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サンクリストバル・デ・ラスカサス その1

2011/5/30 月
オアハカからトゥスラへの道は広くて快適なワインディング・ロードだった。
朝7:00、11時間ほどでトゥスラに到着。標高は700~800mといったところ。
トゥスラからサンクリまでバスはなく、コレクティーボで1時間ちょっと(35N$)。標高2,200m弱のサンクリまで一気に上る。
車窓の眺めは、メキシコ・シティからオアハカあたりまでと比べて如実に緑が濃くなった。やっぱ緑が濃いと落ち着くねぇ。
白っ茶けた空気もかなり澄んだような気がする。久しぶりに青空らしい青空を見た。ようやくスモッグともバイバイだ。

サンクリストバル・デ・ラスカサス、略してサンクリはグアテマラ国境に広がるチアパス州にある。
チアパスにはメキシコの原風景が広がる、などとも言われるが、何を持って原風景としているのか。このあたりまで来ると、民族・文化・習慣的にはグアテマラに近い。共に元を辿ればマヤ文明に行き着くはずだから、当然と言えば当然。これを持ってメキシコの原風景とするのなら、それはまぁそうなのかもしれない。
自分の想像するメキシコの原風景と言えば、北部の砂漠と巨大なサボテンだけどなぁ・・・まぁ見たことないんだけど。

そのサンクリは小ぢんまりとしていて居心地のよさそうな、久々に好感の持てる町だ。
ただし、相変らずソカロ周辺はあまりにもツーリスティックで、ウンコ・エリアと言わざるを得ない。ホントにすまん、メヒコ・・・もはやこの手の造りの町にはピクリとも心が動かんわ。敢えてウンコ・エリアと呼ばせてもらおう。

今回の宿は、ソカロから1kmくらい離れた静かな場所にあるカサ・カサ。またしても日本人宿である。
宿の扉をくぐると・・・そこはなんと「大鹿村」だった。管理人のヒデさんをはじめ宿の方たちの服装、宿の感じ、これはまさに「大鹿村」以外の何者でもない。
「大鹿村」というのは、我らが中川村の隣にある村。伊那谷から山一つ奥に入った人口2,000人ちょっとの山村である。
ほとんどの人が知らないに違いない。が、この「大鹿村」、一部ヒッピー系の人たちの間では実にメジャーな場所であるということが最近判明した。
ロサスで会ったツル君、アミーゴで会ったユーコさんも知ってたし、カサ・カサの関係者も皆さん知っている。これは驚きの事実だった。
大鹿村にはヒッピー系の入植者がたくさんいて、隣に住む人に誘われて何度か行ったことがあるが、とても面白いところだ。それにしても・・・一部の人の間でここまでメジャーな場所だとは知らなかった。あーびっくりした・・・。

30may2011 サンクリストバル教会の階段・・・久々の青空 30may2011 階段の上から望むサンクリの町
サンクリストバル教会の階段・・・久々の青空    階段の上から望むサンクリの町

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オアハカ

2011/5/28 土
安いバスは足で探す。これが鉄則だ。
今回はこれを怠ったがためにやたらと高いバスに乗る破目になった。オアハカまで342N$。安いバスなら250N$ほどのはずだから、かなり高い買い物となった。
なぜ怠ってしまったのか、どうでもいいことだけれど、理由は二つある。
まずは金銭感覚の麻痺。メキシコ・シティではやたらと金を使った。歯医者とかDHLとか荷物の郵送などなど。別に贅沢をしていたわけではなく必要な出費だったのだけれど、これらの出費はいつもと桁が違った。数ペソ節約することなどどうでもよくなってしまうような出費・・・まったくもって人間の感覚とは恐ろしい。
そして停滞が長引いたことであらゆることが面倒になった。
いつもなら必ず前の日には下見して、料金や出発時刻を確認していた。今回はというと・・・「TAPO(東バスターミナル)に行って適当なバスに乗ればいっか」などという体たらく。3等バスはTAPOからは出ない、ということを知っていたにもかかわらず・・・。
こんなんで安いバスに乗れるはずがない。高い運賃は相応の見返りだ。
戒めも込めてこんな書き出しにしてみた・・・。

9:30過ぎに宿を出、久々の移動をちょっと面倒に感じながら地下鉄でTAPOへ。
上記の経緯で一番近い時間のプレミアムなチケットを買い(もちろんそれでも1等じゃないけど)、ちょっとブルーな気分でバスに乗る。
何故かやたらと眠く、白っ茶けた景色がパッとしないこともあって、バスの中ではほとんど寝ていた。
オアハカに近づくと道路の両脇に山が見え、疎らな木に交じってサボテンがポコポコ生えていた。ウチワサボテンではなく、名前は知らないけど、巨大なかりんとうのようないかにもメキシコっぽいサボテン。

6時間でオアハカに到着。2等バス・ターミナルではなくバス会社の事務所に着いた。
そのままソカロの近くまで歩く。
オアハカはメキシコの魅力を凝縮したような町、などとガイドブックには書かれている。セントロの歴史地区は世界遺産にも登録されている。
でも、ソカロ周辺は自分の感覚ではちょっとコロニアルでやたらとツーリスティックなウンコ・エリアだ。
中米以降、特にメキシコに来てからネガティブな感想が多くなっていると思うけど、ご勘弁。すまん、メヒコ・・・どうもこの手のことにまったく触手が動かなくなっている。そもそもからしてコロニアルってのが嫌いではあるのだけれどね・・・。
さらにタイミングの悪いことに、ソカロ周辺では教職員組合による座り込みが行われていた。石畳の狭い道に屋根代わりにビニール・シートを張り巡らし、その下に普通のキャンプ用テントがズラリと並んでいる。その脇に人が座っていたり寝ていたり・・・歩きにくいったらありゃしない。

おそらくオアハカで最も安い部類の宿、ホステル・ドン・アントニオはそんなエリアにあった。
一時泥棒宿との噂が立ってロンプラから、そして歩き方からも消されてしまったドン・アントニオ。隣の鍵屋が怪しいとか、ちょっと前の情報ノートにも書かれていたけど、最近は平穏な様子。
宿のオーナー一家は昔から変わらず親切で居心地は悪くない。ドミの仕切りがドアじゃなくカーテンだけなのがちょっと落ち着かない感じではある。ドミが一泊75N$。

この宿、チワワがやたらといる。次から次から出てくるけど、いったい何匹いるんだ???生まれて間もないやつも3匹いたし。
可愛いには違いないのだけれど、もはやこれは犬ではないな。何か別な愛玩動物といった感じ。人間の庇護なしでは絶対に生存できないであろう。ネコはおろか鶏にも勝てないに違いない。
人間が造りだした産物なんだけれどね・・・。
いったい寿命はどのくらいなのだろう?こう見えても普通の犬と同じくらい生きるのだろうか?
昔「ゾウの時間ネズミの時間」という本を読んだことがある。哺乳類(に限った話だったかどうかは忘れてしまった)は体が大きい種ほど寿命が長い傾向にある。が、一生のうちに心臓の鼓動する回数は変わらないという、確かそんな話だった。
チワワの場合、同じ種ではあってもとても普通の犬と同じように生きるとは思えない。
常にプルプル震えているけど、これもなんでかわからない。寒いのか?
それからチワワって走れるの?実は走ってる姿を見たことないのだけれど・・・。

チワワの話はまぁいいか。
宿自体は空いていて快適なのだけれど、ちょっと困ったのはトイレを有料で貸し出していたこと。座り込みの人たちがいるのをいいことに、うまいこと商売している。
普段はそんな商売してないのだろうけど、とにかく次から次に人がトイレを借りに来る。ただでさえ二つしかないのに、塞がっていることが多くてちょっと不便だった。

28may2011 教職員組合の座り込み 28may2011 チワワがたくさんいるドン・アントニオ
ソカロ周辺で教職員組合が座り込み         チワワがたくさんいるドン・アントニオ

2011/5/29 日
オアハカは標高が1,500mほど。メキシコ・シティよりちょっと暑い。
このあいだのバスの教訓を活かし、今回はキチンと下見をした。
2等バスターミナルから出るバスには、サンクリ行きの直通バスはなかった。州都のトゥスラで乗り換えねばならない。
宿のおっちゃんが勧めてくれた、2等バスターミナルに入ってないバス会社も訪ねてみたが、そもそもサンクリ方面行きのバスすらなかった・・・。いったいおっちゃんは何を勧めてくれたのだろうか?
そんなわけで、今晩の夜行にてトゥスラ乗換えでサンクリへ向かう。
ちなみに、2等バスターミナルの周辺は活気があってなかなか面白い。

身の振り方が定まったところで、オアハカに来た唯一の目的、トゥーレの木を見に行く。
オアハカ近郊のエル・トゥーレというところに、アメリカ大陸最大の木とされるトゥーレの木がある。
エル・トゥーレまで路線バスで40~50分ほど、運賃は5.5N$。いろんな行き先のバスがやたらとあって少々わかりにくい。
トゥーレの木はサンタマリア教会の敷地内にある。別に敷地に入らなくても眺められるけど、5N$の寄付を払って木陰のベンチで寛ぐのもいいかと。
木は確かにデカイ。樹齢2,000年以上、高さ42m、幹周り58mとある。樹種はイトスギ。
周りを鉄柵で囲まれていて外敵の侵入もないから、スズメの楽園となっていた。一本で小さな森ほどもある木に、いったいいくつの巣があることやら。
スギは日本ではじめじめしたところに好んで生えているけど、イトスギは乾燥に強いのか?それとも大昔はこんなに乾燥してなかったのか?
周囲を見回すと今は乾燥に強いマツばかりだから、後者の方が真実味があるように思う。

じっくり木を見てから、近場ではじめてモーレ料理を食べてみた。モーレ・ネグロのかかったチキン。
モーレ・ネグロはその名の通り黒いモーレ・ソースで、チョコレートが入っているのが特徴。味は微妙・・・な気がする。カレーとは香辛料の種類が違うと思うのだが、どことなくカレーの味がする。苦味の効いた出来そこないのカレー、そんな感じ。ほのかに甘味もある。微妙・・・だ。もしかしてキチンとしたレストランで食べると、まったくの別物なのかもしれないけど・・・。

宿に預けた荷物をピックアップして20:00発のバスでトゥスラへ向かう。トゥスラまでの運賃は255N$。

29may2011 アメリカ大陸最大と言われるトゥーレの木 29may2011 ぶっ飛びの幹周り58m!
アメリカ大陸最大と言われるトゥーレの木      ぶっ飛びの幹周り58m!

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停滞は続く メキシコ・シティ その4

2011/5/26 木
メキシコ・シティで野暮用は続く。
今日はネット屋でプリント・アウトしたり、コピー屋でコピーしたり、とある書類を書いてそれをDHLに出しに行ったり、何かと多忙だった。
ヨーロッパへ飛ぶ前にいらない荷物も送ろうとしていて、だったらついでに写真のデータも送るか、ってことになった。
データをSDカードとUSBにコピーして、ネット屋に持ち込んでDVDに焼いてもらう。
写真のデータをこれまで日本に送ったことはなかった。写真は普段3Mの解像度で撮っているのだが、それでも溜まりに溜まって1年7ヶ月分、トータルで16Gにもなった。塵も積もれば山となる・・・動画も多少あるとはいえ恐ろしい量だ。
結局DVDに焼くためにネット屋を2往復する破目になり、そうこうするうちに郵便局が閉まってしまった・・・。
そんなわけで、メキシコ・シティの滞在が一日延びた。明後日は発つぞ~。

今日お世話になったネット屋のおっちゃんは妙に渋い声の持ち主だった。うっとりするような低いトーンの声に、ゆったりしたテンポ。
おっちゃんが店に来ていたじいちゃんと話をしていたのだけれど、このじいちゃんもしわがれたようななかなか渋い声。やはりゆったりとした口調だし、最初二人がスペイン語で話しているとは気付かなかった。
そう言えば、渋い声でゆったりと話す人はスペイン語圏であまり見かけないような・・・。中国語やハングルでも見かけないような・・・。
単なる思い込みかもしれんけど。
日本人にはその手の人が多いような気がする。もともとテンポの遅い言語だからねぇ。英語でもたまに耳にするよなぁ・・・。
声のトーンによって言葉の印象はだいぶ変わるもんだ。

2011/5/27 金
今日ようやく荷物を送れた。
最近になってからの話だと思うのだけれど、(エアで)メキシコから日本へ450g以上の荷物を送る場合、直近3ヶ月以内の居住証明が必要となった。いや、正確に言うとこれはメキシコ政府の要請ではなく、アメリカ政府の要請である。アメリカ経由で送る荷物に対してこのような処置が取られるわけだ。(メキシコから日本へ荷物を送る場合、アメリカ経由となる)
よって、宿の電気料金や電話料金の領収証を借りて持参せねばならない。少々面倒。
同様に、アメリカ経由で送る荷物に対しては原則的に中味もチェックされる。メキシコ人がチェックするのでかなりいい加減ではあるが・・・。
居住証明とパスポートのコピーも必要。
荷物は黄色の包装紙で包まねばならない。これはおそらくメキシコの習慣で、包装紙は郵便局の近くの店などで売っている。
今回送った荷物は4.4kg。送料は意外と高くて923N$。
とにもかくにもこれにてメキシコ・シティでの任務完了!明日はようやく発つことができる。

午後から、何気にまだ行ってなかったソカロに繰り出してみた。
ここはアステカ帝国の中心地だったところで、今はコロニアル・コロニアルしていて見る影もないが、実際にソカロに面したカテドラルの裏側で遺跡の一部が見つかった。
テンプロ・マヨールと呼ばれるこの遺跡は、アステカ帝国の都テノチティトランの中央神殿跡である。
とか書きながら、実はテンプロ・マヨールは見てないけれど・・・。

ソカロ周辺はさすがにツーリスティックで人が溢れている。コロニアルでツーリスティック・・・これだけでもうげっそり。町並みは古いのだけれど、見ただけでうんざり。溜息さえ出る。
メキシコにこんな景色は求めていない。さらに言えばメキシコ・シティ自体がそうだ。こんなのメキシコに求めてないんだよなぁ・・・。

まずはメトロポリタン・カテドラルへ。
メキシコにある全ての教会を統括する、かなり大きな教会だ。が、実はこのカテドラル、もともとアステカの最高神を祀った神殿のあったところに建てられている。コルテスが神殿を破壊し、カテドラルはその石材を使って建造されたものだ。
先住民の人たちからしたらかなり屈辱的な建物だよなぁ・・・中南米の都市はそんなところばかりだ。
でも実際は、国民のほとんどがクリスチャンとなってしまった今、そんな目で見る人はほとんどいないのだろうけどね。ラテンの血も大いに関係していると思うけど・・・。
このカテドラル、大きくて重厚なのだけれど、不思議と荘厳な感じがない。微塵もない。例えばチリのサンティアゴのカテドラルのような荘厳さが感じられない。
何故か?
思うにカテドラルの中が明るすぎるのだ。教会、に限らず宗教建築の中はたいてい薄暗いと相場が決まっていそうなものだが、このカテドラルの中はやたらと明るい。何でこんなに明るくしたんだろ???
有料で見られる壁画は壮大で素晴らしかった。

次に国立宮殿へ。これもアステカの王の居城の跡に建っているのだけれど(と言うか、メキシコ・シティ自体がアステカ帝国の中心地にあった神殿や宮殿を破壊し、その石材で築かれている)、中味は荘厳な造りで素晴らしかった。
思えばメキシコ・シティの下には数限りない遺跡が埋まっているのだろうけど・・・。
国立宮殿の白眉は、何といってもディエゴ・リベラ作の巨大壁画「メキシコの歴史」。正面階段から2階部分の回廊の途中にまで及ぶ巨大な壁画だ。この壁画には人を惹きつけるパワーがある。
ちょうど宮殿内では「メキシコ建国200年展」のようなものが開かれていた。ちなみに宮殿の入場料は無料なのだけれど、展示の充実っぷりには脱帽だ。さすが国を挙げてやっているだけのことはあり、下手な博物館などよりよっぽど面白い。
19世紀から現代までのメキシコの歴史が丁寧に、趣向を凝らして説明されている。圧巻だ。
残念ながらメキシコの歴史を知らないので、肖像画の人物など誰なのかさっぱりわからなかったが、メキシコ人であればかなり面白い展示であるに違いない。
さすがに国立宮殿ともなれば警備は厳重で、ボディ・チェックはもちろん、警備員からミリタリー、スーツ姿のSPのような人たちまでやたらといた。
いずれにせよ、こいつは見て損のない代物だ。

27may2011 メトロポリタン・カテドラル 27may2011 中はやたらと明るい
メトロポリタン・カテドラル                 中はやたらと明るい

27may2011 ディエゴ・リベラ作「メキシコの歴史」 27may2011 フリーダ・カーロもちゃんといる
ディエゴ・リベラ作「メキシコの歴史」          フリーダ・カーロもちゃんといる

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まだまだ停滞 メキシコ・シティ その3

2011/5/21 土
完全に停滞の一日。
夕飯の買出しに行った他はこれといって特に何もしておらず、一日中まったり。
たぶん、これまでで一番短い日記だな・・・。

2011/5/22 日
地下鉄を乗り継いで、昼から国立人類学博物館に行ってきた。
ここのボリュームはかなりすごい。カイロの考古学博物館ほどとは言わないが、展示物の数が半端なく見応え十分。カイロの方は展示物がありすぎて収拾がつかないといった状態だったけれど、こちらの方は各展示物がちょっと贅沢なくらいゆったり整然と並べられている。
考古学、人類学の博物館としては世界でも屈指の規模とできの良さであると思う。
説明はほとんどスペイン語のみでよくわからないのだけれど(そもそもボリュームがありすぎて逐一説明を読んでいたらとても一日じゃ見切れない)、いかにもよくできていて、中高生あたりが歴史や考古学を学ぶにはうってつけの場所である。実際、熱心にメモを取りながら見学している若い子もいて好感が持てた。
入場料は51N$(350円ほど)であるが、日曜日はメキシコ人というかメキシコ在住の人は無料らしく、大勢の人が訪れていた。
メキシコでは国際学生証は使えず、メキシコ政府の発行した学生証があれば遺跡や美術館、博物館などは無料で入れる。50N$ほどで簡単に作れるのだけれど、今さらいいかってことで作らず仕舞い。

1Fの展示室は12室に分かれていて、原始時代からテオティワカン、アステカなど各時代ごとに見て回ることができてわかりやすい。
各展示室とも出来のいいディオラマがあったり、発掘状態や墳墓の内部が再現されていたりして工夫が凝らされている。出土品の状態がいいのも驚き。

メキシコ最古の文明は紀元前12世紀頃からメキシコ湾岸に栄えたオルメカ文明。その後、紀元前3世紀にはオアハカにモンテ・アルバン、中央高原にはテオティワカンの巨大都市が築かれた。
同じ頃、ユカタン半島ではマヤ文明が栄えていて、チチェン・イツァー、パレンケ、ウシュマルといった建造物が次々と築かれている。
テオティワカンが10世紀に滅亡すると、中央高原にはトルテカ文明、続いて13世紀頃からはアステカ文明が栄え、メキシコ各地に影響力を持っていった。
アステカ文明というのは、マヤ文明と同時期の古代文明のように錯覚していたが、実はそれほど古くはない。13世紀と言えば、日本では鎌倉幕府から北条の執権政治の頃だ。
それほど古くはないアステカ文明であるのだが、マヤ文明やテオティワカンと違って遺跡としてはほとんど残っていない。スペインの侵略時に徹底的に破壊されてしまったためだ。
アステカ時代の首都はテノチティトランという名で、現在のソカロ付近がその中心だったのだけれど、アステカの面影は影も形もない・・・。

侵略時代にスペインが中南米諸国になした所業は歴史上類のない酷さであったと思うのだが、今の時代にスペインやスペイン人がこれらの国の人たちに恨まれているということは特にない。これはある意味すごいことではないかと思う。ラテンの血がそうさせるのであろうか???
反面、反米感情は中米諸国同様メキシコも意外と強い。
中米諸国の反米感情というのは、アメリカが自国の意にそぐわない政府に対し反政府武装組織を侵攻させ、国を滅茶苦茶にされたことに根ざしている。やっていることはテロリストと何ら変わらんと思うのだけれど・・・むしろテロリストより性質が悪いと思うのは自分だけ???
一方メキシコの場合の反米感情は、国境紛争によりアメリカに広大な領土を奪われたことに根ざしている。
1840年代にお決まりの手でアメリカから仕掛けられた国境紛争で、メキシコはテキサス、カリフォルニア、ニューメキシコ、アリゾナなどを含む広大な領土を失った。ロサンゼルスとかサンフランシスコ、サンディエゴ、エルパソなど、アメリカのこの地にスペイン語の地名が多いのはこのためだ。
結果的にメキシコの領土はそれ以前の半分以下となってしまった。

さて、アステカの展示室には当時のメルカドの様子を再現したディオラマが展示されていた。
驚いたのは、今のメキシコの田舎や中米諸国で見かけるメルカドの様子とほとんど変わってないということ。衣服をちょっとだけ変えれば、そのまま今のメルカドの様子と言って十分通用する。

2Fは民俗学のフロアとなっていて、現在の先住民の暮らしを部族単位で総合的に紹介している。これもまたすごいボリューム。
時間も気力もなくさすがに終盤はかなり駆け足となったが、それでもトータルで6時間も見学していた。最後はもうヘロヘロ。
ようやく見終わったかとロビーに出ると、さらに特別展示室なるものがあった。せっかくだからと貧乏根性を出して見てみたが、これがまたすごいボリューム。
テオティワカンやパレンケ、モンテ・アルバンなどなど。こちらの展示室は空調完備で、彫像や出土品のうち色がキレイに残っているものが展示されていた。
昼食も食べずに見ていたからもうヘロヘロ。美術館とか博物館ってなんでこんなに疲れるんだろ。

メキシコのサッカーリーグでは、今日が後期リーグの決勝戦だった模様。で、地元メキシコ・シティのチームがホームで勝って優勝したもんだから、けっこうな盛り上がりだった。
チームのシンボル・マークであるピューマだかジャガーの顔が描かれた旗を振って車にハコ乗りしている人たちがたくさんいた。
メキシコ・シティをホームにするチームは4チームほどあるそうだが、今回優勝したのは比較的貧しい層の人たちのサポートしているチームであるらしい。いつもは優勝などとは疎遠のチームであるとか。

22may2011 国立人類学博物館 22may2011 彫像は状態がよく
国立人類学博物館                    彫像は状態がよく

22may2011 ユニークなものが多い 22may2011 こんなのとか
ユニークなものが多い                  こんな感じのやつとか・・・

22may2011 ナウシカを髣髴とさせるようなものも多い 22may2011 主食のトウモロコシは昔から崇められていた
どことなくナウシカを髣髴とさせるものも多い     主食のトウモロコシは昔から崇められていた

22may2011 アステカのメルカド・・・今とあまり変わらん 22may2011 2Fは今現在の部族の暮らしを紹介している
アステカのメルカド・・・今とあまり変わらん      2Fは今現在の部族の暮らしを紹介

2011/5/23 月
パスポートの増補をするため、まずは日本大使館へ。宿から歩いて30分ほど。
窓口で対応してくれた女性はなかなか感じが悪かった。
「何で日本で増補してこなかったんですか?日本でやるのが原則です」ときた。何でって・・・更新したばかりのパスポートで、日本を出るときはほとんどスタンプがなかったからだよ~。そんな状態で増補しに行ったら、今度は逆に「何で今来るんですか?」とか言うんだろ、どうせ。
ちゃんと手数料払うんだから、ウダウダ言わず気持ちよくやってくれよ~。しかも他に客もいなくて暇そうなんだから・・・。
「仕方ないですね」、とか言いながらももちろん最後はちゃんと対応してくれたけど。
仕上がりは明日の10:00以降ということで、パスポートを預けて大使館を出る。
ちなみに、手数料は一律となってしまったので、世界中どこで増補しても日本で手続きするのと変わらない。ベネズエラのように二重レートの国であれば、例外的に安くできる。

各国大使館の並ぶレフォルマ通りでは今、「世界文化友好祭」のようなものが開催されている。今月の14日から2週間ほど開かれているらしい。
あまり盛り上がってはいないのだが、通り沿いに世界中の国と地域がブースを出しているのでのぞいてみた。
イラクやサウジアラビアといったなかなか行くことの出来ない国、珍しいところではパレスチナのブースもあったのでのぞいてみたが、どのブースもイマイチ。こりゃ盛り上がらんわ。
我が日本のブースは何故か鹿児島茶一本で勝負?していた。日本人も一人いて、その方も鹿児島からいらしていた。

世界文化友好祭を後にし、歩いてルイス・バラガン邸へ。遠い・・・しかも車だらけで歩きにくい。
完全なる車社会ってのはほとほと嫌になるねぇ。道路はアメリカ・ライクに100%車優先にできているから、歩きにくいことこの上ない。そもそもごく一部の通りを除けば歩いている人などぱったりいないのだけれど、信号も少ないから道路を渡るのさえ一苦労だ。
月曜の今日は、国立人類学博物館をはじめ多くの美術館、博物館が休みということは知っていたのだけれど、まさか公園自体が休みとは・・・。
チャプルテペック公園を突っ切って行くと楽なのだけれど、そんなわけで公園には入れず、うんざりしながらばかっ広い道路の狭い歩道を歩く。

ルイス・バラガン邸を見学するには、事前にバラガン協会へメールでコンタクトをとる必要がある。で、昨日メールしておいたのであるが、見事なまでに予約されていなかった。後から来た日本人の分も同様。思うに、メールなどまったく確認していない。だったら事前にメールなんてさせるなよ・・・。
本日はちょうど撮影が入っているらしく(実際に撮影していた)、「明日でいいか?」と聞かれたんだけど、明日は別の用事があって来られないし、そもそも特に興味があったわけではない自分は、「だったら別に見なくてもいいか」という気分になっていた。
後から来た日本人が今日の飛行機で帰国するらしく、「どうしても今日見たい」と食い下がっていると、「ちょっと待ってろ」ってことになった。
結局、正規のガイドがいないらしいのだが、対応してくれた兄ちゃんが案内してくれることになった。直前に来たアルゼンチン人の2人も交えて総勢5人を、兄ちゃんが邸内に招き入れてくれた。

さて、そのルイス・バラガン邸であるが、自分にはさっぱりそのすごさが理解できなかった。
そりゃお金をかけれればこういう家もできるよねぇ・・・といった感じ。確かに窓が大きくて光を上手く取り入れているような気はするだが、別段特別なものは感じない。
そもそも家の出来が良くないというのがいけない。ドアの合わせとか床板の隙などなど・・・。
石造りの建物には木造建築のような精緻性が感じられないように思うのだけれど、それを差し引いてもお世辞にも出来がいいとは言えない。フェラーリだって合わせが悪かったり隙が大きかったりしたら、せっかくのデザインも台無しだ。それら全てを含めてフェラーリなのであって、建築も同じだと思うんだけどなぁ・・・。
果たしてこれを見ていったいどれだけの人が、自分には理解のできなかった真の魅力を感じ取れるのか、甚だ疑問である。こう言っちゃなんだけど、多くの人は「ルイス・バラガン」という名にのまれているだけなんじゃ・・・ルイス・バラガンの建築なんだからスバラシイと思わなきゃいけない、と思い込んでいるだけなんじゃ・・・などと天邪鬼な考え方をしてしまう。
ちなみに、「歩き方」に載っている所為か、ルイス・バラガン邸を訪れるのは日本人が一番多いそうである。

23may2011 メキシコ・シティのシンボル独立記念塔 23may201 100%車優先の社会
メキシコ・シティのシンボル独立記念塔        完全なる車社会

23may2011 世界文化友好祭的な催し 23may2011 ルイス・バラガン邸
「世界文化友好祭」的な催し               ルイス・バラガン邸

2011/5/24 火
今日は2回目の歯医者の日。日本大使館でパスポートを受け取ってから歯医者に行く。
大使館で本日対応してくれた女性の方は、昨日の方と違って実に感じのいい人だった。やっぱこうじゃなきゃいかんよなぁ・・・上から目線じゃダメだよ。役所でも民間でも同じだけれど、人に接する態度というのは実に大切であると思う。
ちなみに、増補の手数料は360N$。

宿の方向へちょっと戻ってメトロ・ブスに乗る。
二度目なのでビルの受付もスムーズ。すんなりと38階にあるオフィスまで辿り着けた。
今日の治療は、親知らずを抜いたところの歯肉の抜糸をして、もう一本の軽い虫歯をササッと治し、ついでに根元に隙間のできていた別の歯もササッと治療し、全体をクリーニングしてからフッ素・コートして終了。
どちらかと言うと、今日のメインはマユミの方だった。歯の根っこと歯肉の間に隙間ができてグラグラしている歯がある。それほど緊急性を要するわけではなかったのだけれど、この先悪化しても困るのでついでに治療してもらうことにした次第。
麻酔をして根っこと歯肉の隙間を特殊な薬剤で消毒し、その後に前回自分の親知らずの根っこの跡地に注入したのと同じ人工の骨をブチューっと注入する。人のを見ていると世にも恐ろしい・・・。
タカネ先生はなんともオープンで、今何をしているとか、これがスウェーデン製の薬剤とか、いろいろ教えてくれる。マユミの歯にブチューっと注入しながら「ほらほらちょっと見てください。ここに人工の骨を注入します」とか、「オカダ夫妻はこういうところをパシャパシャ写真に撮ってました」とか、いろいろ。
「悪化するとこうなります」と言って、インプラントの専門的なDVDも見せてくれた。抜歯して、歯肉を切開してボルトを埋め込んで、ボルトの周りに骨を形成させるのに他の部位から骨を移植して・・・完治までにいったい何回手術するんだ???
こうなると治療にほぼ一年がかりで、治療費も(日本だと)驚愕の250万円、チ~ン。
恐ろしい。単なる虫歯だなどと甘く見ていると大変なことになる。今まであまり気にかけてこなかったけれど、これからは注意しよう。
重ね重ね出費は痛かったけれど、ひとまずこれで安心だ。

忘れるところだったが、今日は自分の41回目の誕生日であった。旅に出てから二つも年をとった。時間の流れがあまりに早すぎる・・・。

2011/5/25 水
通りに面した鉄の扉をくぐると、そこは「ぺんしょん・あみーご」という日本。韓国人も多いからミックスって感じではあるけれど、扉の向こうとはまったく別の不思議な世界が広がっている。
居心地がいいから、誰も彼も長居しがち。「明日は出る」「明日こそ出る」と出る出る詐欺も横行する(笑)。

イーハトーヴで旅するサイトー君が今朝旅立っていった。
アコンカグア、健闘を祈ってるよ。後で感想聞かせてね~。
他にも2、3人が出発し、宿が一気に寂しくなった。自分らもそろそろ・・・。

荷物を送るためのダンボール箱をもらいに行ったり、コピーしたり、電話したり・・・一日野暮用でいっぱいいっぱい。
明日もいろいろあるから無理として、明後日には出られるかなぁ・・・。

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Trackback [0] | Comment [0] | Category [■ 062_Mexico 2 / メキシコ 2] | 2011.05.26(Thu) PageTop
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メキシコ・シティ その2

2011/5/16 月
山から帰った翌日のこの日は、お約束の洗濯とテントやらシュラフやらの日干し。
このところ夕方になると雨が降ったりするからのんきに干しっぱなしにするわけにもいかず、ほぼ一日、宿で日記を書いたりしてのんびり。

夕飯は今日から自炊。
宿に一番近いスーパーは巨大なウォルマート。食材の買出しだけのためにわざわざウォルマートくんだりまで行かねばならんのが面倒だ。
やたらとデカすぎるんだよねぇ。カートしかないし(かごはどうした、かごは・・・)レジはやたらと混んでるし・・・。ちょっと夕飯の買出しをするだけなのにヘトヘトになってしまう。デカけりゃいいってもんじゃないっつーの。

アミーゴは客が増えて賑やかになった。
日本人と韓国人が半々といったところだろうか。長期滞在しながらスペイン語の勉強をしているという人が多いのが、これまでの町とはちょっと異質な感じ。
カンクンで会ったモモちゃんともばったり再会した。

2011/5/17 火
メキシコ・シティに来た最大の目的、歯医者へ。
カンクンで会ったオカダ夫妻に、「メキシコ・シティにいい先生がいるよ~」と教えてもらったタカネ先生のところへ。とりあえず予約もなしに行ってみる。

メキシコ・シティには、地下鉄と路線バスのほかにメトロ・ブスも走っている。エクアドルやコロンビアにもあったアレ、プラットフォームのある専用車線を走るというアレだ。
インフラ整備にあまりお金がかからないし、道路を走りながら渋滞知らずという、なかなか優れた交通システムであると思う。
で、そのメトロ・ブスを使って歯医者へ。運賃は地下鉄が3N$であるのに対し5N$とちょっと割高感がある。おまけに最初にカードを買って、こいつにチャージするシステムになっているから、なおさら割高感がある。

歯医者はWTCビルの38階というとんでもないところにある。
受付でパスポートを預けてセキュリティ・カードを借り、セキュリティ・チェックのゲートをくぐってようやくエレベーターに乗れるというとんでもなく面倒なロケーション。
歯医者というよりオフィスだな、こりゃ。
で、その38階にあるオフィスへ行ってみたら、幸い他に客はおらず、ちょうど昼休みか?といった心配もよそにすぐ診てくれることになった。
噂通り設備は最新。実は日本でもほとんど歯医者に行ったことがないのでよく知らないのだが、すごいね最近の歯医者は。機材が妙に丸みを帯びていたりしてあまり無機質な感じがしない。実用性といったこととは無関係だと思うのだが、この丸みを帯びたデザインてのはなんとなく安心感を与える。下手に緊張感を与えたりしないところがよくできている。
診察の結果、即抜歯ということになった。下手に小手先の治療をされるよりむしろ好都合だ。
麻酔注射を3回打って(まったく痛くないんだね、最近のは)、抜歯して、歯の根っこの空き地に人口の骨を注入して、歯肉を縫合して終了。
驚くほど簡単に治療は終了した。
抜歯した親知らずを見たら、かなり酷いことになっていた。半分くらい歯がないよ・・・根っこの部分はまだしっかりしていたけど、もう少し放っておいたら大変なことになっていたかも。
出費は痛いが、これで時々の歯の痛みからも、毎回苦戦していた歯磨きからも解放されるかと思うと小躍りしたい気分だ。
左奥の下の歯も虫歯になっていたので、この際だから治療してもらうことにした。また来週、ってことでもうしばらくメキシコ・シティに足止め。

治療は早く終わった割りに、タカネ先生とあれこれおしゃべりしていて結局3時間以上オフィスにいただろうか。
頬に氷を当てながらメトロ・ブスで宿まで帰る。
麻酔が切れると痛いのかなぁと思っていたのだが、不思議なことに何の痛みもなかった。歯を抜くと体に変調をきたしたりするかもなぁとも心配したのだが、特にこれもなし。驚くほどあっさりと事は済んだ。

明日の早朝発つというモモちゃん、ナベさん、ホンダさんらと夜中までおしゃべりに興じて寝た。

17may2011 親知らずを抜歯中 17may2011 歯医者からの眺め
親知らずの抜歯中・・・                  ビルの38階というロケーション

17may2011 サイトー君、ナベさん、モモちゃん、ホンダさんと
アミーゴにて

2011/5/18 水
メキシコ・シティにはまだ一週間は滞在せねばならない。今日からのんびり市内観光。時間はたっぷりある。
最初にディエゴ・リベラ壁画館に行ってきた。ここは「アラメダ公園の日曜の午後の夢」という壁画を永久保存するためだけに建てられた壁画館。
メキシコの近代の著名人が公園を一斉に散歩している群像画であるが、実はこの絵をパロった立派な壁画がアミーゴの中庭の壁に描かれている。中心付近の人物をアミーゴの関係者の顔に変えたものであるのだが、こいつが実によくできている。相当絵の上手い人が描いたんだろうな、コレ。
メキシコには巨大な壁画がたくさんある。主には文字の読めなかった庶民層に、スペイン人が侵略時に如何に酷いことをしたか、という事を伝えるために描かれたものである。

今日5月18日は、たまたま美術館記念日のような日らしい。ディエゴ・リベラ壁画館も無料であったし、もらったパンフレットによると他にも無料の美術館がいくつもある。
それじゃあってんで地下鉄で近代美術館へも行ってみたが、こちらはかなり肩透かしを食ったような感じだった。
写真の展示が多かったのだけれど、どうも自分には写真の芸術作品というのがよくわからんのだ。

近代美術館は、チャプルテペック公園という巨大な公園の一角にある。
広大な敷地内には博物館がいくつもあったり、人口の池があったり、日本で言えばさしづめ上野公園といったところだ。公園内に人に馴れたリスがたくさんいて面白い。
で、やはり動物園もあった。
美術館は不発であったが、ここの動物園は面白かった。とにかく広い上、(日本の動物園ほどでないにしろ)見せ方にも工夫が凝らされている。
入園料は無料。太っ腹!園内にある爬虫類館や昆虫館だけ有料。
広すぎて午後の数時間ではとても周りきれず、明日また来ることにした。

園内でニホンザルとエゾシカを見たときは感慨深かったなぁ。特に、時々自分ちの裏山にも姿を見せるニホンザルは身近な存在であっただけに感慨深かった。
はるばる日本から海を越えてやって来たのかぁ・・・と妙に愛しく感じた。

18may2011 ディエゴ・リベラ作 18may2011 アミーゴの壁画
ディエゴ・リベラ作「アラメダ公園の日曜の午後の夢」 と それをパロったアミーゴの壁画・・・よくできている

18may2011 チャプルテペック公園のリス 18may2011 人に馴れていて可愛い
チャプルテペック公園のリス              人に馴れていて可愛い

18may2011 ジャイアント・パンダ 18may2011 シロサイ
ジャイアントパンダもいれば               シロサイもいる

2011/5/19 木
今日も動物園へ。
何故だか今日は動物たちが昨日より活発で、昨日見られなかった動物もたくさん見られた。
ここの動物園は飼育スペースが比較的広く、その時々によって見られない場合も多々あったりする。

マンドリルとか黒いジャガーとか、珍しい動物も多い。
不思議と南米で見る機会のなかったカピバラも(ボゴタで食べたことはあるのだけれど・・・)、ここへ来てようやく見ることができた。
可愛かったのはカラカラという猛禽類の鳥。トンビくらいの大きさで何羽か飼育されていたのだけれど、このうちの一羽が人に馴れていて、ずーっとケージの近くにいる。で、人がケージに近づくと、撫でてもらいたくて頭をケージの方へ差し出したりする。単に頭が痒いのか撫でてもらうのが好きなのか、とにかく愛いやつだった。

爬虫類館(35N$)にも入ってみたが、大きくはないけどここも興味深かった。
けっこうな大きさに成長したアナコンダってのをはじめて見た。やっぱデカイな・・・。べチャっとして、死んだようにピクリとも動かないところが不気味だ。
ここの施設の特徴的なのは、ガラガラヘビが多いこと。ガラガラヘビってこんなに種類がいたのね、知らなかった。比較的小さなやつしか見たことなかったので、「こんなデカイのもいるのか!」とちょっとビビッた。
ほぼ全てがメキシコに生息しているもの。そう考えると怖いな、メキシコ。
それにしてもガラガラヘビってのは悪そうな風体してるねぇ・・・その目といい、ガサガサの鱗といい、短い割りに胴が太いところといい、ヘビの中じゃ一番の不良に見える。
目がクリクリッとしていて、ニョロニョロと体が長く鱗もしっとりしている、所謂ヘビっぽい風体をしているコブラなんかよりずっと悪そうに見えるなぁ・・・。

ゴリラも遠目に見られた。
立派に成長したシルバーバックのマウンテンゴリラだった。
気は優しくて力持ちのゴリラが自分は好きだ。他のサルを襲って食べるチンパンジーなどと違い、あの風体で草食だからねぇ、彼らは。
ウガンダやルワンダで野生のマウンテンゴリラを見たかった・・・ツアー代が高くて手が出なかったのだけれど、見ておけばよかったといまだに後悔している。

最後はもう一度ニホンザルに会いに行った。
見るとやはり郷愁を誘われる。大人のサルが3、4匹いたのだけれど、ストレスからか背中の毛が抜けているのが多かった。気候も違う遠い異国の地で苦労しているのだろうか・・・。
達者でな!

19may2011 頭を撫でてもらいにくるカラカラ 19may2011 水浴び中のトラ
頭を撫でてもらいにくるカラカラ            猛獣の中でトラとライオンだけは別格だな・・・絶対に勝てない

2011/5/20 金
ライダーのサイトー君と昨晩日本からやって来たマツモリ君と一緒に4人でテオティワカンに行ってきた。
地下鉄を乗り継いで北バスターミナルまで行き、そこからバスで1時間ほど。運賃は36N$。行きは道路が渋滞していてやたらと時間がかかった。

広大な敷地だ・・・最盛期は20万人以上の人口を擁していたと推定されているらしいが、それも納得の広さ。
当時のヨーロッパと比較してみると、コンスタンティノープル以外に人口2万人以上に達する都市は見られないらしいから、テオティワカンの巨大さがわかる。
てっきりアステカの古代遺跡だとばかり思っていたのだけれど、実のところ築いたのはテオティワカン人と呼ばれる人たちで、彼らが8世紀ごろ忽然と消えてしまった後でやって来たアステカ人が住み着いたものであるらしい。
今では乾燥しきってクソ暑いだけのところだが、20万人以上が住んでいた当時は木の生い茂る住みよい土地だったのだろう、きっと。木を伐りすぎて乾燥が進み、人の住めない土地になってしまったのだろうと思う。衰退の原因は、コパンなど他の古代都市の場合と同じであろう。

これだけ広い遺跡だが、特に見るべきところといったら太陽のピラミッドと月のピラミッドと2、3の宮殿くらい。見る方にとっては助かる、と言うのも変な話だが・・・。これでティカルのように見どころ満載だったら、とてもじゃないが周りきれないな。
高さ65mの太陽のピラミッドは世界で3番目の大きさであるらしい。エジプトのピラミッドと違い、キレイに切り出された巨大なブロックを積み上げて造られたものではなく、比較的小さな火山岩を石垣のように積み上げて造られている。
階段で頂上まで上ることができ、頂上では風が心地いい。壮大な眺め、と言いたいところであるが、例によって白っぽく霞んでいるので見映えがしない。空気がキレイでバックが青空だったらさぞ見映えがするんだろうけどな・・・。
そんなわけで、スケールは大きいけれどあまりグッとくるところはない、という感じの遺跡だった。半分以上は白っ茶けた空気の所為だな。

20may2011 太陽のピラミッド 20may2011 テオティワカンでメキシコ人たちと
太陽のピラミッド                      メキシコ人の学生と

20may2011 太陽のピラミッドに上る 20may2011 太陽のピラミッドの上で語らい
階段で頂上まで上れる                   ピラミッドの上で語らい・・・なんと贅沢な

20may2011 月のピラミッドからの眺め
月のピラミッドからの眺め・・・とにかく広いっす

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Author:nakappie
1970年生まれ。妻と二人信州伊那谷在住。
2009年10月~2013年5月の旅を記録するために”なかっぴー通信”をスタートさせました。
現在は伊那谷にて節約生活をしながら充電中。
2014年4月、ブログのタイトルを”なかっぴー通信NEO”に改めました。
信州伊那谷より~旅のこと、山のこと、自転車のこと、そして田舎暮らしのことなどなど・・・気ままに綴ってゆきます。
”おもしろきこともなき世をおもしろく”そんなふうに生きていけたらいいですね。

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