ドナウを渡ってスロヴァキア

2011/10/21 金
始:10:00 ~ 終:17:30 走行:67km
~ Dömös ~ Pilismarot ~ Esztergom ~ 国境 ~ Štúrovo ~ Gbelce ~ Pribetaの先

昨晩の雨は22:00過ぎに上がった。雨まで降ったお陰で朝の冷え込みは弱かった。
早朝は曇っていたが9:00頃になると青空が見え始め、一日よい天気になった。

まずはドナウ川沿いの11号でエステルゴムまで。
昨日と同様に途中で自転車道が現れたり、消滅したり。人気のルートなのか、久々に荷物を満載したバイカーとも二、三人すれ違った。

エステルゴムは落ち着きのある美しい町だった。
ドナウ川に面した高台に建つ大聖堂が見事だ。想像していたよりずっと大きく、要塞のようにドーンと聳えている。
大聖堂の近くに架かるマーリア・ヴァレーリア橋でドナウ川を渡ればスロヴァキアだ。
小ぢんまりしたエステルゴムの町でラストTejfölを食べてハンガリーのお金をきれいに使い切る。
ハンガリーともこれでお別れ。橋を渡っていざスロヴァキア!

橋の上から、そしてスロヴァキア側に渡った先からの大聖堂の眺めが素晴らしい。おそらくスロヴァキア側から眺めた方が迫力がある。
スロヴァキアとの国境には特に何もなくスルー。イミグレや税関の類があった跡すらなかった。
橋を渡った先からNové Zámky方面に向かって走る。すぐにLiDL(大型チェーンのスーパー)があったので、スロヴァキアの通貨と水が飲めるかどうかチェックするため寄ってみる。
スロヴァキアの通貨はユーロに替わっていた。値段表示はスロヴァキア・コルナでもしてあるから、移行したのはそれほど前のことではなかろう。
水は5Lとか10Lのビッグ・ボトルが売っていないから、おそらく井戸水なり水道水が飲める。

スロヴァキアは面積が北海道の3/5ほどしかなく、かつ国土のほとんどは山岳地帯。国土の北半分がカルパチア山脈に連なるタトラ山地となっていて、2,500m級の峰々が林立している。このタトラの岩峰群はさぞ素晴らしいらしく、山ヤの自分らとしては無論そこに興味があるわけであるが、如何せん時季が悪い。10月末にタトラの峰々を越えるのはおそらくかなり厳しく、泣く泣く西から迂回することにした。

さて、自分が中高で地理や歴史を習ったとき、チェコとスロヴァキアはチェコスロヴァキアという一つの連邦国家だった。連邦を解消し分離、独立したのは1993年のこと。自分が学部の4年か大学院の1年のときのことであるが、不思議とリアルタイムのニュースの記憶がまったくない。気付いたときには二つの国になっていた、という感じ。

入国初日の印象では、ハンガリーよりさらに西欧に近くなったように思える。ただし物価はハンガリーよりちょっと安いか?
そして入国初日にしてなんだが、不思議なくらいこれといった特徴がない・・・。
公用語のスロヴァキア語はチェコ語とかなり近い。おそらく方言程度の差しかなかろう。
チェコ語で「こんにちは」は「ドブリー・デン」(スロヴァキア語ではちょっと発音が異なるみたい)。これはウクライナ語とまったく一緒だから面白い。

Štúrovoから509号で北西に向かう。
車はさすがにシュコダが多い。
チェコのシュコダやスペインのセアトといったメーカは日本では馴染みがないが、ヨーロッパや中東、中南米諸国といったところでは少なからぬシェアを占めていて、けっこう目にする。
話が脱線するが、逆にほとんど目にすることがないのがアメ車だ。これらの地ではフォード以外はまず目にしないと言っていい。フォードの場合は欧州フォードであろうから、実質的には欧州車と言って差し支えないと思う。
特に影が薄いのがGMとクライスラー。一歩本国の外に出ると悲しいくらい影が薄い。本国の内と外でこれだけ受け入れられ方に差のあるメーカというのも珍しい。
それでもまだシボレーはメキシコや中米あたりでポツポツ目にしたが、大半はオペルやデーウ、スズキといったメーカのOEM・・・こうなってくると、ブランドとして存在する意味が果たしてあるのか?とさえ思えてくる。
昔から不思議なのだ。飛行機を作らせたらあんなに機能的でカッコイイものを作るのに、どうして車だけこうなっちゃうのかと・・・。
自転車だって欧州車を凌駕するようなものを作れるのに、何故車だけこうなっちゃうのかと・・・。実際アメリカン・ブランドの自転車はヨーロッパでもたくさん走っている。
車だけどうしてグローバルな価値観からズレてしまうのか・・・実に不思議だ。

509号を走っている途中、Gbelceの町で井戸を見つけ水を汲もうとした。キコキコ動かすと水が出るには出たが、茶色く濁っている。しばらく出していればきれいになるかと粘っていたら、近所に住むおっちゃんが家から見えたのか井戸のところにやって来て、「こいつは使えない」と教えてくれた。
自宅の水をくれると言うのでありがたくいただくことに。おっちゃんは、ありがたいことに一緒にリンゴもいっぱいくれた。本当にありがたいことです。

スロヴァキアに入国以来、道路標識を見るたび疑問に思っていることがある。
町の名が必ず二通り書かれている。地図にも同様に町の名が二通り表示されている。
例えば「Gbelce」なら上段に「Gbelce」、下段に「Köbölkút」といった風に。
上段のものはもちろんスロヴァキア語の地名であろうが、果たして下段の地名は何を意味しているのか?謎である。
もしかしてチェコスロバキア時代は地名が違っていたのか?チェコでの呼称を付記しているのか?(この謎は翌日解明した)

509号は、幹線ではないのだが予想以上に大きな道だった。畑の中をズドンと道が通っている。走っていて楽しくないし、横を車が猛スピードで追い越していくから危険。
そして何より困ったのはテン場が見当たらないこと。どこまで行っても道の両側は畑・・・テン場がまったくない。
Pribetaを過ぎてしばらくの、Dvory方面行きの道(511号)が分岐したところで509号に見切りをつけ、511号に入ってみた。511号はしばらく森の中を走っていて、枝道が現れたところでダートの枝道に入り、雑木林の中にようやく幕営。
ハンガリーより北にあるスロヴァキアの方が暖かいのか、このあたりはまだ木々の葉が青々としている。

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いざスロヴァキアへ                     エステルゴムの大聖堂

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小ぢんまりしてて感じのいいエステルゴムの町    スロヴァキア突入

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橋の上から見るエステルゴムの大聖堂         道路の周りはずっと畑

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雑木林の中・・・木々の葉がまだ青々としている

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Trackback [0] | Comment [0] | Category [■ 081_Slovakia / スロヴァキア] | 2012.02.27(Mon) PageTop
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スロヴァキアってどんな国?

2011/10/22 土
始:10:00 ~ 終:17:40 走行:82km
~ Bajč ~ Nové Zámky ~ Palárikovo ~ Selice ~ Trnovec ~ Šala ~ Močenok ~ Hájske ~ Pata ~ Pusté Sady ~ Dvorníky ~ Bojničky

無風快晴。朝の冷え込みも弱かった。スロヴァキア南部の平原地帯は比較的温暖なようである。
509号に戻ってBajčまで走り、そこで合流した64号でNové Zámkyまで。Nové Zámkyの先で75号に入ってみたものの・・・
ここまでどの道も非常に退屈。道はまっすぐ伸びていて路面もきれいだから効率よく距離を伸ばせるのだけれど、走っていて面白いことが何もない。激しく退屈。そして面白くない以上に、車がすぐ横を猛スピードで走り抜けていくからとても危険。
明らかにその延長となっている75号を走るのはやめた。

道路番号のない細い道に入る。ようやく安心して走れる感じのいい田舎道になった。が、スロヴァキアの場合、道路番号のないこんな道でも路面はきれいで道幅も割りと広い=車はそれなりに通る。
それでもこの道に入ってようやく小さな村や町も通るようになった。
Seliceのバーで地元の人たちに交じって休憩。皆さん朝からがんがんビールを飲んでいて、中にはけっこうベロベロの人もいる。
ここでおっちゃんに教えてもらって昨日の謎が解明した。二種類併記されている地名、上段はもちろんスロヴァキア語で、下段の方はフンガリッシュつまりハンガリー語ということであった。
昔のハンガリー帝国時代の名残り・・・ということになるのであろうか。
スロヴァキアはハンガリーに支配されていた時代が長かった。
10世紀初頭に大モラヴィア王国がマジャール人に滅ぼされて以降、1918年にチェコスロヴァキアが成立すまで実に1,000年もの間ハンガリーの支配下にあったことになる。今でも国中の地名にその頃の名残りがある、ということになるのか。

「で、あんたらどこから来たの?ベトナム?」
・・・最近はベトナム人と言われることが多い。

Seliceからしばらく走ったところでいったん75号に合流する。
Šala のTESCO(たぶんハンガリーの大型スーパーチェーン)でちょっと早いが食料の買い出し。
小さな町にはだいたいどこでもcoopがあるのだけれど、土日はどこも午前中しか営業していなかった・・・。大型チェーンのスーパーは土日も関係なく開いているので助かる。

遠回りになるが、Šalaからまた名無しの細い道に入る。
多少は田舎っぽくなる。が、やはりこれといった特徴がない。小さな町を通り抜けても、家の造りを見ても、スーパーやカフェに入ってみても、特にこれといった特徴がない。なんか不思議な国だな、スロヴァキア。
どこの国を走っているのかわからなくなる。スロヴァキアらしいというのはいったいどういう感じなのだろう?

Močenokの町中に公共の井戸を見つけて試してみたが、ちょっと鉄臭いので汲むのをやめた。素直にその先のGSで水道水を5Lもらった。
これでいつでも幕営可能。
が、スロヴァキアで最大の問題はテン場が見当たらないこと。道沿いには人が満遍なく住んでいて集落が途切れない上、集落以外のところはきれいに整備された畑ばかりでまったくつけ入る隙がない。
今日も16:00頃からテン場を探し始めたが一向に見つからず、日没の迫った17:30近くになって緊急措置として道路脇のちょっとした牧草地のようなところに幕営した。
これから先が思いやられる。

22IMGP7685_サイズ変更 22スロバキア名とハンガリー名が標示してある_サイズ変更
ひたすら退屈な道                     上:スロヴァキア語、下:ハンガリー語

22IMGP7693_サイズ変更 22IMGP7699_サイズ変更
ようやく田舎道に入ったが・・・              相変らず周りは畑で退屈

22スロバキアのバー_サイズ変更 22ビールを飲みにきていたおっちゃんたちと_サイズ変更
スロヴァキアの田舎のバー                ビールを飲みに来ていたおっちゃんたち

22P1110819_サイズ変更
道路脇の牧草地のようなところ

2011/10/23 日
始:10:50 ~ 終:16:20 走行:54km
~ Hlohovec ~ Jalšové ~ Sokolovce ~ Ratnovce ~ Banka ~ Moravanz ~ Modrovka ~ Hrádok ~ Nová Ves ~ Kočovce ~ Rakoľuby ~ Beckov

昨晩は快晴だったのに6:00頃から雨が降り出し、しばらく様子を見る。
夜は快晴なのに朝になると曇ってしまう、という天気がこのあたりは多い。
9:00前くらいに雨が上がったので出発の準備を始める。
日が短くなってきてだんだん時間との勝負になってきた。最近は行動時間が6時間ほどしかとれなくなっている。

Bojničkyから標高差100mほどの丘を一つ越えるとHlohovec。
今日通る町では一番大きな町で、LiDLがあったのでさっそく買い出し。近くのGSでガソリンも購入。
Hlohovecから507号をひたすら北上。
507号はVáh川沿いの広い谷を北上するルートで、アウトバーンのE75や幹線の61号と並走している。道は驚くほどきれいだが、相変らずこれといった特徴がなく少々退屈な道である。
チェコ同様スロヴァキアも第二次大戦の戦災を免れたはずであるが、古い家は少なく、新しく見える家々にも特にこれといった特徴はない。
自転車に乗りながら眺めている景色、その景色が日本のどこかであると言われてもきっと信じるな・・・。
スロヴァキアらしい、という風景は東部の山岳地帯に残っているのかもしれない。
ところで、山がちなスロヴァキアもハンガリーに劣らぬ温泉国で(と言うかハンガリーから伝わったのかもしれないけど)、地図を見ているとあちこちに温泉がある。

朝こそ冷え込まなかったが、一日中どんよりと曇って寒い一日だった。時折り小雨もパラつき、いつもなら一番暖かい午後の時間帯が一番寒かった。
今日は日曜で、どこの集落もゴースト・タウンのように静まり返っている。
なかなか水をもらえそうなところがなく、Beckovまで北上。道路脇のバーが開いていたので、ビールを飲むついでに5Lのボトルに水をもらった。
世界一美味しいと言われるチェコのビール。ここはまだスロヴァキアだが、さすがにビールは旨かった。
バーの中は暖炉が灯っていてポカポカ。そこで皆さんビールを飲んでいる。

Beckovに入る手前の岩山の裾野にテン場にいい場所があった、とマユミに言われてちょっと戻ってみる。
道路のすぐ脇であるが、茂みがあって一応道路からはほとんど見えない。この先テン場に恵まれる可能性もほとんどゼロ、おまけに天気も怪しい・・・。
ちょっと早いが幕営を決め込む。
地形がちょっと山がちになって多少なりともテン場が見つかるようになった・・・ような気がする、いやそう信じたい。

23IMGP7713_サイズ変更 23ビールも飲んで水をもらう_サイズ変更
道路は驚くほどきれい                   ビールは安くて旨い(生ビール一杯0.75E)

2310/23の野営地 道路脇の草地_サイズ変更
道路脇の草地

2011/10/24 月
始:10:00 ~ 終:16:40 走行:53km
~ Trenč. Stankovce ~ Trenč. Turná ~ Trenčín ~ Trenč. Teplá ~ Nová Dubrica ~ Nemšová ~ Bolešov ~ Slavnica ~ Pruské ~ Horovce ~ Lednické Rovne

曇り時々雨。今朝も6:00頃から雨が降った。9:00頃になるといったん上がり、出発の10:00頃になると時々青空も見えていた。
Beckovには岩山の上に朽ち果てた古城があって道路からよく見える。特に観光地になっているわけでもなければ町の呼び物になっているわけでもない荒城であるが、天空に聳え立つ様はなかなか迫力がある。険しい岩山の上に立つ様がメテオラの修道院を思わせる。
昨日に続いて507号を北上し、Trenčínを目指す。道は相変らずきれいである。
途中で雨が強くなってバス停で雨宿り。今日も天気が冴えない。

Trenčínに入ってすぐ道沿いに自転車屋を見つけ、寄ってみる。いろんな国で自転車屋をのぞいてみるのは楽しい。
ここの自転車屋はAUTHORという、店の人に聞いたらチェコのメーカのバイクや部品、備品を主に扱っている店だった。さすがに部品や備品はなんでも置いてある。こんな店がどこにでもあれば何があっても安心なんだけれど・・・。
いくつか欲しいものがあった。まずはドーズのライト。ダイナモ式のが今着いているのだけれど、今ひとつ使い勝手がよくないし調子も悪いので新調することにした。
せっかくなのでAUTHORのLEDライトを購入。12E也、チ~ン。ご当地の珍しい部品や備品を買うのも実に楽しい。
そしてそのうちどこかで買いたいと思っていたのが冬用グローブ。二人揃ってこれまたAUTHORの防水・防風・透湿グローブ(ホントか?)を購入。16.5E+18.5E也、チ~ン。
フィニッシュラインのチェーンルブが置いてあるのが目に入り、(まだ手持ちのがたんまり残っているけど)ついでに購入。「雪でも大丈夫だぞ」というおっちゃんの言葉に釣られてクロカン用の緑キャップの方を買う。6.5E也、チ~ン。
好きなものの買い物ってのは楽しいもんだ。

自転車屋を出るとまた雨・・・。強い降りじゃないので買ったばかりのグローブを装着して走る。せっかくなのでトレンチーンの町をちょっと見てみることにした。
トレンチーンは、遠くから望むと山の中腹に高層ビルの建ち並ぶなんの面白味もなさそうな町に見えるが、旧市街には中世の面影が残っていてなかなかいい雰囲気。
Mierové広場の前の丘に聳えるトレンチーン城はなかなかの迫力。こちらはBeckovの古城と違って見事に修復されている。
旧市街を離れたら雨が強くなり、タイミングよく現れたLiDLで雨宿りがてら食料の買い出し。

買い物中に雨が上がり、気分よく走り始める。
大きな町でありがちなようにルートをロスト。61号と並走する道をしばらく走ってみたが、結局この道もちょっと先で61号と合流。諦めてしばしの間61号を走る。
Nová Dubricaで57号に入ってアウトバーンを渡り、Váh川の右岸に出てようやく507号に復帰。引き続き507号を辿る。

しばらく走っていると、後ろから気合の入ったロッシンのクロモリバイクに乗ったおっちゃんが追いついてきた。
休憩がてら話をすると自転車好きのおっちゃんで、残念ながら言葉がわからないので言っていることはほとんど理解できないが、昔、自転車でオーストリアまで行ったことがあるみたいだ。
「3km先にバーがあるからお茶でも飲もう」みたいなことを言っている。
おっちゃんは見るからに金がなさそうだった。恥ずかしながら自分は最初、おっちゃんが奢ってくれと言っているのかと思った。
ま、お茶やビールを奢るくらいいいや、とおっちゃんについてしばらく走り、Horovceの道路沿いにあるバーへ。先に着いていたおっちゃんが手招きしてバーに通してくれた。
自分らがバーに入ったときには既にお茶を注文して勘定も済ませていた(スロヴァキアのバーは原則先払いである)。おっちゃんはなけなしの金で自分ら二人にお茶を奢ってくれたのだ。
おっちゃんにたかられているのかと思った自分が恥ずかしい・・・。
おっちゃんの好意に甘えてお茶をいただきながらしばしおしゃべり。おっちゃんはしきりに何かを伝えたそうであったのだが、残念ながら言葉がわからない。言葉の壁ってやつは本当に歯がゆい。
「もう一杯飲むかい?」とまで言ってくれたが、さすがに遠慮した。おっちゃんは自分らがまだ先に進むだろうことを察して長居しようとはせず、お茶を飲み終えるとすぐ促されて店を出た。
おっちゃんと写真を撮り、礼を言って別れた。見えなくなるまで後ろで手を振ってくれていたおっちゃん、不覚にも名前を聞くのを忘れてしまった・・・。

これまでいろいろな国でたくさんの人たちの温かいもてなしを受けてきた。
言葉も通じない見知らぬ外国人の旅人、そういう人間をつかまえてお茶を奢ったり家に招いたり、なかなかできることじゃないと思う。自分を含め得てして日本人はそういうことが苦手かもしれない。外国人というだけで引いてしまうかもしれない。でも、そういうことができる国の人たちは素敵だと思う。ぜひとも見習いたいと強く思った。

おっちゃんと別れてからすぐにテン場を探し始める。
そうそう、お茶を飲んだバーで5Lのボトルに水ももらった。スロヴァキアではバーで水をもらうパターンがすっかり定着した。
隣町のLednické Rovneを出てすぐのところ、Váh川の近くにある大きな池の畔に格好のテン場を見つけて幕営した。
山沿いに来てようやく町の感じもよくなってきたように思える。

24IMGP7745_サイズ変更 24トレンチーンの自転車屋_サイズ変更
Beckovの古城                       トレンチーンの自転車屋

24トレンチーン城_サイズ変更 24ロッシンのバイクで追いついてきたおっちゃん_サイズ変更
トレンチーン城                       ロッシンのバイクで追いついてきたおっちゃん

24IMGP7758_サイズ変更 24バーでお茶を奢ってくれた_サイズ変更
おっちゃんに先導されて・・・               バーでお茶をご馳走になった

24不覚にも名前を聞くのを忘れた_サイズ変更 2410/24の野営地 大きな池の畔_サイズ変更
不覚にも名前を聞き忘れた・・・             大きな池の畔

2011/10/25 火
停滞。
夜が明けると毎度おなじみのどんよりした天気。8:00頃から雨が降り出し、その後風も出てきた。さながら秋の嵐といった様相。
昼まで様子を見たが一向に回復の兆しは見えず、停滞することに決定。天気のせいで停滞するのなんて実に久しぶりだ。
ここ最近の様子を見るに、実のところ停滞してもあまり意味はない。停滞というのは翌日以降の好天を期待してするもので、毎日こんな感じの天気だと停滞しても無駄である。
動けそうなら動いた方がいいのであるが、今日ばかりは停滞してよかった。午後から雨、風ともに強まったから・・・。
テントの設営と撤収には、天気によらず同じ時間がかかる。同じ時間をかけるからにはなるべく長い時間行動したいものである。
明日の天気に期待する。

2011/10/26 水
始:9:15 ~ 終:16:30 走行:81km
~ Púchov ~ Nimnica ~ Udicá ~ Šebeštánova ~ Bytča ~ Kotešová ~ Veľké Rovné ~ Turzovka ~ Staškov ~ Raková ~ Čadca ~ Svrčinovec

夜が明けても相変らずどんよりした天気。でも心なしか昨日よりはマシ。曲がりなりにも停滞した甲斐があった。
今朝も7:00頃からおっちゃんが一人釣りに来ていた。テン場の近くに魚の鱗を落とした跡があったけど、それによると池にはかなり大型の魚がいるらしい。

引き続き507号を辿る。
停滞中に食料を食べつくしたので、Púchovで早速買い出し。先の状況も不透明なので夕食の買い出しも早々に済ませた。
Púchovにダムがあって、Váh川はその上流でドナウ川ほどの川幅になる。
道路がきれいでバイクが前に進む。が、相変らず走っていてあまり面白い道ではない。

Bytčaで再度スーパーに寄っている間に雨になった。強い降りではないし、雨雲の下を脱すればやみそうなのでかまわず走る。
Kotešováで541号に入り、ようやく507号とバイバイ。ここから山岳ステージになる。峠の標高は700mほど、標高差は400mほどである。
道のきれいなダラダラした上りで楽勝かと思ったら、最後に12%の上り。キャ~やめて~・・・と言いつつ坂バカの血が騒ぐ。
嬉しいことに早々に買い出しも済ませてフロントのバッグもパンパン、30Tを回しているのが信じられないくらい重い。シッティングで踏んでいると今にも立ちゴケしそうでダンシングに切り替えると、荷物に振られてその名の通りバイクがダンシング。
でも、クライマーとして途中で足を着いたら負け・・・そんなどうでもいい自分だけのルールに縛られて喘ぐ。久々にしごかれてしまった。
結局そんな激坂が3、4km続き、坂を上り切った時には汗ダラダラ。うまい具合に上り切ったところにバス停があり、そこでマユミを待ちつつクールダウン。
ここまであまり寒くなかったスロヴァキアだけど、さすがに700mまで上ると寒い。
しばらくするとマユミが喘ぎながら上がってきた。それでもまだけっこう余裕があるように見えるのは気のせいか?
ドーズのギアは24×28だから30×27のキャノンデールよりかなり軽い。さすがにこういう坂では威力を発揮するように思えてきた。
道路を挟んでバス停の向かいにバーがあり、図々しくもそこで何も飲まずに水だけ5Lもらった。

上りが12%なら反対側の下りも12%の九十九折り。ウォ~バイクが止まらねぇ・・・。
坂を下りきったところでT字路となり、道は487号となった。道が広くなって交通量も増える。途中からテン場を探しながら走ったが、集落は途切れず左側は線路・・・相変らずつけ入る隙がない。
そのまま走り続けると、Čadcaで幹線の11号に出てしまった。最悪。
大型だらけでひたすら不快な11号を5kmほど走るとSvrčinovec。ここでポーランドのZwardońに抜ける道が分岐する。分岐に入って一息つく。
この付近で三国の国境が交わっていて、チェコとの国境まで4km、ポーランドとの国境まで6~7kmほどである。
分岐に入ってすぐ、道路脇の斜面に牧草地が広がっていた。偵察してみると、ラッキーなことに斜面を上がった先に平坦地がある。幕営決定。
川を挟んで反対側の斜面に家が建ち並び、家々の煙突から暖炉の煙が上がっている。ちょっとだけラピュタの中でパズーの住んでいた村を思わせる光景(鉱山町じゃないけど)。

国土が小さく山がちなスロヴァキア。人口は600万人に満たないが、思えば日本と似ている。
テン場探しに苦労させられるのは、集落と集落の間に無人地帯がなくどこにも満遍なく人が住んでいるためである。

25IMGP7772_サイズ変更 2512%の激坂の終了点_サイズ変更
だんだん山っぽくなってくる                激坂の終了点

25IMGP7793_サイズ変更 2510/26の野営地 道路脇の牧草地の丘の上_サイズ変更
はじめて見たポーランドの標示板(なぜか国境の15kmも手前)    眺めのよい牧草地   

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Author:nakappie
1970年生まれ。妻と二人信州伊那谷在住。
2009年10月~2013年5月の旅を記録するために”なかっぴー通信”をスタートさせました。
現在は伊那谷にて節約生活をしながら充電中。
2014年4月、ブログのタイトルを”なかっぴー通信NEO”に改めました。
信州伊那谷より~旅のこと、山のこと、自転車のこと、そして田舎暮らしのことなどなど・・・気ままに綴ってゆきます。
”おもしろきこともなき世をおもしろく”そんなふうに生きていけたらいいですね。

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