古い日記を少しだけアップしました

朝、雨が降っていたためもう一日停滞。
宿に泊まるとなかなか移動するのが億劫になる・・・。
ちなみにBIHも宿代がそれほど安いわけではなく、メジュゴーリエでもWが一泊20ユーロくらいします。それもシーズンオフ料金で。
BIHのお金が尽きたのだけれど、ほとんどのところでユーロが使えます。クロアチア人の多いエリアでは、クロアチアのクナも使えます。

この機会に古い日記を少しだけアップしました。
まだリトアニアにいるよ・・・

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ツール・ド・バルト三国 (リトアニア往路編)

2011/8/9 火
始:10:35 ~ 終:17:15 走行:85km
Stary Folwark ~ Sejny ~ Ogrodniki ~ 国境 ~ Seirijai ~ Alytus

ここのキャンプ場は、ホスト・ファミリーの家の庭をキャンプ場に開放しているようなところ。ファミリーの人たちやその友人たちが、多数ファミリーの家に滞在している。
その中に、60年配の自転車好きのおっちゃんが二人いた。
テント撤収後に共用スペースでネットを見てから自転車のところへ戻ると、そのおっちゃん二人が興味深そうに自分らの自転車を眺めていた。
おっちゃんらの触手に触れたのは、キャノンデールについているブルックスのサドル。べりーくらしっく・・・と興味津々だった。
出発の準備を整えて家の前に行くと、おっちゃん二人がバイクの整備中。二人ともカーボン・フレームのMTBで、今度はこちらが興味深く眺める。
二人ともなかなかマニアックなバイク・・・カーボン・モノコックのフレームに、ハンドルやシート・ポストまでカーボン製のこだわりの一品。MTBのパーツにあまり明るくないので、フレーム・メーカもシート・ポストやハンドルのメーカも初めて目にするメーカだった。
二人とも軽量化マニアと見た。
一人のおっちゃんのバイクは、メイン・コンポがかなり使い込まれたXTR。ポジションもレーシーなもので、ヘッドの直上にステムをセットしてある。
「だいたい9kgくらいだよ」と言うので持たせてもらったら、ホントに驚きの軽さだった。これは確かに9kgくらいだろう。自分がはじめて手に入れたクロモリのロード・レーサーより明らかに軽い。凝りに凝って組んだ、今となっては12年落ちのアルミのビアンキ(パンちゃんジロ制覇時の記念フレーム!)が8kgくらいだから、むしろそちらに近い軽さだ。
ビアンキの方はマヴィック・ヘリウムというヒルクライム用の飛び道具を装備しての重量であることを考えると、おっちゃんのMTBの軽さは驚異的だ。何てったってフロント・サス付きで、2.1inのタイヤを装着しての重量なのだから。いやはや最近のカーボン・テクノロジーというのはすごいもんだ。フロント・サス付きの自分のスペシャのバイク(アルミ)が12kgもあるのだから・・・。
もう一人のおっちゃんは、スラムのメカを使っているところが自慢のようだった。カーボン製のシート・ポストをまじまじと見ていたら、「ほら、こっち、こっち。スラムだぜ~」と自慢げに見せてくれた。
いや~やっぱポーランドにもいるんだねぇ、この手の自転車好きが・・・。こういう人たちや思い入れのあるバイクを見ていると、なんだか嬉しくなってくる。

おっちゃん二人とスイス人のおばちゃん、ファミリーの人たちに見送られて、気分よくキャンプ場を後にする。
二日も余分に休んだせいか、今日はやけに脚が軽い。気付くとリトアニア国境に着いていた。
リトアニアもEUに加盟しているため、国境はスルー。幹線のはずだけれど、ずいぶん通行する人の少ない国境だ。今は使われなくなった元税関や元イミグレの建物が、廃墟になってひっそり佇んでいる。使われなくなった国境というのは、なんか不思議な空間だ。物寂しいような独特の雰囲気がある。

リトアニアの通貨はリタス(LT)。レートは1E=3.45LTといったところ。
もちろん自分らは持っていないから、まずはATMでお金を下ろして食料を調達したい。行動食もほとんど持ち合わせがないし・・・。
が、国境のリトアニア側には町がなかった。そのまま135号、132号とつないでAlytus方面に向かう。

国境を越えたらガラリと雰囲気が変わった。何と言うかとても物静か。人も車もポーランドに比べて圧倒的に少ない。国中の人たちがどこかへ引っ越してしまったのではないか、とさえ思える。
道路は広くて舗装もきれい。でも、車はほとんど走っていない。こんなに空いているにも関わらず、車の運転がとても優しい。ポーランドのようにかっ飛んでいく車がいない。車が横を追い越すときの風切り音がポーランドとは全然違うから、安心して走れる。
途中、水場の標示を見つけて寄ってみたら、立派な休憩所に水が湧いていた。すばらしい!この場に幕営したいくらいだ。
食料もないし時間も早いしで先へ進む。
道路はすこぶる快適でスピードが乗る。路面がきれいでμが低い上、ポーランドに比べてアップ・ダウンがなくなった。今日は脚も軽かったし、そんなこんなでユトレヒトを発って以降最も楽に距離を稼げた。途中の景色も、緑が濃くてとてもきれいだった。
道も景色もきれいだけれど、道路沿いには時々民家が現れるくらいでGSの他は店もなく、結局Alytusまで一気に走った。

Alytusにはショッピング・モールがあって、ここでお金を下ろして食料の買出しができた。
物価はポーランドに比べてグッと上がった。ドイツより高い。売っている品々もガラリと変わった。
魚が比較的食べられているようで、これまであまり見かけなかった魚介類売り場がドーンとあり、水槽にはコイも泳いでいた。

買出しを終え、Kaunas方面へ130号を進むと、まだAlytusの町の中であるが、池の畔に絶好のテン場を見つけた。偵察して木立の中に幕営。キャンプ場と言っていいくらいの、すばらしく程度のいいテン場である。

余談44 自転車はインターナショナル
自転車は国際色豊かな部品で構成されている。
車やモーターバイクの場合であれば、ほぼ全て国産メーカの部品で構成されているのが普通だ。サスとかホイールとかタイヤとか・・・。
自転車の場合はさにあらず。日本の場合、世界のシマノがあるから、やろうと思えば全て国産品で組むことも可能だ。が、値段や性能、デザインといった面から通常そうはならない。国際色豊かなパーツ群で構成されている。
例えば、自分の今乗っているキャノンデールは完成車として売られているものであるが、それを見てもこんな感じになる・・・
フレーム、ハンドル、シート・ポスト、カンチ・ブレーキ:キャノンデール(USA)・・・キャノンデールはフレーム以外の部品も内製している大メーカであるから、それでもまだ自前の部品が多い方だ。
ステム:PRO(USA)、前後ディレイラー、リア・カセット、チェーン、ハブ、シフト&ブレーキ・レバー:シマノ(J)、サドル:ブルックス(GB)、クランク・セット:スラム(USA)、ペダル:ウェルゴ(USA)、ホイール:マヴィック(F)、スポーク:DT(CH)、タイヤ:シュワルベ(D)、前後キャリア:チューブス(D)
ヘッド・パーツはトップ側はケーン・クリーク(USA)製だけれど、ボトム側はタンゲ(J)製だったりする。わざわざそうする理由が何かあるのだろうか?
自転車はもちろん乗るのが楽しいわけだけれど、こんなところもマニア心をくすぐるのではなかろうか。

809IMGP5759_サイズ変更 809リトアニア突入_サイズ変更
リトアニア国境に続く道                  リトアニア突入

809IMGP5772_サイズ変更 8098/9の野営地 Alytusの湖畔_サイズ変更
                                Alytusの湖畔に幕営
2011/8/10 水
始:9:05 ~ 終:17:00 走行:85km
Alytus ~ Kaunas

リトアニアに入って空気が変わった気がする。澱んだ感じがなくて常に流れているような・・・。明らかに寒くなった。
野営のときはそそくさと準備して出発するので、キャンプ場に泊まったときなどよりたいてい出発が早い。今日も9:00過ぎにはテン場を後にした。が、その後迷いに迷って人に道を尋ねた挙句、20km以上走って再びテン場に戻ってきた・・・。なんてことはない、出だし=昨日の時点から道を間違えていたのだ。テン場を通り越してさらにちょっと戻ると、「KAUNAS」と標示された、木の葉に隠れた小さな標示板があった。リトアニアはポーランドなど問題にならないくらい道路標示がないから、一つ見落とすとかなり大変なことになる。
それにしても・・・20km以上走ったのに出だしからまったく進んでいないとは・・・力が抜ける。頭の中でタイムボカンの主題歌が鳴り響いた・・・。

リカバリー後はひたすら130号をカウナスまで。日本の高速道路を走っているようで、ひたすらつまらない道だった。小さな町は通らないし、ろくに休めるところもない。横から西風が強く吹きつけ、昨日が嘘みたいに自転車が進まない。やたらと疲れた一日だった。
昨日走った132号と同じ規模の道であるが、さすがにリトアニアで有数の大都市であるカウナスへの道であるから交通量が多い。路側帯がなく、時々車線変更せずにギリギリのところを追い越していくトラックがいるからヒヤヒヤする。

カウナスの手前20kmほどのところまで来ると、前方の空が怪しい。真っ黒な雲が低く垂れ込めていて、昼過ぎなのに暗い。
15km手前のところで雨に降られ、道路脇の林の中に避難。30分ほどの雨宿り。
雨が上がって走り始めたが、追い越すトラックの跳ね上げる砂交じりの水しぶきで自転車も人間も砂まみれ。あー不快。
カウナスへ向けて走り続けていたら、いつの間にか道路番号が変わっていた。A5(E67)に吸い込まれている・・・おそらくアウトバーンであろう。車線が増え、完全に高速道路のようになった。
本当はGarliavaで130号を降りなければならなかったのだ。風が強くて地図をたたんでいて見落とした。
逆走するわけにもいかないし、入ってしまった以上しようがない。そのままA5を北上。
カウナスの中心部付近と思われるところでA5を降りたものの、相変らず標示がなくてまったくわからん。なんちゅーわかりにくい国だ・・・。
カウナスにはNemunas川が流れていて、川沿いの道を東に向かい、ようやく中心部と思われる教会に着いた。
二日続けて大きな町の中での野営となるが、どうにか川原にテントを張れそうである。

教会に着いた途端また雨が降り出し、木陰で暫し雨宿り。雨がやんでから教会前の賑やかな広場に出てみると、インフォメーションがあったので寄ってみる。
インフォメーションでは有用な情報が得られた。リトアニア全土のサイクリング・ルートが表示された地図とキャンプ場の情報。それから、スギハラ・ハウスの場所と最寄のスーパーの場所も教えてもらった。
カウナスのような大きな町は、いつもの自分らならパスするところ。敢えてここに来たのは、杉原千畝の記念館があるからだ。恥ずかしながら、リトアニアというと知っているのは杉原千畝のことくらい。ここだけはどうしても訪ねたいと思っていた。

インフォで教えてもらったスーパーで買出し。ふと道路を挟んで流れる川を見ると、ここにも幕営できそうである。自転車を置いて偵察に行き、場所を見つけてそこに幕営。スーパーの目の前の川原。川原といってもヨーロッパの多くの川に石はなく、平らな草地である。橋の上や対岸から丸見えだけど、時々犬の散歩をする人が近くを通ったりするけれど、気にしない。テントを張って中で寛いでしまえばどこでも天国だ。
最初は橋の下に幕営しようと思って下見をしたのだけれど、先客の住人がいそうだったし、落書きがあって時々人が来そうだったし、何より本格的にホームレスになったような気がして気分が乗らなかった。ま、今の自分らはホームレスには違いないのだけれど・・・。

今日走った道はとにかく退屈な道だったので、明日からは今日手に入れた地図にあるサイクリング・ルートを辿ろうと思う。

810IMGP5777_サイズ変更 810カウナスへの道 ほとんど高速道路_サイズ変更
                                アウトバーンをそそくさと走る

810カウナスの教会前でまた雨に降られる_サイズ変更 8108/10の野営地 カウナスの町中の川原_サイズ変更
カウナスの教会前でまた雨に降られる        一見快適そうなテン場に見えるが・・・

2011/8/11 木
始:9:30 ~ 終:15:00 走行:28km
Kaunas ~ Kaunas郊外

朝起きると、どんより曇っていて今にも泣き出しそうな天気。朝食後に出発準備をしていると雨がパラつき始めたので、急いでテントを撤収。撤収後に本格的に降り始めた。
こんなところで野営している自分らのような人間は、善良な現地の人たちからすると不審者以外の何者でもあるまい。
そんな不審者を目の当たりにしたときの人々の反応は、国によって特徴があるから面白い。
主に外国人に対する慣れの度合いによるものと思うのだけれど、オランダやドイツでは向こうから積極的に声をかけてくることが多かった。
ポーランド人はそこまで積極的ではないのだが、興味はあるらしく、遠巻きに見ている感じ。
リトアニアの人たちはと言うと・・・見て見ぬ振りをする。テントを撤収している自分らの脇を、犬の散歩をする人が通りかかったりするのだけれど、まるでそこに何も存在しないかのようにこちらを見ずに通り過ぎようとする。反応してくれるのは連れられている犬だけだ・・・いや、決して怪しいものではないです・・・。
日本でこのような外国人を目の当たりにしたときの反応は・・・ポーランド人とリトアニア人の間くらいということになろうか。

雨の振る中、杉原記念館に向かう。
記念館は激坂を上り切った先にあった。高台にある閑静な住宅街の中だ。
杉原千畝の勇気ある偉業は、同じ日本人として誇りに思う。周知の通りなので省くが、歴史的な背景についてちょっと触れておく。

1939、1940年頃のリトアニアは独立国であったが(その後すぐソ連の傘下に組み込まれる)、古くからの首都であったVilniusはソ連領となっていたため、臨時の首都を当時カウナスに置いていた。
それで日本も他国同様、欧州情勢の諜報活動のためカウナスに領事館を設けた。リトアニアの首都でもないカウナスに領事館があったのは、そんな背景による。
そのカウナスの領事館に赴任したのが杉原千畝で、主な任務はもちろん諜報活動である。杉原は、語学が堪能で交渉術に長けた優秀な外交官であったらしい。
満州の外交部時代に、満鉄の譲渡交渉を担当。人脈を活かし、ソ連側が提示した資料とは別に自ら情報を集めることができたと言われている。結果、ソ連側から当初の要求額より大幅の値引きを引き出させた。後年、モスクワ大使館勤務を命じられるがソ連側から入国を拒否された・・・というエピソードもある。

日本のトランジット・ビザを求めて日本領事館に集まったユダヤ人たちの最終目的地は、名目上オランダ領キュラソーであった。
なぜならユダヤ人難民に対して入国ビザを発給する国がほとんどなかった当時、問題の解決に力を貸したのがオランダだったからだ。ユダヤ人難民を救済するため、所謂キュラソー・ビザを発給した。
このビザを持ったユダヤ人たちが、日本の通過ビザを求めて日本領事館に押し寄せた。すでにヨーロッパに安住の地がなかった彼らは、シベリア鉄道でソ連を横断、ウラジオストクから船で日本に渡り、日本から第三国へ旅立とうとしていた。当時、ソ連以外の国の通過ビザを持っていればいくらか安全にソ連領内を通過することができる、とも言われていた。

杉原千畝の勤務していた、その旧日本領事館の建物がそのまま杉原千畝記念館となっている。2001年から一般に公開されているとのことだった。
開館の10:00ちょうどに玄関のベルを鳴らすと、リトアニア人と思われる一人の男性がすぐに中に招き入れてくれた。家の中にはもう一人、日本人の若者がいた。早稲田の学生で、昨日赴任したばかりとのことだった。夏の間一ヶ月ほどのボランティアであるらしい。
早稲田のボランティア・グループが、(中退したけど杉原の母校が早稲田であるという縁で)「杉原千畝ブリッジングプロジェクト」というのを立ち上げていて、そのプロジェクトが製作した記念館の公式ガイドブックもちょうど出来上がったところだった。まだ値段も決めていないので今月中は無料で配ることにした、とのことなので一冊頂戴してきた。
その早稲田の彼が日本語で館内を案内してくれた。

いくら杉原千畝の名が知られるようになったからとは言え、リトアニアのカウナスにある記念館まで来る人はそうそういまいと思っていたのだが、日本から年間5,000人もの人が訪れているそうだ。これにはビックリ。多くは団体ツアーの人たちということだったけれど、「魅惑のバルト三国七日間」みたいなツアーがあるのだろうな、きっと。
今日も自分らの後から日本の方が二組来館していた。

館内は日本語で書かれたパネルがわかりやすく、歴史的な背景なども説明されていて見応えがある。中でも白眉だったのは、杉原の偉業を30分ほどにまとめたVTR。一見の価値ありです。
杉原の使っていた机やイス、電話、タイプライターなども当時のまま残されている。そのイスに座って写真を撮っていいとも言われたけれど、畏れ多くて遠慮した。
杉原は最初全て手書きでビザを書いていたけれど、あまりに大変なので後になって一部をスタンプで代用した。それを忠実に複製したスタンプが今、館内にある。最初に出迎えてくれたリトアニア人の男性が、「日本に行くなら杉原のビザが必要だろう」とジョークを飛ばしてスタンプを押した紙をくれた。

一番最初に来て最後まで、結局二時間も長居をさせていただいた。
ちなみに入館料は決まっておらず、寄付という形になっている。
歴史的なもの、特に自分が興味のあるものを見るのは大変面白い。来てよかったと心底思った。興味のある方はぜひ来館されることをオススメします。とても中味の濃い展示内容です。
ところで、杉原千畝が救ったのはユダヤ人であって、もちろんリトアニア人ではない。たまたまその舞台がリトアニアのカウナスだったということであって、リトアニア人の多くは杉原千畝のことにあまり関心がないように見受けられる。

相変らず雨の振るなか記念館を後にし、まずは昨日と同じスーパーで買出し。それから走り始めたわけであるが、相変らず道路標示がまったくなく、カウナスを出るのにえらく苦労した。
自転車で通りかかった人が話しかけてきて、自分らの行き先を告げると道順を教えてくれたのであるが、教えられた通りに走ったらいきなり明後日の方向に向かっていた。
結局、今日もまたスタート地点のスーパーに戻る破目に・・・。
それにしても・・・これだとリトアニア人でも近くに住んでいる人以外道がわからないのではないかと思うのだけれど・・・。

苦労の末にカウナスを出て141号を右に折れると、ようやく目指していた道に出ることができた。
森の中を走る車の少ない静かな道・・・リトアニアに入ってから初めて走る気持ちのよい道だった。これだよ、コレ・・・ずっとこういうところを走りたかったんだよ~。
それはそうと、やはり今日は雲行きが怪しい・・・。
道はNevėžis川に沿って北上していて、走り始めるとすぐ川のそばに絶好のテン場が見つかった。
まだ15:00であったが、こんな日に無理して走っても面白くもなんともないのでさっそく幕営。
川の近くの静かな、昨日と違ってキジ場にも困らない5☆の野営場所だ。

811千畝のデスクの前で_サイズ変更 811IMGP5800_サイズ変更
杉原千畝の机の前で                   スーパーの前にて

811IMGP5802_サイズ変更 8118/11の野営地 カウナス郊外の川原_サイズ変更
ようやくカウナスを脱出し                 すぐに川原に幕営

2011/8/12 金
始:9:55 ~ 終:17:00 走行:102km
kaunas郊外 ~ Babtai ~ Labūnava ~ Kėdainiai ~ Surviliškis ~ Upytė ~ Panevėžys

5:00過ぎから雨が降り出したが8:00頃には上がり、薄日も差し始めた。相変らずのどんよりした空だが、昨日と違って寒くはない。
道はNevėžis川に沿って北上している。
森から出ると牧草地と麦畑が広がっていた。車は少なく、路面もきれいで快適だ。

今日のうちにPanevėžysまで届くかどうか微妙なので、Kėdainiaiのミニ・スーパーで水以外の買出しを済ませる。
相変らず道路標示がなく、ちょっと大きな町に入ると道がわかりにくい。どうしてこう徹底して道路標示がないのだろう?

Kėdainiaiから道は195号と名を変える。195号は嬉しくなるほど走りやすくて、やたらとスピードの乗る道だった。
ひたすら北上・・・道は広いのに車は少なく、路面は滑らか・・・実に快適だ。今日は効率よく距離を稼ぐことができた。
Upytėまで来たとき、またしても前方の雲行きが怪しくなった。巨大な積乱雲がいくつも連なっていて、北側の雲の下は暗い。以前アフリカで見たのと同様、積乱雲の一部が白くもやもやと地表に接し、その部分は明らかに雨となっている。
このまま進むと間違いなく雲の下に突入してしまうが、水がないため仕方なく北上を続ける。
雲が北に動いているようで、幸いにも雲に追いつくことはなく、雨にも降られなかった。

最初に見かけたGSで5Lの水を買い、Panevėžysの町に入る。
Panevėžysは大きな町で、町中に野営できそうな場所はなさそうだ。
町の中心を外れるべく122号に入ってしばらく走ると、まだ町を出ないうちに道路脇に緑地帯が見つかった。行ってみたら、森林公園のような巨大な公園だった。
これはまた願ってもないテン場だ・・・どこにでもテントが張れる。幕営できる場所がありすぎて逆に迷ってしまうくらいだ。
あちこち見て回った結果、公園内を流れる川の畔に幕営することにした。
テン場には困らない国である。

バルト三国はどこも小さな国で、ここまで来るとラトヴィア国境まで直線距離で60kmほどしかない。

そうそう今日気付いたのであるが、リトアニア語では曜日をローマ数字で表している(読み方は不明)。
月~金がⅠ~Ⅴ、土曜がⅥ、日曜がⅦという具合。
だから店の営業時間などは、「Ⅰ~Ⅴ 8-20」などと表示されている。

812IMGP5815_サイズ変更 812P1110267_サイズ変更
                                夜になって珍客の襲撃を受ける・・・

2011/8/13 土
始:9:35 ~ 終:15:30 走行:65km
Panevėžys ~ Paliūniškis ~ Vabalninkas ~ Mieliūnai ~ Biržai

昨晩、キツネか何かにテントを襲撃され、フライの張り綱のゴムの部分を噛み切られた。他にも噛まれたのか爪で引っ掛かれたのか、フライに三箇所ほど穴を開けられた。
ま、フライが大きく裂けなくてよかった・・・エスパースの素材は裂けないようになっているようである。さすが!
彼が最初に襲撃に来たときは自分がまだ寝入ってなかったからテントを叩いて撃退したのだが、寝入った後でやられたらしい。
彼の狙いはゴミ袋だったようである。いつもはテントの中に入れておくのだけれど、この日は使っていた袋が特別チープで、ガソリン臭がするからフライの下に出しておいた。
ゴミ袋は特別荒らされた跡もなく、テントのすぐ近くに落ちていた。食べものなんてもちろん入ってなかったし、何よりペーパーにしみ込んだガソリン臭を嫌ったのだろう。

9:35に出発。土曜だからか、朝の公園はとても静かだった。
Panevėžysからしばらく122号を辿り、その後191号に入る。
相変らず曇っているが、雨が降りそうな感じはない。珍しく湿気があり、空気がまとわりつくようで走っていてあまり爽快ではない。
森を抜けると牧草地と麦畑になり、11:00頃になると青空が見え始めた。
晴れると同時に北風が吹き始める。北に向かう自分らにとっては向かい風だ。キツイ。
リトアニアに入ってから起伏がなくなりどこまでも平らな道が続いているのに、常に坂を上っているようだ。昨日が嘘みたいに自転車が前に進まない。
マユミはと言うと・・・人の後ろでうまいことドラフティングしていた・・・。
休憩のとき「今日は走りに切れがないんじゃないの?」などとのたまってくれたが・・・前はキツイんだよ!
まるでエースを引くアシスト選手になった気分だ。うちのエースは上りになるといつもちぎれてしまうのだけれど・・・。

Vabalninkasで行動食の買い足し。
グアテマラで買いだめしておいたタバコがいよいよ切れて、ここで購入。一箱6.6LTほど、つまり2E弱だから日本で買うよりは安い。ヨーロッパの中でも安い部類だ。
全体的に物価が高めなのにタバコはそうでもないのは、レシートを見たところによると、かかっている税金がタバコも他の食品も同じだからということのようだ。
リトアニアは珍しくバスケットが盛んなようである。スーパーなんかに行くと、サッカー選手ではなくバスケ選手のグッズが売っていたりする。
パンにはよくハーブの種が入っている。何というハーブだか忘れてしまったが、インドでカレーを食べた後に好んでつままれているのと同じものだ。ちょっとクセがあって自分はあまり好きではないのだが、リトアニアでは好んで食べられているようである。
それからヒマワリの種もよく食べられている。スーパーなどには必ず売っているし、バス停のベンチなどには食べかすがたくさん落ちている。「リスかインコかよ!」というくらいたくさん落ちていることも珍しくない。

Vabalninkasから道が124に変わった。道路は平坦で路面もきれいだというのに・・・相変らず風に苦しめられる。アシストは辛い。
リトアニアにもコウノトリがたくさんいる。今日は「コッコッコッコッコッ」と独特の声を発しながら求愛ダンスのような舞いを舞っている姿を何度か目にした。
主に電柱の上(巣が作りやすいように人の手で土台が設置されていることが多い)にある巨大なコウノトリの巣は、なにかほのぼのとしている。平和の象徴のようなものだ。

Biržaiはラトヴィア国境手前にある最後の大きな町。ここで二日分の食料を買出し。
町の北には湖があり、まだ時間は早かったけれどなかなかきれいな湖だし、疲れたし、ラトヴィアに入っても勝手がわからんし、テントも修理したいしで幕営することにした。
湖沿いに車の入れない道がつけられていて、その道を辿っていくと広い草地に出た。巨木の点々と生える、地元の人の憩いの場所みたいなところだ。すばらしい!キャンプ場でもこれほどのロケーションのところはそうそうあるまい。
ベンチとか泳いだ人の着替える場所とかブランコなんかまであったりする。けっこう人も来るし、もしかしたらちょっとした行楽地みたいになっているのかもしれない。
天気もいいのでさっそくテントの補修。リペア・テープを両面からペタペタと貼る。このリペア・テープはテントやカッパの補修用に日本から持ってきたものだけれど、旅立って以来大活躍している。
そんなことをしていると湖に泳ぎに来たおっちゃんが話しかけてきて、これからラトヴィアへ向かうと話すと、ここにきれいなキャンプ場があるとかいろいろ教えてくれた。(どんな意味かはわからないが)バルト海沿いのエリアはとにかくきれいらしい。そんなエリアにある首都のリーガは、欧州各国からの観光客でけっこう賑わっているのだとか。
バルト三国は陸路で行こうとするとけっこう不便な場所にあるが、バルト海の航路を使って北欧やドイツなどいろいろな国からアクセスすることができる。
ちなみに・・・泳ぎに来る人がけっこういるが、泳ぎたくなるほど暑いわけではない。日差しはそれなりに強いのだけれど、北風が冷たくて半袖ではちょっと肌寒いくらいの陽気だ。

17:00頃、ある程度人の減ったところでテントを張った。
ちょうど雷が鳴りはじめ、積乱雲の黒い雲が近くに張り出してきたところだった。18:00を過ぎると雨が降り始めた。
日本の夕立とはまた違った感じだけれど、毎日天気が不安定である。

8138/13の野営地 Birzaiの湖畔_サイズ変更 813P1110272_サイズ変更
この道を抜けると・・・                   快適なテン場があった

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ポーランド横断 その3

2011/8/3 水
始:10:00 ~ 終:17:30 走行:82km
Malbork ~ Dzierzgon ~ Pasłek ~ Burdajny

今日も朝から快晴。キャンプ場には日陰がなくてとにかく暑い。9:00を過ぎると雲が湧いてきて、時々日を遮ってくれるようになった。
一昨日マルボルクに着いてからというもの、やたらと戦闘機を目にする。近くに基地でもあるのか?今日も朝から轟音を発てて上がっていく。

デス・ロードの22号をちょっと走って515号に折れる。のどかで気持ちのいい田舎道だ。
また編隊が上空を飛び去っていく。・・・と、突然ドッグ・ファイトもどきの飛行を始めたり、アクロバティックな飛行を始めたりした。双発の大型の機影二機と、単発の機影二機。
間近でこんなアクロバティックな飛行を見るのは初めてで、自転車を止めて暫し釘付けとなった。
ずいぶん地上に近いところでやっているなぁ・・・演習?それとも航空ショー?
昔、T2時代のブルーインパルスの演技を見たことがあるけれど、その時はずいぶん上空高くでやっていた。
黒煙を噴きながら急旋回したり、垂直上昇したり、背面飛行したりしている姿を興奮しながら見つめていてふと思った・・・ひょっとしてロシアの飛行機じゃないの?双発の方の巨体はどう見てもSu-27に見える。単発の方はよくわからないが、米軍のF20のような機影だ。
マルボルクの北西80kmほどのところに、ポーランドとリトアニアに挟まれる形でロシアの飛び地がある。面積はオランダの半分くらい、第二次大戦中まではドイツ領で、ケーニヒスベルクのあったところだ。
次々と飛来する戦闘機が皆北へ向かうのを見て確信を強めた・・・やはりロシアの戦闘機だ。
それにしても・・・あのドッグ・ファイトもどきの飛行が行われていたのは明らかにポーランド領空だったと思うけどなぁ・・・どうなっているんだか。

Dzierzgonから527号に折れた。ここは酷い道だった。アスファルト舗装がひび割れだらけで、とにかくガッタガタ。まぁ道路標示には20kmほどこんな道が続くときちんと書かれていたわけであるが・・・。
Pasłekの手前10kmほどのところで、ようやく舗装がきれいになった。走りやすくて思わず顔がほころぶ。
Pasłekでちょっとルートを外れ、町の中心部にあるスーパーで買出し。このスーパーには5Lの水が売っておらず、どこか先の商店で買えばいいか、と思っていたのだが・・・。
513号沿いには何もなかった。仕方なく途中の民家で水をもらう。おばちゃんが快く水をくれた。
路面はきれいで走りやすいが、テン場が見当たらない。だいたいいつも見つける時間になると見当たらなくなってしまう・・・マーフィーの法則。
結局Pasłekから20km以上走り、道路脇にあった休憩所のような空き地に幕営。蚊がうじゃうじゃいてなかなか不快なところだ。

803IMGP5686_サイズ変更 803IMGP5698_サイズ変更
快晴のマルボルクを出発

803P1110240_サイズ変更
ここは蚊が多かった・・・

2011/8/4 木
始:9:35 ~ 終:16:05 走行:78km
Burdajny ~ Ometa ~ Babiak ~ Lidzbark Warm. ~ Wozławki ~ Bisztynek ~ Sątopy手前

今日も快晴。一昨日あたりから季節が変わった感じだ。
513号を東に走る。今走っているところの30kmほど北には、ロシア(飛び地)との国境が東西に走っている。
今日はルート上に極端に路面の悪い箇所もなく、比較的快適だった。アップ・ダウンが多いのは相変らず。
日差しは強烈だが、森や林の中を走ることも多いし、街路樹の木陰になっているところも多いからさほど気にならない。湿度が低くカラッとしているから、大汗をかくということもない。

Lidzbark Warm.にて食料と水5Lの買出し。ここのところ毎日、スーパーに寄ったときにアイスを食べるのが何よりの楽しみになっている。
ポーランドはアイスも安い。そして質はヨーロッパ基準。この頃は二人で1Lのアイスをペロリと平らげるようになった。いよいよリットル単位でアイスを食べるようになってしまったか・・・。
1Lのアイスといったって安っぽいバニラのみというわけではなく、チョコチップの入っているものやキャラメルソースの入っているものなどいろいろ。
今日食べたのはバニラとチェリーのマーブルで、疲れたときに食べると死ぬほど旨い。

Wozławkiまで513号を辿り、そこでいったん57号に出て、Bisztynekから594号に入った。ちなみに、57号を240kmほど真南に向かうとワルシャワである。
毎日16:00を過ぎるとテン場を探し始める。今日は幸運にもすぐに見つかった。道路脇のパーキングの奥の松の森。ポーランドのパーキングにはたいてい屋根つきのテーブルとイスがある。トイレは男も女も関係なくその辺の森の中で済ますのがポーランド流。よってパーキングには用足しで立ち寄る車が多く、パーキングの東屋の裏とか奥の森の中はたいていキジ場と化している。
急に暖かくなって大発生したのか、昨日から蚊がすごい。

804IMGP5700_サイズ変更 804IMGP5707_サイズ変更
                                コウノトリのいる風景・・・平和だ

8048/4の野営地 Bisztynekの先のパーキングの横の松林の中_サイズ変更
昨日に続いて蚊がすごい・・・

2011/8/5 金
始:9:50 ~ 終:17:00 走行:84km
Sątopy ~ Reszel ~ Świeta Lipka ~ Kętrzyn ~ Giżycko ~ Kap ~ Wydminy

今日も快晴。テン場を出て数km走ると森を抜け、あたり一面麦畑となる。起伏のある大地に延々と麦畑が広がっていて、麦の大波の中に浮かぶ小舟のように自分のことが思えてくる。気持ちのよい田舎道がずっと続く。
Reszelの先のŚwieta Lipkaというところはちょっとした観光地のようになっていた。大型バスが何台も止まっていたから、きっとポーランドでは名の通った場所なのだろう。道路からもよく見える教会が呼び物のようであったが、ちょうど補修中であった。
その先のKętrzynのGSでガソリンを買う。
Kętrzynからは道が592号に変わった。ここからGiżyckoまでは湖の点在するエリア。珍しく何人かのサイクリストとすれ違った。
Giżyckoの付近は、湖にヨットハーバーなんかもありいかにも観光地っぽい。このどことなく浮ついた雰囲気はちょっといただけないなぁ・・・。
Giżyckoから少しだけ63号を走る。幹線は車が多くて走りにくい。
道路沿いの大型スーパーで食料と水5Lの買出し。今日も二人で1Lのアイスを平らげてしまった・・・。
Kapから655号に入ったところからテン場を探し始める。この道は、麦畑の中を延々と行く気持ちのよい道。が、テン場探しには苦労する。
またまた道路脇のパーキングにお世話になった。
あと二日ほどでリトアニアに入れると思う。

805IMGP5727_サイズ変更 8058/5の野営地 Wydminy手前のP_サイズ変更

2011/8/6 土
始:9:20 ~ 終:16:05 走行:80km
Wydminy ~ Olecko ~ Suwałki ~ Stary Folwark

高曇り。晴れてはいるが空全体が薄っすらと雲に覆われている。自転車で走る分には快晴よりむしろ好コンディション。
今日走った655号や653号は、もしかするとツーリングマップのようなものに出ているツーリング・ルートなのかもしれない。モーターバイクや自転車のツーリストを何人か見た。まぁ何人かといっても数人だけれど・・・。自分らのように大荷物を持ったサイクリストともはじめてすれ違った。
今日は上りに加えて風にも苦しめられた。相変らずアップ・ダウンの連続だ。上りに比べて下りが少ないように感じるのは気のせいだろうか・・・。

Oleckoまで655号を辿り、ちょっと65号を走って653号に入った。
Suwałkiにて水と食料の買出し。土曜のため例によって二日分の食料を買出しする。
Suwałkiはリトアニア国境手前にある大きな町で、ショッピング・モールなんかもある。リトアニア国境までは直線距離で30kmほどだ。
653号をさらに東へ走る。10kmほど先にあるWigierskiというエリアは、例によって湖のあるちょっとした行楽地となっている。キャンプ場がふんだんにあり、その中の一つを今日のキャンプ地にした。
別に何があるわけでもない小さなキャンプ場だが、けっこう混んでいた。二人で一泊24zł。

ポーランドの余暇の過ごし方は、さすがにオランダやドイツのレベルには至っていない。トレーラーハウスやキャンピングカーを持っている人は少なく、皆乗用車でやって来てテントを張っている。今思ってもオランダとドイツはすごかったなぁ・・・。
ポーランドでも、オランダやドイツのナンバーのトレーラーハウスをたまに見かける。自転車を買ったのがユトレヒトということもあり、NLマークをつけたトレーラーなんかを見ると親近感がわく。

8068/6のキャンプ場 Lukowy Kat_サイズ変更

2011/8/7 日
停滞。
朝になって共用スペースでWiFiが使えることが判明。メールのチェックだけしてすぐに発つつもりでいたのだけれど・・・。
一ヶ月ぶりのネットはあまりに便利だった。今日も申し分のない天気だけれど、一日停滞することに予定変更。一日中溜まった写真の整理をしたり、ちょっとだけブログのアップをしたり、調べものをしたり。これまで一ヶ月の間ただの荷物と化していたpcだけれど、持っていてよかったと心底感じた瞬間。

大相撲名古屋場所は盛り上がっただろうね。ぜひリアルタイムで見たかったものだ。
気になっていたツールの結果もチェック。こちらもさぞ盛り上がっただろうね・・・シャンゼリゼ前日の個人TTでマイヨの行方が決したのだから。てっきりコンタドールかアンディ・シュレクのどちらかだろうと思っていたけど、カデル・エヴァンスだったか・・・オーストラリア人として初、戦後最年長34歳のチャンピオンの誕生だ。マイヨ・ジョーヌを着て走るのはシャンゼリゼ・ゴールの最終ステージのみというのも劇的だ。
マイヨを着て個人TTを走ったアンディ・シュレクにしても、マイヨを奪取したのはその前日のアルプス最終ステージ。今年のツールがいかに接戦だったかが想像できる。アンディが大逃げを打った山岳ステージもぜひリアルタイムで見たかったなぁ。まだ若いから来年以降またチャンスがあるだろう。
これまで総合2位が二回、おそらく最後のチャンスであったであろうエヴァンスに拍手を送りたい。
今年コンタドールが勝っていれば'98年のパンちゃん以来のダブル・ツールとなったようだが、これも来年以降に持ち越しだ。コンタドールもまだまだいけるだろう。あぁぁつくづくリアルタイムで見たかった。

ネットで日本語のサイトを見ていると、珍しいらしく、宿のオーナー夫婦がのぞき込んで声をかけてきた。釣られて客のポーランド人も二人、三人とやって来た。
ここのキャンプ場には、過去に一度だけ日本人が来たことがあるらしい。モーターバイクのライダーらしい。場所的にモーターバイクや自転車じゃない限り来ることはなかろう。
ノートを見せてくれたが、夫婦で旅するライダーだった。ここに泊まったのは2007年。自分ら以外にこんなところに来ている日本人がいるとは思わなかった。やはりリトアニアに抜けられたのだろうか?

昨日は混んでいてうるさかったキャンプ場であったが、今日は客も少なく静かで居心地がよい。昨日は週末のため特別だったようだ。
ガラーンと空いているのに、何故か自分らのテントのすぐ脇に別のテントが立っている。昨晩来たポーランド人のカップルだ。最初は車を挟んでテントを張るつもりだったようだが、その後何故か車を停めなおして真横にテントを張っていた。
大声で話しているわけじゃないのだけれど、如何せん真横に張られたので、暗くなってテントに入ってからの話し声がうるさかった。
彼らも今日は停滞。
後でテントを引っ越そうと思っていたのだけれど、面倒になって結局そのままにした。
ガラーンとしたキャンプ場に仲良くピッタリ並んで張られた二張りのテント。スペースがこんなにあるのに何が悲しくて今日も並んで寝なきゃならんのか・・・。

めっきり日が短くなった。ユトレヒトにいたときは23:00を過ぎても空が薄っすらと明るかったけれど、21:00を回ると暗くなるようになった。加速度的に日が短くなっている。

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ガラーンとしたキャンプ場に仲良く並んで張られたテントが二張り・・・

2011/8/8 月
昨晩はしこたま雨が降った。21:30頃から雷が鳴り出し、その後土砂降り。稲光がピカピカ眩しいし、雷鳴がバリバリ、雨音もボツボツとうるさくて眠れなかった。
・・・とまぁそんなことを言っていられたのも、我がエスパースがビクともしなかったからだ。豪雨、豪雪の日本の山でもまれて育ったエスパースが、これしきのことでどうにかなるはずがない。が、隣のテントは酷いことになっていたようで、夜中に大騒ぎしていた。
彼らのテントは、ケチュアという確かフランスの格安アウトドア・メーカのワンタッチ・テント。
このワンタッチ・テントというのは日本では馴染みがないように思うが、ヨーロッパではけっこう使っている人がいる。その名の通りワンタッチ。袋から出すと、ポンッとテントが開いて出来上がる。ポールを通してテントを立てるという作業が不要の、ある意味革命的なテントである。
このテントが収納されているバッグというのが、自転車のホイール・バッグにそっくり。大きさもちょうど700Cのホイール・バッグくらいであろう。
去年の夏だったか、はじめてイタリアで見たとき、何で自転車に乗ってない人がホイール・バッグを持っているんだ?と不思議に思った。どう見てもザックにホイール・バッグを括りつけているようにしか見えない。ひょっとしてヨーロッパではホイール・バッグに荷物を入れて持ち歩くのが流行っているのか?などと思っていたら、このテントだったのだ。アウトドア・ショップのようなところで普通に売っている。
安さと手軽さが売りのテントだから、性能の方は当然推して知るべしだ。昨日のような雨ではひとたまりもあるまい。

雨は夜中に一度やんだのであるが、夜が明けるとまた降り始め、7:00を過ぎても降り続いていた。完全に停滞ムード。
昼前になると雨は上がって、時折り青空も見えたりしたが、すっかり気分が萎えてしまったのでもう一日停滞することにした。
昨日に続き、この隙に溜まったブログをちょっとだけアップ。
夕方になってスイス・ナンバーのキャンピングカーが一台やって来た。とてもフレンドリーなおばちゃん二人組みと、爺ちゃんみたいな顔をした犬一匹。こんな自由気ままな旅もいいよなぁ。
隣のテントも依然動かず。今日もガラーンとしたキャンプ場に仲良く二張りだけテントが張られている。

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マルボルク観光

2011/8/2 火
朝から快晴。朝食を食べ8:00頃からさっそく洗濯。東屋にロープを張って洗濯物を干し、久々にシュラフも日干し。そして自転車の整備。
キャンプ場にある池ではおっちゃんが二人、釣りをしている。見ていると、フナのような魚が釣れている。のどかだねぇ・・・。
晴れた日の停滞というのもたまにはいいもんだ。雨でテントから出られない日の停滞と違って実に有意義だ。
ポーランドのキャンプ場はオランダやドイツのそれとはちょっと毛色が異なる。そこまで至れり尽くせりではない。
完全にトレーラーハウスを相手にしている、というところまで至っておらず、テントを張っている人もけっこういるから、自分らにとってはこっちの方がむしろ落ち着く。

昼食を食べてから、歩いてマルボルク城へ出かける。
城はドイツ騎士団が築いたもので、ここを拠点にポーランド・リトアニア連合軍と戦った。ヨーロッパでは指折りの巨大な城であるらしい。
橋を渡って敷地に入ると、店などが出ていて賑わっている。城の入場料は学割で29zł。
中は広くて見るところはたくさんある。が、これを言っては元も子もないが、あまり面白くない。
もともと壮大でワクワクするような歴史を持っているわけでもなく、いかにも地味だ。地味な城にもそれなりの侘び、さびみたいなものがあるはずなのだけれど、まだ真新しいこの城にはそういったものも感じられない。
例に漏れず、城は第二次大戦中に破壊された。今ある城は戦後になって復元されたものだ。
破壊される以前の絵や写真が残っていたり、終戦直後の写真があったりして、そういったものに一番心を惹かれた。戦争で破壊されたといっても影も形もなくというわけではなく、外壁はかなり残っている様子だったから、復元するよりむしろそのまま残した方がよかったのではないかとさえ思えた。

今日は見事な晴天だった。朝のうちはまだ雲も見られたが、午後になると雲ひとつなくなった。こんなのユトレヒトを出てからはじめてだ。
世界遺産でもあることだし、多くのポーランド人が見学に来ていた。
久々に観光してみて思ったことは、観光地ってつまらんなぁということ。こんなところより田舎道を走っていて出会う景色の方がグッと来る、少なくとも自分は。

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ポーランド横断 その2

2011/7/30 土
始:11:20 ~ 終:16:30 走行:56km
Silnowo ~ Szczecinek ~ Bialy Borの数km先

朝起きると霧雨交じりの天気。昨日までの天気とあまり変わらず、移動か停滞か迷う。どうやら晴天を期待するのは難しいようだ。
とりあえず10:00まで様子を見てみるものの、これ以上変化しそうな気配はない。唯一の客であった隣のトレーラーハウスの一家が去ってしまったこともあり、自分らも移動することに。
管理人代理と思しきおっちゃんに礼を言ってキャンプ場を後にした。
料金は二人三泊で30zł。一人一泊5zł、つまり1.2Eほど。安い!熱々のシャワーも浴びられたし、実に居心地のいいキャンプ場であった。

食料が尽き、朝食もコーヒーと板チョコだけであったためまずはスーパーを目指す。
今日のルート上では10km強先にあるSzczecinekが唯一の大きな町で、そこで二日分の食料を買出し。
ドイツで時々寄っていたのと同じスーパー(NETTO)であるが、品数が著しく減った。安くて美味しいサラミやソーセージが手に入らなくなったのが痛い。パンはドイツパンのようなものは手に入らないのだけれど、けっこういける。
毎度土曜日の買出しは面倒だ。営業時間を見ると、ポーランドでは日曜も開いているようであるが(ドイツでは徹底して閉まっている)、Szczecinekレベルの町でないとスーパー自体がない。

Szczecinekの町からはしばらく車が多かった。行楽地に向かうと思われる車は、どれも自転車を何台も積んでいる。トレーラーを引いている車はドイツなんかに比べると格段に少ないのだけれど、とにかくどの車も自転車は積んでいる。
実際に町中なんかを走っている自転車は少ないけれど、環境も整っているとはお世辞にも言えないけれど、自転車に乗るという環境の下地はあるようだ。
自転車で車道を走っていて日本のように無理な追越をされないのは、こういった環境の賜物であると思う。多くの人はきちんと車線変更をして追い越してくれる。

Bialy Borの手前から雨足が強まり、Bialy Borの町を抜けた先の道路脇の休憩所兼バス停のようなスペースに幕営。
ありがたいことに東屋があり、ロープを張って濡れたものを干すことができた。
明日からもきっとこんな天気だろう。撤収するのがとにかく憂鬱だ。

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道路脇の休憩所兼バス停

2011/7/31 日
始:9:50 ~ 終:15:40 走行:71km
~ Miastko州境 ~ Miastko ~ Bytów ~ Kościerzynaの10kmほど手前

昨晩は雨が降らなかったが、朝は相変らずどんよりした天気。それでも昨日までよりは多少なりとも空が明るい気がする。撤収時に雨が降っていないだけでもありがたい。
それでもテントはびしょ濡れ、おまけに外に干しておいたものもまったく乾かず。昨日と同様憂鬱な出発。

森と、小麦だかライ麦畑の交互に広がる気持ちのよい道。相変らずのアップ・ダウンに少々苦しめられる。空身なら坂のうちに入らないようなものなんだけどなぁ・・・。
MiastkoやBytówといったそれなりの大きさの町にはスーパーがあり、日曜も営業していた。
途中、今にも雨の降り出しそうな真っ黒な雲の下を通過したが、幸運にも今日は降られなかった。Tuchomieの手前まで来ると、時折り青空も見え始めた。それにしても・・・山でもないのにすごい雲だ。
Bytówのスーパーで水5Lと明日の行動食の追加分を買出し。物価が安くて助かるわ。

今日通過してきた村々は、どこも素朴な感じでよかった。これがポーランド本来の姿なのだと思う。ちょっと安心した。
特にBytówは、なだらかな丘に点々と家が建っているところがどことなく伊那谷を思わせる、美しいところだった。のんびりした感じが実によい。

Bytówから18kmほど走った道路脇のパーキングに早めに幕営。明るく平坦な松の森で絶好のテン場である。ポーランドでは、森や林のあるところを走っている限りテン場に困ることはない。
パーキングの前の道はひたすら真っ直ぐで、恐ろしいスピードで車がかっ飛んでいる。いったい時速何キロで走っているんだか・・・。ポーランドも車はみんな飛ばしている。
パーキングに着く手前で、ロールオーバーをしたばかりと見られるBMWが屋根の潰れた状態で道路脇に止まっていた。乗っていた人たちは軽症で済んだみたいだけれど、車は廃車だろう。女の子が泣きべそをかきながらどこかに電話をかけていた。

早めに幕営したのには理由がある。濡れたものを干したかったのと、ドーズの整備のためだ。
今日走り出してすぐ、ドーズのメータが作動しなくなった。メータ本体とマグネットはキャノンデールで試すと作動するからセンサの問題。分解してみたら中に水が溜まっていて、これを拭き取って乾燥させたら作動するようになった。
削れたフロント・キャリアも、これ以上悪化しないように再び応急処置。
サドルの高さとか角度とか、マユミが一丁前に注文をつけるので、これも微調整。
雨が降っていないとテン場に着いてからいろいろできてよろしい。

ドイツやポーランドではけっこうキノコ採りをする。パーキングとか道路脇のちょっとしたスペースに車を置いて長靴に履き替え、かごを持ってキノコ採りに行く。今日幕営したパーキングにもそんなキノコ採りの人たちの車が何台か止まっていた。今頃がちょうどシーズンであるらしい。
キノコと言えば日本では山の幸であるが、このあたりでは山がない故森の幸といったところだ。キノコ採りに森へ行くから日本とちょっと趣が異なる。

731P1110212_サイズ変更 7317/31の野営地 Polcznoの先のP_サイズ変更

2011/8/1 月
始:9:45 ~ 終:17:30 走行:98km
~ Kościerzyna ~ Nw. kerczma ~ Tczew ~ Malbork

パーキングの前を走る20号はひたすら平坦な直線路。路面もきれいだし、こりゃポーランド人でなくともスピードが出ちゃうわな・・・。
横を猛スピードで追い越されるのがちょっと怖いけれど、車で走りやすいということは自転車でも走りやすいということ。自然とスピードが乗る。
こういうところを走っていて思うのだが、日本はクライマーを育む格好の地だよなぁ・・・。練習するところに困らない。そのうちパンちゃんみたいなクライマーが日本から出るといいなぁ・・・。
反面、日本ではスプリンターは育ちにくいだろうな。こういう平坦な道がほとんどないから・・・。
ただし、競輪という素地があるからピストは別だ。中野浩一みたいな怪物を輩出し得る。
中野浩一と言うと、日本ではカツラのCMに出ていたりしてちょっとおちゃらけた雰囲気があるし、競輪にあまりスポーツ性を感じないためにそのすごさが正確に伝わっていないように思われる。
世界選10連覇というのは途轍もない記録だ。もちろん史上例がないし、今後もそんな記録は生まれないだろう。まさに世界の中野なのだ。
逆に自転車先進国のヨーロッパでの方が知名度が高かったりする。ツールに出るようなトップ選手にサインをせがまれるような人なのだ。まだフジテレビでツールの中継をやっていた頃、中野浩一が解説をやっていた。ウルリッヒが勝った年だから'97年、中野が引退してからだいぶ経つけれど、それでもウルリッヒですら中野浩一を知っていた。
「僕は昔ピストの選手だったんだけれど・・・」と中野が話すと、ウルリッヒが「知っています。世界選10連覇ですよねぇ」みたいな話になる。
シャンゼリゼでは、ゴール後に選手たちからサインをせがまれていた。
ロードの世界じゃないけれど、日本にはそんなすごい選手がいたということだ。

Kościerzynaからは20号を離れ、221、224と細い道をつないで東のTczewに向かう。20号はそのままバルト海沿岸のグダンスクへと北上する。グダンスクは歴史のある大都市。
余談だが、グダンスクの北方にドイツの軍艦が予告なしに砲撃を行ったことで二度目の大戦は勃発した。西からドイツの電撃部隊、東からソ連軍が侵攻して激戦地となったところだ。市街地の90%以上が破壊されたと言われている。
列強に周りを囲まれたポーランドは、歴史上何度か地図の上から消えたという悲壮な歴史を持っている。

さて、今日は端から100kmほど離れたマルボルクのキャンプ場を目指している。
Tczewの手前までは快調なペースで来たが、Tczewから先で大ブレーキ。
まず町の手前から、工事中のため道路が通行止めになっていた。224号から車はすべてアウトバーンへと迂回させられていたが、自転車はもちろん走れない。迂回路探しに苦労するかなぁと思っていたら、自転車は工事中の脇を通してくれた。ありがたい。
道路沿いにあったスーパーで食料の買出し。スーパーに寄ったときにアイスを食べるのがここのところの楽しみになっている。ポーランドはあくまでヨーロッパの質の高さで物価が安いのだから嬉しくなる。
Tczewから91号を南下して22号に入る。接続はインターチェンジとなっていて高速道路のよう。
22号は最初石畳だった。石畳の4車線道路というのは初めてだが、まぁ走りにくい。センターラインなんかもないから、どこを走っていいのかもよくわからん。
ひょっとしてマルボルクまでずっとこれか?と思っていたら、数kmで終わって舗装路となった・・・なったのだけれど、アスファルト舗装ではなく小石を混ぜたコンクリートを継いで造った道。継ぎ目だらけで石畳以上に走りにくい。それでもけっこうなスピードで走っている車が多いから、ガタン、ゴトン、ガタン、と道路なのに列車が鉄道を走っているような音がする。
永遠に続くかと思われたこの道も、数km走ると終わってようやくアスファルト舗装になった。が、それと同時に路側帯が消えた・・・。こっちの方が問題だ。
道路が空いていればこれまでのように車線変更して抜いてくれるのであろうが、へたに車が多かったりするからそうしてばかりもいられないらしい。時速100キロ以上で走る車が自転車のすぐ横をかすめる、というのは日本じゃちょっとあり得ないが、これは怖い。特に大型トレーラーに横をかすめられると、命の危険を感じる。
近づいたときのピストン効果で道路の外(たいてい路肩がない)へ飛ばされそうになるし、逆に追い越されたときの負圧で道路の中央側へ吸い寄せられる。大型トレーラーが二台、三台続いてきたときなど本当に危険だ。何かの拍子にちょっとでも接触したらアウト。こんなところを走っていたら命がいくつあっても足りない。
対向車が追い越しのため、正面から猛スピードで自分と同じ車線を走ってくるというのもかなり怖い。こんなタイミングで追越するなよ・・・。
そんなデス・ロードっぷりはマルボルクまで続いた。ここでようやく脱出!交差する55号をちょっと北上してキャンプ場に入った。
マルボルクから先もしばらく22号を走るつもりでいたけれど、もちろん却下。

キャンプ場は、驚いたことにマルボルク城の目と鼻の先にあった。大きなシェパードが二匹いる、明るくて感じの良いキャンプ場。二人で一泊30zł、安いわ。
ここに二泊して、明日は久々に洗濯と観光。

801車の激走する20号線_サイズ変更 801IMGP5671_サイズ変更
ひたすらまっすぐな20号

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マルボルク城と                       城の目の前のキャンプ場

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Author:nakappie
1970年生まれ。妻と二人信州伊那谷在住。
2009年10月~2013年5月の旅を記録するために”なかっぴー通信”をスタートさせました。
現在は伊那谷にて節約生活をしながら充電中。
2014年4月、ブログのタイトルを”なかっぴー通信NEO”に改めました。
信州伊那谷より~旅のこと、山のこと、自転車のこと、そして田舎暮らしのことなどなど・・・気ままに綴ってゆきます。
”おもしろきこともなき世をおもしろく”そんなふうに生きていけたらいいですね。

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