アディスアベバ その1

2010/4/27 火
思いもせず怒涛の移動日となった。
昨日色々な人に聞いたら、どうやら北行きの長距離バスは4:30か5:00頃に出るらしいので今日も3:30起き。パッキングして宿の人を叩き起こし4:00過ぎに宿を出る。
バス・パークのゲートは既に開いていた。夕方には1台もなかったのに、たくさんのバスが並んでいる。アディスアベバやアワサに直行するバスはないらしく、途中のディラ行きのバスを見つけて乗り込む。ディラまで一人47B、荷物代として一人10B取られた。エチオピアのバスは足元がとにかく狭くて窮屈だ。
5:30にバスが動き出すが、ゲートのところで足止め。一度ゲートから出たと思ったらもう一度バックしたり、何をやっているのかまったく不明。6:00頃ようやく出発となった。
天気が悪く途中雨が降ったりやんだり。道は悪くないが山道でアップダウンが多く直線部分も少ないので時間がかかる。どうも涼しいと思ったら、標高2,500mくらいのところを走っていたり・・・。エチオピアは雨が多いのだろうか、鬱蒼としていて緑が濃い。
10:30近くにディラに到着。今日は特に行き先を定めておらず、行けるところまで行くつもり。バス・パークに着くとたくさんのバスがいて、北方向はアワサ行きとシャシャマネ行きがあった。シャシャマネの方が北なので、そのままシャシャマネ行きのバスに乗り換える。シャシャマネまで一人25B。(降りるとき荷物代として二人で10B払った。)
バスはすぐ満席となり、11:00に出発。やはり山がちな道を行く。今回のバスはちょっとだけ(ホントにちょっとだけ)足元が広く、何とか足が組めたので幾分楽だった。途中の村にはパイナップルを売る子供たちがたくさんいた。小振りだがおいしそうで、しかも安いのだが、荷物になるので買えなかった。
14:00過ぎにシャシャマネに着く。今日はここまでかと思ってたのだが、外に出たらアディスアベバ行きのバスがあったのでそのまま乗り継ぐことに。半ばヤケクソ。アディスアベバまで一人57B、荷物代として二人で10B。客集めに少々時間がかかりそうだったのでバス・パークで追加の食料を調達。
15:00過ぎに満席となって出発。このバスは足元が異様に狭い上にシートが微妙に高過ぎて座っているのがとても辛かった。シャシャマネから先、道路は広くて直線部分も多く距離を稼げる。アディスアベバまでは240kmちょっとで、意外と早く着くかもと思っていたのだが、アディスアベバに近づくに従い車も増えて結局到着したのは20:00過ぎ。
首都のアディスアベバはさすがに大都会!すっかり暗くなってしまい、ここはどこ?という感じ。到着したバスのトランクから勝手に人のザックを降ろして金を請求してくる輩がいたが、「どうして払う必要がある?」と反論していると今度は「何だ金がないのか。だったらこれを持って行け」と金をくれようとする。うぅぅむ、不思議な人たちだ、エチオピア人は。根っから親切な人たちであることは間違いない。
道行く人に安宿のあるピアッサの場所を聞くと、もう少し行った乗り合いタクシー乗り場からタクシーで行けるというのでそうすることに。ハイエースの乗り合いタクシーでピアッサまで二人で4B。タクシーを降りて人に聞きながらどうにか目指すタイトゥー・ホテルに辿り着いた。タイトゥー・ホテルは1898年にメネリクⅡ世の妻タイトゥー皇后が建てたエチオピア初の西欧風ホテルという由緒正しきホテルで、たいそうな門構えのためちょっとビビッた。本館の入口は回転ドアなのだが、レセプションは本館を抜けたちょっとはずれたところにあり、本館とは別にシャワー、トイレ共同の安い部屋があった。それでも一泊108B!

27apr2010 シャシャマネ行きのバス

2010/4/28 水
アジスアベバは標高が2,400~2,500mもあり、暑くなくて過ごしやすい。今日は完全なレスト・デイ。たまった日記を書いて宿でのんびり過ごした。タイトゥー・ホテルは静かでなかなか居心地がよい。

余談20 美人大国エチオピア!
エチオピアはアフリカ随一の美人大国と言われるが間違いない。どこに行っても美男美女が溢れている。どうして周りの国とこうも顔立ちが違うのかホントに不思議だ。
インド人と共通するのだが、まずスタイルがいい。細身で顔が小さく手足が長い。目がクリッとしていて鼻筋の通ったスッキリした顔立ちの人が多く、8頭身以上の人などごまんといるから、モデル事務所の人はエチオピアでスカウトするのもありだと思う。

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ヤベロ

2010/4/26 月
エチオピア・・・アフリカでは珍しい古い歴史を持つ国。世界で最も歴史あるキリスト教王国で、失われたアークが眠る場所と言われる神秘の国。公用語のアムハラ語は独自の文字を持つ。西暦と異なる独自のエチオピア暦を使っていて、実際エチオピアのカレンダーはよくわからない。時間も独自の12時間制が使われていてヨーロピアン・タイムと異なる。
エチオピアン・タイムでは日の出の6:00を「0:00」とし、7:00を「1:00」とする。「12:00」(ヨーロピアン・タイムの18:00)が最初のサイクルの終わりで、18:00を「0:00」として次のサイクルがスタートし、翌朝6:00の「12:00」に終わる。実用上は、エチオピアン・タイムから6を引けばヨーロピアン・タイムになると覚えておけばよい。
とまぁ、エチオピアというのは見所満載の魅力的な国である。その見所を大雑把に二分すると、岩窟教会に代表される北部の宗教関係と唇に皿をはめ込んだムルシ族など南部の少数民族ということになろうか。国内の移動にとにかく時間がかかるので、じっくり見るには相当な時間が必要だ。
今回はあまり時間がないので南部の少数民族関係はカットすることにした。興味がないわけではないのだが、どうも族関係にはあまりテンションが上がらないので・・・。
今日はエチオピアの独立記念日で祝日らしい。明け方、2時間ほど激しい雨が降った。8:00近くに雨がほぼ上がったのでとりあえず朝食に行く。あいにくパンが終わってしまったらしくインジェラしかないらしい・・・。朝からインジェラというのもキツイのでお茶だけもらった。エチオピアはお茶もスパイシーで美味しい。お茶が一杯2B、300mlのコーラが5Bといったところで物価は安い。1Bは7円くらいだ。
ちなみにエチオピア人は朝からインジェラを食べている。しかも付け合せはパンだったりする。パンとインジェラって両方主食のような気がするのだが・・・。
10:00近くになっても昨日コーヒーを奢ってくれた人とは会えず、イスズでの移動は夢と消える。まぁどこかには移動できるだろうということでとりあえずバス・パークに向かう。バス・パークにはバスが1台もなかったが近くの路上に1台止まっていて、聞いたらヤベロ行きというので乗り込んだ。ヤベロまで一人50B。
乗り込んで少しするとバスが動き出す。まだ満員じゃないのに出発なのかなと思ったら、少し走ったところでUターン。どうやら客集めをしているらしい。30分も付近を流していると客も集まり、満席となったところで今度こそ出発。
雲が多く雨交じりの天気。エチオピアに入って車が右側通行に変わった。道路の状態は驚くほどよくバスは快調に飛ばす。車窓の外を眺めていると、緑の中に赤い蟻塚が目立つ。蟻塚なんて他の国にもたくさんあったが、この辺りの蟻塚はやたらと芸術的な形をしている。雨が多いためだろう、水に浸食されて芸術作品に仕上がるらしい。トーテム・ポールのようなものや指のような形をしたものなど、さながら彫刻の森といった感じで見ていて飽きない。
途中幾つかの集落に止まり、人の乗り降りもある。見ていて気付いたのだが、ズバリ!エチオピアはインドに似ている。人口が多くどこも人でごった返している。ターバンのようなものを頭に巻いた人やズボンではなく布を腰巻にしている人、女性が体に巻きつけているカラフルな布。観察しているとどこまでが冗談でどこからが本気なのかわからない人が多数いる(インド人と同じようにきっと100%本気なんだろうけど・・・)。独自の文化、宗教観を持ち、無闇に欧米の文化を取り入れないところ、細身で美男美女が多いところ、町がどことなく汚いところもインドと似ている。
インド人と同じように(自分はそう思ったことはほとんどないけれど)、一般にエチオピア人もウザイと言われている。インド、エジプト、エチオピア(もしくはモロッコ)が世界三大ウザイ国といったところか。
エチオピアでは、特に子供に「ユーユーユー」ととにかく声を掛けられる。それから「チャイナ」とも。「ユーユーユー」と声は掛けてくるのだが、実際のところ何をしたいのかはよくわからないことが多い。物を売る子も、お金や食べ物を欲しがる子も中にはいるが、単に声を掛けるだけの子も多い。物売りや物乞いも決してしつこいことはなく、Noと言えばしつこくつきまとわれることもない。(ウザイと言うならインドの方が100倍ウザイだろう)
5時間くらいかかると思ってたら、3時間半ちょっとでヤベロに着いた。ヤベロはいい天気だ。バス・パークの近くに宿を取ろうと歩いていたら、「友達が病気でそこのホテルに寝ているよ」と言ってくる人がいる。「はて?」と思って行ってみると、W君カップルがいた。思わぬところで再会した。グリーン・ホテルという宿で一泊40B、バス・パークに一番近く部屋も悪くないのでそのままチェック・イン。後になってフクちゃんとも再会した。こんな何があるわけでもないたまたま立ち寄っただけの町で再会するとはホントに奇遇だ。
夕飯を皆で一緒に食べた。W君カップルとフクちゃんはジンカに向かうらしいので今日でお別れだ。自分らは一路北へ向かう。

26apr2010 ヤベロ行きのバス

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モヤレ

2010/4/25 日
ローリーの旅 Day 2
走ってきたローリーは皆ここに泊まるようで、朝起きると何台もローリーが止まっていた。6:45に出発。ここからは道も悪く、強盗対策もあってかコンボイを組んで行く。何台かのローリーに銃を持ったアーミーが同乗し、順番に出発。
不思議なことに、昨日はまったくと言っていいほど雨の降った形跡はなかったのに、今日走っているところには水溜りも散見されるし、橋の下の川にも少量だが水が流れている。要するに今日走るところはヌタヌタのマッディ・ロードだ。水による路肩の浸食も激しく、道幅が半分もなくなっているところもある。もう少ししたら通行不能になるんじゃなかろうか。
今日は天気も悪く、所々で雨にも遭った。出発して2時間ほど走ったところで先頭の1台がスタックしたが、幸い他のローリーの運ちゃんも手伝って15分ほどで脱出成功!
ローリーは背が高いので、ヌタヌタで轍の深いところなどでは横転しそうでとても怖い。すぐ前を走るローリーの挙動を見ていると今にも横転しそうである。屋根の上になど乗っていて、万一横転したら死ぬんじゃなかろうか?
ようやくヌタヌタのエリアを抜けたと思ったら、今度は乾燥していて埃がすごい。なんて両極端な・・・。昨日は単独で走っていたのでよかったが、今日はコンボイを組んでいるので前車の巻き上げる砂埃で全身埃まみれだ。
まぁ何はともあれ、ローリーでの移動は自分としては最高に楽しかった。眺めはすこぶるよく、風も気持ちよくて最もアフリカらしい移動だったような気がする。こんな酷い道をトラックで走るなんて少なくとも日本ではまず考えられないことだ。
人から聞いていたほど辛いことはなかった、と言うか自分としては辛いことなど全くなかった。別に強がっているわけではなく、体の負担ということを考えると、例えばアルーシャ-キガリ間のバスの方がずっと厳しかった。ローリーはゆっくり走るし、(乗り合わせるローリーによるのかもしれないが)屋根の上は足を組んだり伸ばしたり、比較的自由にポジションが変えられるので自分としては辛さより気持ちよさの方が勝った感じだ。
ローリーは順調で、モヤレには12:30に到着した。最後は延々と坂道を上り、モヤレの標高は1,100mくらいある。ケニア側で最後の食事をとってエチオピアに越境する。
ケニアのイミグレでエチオピアのビザを持っているかどうか確認される。もしビザを持っていなかったら、ここで追い返されるらしい。ビザを持たずにここまで来て追い返された人がいるという話をニュー・ケニア・ロッジでも聞いた。
意気揚々とエチオピアに越境したのだが、イミグレが閉まっていた・・・。今まで何度も越境してきたけど、夜でもないのにイミグレが閉まっていたのは初めてだ。13:30にエチオピアに渡ったのだが、15:00までランチ・タイムで閉まっているらしい。国境で会ったガイドをしているというエチオピア人がいきなりコーヒーを奢ってくれた。エチオピアにはコーヒー・セレモニーという習慣があり、丁寧に入れたエチオピア・コーヒーは濃くて旨い。
15:00までの間に宿に目星をつけて金を両替えした。ケニア・シリングからエチオピア・ブルへのレートがとにかく悪い。宿はコーヒーを奢ってくれたエチオピア人が紹介してくれた。国境を越えてすぐのところにあるツーリスト・ホテルという宿で、一泊40B。他の宿も何軒か見てみたが、ここが一番まともで安かった。どこの宿も水周りの設備が悪く、水が自由に使えないのが不便ではある。トイレは穴が掘ってあるだけで、どこも有り得ないくらい汚い。エチオピアに入った途端に蝿が増えた。
15:00にイミグレに行って無事エチオピアに入国。何はともあれまずは宿でシャワーを浴び、その後町中をちょっとぶらぶらしてみた。バス・パークに行くと、翌朝5:00発のアワサ行きのバスがあった。なんとアワサまで一日で行くという。うぅぅむ・・・どうしようか迷ったがいきなり翌朝5:00発というのもきついし、コーヒーを奢ってくれた人がアワサ行きのイスズ(トラックのことをエチオピアではそう呼ぶ)を捕まえられるというのでそっちに賭けてみることにした。
町中は明かりが少なく、停電でもないのに夜になると真っ暗。宿のレストラン、と言うかバーのようなところで夕飯を食べたのだが、ここも明かりがほとんどなくて真っ暗。エチオピア人は皆、真っ暗闇で携帯の明かりやマグライトで照らして食事をしている。仕方なく自分らもヘッドランプを持ってきて食事をした。メニューはいきなりと言うかやはりと言うか、インジェラしかない。付け合せはヤギの肉。ちなみにこのヤギは先ほど庭で絞めていたやつだと思う。
インジェラというのはエチオピアの主食で、イネ科の穀物の粉を水で溶き、何故かこれを発酵させて蒸したものだ。日本ではよく「見た目は雑巾で味はゲロ」などと形容されるが、そこまで酷いことはない。同じ人間が食べているものだし、よく考えてみればそこまで不味いことがあろうはずがない。酸味があり、単独で食べるとお世辞にも美味しいとは言えないが、付け合せと一緒に食べるとけっこういける。ただ味が単調なので最後の方は飽きてしまう。
インジェラについてはちょっと心配してたのだが、マユミも何とか食べられそうだし、特に問題はなさそうだ。

25apr2010 先頭のローリーがスタック 25apr2010 ヌタヌタの道を行くローリー

25apr2010 モヤレへの道

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マルサビット

2010/4/24 土
ローリーの旅 Day 1
3:30起き、4:00に宿を出てローリー乗り場へ。チャイを飲んで待っていると、意外にも3、4台のローリーがすぐに来た。運ちゃんと交渉し、1台のローリーの屋根の上に乗れることになった。残念ながら、キャビンは7人連れくらいの家族で既にいっぱいだった。イシオロ始発ではないので、イシオロからキャビンに乗るのはなかなか難しそうだ。モヤレまで一人1,500Ksh。
4:30過ぎ、自分らが乗って少しすると出発。モヤレまで527km、途中のマルサビットまで250kmくらい。屋根の上なので景色はすこぶる良い。日の出の頃、道路脇に一頭のゾウがいた。
道は最初だけ舗装路だったがすぐにダートになる。乾燥していて凹凸も少なく道は悪くない。マルサビットまでは所々新しい道路を作る工事をしている。きっとあと数年もすれば新しい道路ができて、ずっと楽に移動できるようになることだろう。工事をしているのは全て中国企業で、中国人の姿も散見される。
道中はとにかく日差しが強烈!屋根の上のため日差しを遮るものが何もなく、走っているときは風があってまだ耐えられるが、止まるととても乗っていられない感じ。日が昇るとともに気温もグングン上がる。この辺りは標高が600mくらいしかなく、赤道直下ゆえとにかく暑い、暑すぎる!ナイロビなどは標高があり、緯度の割には過ごしやすかったのだ。
とにかく乾燥していて、しばらく雨の降った形跡などない。途中何本も橋を渡るが、橋の下は見事に干上がっていた。
ローリーを運行しているのは息の合った3人組で、2人が交替で運転する。積荷は空の水タンクのようだ。
途中で1時間ほど昼食休憩をとり(暑すぎて何も食べる気にならなかった)、16:30にマルサビット着。今日初めてまともな食事をとった。体調不良のフクちゃんはここでリタイアし、マルサビットに一泊することになった。
フクちゃんと別れ、18:00に再出発。ローリーの屋根から見る夕暮れ時の眺めがなかなか素晴らしい。1時間半ほど走ると、1台のローリーが暗闇の中で道路脇に止まっていた。パンクらしい。困ったときはお互い様、ローリーは助け合いながら国境を目指す。パンクしたローリーの前にトラックを止め、3人は1時間半ほどパンク修理の助太刀。その間、自分ら2人は屋根の上に寝床を確保して寝てたんだけど、気付くとまたローリーは動き始めていた。
23:00頃小さな集落に着いて今日の移動は終了。そのままローリーの屋根の上で寝る。一晩中雨が降らなくてホントよかった・・・。3人は夜中遅くまでトラックの整備をしていた。

24apr2010 出発の朝 24apr2010 ローリー 昼休憩の場所にて

24apr2010 ローリーからの眺め

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イシオロ

2010/4/23 金
USドルの手持ちが心細くなったので朝一にケニア・シリングをUSドルに替えた。
10:00前にチェックアウトし、宿の近くのマタツ乗り場からイシオロに向かう。マタツというのはタンザニアで言うところのダラダラのことで、要するにハイエースなどのミニバスのことだ。
11:00に満席となってイシオロへ出発。運賃は一人650Ksh。シートがゆったりしていてバスより快適だ。ここからようやく再び北上開始!実はタンザニアのアルーシャからケニアのナイロビまでは直接来ればすぐの距離である。アルーシャからルワンダ、ウガンダと時計回りにビクトリア湖を一周して、ちょっと北のナイロビに戻ってきた形になっていた。
メルーの手前で三回目の赤道を越える。今回は道路脇に「赤道」と書かれた表示板があった。表示を見たのは今回が初めてだ。
イシオロまで直通と何度も確認したのに、結局メルーで乗換えだった。まぁ乗換えはスムーズだったので特に問題はなかったけれど。
16:30にイシオロに到着。街道沿いに開けた小さな町だ。一応銀行などもある。一人のおっちゃんに案内されて、ちょっと奥にあるフレンズ・コーナー・ホテルという宿にチェックイン。汚い宿だが一泊するだけなのでまぁどうでもよい。一泊600Ksh。
暗くなった途端に町が停電しまくりでとても不便だった。宿に案内してくれたおっちゃんの紹介で一寸ランクルを拾えそうだったのだが、ちょうど整備に入ってしまったらしく明日は出ないということで淡い期待に終わった。どこまで本当の話だったのかも怪しいのだが・・・。結局、翌朝ローリーを拾うことにした。4:00から4:30の間くらいにイシオロに着くらしい。

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nakappie

Author:nakappie
1970年生まれ。妻と二人信州伊那谷在住。
2009年10月~2013年5月の旅を記録するために”なかっぴー通信”をスタートさせました。
現在は伊那谷にて節約生活をしながら充電中。
2014年4月、ブログのタイトルを”なかっぴー通信NEO”に改めました。
信州伊那谷より~旅のこと、山のこと、自転車のこと、そして田舎暮らしのことなどなど・・・気ままに綴ってゆきます。
”おもしろきこともなき世をおもしろく”そんなふうに生きていけたらいいですね。

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