしたところ_サイズ変更 12ウクライナ突入_サイズ変更
ゲートの先まで乗せてもらった・・・ジャークユ!   ウクライナ突入

12川に水浴びに来ていたヴィタリクとヴィクトル_サイズ変更
水浴びに来ていたヴィタリク(右)とヴィクトル(左)に会う

12IMGP6610_サイズ変更 12IMGP6613_サイズ変更
アヒル隊長もいる川で・・・                水浴びをする女の子二人・・・

12テントから離れなくて困った_サイズ変更 12IMGP6619_サイズ変更
テントから離れなくなってしまった           テントを撤収してヴィタリクの(と思っていた)家へ

12オクサーナとヴィタリク_サイズ変更
オクサーナの写真がこんなブレたのしかなかった・・・すまん、オクサーナ

12P1110405_サイズ変更
オクサーナの作ってくれた夕飯・・・激ウマ!

12マーシャとボグダン_サイズ変更
マーシャ(左)とボグダン(右)

2011/9/13 火
始:12:10 ~ 終:16:10 走行:44km
Володимир ~ Волинськии ~ Павлівка ~ Горохівの手前

朝はのんびり寝させてもらった。今日も雲ひとつない快晴!
9:00前に起きると、オクサーナとマーシャが朝食の準備中だった。朝食ができるまで素敵な広い庭をぶらぶらさせてもらう。庭で野菜や果物をいろいろ作っていて、ぶどうや洋ナシももぎってそのまま食べられる。

四人で朝食をいただく。朝食もべらぼうに旨かった!
ボグダンは学校へ行ったらしい。「ヴィタリクは仕事?」とマーシャに聞いたら、「家に帰った」と・・・。ここはヴィタリクの家じゃなかったのか!
完全に家の主のようにリラックスして勝手気ままにやっていたから、結婚していないというだけでてっきりここに住んでいるのかと・・・。
ますますここの人たちの人間関係がよくわからなくなった。ここはオクサーナの家であるらしい。
オクサーナのことはフレンドだとマーシャは言っていた。が、40歳のオクサーナと19歳のマーシャが友達というのもちょっと不自然。おそらくオクサーナの親戚か友人の子なんだろうな、ボグダンと姉弟二人ここに住んでいるわけだから・・・。

しばらくするとヴィタリクとヴィクトルが酒を持って自転車でやって来た。
朝から「サケー!」と楽しそうに飲み始める三人。グラスのウォッカを一気に空け、炭酸水を流し込む。
この三人は友人なのだと思うのだけれど、本当に仲がよくて、見てるとさしずめ息の合った漫才トリオ・・・。「トリオ・ザ・ウクライニィ」と勝手に命名させてもらおう。
11:00前にマーシャも学校に出かけた。
その後もしばらく皆で談笑。居心地よすぎてだんだん去り難くなってくる。

すっかり長居させてもらったが、昼過ぎにオクサーナの家を後にした。
出掛けに、オクサーナは水のほか持ちきれないほどのぶどうと洋ナシを持たせてくれた。
お返しできるようなものを自分らは何も持っておらず、せめてもと折り鶴を渡したら、逆にオクサーナはヴァイオリンを弾く天使の置物をくれた。自分がヴァイオリンを弾くということで記念にと・・・。
一晩泊めてもらっただけなのに、別れるのが妙に辛い。

自分らの行き先を聞くと、ヴィタリクが道の分岐のところまで自転車で送ってくれると言う。
家の外でいつまでも見送ってくれているオクサーナとヴィクトルに見えなくなるまで手を振って、目的の道が分岐するところまでヴィタリクに先導してもらった。
オクサーナの家の住所は聞いたから、日本に帰ったら必ず手紙を書こう。この人たちのことは一生忘れまい。

ヴィタリクにお礼を言って別れ、目的の道を南へ向かう。
道の状態が少々心配で幹線で大回りしようか迷っていたのだが、「小さな村を抜けて走った方がきれいよ」(すべて想像)というオクサーナの助言に従って当初の予定通り細い道を走ることにした。
ちなみに、昨日ヴィタリクたちと会う前に走りかけた道とはやはり違っていた・・・。

素晴らしい・・・。
見渡す限りどこまでも畑が広がっている。緩く起伏しながらどこまでも続く畑の緑と空の青。
そして素朴で人懐っこいウクライナの人たち。どこかこの世の楽園のようなところだ。
畑の広大さはちょっと今まで見たことないくらいのスケール。
自分が中高で地理や歴史を習った頃、ここはまだソ連の一部だった。ウクライナ=ソ連の穀倉地帯と習ったことを覚えているけど、まさにその通りだったろう。ここは世界でも有数の穀倉地帯であるに違いない。
ものすごく広大な畑なんだけど、農作業には今でもけっこう馬を使っていたりする。馬車がパカパカと道をのんびり走ってきたりする。
車はほとんど見かけない。(ちなみに車は旧ソ連というかロシア製のLADAが圧倒的に多い)
たぶん楽園というのはこういうところを言うのだろう。

他にウクライナといえばどんなことを連想されるだろうか。
美人大国?これは間違いない。噂にたがわぬ美人大国である。
それからチェルノブイリのことだろうか、旧ソ連時代の負の遺産の。
ちなみに、チェルノブイリの町は首都キエフの北、ベラルーシとの国境近くにある。

さて、道の周りは延々と畑だけれど、時々地図にはない小さな湖があってそこに幕営できそうである。
Горохівの10kmほど手前のところに感じのいい小さな湖を見つけ、ちょっと早いけど幕営することに。
付近を偵察していたら、またも自転車に乗った少年二人に見つかってしまった。早く帰らねぇかなぁと思いつつ適当に相手をしていると、30分ほどしてもう一人、三角乗りの自転車で現れた。
最初は新手が来たかと思ったが、どうやら二人を呼びに来たらしい。三人揃って帰って行った。
その隙に、湖畔の小さな柳の木陰に幕営した。

いい国だな、ウクライナ。
ちなみにこの時季のウクライナはまだ暖かい。気持ちのいいそよ風が吹いていて実に爽快。
日差しは強烈だけど暑すぎず、カラッとしていて気持ちいい。時季的にちょうどよい頃なのかもしれない。

日暮れ時、先ほどの少年の一人がテントの近くまでやって来て夕焼けを眺めていた。
なかなか粋なことをするじゃないか(生意気にタバコ吸ってるけど・・・)。一緒に座ってしばし夕焼けを眺める。
とても美しい夕焼けだった。

13庭で野菜や果物を収穫_サイズ変更 13次の日の朝食_サイズ変更
庭で野菜と果物を収穫                  朝食も激ウマ!

13ヴィタリクとヴィクトルがやって来た_サイズ変更
朝食後にヴィタリクとヴィクトルが酒を持ってやって来た

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トリオ・ザ・ウクライニィ

13IMGP6621_サイズ変更 13IMGP6625_サイズ変更
馬車の走るのどかな道                  畑で農作業をする人たち

13IMGP6626_サイズ変更 13IMGP6639_サイズ変更
時折り馬車を追い越しながら・・・            この世の楽園をゆく

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牛もたくさんいる                      気持ちのいい湖畔に幕営

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日暮れ時に戻ってきた少年と一緒に・・・       しばし美しい夕焼けを眺める

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Trackback [0] | Comment [0] | Category [■ 077_Ukraine / ウクライナ] | 2012.02.18(Sat) PageTop
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肥沃な穀倉ウクライナはこの世の楽園 その2 このホスピタリティーの高さはいったい・・・

2011/9/14 水
始:9:30 ~ 終:15:30 走行:58km
Горохів ~ Бтоянів ~ Радехів ~ Лопатин

朝、テントに次々人がやって来た。
最初にやって来たのはナターシャという女の子。ノートとペンを持ってやって来て、名前を書いてくれと言う(たぶん)。
マユミと二人で名前と住所を書いてあげると、していた指輪の一つをマユミにくれた。ばかりか、ペンまでくれた。
お返しに鶴を折ってあげようとしたのだが、忙しそうにそそくさと家に帰ってしまった。
昨晩犬の散歩に来たおっちゃんが顔を出し、次に来たおばちゃんはたくさんのリンゴとトマトを差し入れしてくれた。おばちゃんは、「家に朝食を食べに来い」というようなことまで言ってくれていたような気がする(たぶん)。
このポスピタリティーの高さはいったい・・・。

テントで出発の準備をしていると、学校に行く準備をしてナターシャがもう一度やって来た。今度は友達も一緒。
ちょっとはにかんだ感じのシャイな友達の名はスビヤータ。左腕を怪我しているようで、ナターシャがカバンを持ってあげていた。
二人に折り鶴をあげたらとても喜んでくれた。よかった、よかった。
学校に行く二人をマユミと一緒に見送る。何度も何度もこちらを振り返って手を振っていた。

それから昨日の少年二人ともう一人の悪ガキ・トリオが、自転車に三人乗りしてやって来た。見てるとなんだかスタンド・バイ・ミーの世界。
「学校行く前にもう一度昨日の日本人のところに行ってみようぜ」というノリでやって来たに違いない。
写真を一枚撮ってやると、三人揃って学校の方へ走って行った。途中で転んだり、牛の横を通るとき威嚇されて横っ飛びで逃げたり・・・本当にスタンド・バイ・ミーのワンシーンを見ているようだった。景色もきれいだし、ホント映画にでもなりそうな光景。

最後、出発直前に歩いてやって来たおっちゃんはタバコをたかりに来ただけだった。これもご愛嬌。
天気は朝のうち雲が多かったが、昼から晴れた。日が陰っていてもまったく寒くないからありがたい。

ウクライナに入ってからまったく距離が伸びなくなった。道が悪いせいもあるけど、何よりのんびりした空気が心地よくてシャカリキに漕ぐ気にならんのだ。
シャカリキに漕いだところで行く先は地平線・・・。のんびり走らないともったいない。
風を感じ匂いを感じ、景色を噛み締めながらポレポレ走ることにしよう。一日50kmも走れりゃ上等だ。

ウクライナでは今でも、馬車が人の足として第一線で活躍している。つまり人を乗せる商売としてではなく、あくまで自家用として。
荷物を運んだり、じいちゃんとばあちゃんが仲良く座って移動の足に使っていたり、一家に一台といった風の活躍っぷり。なんかいいなぁ、こういうの。
もちろん馬車も右側通行である。

見たところ、ウクライナには欧米の大量消費の物質文化というものがまだほとんど入っていない。キエフのような大都市はおそらく事情が異なるのであろうが、薄型TVなんてものはないし(我が家にもないけど・・・)、インターネット?無線LAN?何ですかそりゃ?という世界だ。何もかも物がない。
でも、それでいいのだと思う。自国のペースでのんびり発展していけばいいだけの話だ。
人間側の準備が整っていないのに無闇やたらと無節操に物だけ入れてしまうと、自分を見失ってしまうことになる。中南米の多くの国々、もしくはポーランドあたりのように・・・。

Радехівの町で水5Lと食料の買い出し。食材も圧倒的に減った。
ところで、ウクライナも含めヨーロッパの人たちは、魚はもちろん実は肉もあまり食べていない。これならむしろ日本人の方がよほど食べている。
動物性タンパク質はほとんど乳製品から採っているといった感じだ。

РадехівからЛопатинに至る道は特筆ものの悪さだった。アスファルトが剥がれまくっていて、深さ10cm以上の穴だらけ。
が、ここまで悪いと車も皆止まりそうな速度で走っているから、車の巻き上げる埃に悩まされることもなく、自由にライン取りのできる自転車にとってはむしろ快適だ。もちろん車が少ないということが大前提だけれど・・・。

Лопатинを過ぎてちょっと走ったところにウクライナ初の休憩所を発見。
リトアニアあたりと同じ標識があって見てみたら、広くて快適な格好のテン場だった。
まだ時間は早かったけれど、すかさず幕営を決め込んだ。

(朝、ナターシャという女の子がテントにやってきた。しきりに「手を出せ手を出せ」という仕草をするので手を出してみると、なんと私の手に指輪をはめてくれた。えぇぇ!こんなこと、夫にもしてもらったことないよ、大感激!!!何故か赤のボールペンまでくれた。そしてササッと帰ってしまった。その後、登校前にまた来てくれたので、一緒に写真撮ったりツルを渡すことができた。近所のおばちゃんが持ってきてくれたトマトとリンゴもとても美味しかった。昨日のオクサーナのところといい今朝といい、ウクライナでは毎日驚くことがいっぱい。すごすぎる、ウクライナ。道は悪いけど景色はきれい。いいところだなぁ。 マユミ)

リンゴをくれた近所のおばちゃん_サイズ変更
たくさんのリンゴとトマトを差し入れしてくれたおばちゃん・・・(後で考えると)たぶん食事にも招いてくれていた

ナターシャとスビヤータ_サイズ変更
しっかり者のナターシャ(右)とはにかみ屋さんのスビヤータ(左)

悪ガキ三人組_サイズ変更
スタンド・バイ・ミーな悪ガキ三人組

タバコをたかりにきたおっちゃん_サイズ変更 IMGP6653_サイズ変更
最後にタバコをたかりに来たおっちゃんはご愛嬌   のどかなテン場を後にする

IMGP6659_サイズ変更 IMGP6666_サイズ変更
なかなかキリル文字に慣れない・・・          アヒルがたくさんいる

IMGP6667_サイズ変更 IMGP6675_サイズ変更
行く先は地平線・・・

IMGP6682_サイズ変更 9/14の幕営地 道路脇の休憩所_サイズ変更
咲き乱れる菜の花                     道路脇の休憩所に早々に幕営

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肥沃な穀倉ウクライナはこの世の楽園 その3 瀕死のドーズ・・・

2011/9/15 木
始:9:25 ~ 終:12:30 走行:37km
Лопатин ~ Станіславчик ~ Берлин ~ Броди ~ Суxоволя

昨日休憩所に着いて以降朝まで誰も来ず、とても静かな夜だった。21:00頃唐突にパラパラと雨が降った。
朝起きると快晴!澄んだ空気、森の匂いがとても気持ちいい。
まだひんやりとした空気の中を爽快に走る。馬車に乗る人、自転車に乗る人、バスを待つ人たちと挨拶を交わしながら・・・。
やはり自転車は旅の道具として最適だ。土地の人に対して威圧感がなく、目線の高さも一緒。特に警戒することもなくいろいろ声をかけてくれるし、こちらからも声をかけやすい。

Бродиというのがそこそこ大きな町で、そこでいったん道が幹線のM06と合流。
地図とちょっと違っているのでGSで道を聞き、教わったとおりРівне方面にちょっと走るとТернопілb方面への道が分岐していた。
M06はとてもきれいな道路だったけれど、どの国でもそうであるように面白い道ではない。小さな町や村を通らないからだ。距離を稼げるだけの何の面白味もない道、そんな感じの幹線である。
分岐した道は相変らずののどかな田舎道で、実に気持ちがいい。もちろん馬車も走っている。

景色を楽しみながらのんびりと走り、Суxоволя村に入ったところで事件は発生。
「ドンッ、グシャッ、キャー」
一瞬何が起こったのかわからなかったが、ビックリして後ろを振り返るとマユミのドーズが水色のLADAに追突されていた。
は?・・・こんな見通しのよい広いところで?・・・道路の端を走る自転車に車が突っ込んだ?・・・状況がまったく理解できずに固まってしまった。
よそ見しながら路肩に止めようとしていて突っ込んだ・・・のか?いったいどんだけよそ見してんだよーーーーー!
止まる寸前くらいの速度だったろうから幸いマユミ自身は腕と足をちょっと擦りむいただけ、それはすぐに見て取れた。が、ドーズが・・・グチャグチャで一見再起不能に思えた。
マユミも体はなんともないはずなのに、瀕死のドーズを見て「もうダメだぁ・・・」と泣いている。
ホイールが三つに割れ、裂けたチューブが露出している・・・内臓が飛び出しているようにも見えてとても痛々しい。
終わったか・・・これからのことを考えて一瞬頭の中が真っ白になった。

おっちゃんにさんざん文句を言ってみたものの、まぁ文句を言っていても始まらない。
三人で目の前の家に自転車を運び込む。その家は半ばおっちゃんの知り合いのような家だった。
ドーズの状態は・・・リアのホイールとフェンダーがグチャグチャ。リムが三つに割れ、中のチューブも裂けてしまった。あぁぁこの間交換したばかりなのに・・・。
フレームは特に問題ないように見える。もちろん楽観はできないが・・・。
状況は飲み込めたものの、さてどうしたものか・・・すっきり晴れた青空の下、そして僕は途方に暮れる。こんなところでまともなホイールが手に入るとは到底思えない。

とりあえずグチャグチャになったホイールだけ持って、おっちゃんの車で近くの町まで行って自転車屋巡りをすることに。
おっちゃんの名前はユルジン。ぶつけられたことはともかく、あれこれといろいろ誠実に対応してくれた。こんな時誠実に対応してもらえるのはありがたいものである。
こんなウクライナの片田舎でまともな部品など手に入るまいと半分諦めつつ、来た道をБродиまで戻った。
自転車屋ともバイク屋とも雑貨屋ともつかないところを三軒ほど回ってみたが、26inのホイールしかない。(逆に26inならこんなところでもちょっとスポーティーなホイールが手に入るのか、とちょっと驚いた。)
ユルジンが店の人に話をすると、店の人がホイールを出してきてくれる。「おーよかったな。これで大丈夫だ」とそのたびユルジンは安堵の色を浮かべるが、ダメだよユルジン・・・サイズが違う。28inのホイールがないか紙に書いて聞いてみるが、一つもない。ま、もしあったところでシマノのカセットが着くとは到底思えないけど。(もちろんクイック・リリースなんてものは期待すべくもない)
「よし、じゃあ次に行こう」とハシゴすること三軒、28inのホイールは影も形もない・・・パトラッシュ、僕もう疲れたよ・・・。
町中で人々が足に使っている自転車は28inに見えるのだけれど、なんでどこにもないんだろ・・・。

最後に行った青空市場に小さな自転車修理屋が出ていた。先ほど回った店みたいにちょっとスポーティーなホイールなんてものは置いてなくて、要するに町中を走っているウクライナ版ママチャリを相手に商売をしているところなのだけれど、そこには28inのホイールがあった。と言うより置いてあるのはほとんど28inだった。
おそらくユルジンは最初、ちょっとでもスポーティーな部品を置いてありそうな店を回ってくれたのだと思う。
その店には自作の振れ取り台もあって、おっちゃんはホイールも組めるようだった。さっそくグチャグチャのホイールを見せてお願いする。
おっちゃんは説明せずとも話がわかっていて、最初、既に組んで置いてあったホイールをバラしてリムだけ使い、自分らの持参したシマノのハブを使って組み直してくれようとした。
が、おっちゃん手持ちの工具ではシマノのコグが外せなかった・・・ソケットを持っていたのだけれど、シマノとサイズが合わない。おぉぉ世界のシマノが形無しだぁ・・・ソケットの形を見ると、カンパのものに近い。カンパ互換がスタンダードなのか?
もちろん旅先の自分らもそんな特殊工具は持っていない。惜しい・・・。

仕方なく元々組んであったハブを使ってホイールを復元。
問題はカセットだ。おっちゃんはドーズのギアの枚数を数え、店先にあった同じ7速の中国製のカセット(店の最上級品)を組んでくれたが、果たしてちゃんとチェーンが回るのか?変速できるのか?
自転車ごと持ち込むべきだった・・・持ち帰って自転車に組んでみないと何もわからない・・・。
タイヤは履いていたまだ新しいマラソン・プラスがそのまま使えそう。
バルブがフレンチ(プレスタ)ではなくシュレッダーになってしまったが、クイック・リリースもなくなってボルト締めだが、とりあえず走れればそれだけで御の字だ。どこかまともなホイールの手に入る国までもってくれればそれでよい。最悪でもハンガリーまで行けば手に入るだろう。
ユルジンはリア・フェンダーも買ってくれた。フェンダーなどは走行に何の関係もないから、差し当たり着いていれば何でもよい。

急ぎホイールを持ち帰ってドーズに組んでみる。
どうやらギアとチェーンはちゃんと噛み合う。キャパの問題で一番軽いギアに変速できないけど、怪しい動きながら他のギアには変速できる。
が、最大の問題が。ホイールがセンターから左に寄ってしまってチェーンステーと干渉しまくり。つまりタイヤが回らない・・・。ブレーキとも当たりまくる。
なんでこういうことになるのか???ママチャリとスポーツ・バイクってホイールのセット位置が違うのか?スポーツ・バイクってカセットの分だけオフセットしてホイールを組んであるのかもしれん・・・。
それともフレームが変形しているのか???見たところ歪んでいる様子はないけれど、そうでないことを願うのみ。
よくわからん・・・ふぅーーーそしてまた途方に暮れる。

自転車ごともう一度ホイールを組んでくれたおっちゃんに見てもらうしかあるまい。
力ずくでホイールをセンターに持ってこようとしているユルジンを制止して、自転車ごともう一度さっきのところへ連れて行ってくれとお願いする。
と、ユルジンは時計を指差して何か言っている。てっきり時間がないとでも言っているのかと思い、「そうは言ってもアンタの所為でこうなったんだからとにかく行ってくれ」と強引にお願いして車を出してもらう。
道はガッタガタ、車はLADA、おまけにユルジンの運転はかなり荒い。
ガタンッ、ガタンッと穴を越えるたびトランク・リッドと車体の間にドーズは挟まれ、フレームは凹むは傷だらけになるはでもう滅茶苦茶。みるみるドーズがボロボロになっていく・・・。

最初、何故かユルジンはさっきと違う店に向かった。仕方なくそこに持ち込むと、調整不能みたいなことを言っている。
さっきのところへ行こうと促して行ってみると・・・青空市場は終了していた。ユルジンは時計を指差してこのことを言っていたのか・・・。
どうしようもない。今日のところはお手上げだ。
報われぬままとりあえず先ほどの家まで帰る。

さて困った・・・ひとまず今日はどこかに泊まって、明日もう一度連れて行ってもらわないと・・・。
ユルジンの息子さんは英語が話せた。ユルジンが息子さんに電話をかけてくれてその息子さんと話をしたところ、今日はСуxоволяにある家に泊めてくれるという話。
ありがたい。

ドーズはこのままここに置かせてもらうことにして、マユミはユルジンの車で、自分は自転車で後ろについて数キロ先の村はずれにあるその家まで連れて行ってもらった。
家は現在リフォーム中のような感じで、特に誰も住んでいない様子。てっきりユルジンの家に来たのかと思ったけど、どうもそうではないらしい。
犬やウサギや鶏、それから養蜂をやっていてミツバチもいるのだけれど、いったいこれは誰の家?
ユルジンにボディ・ランゲージで聞いてみたところ、どうやらユルジンの家はБродиにあるらしい。
ここは別荘か何か?おそらく今は誰も住んでいないユルジンの実家で、そこを改装中といったところであろう(想像による)。
家の改装のためにユルジンは毎日ここに通っているのかもしれない。そして今日もその途中にマユミに追突したのかもしれない。動物たちの世話もここに来たときユルジンがしているのであろう(すべて想像)。
よくわからないけどなかなか素敵なお宅である。

ユルジンが夕食を準備してくれたので、外のテーブルで一緒に食べた。
改装中の家に即席でベッドを準備してくれ、夜はそこで寝させてもらった。
ひょんなことからウクライナのお宅拝見第二段・・・。
あーそれにしても困った。この先もこれまで通り旅を続けられるのかどうか・・・ひとまず明日になってみないとわからない。

(ガチャン!!! 後ろから衝撃があり、自転車ごと前に飛ばされて倒れた。何があったかはすぐにわかった。車に追突されたのだ。倒れた自転車を見るとグチャグチャになっている。大ショック!もうこの自転車で旅を続けることはできない・・・・そう思ったら悲しくなって、その場でおいおいと泣いてしまった。追突してきた車のおっちゃんが何か言っている(ウクライナ語)。夫の怒っている声も聞こえる(日本語)。改めて自転車を見てみると、グチャグチャになっているのは後輪のホイールだけのようだった。フレームは大丈夫そう。荷物を外してみるとキャリアも無事だった。後輪のホイールさえ手に入ればなんとかなる、と希望が見えた。おっちゃん(ユルジン)の車で近くの町まで行く。しかしここはウクライナ。しかも田舎町。まず手に入らないだろう、という夫の予想が当たって、どこの自転車屋にも置いてない。あぁぁ、なんてこと。ユルジンも必死。なんとか青空市場の自転車屋で組んでもらって、どうにかこうにか手に入った。でも、、、このホイール、自転車には着かないだろう、という夫の予想がまたも的中。だめだ、タイヤが回らない・・・もう一度町まで戻るが結局ダメ。虚しく村へ帰る。電話で通訳してくれるユルジンの息子さんに、今夜キャンプできるところはないか聞いてみると、ユルジンの家に泊めてくれるという。ひとまず安心。ユルジンの別宅(?)まで連れて行ってもらう。そこは私が理想とする田舎暮らしをしている素敵なところだった。犬がいて鶏がその辺を歩き回っていて、ウサギ(食用)が飼われている。ミツバチ小屋もあるし、裏には畑。クルミの木が生えていて、ぶどう棚もある。自転車事故→直るかわからない、という状況ではあったけれど、ここに泊まれることが嬉しくて、ちょっと楽しくなった。その夜、自転車が直らなかったらどうしようか、私だけバス?、野宿する夫と一緒に行動することなんて不可能、、、などと考えながら、倒れた衝撃で破けたズボンをチクチク縫った。 つづく  マユミ)

15後ろから追ってきたおっちゃんと言葉を交わす_サイズ変更 15IMGP6690_サイズ変更
今日も自転車の人と言葉を交わし           馬車の人たちと挨拶を交わしながら楽園をゆく

15IMGP6697_サイズ変更
この後すぐ車に追突されようとは・・・

15事故現場_サイズ変更
事故現場とユルジンのLADA・・・こんな道でどうやったら自転車に追突するんだぁぁぁ! 教えてくれ、アルムの樅の木よ

15事故現場の前の家で_サイズ変更 15ブロディのバザールの自転車屋_サイズ変更
三つに割れたホイール                  青空市場でホイールを組んでもらうが・・・

15IMGP6704_サイズ変更 15IMGP6709_サイズ変更
チェーンステーと干渉しまくり              ユルジンの家の犬に癒される

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ぶどう棚の下で夕飯をいただく

2011/9/16 金
始:13:25 ~ 終:16:35 走行:25km
Суховоля ~ Підкамінb ~ Ternopil's'ka州の州境を越えたところ

今日も快晴!
8:00頃ユルジンが朝食を準備してくれたので一緒にいただく。シンプルだけど美味!
ちなみに、ウクライナではコーヒーよりチャイ、つまりお茶の方がポピュラーだ。お茶の葉を急須で濾すのではなく、中国のように直接カップに入れて飲むのが一般的。

朝食の後、ユルジンの指示により自分だけユルジンと一緒に車で出かける。マユミは家でお留守番。
ユルジンの息子さんのディマが、ЛьвівというБродиの西100km強のところにある大きな町に住んでいる。彼は英語が話せるから、ユルジンが時々ディマに電話をしてくれて細かな話はディマから伝え聞く。息子さんのディマもとても感じのいい人である。

昨日預けた家でドーズを車に積み、同じ道をБродиに向かう。
今日は自転車を後席に乗せてくれた。マユミを家に残してきたのはそのためだったらしい。なかなか気が利くじゃないか、ユルジン!

昨日ホイールを組んでもらった青空市場の自転車修理屋に直行。
青空市場は朝から賑わっていて、修理屋にも次々客が来る。ユルジンが予め電話で話をしてくれていたので、すぐにドーズを見てくれた。
やはりこのあたりで普通に乗られている自転車とスポーツ・バイクとでは、リムとハブの位置関係が違っているらしい。おそらく昨日組んでくれたホイールは、このあたりの自転車に装着すればリムがセンターに来るようになっている。スポーツ・バイクは特殊なカセットの分、リムに対してハブが幾分オフセットしているということだ。
そうとわかってもリムとハブの位置関係を調整できるはずもなく、スポークをいっぱいまで張ってリムを強引に動かす。が、もちろんスポークの張り直しだけで調整できるほど生易しい干渉の仕方ではなく、足りない分はスペーサーを噛まして強引に調整。
それで確保できたチェーンステーとの隙はそれでも2mm以下・・・まるで腕のいい職人が手作りしたロード・レーサーのような絶妙なクリアランス!攻めてるなぁ・・・。

ま、とりあえずこれで走れるようにはなった。ブレーキもリムと干渉することなく正常に作動する。リアの一番軽いギアにシフトできなくなったけど、トリプルのフロントと組み合わせればたいした問題ではあるまい(幸いドーズのフロントのインナーギアはかなり小さいのが着いているし)。
このホイールがいったいどこまでもつのかわからないが、どこかまっとうなホイールを組める国までもってくれればそれでいい。
リムの断面が二階建てになっておらずスポークの頭が直接リムフラップ、ひいてはチューブに当たっているから、リム打ちパンクをしまくるに違いない。
なかなか気の利くユルジンは、帰りにアクスルナットを回すスパナまで買ってくれた。

ユルジンの家に帰ってすぐさまドーズの微調整。
マユミが試走してみると、問題ないということで一安心。爆弾を抱えた状態だが、これでとりあえずは走れる。
グチャグチャになってしまった元のホイールは、リムとスポークを外してハブとシャフトとカセットだけ持ち歩くことにした。
工具がなくカセットが外せないからカセット側のスポークが抜けないのであるが、ユルジンが手持ちのワイヤ切りで「ターク!ターク!」と言いながら一本一本切断してくれた。

作業が終わるとすぐ昼食にしてくれた。
昼食にボリュームのあるものを食べる習慣なのか、これまでいただいた三食の中で一番ボリュームがある。
質素だが、玉子も野菜も新鮮でとても美味しい。瓶詰めにされた自家製のウサギの肉も初めていただいた。ちなみにウサギは家でたくさん飼っている。
食材はハチミツから玉子まで、パン以外はすべて自家製といった風。おそらくウクライナではこんな感じの家が多いのではないかと思う。

ドーズは手負いの状態になってしまったが、ひょんなことからまたウクライナの人たちの温かさに触れることができた。
これも何かの縁だし、貴重な体験だ。
ベッドで寝させてもらって三食ご馳走になって・・・すっかりお世話になってしまった。
ディマがメール・アドレスを持っていたのでアドレスを交換。

ユルジンは牛の獣医であると言っていた(たぶん)。
出発の準備をしていると、「この自転車はウサか?」と言っている。自分のキャノンデールのトップチューブには(いらないのに)星条旗が描かれていて、ユルジンはそれを見ながら聞いている。ウサ?USA?・・・あっ!アメリカのことか。
まだソ連時代の1989年に一度だけアメリカに行ったことがあるのだと言っていた。

ユルジンは、いいと言うのにP39に出るところまで車で見送りに来てくれた。
最後に一緒に写真を撮ってユルジンと別れる。振り返ると、見えなくなるまで手を振り続けてくれていた。
いやーユルジンもまたぶつけられたことなど忘れちゃうくらい(自分がぶつけられたわけじゃないけど)いい人だったなぁ・・・

P39を南下する。今日は時間も時間だから、走りながらドーズの様子を見て適当に幕営するつもり。
ウクライナに入って食材の入手が困難になった。基本的に肉はあまり食べないし、野菜の類は自給している人が多いためだろう。
自分らは毎日朝食にパンを食べている。ジャムを塗ったりチョコクリームを塗ったりしているけど、今のマイブームはチョコクリーム。チョコクリームを塗ったパンを朝食べて、チョコサンドを作って行動食にもしている。
ちなみに、チョコクリームはヌテラが有名で世界中いたるところで売っているけれど、際立って高いから常にそのまがい物みたいなのを買っている(味は大して変わらん)。
ウクライナに入ってからこのチョコクリームとかジャムの類を目にしなくなってしまった。

今日は三軒目に寄ったПідкамінbの対面販売マーケットに珍しくヌテラが置かれていた。もちろん高い。高級品のためガラス・ケースに入れられている。
350gのヌテラが33.5UAH、つまり300円ちょっと。日本と比べればむしろ安いかもしれないが、これが他のものと比べてどのくらい高いのかと言うと・・・パンは朝食と行動食に間に合うくらいの大きさのものが20~30円、ヌテラ一個の値段でマルボロが三箱も買えてしまう。
ちなみに、物が乏しいウクライナでタバコはどこにでも売っていて、ロシアだかウクライナ製のタバコなら尚安く一箱50円ほどで買える。

のどかな美しい田舎道をのんびりと南下し、Ternopil's'ka州に入ってすぐの村外れの牧草地の隅に幕営。
二列の木立を挟んですぐにP39が走っている。おそらく車の人は気付かず通り過ぎてしまうだろうが馬車の人たちからは丸見えで、テントの中から手を振ると笑顔で手を振り返してくれる。
18:30を過ぎると、道路を挟んだ反対側の牧草地で放牧されていた牛たちが人に追われて帰ってきた。
牛の通り道にテントを張らんでよかったわ・・・。

(7:40、ユルジンが起こしにきた。朝食を作ってくれていた。パン、ビスケット、ハチミツ、トマト、キュウリ、ゆで卵、ハーブティ。パンとビスケット以外は自家製。とてもおいしい。今日はユルジンと夫の二人がドーズを持って町へ出かけた。私は一人で留守番。自転車のことは心配だけど、だからといってどうすることもできないので祈りながら待つのみ。犬と遊んだり、ウサギや鶏にエサやったり、畑を覗いてみたり、クルミ採りしたり、ミツバチ小屋を観察したり。つくづくいいところだ。庭には井戸水が汲めるようになっている。そんなことしていたら、夫たちが帰ってきた。しかもドーズ復活!!!ああああああぁ、良かったぁぁぁ。グレードダウンしてるけどね、、、走れればいい。旅が続けられる。嬉しい。ユルジンは昼食まで用意してくれた。ちゃんとした人で良かった。そんなこんなで無事出発。もうこんなことが起こりませんように。 マユミ)

169/16の朝食_サイズ変更 16バザールの自転車屋_サイズ変更
美味しい朝食をいただいてから・・・           青空市場の自転車屋に直行

16P1110438_サイズ変更 16IMGP6721_サイズ変更
力技でホイールを調整中の図              デチューンされて甦ったドーズ!

16P1110441_サイズ変更
ボリューム満点の昼食までいただく

16道路の分岐まで見送ってくれたユルジン_サイズ変更
ユルジンが車で見送りに来てくれた

16IMGP6736_サイズ変更 169/16の幕営地 道路脇の牧草地の隅_サイズ変更
ドーズの様子を見ながら走って・・・           牧草地の隅に幕営

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肥沃な穀倉ウクライナはこの世の楽園 その4

2011/9/17 土
始:9:45 ~ 終:17:45 走行:73km
~ Залізці ~ Мшанецb ~ Ігровиця ~ Тернопілb ~ Великі Біркиの先

今日も快晴!9:00頃昨日と同じ二人が道路の反対側の牧草地に牛を連れて行った。
朝はけっこう冷え込むが、9:00頃には暖かくなってくる。空気はひやっとしていて自転車で走るとちょっと肌寒い感じ。昼過ぎ頃まで空気がひやっとしていて、一日のうちで最も気温が高いのは夕方の3時~4時頃。

相変らず馬車に乗る人、自転車に乗る人なんかと挨拶を交わしながら、P39を南下。
自転車に乗った人が追いかけてきてしきりに話しかけてくれたりもするのだけれど、一言もわからん・・・。ちょっとでもウクライナ語がわかればなぁ・・・グッと世界が広がるのに・・・。

Тернопілbに近づくと、これまでと比べて道路がきれいになった。
Тернопілbは大きな町で、スーパーがあるかと期待したが、やはり対面販売の商店しかない。日曜に店が開いているのかわからないので、ここで二日分の食料の買い出し。店を探してあっち行ったりこっち行ったりで意外と時間がかかる。

町の中心部を離れХмельницький方面に向かうと、今頃になってスーパーが現れた。ウクライナではじめて目にするスーパー、せっかくなので寄ってみた。
何でも売っている・・・値段も対面販売の店よりむしろ安いように思うのだけれど、不思議と空いている。わざわざこんなところに来ないで家の近くの商店で買い物するのが一般的なのかな。
久々に醤油も発見。前にバルト三国で買ったのと同じまともな醤油(ロシア製)だったから、すかさず二本まとめ買い。
ちなみに醤油はけっこう当たり外れがある。キッコーマンを置いてある店もたまにあるのだけれど、高価でなかなか手が出ない。
酷かったのはポーランドで買ったハインツの自称ソイ・ソース。わざわざ中国製のを避けて高い方を買ったのに、開けてビックリ、なんとコイツはウスターソースだった。どこがソイ・ソースなんだ、このバカチンが!
逆に、まだ味覚が近いからか、中国製の醤油は意外と外れがない。

買い物を終えてスーパーから出ると自転車のところに三、四人立っていて、英語で話しかけられた。ちょっと英語が話せるようで、どうやら隣の小奇麗なインテリア・ショップで働いている人たち。自転車で旅する人なんてのがとにかく珍しいらしい。
ドーズに積んであった5Lの空のペットボトルを見てすかさず、「水いるかい?」と言ってくれる。こういう点、ウクライナの人たちはとても気が利く。
細かな気遣いをさせたら間違いなく日本人がダントツの世界一だと思うけれど、そういう日本人的な細かな気遣いのできる人というのは世界にそういない。オクサーナのところ以来折に触れて接することがあるのだけれど、ウクライナの人たちのそういった細かな気遣いに時々ハッとさせられる。どうでもいいような細かなことなんだけれど、案外嬉しく心地いいもんだ。

ぜひ店に来てお茶でもコーヒーでも飲んでいってくれ、と誘われる。せっかくなので誘われるままお邪魔してコーヒーをいただいた。
この時も最初に「トイレは?」と聞いてくれたり、本当によく気が回る。
コーヒーをいただきながらあれこれおしゃべり。
一番積極的に話しかけてくれた女性がターニャ。自分と同じく40歳だった。(後でよく考えたら自分は41歳だったけど・・・)
自分らの名前をウクライナ語でどう書くのか教わったり、逆に名前を漢字で書いてあげたり、メール・アドレスの交換をしたり・・・楽しい時間を過ごさせてもらった。
Тернопілbには大きな湖があるらしい。写真を見ながら説明してくれたのだけれど、なんでも町にある湖としてはヨーロッパで二番目に大きいのだとか。すごく微妙な条件付きだけれど、そういうことらしい。
湖畔のここが公園になっているとか、町の地図をみながらいろいろ説明してくれた上、プレゼントだと言ってその地図までくれた。
さらに、町の写真の絵葉書セットまでプレゼントしてくれた。
ホントにどこまでいい人たちなんだ、ウクライナの人たちは・・・。

湖は今いるところから4kmほどらしい。
きれいだからぜひ見ていってくれと勧められ、ちょっと戻ることになるけどせっかくだから見ていくことにした。
丁重にお礼を言ってターニャたちと別れ、いざ湖へ。

公園の手前で自転車を押していると、また一人のおっちゃんに話しかけられた。
自分らがウクライナ語を話せないのを見て取ると、「スペイン語話せる?」ときた。
マユミがちょっと話せるし、自分もウクライナ語よりは100倍わかるから、その後はなぜだかウクライナの地でスペイン語でおしゃべり。
おっちゃんは自分の奢りで飯でも食おうと誘ってくれたのだけれど、まだ湖も見てないし、さすがにそろそろテン場も探したいしで遠慮しておっちゃんと別れた。

公園の中にはたくさんの人がいた。町の人たちの憩いの場となっているようである。
そして・・・今日は土曜ということがあってか結婚式ラッシュ!Тернопілbの町に入る前から家や車を花で飾っているところを何度も目にしていたけれど、Тернопілbの町に入ると町全体がまさに新婚さんいらっしゃい状態。そこかしこにウェディングドレスとタキシードを着た人がいる。
式の後には湖に来て湖畔で写真を撮るのが恒例になっているようで、友人とカメラマンを引き連れた、ウェディングドレスとタキシードに身を包んだカップルが次々やって来ては写真を撮っていた。

ちなみにこの公園、人がもう少し少なければ最高のテン場である。
張れそうなら張っちゃうかと目論んで実はやって来たのであるが、さすがにこの人出では無理だ。
しばし公園で休憩してから町を出る。
来た道を引き返してターニャたちの店の前を通り、そのすぐ先でM12に入る。この片側二車線の道を6、7km走って、Скалат方面に向かうT2002に入った。
日はまだまだ高く走っていて気持ちいい道であるが、テン場がなかなか見当たらない。
しばし惰性で走って枝道にちょっと入り、道路からは見えない畑の隅の平坦地に幕営。

幕営後すぐ、ドーズのリア周りの調整。
青空市場で組んでもらったホイールが滅茶苦茶振れている。ホントに振れ取りしたんかいな・・・。
ブレーキやフェンダーに当たりまくるのでひとまずその場しのぎの応急処置を施す。が、やはり早いとこどこかでまともなホイールを手に入れないとダメだな、こりゃ・・・。
ちなみに青空市場のおっちゃん、道具も使わず目分量で細かな振れ取りをしているように見えたから「スゲェ」と感心してたんだけど、どうもそういうわけじゃなかったみたいね・・・。

17IMGP6751_サイズ変更 17IMGP6753_サイズ変更
牧草地に向かう牛が道路を横断中           今日も快晴の下出発

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朝の空気が清々しい                   今日もたくさんの馬車と行き会った

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ターニャたちにコーヒーをご馳走になる(左端がターニャ)

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テルノピルの湖は新婚さんいらっしゃい状態     花嫁が可愛いすぎる

179/17の野営地 道路脇の畑の隅_サイズ変更
畑の隅に幕営・・・夕日がきれいだった

2011/9/18 日
始:10:10 ~ 終:18:00 79km
Скалат ~ Гримайлів ~ Красне ~ Саганів ~ Закупне ~ Чемерівніの先

今日も朝から快晴。毎日雲ひとつない快晴で雨が降りそうな気配すらない。
テントを乾かしてからのんびり出発。

Тернопілbを過ぎると、そろそろルーマニア国境もモルドバ国境も地図の上では視界に入ってくる。すると、ウクライナのあまりの心地よさに去り難い気分になってくる。
明るく温かい人々と楽園のような美しい景色・・・このホスピタリティーの高さは間違いなくこれまで訪れた国の中で一番。再び訪れてみたい国の筆頭だ。
牛を連れた人、馬車に乗る人、正装して教会に行く人。どこにでもいるアヒルや鶏。のどかだ、実にのどかだ。とても今の日本と同時代のこととは思えない。

走っている車からしてどこかのんびりしている。
乗用車は古いLADA、トラックは古いКАМАЗが圧倒的に多い。
LADAやКАМАЗといったロシアのメーカは今でもあって、ちょっと現代風の丸みを帯びたデザインのものも時々見かかるが、'70~'80年代くらいの古い車が圧倒的に目立つ。
カラカラ、ガラガラいろんな異音を立てながらボコボコの道を走っている。
トラックも乗用車もこういうところに現代的な高性能車は似合わない。
ちなみに、ロシアの代名詞のようなКАМАЗであるが、型の新しいモデルではKAMAZとロゴがすべてラテン文字で書かれている。

昨日あたりから道路脇でクルミ拾いをしている人をよく見かける。
今がちょうどシーズンのようで、よく見るとクルミの木には実がたわわになっている。
クルミといっても日本に自生しているオニグルミではなく、所謂カシグルミと言われるやつだ。オニグルミより大きく、オニグルミと違って殻が簡単に割れる。二つあれば素手で握って割ることができるくらい。それでいて中味はギッシリ詰まっているから、食べる分には誠に効率がいい。味はオニグルミほど濃厚ではなく比較的淡白だ。
自分らも休憩のたびに拾って食べている。
クルミの木が多いところといい、晴天率が高いところといい、乾燥しているところといい、気候的には日本で言えば信州と似ている。

ГримайлівからСаганів方面行きの道に入る。
この道はちょっとした峠越えを含む軽めの山岳ステージ。坂の勾配より向かい風と穴だらけの道がちと辛い。今日は朝から強い南風が吹いている。
坂を上り切った後の下りは通常苦労した末のご褒美となるはずが、道が悪すぎてそうならない。ブレーキをかけっぱなしのためむしろ辛いだけだったりする。
とにかく今日は進まないこと、進まないこと・・・。

Саганівでさらに道が分岐して、Чемерівні方面に向かう道に入る。
この道は不快だった。テンサイと思われる収穫物を満載したКАМАЗだらけ・・・。
愛嬌のある顔をしたКАМАЗも、こうたくさん行き交われると見るのも嫌になってくる。噴き上げる黒煙と舞い上げられる埃でとにかく不快。
いつの間にか道も広くなっていて、田舎道の面影はどこへやら。明日もしばらくこの道を走るのかと思うとうんざりしてくる。

Чемерівніの民家で水を5Lいただいた。
なかなか人家が途切れず、今日もいいテン場がなかなか見当たらない。今日はこんなに長い時間走るつもりじゃなかったのに・・・。
18:00になってようやく畑の隅にある草地を見つけた。道路からよく見えてしまうところだけれど、これ以上漕ぐのが嫌ですかさず幕営。
Саганівから先は国立公園と思しきエリアに入っているのだけれど、むしろ景色は今ひとつ。
ところで今日は日曜であったが、開いている店が多かった。ウクライナも日曜休業というのとは関係がなさそう。

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再び訪れたい国の筆頭!                風を避けて木陰で休憩中

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風の強い日は防風林があると助かる         畑の隅の草地に幕営

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肥沃な穀倉ウクライナはこの世の楽園 その5 オレックとヴァリエラと

2011/9/19 月
始:9:20 ~ 終:14:00 走行:49km
~ Смогриу ~ Балин ~ Дунаївці

今日も雲ひとつない快晴!夜通し南風が吹いていたためテントもカラカラ。今日も南風が強い。
朝から暖かくて、日本の春先を思わせるポカポカ陽気。

連結КАМАЗの激走する道を昨日に続いて南下。
6kmほど走ると分岐に差し掛かり、Дунаївці方面に向かう道に入る。連結КАМАЗはすべてКам'янець-Подільський方面へ。
ようやく連結КАМАЗとバイバイだ。

再び車の少ない快適な田舎道に戻った。
牛を連れた人をたくさん見かける。牛を一、二頭連れて近くの牧草地に行く人たち・・・実にのどかな光景だ。
ふと思う。ここではお金なんてほとんど意味がないんじゃないかなぁ・・・と。

連結カマスが消えて道がきれいになった。道を破壊して穴だらけにしているのは過積載の連結カマスに間違いない。
昨日に続いて今日も山岳ステージ。フロント・ギアがトリプルでホントよかったわ・・・。
これまで使い慣れた39Tを気合で回してきたけれど、30Tは一度使ってみると楽チンでクセになる。
トリプルのロードバイクに乗るのはこのキャノンデールが初めてなのだけれど、MTBと違ってタイヤより先にクランクだけクルクル回ってしまうということがなく、あくまで現実的な軽さ。コンポはアルテグラと105のミックス。使い慣れたロードのギア比だから自分にとって実に走りやすい。
ちなみに、このキャノンデールはなかなか考えられていて、荷物満載のツーリングで使うことは滅多にないであろうアウターの52Tはアルミ製である。

12.6%(標示がえらく細かい)の長い坂を下ったところがСмогриу。フロントのブレーキシューがありえない速度で減っていく。
Смогриуで行動食を買い足し、カフェでコーヒーを飲む。きちんと豆から入れたコーヒーが一杯40円ほど。
アップ・ダウンをこなしていくつかの集落を抜けると、Дунаївціに入る。ここで食料の買い出しをすることにしていた。

これまた急な上りを上り切ったところにДунаївціの町がある。
先行した自分がレーニン像の立つ町中の広場でマユミを待っていると、自分もバイクに乗っているというおっちゃんに声をかけられた。おっちゃんの名前はオレック。
マユミがなかなか来ないでおっそいなぁと思っていたら、上り坂の途中でクルミ採りをしていたおっちゃんの家で5Lのペットボトルに水をもらっていたらしい。クルミをもらったり、一緒に写真を撮ったりしていて遅くなったようである。
何故かオレックも「イタリア語は話せる?スペイン語は?」と言ってくる・・・ウクライナってラテン系の言語を話す人が多いのか???大半の人が話せるロシア語が第一外国語として、もしかしてイタリア語あたりが第二外国語?
お互い片言のスペイン語で会話すると、「うちでシャワーを浴びていかないか」みたいなことを言ってくれている。
ホ、ホントっすか・・・そりゃありがたい。

オレックの車に先導してもらって彼の家に連れて行ってもらう。
それにしても・・・ウクライナの人たちは本当に細かなことに気が回る。自転車で旅する人間を捕まえてシャワーを浴びたかろうなんて・・・普通気付かないよなぁ。
着いたところは集合住宅のようなところ。どうやら仕事場のようなところらしい。知人の鍵のかかる倉庫まで借りてくれて、そこに自転車を置かせてくれた。
洗濯機があって洗濯までできると言う。うっ・・・そんなことまで・・・本当にありがたいっす。

着替えと洗面具だけ持って部屋にお邪魔する。
洗濯機を回してくれている間にシャワーを浴びさせてもらう。き、気持ちよすぎる・・・熱々のお湯が出た。しかも浴槽まである。極楽じゃぁ~。
シャワーを浴びさせてもらっている間にオレックは買い物に行ってくれ、パンと玉子焼き、それからワイン?をご馳走してくれた。
何から何までホント申し訳ないっす。本当にどうなっているんだ、このホスピタリティーは・・・。ウクライナに入ってからのこの短い期間にお宅にお邪魔させてもらうのはこれで三度目・・・。
しかもオレックは、今晩泊まっていってもいいよとまで言ってくれる。
あぁぁ神の声。ホントに何とお礼を言ったらいいのやら・・・。ちょうど今日は早めに幕営しようと思っていた矢先のことだった。

19:00頃戻るから、と言ってオレックは仕事に出かけた。内装の壁塗り職人のような仕事をしている。
会ったばかりの見知らぬ外国人に家を自由に使わせてくれるなんてことがあり得るのか???脱帽だ。いつかウクライナの人たちに恩返しがしたい。
お言葉に甘えて彼が仕事に出ている間、ソファーベッドで昼寝をさせてもらった。

19:30過ぎにオレックが仕事から戻った。ちょっと外に出ようと言われ、車で一緒に出かける。
まず向かったのは町にある魚屋。「日本人は魚を食べるだろ」と言ってコイを二匹買ってくれた。水槽で泳いでいたやつをその場で絞めてもらう。
ちなみに、バルト三国のスーパーの水槽で泳いでいたのはドイツゴイであったが、ここのは日本にいるのと変わらないコイだった。
今手がけている仕事場に案内してくれた後、集合住宅からちょっとはなれたガレージに車を置く。そこでオレックの友人のヴァリエラと合流し、家に戻った。

すぐにヴァリエラが買ってきたコイを唐揚げにしてくれた。出来立ての唐揚げにサラミとパンをいただきながらウォッカやらワインをいただく。
例に漏れず二人ともべらぼうに酒が強くてまったくついていけない・・・。飲み方はやはりオクサーナのところと一緒、グラスに注いだウォッカを一気に空けます!えらい勢いでグイグイいくから、ウォッカの瓶などあっという間に空いてしまう。
ちなみに、この人たちにとっておそらくビールやワインはアルコールのうちに入らない。まさに水感覚ですな、その飲みっぷりは・・・。

オレックの家族の住む家はДунаївціから離れたところにあり、どうやらこの集合住宅はオレック一家が昔住んでいた家っぽい。今は仕事の関係でオレックが単身赴任しているようである。
昼間はイタリア語とかスペイン語とか言っていたが、実はオレック自身が得意なのはポルトガル語だ。(ちなみに、マユミが電話でちょっと話した奥さんもイタリア語を話せた。)
そんなわけでポルトガル語を交えながら話をしてくれるのであるが、もちろんスペイン語から類推できる程度のことしか理解できない。
'81年にはソ連軍としてアフガニスタンに行ったと言っていた。アフガニスタンは山がとてもきれいな国だったと言っていたのが印象的だった。

0:00過ぎにお開きとなってヴァリエラを外まで見送った。
オレックは「明日も泊まってゆっくり休養していけ」と・・・。あ、ありがたいっす。喜んでお言葉に甘えさせてもらうことに。

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馬車とばあちゃんと                     地名解読中

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お金なんてここでは無意味ではないかとふと思う    水とクルミをくれたおっちゃん

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ヴァリエラが新鮮なコイを唐揚げにしてくれた

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オレック(右)とヴァリエラ(左)

2011/9/20 火
昨日あんなに飲んだのに、オレックは7:00前に起きて掃除などしていた。8:00過ぎまで寝させてもらってパンとお茶の朝食をいただく。なんか悪いなぁ・・・。
8:30過ぎにオレックは仕事に出かけていった。今日も得体の知れぬ外国人に家を自由に使わせてくれるオレック・・・本当にスゲェなぁ・・・。
溜まりに溜まった写真の整理をしたり、お返しのウォッカなんかを買いに町中をぶらぶらしたりして一日のんびりさせてもらった。天気は今日も快晴である。

14:30頃、オレックはわざわざ自分らの昼食のためだけに一度家に戻ってきてくれた。ホント申し訳ないっす・・・。
どこで手に入れたのか、カブの美味しいスープをご馳走してくれた。
午後も調べものをしたりしてのんびりさせてもらった。

20:00過ぎにオレックが帰ってきて、車で一緒に出かける。
今日最初に向かったのはオレックの奥さんの妹さんの家。どうやら奥さんの実家であるらしい。
妹さんのイーヤが温かく迎えてくれて、オレックがキッチンの水道管を修理している間、ワインやらコーヒーをご馳走になる。
昼にいただいたカブの美味しいスープを作ってくれたのもイーヤだった。
昨日オレックに家族の写真を見せてもらったけれど、イーヤはオレックの奥さんにそっくり。

結局、オレックの持参した部品が合わなくて水道管は直せず、また明日ということになった。
お茶を飲みながらイーヤとおしゃべりをして楽しいひと時を過ごす。
帰り際、一緒に写真を撮ろうと言うと、「ちょっと待って」と鏡に向かって慌てて髪を整えたりたりするお茶目な女性。そんなイーヤは未だ独身。「誰か日本にいい人いないかしら・・・」と明るく笑っていた。

イーヤの家をおいとまし、オレックの車をガレージに置いて夜道を歩く。
今晩も途中でヴァリエラと合流。この二人は見ていて羨ましいくらい仲がいい。
町中の食堂で夕飯をご馳走してくれた。もちろん二人はウォッカをグイグイ空けちゃう。すぐに一瓶空になる。
オレックがポルトガル語を話せるのは、長くポルトガルで仕事をしていたことがあるからということだった。自転車もその時ポルトガルで買ったと言っていた。
この食堂の内装もオレックが手掛けたものであるらしい。

大の仲良しのオレックとヴァリエラはどうやら戦友でもあるらしかった。二人は本当に仲がよく、言葉はわからないが見ているだけでこっちまで楽しくなってくる。なんかこういうのって素敵な人生だなぁ・・・。
ちなみに、ヴァリエラはタクシーの運ちゃんである。

オレックは明日は仕事がないらしく、さりげなく「もう一泊していくかい?」なんて言ってくれたけれど、毎日毎日ご馳走になっているのも心苦しくて、明日は発つことにした。
23:00で食堂が閉まり、ヴァリエラと別れてオレックの家に帰った。

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昼時に自分らのためだけにわざわざ戻ってきてくれたオレック

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イーヤの家にて

2011/9/21 水
始:9:50 ~ 終:17:30 走行:73km
Дунаївці ~ Соснівка ~ Мйньківці ~ Нова Ушиця ~ Муровані Курилівці

今日も快晴!しかもここ何日かと違って風もない。絶好のツーリング日和である。
オレックは休みの日でも朝が早い。やはり7:00前には起きてあれこれガチャガチャやっていた。
自分らのために朝早くから玉子を買いに行ってくれ、パンと玉子の朝食を準備してくれた。
今の自分らにはウォッカのお返しくらいしかできない。いつかオレックやヴァリエラを日本に招くことができたらよいのだけれど・・・。
現実にはなかなか難しい。経済面を考えただけでも、日本人のように気楽に旅行できるなんていうのはごく一部の限られた国の人たちだけだ。特に物価の高い日本に来るとなると、来られる人はさらに限られる。そうとはわかっていても、いつか日本に来て欲しい。その時はうちに何泊でもしてくれ。
ちなみに、日本人はビザなしでウクライナに入国することができるが、これはウクライナ側の一方的な措置で、ウクライナ人が日本に入国するには依然としてビザが必要である。
こういうところも不公平だと思うんだよなぁ・・・別に日本が悪いわけじゃないと思うけど。(通常ビザというのは相手国間との相互協定による)

ガレージから自転車を出して荷物を積んでいると、ヴァリエラともう一人の友人アレックスがともに自分のタクシーでやって来た。オレックが電話してくれていたのだ。よかった・・・ヴァリエラにもきちんとサヨナラが言える。
ひとまずガレージの前で記念撮影。そのままオレックがマユミのドーズを押して町外れの国道まで送ってくれた。
そこにまたヴァリエラとアレックスもタクシーで乗りつける。周りにいた人たちも交えて再び写真を撮る。昨晩からオレックやヴァリエラと別れるのが辛くて気が重い・・・。
唯一アレックスがメール・アドレスを持っていたので教えてもらう。

オレックもヴァリエラも電話番号を教えてくれていた。
別れ際、「ウクライナで何か問題があったら車で飛んでいくから電話してくれ」なんて泣けることを言ってくれる。
笑顔で見送ってくれる人たちに手を振って自転車を漕ぎ出す。
今晩、オレックとヴァリエラの二人で自分らのことを話しながら置いてきたウォッカを飲んでくれることだろう。

Дунаївціを出てしばらくすると地形がだいぶ山がちになり、本格的な山岳ステージになってきた。
九十九折の坂を喘ぎながら上る。
が、相変らず上り以上に辛いのが長い下りだ。道が悪すぎ・・・止まるくらいまで減速しないと自転車がぶっ壊れる。常にフルブレーキング状態で腕がパンプしそう。フロントのブレーキシューもあり得ない速さで減っていく。
このあたりは坂を下ったところ、もしくは上り切ったところに集落がある。
相変らずウクライナの人たちはフレンドリーで、自転車を止めるたびに寄ってきて声をかけられる。

Нова Ушиця で道が分岐し、Муровані Курилівці方面に進路をとる。
Муровані Курилівціに入る直前の坂は激坂だった。いったい何%の勾配なのか・・・?30Tで上れるほぼギリギリのところだぞ・・・。
ここで食料の買い出し。
Муровані Курилівціまで来ると、モルドバ国境は南に40kmほどのところ。
が、さらに東の国境から越境すべくウクライナをもうしばらく走る。

Муровані КурилівціからВінниця方面にルートをとる。
買い出しをしていつでも幕営可能になったが、なかなかテン場が見当たらない。森や牧草地が姿を消し、あたり一面畑になってしまった。
Муровані Курилівціを出てからテン場を探し始め、結局10km以上走ってようやくテン場をゲット。林で道路から遮られた畑の隅。
トラクターでならしてあっておそらく麦畑になるのであろうが、とりあえず何も植えられてなさそうなので一晩だけ勘弁してもらうおう。

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オレックのところを発つ朝

21国道まで送ってくれた_サイズ変更
オレックが国道まで送ってくれた

21皆で見送ってくれた_サイズ変更
ヴァリエラとアレックス(左から二番目)も駆けつけて見送ってくれた

21連結カマス_サイズ変更 21IMGP6865_サイズ変更
道路破壊の元凶、連結カマス              とある峠

21IMGP6872_サイズ変更 219/21の野営地 畑の隅_サイズ変更
隊列を組んで道路を渡るアヒル隊長・・・一応焦っている    畑の隅に幕営させてもらった

Trackback [0] | Comment [0] | Category [■ 077_Ukraine / ウクライナ] | 2012.02.20(Mon) PageTop
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Author:nakappie
1970年生まれ。妻と二人信州伊那谷在住。
2009年10月~2013年5月の旅を記録するために”なかっぴー通信”をスタートさせました。
現在は伊那谷にて節約生活をしながら充電中。
2014年4月、ブログのタイトルを”なかっぴー通信NEO”に改めました。
信州伊那谷より~旅のこと、山のこと、自転車のこと、そして田舎暮らしのことなどなど・・・気ままに綴ってゆきます。
”おもしろきこともなき世をおもしろく”そんなふうに生きていけたらいいですね。

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