(好きでもないのに)三たびポーランド その1

2011/10/27 木
始:10:00 ~ 終:16:00 走行:62km
~ Čierne ~ Skalité ~ 国境 ~ Zwardoń ~ Rajcza ~ Milówka ~ Żywiec ~ J. Żywieckie

夜が明けるとガスで真っ白。川向こうの集落もまったく見えない。日が出ればすぐに晴れそうだが、背後の山に遮られてなかなか日が出ない。
出発の10:00近くになってようやくガスが晴れてきた。ガスさえ晴れればスッキリいい天気かと思いきや、やはり雲が多かった。

ポーランド国境まではちょっとした山岳ステージ。最後はまた10%オーバーの上りで朝からしごかれた。
スロヴァキアという国は、最後の最後まで良くも悪しくも印象の薄い国だった。悪くはないのだけれど、特にこれといった印象がない。
唯一(と言っては語弊があるが)スロヴァキアの車のナンバー・プレートは同じEU圏でもこれまでの国と違って、タトラの峰々を描いた国の紋章が入っていてカッコイイ。

スロヴァキア側の国境近くはちょうどアウトバーンを建設中だった。
国境にはイミグレのあった跡すらなくスルー。が、国境を越えてすぐ異変に気付いた。
国境を越えた先も一本道。が、その一本道がどう見てもアウトバーンっぽい。まだできたばかりの真新しい立派なアウトバーン。
地図上は69号というただの国道であるが、実際の道路標示はS69。これってやっぱアウトバーンだよなぁ・・・いやいやそんなはずはなかろう、接続しているスロヴァキア側は狭い一般道だし、それでは車でしか越境できないことになってしまう。たまには自転車で越境する人だっているはずだ。

半信半疑のままS69を走る。なんてったって道はこれ一本しかないのだから・・・。
道標によると、Żywiecまで28km。Żywiecまで行けば69号から逃れられる。交通量は少ないし路側帯も広い。これなら安心して走れるか。
すれ違うドライバーも特にこちらに注目している様子はないように見える。アウトバーンってのは気のせいだったか?
しばらく走るとトンネルがあった。こいつは珍しい。ここまではじめて見るトンネルだ。トンネル手前のスペースに自転車を止めて写真を撮る。
トンネルの長さは678m。念のためライトを点滅させていざ突入!
と、いきなりどこかのスピーカーからがなりたてる声が・・・。
ビックリして立ち止まる。シーン・・・自分らに言ってるわけではないか。気を取り直して突入しようとすると、またがなりたてられる。そんなことを二、三度繰り返した。
どう考えても自分らに言ってるよなぁ・・・ポーランド語で、何を言っているのかまったくわからないが、明らかに自分らに対してトンネルに入るなと警告している。
突入するのを断念して道路脇のスペースに戻る。いったいどうしろって言うんだよ~
誰か関係者でも飛んで来ないかなぁとしばらく待ってみたが、誰も来そうにない。

ちょっと手前にインターチェンジがあった。アウトバーンをしばらく走ったお陰で、ここまで来ればどうにか迂回できそうである。
そそくさと反対車線に渡って少し戻り、インターチェンジを下りる。
振り返って道標を見ると、S69は正真正銘のアウトバーン。酷いなぁ・・・いったいどういう道路の造りにしてんだよ~!越境した途端なんでポーランド側だけいきなりアウトバーンになっちゃうわけ?自転車で越境した人はどうすりゃよかったんだよ~!
これだからポーランドは嫌いだ。

さて、インターを下りた先から選択肢は二つあった。西からWisła経由で迂回する山越えの道と、東からRajcza経由で迂回する道。
Wisła経由の道は距離は短いのだが、見るからに険しい山岳路。峠を二つも越えねばならず、おそらくかなりの激坂。しかも目指すŻywiecのかなり北に出てしまう。却下。
Rajcza経由で迂回することにした。

Rajcazへの道は、山間を走るのどかな道で感じがよかった。スロヴァキア側のこちょこちょした感じがなくなった。
一歩越えただけでガラリと雰囲気が変わるから国境ってのは不思議だ。
が、よかったのは束の間のMilówkaまで。Milówkaで69号(今度こそ正真正銘のただの69号)に合流すると、おなじみのポルスカらしさ全開!
車が多い!とにかく多い!なんでこんなに車が多いんだ、この国は!しかもいたるところ工事中・・・。自転車で走ってこんなに不快かつ危険な国はヨーロッパに他にない。ダントツの不快さ。
できれば二度と走りたくないポーランド。なんでそんな国に三度も足を踏み入れたのかと言うと、Oświęcimに行かんがため。
オシフィエンチム・・・ドイツ名はアウシュヴィッツ。言わずと知れたナチの強制収容所があったところ。
この町はチェコとスロヴァキアとの国境近くに位置していて、チェコやスロヴァキアからアプローチした方が近い。ポーランド国内で言えばクラクフの西55kmほどのところにある。

Milówkaから不快極まりない69号を走ってŻywiecまで。
ホントになんでこんなに車が多いんだ、この国は。しかもいたるところ工事中だし・・・。
いったいこの先どこへ向かおうとしているのだ、ポルスカよ!

Żywiecで食料の買い出しをして946号に入る。ポーランドは水も飲めないから、5Lのペットボトル入りの水も買う。
946号に入ってようやく逃げられると思ったら、甘かった。
Żywiecは小さな町であるが、信号のある所々で車が渋滞している・・・何で???ホンッッットに不快だ、この国は。
車の多いことをとっても道の造りをとっても工事が多いことをとっても、日本もあまり人のことをとやかく言えた義理ではないかもしれないが、でも酷すぎる!
思えば一昔前、バブル期の頃の日本と似ているのかもしれない、今のポーランドは。

ホトホト嫌になりながら946号を走っていると、J. Żywieckie湖の近くでキャンプ場の看板を発見。
閉まってそうだけど念のためのぞいてみるか、と行ってみたら奇跡的に開いていた。ちょっと中途半端であるが、今日はここに泊まることに決定!
J. Żywieckie湖を見下ろせるなかなかのロケーション。船の整備をしている関係者と、半ばトレーラーハウスに住んでいるおっちゃんくらいしかいない。完全に貸し切り状態で、シャワールームも鍵を貸してくれて自分ら専用。料金が異様に安くて二人で一泊20zł(590円くらい)。
キャンプ場に泊まる日は忙しい。テントを張ったら速攻でシャワーを浴びて洗濯。

27IMGP7798_サイズ変更 27スロヴァキア・チップス_サイズ変更
牧草地から道路に下りる                 ちなみにチェコではボヘミア・チップスになる

27IMGP7803_サイズ変更 27建設中のアウトバーン_サイズ変更
国の紋章が入ったナンバー                建設中のアウトバーン

27三たびポーランド_サイズ変更 27アウトバーンを走る_サイズ変更
ポーランド三たび突入                   国境先の一本道がいきなりアウトバーンに・・・

27突入しようとしたらスピーカーからなにやらがなりたてられた_サイズ変更 27IMGP7817_サイズ変更
突入しようとしたらがなりたてられた・・・        やはりアウトバーンだったS69

27IMGP7819_サイズ変更 27IMGP7821_サイズ変更
Rajcazへの道は気持ちのいい道だった・・・      途中までは・・・

27IMGP7825_サイズ変更 2710/27のテン場 キャンプ場_サイズ変更
すぐにポルスカらしさ全開!               湖畔の高台にあるキャンプ場

2011/10/28 金
始:11:00 ~ 終:15:30 走行:44km
~ Oczków ~ Czernichów ~ Kobiernice ~ Kęty ~ Oświęcimの5km手前

久々に快晴!そして久々にありえないくらい露が降りた。テントも地面の草も何もかもびしょびしょ。
朝もまったく寒くない。いったいハンガリーの寒さは何だったのか?
昨晩シャワー室に干しておいた洗濯物を日に当てて乾かそうと思ったら、管理人のおばちゃんがヒーターの上に移動しておいてくれて既に乾いていた。ありがとう、おばちゃん!
びしょびしょのテントをのんびり乾かしてから出発。

入口の門のところで看板を入れて写真を撮ろうとしていて気が付いた。昨晩泊まったここ、実はキャンプ場ではなかった・・・。いや、キャンプ場も兼ねているのかもしれないけど、あくまでボートを預かるマリーナのような施設。だからあんなに安い料金でテントを張らせてくれたのか。どうりでテント・サイトが狭いと思った。
ちなみに、道路の看板で見たキャンプ場はもう少し奥にあった。(もう閉まっているようだった)
ここも今朝は門が閉まっていたし、昨日開いていたのはただの偶然だと思う。いや~ラッキーだった。

今日も変わらず車の多い948号を北上する。
J. Żywieckie湖はダム湖だった。Czernichówにダムがあり、その先のKobierniceまでダム湖が続いている。
ダムから先はダム湖沿いを走る気持ちのよいルート。晴天とも相まって木々の黄葉がとても美しい。
ヨーロッパには日本のように紅く染まる木はほとんどない。黄葉もせず中途半端な茶色になって散ってしまう木が多い。
チェコ及びスロヴァキアとの国境地帯はポーランドで唯一の山岳地帯。と言っても山はなだらかで、標高は高い山でも1,500mほど。ポーランドは国土のほぼ全域が平坦地である。
その割りに昔から強靭なクライマー(登攀の方の)を多く輩出している。クルティカとかククチカ、etc...。
自然がふんだんに残っていて、気持ちのいい明るい森がそこかしこにある。テン場にも事欠かない。

惜しい・・・実に惜しいぞ、ポーランド!こんなに美しい国で人もいいというのに、どうしてこんなにも車が、それも大型トレーラーが多いのだ、この国は。
この一点だけが唯一の、そして自転車にとっては最大の難点。せっかく美しい国なのに、走っていて不快かつ危険なことこの上ない。
たぶんこれは自転車限定の不快さで、おそらく車やモーターバイクであれば道路の流に乗って走っている限り特に不快な思いをすることはないだろう。
車が多いことに加え、道路の造りにも原因がある。交通量が多いくせに道が狭すぎ・・・。
道幅は大型一台でいっぱいいっぱい、路側帯というものがまるでない。あんな使えない歩道をぶつ切りに造るくらいなら路側帯を設けてくれればいいのに・・・。
道が狭いがために自転車が渋滞を招いてしまう。対向車が途切れず大型にいつまでも後ろにつかれているとのんびり走ってもいられない。それでも後ろについて待ってくれるようなトラックはまだいい。対向車が来ているのに皮一枚ギリギリのところをスピードも落とさずかすめていくイカれたトラックも多いから、非常に怖い思いをする。
路側帯も何もないから逃げ場がない。もしちょっとでも接触したらアウトだぞ、この野郎!
国中どこを走ってもこんな道ばかりのポーランドである。

Oświęcimの近くに間違ってキャンプ場でもないかなぁ、などと淡い期待をしながらやって来たが、やはり望むべくもない。
町の手前5kmほどのところに川に出られそうな枝道があり、入ってみるとSolam川の広い川原に出た。今の時季は水量が少なく、ヨーロッパには珍しい日本の川のようなゴロゴロ石の転がった川床が露出していた。
場所を選定し、整地して幕営。なんかこういう石の上に幕営するのって久しぶり。
それにしても暖かい・・・川原に遊びに来ていた若い衆など半袖である。そこまで暖かくないと思うけど・・・。

余談であるが5Lのペットボトル・・・水の飲める国では何度も繰り返し使っていたペットボトル。水を買っているポーランドでは一度使っただけで即ゴミになってしまう。
なんだかとても罪悪感を覚える。

28IMGP7841_サイズ変更 28IMGP7846_サイズ変更
車さえいなければ快適                   黄葉が美しい

28IMGP7849_サイズ変更 28P1110852_サイズ変更
なんでこんなに車が多いんだ、この国は・・・      川原に幕営

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アウシュヴィッツで考えた

2011/10/29 土
始:9:25 ~ 終:16:40 走行:19km
~ Oświęcim ~ Brzeszcze

曇り。朝は特に冷え込むこともなかったが、一日中日が出ず寒い一日だった。特にアウシュヴィッツとビルケナウ・・・強制収用所跡地は何故だか外界よりグッと寒かった。

夜露でびしょ濡れのテントをそのまま撤収して早々にアウシュヴィッツへ向かう。
Oświęcimから933号に入りちょっと走ったところにその場所はあった。道路に沿っていきなり有刺鉄線を張り巡らした塀が目に入る。
アウシュヴィッツの方は現在博物館となって公開されている。
入口の駐車場のところまで行くと、朝早くから大型バスが何台も来ていて人でごった返している。それにしてもすごい人だ。次から次からやってくる。今の時季でこの有様だから、きっと夏にはものすごい数の人が訪れるのだろう。

アウシュヴィッツもビルケナウも基本的に入場料は無料である。
ここは自分たちのペースでじっくり見たいと思っていた。ともに数年前までは自由に見ることができたはずであるが、現在アウシュヴィッツの方はガイド・ツアーでないと入れないようになっていた。係の人に聞いたら、15:00以降なら自由に見て回ることができるという話・・・実質的にはガイド・ツアーで見学することになる。
英語とポーランド語と、他にもいくつか言語があったかな・・・タイミングよく英語のツアーが出発するところだったのでこれに参加。
ガイド料は一人40zł。ヘッドフォンとレシーバーを受け取ってガイドについて回る。
ちなみに、公認の日本人ガイドも一人いて、予め予約しておけばその方に日本語でガイドしてもらうことも可能。

敷地は広く建屋の数も多いから、とてもすべてを見て回ることはできない。ツアーで回るのは収容所内のごく一部である。
あまりにもいろいろな建屋がありすぎて、勝手に見て回っていたのでは何がなんだかわからなかったに違いない。そういった意味ではガイドしてもらってよかった。
アウシュヴィッツについて、ここでは特に何も語るまい。ここで目にするもののすべてがおぞましい事実を静かに語っている。

ガイド・ツアーが次から次に数珠繋ぎでやって来るから、あまりじっくり見ていることはできない。次から次へと案内されてけっこう忙しい。そんな駆け足のガイドでもアウシュヴィッツだけでたっぷり二時間かかった。それでも見ることができたのは収容所内のごく一部。

ビルケナウの方は勝手に見て回るのかと思ったら、同じガイドが案内してくれると言うので引き続きツアーに参加。
ビルケナウ(第二アウシュヴィッツ)はアウシュヴィッツから3kmほどのところにあるさらに広大な収容所である。5~11月の間は両者の間を無料の連絡バスが走っている。
自転車をアウシュヴィッツに置いてバスでビルケナウに移動。「死の門」をくぐって鉄道の引込み線が敷かれていて、広大な敷地の中で唐突に終わっている。
敷地面積1.4平方キロ。とにかく広大な敷地内にバラックが点々と原形をとどめて残っている。立入可能なエリアは基本的に自由に見て回ることができるが、ここもあまりに広すぎて何がなんだかわからないから一通りガイドしてもらった方がいいと思う。
移動時間も含め、ビルケナウの方もツアーはたっぷり二時間。時間があればその後敷地内を自由に見て回ることができる。

収容されていた人たちの寝起きしていたバラックやトイレは当時の姿をとどめているが、もちろん今はきれいにされている。よって当時の状態を思い浮かべるには想像力が必要だ。
一つの狭い棚に五人が寝起き、ダニやシラミ、あたりには排泄物が散乱しネズミが走り回る。劣悪すぎる環境だったろうな、特に臭いが・・・。
こういったバラックなどはよく映画のシーンにも出てくるけど、そこまでリアルに再現されていないから勘違いしがちになる。実際はもっと過酷です・・・これは実際目で見て想像してみないとわからないな。

「ナチの医師がユダヤ人を選別しているところ」とか、写真に写されたまさにその場所に当時撮られた写真が立てられているのも妙にリアリティーがある。およそ70年前に撮られた写真と寸分たがわぬバラックが今目の前に建っている。見ていてゾッとする。

ビルケナウの方のガス室と焼却場とされているところは、証拠隠蔽のため終戦間際にナチの親衛隊によって解体、爆破されており、瓦礫となってその姿を晒している。

さて、ツアーに参加してガイドの説明を聞いていて思ったのは、現地ツアーにドイツ人が飛び入りで参加するのは無理だろうなということ。あまりに辛すぎる。
ガイドはいちいち「ナチのドイツが」という言い方はせず「ドイツは」「ドイツ人は」と言い続けるから、いたたまれなくなってその場から逃げ出したくなるに違いない。
実際にはアウシュヴィッツを訪れているドイツ人は多いのであるが、ほとんどはドイツ人のツアーに参加しているはずだ。でないとちょっと辛すぎる。
ちなみに、自分らのツアーはアイルランドとカナダの団体客が多かった。
もちろんホロコーストは完全にドイツの犯罪であって、弁護の余地はまったくない。
当時ユダヤ人を公然と差別していたのは何もドイツに限った話ではないが、大々的にあのような暴挙に出たのはナチのドイツであり、ヨーロッパの他の国の人たちからすればこの件に関しては完全にドイツだけが向こう側の国、収容所を訪れる人たちを見ていてそんな印象を受けた。

アウシュヴィッツで殺戮されたのはユダヤ人だけではない。最終的には9割がユダヤ人ということになるのだけれど、アウシュヴィッツができた当初に犠牲になったのはポーランド人が多かった。他にジプシーやソ連軍捕虜、同性愛者などが犠牲になった。
被った悲劇からすると当然なのかもしれないが、ホロコーストに対するユダヤ人の執念はすごい。数年おきにホロコーストを題材にした映画が公開されるのも、ホロコーストという事実を未来永劫色褪せないようにせんがため。

昔、自分が高校生の頃だったか、マルコポーロ事件というのがあった。
「ナチのガス室はなかった」という大胆な論を述べた人がいて、それを掲載したマルコポーロという雑誌が(主にアメリカ在住の)ユダヤ人協会の圧力で廃刊に追い込まれたという事件だ。
極東の小さな島国の一雑誌で異を唱えることも許さない。ユダヤ人の執念はすごいなと思うと同時に、ユダヤ人の力はすごいなと当時思ったものだった。
ちなみに、自分は書籍化されたものを読んだことがあるが、内容は何もホロコーストを否定しているわけではなく、ガス室とされている建物の構造などからして実はガス室というものは存在しなかったのではないか、亡くなったユダヤ人の多くはチフスが原因ではないか、というものだ。パレスチナ問題なども絡めて書かれたなかなか興味深い本であったことを覚えている。

アウシュヴィッツは、今後二度とあのようなおろかな歴史を繰り返さぬよう、できればすべての人が一度その目で見たほうがよい場所だ。
人間とはおろかなもので、その後もジェノサイドはいくつも引き起こされている。ルワンダしかり、ボスニア・ヘルツェゴヴィナしかり・・・である。
ユダヤ人とて、ホロコーストでは被害者であった彼らが、今パレスチナの地では加害者になっているのはおろかなことだ。

アウシュヴィッツを後にして933号を西に向かい、Brzeszczeを出てすぐに渡った川の土手の下にある広い草地の木陰に幕営。
車が多く、相変らず道を走っていて不快なポーランドであるが、テン場に事欠かないのはありがたい。

29アウシュヴィッツ_サイズ変更 29P1110861_サイズ変更
「働けば自由になる」                    何故この地に収容所があるのか・・・輸送に好都合だったから

29P1110865_サイズ変更 29P1110869_サイズ変更
犠牲者の義足や義手                   帰るつもりで鞄には名前を書いておいた

29P1110871_サイズ変更 29P1110877_サイズ変更
夥しい数の靴                        いくつもある監視塔

29銃殺に使われた壁_サイズ変更 29P1110883_サイズ変更
銃殺に使われた「死の壁」
              
29P1110886_サイズ変更 29ガス室とされているところの内部_サイズ変更
                                 ガス室

29P1110897_サイズ変更 29P1110904_サイズ変更
ビルケナウの鉄道引込み線と「死の門」         解体、爆破されたガス室と焼却場

29P1110907_サイズ変更 29P1110911_サイズ変更
                                 女用のバラック

29IMGP7864_サイズ変更 29男子用バラックのトイレ_サイズ変更
                                 男用バラックのトイレ

29男子用バラックの室内_サイズ変更
男用バラック

29P1110926_サイズ変更
川の土手下の草地

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(好きでもないのに)三たびポーランド その2

2011/10/30 日
始:9:40 ~ 終:16:40 走行:52km
~ Miedżna ~ Pszczyna ~ Wisła Wlk. ~ Strumień ~ Bakow ~ Cieszynの10km手前

朝は曇っていて霧もかかっていたが、午後から晴れた。
越えようとしているチェコ国境までは60km強といったところ。越境するのが夕方になってしまうためポーランドでもう一日刻むことに。
ポーランドのお金もちょっと余りそうなので、今日は途中で買い物しながらのんびり移動。

相変らずテントは乾く暇もなく、濡れたまま撤収して出発。
933号を西に走り、Pszczynaにあった大きなスーパーで買い物。買い物ったって歯ブラシとか靴下とかそんなものだけど。
Pszczynaから1号をちょっとだけ南下し、すぐ939号に入る。道路脇のGSでガソリンを購入。
今日は日曜で車が少なく、あまり不快な思いをせずに済んだ。車さえ少なければポーランドは美しくて快適な国である。
939号はJ. Goczałkowickie湖沿いを走る気持ちのいい道だった(おそらく日曜限定)。道を軽快に流しているローディーとも何人か行き会った。

Strumieńのスーパーで食料の買い出し。珍しくスーパーの中に両替所があってふと見ると、チェコ・コルナのレートが表示されていた。
スロヴァキアがユーロになっていたからてっきりチェコはとっくにユーロになっているものと思っていたが・・・チェコの通貨はまだコルナのままらしい。ちょっと意外。
スーパーの先にあった今日何軒目かによったGSでようやくチェコの地図が手に入った。
81号を突っ切った先で938号に入る。938号をまっすぐ南下すれば国境の町Cieszynである。

ここまであまりテン場に困ることのなかったポーランドであったが、今日は珍しく苦戦した。
938号沿いはどうにも集落が途切れず、森とか川とか湖といったものもなくてテン場が見当たらない。このまま走り続けるとCieszynに入ってしまうので、10kmほど手前のところで畑の中にあった林の中に幕営。畑の防風林といった感じで明らかに人の土地であろうから、暗くなるまでちょっと落ち着かなかった。
10月最終日曜である今晩というか明日の深夜2:00でサマータイムが終わる。

30IMGP7882_サイズ変更 30IMGP7889_サイズ変更
秋真っ盛り!                 今日は車が少なくて快適だった

30IMGP7897_サイズ変更 3010/30の野営地 畑の際の林の中_サイズ変更
たぶん日曜限定                       畑の中の防風林

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Author:nakappie
1970年生まれ。妻と二人信州伊那谷在住。
2009年10月~2013年5月の旅を記録するために”なかっぴー通信”をスタートさせました。
現在は伊那谷にて節約生活をしながら充電中。
2014年4月、ブログのタイトルを”なかっぴー通信NEO”に改めました。
信州伊那谷より~旅のこと、山のこと、自転車のこと、そして田舎暮らしのことなどなど・・・気ままに綴ってゆきます。
”おもしろきこともなき世をおもしろく”そんなふうに生きていけたらいいですね。

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