丘の国から平原の国へ

2011/10/10 月
始:10:00 ~ 終:16:20 走行:56km
~ Dolea ~ Satu Barbă ~ Margine ~ Abram ~ Marghita ~ Petreu ~ Olosig ~ Săcueni ~ 国境 ~ Létavértes

久々に青空が戻ってきた!
林の外でテントを日にかざしカラカラに乾かしてから出発。
5kmも走ると周りの丘が低くなって急に視界が開けた。地形的にはもうハンガリー平原の一部だ。道のアップ・ダウンもなくなった。
引き続き19Bを走ってMarghitaへ。国境手前にある最後の大きな町だが、そこはスルーして一路西へ。
その先のPetreuでカフェに寄ってルーマニアのレイをきれいに使い切った。このあたりまで来るともう完全にハンガリー平原に入ったと実感できる。丘はすっかり姿を消し、周りに広い平野が広がっている。

また馬車が増えた。このあたりで馬車を引く馬はこれまでと違ってとにかくデカイ。ラオウの黒王号ばりに体格のいい馬が力強く馬車を引いている。
そしてルーマニアではこれまでも時々見かけることがあったのだけれど、このあたりの人たちの顔立ちはアジア的だ。インドとかインドネシアあたりの人たちに似ている。人によっては地黒の日本人のようにも見える。
第一次大戦で敗戦国となったハンガリー(オーストリア・ハンガリー帝国)は敗戦によって広大な領土を失い、その時に膨大な数のマジャール人が国外に取り残された。
この地に住むアジア系の顔立ちのこの人たちはそのマジャール人たちの子孫=アジア系遊牧騎馬民族の末裔たちではあるまいかとふと思ったりした。

Săcueniで道が19Dに変わると、残り20km足らずで国境だ。
100m置きに道標があり、それを見ながら平原の中を気持ちよく走っていると唐突に国境が現れた。
EU圏のこれまでの国境のように何もないかと思っていたら、ここのイミグレはしっかり機能していた。
係官にパスポートを預け30分ほど待たされる。待たされるとなんかドキドキする。まさかシェンゲン協定絡みで面倒なことになったりしないだろうな・・・。
時間はかかったけど特に何事もなくOK。ルーマニアの出国印もハンガリーの入国印もしっかり押していた。やはりルーマニア入国のときスタンプをもらっておいてよかったんじゃないのか・・・?

晴れてハンガリー入国。時差が一時間あるので時計を一時間戻す。西欧と同じ時間帯だ。
国境を越えた途端、道が見違えるようにきれいになった。自転車道まで現れてビックリ。すごいな、ハンガリー。
お金も地図もないのでとりあえず最寄の町まで来た道をまっすぐ走り、Létavértesに入った。
ハンガリーの人たちもちょっとおせっかいなくらいに親切だった。あるおっちゃんは、ATMを探していたら「こっちだ、こっちだ」と言ってある店に連れて行ってくれた。一寸そこにATMがあるのかなと思ったらそうではなく、そこには中国人の店員がいた。おそらくおっちゃんは言葉がわかるだろうと思ってつれて来てくれたのだと思う。
ちなみにハンガリー語はウラル・アルタイ語族に属する言語。スラブ系の言語ともラテン系の言語ともまるで類似点がなくなってしまい完全に猿の惑星状態。文字はラテン文字を使っている。

別のおっちゃんにどこに行くのか聞かれ(たぶん)、とりあえずブダペストと答えると、「それならこの道をずーっとずーっとまっすぐだ」と親切に教えてくれた。
が、その前にお金、お金・・・。教えてくれた銀行のATMはマスターしか使えなかったので別のところを探してうろちょろしていると、またそのおっちゃんと遭遇。
自分らを呼び止め、「そっちじゃねぇ。ブダペストは向こうの道をずーっとずーっとまっすぐだ」と声を大にして教えてくれるおっちゃん。
いや、それはわかってるんですけど・・・。

別の銀行で無事下ろせたハンガリーの通貨はフォリント(Ft)。レートは1E=220Ftといったところ。久々にお金の単位が大きくなった。
隣のスーパーで即買い出し。物が格段に増えた。もはや西欧と何も変わらない。物があるというのは単純にありがたくはある。
いろいろ聞いて回ったが結局地図は見当たらず、今日のところは諦めてテン場を探すことに。
水は途中の井戸で汲ませてもらった。井戸と言ってもハンガリーのは手汲みではなく、水道栓になっていてレバーを押すと水がドボドボ出てくる。
ちなみに、5Lとか10Lの水は売ってないから、ハンガリーでは井戸水や水道水を普通に飲んでいるはず。

Létavértesをまだ出ないうちに森の中に格好のテン場を発見し、幕営。
ハンガリーに入ってすべてが整然とした観がある。町も畑も森も、どこか整然としている。馬車も見かけなくなった。
完全に西欧化している、と言っていいと思う。もはやこの国に隣国のウクライナやルーマニアのような素朴さは残っていないのかもしれない。
それでも、このどこかゆる~い空気はなんとも居心地がいい。

ハンガリーという国には興味があった。
ハンガリー人の祖先は、アジア系の遊牧騎馬民族であるマジャール人だ。ハンガリー人は自らのことをマジャール人と呼んでいるし、ハンガリー語の国名もマジャールである。言わばハンガリーというのは他人が勝手につけた名称に過ぎない。
マジャール人が東のウラル山中にいたのは紀元前であるらしいが、ハンガリー平原に現れるのは9世紀末のこと。4~5世紀にハンガリー平原を拠点にヨーロッパ中に猛威を振るったフン族(匈奴)の数世紀後のことであり、厳密にはフン族と異なるのだけれど、国名のハンガリー(HUNGARY:英名)のHUNは明らかにフン族から来ている。もっとも英語読みでは「ハン」となってしまって身も蓋もないが、ヨーロッパ大陸の多くの言語ではきちんと「フン」と発音している、「フンガリア」のように。「フン族の国」ということだ、厳密に言うと違うのだけれど。
マジャール人がハンガリー平原に入ったとき既にその地にはスラブ系の農民たちがいたはずで、やがて混血し、混血したまま独自の国家を築いたのがハンガリーという国である。
混血のため容貌は見事なまでに白人化してしまって今のハンガリー人の顔立ちからはアジアを連想しにくいが、名前の前に名字が来たりするところにその面影が残っている。赤ちゃんの尻にも蒙古斑があるらしい。
言語的にもハンガリー語はウラル・アルタイ語族に属する。ウラル・アルタイ語族の代表的な言語はモンゴル語であるから(もちろん日本語もその仲間に入る)、言語的にもアジア的である。
ハンガリーという国がアジア系でありながらヨーロッパの一国として15世紀には中欧の大国にまで成りえたのは、早期にカトリックに帰依し、言語以外ローマ教会の持つ文明のほとんどを受容したためであろう、というのは司馬遼太郎の談。
このあたりのことは「草原の記」の中で触れられているので、興味のある方はぜひ一読されることをオススメする。

「草原の記」の冒頭で述べられている匈奴についての記述は、自分にとって目から鱗だった。
「匈奴」というのは字面からして非常に悪い印象を受ける。なんかもう字面を見ているだけで極悪人のように思えてしまう。
北方に住んでいた彼らはときに南方に侵出して農業帝国の穀物を強奪した、それを防ぐために築かれたのが万里の長城である、と中高の歴史でも習うはずだ。
が、事実は逆なのではないか・・・と「草原の記」の中で述べられている。
以下抜粋
「むしろしばしば農民のほうが草原への侵略者だったのではないか。かれらは人口増加のあげく、つねに処女地をもとめ、匈奴の地である草原によろばい出て、鍬をうちこむ。遊牧民は、草原の土を掘ることを極度に嫌がった。<中略>ひとたび表土が吹きとばされれば、二度と草原はもどらないのである。」
「「掘るな」ということを匈奴や、その後のモンゴル人たちはおそらく言いつづけたはずであった。が、農業帝国の記録のなかでかれらの言い分が書かれたことはない。」

このくだりを読んだときは目から鱗だったなぁ・・・。ずっともやもやしていたものがスーッと晴れた気がした。
今の世界も同じようなものかもしれない。自分も含め多くの人々は、常に大国の立場で、大国のフィルターを通した世界しか見ていないのだと思う。

夜は深々と冷え込み、月が寒々しく見えた。

(ルーマニアの田舎道を走っていたときのこと。放し飼いにされていた大きな犬が、私たちに向かって吠えながら突進してきた。こういうことはよくある。どうして犬は自転車に向かってあんなに吠えるのだろう???このときも気にせずのんびり走っていたら、このバカ犬はなんと私に飛び掛ってきた!バカ犬の歯がカッパに引っ掛かって「ビリッ」と破ける音がした。飼い主が制止していたけど、全く聞かない。結構大きな犬だったから転びそうになった。飼い主に文句言えばよかったけど、その時は逃げるので精一杯だ。私は犬が大好きなのに、その後はしばらく犬がちょっと怖くなってしまった。 マユミ)

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丘の国から平原の国へ                  また馬車が増えた

IMGP7449_サイズ変更 IMGP7450_サイズ変更
このあたりの馬はガタイがいい              馬車だらけ・・・

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いつしか丘は消え去り周りは平原に          そして馬車だらけ・・・

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これでもか!                        まだいるか!この日は天気がいいのでたくさん写真を撮った

IMGP7465_サイズ変更 ハンガリーにも井戸があった ポンプ式_サイズ変更
そしてハンガリー突入                   ハンガリーの井戸

10/10の野営地 道路脇の森の中_サイズ変更
初日の晩は快適な森の中

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アジア系遊牧民の末裔たちの国ハンガリー その1 ハンガリー平原をゆく

2011/10/11 火
始:11:55 ~ 終:18:30 走行:40km
~ Noszatiszta ~ Bánk ~ Debrecen

朝起きるとどんより曇っていて暗い。そのうち霧雨も舞い始めた。
せっかく6:30に起きて準備を始めたのだが、天気が読めないのでしばらく様子を見る。
数時間経っても天気は良くも悪くもなりそうにない。停滞も頭にちらつく中、でもどうにか地図だけでも手に入れたい、と思い立ち霧雨のやんだ一瞬をついて昼前に出発。
一路Debrecenを目指す。

LétavértesからDebrecenまではきれいな森の中を走る気持ちのいい道だった。車は疎らだし、人もほとんど見かけない。
一転、Debrecenはちょっとたじろいでしまうくらいの大都市だった。
苦手な大都市、サイクリングに向いているとは思えない大都市。何をするのも一苦労で、抜けるだけでも大変だ。
まずは本屋を探し出して地図を購入。今後面倒なのでスロヴァキアとオーストリアの地図も一緒に買った。
本屋の隣にあった久々のマックに吸い込まれ、ルートの検討。本屋のおっちゃんも教えてくれた通り、まずは33号でHortobágyiを目指すことにした。

それにしても大都市ってのは疲れる・・・人も車も多くて気を遣う。抜けるだけでぐったりだ。
スーパーで食料の買い出しを終えたときには17:00を回っていた。ルーマニアの時間なら18:00、すぐに暗くなる。
途中GSで水を5Lもらっていよいよテン場探し・・・なのであるが、この33号というのが畑の中をズドンと走る高速道路のような道で、テン場がまったく見当たらない。
ボチボチ暗くなってきた・・・。
脇道に入っても畑しかなく、身を隠せるところがどこにもない。やむなく人の家の近くに幕営させてもらおうと声をかけたら断られ、そうこうしているうちにとっぷりと日が暮れてしまった。
暗闇の中交通量の多い33号を走るのはとっても危険。成す術なく道路脇の収穫を終えたトウモロコシ畑の隅に幕営。
薄い藪を挟んですぐに線路と道路、そこでヘッドランプを灯してテントを張る二人・・・完全に不審者だ。
遠くの畑では日が暮れてからも作業をしている人がいて、煌々と明かりを灯した巨大トラクターが時々近くを通る。一応、トラクターで通りかかったおっちゃんに声をかけてみたのだが、おっちゃんの土地ではないらしくよくわからないという返事。
ちょっと気まずいけどやむを得まい・・・今夜一晩だけ勘弁してもらおう。

今日は何をするにもうまく噛み合わなかった。
一つ確信したのは、もうこの国にはルーマニアまでのような素朴さはないということ。
西欧の世界に入ったのだろうな。

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Debrecenまでは森の中を走る気持ちいい道     都市部は嫌いだ

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道路脇のトウモロコシ畑の隅(翌朝撮影)

2011/10/12 水
始:9:05 ~ 終:16:00 走行:66km
~ Balmazújváros ~ Tiszacsege ~ Tiszadorogma ~ Hortobágyi

早朝は雲が多く霞がかっていたが、8:00頃になるとすっきり晴れた。風があるのでテントもすぐに乾いて出発。
2kmも走ると道の分岐があった。33号の北を迂回してHortobágyi国立公園を横切る道路だ。もちろんそちらを走る。
分岐を入ると、昨日の33号沿いが嘘のようにそこいらじゅうテン場だらけ。昨日あとたったの2km頑張ればなにもテン場に苦労することはなかったのに・・・。

BalmazújvárosのReálというスーパーで行動食の買い出し兼休憩。
ハンガリーに入ってからTejfölという乳製品にはまっている。ヨーグルトではなくて(ヨーグルトはヨーグルトとして別に売っている)、乳脂肪分20%という恐るべき食べものだが、チーズケーキのようでめちゃくちゃ旨い。たぶんこれだけで食べるものじゃないと思うけれど、Létavértesで初めて食べて以来病みつきになってしまい毎日食べている。400gをペロッと・・・。
ちなみに、乳脂肪分が12%ほどのライトなやつも売っているが、旨いのはがぜん20%のやつ。病みつきになる恐るべき食べものであるが、日本にも似たようなものがあるのだろうか?(ヨーロッパには、もちろん名称は違うけれど、同じ食べものがこれ以降どの国でも売っていた)乳脂肪をせっせと蓄えている毎日である。

幹線でないこういう細い道はいい。車は少ないし、小さな町や村を通るから土地の人たちと交流する機会も増える。
Balmazújvárosから数km走ると、Hortobágyi国立公園に入る。
昔は草原であったろうハンガリー平原は今ではすっかり耕されていて、ほとんどは農地となっている。昔ながらの草原は僅かに国立公園の中にその姿を留めているだけとなっているが、その中でHortobágyi国立公園は最大のもの。広大な草原が一面に広がっていて、にら科の糸のように細い草が生えている。
道路脇には所々野鳥観察用のやぐらが建っている。夏にはツアー客などでそれなりに賑わうのであろうが、今のこの時季には人もおらず静かなものである。
平原には何故だか雲が湧きやすいようで、天気がどうにも不安定。晴れていた空にどこからか雲が湧き、昼頃には一時雨も降った。道はまっ平らなのに風が強くてなかなか前に進まない。

Tiszacsegeまで来ると国立公園から抜ける。
ハンガリーはスズキの車がたくさん走っている。確かスズキはハンガリーで車を生産していたように記憶しているが、そのためか?とにかくよく見かける。
Tiszacsegeの先でÁroktőに抜ける途中、Tisza川を渡し舟で渡る。渡し賃は人と自転車で270Ft。車とかトラクターとか、それなりに利用者がいる。
川を渡ってÁroktőに向かおうとしたところ、川から少し離れた土手の上に自転車道を発見。地図にはもちろん出ていないけど、川沿いに走った方が近いし、快適そうだったので自転車道を走ることに。
静かで快適・・・そして何より道の脇はどこでも幕営可能という最高のロケーション。疲れたところで走るのをやめて即幕営することが可能だ。
このままずっと自転車道を走ろうと決めたのであるが、今晩の水と食料がない。
10kmほど川を下ったところにある次の渡し場Tiszadorogmaでいったん村に出て買い出しを済ませた。ついでに水も5Lもらう。
これで完璧。再び自転車道に戻って川沿いに下る。と、2kmも走ると唐突に舗装が終わった。
それほど走りにくいわけではないのでそのまま土手の上を走る。車は来ないし、何よりここを走っている限りテン場に困ることはなさそうなのだから・・・。

ダートを数km走ると、再びHortobágyi国立公園に入った。飛び地のようになっているところだ。
さらに数km走ったところに格好のテン場を見つけた。時刻は15:30、この先はちょっと状況が怪しい・・・。一つ問題がある。国立公園内に幕営しても問題ないだろうか?
近くに聞ける人も誰もいないし、一泊だけ勘弁してもらおう、というまたまた勝手な都合で幕営することに。自転車を押して土手を下り、こんもりした藪を風除けにしてテントを張る。
と、ちょうどテントを張り終えた頃パトカーが一台通りかかった。そのまま通り過ぎないかなぁと思っていたのだが、テントのところでパトカーが止まり、二人の警官が土手を下りてこっちにやって来た。あちゃ~やっぱダメ?
やって来た警官に不自然なくらい明るくフレンドリーに挨拶。
ハンガリー語がわかるかと聞かれたが、残念ながら一言もわからん。
一人がテントの中をチェックし、特に怪しいものでないことがわかると、にこやかかにどこに行くのかだけを聞き、よい旅を!と言い残して去って行った。
国立公園内に特に幕営禁止の標示はなかったのだけれど、禁漁の標示はあった。思うに、密漁者の取締りのためにパトロールしているのではないかと・・・。テントの中をチラッとのぞいたのもそのためだと思う。
自分らは密漁者ではなく単なる旅行者!警察のお墨付きだから大手を振ってキャンプさせてもらおう。

1210/11のビバーク地 道路脇の畑の隅 暗かったので翌朝撮影_サイズ変更 1210/12出発する頃晴れた_サイズ変更
朝は天気が悪かったが・・・                出発の頃になるとスッキリ晴れた

12IMGP7481_サイズ変更 12IMGP7487_サイズ変更
線路の向こう側に幕営していた              ハンガリー平原をゆく

12所々に野鳥の観察台がある_サイズ変更 12P1110637_サイズ変更
時々野鳥観察用のやぐらがある             Tisza川を渡し舟で渡る

12IMGP7497_サイズ変更 12IMGP7503_サイズ変更
それなりに利用者がいる                  土手の上の快適な自転車道

12IMGP7509_サイズ変更 1210/12の野営地 自転車道の脇の草地_サイズ変更
途中からダートになって・・・               土手の下の草地に幕営(警官がやって来た)

2011/10/13 木
始:9:05 ~ 終:15:40 走行:68km
~ Borsodivánka ~ Poroszlo ~ Újlórincfalva ~ Sarud ~ Tiszanána ~ Kömlö ~ Hevesvezekéni ~ Heves ~ Jászszentandras

朝起きると今日もどんより曇っている。今の時季は毎日こんな天気なんじゃないかと思えてきた。
とにかく湿気がすごい。この湿気でテントなど乾くはずがなく、びしょ濡れのまま撤収して出発。
昨日に続き土手の上のダートを走る。この道、てっきりTisza川に沿って南西に走っているものと思っていたら、途中からどうも向かっている方角がおかしい。どうやら途中から川の支流に沿って西へ向かう道だったらしい。
戻るのも大変なのでそのまま走り続けると、8kmほど来たところで唐突に道が終わって舗装路にぶつかった。現在地がわからんがしばらく舗装路を西に走ると、出たところはBorsodivánka。なんのことはない、結局もともと走ろうと思っていた道路に遠回りして出ただけのことだった。

Borsodivánkaから南下する。
ハンガリーの道路は幹線以外番号がついていない。徹底的についていない。が、細い道でもそれなりに舗装されていて快適だ。
細い道を繋いで走っているもんだから、いったん南下してまた北上したり、かなり無駄な動きをしている。
10:00頃になると所々青空も見えたが、日が差さないのでとにかく寒い。

さて、ハンガリーは温泉国である。もちろん日本の足元にも及ばないが、国中いたるところにあってヨーロッパでは随一の温泉国になっている。
地図を見ていて、予定しているルートの近くに温泉とキャンプ場のある町を見つけた。キャンプ場の方はもうこの時季閉まっているところが多く期待薄であるが、温泉の方はきっとやっているに違いない。ルートからちょっと外れるのだが、Hevesから10kmほどなので行ってみることにした。ちなみに、ハンガリーにはキャンプ場がたくさんある。

Hevesのスーパーで買い出しを済ませ、いざJászszentandrasへ。
行ってみたらラッキーなことにキャンプ場も開いていた。そしてその隣に温泉がある。
久々のキャンプ場は5☆の快適さだった。トイレもシャワーもふんだんにあるからきっとシーズン中はごった返しているのだろうけど、今の時季はガラガラで貸し切り状態。他に1、2組いるだけ。年間契約で借りているのであろう人たちのトレーラーハウスだけがズラリと並んでいる。
シャワーはもちろん蛇口という蛇口から熱々のお湯が出て使い放題。これなら温泉に行く必要はなかろう、とシャワーだけで満足してしまい、結局温泉の方には行かなかった。ハンガリーの温泉は日本のように裸で入るところもあるのだが、残念ながらここは水着を着て入る温泉。それが面倒で(と言うか邪道で)敬遠したというのもある。
キャンプ場にはキッチンもあって電気コンロがふんだんにあったから、自前のMSRを出さずとも調理可能。しかも洗濯機と脱水機まであったから、ここぞとばかりに洗濯しまくり。
キッチンにテーブルがあるから食事もそこでできるし、設備充実のまさに5☆のキャンプ場だった。
久々に泊まると贅沢だな、キャンプ場って・・・。
ちなみに、テント一張り二人で一泊2,650Ftだから、ドイツやオランダのキャンプ場に比べて格段に安い。

ここからブダペストまでは幹線の31号を走れば100kmほど。一日で走れる距離であるが、細い道で迂回しながら走るつもりだからあと二日はかかりそう。
さらに、この荷物を持ってブダペスト市街に入るなんてのは考えただけでうんざり。どうにか近郊のキャンプ場を見つけて空身で観光したいと思っている。
ブダペストのような大都市には極力近づかないようにしている自分らであるが、どうしても見てみたい都市がいくつかあって、ブダペストはその一つ。

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引き続き土手の上を走る                 気持ちのいい田舎道

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天気がすごく不安定                    Jászszentandrasのキャンプ場

2011/10/14 金
始:10:35 ~ 終:16:15 走行:57km
~ Heves ~ Boconád ~ Tarnaméra ~ Zaránk ~ Erk ~ Tarnaörs ~ Visznek ~ Jászárokszállás

昨晩はきれいに晴れ渡っていたのに、朝起きるとまた雲が多い。
9:00頃一瞬日が差した隙に昨日洗濯したものを乾かし、のんびり出発。
とりあえずHevesまで来た道を戻る。日はすぐに陰ってしまい相変らず寒い。カッパが脱げない。

HevesでSPARとLiDL、スーパーを二軒のぞいて醤油を買う。ついでにハンガリーの代表的なスイーツであるショムローイ(somlói galuska)と、さらにTejfölをいただく。Tejfölの方はもう完全に病み付きで、一日に最低一個、毎日食べている(乳脂肪分20%という恐ろしい食べ物を・・・)。

HevesからBoconád方面に向かう道に入って西進。
Erkの先から時々雨に降られる。雨と言ってもずっと降っているわけではなく、リトアニアあたりで見舞われた雨のように雨雲の下から脱するとまた晴れる。
一度などみぞれ交じりの雨だった。いよいよそういう季節になってきたかなぁ・・・。
このあたりまで来ると、スロヴァキアとの国境に連なる山々が北にきれいに見える。山から吹き下ろしてくる北風が冷たい。
こういう冷たい風が吹き始めるとなんだか山が恋しくなってくる。日本の冬山の厳しさが懐かしい・・・。

それにしても広いな、ハンガリー。国土面積は日本の1/4ほどしかないのに、とにかく平らで国土の小ささを全く感じさせない。
ルーマニアの国境近くと同じように、白人顔の人たちに交じって色黒のアジア系の顔をした人たちを時々見かける(ジプシーではなくて)。ちょうどインドやネパールあたりの人たちのような顔立ち。この人たちこそ祖先のマジャール人に近い容貌を持った人たちなのだろうな、きっと。

Jászárokszállásという長い名前の町のスーパーで食料の買い出し。天気がとにかく不安定なので、いつでも幕営できるよう町外れの井戸で水を5L汲ませてもらう。水が飲め、かつ井戸でもなんでも公共の水場のある国というのは実にありがたい。

晴れているのにまた雨がパラつきだした矢先、道路脇の林の奥にテン場に格好な牧草地を見つけた。
牛舎か何かの建屋からわりかし近くて牧草地に幕営するのは気が引け、林の中にちょっと入った平坦地に幕営した。
日没頃になるとまた空が晴れてきて、牧草地の先の森に沈む夕日が久々にきれいだった。
例によって夜は無風快晴。明日はいい天気になるのかと毎晩期待を持たされるんだけどなぁ・・・。

ハンガリーはとても豊かだ。キャンプ場でもふんだんにお湯が出た。すぐ隣と言っていいモルドバのマルガリータのところでは頻繁に断水していたし、ガスもよく止まっていた。ウクライナでも蛇口からお湯が出るというのはかなり稀なことだった。
物質的な豊かさだけで人の幸福度というものは量れないけれど、人間社会というのは実に不公平なものであると思わずにおれない。日本に生まれただけで、基本的には誰でも今の豊かさ便利さの恩恵にあずかることができるのだから・・・。
晴れた星空を眺めながら、ふとそんなことを思った。

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これがTejföl・・・乳脂肪分20%!             今日も天気が不安定

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牧草地の隅                          日暮れ時になるとスッキリ晴れた

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アジア系遊牧民の末裔たちの国ハンガリー その2 ラスローの家

2011/10/15 土
始:9:30 ~ 終:12:30/18:35 走行:45km
~ Jászágó ~ Pusztamonostor ~ Jászfényszaru ~ Boldog ~ Tura ~ GalgahévÍz ~ HévÍzgyörk

今朝は快晴!ハンガリー入国以来一番の天気。
でもその分冷え込んだ。霜が降りてテントが真っ白だった。7:00前の気温は氷点下、寒いわけだ。10月中旬にしてこの気温は恐ろしい。
ちなみに標高が高いわけではまったくなくて、今いるところの標高はおそらく数十メートル。やはりヨーロッパって寒いんだなぁと実感。これまでヨーロッパには夏しか来たことがなかったから新鮮な驚き。
食事を済ませてから即、日の当たっている牧草地に荷物もテントも移動した。お日さまってのはありがたいねぇ。

フライは乾ききらず、濡れたまま撤収して出発。もちろんカッパはずっと着たまま。
途中Jászfényszaruのスーパーで今日もTejfolを食べ、その後も順調に進む。ブダペストが目と鼻の先になってきた。
予定ではいったんブダペストを北に迂回してVácでドナウ川を渡り、今日のうちにその南にあるDuna-Ipoly国立公園のキャンプ場に入るつもりだったのだけれど・・・。

HévÍzgyörkに入ってすぐのGSにガソリンを買うべく立ち寄った。
ガソリンを買った後でコーヒーを飲んで休憩していると、GSでビールを飲んでいたおっちゃんたちに話しかけられた。言葉がわからないのでまったく会話にならないのであるが何故か意気投合。いきなり一人のおっちゃんがケーキとコーラを奢ってくれた。
別のおっちゃんはうちに来て飯を食っていけと言う。特別腹が減っていたわけではないのだけれど、こういう誘いは極力断らないようにしている。
ありがたくお言葉に甘えることにした。

ケーキを奢ってくれたおっちゃんたちに礼を言って別れ、自転車を押してそのおっちゃんの家に案内してもらった。
おっちゃんの名前はラスロー。家はGSから歩いてすぐだった。
大きくてきれいな家。誘ってくれたときはなんとなく一人暮らしのおっちゃんかなぁと思ったのだが、どうやら家族で住んでいるらしい。家には誰もいなかったが、何人かの人たちが暮している形跡があった。
ラスローは早速、冷蔵庫の中にあった料理の残りを火で温め直して出してくれた。ハンガリーの家庭料理=柔らかくてとても美味しい肉料理だった。

庭に馬車があったのでもしやと思っていたが、ラスローは馬を飼っていた。
食事の後馬小屋に案内してくれて自慢の馬を見せてくれた。馬小屋の中にいたのは、馬のバートルと犬のレックス。
馬・・・可愛いなぁ。ラスローにすごくなついている。バートルに餌をあげたり、背中に乗せてもらったりした。
しばらくすると、バートルを外に出すと言う。バートルも大喜び。ついでにレックスも小屋から出してもらって大はしゃぎ。

ポカポカの陽だまりでしばしバートルと戯れていると、ラスローがおもむろにバートルに馬車を引くための馬具を着け始めた。自分らを馬車に乗せてくれるらしい。やった!
おとなしく佇んでされるがままに馬具を着けられているバートル・・・萌え~
準備ができたところで馬車に乗せてもらって出発!レックスもお供でついて来る。
いつもの散歩コースがあるらしい。バートルも心得ていて、分岐も迷うことなく勝手に目的地に向かって歩いてゆく。近くに釣りのできる湖があり、そこへ行くらしい。
何と言っているのかわからないが、ラスローがバートルにかける陽気な掛け声が面白い。
湖に着いてラスローの友人とおしゃべりをして引き返してきた。小一時間ほどの馬車での楽しい散歩。
それにしても馬のパワーはすごいなぁ・・・。家に着いたところで褒美のリンゴをあげる。いつもそうしているようである。

さて、バートルと楽しい時間を過ごしているうちにすっかりいい時間になってしまった。もちろん今から予定していたキャンプ場には行けない。どこか適当なところで野営だな、とマユミと話していたら、ラスローから神の声(神の声は聞き取れないから半ば推測による)。
「泊まるところが決まってないならうちに泊まっていけ」と。
ありがたい!
すぐにラスローが奥さんに電話してその旨告げている(想像)。やけに電話が長引いていたからちょっと嫌な予感はしていたのだが・・・。

電話を終えたラスローがOKだと言ってさっそく二階の部屋に案内してくれた。
ベッドの上に毛布や枕を出してくれて、これを使えと言ってくれる。「シャワーもあるし、必要なら洗濯機も使っていいぞ」とも。
「うちのが帰ってきたらディナーだからそれまでのんびり寛いでいてくれ」なんてことまで言ってくれた。
ありがたい。実にありがたい。
しばらくすると、「腹減ったろ」と言って玉子焼きとソーセージとパンを持ってきてくれた。ちょうど腹が減っていたこともありこれまた実に旨かった。一方で、「今あまり食べ過ぎちゃうとディナーが食べられなくなっちゃうな」などとマユミと二人で余計なことまで考えていた。
ホントにありがたい。
ラスローの家には息子さんが二人いて、ちょうど家にいたので挨拶を交わす。
彼らは英語が話せて、「酒は好きかい?」とか「ディナーのときにハンガリーの酒が飲めると思うから楽しみにしていて」とか、とてもフレンドリーに話をしてくれた。
すっかりその気になる自分ら二人。

が、その後どんでん返しの結末が待っていた。

ラスローが宝くじを買いに行くと言って出て行ったと思ったら、階下で何やら話し声がする。
どうやら奥さんが帰ってきたらしい。挨拶せねばと思っていたら、すぐに二人が二階に上がってきた。
さっそく明るく挨拶するが、どうにも奥さんの様子がおかしい。どう見ても自分らを歓迎していない。辛うじて握手には応じてくれたが、手を差し出しただけで握り返してはくれなかった。
「あんたたちここで勝手に何やってるのよ」・・・目が冷ややかにそう言っている。悪いことにラスローが自分らを通してくれた部屋は奥さんの部屋だったようだ。
すぐに自分らの前で口論を始める二人。いや、口論というよりラスローが一方的に責められているのだが・・・。
電話では半ば押し切ったように見えたラスローであったが、奥さんを目の前にするとたじたじ・・・じっと目を閉じて奥さんのマシンガン・トークに耳を傾けるのみ。
どうにもばつの悪い雰囲気。
ラスローは「大丈夫だから・・・」と言ってくれているが、どう見ても大丈夫じゃねぇだろ、これは・・・。
「大丈夫だから・・・」と自分らを部屋に残し、ラスローが奥さんをなだめながら階下へ降りていったが、一階からも奥さんの激しい怒り声が聞こえてくる。
じっと目を閉じて耐えているラスローの姿が目に浮かぶ・・・。
奥さんが帰ってくる前にシャワーを浴びたり洗濯をしたりしてなくてホントよかったよ~。

予想もしなかった展開に目が点になる自分ら二人。
これはもう泊めてもらうどころの騒ぎじゃなくなった。ここまで露骨に嫌悪感をあらわにされたらとても無理。こんな状況でのんきに居座れるほど図太くないし・・・おいとますることにした。

すっかり部屋に運び入れてしまった荷物を速攻でまとめ、階下に降りてラスローに声をかける。
ラスローはとても申し訳なさそうに「ごめん」と言っていた。自分らの名前と連絡先を渡し、丁重に礼を言って家の外に出る。
ラスローが家の外まで見送りに来てくれた。
礼を言って家から出ても、荷物を自転車に積まなきゃならんからすぐには出発できず、これまたばつが悪い。
速攻で積んでラスローの家を後にした。ラスローは最後の最後まで申し訳なさそうに謝っていた。
気にしないでくれ、ラスロー。自分らなら大丈夫だから。

とは言ったものの、すごく困った。
時刻は既に17:30、日没の時間だ。すぐに暗くなる。こんなことなら奥さんにあと一時間、いや三十分でも早く帰ってきてもらいたかった・・・。
とりあえずこれから向かう方へ走ってみたが、どうにもテン場がなさそうなので途中で引き返す。引き返す途中、レックスを連れて宝くじを買いに行くラスローとバッタリ会った。
引き返した先にもテン場は見当たらず、またGSのあたりまで戻ってきた。
さっき馬車で行った湖の方へ行くしかねぇか・・・と考えながら路地に入ると、ラスローの家の前に出てしまった。
あっ・・・!マユミは気付かなかったらしいが、そこには近所のおばちゃんと立ち話をしている奥さんがいた・・・。
「あんたたちまだこんなところにいたの」・・・また冷ややかに目がそう言っている。怖ぇぇぇ・・・
即Uターンして別の道から湖にアプローチすることに。坂を上ってまた下り・・・この道で湖に出られるのかどうか半信半疑のままペダルを回す。途中で日が暮れた。夕焼けがきれいで、こんな緊急事態の中自転車を止めてしばし夕日を眺めた。
さらに走ると、先ほど馬車で走った見覚えのある場所に出た。どうやらこの道で湖に行けるらしい。
湖にはゲートがあって勝手に入ってはまずそうなので(おそらく有料の釣り場になっている)、ちょっと戻って牧草地の隅に幕営させてもらった。
先日に続き真っ暗闇の中、ヘッドランプを灯しての設営となった。ふーバタバタした一日だった。
昨晩からフライのジッパーの調子が悪い・・・。

15IMGP7556_サイズ変更 15GSでラスローたちと会った_サイズ変更
ハンガリー入国以来一番の天気!           GSでラスロー(右)に会った

15ラスローの家へ_サイズ変更 15バートル_サイズ変更
ラスローの家に連れてってもらう             愛馬のバートル

15P1110668_サイズ変更 15P1110674_サイズ変更
スゲェかわいい                       おとなしく佇んで馬具を着けられるの図

15バートルの引く馬車で散歩_サイズ変更 15P1110681_サイズ変更
準備完了                           いつもの散歩道

15P1110683_サイズ変更 15ラスローの家に泊まれるかと思ったが・・・ここは奥さんの部屋_サイズ変更
湖まで小一時間ほどの散歩               ラスローの家ですっかり寛いでいたが・・・

15P1110689_サイズ変更 1510/16の朝 この日も冷え込んだ_サイズ変更
緊急事態でも美しいものは美しい            牧草地の隅(翌朝撮影)

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アジア系遊牧民の末裔たちの国ハンガリー その3 センテンドレのキャンプ場 

2011/10/16 日
始:9:30 ~ 終:16:10 走行:58km
~ Bag ~ Domony ~ Iklad ~ Galgamácsa ~ Váckisújfalu ~ Váchartyár ~ Vácduka ~ Vác ~ Tahitótfalu ~ Leányfalu ~ Szentendre

無風快晴!7:30にはテントに強い日差しが当たり始めた。こんな天気はいつ以来だろうか。昨晩風が吹いていたのがよかったのかもしれない。
晴れた分放射冷却が激しく、朝になってボトルの水が凍っていた。まだ10月中旬ですけど・・・。

朝食もないのでフライを乾かして即出発。今日のルートはごちゃごちゃしていて、常に地図とにらめっこしながら走っている感じ。
ラスローの奥さんのことがトラウマになってしまって、おばちゃんを見るとみんな鬼ババアに見えてしまう。おっちゃん連中はみんな気さくなんだけどねぇ。
Bagの先でアウトバーンのM3を渡り、Galgamácsaまで北上。そこから西進する道に入る。
この道は舗装がきれいで車も少なく適度な起伏がある。眺めもよくサイクリングにうってつけのルートで、上下ともジャージでビシッときめたローディーのおっちゃんと行き会って言葉を交わした。こんなのも実に久しぶり。
ルートはブダペストの北20kmほどのところを迂回して走っている。

地図によるとブダペストには大小織り交ぜて六つもの空港がある。空を見上げると、青空に飛行機雲が錯綜している。
休憩のときに空を見上げたら、一時に15機もの飛行機が大空の青いキャンバスに白線を引いていた。すごい!こんなのはじめて見た。

途中からVácduka方面にさらに迂回してアウトバーンのM2を渡り、Vácに入る。Vácの町からドナウ川に出るのにちょっと苦労した。
そのドナウ川(Duna)であるが、ブダペスト市内には六つもの橋が架かっているが、一歩ブダペストから出ると橋がまったくない。代わりに渡し場があるのだが、これも数が異常に少ない。住んでる人は不便じゃないのか?
Vácの少し南に渡し場があり、ここをフェリーで渡ることに。
ドナウ川に沿って(たぶん)ブダペストまで自転車道が続いており、渡し場まで川沿いを気持ちよく走る。日曜ということもあって、川岸はサイクリングする人や散歩する人で溢れていた。天気がよくて実に気持ちいい。このままブダペストまで走りたいような気分だが、ひとまず西岸に渡る。地図によると西岸にキャンプ場がありそうだから。

ここのフェリーはこれまでの川のように頻繁に両岸を行き来しているわけではなく、運行時間が決まっていた。次の運行は14:00。こちら岸にフェリーは着岸しているけどまだ乗船を始めておらず、のんびり川岸に座って30分ほど待つ。
5分前くらいに乗船が始まって乗り込んだ。自転車二台と人二人で1,680Ftもする。高すぎ・・・こりゃ乗る人が少ないわけだ。
5分ほどで対岸に着き、渡し場から一本道を走ってTahitótfaluに出る。ドナウ川が二手に分かれていて、ここでもう一度川を渡る。橋を渡って11号に出て南下。
11号に出てすぐのところにあったスーパーで食料の買い出し。そしていよいよキャンプ場を探す。

Tahitótfaluとその南のLeányfaluのキャンプ場は既に閉まっていた・・・。野宿の可能性が一気に高まる。空身でブダペスト観光したいからどうにかキャンプ場に入りたいのだが・・・。
11号から川岸に出るとこちら岸にも自転車道があったのでこれを辿る。と、センテンドレに入ったところでたくさんの人で賑わう川の中島が見えた。ここならテントを張りっぱなしにできるかも・・・。
期待して中島に渡る。橋のところまで来ると、なんとキャンプ場の看板があった。おぉぉこいつはついてる。
中島に渡ると、そこは大きな公園のようになっていた。やけに人がいるなぁと思ったら、そこでドッグ・ショーが行われていた。チャウチャウとかプードルとかブルドッグとか、勘違いしてそうな自慢の愛犬を連れた人がうじゃうじゃいる。さすがにコンテストに出るようなお犬様だけあって、キャンキャンうるさいようなのは一匹もいない。ちなみに自分は大の犬好きであるが、この手の犬が嫌いだ。(犬のせいではなくて飼い主が悪いんだけどね)

橋を渡ってすぐにあるレセプションに人がいなかったのだけれど、近くにいたおっちゃんが管理人のおばちゃんのところまで連れてってくれた。
管理人のおばちゃんが実にフレンドリーで親切な人だった。ハンガリーのおばちゃんのイメージ回復(単純)。
もちろん自分らはテントを張るつもりでいたのだけれど、「もしよかったら同じ料金でいいから部屋に泊まらない?寒いから・・・」なんてことを言ってくれた。ここにはテントを張るスペース以外にコテージやユースホステルがある。
ありがとう、おばちゃん!もちろん断る理由などあろうはずがなく、お言葉に甘えさせてもらうことにした。
ちなみに、キャンプの料金は二人で4,000Ft(15E弱)だからキャンプ場として考えるとかなり高い。さすが観光地!
使わせてもらえるのはモーテル&ユースホステルとなっている棟。この時季泊まろうなんて人はおらず、完全に貸し切り状態。ズラリと並ぶコテージにも誰一人泊まっていない様子。
自転車も建屋の中に入れていいと言ってくれたのでそうさせてもらった。

ドッグ・ショーは17:00前に終わり、その後はおばちゃんの言っていた通り静かになった。
実に親切なおばちゃんで、ブダペストへの行き方を丁寧に説明してくれた上、ブダペストのガイドブックまでくれた。英語は自分らよりお上手。
おばちゃんは「ありがとう」とか「さよなら」といった日本語を知っていた。何故かと聞いてみたら、一度日本に行ったことがあるのだそうだ。

実にラッキーだ。シーズン中は学生が団体で泊まりに来るようなところが自分らの貸切とは・・・。オフ・シーズンてのはいいこともあるもんだ。
もっとも冬の間は閉まっているらしいので、タイミング的にはかなりきわどいところだった。

16IMGP7571_サイズ変更 16P1110694_サイズ変更
適度な起伏があってサイクリングに最適な道     ようやくドナウ川に出た

16P1110700_サイズ変更
フェリーでドナウ川を渡る

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アジア系遊牧民の末裔たちの国ハンガリー その4 ブダとペストでブダペスト

2011/10/17 月
始:10:00 ~ 終:19:30 走行:76km
Szentendre ~ Budapest ~ Szentendre

快晴。今朝も冷え込んだ。
朝のドナウ川は川面から水煙が立ち昇っていて幻想的。滞在しているホステルはドナウ川に面したところに建っているから悠々と流れるドナウ川が窓からよく見える。

ブダペストにおける第一の任務はドーズのリア・ホイールを手に入れること。観光は二の次だ。
ウクライナでユルジンに弁償してもらったホイールが恐ろしく弱く、現時点でスポークが4本も折れている。相変らず振れまくっていて、時々ブレーキとも干渉している様子。そもそもホイールがフレームの中心にきてないことが大問題で、この状態で走り続けるのはいい加減に限界。
これから行く予定をしている国でまともなホイールが手に入りそうなのは、ハンガリー、チェコ、オーストリアってところだろう。おそらく一番安く入手できるのがハンガリー。
ブダペスト近郊まで来るとさすがにロードバイクもたくさん走っていて、これなら専門店がいくつもありそう。

朝レセプションにいた人に情報をもらって、まずはセンテンドレの自転車屋に行ってみる。
センテンドレは小さな町だがけっこう有名な観光地で、朝からたくさんの観光客が来ていた。
苦労して辿り着いた店には28in-36Hのリムが置いてなかった。取り寄せに10日もかかるということで諦めて、別の店へ。
センテンドレにはここ一軒しか自転車屋がなく、店の兄ちゃんが隣町のPomázの自転車屋を紹介してくれた。ブダペストに向かう途中にあるからひとまずその店をのぞいてみることに。
と、これまた苦労して辿り着いてみたら店が閉まっていた・・・。月曜は定休日か?

そのまま南下してブダペストに向かう。
ブダペストに近づくと交通量が凄まじく、車道を走るのはあまりに危険。基本的には自転車道を繋いで行けるのであるが、あちこち錯綜していてわかりにくく、唐突に道が消滅したりする。
ようやく一番北の鉄道橋まで辿り着き、これを渡って東岸のペスト地区へ。
ブダペストはオーブダ、ブダ、ペストの三市が合併してできたヨーロッパでも指折りの大都市。
王宮があるのが西岸のブダ地区、商業や政治の中心となっているのが東岸のペスト地区。観光で主に訪れるのはブダ側であるが、あらゆる店の類はペスト側に集中している。

それにしてもデカイ町だ・・・。
ブダペストとされているエリアはかなり広い。いったん市内に足を踏み入れると、どこがどうなっているのかさっぱりわからない。言ってみれば田舎から初めて東京に出てきて、丸腰で山手線内にポーンと放り込まれた感じ。右も左もさっぱりわからん。
自転車屋なんて、「歩いて適当に探そう」などと言ってたら一生見つからない。道行く人に聞きまくって自転車屋を巡る。
ドナウ川を離れると自転車道というものは存在せず、車道は車、歩道は人でごった返して市内は非常に走りにくい。

ブダペストで最初に行った自転車屋にはシマノのカセットが組み付くホイールがなかった。36Hでクイック・リリース、でもシマノのカセットが着かない・・・惜しい。
別にシマノのカセットにこだわっているわけじゃないけど、これだとおそらくまたホイールがフレームの中心に来ない。
店のおっちゃんが教えてくれた近所の店は見当たらず、またさまよい歩く。
次に立ち寄った店には26inのホイールしかなく、店の人が教えてくれた近所の店へ。この店にはロードレーサーも置かれていて期待を持たせてくれたのだが、やはりシマノのカセットが組み付くホイールがない。
はぁ・・・なんか疲れてきた。町中にこれだけロードバイクが走ってるんだから世界のシマノのユーザーもごまんといるだろうに・・・なんでどこにも売ってないんだ???
ブダペストじゃ目当てのホイールが手に入らないかもしれん、と途方に暮れかけたとき、救世主が現れた。たまたまその店にやって来た客の兄ちゃんで、彼は英語が話せた。渡りに舟とはこのことで、オススメの専門店を教えてくれた。たぶんここならお目当てのホイールがあるだろうと。

その店はちょっと離れたところにあり、期待に胸を膨らませてさっそく向かう。店は英雄広場の近くにある。
ここはこれまでの店とは次元の違う専門店だった。広くはない店内に、最新のロードレーサーが所狭しと並んでいる。
おぉぉすごいな最近のカーボン・テクノロジーは。どんな形にも思い通りにできてしまうのか・・・などとホイールそっちのけで思わず見入ってしまう。ちなみにビアンキが多かった。
最初に対応してくれた兄ちゃんには今ひとつこちらの意図が伝わらない。そんなホイールはないと言っている。店の奥にはホイールがたくさん吊るしてあるし、そんなことはないと思うのだけれど・・・。
困り果てていると、いかにも腕のよさそうなメカニックのおっちゃんが奥から現れた。英語も話せた。こちらの意図がスムーズに伝わる。
「あるよ」と言って奥からホイールを出してきてくれた。
完組として今店にあるのは、シマノのカセットの着かない36Hかシマノ用のフリーホイールの着いた32H。32Hじゃもたないだろうなぁ・・・。
持参したハブ&カセットを使ってホイールを組めないか相談してみる。
おっちゃんが奥に行ってリムの在庫を確認すると・・・あった!幸運にも36Hのリムが。
「今日は時間が遅いから明日まで待てれば組めるよ」・・・神の声!待ちます、待ちますとも。
「明日なら何時に来ても大丈夫なように組んでおくから」・・・心強いお言葉。
まったく知らないメーカのリムだが、「こいつは丈夫だ」とおっちゃんが太鼓判を押す代物。

ハブ&カセットをおっちゃんに託し、安心して帰路に着く。
店からドナウ川に出、くさり橋を渡ってブダ側へ。黄昏時、金色に輝くブダペストの町がきれいだった。
自転車道を繋いでセンテンドレまで帰ってきた。途中でとっぷりと日が暮れてナイトランとなった。
暗くなってからもドナウ川沿いには、ジョギングをする人、犬の散歩をする人などがたくさんいる。治安はすこぶるいいようである。

キャンプ場の近くで買い出しをして帰ってみると、泊まっている建屋の水道がどこも出なくなっていた。
敷地内のカフェにいたおっちゃんに相談すると、管理人のおばちゃんに電話してくれた。これまたご好意で、きれいなロッジのシャワーを使わせてもらえることに。
このロッジは一晩中ヒーターがつきっぱなしの別天地。さらにロッジの部屋に泊まっていいとも言ってくれたのだけれど、いろいろ荷物を移動するのが面倒でシャワーだけ借りることにした。
熱々で、生まれてこの方浴びたシャワーで一番気持ちよかったかも。

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ホイールを頼んだ自転車屋                くさり橋

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国会議事堂

2011/10/18 火
始:10:10 ~ 終:19:10 走行:56km
Szentendre ~ Budapest ~ Szentendre

今日も快晴。朝のドナウ川は今日も白く煙っていて幻想的。この煙は10:00頃になると消えてしまうから、9:00頃までの時間限定で見られる現象である。
西岸の自転車道を繋いで一路ブダペストを目指す。

ドナウ川には朝から晩までいろいろな人たちが集う。ジョギングする人、犬の散歩をする人、ベンチに座って本を読む人、日向ぼっこする人、サイクリングする人、カヌーに乗る人、レガッタの練習をする学生などなど。
川岸にはシーズン中だけ営業しているホテルやレストランがたくさん並んでいるが、今の時季は閉まっていてひっそりしている。
艇庫やクルーザーの置き場も川岸にたくさんあり、日暮れ時にはレガッタの練習を終えた学生たちが艇庫に艇を運び入れたりしている。
センテンドレからブダペストの中心部まで自転車道を繋いで25kmほど。ダートがあったり道路を渡ったり、サイクリングがてらのんびり走ると2時間以上かかる。

くさり橋の一本北にあるマルギット橋でペスト側へ渡る。
マルギット橋はドナウ川の中島のマルギット島の南端と接する大きな橋で、マルギット島の接点のところで「く」の字に曲がっている。その「く」の字に曲がるところには信号もあり、橋の上をトラムも走っている。

昼食を食べてから昨日の自転車屋へ。
用はすぐに済むはずであったが、昨日ホイール組みを頼んだメカのおっちゃんが店にいない。若い店員が二人いたのだが、二人は自転車のことにもそれほど明るくないし、どうにも話が伝わらない。
昨日却下したホイールを奥から出してくる始末。あぁぁなんで振り出しに戻っちゃうんだ?昨日オーダーしたホイールは何処へ?
ようやく聞き出せたところによると、メカのおっちゃんは今日休みらしい。そいつは困った・・・。この二人にはおっちゃんからまったく話が伝わっていない。
メカのおっちゃんのところに電話してもらったのだが、電話が繋がらないらしい。いよいよ困った、どうしたらいいものやら・・・。誰かおっちゃんから話を伝え聞いている人はいないのか?
言葉が通じないからまったく埒が明かない。
しまいには、明日はおっちゃんがいるから明日また来てくれと言い出す始末。自分らだってそんなに暇じゃない(ま、暇な旅行者ですけど・・・)。はぁ・・・どうすりゃいいんだ。だんだん力が抜けてきた・・・。

店内で途方に暮れていると、救世主登場!上下ジャージでビシッときめて真新しいビアンキに乗るローディーのおっちゃん。
「よかったら通訳するよ」と買って出てくれた。ありがとう、ビアンキのおっちゃん!
一瞬で話が伝わる。が、やはり店員の二人は何も聞いてないということだった。
はぁ・・・そうですか・・・。ハブをあずけてホイールを組んでもらったはずなんだけど・・・。
と、店員の女性がおもむろに店の奥に探しに行き、「これかしら?」と一本のホイールを持って戻ってきた。
おぉぉそれ、それ!それこそまさに昨日頼んだホイール!ちゃんとカセットまでついてるじゃないの。
このホイールを今着いてるホイールと交換して欲しいと頼むと、別なメカニックが来るから自転車を置いて二時間後に引き取りに来てくれ、ということだった(ビアンキのおっちゃんの通訳による)。
もちろんホイールの交換なんて自分でできちゃうわけであるが、一つ心配なことがあった。ユルジンにぶつけられたときに実はフレームが歪んでいるのではないか?という疑いが払拭できていない。
組んでもらったホイールが果たして問題なくフレームに着くのか?フレームが歪んでいて実は着かないのではないか?そんな心配があったのでメカの人に見てもらうことにした。昨日のおっちゃんがいれば話が早かったのに・・・。

ビアンキのおっちゃんに礼を言い、ドーズを置いて店を出る。
人に聞いたらマックでWiFiが使えると教えてくれたので、久々にメールのチェックなどして時間を潰した。
で、ドキドキしながら二時間後に店に戻ってみると・・・
おぉぉ着いてる!何の問題もなく着いてる!もちろんホイールは振れてないし、変速もスムーズ、ブレーキの動作も問題ない。パーフェクト!
フレームには異常がなかったということだ。よかった~。
ウクライナのホイールがフレームのセンターに来なかったのはやはりホイール側の問題だったということか。シマノやカンパのカセットを装着したスポーツ・バイクとママチャリでは規格が違うということだ。初めて知った。

よく見ると、タイヤが回転方向と逆向きに着いていた。ちゃんと確認してから組みつけろよ・・・。
後で自分でつけ替えりゃ済むことなんだけど、面倒なのでこの場でつけ替えてもらうことにした。
逆でも問題ないとのたまうメカの兄ちゃん・・・ま、大きな問題はないんだろうけどさ。雨の日の水切りなんかに差があるでしょ?メーカがわざわざ指定してるんだから逆向きに履いていては気分が悪いではないか。
タイヤの向きを替えてもらって、これで正真正銘のパーフェクト!

交換済みの古いホイールを見ると、まだ真新しいはずのリムフラップがビリビリになっていた。これでよくパンクせずにここまでもったもんだ・・・。
大荷物を積んでの悪路走行はバイクにとって想像以上に過酷なものらしい。(ま、当たり前だけど・・・)
かなり気遣って乗っているはずだが、キャノンデールのリア・ホイールもスポークが三本ほど軽く変形している。
予備のリムフラップも追加で一本買っておいた。で、工賃込みのトータル費用が11,880Ft。ハブやらカセットを持ち込んだお陰でだいぶ安く上がった。もちろん日本に比べりゃかなり安い。

そんなこんなで早めに帰るつもりが結局昨日と似たような時間になってしまい、最後はライトを点けてナイトランとなった。
往復50kmのブダペストまで二日も通いながら、まだほとんど何も見てない・・・。明日こそ観光に繰り出す。
昨日も今日も管理人のおばちゃんがおらず、朝掃除のおばちゃんに身振り手振りでもう二泊したい旨話しておいたのだが、どうやら話はちゃんと伝わっていたらしい。水道関係も修理済みで、今日は問題なく水が使えた。

18所々ダートになる_サイズ変更 18IMGP7594_サイズ変更
自転車道を繋いでブダペストへ             川沿いは爽快

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大型船の行き来する国際河川              自転車屋の店内

18IMGP7604_サイズ変更
ドーズ復活!

2011/10/19 水
始:10:15 ~ 終:19:15 走行:66km
Szentendre ~ Budapest ~ Szentendre

朝のうちは晴れていたが午後から曇った。今朝は冷え込みが弱く、川面も白く煙っていなかった。
ここのキャンプ場は管理人がいないことが多いのだが、今朝はおばちゃんがいたのでもう一泊したい旨話しをし、ついでに払えるときに未払いの二日分の宿代を払っておいた。
と、「寒いからこっちのロッジに泊まっていいわよ」てなことを言ってくれた。一昨日熱々のシャワーを浴びさせてもらったヒーター完備のロッジである。
テント泊の料金でこんなロッジに泊めてもらえるなんて・・・ありがたや~。お言葉に甘えさせてもらうことにして、即引越し。

今日は早めに出ようと思っていたのだが、そんなこんなで結局出発は10:00過ぎ。
勝手知ったる自転車道を繋いで一路ブダペストへ。
三日目にしてようやく王宮の丘に上る。朝からちょっと霞掛かっていてコンディションは今ひとつだが、それでもドナウ川の眺めはなかなかよかった。
驚いたのは、王宮があるだけかと思っていた丘の上が一つの町のようになっていたことだ。観光客もたくさんいる。こんな時季でもいるところにはいるんだねぇ。日本人とか中国人とか、アジア系の人たちを久々に見たわ。

王宮の丘を後にしてその隣にあるゲッレールトの丘へ。自転車があると非常に便利だわ。
ゲッレールトの丘は王宮の丘よりずっと高く、標高が235mある。麓から標高差200mのちょっとしたヒルクライム。
空身なので進む、進む。荷物がないとこんなにも軽いものか。30Tなんて軟弱なギアはもちろん必要なく、39Tでグングン上がる、上がる。
丘の上からの眺めは・・・まぁこんなもんか。これで古い建物が破壊されず残っていたら、さぞかし素晴らしい眺めだったことだろう。
丘の一番高いところにシュロの葉を掲げた女神像がある。ナチスからの解放を記念してソ連軍が建てたものらしい。で、以前はここに戦死したソ連兵の名を刻んだ慰霊碑やソ連兵の像もあったらしいのだが、ソ連崩壊後に撤去されたという話。所詮そんなもんだよなぁ・・・現金なもんです。

丘から下りてエルジェーベト橋を渡りペスト側へ。
ちょっとだけ持っていたウクライナのお金をようやく両替えできた。
そのままネットをしにマックへ。久々に為替レートを調べてぶっ飛んだ。1ユーロ=105円、1ドル=76円・・・なんじゃこりゃあああ、嬉しすぎる。日本で観光業や輸出産業に携わっている人には申し訳ないが、海外旅行中の者にとっては嬉しい限り。昨日買ったホイールだって公定レート上は工賃込みで4,200円ってことになっちゃう。驚きの安さ。

ブダペストのドナウ川沿いの一部、エルジェーベト橋~アールパード橋あたりまでの自転車道はきれいに整備されていて爽快だ。
17:00過ぎ、ちょうど多くの人が会社から帰宅する時間帯には地元のローディーたちがかなりのスピードで流している。地元のローディーたちに交じってこの自転車道を集団走行するのが毎日楽しかった。楽しいだけでなく、集団走行していた方が目立つから安全だ。

先ほどマックへ行く途中、すぐ目の前でスクーターがタクシーに引っ掛けられて宙を舞った。幸いライダーは大事には至っていない様子だったが、かなり痛そうだった。久々に嫌なものを見てしまった。
自転車も、地元の人たちは4車線とか5車線の道路をスイスイと水すましのように軽快に走っているが、車道を走ることにはやはりそういったリスクがある。明日は我が身・・・気を緩めず安全第一でいこう、ヨシ!

今日も途中でとっぷりと日が暮れてナイトランになった。狭いダートのナイトランにもすっかり慣れてしまった。

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勝手知ったる自転車道で今日もブダペストへ    王宮からの眺め・・・白っ茶けててまったくパッとしない

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nakappie

Author:nakappie
1970年生まれ。妻と二人信州伊那谷在住。
2009年10月~2013年5月の旅を記録するために”なかっぴー通信”をスタートさせました。
現在は伊那谷にて節約生活をしながら充電中。
2014年4月、ブログのタイトルを”なかっぴー通信NEO”に改めました。
信州伊那谷より~旅のこと、山のこと、自転車のこと、そして田舎暮らしのことなどなど・・・気ままに綴ってゆきます。
”おもしろきこともなき世をおもしろく”そんなふうに生きていけたらいいですね。

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