そんな話って・・・まさかの・・・

2012/7/31 火

宿でボリューム満点の朝食をいただき、洗濯なんかを済ませてからサマルカンド観光へ。
まずはレギスタン広場。
さすがにここは見応えがある。美しい青のタイルで見事に修復されたサマルカンドの中心・・・が、反面、すぐに興醒めする気分が自分の中に盛り上がってくる。
なんと言うか、こういうところは朽ちた状態でもいいから元の状態のものを見せてほしいなぁといつも思う。時間の経過をまったく感じられない真新しく修復されたものを見せられると、どうしても興醒めしてしまう。例えば一部を修復して、一部はなるべく元の状態で保存しておくってことはできないものなのだろうか。それほど古い時代のものでもないわけだし・・・。
このレギスタン広場、ちょっと離れたところから見ている分にはタダであるが、広場の中に入ろうとすると入場料が必要。入場料はウズベク人が600スムであるのに対して外国人は13,000スム・・・どう考えても取りすぎだと思うけど・・・。
どこかからチケットを手に入れて、これを10,000スムで売りつけるというせこい商売をしているおっちゃんがいて、そのおっちゃんからチケットを買った。
各マドラサには中庭があって、ここにも入れるわけだけれど、これがまたどの中庭にもお土産屋がビッシリ・・・こういうところにも興醒めしちゃうんだよなぁ・・・。
唯一興味深かったのが、ティッラカーリー・マドラサの中にちょっとした展示室があって、ここに修復前のサマルカンドの写真が飾られていた。たぶん1920~1930年あたりの写真だと思う。
修復後の今の姿より生々しくてずっと味があるよね。できればこういう姿を見てみたかった。

木陰でちょっと休憩してからグーリ・アミール廟へ。ティムールの棺もここにある。
ここの入場料もウズベク人が600スムに対して外国人は8,000スム・・・ここまで来てケチる気もないのだけれど、中に入って見られるのが棺だか墓石のレプリカだけかと考えるとアホらしくなり、中に入るのはやめた。

サマルカンド大学の近くにある巨大なティムール像を見て宿に帰った。
宿の中庭に日本人が二人いた。
バハディールの方に一目で日本人バイカーとわかる自転車が一台置いてあって、持ち主はタシケントへ行っていると聞いていた。
二人のうちの一人がその自転車の持ち主、アキラさんだった。
アキラさんのことは、イスタンブールのツリー・オブ・ライフやトルコのGSなんかで人から聞いて知っていた。分割世界一周でもう9年間も自転車で海外を旅している人である。
9年も旅するとこんな風になるのかっていう自転車(9年間で2台使っているらしいが)と荷物が100kg。
なんと言うかエネルギーの塊のような人で、話していて面白かった。やっぱこんなことをやるにはこのくらいのパワーが必要だろうな・・・。
日本人バイカーの典型を絵にしたような人で、轍を途切れさせないことに徹底的にこだわる。肩の力を抜いた多くのヨーロピアンのバイカーとは正反対のタイプであるが、その価値観は自分らとかぶるところがあって好感が持てた。

で、そのアキラさんが教えてくれたのであるが、現在パミールハイウェイが閉鎖されている可能性が高い。
ガーーーン!
昨日もらったジャブと違ってこいつは効いた。
ここまでずっとそれを目標に走ってきたのに、その目標の地を走れないなんてことが・・・。
ショックというより脱力感。なんか体の力が一気に抜けた。
もちろんアキラさんもパミールが目的でここに来ていたわけであるが、「どうしようもない」と素直に現実を受け止めていた。

1997年の政府と反政府勢力間の和平合意以降、タジキスタン国内の政治情勢は徐々に安定の方向に向かっていたのであるが、治安は2005年以降悪化する傾向にある。
バイカーが皆目指すバダフシャン自治州のアフガニスタンとの国境付近では、これまでも政府勢力と反政府勢力の衝突が散発的に発生していたのであるが、ジャストタイミングの夏のこの時期に事件が発生。
日本の外務省が発した情報によると、「ゴルノ・バダフシャン州では、7月21日の国家安全保障委員会同州支部長官殺害事件を発端として治安部隊が派遣され、掃討作戦が実施されております。報道等によれば,24日、治安部隊とこれに対する反政府勢力との銃撃戦等により、双方で40名以上の死者及び20名以上の負傷者が出た模様です」「タジキスタン政府は24日午後、掃討作戦の一方的な休止を宣言していますが、特にゴルノ・バダフシャン州ホログ市周辺は、交通の遮断及び通信の途絶により事態把握ができなくなっており、安全を確保することが困難な状況と懸念されます」ということになっている。

サマルカンドではこれ以上の情報は得られない。
命を危険に晒すような場所へ行くことはできないから、今のところルートを変更せざるを得ない可能性が高い。
明後日サマルカンドを発ってデナウの国境へ向かい、ひとまずドゥシャンベで情報収集を試みるつもり。
それにしても・・・ショックだわ!!!

31P1160455_サイズ変更  31P1160457_サイズ変更
放棄された自転車かと思った・・・           きれいに整備されすぎた観のあるサマルカンド

31P1160460_サイズ変更  31P1160501_サイズ変更
壁の向こうがレギスタン広場              現在のレギスタン広場

31P1160461_サイズ変更  31P1160463_サイズ変更
まぁ・・・                           確かに・・・

31P1160472_サイズ変更  31P1160474_サイズ変更
美しい・・・                   ですわ・・・

31P1160478_サイズ変更  31P1160480_サイズ変更
でも本当はこういう姿こそ見てみたい          旅行者の勝手な言い分ですが

31P1160496_サイズ変更  31P1160492_サイズ変更
青の都を築いたティムール              一族の眠るグリ・アミール廟

関連記事
スポンサーサイト
Trackback [0] | Comment [0] | Category [■ 102_Uzbekistan / ウズベキスタン] | 2012.08.01(Wed) PageTop
いつも読んでいただき、ありがとうございます。
ランキングに参加しています。
記事が面白かったときはポチッとお願いします!
 ↓   ↓   ↓
にほんブログ村 自転車ブログ 自転車旅行へ    
   
   

サマルカンドに着いたけれど・・・

2012/7/30 月
始:8:45 ~ 終:18:30 走行:93km
~ Kattakurgan ~ Samarqand

チャイとナーンをいただいて出発。
今日も暑さは感じない。日中の日陰の気温が37℃ほど。陽射しは強いが、湿気がない分これだと日本の夏より過ごしやすい。
道がよくない・・・コンクリートの板を敷き詰めた道で、4~5mほどの間隔で継ぎ目の段差が現れる。ボロボロのアスファルトの方がまだマシだ。
こういう道はポーランドにもたくさんあった。アスファルトの道より時間も労力もかかるだろうに、どうしてこういう道の造り方をするんだか・・・。

ブハラ以降、屋根に荷物やらスペアタイヤを積んだヨーロッパのナンバーの車が走っているのを見かけるようになった。
今日も何台か見かけた。どの車もステッカーをベタベタ貼ってあるから、なにかのイベントっぽい。

サマルカンドの25kmほど手前まで来ると、見違えるように道がよくなった。
思っていたのと違って、最後は北からサマルカンドにアプローチ。使っている地図がまったく当てにならんのだ。いつの間にか地図では一本北側にある道を走っていた。どうりで地図にある町を通らなかったわけだ・・・。

18:00頃サマルカンドに入った。
そのままレギスタン広場に向かって、広場近くにあるバハディールに直行。
そこにオランダナンバーの車があった。”モンゴルラリー”というのをやっているらしい。イスラエルのベツレヘムからモンゴルまで走るイベントのようで、毎年やっているっぽい。宿にラリーのポスターが貼られていた。
で、あいにくバハディールは満室。
すぐ近くに姉妹宿があるってことでそちらへ。ここにもイタリアナンバーの車が二台あった。
見覚えのある自転車が二台あった。ドミニク&マルティネ、すぐにわかった。途中幹線を外れたところなんかをのんびり走ってやはり今日の午後サマルカンドに到着していた。
宿の名は「Abdurahmon」。寛ぎスペースがあってWiFiが使えて、実に居心地のいい宿。ボリューム満点の朝食つきでWが一泊$20。

宿の人、及びドミニク&マルティネから、よろしくない情報の第一報。
サマルカンドから僅か50kmほどのところにあるパンジャケントの国境。ここを目指してサマルカンドへやって来たわけだが、国境が閉鎖中・・・二年前から国境は閉鎖されているらしい。
ま、これに関しては自分らがあまりに無知だったということだ。二年前から通れないわけだから・・・。
サマルカンドでのんびりしていよいよタジキスタン、と思っていただけにちょっとショック。
パミールへ向かうことを考えると、より北の国境から越境するのは無駄だから、南のデナウの国境へ向かうことになる。
これがまた山があってグルリと回りこむ道しかないから、サマルカンドから500kmくらいある。
サマルカンドでのんびりしている時間がなくなった。三泊ほどして発つことに。

30IMGP5386_サイズ変更  30IMGP5387_サイズ変更
昨晩の寝床                        快く泊めてくれたサリモフ

30IMGP5395_サイズ変更  30IMGP5397_サイズ変更
                               水浴びする子供たち

30IMGP5401_サイズ変更  30IMGP5403_サイズ変更
サマルカンドに到着

関連記事
Trackback [0] | Comment [0] | Category [■ 102_Uzbekistan / ウズベキスタン] | 2012.08.01(Wed) PageTop
いつも読んでいただき、ありがとうございます。
ランキングに参加しています。
記事が面白かったときはポチッとお願いします!
 ↓   ↓   ↓
にほんブログ村 自転車ブログ 自転車旅行へ    
   
   

サマルカンドへの道

2012/7/28 土
始:12:00 ~ 終:19:00 走行:69km
~ Galaasiya ~ Vabkent ~ Gizhduvan ~ Tavosの先

のんびり起きだしてパッキングし、昼食を食べて12:00に出発。
ブハラから先は緑が濃かった。こんなに緑の濃いところを走るのはいつ以来だろう。久々に緑が目に眩しい。
が、道は単調で走っていて少々退屈。路面もあまりよくない。
でも、昨日同様暑くなく、時々吹く風も爽やかに感じる。走っていてとても気持ちがいい。
まさにこのあたりはオアシス都市である。トルクメの国境から僅か100kmほどなのに不思議だ。

経験的に商店ではそんなことはないのだけれど、カフェは1,000スムくらい軽くボってくるところが多い。ウズベキスタンはこれが少々面倒くさい。(もちろんそんなことをしない良心的なカフェもあるけど)
どういうことかと言うと、注文前に確認した値段の合計よりだいたいいつも1,000スムくらい多い額を請求してくる。
12,000スムのはずのところを13,000スムと言ってきたりという風に。
ま、いいんだけどね、1,000スムくらい。日本円にして30円くらいなものだから・・・。
いや、こういうことは額の問題ではない。ボられるのはどうにも気分が悪いし、日本人として許せないところもある。
で、もう一度、一品一品「これはいくら?」「これはいくら?」と確認せねばならない。
そうすると、やはり今しがた請求してきた額よりも1,000スム安い。皆根は正直だから、辻褄の合うよう咄嗟に一品一品ちょっとずつ上乗せするなんて芸用はできないのだ・・・。
だからその分だけ払うのだけれど、毎回毎回こんなやり取りが面倒くさい。

Tavosという町を過ぎると、景色が一変した。突然緑が消えて砂漠っぽくなる。
これ以上行くとデッドゾーンに突入しそうに思えたので、道路脇にあった潰れたカフェ?の前に幕営させてもらった。
後で持ち主のおっちゃんがやって来て、頼むと快くテントをはらせてくれた。

28IMGP5359_サイズ変更  28IMGP5362_サイズ変更
ブハラを発つ                       ブハラから先は緑が濃かった

28P1160440_サイズ変更  28IMGP5364_サイズ変更
                               突然緑がなくなってあせる・・・

28P1160442_サイズ変更
潰れたカフェ?の前に幕営

2012/7/29 日
始:8:35 ~ 終:18:45 走行:105km
~ Karmana ~ Pakhtakor ~ Kattakurganの15kmほど手前

今日も暑くなくサイクリング日和。やっぱもう夏は終わったのか?
ウズベキスタンではよく「フランス人か?」と聞かれる。「ボンジュール」と挨拶されたりもする。
サングラスをしてヘルメットをかぶっているとは言え、自分らがフランス人に見えるわけがない。それだけフランス人のバイカーが多いということだ。

ウズベキスタンには子供がたくさんいて、そして働いている。ロバ車で荷物を運んでいたり、畑に出ていたりといった具合。こんなにたくさん子供を見るのはアフリカ以来か?
田舎の子はすれてなくて、道路脇からちょっと恥ずかしげに手を振ってくれる姿がとても可愛らしい。
男の子はもちろん、女の子もニ、三歳までは皆マルコメ君である。

昼前に食事のため寄ったカフェで働いていた若者は、ウズベク語以外に五ヶ国語を話すすごいやつだった。ロシア語、トルコ語、タジク語、そして英語に何故かハングル。
タジク語が話せるということはファルシーがほぼ理解できるということだし、トルコ語ができればアーザリーがわかるはず。これはもうユーラシアを旅するのに無敵の状態だ。
ちなみに、デーウがたくさん走っていたりするせいか、仕事でウズベキに来ている韓国人がけっこういるらしい。近くに真新しい空港が二つもあるのだけれど、カーゴ用の一方の空港にはウズベキスタン航空と大韓航空の表示だけがあったりする。
彼がハングルを話せるのも、前に韓国人と一緒に仕事をしていたからだそう。
それはそうと、ブハラで食べた焼きラグマンはまさに焼きうどんで感動したのだけれど、ここで食べた焼きラグマンは要するにスパゲティーだった・・・。ま、美味しかったけど。

イランほどではないがウズベキスタンでも、「子供はいるのか?」と言葉を交わした人によく聞かれる。
毎回のように聞かれ、毎回答えるのがちょっと面倒くさいんだよね・・・。
男は二十歳過ぎ、女は十八歳くらいを過ぎれば結婚するのが当たり前で、結婚すれば子供を作るのが当たり前。イランやウズベキではそれが当たり前の世界で、結婚して子供を作らないなんて選択肢は彼らにはありえないのだ。よって子供がいないなんてことがまったく理解できない。
「何故なんだ?」「お前は何歳なんだ?」と毎回聞かれる。
そんな相手に毎回答えるのがかなり面倒くさい。
ちなみに、一代前の世代くらいまでは子供が10人いるのが当たり前だったイランも、今は主に経済的な事情から子供はニ、三人の人が多かった。
が、聞くとウズベキスタンは今でも子供が五、六人いるのが当たり前のようである。どうりで子供をよく見るわけだ・・・。

夕食を食べに寄ったカフェも1,000Usボろうとしてきたな・・・。
だいたいがめつくボってくるのはババアである。自分の経験上、どこの国へ行っても怖いのはおばちゃんで、おっちゃん連中は気のいい人が多いように感じる。

しばらく走ると道路脇にテントを張れそうな場所があった。スイカを売るおっちゃんにその辺にテントを張っていいか聞いてみると、おっちゃんちの使っていない家の軒下に張っていいと言ってくれた。ありがたくそうさせてもらう。
おっちゃんの名はサリモフ。
軒下に自転車を移動させていると、奥さんのサリムアがやって来て、軒下を箒で掃いたり水をまいたりしてくれた。で、そこに敷物を敷いて、布団や枕、毛布まで持ってきてくれた。
これはここに直接寝ろということだな・・・蚊がちょっと気になるけどそうすることにした。
ちょっとすると今度はチャイやらお菓子を持ってきてくれ、それからパンとプロフを準備してくれた。あまり腹は減ってなかったけど、食後のスイカまで美味しくいただいた。
で、それらを運んでくれた女性の一人が美しい民族衣装を着ていて、そして彼女自身がとびきりの美人だった。
どうして彼女だけそんな衣装を身につけていたのかは謎である。

夜は案の定、蚊がいてあまりよく眠れなかった。
おまけに犬のボビーが・・・。
サリムアのところには犬が四匹いた。イランほど虐げられているわけではないが、それほど可愛がられているわけでもない。
その中のボビーという一番大きな犬の寝場所がどうやら自分らのいた軒下で、自分らの近くで寝ていた。
夜中、どこかで犬の鳴き声がするとボビーが反応。その場でワンワンと吠えてどこかへ出動。そのまま戻ってこなけりゃいいのだけれど、また元の場所に戻ってきて「フーッ」とか言って寝ている。
しばらくするとまた反応。その場でワンワン・・・頼むからもっと離れたところで吠えてくれよ。出動してはまた戻ってくる。
そんなことの繰り返しでよく眠れなかった・・・。

29IMGP5375_サイズ変更  29IMGP5376_サイズ変更
マルコメ君たち

29IMGP5378_サイズ変更  29P1160443_サイズ変更
                               とびきりの美女発見!

29P1160445_サイズ変更  29P1160444_サイズ変更
どうして彼女だけこんな衣装なのかは謎     アップでもう一枚(しつこいか)

29P1160449_サイズ変更  29P1160453_サイズ変更
夕飯をご馳走になった                 そしてこいつが安眠を妨げてくれた犬のボビー

関連記事
Trackback [0] | Comment [0] | Category [■ 102_Uzbekistan / ウズベキスタン] | 2012.08.01(Wed) PageTop
いつも読んでいただき、ありがとうございます。
ランキングに参加しています。
記事が面白かったときはポチッとお願いします!
 ↓   ↓   ↓
にほんブログ村 自転車ブログ 自転車旅行へ    
   
   

ブハラで休養の日々 その2

2012/7/25 水

特に改めて観光ってことはしていないのだけれど、町中を適当にブラブラしている間に主なものはほとんど見られてしまった感じ。
観光の町ブハラは両替えのレートがよくない。なんだかんだでホテルの少年に頼んでもらうのが一番レートがよかった。$100両替えして、$1=2,780Us。
なんてったって最高額の紙幣が日本円にしてたったの28円だから、両替商も大変だ。
大きなバッグを持ってホテルのロビーに現れた。鞄の中は札束。
100ドル両替えすると278,000スムになるから、100ドル札一枚が278枚もの1,000スム札になって返ってくる。もう数えるのも面倒くさい。

夕方、久々にネットをしに行った。
町で休養しているバイカーの行動パターンなんてのはだいたい同じで、後からドミニク&マルティネもネット屋にやって来た。
ネット代は1時間3,000Usってところ。

夜、バスルームでマユミに散髪してもらった。
気付けばツールは終わっていて、いつの間にやらロンドンオリンピックが始まっていた。

25P1160399_サイズ変更  25P1160407_サイズ変更
閑散としたバザール                   そりゃ暑くてやる気もなくなるわ・・・

2012/7/26 木

ラビハウズ近辺からちょっとだけ離れたところにあるイスマイール・サーマーニ廟を見てきた。
中央アジアに現存する最古のイスラーム建築であるらしい。が、閑散としたサーマーニ公園の中に佇んでいる姿にはそんな風格はない。見に来ている人など一人もおらず、公園内のオブジェの一つにしか見えなかった。

夕暮れ時、ネット屋でまたドミニク&マルティネに会った。
本当に感じのいい二人で、一緒に話をしているだけでなんだか温かい気分になってくる。
五十代の彼らも、もちろんまだリタイアしたわけではない。が、リタイア後なんて言ってたら、その時は体が健康であるかどうかもわからないし、健康なうちにハードなところ、行きたいところに行っておきたいと話していた。
18ヶ月も休みを取ってまた元の仕事場に戻れるというのだから、フランスの仕事環境ってのはすごいよね。
21歳の息子さんは、フランスで山岳ガイドになるための勉強中であるらしい。
二人は明朝発つ。自分らは勢いでもう一泊して明後日発つことにした。

25P1160412_サイズ変更  26P1160420_サイズ変更
中央アジア最古のイスラーム建築          ブハラのシンボル カラーン・ミナレット

26P1160426_サイズ変更
とても感じのいいドミニク&マルティネ

2012/7/27 金

まるで季節が変わったように朝から暑くない一日だった。これまでの暑さはいったいどこへ?もしかしてもう夏は終わったのか?

8:30過ぎにドミニク&マルティネを見送った。
荷物は自分らより多い。でも、山ヤでもある彼らは、ヨーロピアンにしては珍しくパッキングが上手だった。なんだその巨大なシュラフは・・・なんてものはもちろん持っていない。
それぞれいろいろな工夫が凝らされていて、他人のバイクを見せてもらうのはいつも楽しい。特に自転車先進国であるヨーロピアンの自転車は興味深いものが多い。

彼ら二人は使っていなかったけれど、ヨーロピアンの使っている装備で(日本人はまず使っていないだろうが)、これはいいかも、と思える装備がいくつかある。
一つはリアハブに内蔵されたギア(ドイツ製)。このギアだけで14、15段ある。
ユトレヒトのスネルで初めてこれを見たとき、こんなの誰が使うんだよと思ったのだが、実際はかなりのバイカーが使っていた。
一部の国を除き、壊れたとき現地で修理するのはまず不可能だろうが、外に露出してない分むしろ耐久性は通常のギア&ディレイラーより高いのかもしれない。
雨や埃とも無縁。5,000kmごとにオイルを交換すればいいそうな。

二つ目は油圧ブレーキ。ディスクブレーキじゃなくて通常のVブレーキを油圧化したタイプ(これもたぶんドイツ製)。
やはりスネルで初めて見たとき絶対いらないと思ったのだが、ダートの下りとかブレーキを握り続けねばならないような状況でこいつの効果は絶大であろう。すごく軽い。
ブレーキシューは汎用のものが使えるらしい。これもやはり耐久性は通常のワイヤで引くものよりむしろ高いのかもしれない。

そしてこれは日本でも見かけるけれど、フロントハブ内臓のダイナモ。ライトを点灯させるだけじゃなく、カメラのバッテリーなんかが充電できるようになっている。
いらないといえばいらないが、あれば便利に違いない。

日本人のバイカーは通常、世界中どこでも修理できるようにと部品の汎用性を第一に考えるから、こういった特殊な装備はむしろ避けるのだ。

夜、パンクしたチューブ4本をまとめて修理して寝た。

27P1160431_サイズ変更  27P1160434_サイズ変更
ドミニク&マルティネの自転車             二人を見送る

27P1160436_サイズ変更
ナディール・ディヴァンベギ・メドレセ

関連記事
Trackback [0] | Comment [0] | Category [■ 102_Uzbekistan / ウズベキスタン] | 2012.08.01(Wed) PageTop
いつも読んでいただき、ありがとうございます。
ランキングに参加しています。
記事が面白かったときはポチッとお願いします!
 ↓   ↓   ↓
にほんブログ村 自転車ブログ 自転車旅行へ    
   
   

イランでお世話になった人たち

イランではたくさんの方たちにお世話になりました。
日記をしばらくアップできそうにないので、お礼方々お世話になった方たちのことだけひとまず挙げておきたいと思います。

ヤゼールさん一家@アスタラ:1泊
P1140976_サイズ変更

ナセルさん一家@ハヴィック:1泊
P1140982_サイズ変更

ファルフードさん一家@レズバンシャー:8泊
スペシャルサンクス:ペイマン&ナイード
P1150377_サイズ変更 P1150083_サイズ変更

ファルフードのお姉さんゾフレさん一家の山小屋@アルデ:2泊
P1150283_サイズ変更

モハンマドさん一家@ラシュト:1泊
スペシャルサンクス:アリさん
P1150440_サイズ変更 P1150451_サイズ変更

モハンマド君の家@ラシュト:1泊
P1150505_サイズ変更

ファトゥフラさん一家@マンジル:1泊
P1150517_サイズ変更

レザさん一家@ガズヴィン:1泊
P1150560_サイズ変更

カゼムさん一家@キャラジ:2泊
P1150573_サイズ変更

ハミドさん一家@テヘラン:11泊 エスファハーン、シーラーズへ行っている間も自転車と荷物を預かっていただきました。
P1150614_サイズ変更

フレイドン君&モハンマド君のところ@シーラーズ:2泊
P1150860_サイズ変更

ハミドさん一家@シャフルード:1泊
IMGP4933_サイズ変更

アリレザさん一家@シャフルード:1泊
P1160236_サイズ変更

モルテザ君の仕事場(IRAN RED CRECENT)@サラクス:2泊
P1160342_サイズ変更

他にもレストランやSAのナモスの部屋に泊めていただいたり、食べものや飲み物をいただいたり、自転車屋に案内していただいたり・・・
本当にたくさんの方々にお世話になりました。ありがとうございました。
かくしてイランは自分らにとって格別な国となった。

関連記事
Trackback [0] | Comment [0] | Category [■ 100_Iran / イラン] | 2012.08.01(Wed) PageTop
いつも読んでいただき、ありがとうございます。
ランキングに参加しています。
記事が面白かったときはポチッとお願いします!
 ↓   ↓   ↓
にほんブログ村 自転車ブログ 自転車旅行へ    
   
   


 Web Page Translation
 You are here / ブログ内の現在地
なかっぴー通信NEO
 トップページ
  └ 月別アーカイブ
        └ 2012年08月
 About Me / プロフィール

nakappie

Author:nakappie
1970年生まれ。妻と二人信州伊那谷在住。
2009年10月~2013年5月の旅を記録するために”なかっぴー通信”をスタートさせました。
現在は伊那谷にて節約生活をしながら充電中。
2014年4月、ブログのタイトルを”なかっぴー通信NEO”に改めました。
信州伊那谷より~旅のこと、山のこと、自転車のこと、そして田舎暮らしのことなどなど・・・気ままに綴ってゆきます。
”おもしろきこともなき世をおもしろく”そんなふうに生きていけたらいいですね。

 名言集
すばらしい一日でありますように・・・
 ランキングに参加しています
押してもらえると嬉しき哉

にほんブログ村 自転車ブログ 自転車旅行へ にほんブログ村 ライフスタイルブログ 自給自足生活へ
 Latest Diary / 最新記事
 Category / カテゴリー
 Search Form / 検索フォーム
 にほんブログ村
 アクセスランキング
   
   
i2iポイントサイトへのご招待です♪
 Links / リンク
 Mail Form / メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

 Latest Comments / 最新コメント
 アクセスカウンター
 Monthly Archives / 月別アーカイブ
 RSSリンクの表示
 ブロとも申請フォーム