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峠は越せるのだろうか???

2012/4/22 日
始:9:30(トルコ時間) ~ 終:17:50(グルジア時間) 走行:56km
Batumi ~ Keda

6:00頃雨が降って様子を見たが、7:00頃には上がってその後は晴れた。
朝も牛や羊が勝手に出勤してきた。朝からほのぼのとした気分になる。
昨晩から風が強く、テントの撤収と荷物の積み込みに一苦労。
9:30出発。グルジアのお金も地図もないので、ひとまずバトゥミの町中へ。日曜であることを心配していたのであるが、基本的に日曜でも関係ないようである。店はどこも開いていた。
バトゥミの町中は道がガタガタ、車も多くてけっこう走りにくい。こういう無秩序な感じもなんだか久しぶり。

グルジアの通貨はラリ(GEL)で、レートは1E=2.19GELといったところ。両替所がいたるところにあって米ドルかユーロならどこでも両替できるが、先のことを考えるとこんなところで使いたくはなく、ATMで下ろした。ATMもそこそこある。
物価はトルコに比べてググッと下がる。タバコも安くて、一箱1.2GELほどである。
国家語であるグルジア語は独特のグルジア文字を使っているのだが、ハッキリ言ってこれはまったく読めない。見た目はタイとかミャンマーあたりの文字にむしろ似ている。
公的な標識や看板の多くは、ラテン文字が併記されていてとても助かる。

さて地図であるが、久々に言葉の壁に阻まれて探すのに苦労した。
ようやく売っている本屋を教えてもらって辿り着いたのだけれど、そこにも小学生が書いたようなツーリストマップしか置いてなかった。ないよりマシかと、とりあえず買っておく。

町中で腹ごしらえして仕切りなおし。少し戻ってM1に入り、アルメニア国境を目指す。
M1はアルメニアに続く幹線であるが、小さな峠を一つ越えると山岳路になり、バトゥミからちょっと離れただけでいい感じの田舎道になる。車は少なく、意外にも路面はキレイである。
大味なトルコの景色をしばらく見慣れていたので、こういう素朴な景色は久しぶり。新緑が眩しく、青空によく映える。水の溜まったところではカエルの大合唱・・・心にしみる景色だ。
牛がいたるところにいるのだが、番をする人や犬はどこにもいない。勝手に道路を歩いて草を食べに行き、夕方になると勝手に家に帰るのだと思う。一見インドの野良牛っぽい。

しばらくはChorokhi川に沿って谷を遡る。川沿いの道だから勾配は緩い。雪解け水で川は濁流となっている。
グルジアは水にはまったく困らない。そこかしこに水場があるし、水場がなくとも道路脇のいたるとこから水が流れ出ている。グルジアもけっこうな山国である。

Kedaの手前で雲につかまり、商店の軒下を借りて暫し雨宿り。山間部に入ってからいっそう天気が不安定になった。
そのうち周りに人が集まってくる。その中の一人、船員であるというザザは英語が話せた。
おっちゃんらにどこに行くのか聞かれて答えると、なにやらしきりに言ってくれている。ザザが通訳してくれたところによると、どうやら雪で峠が通れないらしい。
やはり今年は雪が多かったようである。まだ路上に2mも雪が残っていると説明してくれた。
うぅぅむ、バトゥミでわかっていれば別の迂回路をとったのに・・・。
詳細な情報をとるために、おっちゃんらが道路を走ってきたミニバスをとめて運ちゃんに聞いてくれた。それによると・・・やはり雪で通れないらしい。不通の区間は3kmほどという話。
危ないけど歩いてなら越えられる、とザザは言う。本当だろうか・・・。
雨がやんだ頃、ザザたちが近くにある滝や石橋を案内してくれた。このあたりの見どころであるらしい。

さて困った。どうしたものか・・・。バトゥミに戻って迂回するとなると、アルメニアに行くのにかなり遠回りになる。
雪の状態が不明だけれど、ここは「歩いてなら越えられる」というザザの言葉を信じてみるか・・・。
どうやら峠の手前にはスキー場があり、ホテルなんかもあるらしい。もう少し詰めて様子を見ることにした。

Kedaで商店に寄って食料の買い出し。
すると親切なおっちゃんがやって来てあれこれ教えてくれた。やはりものすごい雪で峠は越えられないらしい・・・おっちゃんは遥か頭上を指しながら声を大にして説明してくれた。
40km先にポリスがいるから詳細はそこで聞いてみろ、とも教えてくれた。
ダメだったら戻ってくりゃいいとおっちゃんは言ってくれたのだけれど・・・さらに40kmも詰めて峠を越えられなかったらショックだな。

とりあえず、今日のところはもう少し詰めたところで幕営することにした。
谷がだいぶ狭まってテン場に乏しくなったが、どうにか川岸に平坦地を見つけて幕営。19:30頃雨になった。
トルコとの間には一時間の時差があり、行動途中で時計を一時間進めた。

さて、グルジアについてちょっと触れておく。
ご存知の通り、グルジア、アルメニア、アゼルバイジャンの三国は旧ソ連邦領である。グルジアとロシアの国境付近にはカフカス山脈が横たわっていて、カフカス最高峰のエルブルース(5,642m)もここにある。
この三国のある所謂南カフカス(南コーカサス)の地は、ロシア領の北カフカス同様、民族的に非常に複雑である。
知らない共和国がたくさんあり、グルジア内だけでもアチャラ自治共和国、自称アブハジア共和国、自称南オセチア共和国、と三つある。ちなみに、自分らの今いるところもアチャラ自治共和国の領内である。
このうちアブハジアと南オセチアはグルジアの実効支配が及んでおらず、実質的にはロシアの一部のような状態となっている。双方とも領内で通用しているのはグルジア・ラリではなくロシア・ルーブルであるし、アブハジアにいたっては独自にビザまで発給しているらしい。ちなみに、アブハジアのビザがパスポートにあると、グルジア入国に支障をきたす模様。
アチャラ自治共和国はアチャラ人の自治共和国である。アチャラ人というのは、この地がオスマン帝国領であった時代にイスラム教に改宗したグルジア人のことをいう。
事実上中央から独立していた時期もあったが、平和裏にグルジアに回収されて現在にいたっている。
そのアチャラ自治共和国の首都がバトゥミである。

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標識はラテン文字併記で助かる              景色がトルコからガラッと変わる

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牛がたくさんいる                        心にしみる山村の景色

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ザザたちが近くの滝を案内してくれた            それと石橋・・・

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マガジンに集まった人たち                   もう少し谷を詰めてみる

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「ダメだったら戻ってくりゃいいんじゃねーか」          川岸の平坦地に幕営

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Trackback [0] | Comment [0] | Category [■ 096_Georgia 1 / グルジア 1] | 2013.08.31(Sat) PageTop
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グルジアの美しき道・M11 その1

2012/4/23 月
始:9:10 ~ 終:17:20 走行:54km
~ Shuakhevi ~ Khulo ~ Bodzauri

いろいろ考えた末、昨晩はバトゥミに戻る方向で話がまとまっていた。が、できればこのままこの道を詰めたい・・・とても美しいルートだからだ。
朝起きると快晴。「このままもう少し詰めてみよう」と一瞬で気が変わって出発。

途中、ナンを焼くいい匂いに誘われて峠の茶屋のようなところによる。
焼きたてのナンは激ウマだ。
ここはマルシュルートカ(ミニバスの乗り合いタクシー)も寄るところになっていて、おっちゃんたちがまとめてナンを買っていく。焼き上がったナンが飛ぶようにはけていく。
ナンを焼いているおっちゃんが生地を薄く伸ばすところを見せてくれたりした。

さらに詰めたところで、路上で呼び止めてきたじいちゃんが「雪が3mもあって通れねぇぞ」と教えてくれた。
「3mもあるの?」
「んだーんだー」
ロシア語で「イエス」は「ダー」。これが「んだーんだー」と聞こえるから、どこか日本の田舎でじいちゃんと話しをしているような気分になってくる。

その先のShuakheviという村にポリスがいたので状況を確認。
こういうとき片言でも英語のできる人がどこからともなく現われて助けてくれる。曰く、「通れる、通れる。路上には雪はない」と。

一筋の光明が見えて次のKhulo村に乗り込むと、「雪で通れない」と誰もが言う。
人に尋ねているとインド並みに人が集まってくるから面白い。
うぅぅむ、どうなんだろう???誰も最新の状況を知らないだけなのではあるまいか?自分の目で確かめないと今ひとつ信用できない。
もう少し詰めてみることに。

Khuloから先は道がダートになる。
かなりの標高をいったん下るらしい・・・本格的に下る前にいったん立ち止まって考える。ちなみにKhuloの標高が1,000m弱。
うぅぅむ、Khuloに戻ってポリスにきちんと確認することにしよう・・・内心は半ばバトゥミに戻って迂回しようという気分になっていた。

Khuloに戻ってポリスの場所を聞くと、激坂を上った先だという話。けっこう遠いんか、もしかして?
若者が案内してくれようとしたのだが、「面倒だからバトゥミに戻っちまおう」と制止していると、一人のおっちゃんが電話してポリスを呼んでくれた。なんと・・・。
人がわんさか集まってくる。
最初はポリスも通れないと言っていた。どうやら峠は越せるのだが、その先が雪で通れないらしい・・・。
うぅぅむ、このへんが悩ましいところなんだよなぁ・・・通れないってのは車両が通行できないだけで歩いて通ることはできるのか???

ポリスがどこかに電話して確認してくれた。
電話を代われと言うので借りて出てみると、英語を話していた。ツーリスト・インフォメーションか何か?
その人曰く、やはり峠の先が2kmほど雪で不通になっているという話。
雪の上を歩いて通れるか聞いてみると、そうしたいのなら可能だと言う。どうやら歩いて越えることはできるらしい。距離は2kmほど。急に希望が湧いてきた。

腹ごしらえをして食料の買い出しをし、意気揚々と出発。
珍しくアメリカ人老夫婦の旅行者がいた。バトゥミからタクシーで来たらしい。旦那さんの方は、自転車で旅する自分らを見て開いた口が塞がらないといった感じ。彼には自転車旅の素晴らしさなんて死んでもわかるまい。

Khuloからのダートの道はきつかった。
一度800m弱のところまで下ってそこから上り。途中、小さな村々をいくつも通る。やはり雪で通れないと声をかけてくれる人がいる。
・・・先ほど電話で教えてもらった情報がおそらく正しかろう。やはり自分の目で確かめてみないとわからんな、これは・・・。

この道は美しい。ダメなら引き返すことになってもいいや・・・と思えるくらい美しい。
トルコ国境の近くをアルメニアへと抜けるM11・・・これまでに走ったルートの中で一番美しいかもしれない。でもハード。途中に逃げ道はない。行くか戻るか。

しばらく詰めたところで、道端でビールを飲んでいたおっちゃんたちに声をかけられて暫し休憩。
あれこれ聞いてみても抜けられないとは言っていない。
おっちゃんの一人はアルツィリという名。トルコ語も話せたがこちらが解せず今ひとつ話が通じず、たまたま通りかかった車を止めてくれたところ、またまた英語を話せる人が登場。この人も船乗りだった。
曰く、「五日前まで通れなかったが、除雪されて通れるようになった」
やけにリアルな情報・・・これはもしかして全線走れるかも・・・。
アルツィリは、「今晩はうちに泊まって明日峠を越えろ」と言ってくれた。ありがたくそうさせてもらう。

ちょっと先の道沿いでアルツィリはマーケットを営んでいる。アルツィリと一緒にそこまで行って自転車を置かせてもらう。標高1,050mほど。
アルツィリの家は、そこから道脇の斜面を200mほど上った小さな村の中にあった。近所の人が車で家の近くまで送ってくれた。
そこはBodzauriという小さな村。桃源郷か、ここは・・・眺めのよい、実に素朴で美しい村だった。
グルジアは、国旗にクロスが五つも描かれている通り基本的にキリスト教国(グルジア正教)であるが、今いるアチャラ自治共和国はほとんどの人がムスリム。越えようとしている峠がアチャラの境界である。
ルート沿いには教会ではなくジャーミィがいくつもあり、ミナレットが目につく。アルツィリの家ももちろんムスリム。

しばらくすると、息子さんのベトがじいちゃんと一緒に牛を連れて帰ってきた。家には他に奥さんのマリナと下の子のベスィキがいる。一番上の女の子はバトゥミの大学に行っているということだった。家族全員小柄で、アルツィリはどことなく俳優のロビン・ウィリアムスに似ている。
薪ストーブで調理した美味しい料理をまずご馳走してくれた。食事は男女別。家で一番偉いのはじいちゃんだ。

食事の後、ベトが村の中を案内してくれた。
本当はいけないのだろうけど、大人の許可を得てジャーミィの中にも案内してくれた。そこにあるコーランも見せてくれた。
小ぢんまりとした可愛らしいジャーミィだが、観光用ではない実際に日々使われているジャーミィで、どことなく神聖な空気に満ちている。
ここのアザーンはスピーカーから流れるのではなく、村の老人のアカペラだった。

ジャーミィから帰った後、近所の家でシャワーを浴びさせていただいた。
最初マユミは日本人的な気遣いで遠慮しようとしたのだが、この遠慮というのは日本人特有の美徳であり、時と場合によって逆に失礼に当たると自分は思っている。こういう場合、特に浴びたくない理由でもない限り(そんな理由が自分らにあろうはずもない)、素直に浴びさせてもらう方がお互い気持ちいい。
シャワーの後その家でチャイをいただいたり、お菓子をいただいたり。
アルツィリの家に戻ってからまたチャイをいただいて、0:00過ぎにありがたくベッドで寝させてもらった。

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焼きたてのナン

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美しき道

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Khulo村・・・インド並みに人が集まる          最後はポリスがどこかへ確認してくれた

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Khuloから先はダートになる

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道端でビールを飲んでいたアルツィリたちと会った

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アルツィリの村Bodzauriへ                下の子のベスィキ

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そのうちベトとじいちゃんが牛を連れて帰ってきた

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美味しい夕食をご馳走になる

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家に遊びに来た近所の女の子             村の中を案内してくれた

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村の人たち

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手作り感いっぱいのジャーミィ              村の子供たち

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近所の家のばあちゃん・・・靴下を編んでいるところ

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その家の家族・・・シャワーを浴びさせていただいた

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アルツィリの一家

2012/4/24 火
始:12:55 ~ 終:19:30 走行:18km
~ Goderdzi峠を越えたところ

快晴。美味しい食事をいただいた後、ベトが学校に案内してくれた。と言うか、学校はとっくに始まっているっぽいが、ベトはこんな時間の登校で大丈夫なんだ・・・。実におおらかである。
ベトの家から未舗装の山道を上って高台にある学校へ。こんな素敵な道を歩いて毎日学校に行くのか・・・なんかいいよな、こういうのって。
校舎の外で校長先生が一服していて、職員室へ案内してくれた。ベトはそのままクラスの授業へ。
小さな村の学校で生徒も少ないんだろうなぁと思っていたのだが、生徒が110人、先生が20人もいるらしい。職員室には机もほとんどなく、さながら先生たちの談話室といった感じ。
コーヒーをご馳走になってから、ある先生が授業中のいくつかの教室に連れて行ってくれた。
もちろん同じ歳の子が同じクラスになっていて、6、7人しかいないクラスもあれば、20人くらいいるクラスもある。相変らず男どもは幼くて、同じクラスの女の子たちと同じ歳とはとても思えん・・・。
ちょうど昼休みになったのか、最後は全校生徒が外に出て見送ってくれた。当たり前のようにベトが家まで付き添ってくれる。学校はいいのか・・・おそらく「あの子の家は今日は変な日本人が来ているみたいだからまぁいいか」ってな感じなんだと思う。おおらかだ・・・実におおらかだ。

村の子供たちは皆素直でいい子だ。ベトもとても気の利くいい子だった。
どうしてこう子供が素直に育つのか不思議な気分だ。アルバニアもそうだったのだけれど、ムスリムの国だからなのか???

ベトとその友達、そしてアルツィリが荷物を持ってくれて下のマーケットまで送ってくれた。
そしてお別れ。たった一泊させてもらっただけだし、ベトやアルツィリもサッパリしていて別れが湿っぽくならないのはありがたい。
そこにいた人たちに見送られてダートのメインロードを行く。
1,400mを越えたあたりから雪が現れる。雪融け水で道はグチャグチャ、所々道が川になっていたり、沢が道を横切って流れていたり、春山ではお馴染みの光景。アルツィリの家を出てすぐ、渡渉で靴もびしょびしょ。

昨日村から周りを眺めたとき、Bodzauriがほぼ最奥の村かと思っていた。が、実はその奥にもいくつも村があった。
「ちょっと家に寄っていかないか」とか「チャイを飲んでいけ」とかいろいろ声をかけてくれるのだが、今日中に峠だけは越えておきたいので気持ちだけいただいておく。
途中の村に、シアトルから赴任して村で英語教師をしているというアメリカ人男性がいた。この先もずっときれいだよ、と教えてくれた。

なかなか峠に着かない・・・。道が悪くて、所々勾配も急。かなり押しが入る。
道で会った人たちが、やはり雪で通れないと忠告してくれる。真実やいかに・・・。

最後の村を過ぎて先に詰めていくと、峠から戻ってくる車二台くらいと行き会った。
言葉を交わすと、5kmほど先でやはり道は終わっているらしい。実際に今見てきた人の話だから、これは間違いない。
雪の上を歩いて越えられるか聞いてみると、大丈夫だという。

自転車を押して17:00に峠に着いた。
標高2,025m・・・ということは、標高差1,000m、距離にして15kmを走るのに(しかもほとんど休まずぶっ通しで走って)4時間もかかったことになる。
ここでも車一台と会った。どうやら雪の壁を見に来るグルジア人観光客がけっこういるようである。
先の状況を聞いてみると、やはり歩いてなら越えられるという話。
峠は広い平坦地があって実にいいテン場になっていたが、この先の雪のパートは2kmだけ。好天がいつまで続くかもわからないし、できれば今日のうちにそこを突破してしまいたい。
一服してすぐに出発。道の脇の雪の壁は聞いていた通り3m以上あるが、黒部の雪の壁を目にしている日本人には珍しくもなんともなかろう。
雪の壁の間で川となっている狭いダートの道を下る。
2kmほど下っただろうか、突如除雪作業中のブルドーザーがニ、三台目に入った。標高1,850mほど。
こいつは想定外。まさか今除雪作業をしているとは思わなかった・・・。
前に出してもらえれば雪上を歩けそうなのであるが、激しく黒煙を上げながら脇目もくれず作業を続けるブルドーザー。ちょっと前に出して・・・などととても頼めそうな空気じゃない。20:00過ぎまで明るいことだし、まだまだ作業は続きそう。今日のところは諦めか・・・。

近くにテン場を探すがいい場所はなく、道脇の狭いスペースに幕営しようと準備をはじめたら、ミニバスが一台下ってきてテントの近くに止まった。
助手席に乗っていたおっちゃんは、これから歩いてAdigeniまで行くと言う。奇遇にも、運ちゃんは昨晩シャワーを浴びさてもらった家のご主人だった。直接会っていたわけではなかったのだけれど、そう言えばシャワーを浴びて寛がせてもらっているとき、奥さんが電話で「日本からの珍客が今来てるのよ~」みたいな話をしていた。その電話の相手のご主人だった。
明日も朝早くから作業しているかもしれないし、ここは便乗させてもらっちゃおう。
張りかけたテントを急いでたたんで荷物を自転車に積み直し、ブルドーザーの運ちゃんと話をしているおっちゃんたちのところへ。
後でわかったのだけれど、ブルドーザーを運転していたおっちゃんはウォッカでベロベロだった・・・。

そのブルの前でもう二台のブルが作業中。
ちょうど急な斜面のところを開拓しているところで、どうやら単に前に出してくれるだけでなくブルで荷物を運んでくれるらしい。ありがたい。
急ぎ荷物を外してブルに積んでもらう。あれよあれよと言う間にドーズもブルの上。キャノンデールも積んでくれてしまったのだが、場所が悪くてぶっ壊れそうだったので頼んで降ろしてもらった。
マユミも一人のおっちゃんと一緒にブルの上。
道脇の雪壁の上に出ようと雪壁に突っ込んでバックと前進を繰り返し、ものすごい角度で乗り上げようとするブル・・・後ろから見ていると最高点に向かうジェットコースターか何かのように見える。ひっくり返って外に立っているマユミもおっちゃんも死ぬんじゃないかと思った。
見ていてヒヤヒヤする反面、振り落とされまいと明らかに力が入って必死にしがみついているマユミの姿が滑稽だった。ここは動画を撮っておくんだった・・・。

ブルの開拓してくれた後を歩くのは楽チンだった。
1km弱ほど歩くと広い雪面に出て、そこでブルが止まった。ここからなら雪上を歩けそうだ。

ブルのおっちゃんは、ベロベロだったけどとても親切だった。
「荷物を降ろすより先に寝るとこだ」とばかり、ブルを止めるとすぐ近くの小屋の一つに案内してくれた。峠の周辺には夏の放牧小屋と思しき家屋がポコポコあって、案内してくれた小屋もそんなものの一つ。
中は散らかっていてテントを張るのは無理だけど、小屋の周囲数メートルは雪のない草地で快適なテン場。
おっちゃんが荷物運びも手伝ってくれたので、自転車を運んだ後一往復で済んでしまった。
雪がふんだんにあるから水はどうとでもなりそうだったのだけれど、幕営している最中におっちゃんがどこかから10Lも汲んできてくれた。
「向こうでウォッカ飲むか?」と誘ってもくれたのだけれど、気持ちだけいただいて小屋の前に急いでテントを張る。17:00過ぎ頃から遠くに入道雲が湧いて天気が怪しかったのだ。
テントを張り終えた頃雨がパラパラ。ギリギリ・セーフだった。

しばらくした頃、猟銃を背負ったおっちゃんがテントの方へやって来た。近づいてよく見たら、さっきのブルのおっちゃんだった。
熊か何かがいるらしい・・・。そう言えば、どこかで会ったおっちゃんもそんなことを言っていた。
散弾の詰められた弾帯をおもむろに外し、背負っていた猟銃と一緒に手渡してくるおっちゃん・・・どうやら銃と散弾は自分らの護身のために持ってきてくれたらしい。
が、こちらは撃ち方もよく知らん。気持ちだけいただいて持ち帰ってもらうことにした。
一緒に持ってきてくれたウォッカを乾杯して一杯だけ飲む。このままここで飲み続けるのかな・・・と思っていたら、残りのウォッカを置いておっちゃんはあっさり寝床へ帰っていった。
ありがとう、おっちゃん!

熊がいるのかと思うと恐ろしい。もちろんヒグマだろうし、冬眠明けの今が空腹で一番危険だろうし・・・。
暗くなってから小屋から角材をかき集め、テントの傍に置いといた。

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朝食のパンを準備中のマリナ              学校に行く前のベスィキ

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美味しい朝食をご馳走になる

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こんな素敵な道が通学路                 村からの眺め

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ベトたちの学校                       アットホームな職員室

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とあるクラスの女の子と・・・                男の子

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もう少し年上のクラスはコンピュータの授業中・・・全員16歳

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女の子の方がずっと大人っぽい            校長先生と

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ちょっと人見知りしてたベスィキもようやく笑顔を見せてくれるようになった

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最後は全員で見送ってくれた

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マリナに見送られてアルツィリの家を後にした    アルツィリのマーケットの前にて

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Goderdzi峠への道

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Goderdzi峠(2,025m)

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雪の壁は3m以上               峠から2kmほど下ると・・・

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ブルが除雪の真っ最中だった              ブルにしがみつくの図

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ここは動画で撮っておくべきだった・・・

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ブルの開拓してくれた道を歩くのは楽チン       ブルの運ちゃん・・・ウォッカですっかりできあがっていた

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「熊がいるからよぉ・・・これ持ってた方がいいぞ」

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グルジアの美しき道・M11 その2

2012/4/25 水
始:9:30 ~ 終:16:40 走行:24km
~ Adigeni

快晴。テントを干して9:30に出発。
テン場の標高1,850m。今日は雪上の押しからスタート。出だしは、雪が硬くも腐ってもなくて順調。

テン場からちょっと下ったところに新しい熊の足跡があった。あっ、やっぱいるのね・・・。
それほど大きな足跡ではなかったから、単独のまだ若い熊だと思う。足跡は下の川から放牧小屋のある山の方へ一直線に上っていた。

沢の渡渉があり、斜面のトラバースがあり、恐る恐るスノーブリッジを渡り・・・先の状況を偵察してはひたすら自転車を押すという作業を繰り返す。
そのうちに日向は雪が腐ってきて、車軸まで自転車が沈むようになった。何度も二人がかりで押し、それでもダメなら荷物を外す。進まねぇ・・・それでもまだ二人だからよかった。
一台が通ってトレースがつけば二台目は楽。

休まず押し続けて2時間後、ようやく雪のないところに出た。峠のこちら側もここまでは除雪がされていた。そこに一台の車が止まっているのを見つけたとき、ようやく自転車に乗れると思った。
2時間かかって進んだ距離、たったの1.8km(遅すぎて正確に測れてはいないと思うけど)。標高差にしてたった100m下っただけ。
それでもまだ下りだったから助かった。ここを逆から越えるのはそうとう大変だな・・・。

自転車に乗れると言っても、延々とダートの下り。それでも自転車に乗れるだけで幸せだった。
やはり自転車は押すもんじゃなくて乗るもんだよ、当たり前だけど・・・。

ダートの下りがまた長いこと、長いこと。いったいいつになったらアディゲーニに着くのだろう・・・そして舗装路になるのだろう・・・。
峠のこちら側は、アディゲーニまでほとんど集落がなかった。
雪上の押しで酷使した上腕に加え、ブレーキの握りすぎで手が腱鞘炎になりそう。

ちょっと前から気になっていたのだけれど、ここへ来てキャノンデールのリアのブレーキ・シューがいよいよ限界。
下りの途中で自転車を止めてブレーキ・シューを交換。イスタンブールで買い足したシューがサイズ違いでちょっと厚く(買ったときからわかっていたけど、これしかなかったから・・・)、せっかくの新品のシューをナイフで2~3mm削る。
マユミがドーズのフロントもシューがほとんどないと言うので見てみると、確かに終了している。恐るべし、中国製のシュー。オフリドで交換したばかりなのにもうないとは・・・。
ドーズのシューは一体型でメタルでリムを削ることはないから、今日のテン場までそのまま走ることにする。
キャノンデールのフロントのシューもほとんど終了していた。こちらもスロヴェニアで交換したのだけれど、今回はもたなかったなぁ・・・。

渡渉を交えつつ、ブレーキを握りっぱなしで下ること20kmほど(途中一箇所だけ100mの上り返しがあった)、ようやくアディゲーニに入った。
アディゲーニに入った途端、きれいなアスファルト舗装になった。
この感動は忘れまい。なんて走りやすいんだ、舗装路は・・・こんな道なら何キロだって走れる。心の底からそう思った。

アディゲーニの標高が1,200mほど。
バス乗り場と思しきところに小さな商店が一軒だけあり、ビスケットを買い食い。こんなときチャイを飲めれば最高なんだけれど・・・グルジアではそうもいかない。おっちゃんたちがチャイの代わりに飲んでいるのはウォッカだ。
周りに人が集まってきてしきりに話しかけてくれるのだけれど、ロシア語もグルジア語もわからないから満足に話ができない。
はっきり言って旧ソ連圏はロシア語ができないと話にならない。何かを探したりするときすごく苦労する。逆にロシア語さえできればすごい武器になる・・・日本に帰ったらロシア語勉強しよっと。
ちなみに、昔の名残りなのか年配の人たちを中心に英語よりはドイツ語の方がはるかに通用する。

さらに町の方へ下ってみたが、道路沿いには食堂の類はなく、小さな商店が一軒あるだけだった。町の中心に行けば何かしらあるのだろうけど、ダートを下って町の中に入る気にはなれなかった。
腹ペコで何か食べたいと思っていたのだけれど、諦めた。商店で晩の食料だけ買い出し。
その商店の隣が古着屋になっていて、店の人が中に招き入れてくれてチーズをご馳走してくれた。今しがた買ったばかりのパンと一緒に食べる。とても美味しいチーズだった。
たまたま店の近くにいたじいちゃんが袋いっぱいのリンゴまでくれた。

店からちょっと下ったところに水場があり、水を汲んでから靴下を洗う。
さらにちょっと下ったところに格好のテン場があった。早々に幕営を決め込む。
アディゲーニに入る手前あたりから入道雲の勢力圏内に入っていて、今にも雨が降りそうだった。雷も鳴っている。
テン場にしたところは廃屋となった牛舎の前の草地で、廃屋に自転車を入れられるから濡れないで済む。

テントを張ってからさっそくドーズのブレーキ・シューの交換。途中で雨が降ってきて廃屋の中へ避難した。
ついでにキャノンデールのフロントも交換して一息ついていると、マユミから悪魔の一言・・・「スポークが折れてる・・・」。
見るとリアのスポークが一本折れていた。
ホイールを外してスポークを交換しようとしたものの、やはりカセットを外さないとスポークが通らない。ソケットはあるものの、それを回すモンキーなりレンチを持っていないから今日のところはどうしようもない。
モンキーは重いし、使用頻度も低い。どこでも借りられるだろうと高を括って持ち歩いていないのだ。
明日どこかで借りよう。今日のところは何もできずにホイールにタイヤを組んで元に戻した。

はぁ・・・明日から快適な舗装路を目いっぱい走れると思っていたのに・・・明後日にはアルメニアに入れると思っていたのに・・・。
やはりアスランの組んだホイールはスポークを張りすぎだったと見える。ここ数日の悪路で折れたのだと思う。たぶん折れたのは今日。

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テン場を出てすぐのところに・・・             熊の足跡

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だんだん雪が腐ってくる・・・

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先の状況を偵察して・・・

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ひたすら押す

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ここが最後の難所だった

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そして雪のないところに出る               下りの途中でブレーキ・シューが終了

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美しき道

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ひたすら下る                        前方の雲が怪しくなってくる

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まだまだ続く下り・・・手が腱鞘炎になりそう      そして待望の舗装路

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袋いっぱいのリンゴをくれたじいちゃん         廃屋となった牛舎の脇の草地

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グルジアの美しき道は続く

2012/4/26 木
始:9:15 ~ 終:18:00 走行:70km
~ Ahalcihe ~ Kura川を離れて3kmの地点

快晴。
グルジアは美しい国だ。山が多く緑が豊かで、牛がたくさんいて牧草地がそこかしこにある。
AdigeniからAhalciheまで、高原の牧場といった感じの景色が続く。息をのむほど美しい・・・(ちょっと大袈裟か)。
標高1,200mのAdigeniから1,000mのAhalciheまでアップダウンが続く。道路はキレイで人も車も少ない。

Ahalciheにはやはり自転車屋というものは存在しなかった。ポリスに聞いてもみたが一軒もなし。そもそもグルジアに入ってから自転車自体まったく目にしていないような気がする・・・。
町中のGSに併設されたタイヤ工場でスパナを借りた。場所も借りて、ドーズの折れたスポークを交換しようとしたのだけれど・・・スパナ以前に手持ちのシマノのソケットが嵌らなかった。溝の形状はもちろん合っているのだが、ソケットが肉厚すぎると見え、シャフトのナットと干渉して溝まで届かない。
うぅぅむ、ソケットを買うとき店で試したら嵌ったのになんでこうなるんだか・・・これじゃカセットが外せない=スポークの交換ができない。
キッパリ諦め。ま、あとになってよくよく考えりゃベアリングの玉ごとシャフトを抜いちゃえば嵌ったんじゃないかという話なんだけど・・・(通常はそんなことせずともソケットが嵌る)。

連鎖的にスポークが次々折れるのが怖いんだけど、しばらくこのままの状態で走るしかない。
予定通りM11でアルメニアに抜け、アルメニアを周ってからトビリシに向かう。運がよければイェレバンかトビリシで直せるかもしれない。トビリシで直せなければその後は絶望的か・・・?
既にドーズのリアホイールは振れまくっていて、リアブレーキを目いっぱい広げてある状態。

Ahalciheで食料の買い出しを済ませ、気を取り直してアルメニア国境を目指す。
AhalciheからしばらくはKura川に沿って山間を遡る。これまでが嘘のように乾燥していて、ふんだんにあった水場がパタッと消えた。
ようやく見つけた水場で水を補給。ついでに顔や頭を洗って髭まで剃り、シャツや靴下を洗濯までするという堪能っぷり。快適な水場で暫し休憩・・・。
それにしても美しい。すっかりグルジアの自然に魅了されてしまった。M11・・・オススメのルートです。

グルジアは人もいい。グルジアに限らずこれまで訪れた旧ソ連邦の国々はどこも人がよかった印象だ(国自体がどうであるかはまた別な話である)。
店がことごとく旧ソ連邦然とした対面販売になってしまって物もほとんどないのが不便と言えば不便であるが、ビスケット一枚から買えるこの手の店が自分らはけっこう気に入っている。
物がないことなど補って余りあるだけの美しさがあり、人のよさがあると思う。
テン場にもまったく事欠かない。選べるほどある。

今日も15:00を過ぎた頃になると入道雲がモクモク湧いて怪しい空模様を呈していたが、不思議と雨は降らなかった。
Ahalciheから45kmほど走るとM11はKura川を離れ、今度は支流に沿って山間に入る。
途中の水場で水を汲ませてもらい、そこから2、3km走って川岸の牧草地に幕営した。標高1,250mほど。
幕営後、せめてスポークのテンションを緩めて調整しようとしたものの、ニップルが何本か回らねぇ・・・チープな携帯工具のニップル回しが悪いという話もあるが、何本かニップルをなめてしまった。
張りすぎにも程があるぞ。なんでこんなにギンギンに張っちゃったんだ、アスランよ!
あーなんかもうドーズには振り回されっぱなし。何故だかやることなすことすべて裏目に出る。

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グルジアの美しき道は続く・・・

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快晴!                            高原の牧場のようなのどかなところ

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Ahalciheからしばらく山間を遡る             これまでが嘘のように乾燥している

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快適な水場でのんびりさせてもらいました        午後になると怪しい雲が湧いてくる

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それにしても美しい・・・

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                               マガジンでリンゴをいただきました

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川岸の牧草地に幕営

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高原の町とグルジアの空手家

2012/4/27 金
始:9:25 ~ 終:17:10 走行:46km
~ Ahalkalaki ~ Bogdanovka(Ninotsminda)

快晴のちくもり。
チェーンに注油して出発。Kura川の支流に沿って谷を遡る。
途中、車の中から声をかけられて、よく見ると先日Khuloで出会ったアメリカ人夫婦だった。どのルートでここまで来たのだろう・・・?なかなかいいところに目をつけて旅をされていると思う。
その先、道路脇にマスの養殖場があり、そこで暫し休憩。手招きされて中をちょっと見せてもらった。
養殖場の外にトルコの大型トラックが止まっていて、トルコ人の運ちゃんがいい匂いを漂わせながら調理中だった。
トルコのトレーラーは腹の箱をパカッと開けるとコンロがついていて、そこで調理できるようになっている。トルコを走っているときも、運ちゃんが道路脇にトレーラーをとめて調理しているところを時どき目にした。
運ちゃんが調理していたのは、たった今目の前の養殖場で買ったと思われるマス。声をかけたらできたての唐揚げを二匹くれて、その場で食す・・・美味!新鮮でとても美味!

運ちゃんは今しがたどこかに頭をぶつけたらしく、頭から流血していた。
アルメニアからトルコへ帰る途中ということだった。それを聞いて一つ安心したことがある。実はドーズのことがあってアルメニア国境手前の峠道がどんな感じなんだかちょっと心配していたのだが、大型トレーラーが通行できるような道なら心配あるまい。

トラックを見送ってからしばらく走ると九十九折りの上りがあり、これをこなすとAhalkalaki。標高1,800mほどの高原の町である。
トルコ国境まで僅か30kmほどということもあって活気がある。行動食だけ買い足してすぐ発つつもりでいたのであるが、市が立っていて楽しそうでついブラブラ長居してしまった。ビニールシートを計り売りしていて、テントのボトムシート(山では決して使うことがないが、自転車旅ではけっこう有効)もここで買い替えた。
カートン単位でタバコがやたらと売っている。グルジアは町中で普通に買っても安いのだけれど、町中よりさらにちょっとだけ安い。「VICEROY」というタバコをヨーロッパ以来よく吸っているんだけど、町中で買うと一箱1.2GELのものがここでは1.13GEL。微々たるものだけど町中より安く、2カートンまとめ買い。

タバコを買った隣の店で一人のおっちゃんに声をかけられた。
ラファエルという名のおっちゃんは英語をちょっと話せ、空手や剣道をやっている日本通だった。店の奥に簡易道場があり、そこに案内されてコーヒーやらジュースをご馳走になりながら暫しおしゃべりした。
自分は流派についてよく知らないのだけれど、海外に広まっている空手というのは「松濤館」(字、合ってるか?)というところのが多い。キューバの空手家フレディリスたちなんかもそうだったし、アルバニアにも「松濤館」を知っている人がいた。
空手は海外でもよく聞くけれど、剣道ってのは珍しいように思う。高校のとき格技の授業でやっていたから、自分にとっては空手より馴染みがある。
面や胴、籠手といった防具が手に入らないからここでは寸止めでやってるっていう話なんだけど・・・スゲェな。剣道の寸止めって聞いたことがないけど・・・。

ラファエルは「Ahalkalakiを訪ねてくれてありがとう」と言っていた。
なかなか言えんよな、こういうこと。自分も今度日本に帰ったらぜひ外国人の旅行者に言ってあげたい。
それに近い話なんだけど、これまでヨーロッパでもトルコでもグルジアでも、よく人から「Welcome to ○○」と声をかけられた。「英語は三つしか知らないんだ」と言っていたあるトルコ人の知っているそのうちの一つも「Welcome to Turkey」だった。
日本にいるとなかなか咄嗟に出ないと思うんだけどこの言葉、言われるとけっこう嬉しいものである。ぜひ見習いたいと思う。

ラファエルとアドレス交換をして別れる。「グルジアで何かあったら電話しろ」と電話番号も教えてくれた。
すっかり長居している間に怪しい雲に囲まれてしまった・・・。
Ahalkalakiの町中でグルジアに入って初めて自転車に乗っている子どもたちを見た。自転車屋があるわけじゃなくて自転車は市場で売っているだけなのだけれど、これならさすがにトビリシには自転車屋があるかも、とちょっと期待。

Ahalkalakiから先は景色が、というか地形が一変する。緩い上りがずっと続くのだけれど山間を走っているという感じではなく、標高1,800~2,000mほどのところに広い平原が広がっている。なんだか不思議な気分だ。
龍の巣に囲まれて雷がゴロゴロ鳴っている。だいたい午後はこんな感じなのだけれど、雨は降らないからこれまた不思議。今日も結局雨には降られなかった。

Ahalkalakiを出た頃から風が強くなって肌寒くなった。
しばらく走ると、妙に埃っぽいNinotsmindaという村に入った。自分らが目指していたのはBogdanovka、国境手前最後の村であるボグダノフカで食料の買い出しをするつもりだった。
が、よくよく人に聞いてみたら、ここがそのボグダノフカだった。どうやら村の呼び名が二通りあるらしい。
それじゃあと村の商店で買い出しを済ませる。
ニノツミンダと標示されているこの村では、グルジア語は話されていなかった。人々の話しているのはたぶんアルメニア語であると思う。
文字もグルジア文字ではなくキリル文字が使われている。

水場で水を汲ませてもらって村を出る。村を出るまで子どもたちが自転車でついてきた。
風が強くて寒い・・・。
周りはどこまでも牧草地で、風さえなければどこもテン場といった状態なのだが、この風では吹きっさらしのところには幕営できない。
見晴らす先は延々と吹きっさらしの牧草地・・・これ以上進むのは諦めて、村を出てすぐ牧草地にあった朽ちた廃屋(屋根なし)の中に幕営した。
標高2,000mほど、国境まで20kmほど。

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気持ちのいい朝のテン場                  今日も快晴!

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牛がたくさんいる                      トルコの運ちゃんにマスの唐揚げをご馳走になる

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このように調理できるようになっている           ここを上ればAhalkalaki

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高原の町と・・・                       日本通の空手家ラファエル

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標高1,800~2,000mに広がる平原・・・Ahalkalakiでのんびりしてる間にすっかり怪しい雲に包まれた

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龍の巣につかまったが結局雨には降られなかった

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Ninotsmindaのマガジン                   子どもたちが自転車でついてきた

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牛追いの少年@テン場の偵察中              牧草地の中の朽ちた廃屋

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Author:nakappie
1970年生まれ。妻と二人信州伊那谷在住。
2009年10月~2013年5月の旅を記録するために”なかっぴー通信”をスタートさせました。
現在は伊那谷にて節約生活をしながら充電中。
2014年4月、ブログのタイトルを”なかっぴー通信NEO”に改めました。
信州伊那谷より~旅のこと、山のこと、自転車のこと、そして田舎暮らしのことなどなど・・・気ままに綴ってゆきます。
”おもしろきこともなき世をおもしろく”そんなふうに生きていけたらいいですね。

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