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タジキスタンビザ取得

2012/6/25 月

晴れ。
7:00起床。家族のみんなが起きる前、7:30に家を出た。
昨晩のハミドさんのアドバイス通り、今回はメトロを使ってタジキスタン大使館へ向かう。
家の近くから最寄り駅のAli Abadまで乗り合いタクシーで2万R。思いのほか遠く、通常の言い値は2万5千Rである。

メトロは現在ゴドゥス広場近くのTajrish駅まで延びていて、Ali Abadから1時間弱。運賃は二回券が4,500R。
メトロにも女性専用車両がある。先頭の二車両ほどが女性専用になっていて、男は終日乗ることができない。もちろん女性が専用車両以外に乗ることもできるが、朝のラッシュ時は専用車両に乗るよう駅員に指示される。
テヘランの通勤ラッシュもなかなかすごい。ほとんど終始すし詰め状態である。

終点のTajrish駅でメトロを降りた。駅から出るとここはどこ状態であるが、地図を見ると大使館のかたまっているエリアからそう離れていない。駅前で大使館の住所を見せると、乗り合いタクシーで行けると教えてくれた。
ワゴン車のシートに座って待つ。満席になると出発。大使館のそばまで10分くらい。二人で1万1千Rと意外に高い。

タジキスタン大使館は空いていていい。着いたときは誰もいなかった。バダフシャーンのパーミットがここで取れるかなんてことも落ち着いて聞ける。
やはりここで取ることはできず、ドゥシャンベで取らねばならないということだった・・・。
ビザの発給を待っている間に昨日会ったニュージーランド人のカップルが来て、フランス人が来て、さらにやはり昨日会ったフランス人のバイカーも申請にやって来た。
ニュージーランド人の二人は今日ビザがもらえると言われていたが、ちょっと遅れてやって来たフランス人のバイカーは日曜に取りに来いと言われていた。
誠にもってビザの取得は運とタイミングだ。

30分ほどしてビザがもらえ、タジク大使館をあとにする。ビザ代の25ドルはその場で現金払い。入国日は8月5日だ。
乗り合いタクシーでメトロのTajrish駅まで戻る。料金は行きと違って1万5千Rであったが、通常の言い値は2万Rで、これでも何台かやり過ごして安いのを捕まえた。客の人数によって料金が変わるようである。これも運とタイミング。

メトロでいったんDarvazeh Dowlat駅まで移動し、フェルドゥスィー広場まで歩いた。
イラン版ファストフード店で腹ごしらえをしてから両替え。このあたりには両替屋が並んでいる。
レートは1E=23,800R、$1=18,800R。レアルの価値が恐ろしい勢いで下がっている。ユーロやドルからレアルに両替えする旅行者にとってはうれしい限り。
続いて本屋巡り。目当てはもちろん中央アジアの地図。テヘラン大学にもほど近い、おそらくテヘランで一番本屋のかたまっているエリアであるが、これがなかなか見当たらない。
何人かに教えてもらったあとでようやく見つかった。ファルシー主体で、かつ非常に大雑把な地図であるが、ないよりマシだろう。一応、これから行く国が網羅されている。
ファルシーのみの表記だが、中国の地図もあった。まったく読めないわけであるが、中国の地図事情もよくわからないので、半ば記念のつもりで買っておいた。

これにて本日のミッションは終了。うまく事が運ぶとあまり疲れない。
途中でファルデを食べたら、一つ2万5千Rもした。テヘランの市街地価格か・・・?
メトロでAli Abad駅まで帰る(一回券3,000R)。駅から乗り合いタクシーでハミドさんちの近くまで2万R(通常の言い値は5万Rくらいだったりする)。

15:00過ぎに帰ってきた。
チャイとスイカをいただいて、ちょっと日記を書く。イランではここまでほとんど人の家に泊めていただいているので、日記が溜まりまくっている・・・。
そのうちにハミドさんが帰宅。今夜は買い物に行くと言う。
21:00過ぎに家族総出で外出した。車で賑やかな商店街へ。近々親類の結婚式があるらしく、ファトゥメとザフロがそのための服を選ぶのだという。
何軒か付き合ってみたのだが、ショーウインドウに並んでいるのはどれも本気の派手なドレス。結婚式のときはこんな派手なドレスを着るのか・・・。値札を見ると、ユーロに換算して20~30ユーロだから、さすがにレンタルなのだと思う。

しばらくするとハミドさんも疲れたのか、ファトゥメとザフロとは別行動になった。四人でモハンマド・マフティの服なんかを見て回る。
商店街はすごく賑やかで、様々な店があり、人もたくさんいる。驚くのが、そこで売られている商品のほぼすべてが中国製ということ。手にとって見るとほぼ100%中国製。衝撃的だ。
さすがにこれはヤバイと思ったね。市場が乗っ取られていると言っても過言ではない。もっともイランに限った話でなくて、世界中どこに行ってもそうなのだけれど・・・。日本だって例外ではない。
同じものがイラン人に作れないとは思えないし、人件費だってそう変わらないのではないかと思うのだが。いや、イランあたりと比べても尚安いということか・・・。
ちなみに、中国製とは言っても日本で見かけるものは日本のメーカが中国で作っているものであって、比較的品質がよい。アジアやアフリカ、中南米あたりで見かける中国製品というのは本当に品質が悪い。

けっこうフラフラになった。ファトゥメとザフロと合流して帰路に着く。と思ったら、帰りがてら親戚の人のドレス屋に立ち寄った。ウェディングドレスを専門に取り扱っている店だった。
ザクロ?のジュースをいただきながら暫しお喋り。
23:30頃ようやく家に帰ってきた。勝手ながらすぐにも寝たい気分だったが、0:00過ぎから夕食に。
豆をすりつぶして作った団子のトマト煮、これにパンを浸して食べると実に旨い。団子の真ん中にはアルーチェのような果実が入っている。旨い上にとってもヘルシー。

結局寝たのは1:00頃。
そう言えば、ファルフードから電話がなかったな。大丈夫であろうか・・・。

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アイス屋・・・酒を飲まないから老若男女を問わず甘いものが好きである

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再びのテヘラン

2012/6/24 日

くもりのち晴れ。
バスは7:20にテヘランの南ターミナルに着いた。読みどおり。いや、何時に到着予定なのか知らなかったから・・・。
今日はウズベキスタンとタジキスタンのビザを受け取れる日。そのまま即行動に移る。
まずはターミナルの近くでタクシー探し。どの車も20万Rの言い値。申し合わせでもあるのだろうか・・・。
そこへ15万Rで行ってくれるという運ちゃんが現れたのだけれど、ついていくと乗り込む前に別の運ちゃんが来て、運ちゃん同士で口論となった。縄張りがあるのかもしれない。自分らとすれば15万Rで行ってくれるのなら別にどちらの運ちゃんでも構わない。

結局、後から来た運ちゃんの車で行くことになった。今日は道が空いていていやにスムーズだ。運ちゃんの勘もよく、40分ほどでウズベキスタン大使館に到着。8:25であったが、すでに先客が三人もいた。
のんびり待っていると9:00前に職員のおばちゃんが出勤してきて、9:15頃から業務が始まった。
ようやく自分らの番。門の中に入っておばちゃんにパスポートを渡し、暫し待つ。そこに後から夫婦がやって来て、何故だか建屋の中に入っていった。なんだ、なんだ?予約客か?(そんなのあるのか?)おかげで自分らはやたらと待たされた。
10:20過ぎ、やっとのことでビザ受領。ビザ代の15ドルはその場で現金払い。

さて次。急ぎコピー屋へ。
いつ行っても誰もいなかったコピー屋に今日は二人も客がいて、そのうちの一人が大量コピー中。他に近くにコピー屋はなく、気長に待つ。
ウズベキスタンのビザのページをコピーして、大急ぎでタクシーを拾う。トルクメニスタン大使館まで、歩いていたのではとても間に合わない。
何故だか途中で降りるよう言われ、別のタクシーを拾う。道が混んでいてハラハラする。

どうにか11:00までに間に合ったが、相変らず混んでいる。学生たちとエージェントが窓口を塞いでいる状態。
20分くらい待った後にエージェントの間からパスポートを差し出し、ようやく職員と話せた(英語は片言しか通じない)。
何故だかパスポートとビザのページ、それぞれのコピーしか受け取らない。申請書も要らないという。すごく不安な対応だ。
「マシュハドで受け取れる」とだけボソッと言う。
いざマシュハドまで走った後でビザが取れていなかった、なんてことになるといろいろ面倒。よって、数日待ってビザが出るのならテヘランで受け取りたいと思っていた。
その旨伝えると、「四、五日かかる」という話。四日か五日、どちらなんでしょ?
「たぶん木曜日」ということだった。”たぶん”・・・どこまで信用できるのか。非常に不安なんだけど、今日のところはこれ以上どうしようもない。あまりに混んでいて、職員と落ち着いて話をすることすらできないのだ。
ちなみに、ダメ元で10日くらいもらえないのか聞いてみたのだが、トランジットでもらえるのはやはり5日だけ。この点だけはキッパリしていた。

さらに次。急ぎタクシーでタジキスタン大使館へ。
11:30に到着。が、通常12:00まで開いているはずの大使館が閉まっていた。待っている人も他にいない。なんで???
警備員が呼んでくれた中の職員によると、ホリデーという話。どうやらタジキスタンの祝日であるらしい。
「明日来い、バイバイ」と言うだけでまともに取り合ってもらえない。ずいぶん偉そうな態度だな・・・。
バダフシャーンのパーミットもここでもらえるのか訊いてみたら、もらえると言う。本当か?あまり当てにならない。
いずれにせよ今日のところは万事休す。明日出直すことにした。

ドッと疲れた。
近くでハミドさんに電話しようとしたのだが、何故だか公衆電話が使えない。ハミドさんにカードを借りていたのだけれど、カードの種類が違うのだろうか?
またも近所の商店で電話を借りる。仕事中のハミドさんとつながって、今から帰る旨伝えた。店の主人はとても感じがよく、電話代を払おうとしたのだけれど、気にするなと受け取らなかった。
隣のバーガー屋で昼食を済ませ、タクシーを拾って帰る。ハミドさんちまで17万R。タクシー代が嵩む。あと何回往復すればいいのだろ・・・。

14:00に帰ってきた。ハミドファミリーと久々の対面。
新たにプレステが導入されていて、モハンマド・マフティはゲームに夢中。チャイをいただき、みんなと一緒に昼食。外で済ませてきたのだけれど、美味しいのでついつい食べられてしまう。
15:30からみんなと三時間ほど昼寝。目覚めるとハミドさんが仕事から帰ってきていた。
19:00頃ハミドさんと一緒にパーキングに出かけ、自転車の無事を確認。ハミドさんも常に気にかけてくれていたようだ。そのままもうしばらく置かせてもらう。

夕食をいただいてから、ハミドさんの携帯を借りてファルフードに電話してみた。
ファルフードは目下日本ビザを取ろうとしていて、一緒にテヘランの日本大使館に行ってもらえないかと言われていたのだ。
電話のファルフードは相変らずのハイテンション。埒が明かないのでファヒメに代わってもらう。
無事に日本のジュンコさんから旅程表が届いたらしい。火曜か水曜なら一緒に日本大使館に行けると伝えた。

スイカをいただきながらあれこれお喋り。
「タクシーで大使館まで行ってたんじゃお金が大変でしょ」「最寄り駅までタクシーで行って、そこからメトロを使えば安く行けるよ」
ハミドさんが素晴らしいアドバイスをくれた。明日からその手でいこう。

今日もフル稼働で何気に疲れた。1:30にお休みなさい。

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ハミドさんちのある路地 祭りでもあるのか?         家族と一週間ぶりに再会

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エスファハーンとシーラーズの小旅行 その6 滝のある風景

2012/6/23 土

晴れ。
8:05起床。テントの外をのぞくと、少し離れたところに滝が見えた。絶景である。
朝食を食べてからテントを撤収。手馴れていて撤収もすごく早い。ピクニックの達人であるイランの人たち。それはもうほとんど生活の一部になっている。

車に荷物を詰め込んで滝まで歩く。遊歩道ですぐだ。
おぉぉ・・・これはなかなか。幾条もの細い滝が岩壁を流れ落ちている。日本のどこかにありそうな景色だが、外国ではなかなかお目にかかれない。

滝というのは日本を象徴する景色の一つであると思う。日本にはそれこそ無数に滝がある。なんてったって山より沢のほうが多いのだ。
日本人が外国で滝を見て衝撃を受けるなんてことはそうそうなかろう。見慣れているのだ(山とか自然によほど縁のなかった人は別だろうが)。落差が1kmあるとか、水量がものすごいとか、そういうことでもない限り心が動かされることはまずない。キレイだけど「ふ~ん」という感じ。多くの場合そういう印象であるに違いない。

言ってしまえばここも別に唸るような景色ではない。でも、マイナスイオンを浴びながら座ってボーっと滝を眺めているのは、理屈ぬきに気持ちいい。二時間ほどボーっとしていた。
水はキレイで、冷たくて美味しい。他にもたくさんの家族連れなどが来ていて、みんなそれぞれに楽しんでいる。
こういうところに来ると、若い女性の中にはスカーフをとって記念写真を撮る子がいる。至高のチラリズムとでも言おうか、見てはいけないものを目にしているようでちょっとドキドキしたりする。

11時過ぎに滝をあとにした。売店のところで洗車してからシーラーズへ車を走らせる。
13:30にシーラーズ到着。帰りは二時間半ほどだったということか。滝があったあの場所はいったいどこだったのだろう???
家に着くと、さっそくフレイドンがチャイや果物を振舞ってくれた。シャワーを浴びさせてもらい、それからみんなで昼寝。17:00近くまでのんびり寝させてもらった。

18:20にフレイドン宅をあとにする。
「もっと居ればいいのに」と二人とも言ってくれる。なんでそこまでよくしてくれるのだろう。このホスピタリティーはいったいどこからくるのか。ただただ感謝の念に堪えない。
二人が車でバスターミナル(テルミナーレ・カーラーンディーシュ)まで送ってくれた。
30分ほどでターミナルに着くとすぐ客引きがやって来て、今から出るバスがあるというので即決。あまりに時間ギリギリで、ハミドさんちにお土産を買う時間もなかった。

二人とはここでお別れ。別れはいつも寂しいものだ。
二人ともあり得ないくらいいい人だった。いつの日かまた会いたい。ぜひ日本に来られるといいのだけれど。そんな日を夢見て・・・。

バスは19:15にターミナルを出発。
テヘランまで22万R。行きと比べてだいぶ高いわけであるが、その分豪華仕様だった。2+1列のゆったりシートで快適だ。
お菓子とジュースが配られ、DVDが始まる。風景を見ながらバスに揺られ、暗くなるとウトウト。
途中、売店のあるレストランで休憩となり、そこでハミドさんちへのお土産を買った。パスポートチェックも夜中に一度あった。

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テントからの眺め これはなかなか・・・

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イラン式テント                            撤収・・・ポールがないからそのままたためる

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荷物を車に積み込むの図                     滝の下まで歩いてすぐ

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滝のある風景

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他にも家族連れがたくさん                   理屈ぬきに気持ちいい

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                               スカーフを脱いで記念撮影・・・母親のも脱げているのはご愛嬌

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洗車中の図                            フレイドン宅に帰ってきた お疲れさま
             
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バスターミナルまで送ってくれた二人 本当にいろいろお世話になりました また会おう!

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エスファハーンとシーラーズの小旅行 その5 ペルセポリスと山のキャンプ地と

2012/6/22 金

晴れ。
7:00起床。あんな時間に寝たから何時に起きることやら・・・と心配していたのであるが、彼らはキッチリ起きてきた。すごい。
布団やピクニックセット、テントなんかをこれでもかというくらい車に積み込む。
8:05出発。すごい。ピクニックやキャンプは手馴れているから、準備も驚くほど早いのだ。
途中の町で朝食の買い出し。パンとクリームチーズをササッと買ってきてくれて、車を走らせながら食べる。チャイも自前のポットに買ってきてくれた。こういう段取りがすごい。

9:40ペルセポリスに到着。チャイを飲んでさっそく遺跡に繰り出す。
入場料はやはり彼らが払ってくれてしまった。しかも、フレイドンがマユミのために帽子まで買ってきてくれた。なんて優しいやつなんだ、フレイドン。

多くのイラン人の精神の拠りどころ、ペルシア帝国(アケメネス朝)。その象徴、ペルセポリス。
だのに、歩き方のペルセポリスの項の第一声ときたら・・・遺跡ファンの間でも、ヨルダンのペトラ遺跡、シリアのパルミラ遺跡とともに「中東の3P」と呼ばれ・・・。
アホか。どうでもええがな、そんなこと。
続く説明はラピュタのムスカの台詞を髣髴とさせた。ちょっと目を引いたのでついでに。
・・・イランでは一般に「タフテ・ジャムシード」という。タフトとは玉座、ジャムシードは伝説上の王の名、つまり「ジャムシード王の玉座」という意味だ。

ペルセポリスは素晴らしかった。見事だった。
レリーフがたくさん残っていて実に興味深い。そこには、王に貢物を献上する属国の使者が描かれている。遠く西はリビアやエチオピア、東はスキタイ、インドまで。衣装や貢物からどこからの使者であるか特定できるほど緻密に描かれている。

王墓に上るとペルセポリス全体が見渡せる。
この王墓ってのが山の岩肌を削り出して造っているのだけれど、あまりのスケールに見ているだけで気が遠くなるような作業を連想させた。

敷地内にある博物館には入らず出口へ向かった。それでも急ぎ足で全体をざっと見学して三時間。好きな人がじっくり見ようと思ったら、丸一日かけても見終わらないと思う。直射が強烈でものすごく暑いから、夏は避けたほうが無難かもしれない。

駐車場の売店でファルデを買ってもらって食べる。彼らが持ってきてくれた氷水も最高。何から何までおんぶに抱っこなのであった。

13:00前にペルセポリスをあとにした。
次に向かったのはパサルガダエ。ここに偉大な王、クーロシ(キュロス、サイラス)の墓がある。アケメネス朝最初の首都でもある。
ペルセポリスから100kmくらい離れているから悪いと思いつつ、イラン人の多くがその名を口にするクーロシの墓はぜひ見てみたかった。二人は、見るのが当然のごとく車をパサルガダエに向けてくれた。
途中、道路脇にあるナグシェ・ラジャブのレリーフを柵の外から見ることができた。こちらはササン朝時代のもの。

一時間ほどでパサルガダエに到着。ほとんど人がおらずひっそりしている。
すぐにクーロシの墓が目の前に現れる。想像していたより小ぢんまりとしたピラミッドだ。地位や名声を考えると、その墓はあまりに小さく見えた。
寛大で慈悲深く、支配下の民族にも実に大らかな政策をとった王であったと伝えられている。バビロンに捕囚されていたユダヤ人を解放したのもクーロシである。

敷地は広大で、車でないととても回れない。
クーロシの墓から奥に進むと、宮殿跡や神殿跡がある。だだっ広い平原にひっそり佇む遺跡は印象的だ。
ただ、猛烈な直射日光に焼かれそう・・・。

すべての見学を終えて移動。
フレイドンが弁当を買ってきてくれて、まずは木陰にシートを敷いて腹ごしらえ。ゴルメサブズィーとご飯の旨かったこと。
それから滝のあるキャンプ地に車を走らせる。途中で桃を買ってくれた。
この滝、すぐ近くなのかと思ったら恐ろしく遠かった・・・。
周りにだんだん木が増えてきて山の中に入っていく。山自体にはほとんど木がなく、背の低い草がポツポツ生えているのみ。なかなかすごい風景だ。

まだまだ着かない。
人家などまったくないようなところだから、ガソリンが心もとなくて心配になってしまった。
山を越えて町に入り、ようやくガソリンを補給(おそらくフレイドンの計算通り)。この町で食料も仕入れた。
ようやく着くのかと思ったら、まだ着かない・・・。

すっかり日が暮れて暗くなってしまった。
21:00到着。結局、昼を食べてから四時間くらい車に乗っていたことになる。いったいどこなんだろ、ここは???二人に訊いたのだが、歩き方の大雑把な地図ではわからなかった。
着いた場所自体は簡単なキャンプ場のようだった。トイレがある。驚いたことに水洗だ(イランはどこもそうだけれど)。
すぐ近くに滝があるらしい。水音はするが何も見えない。真っ暗だから。
「朝になったらキレイに見えるよ」と教えてくれた。

さっそくテントを張る。イラン人のよく使っている、ワンタッチで自立するタイプのテントだ。
他にも何張りかテントがあるが、とても静かで快適。イラン人はピクニックが大好きであるが、羽目を外してバカ騒ぎしているところは見たことがない。いや、むしろピクニックに慣れているからこそなのか、どこでもゆったりと静かに楽しんでいる風である。一つにはイラン人の気質、そして一つにはノーアルコールなのがいいのだと思う。

テントの中に布団を敷き、ブドウをいただきながらのんびりする。
フレイドンが珍しい虫を捕まえてきた。尻の部分が発光している。何かの幼虫であろうか。こんなの初めて見たな・・・。
しばらくしてふと気付くと、フレイドンの姿がなかった。どこに行ったのだろうと思っていたら、焼きたての肉を持って戻ってきた。鶏のレバーと心臓のキャバーブ。どこかで肉を焼いてくれていたらしい。なんと・・・あまりの気遣いと働きっぷりに申し訳ない気持ちでいっぱい。
焼きたての肉をパンに包んでいただく。旨すぎる・・・。

この場所の標高は2,150mほど。さすがに涼しい。外は満天の星空だ。
0:00過ぎに就寝。フレイドンは自分らの着替えまで持ってきてくれていた。どこまで気が利く人なんだろう。
テントは四人が十分横になれる広さだったのだけれど、この晩モハンマドは車で寝たようである。

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イラン人の原点                          ペルセポリス

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レリーフが秀逸                         王墓・・・削り出して造ったのかと思うと気が遠くなる

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王墓に上るとペルセポリス全体が見渡せる

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暑くてファルデが最高!                      偉大な王クーロシ

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パサルガダエにある偉大な王の墓                木陰でランチ

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テントでディナー                           発光する虫

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エスファハーンとシーラーズの小旅行 その4 フルに動き回った一日

2012/6/21 木

晴れ。
宿の受付でパスポートを返してもらい、7:30に行動開始。タクシーでビザオフィスへ(2万R)。7時から開いているはずだ。
ファルシーでビザオフィスのことは「エダーレイェ・ゴザルナーメ」という。日本語の発音でアクセントも滅茶苦茶だが、運ちゃんはすぐに理解してくれた。

場所はやはり昨日見に来たところだった。入口の前にはもう何人もの人が並んでいる。これはマズイ・・・。
あとでわかったことだが、そこにいた人の多くはアフガン人だった。イランには周辺諸国からたくさんの人が出稼ぎに来ている。特にアフガン人が多い。
テヘランにもたくさんいて、建築現場で働く人を見てハミドさんが、「彼らはアフガン人だよ」と教えてくれたことがあった。イラン人もアフガン人も自分らには区別がつかないが、イランの人たちにはわかるらしい。日本人が中国人や韓国人を識別できるのと一緒だ。

門はすでに開いていて、警備の人にカメラを預けて中に入る。ビザオフィスは三階だと教えてくれた。
三階も人でごった返しているが、一応ツーリストは優先してくれる。しばらくすると呼ばれて部屋に通された。英語の話せる係員がいて、銀行に行って振り込むようメモを渡される。毎度お馴染みのBank Melli Iran。

建屋の外に出ると、タクシーの運ちゃんが「バンク、バンク」と客引きしていた。二人で往復4万R。距離を考えるとちょっと高いと思ったけど、乗ることにした。時間との勝負だ。
直後にやって来たおばちゃんと兄ちゃんを乗せると、タクシーはすぐ出発。二人ともアフガン人だった。
銀行に着くと運ちゃんがいの一番に中に入り、四人分の振込み手続きを全部まとめてやってくれた。自分らはその場に座って待っているだけ。いやー楽チン。高いと思ったけどこりゃ安いわ。
運ちゃんはなにも慈善事業で手続きを代行してくれているわけではない。早く手続きを済ませて建屋に戻れば、また次の客を拾える。回転率を上げればそれだけ稼げる運ちゃんと、早く建屋に戻りたい客との利害が一致するわけだ。

30分弱で振り込み手続きが終了し、ビザオフィスに舞い戻る。運ちゃんはすぐに客待ちのタクシーの列に車を並べる。ちゃんと順番になっているらしい。
一階で振り込みのレシートをコピー。作業が自動的に進んでいく。いい感じだ。
三階でしばらく待っていると係の人が来て振り込みレシートを回収。部屋に通された。申請用紙に記入して少し待つ。
次々と人がやって来る。机の上にはパスポートとファイルが山のように積んである。今日中に手続きが終わるだろうか???オフィスは12:00で閉まってしまうはずだ。

「時間がかかるから三時間後に受け取りに来て」と言われ、いったん外に出る。
とりあえず近くの食堂で朝飯にする。玉子焼きとパンとチャイを食べて二人で3万R。安いよなぁ・・・。
食事を終えても12:00までまだ二時間以上ある。一度宿に戻ることにした。タクシーを拾って帰り、部屋で横になってのんびり休む。

11:00過ぎに宿をチェックアウト。再びタクシーを拾ってビザオフィスへ。タクシー使いまくり。
直進すればオフィスまですぐなのだけれど、別の客が乗っていたため遠回り。そっちは激しく渋滞していてヒヤヒヤしたが、11:30にはオフィスに着いた。
無事に手続き完了!さらに30日もらえた。滞在日数はこれでもう十分。
建屋の中で待っていた人たちはいなくなっていたが、外にはまだたくさんの人がいた。

ショハダー広場まで歩き、キャリーム・ハーン城塞の近くにあるファルデ屋で店の人にフレイドンのところに電話してもらった。
30分ほどで店に来る、というのでファルデを食べながら待っていると、二人がフレイドンの車で迎えに来てくれた。ちょっとしたお礼か、フレイドンが店の人にお金を渡していた。

フレイドンの車で観光に繰り出す。
どこに行きたいかと聞かれ、ハーフェズ廟とサアディー廟をリクエスト。ともにイランで敬愛されている詩人である。
本日半日の観光に要した入場料はすべて二人が払ってくれてしまった。こちらが勝手に押しかけたというのに・・・申し訳ない。

最初にサアディー廟。市街中心部からちょっと離れている。敷地内は落ち着きのある庭園となっていて、花がキレイに咲いていた。小さな建物の中に棺がある。タイルで飾られた内壁が美しく、そこに彼の詩が書かれていた。もちろん読めないけれど・・・。
地下に下りると水が湧いていた。魚も泳いでいる。ひんやりして気持ちのいい空間だ。昼寝してる人もいる・・・。

次に連れて行ってくれたのはクルアーン門。町の北東にあるシーラーズの玄関口だ。エスファハーンから来たとき通ったのであろうが、眠っていてまったく気付かなかった。
有料で脇の岩山を上れるようになっていて、上ったところにハージュー・ケルマーニー廟がある。彼も著名な詩人であるらしい。
目下隣にホテルを建設中で、工事現場のその場所からシーラーズの町がよく見えた。大きな町だ。

続いてハーフェズ廟。人気の場所であるらしく、たくさんの人が訪れていた。ここも美しい庭園になっている。ドーム状の形をした東屋の下に棺があり、近くに腰掛けて彼の詩集を読んでいる若者もいたりする。
庭園の中に小さな土産物屋があった。流れでそれとなくのぞいていたら、フレイドンが買ってやるから選べと言う。いや、いいよと断ったのだが(正直言うと荷物になっちゃうと思っていたし)、いいからいいからと押し切られて買ってもらってしまった。選んだのは小さな石彫りのクーロシとアフラマズダ。(もちろん日本まで大切に持ち帰り、今では宝物として我が家の玄関に飾ってある。)

昼食も彼らに奢られた。高そうなレストランだけどいいのかな、と思いつつ。
腹ごしらえのあとエラム庭園に連れて行ってくれた。ここは入園料が高いので悪いと思って敢えてリクエストしなかったのだけれど、結局連れられてきてしまった。
入園料4万R。サアディー廟やハーフェズ廟が3,000Rだからずば抜けて高い。もっともこれは外国人料金で、イラン人は7,000Rで入ることができる。
二人は、自分らもイラン人料金で入れないのか掛け合ってくれたのだが、ダメだったらしい。申し訳ない・・・。

庭園はとても広い。もらったパンフレットによると、シーラーズ大学の付属施設のようである。
チャイ休憩を挟んで庭園内を散策。花をはじめ様々な植物がある。その中に柿の木があり、「Kaki」と表示されていた。世界中どこへ行っても、柿だけはそのままカキと呼ばれている。
平日にもかかわらずたくさんの人が来ていた。イランの人たちは、こういう緑のあるところがたいそう好きである。芝生と木陰があればピクニックはお約束。今日もたくさんの家族連れが寛いでいた。

ふ~疲れた。これで帰るのかな、と思ったら、またどこかに着いた。軍事博物館だった。
広い庭園内(アフィファバッド庭園)にある宮殿の中に、たくさんの古い銃器が展示されている。各国のものがあるが、イギリス製とベルギー製が多かった。その中で、ドイツ製はやはりずば抜けて出来がいい。
イギリス製のように派手な装飾はないけれど、実用性重視のこの圧倒的な塊感と精緻性。ドイツの工業製品は今でもそうである。この塊感はどこから来るのだろう。実利重視のデザインからかな・・・?
例えば、今の時代なら大方のものについて、総合的に見て日本製のほうが優れていると思う。より良く、より使いやすく・・・そういう思考がものすごいからね、世界的に見て日本人は。
でも、耐久性だけはかなわないような気がする。いや、日本人の目からすると、要するに無駄が多くてオーバークオリティーなのだ、あらゆるものが。目指しているところ、設計思想が根本から違っているように思える。
レース機材のような一品もののスペシャル品なら、耐久性も日本製のほうが優れているかもしれない。でも、製品として壊れないのはドイツ製だ。
(ま、お気付きだろうが、単に自分は製品に対するそういったドイツ人気質が好きなだけです、ハイ。別にドイツの回し者じゃありません。)

そんなことをいろいろ考えながら展示品を見ていた。
軍事博物館をあとにしたが、まだまだ帰らない。彼らはタフだ。
次に向かったのは、車と人がやたらごちゃごちゃしたところ。ごちゃごちゃした先に美しいドームが見えてきた。シャー・チェラーグ廟だった。巡礼者の集うシーラーズの聖地。
車をとめて廟に向かう。マユミはその格好では入れないからと、フレイドンがどこかからチャドルを借りてきてくれた。入口は男女別。荷物は入口の横で預け、ボディチェックもある。
敷地の中は広い。たくさんの人がいて、みんな一心に祈りを捧げている。夕暮れどきでドームが美しい。
廟の中には通常ムスリム以外は入れないのだが、二人が一緒だったため入れた。靴を預けて廟内へ。ここから先は完全に男女別。マユミとは適当に待ち合わせることにして、フレイドンとモハンマドと三人で廟の中へ。

中がすごいんです。全面鏡のモザイク張りでギラギラ。落ち着きのある外観からは想像もできない世界。日本人の感性ではまったく心の静まらない空間だ。
イラン人とはこのあたりの感性がまったく異なっているのだと思う。たくさんの人たちが床に腰を下ろし、瞑想に耽ったり祈りを捧げたりしている。
もっとも、まったくイスラミックでないフレイドンとモハンマドの二人は、自分以上にそわそわしている。「絶対写真撮るなよ。大変なことになるからな」と、どうにも落ち着きがない。
棺の周りはすごい熱気だ。みんなが最前列に出ようと押し合いになっている。泣いている人もいた。別世界だ。そこを足早にスルーしようとするフレイドンとモハンマドであった。

廟の外で待っていると、しばらくしてマユミが出てきた。中庭をブラブラして敷地の外に出る。
荷物を受け取り、チャドルを返してバザールへ。シャー・チェラーグ廟のすぐ隣に大きなバザールがある。
すごい熱気だ。迷路のようなバザールに、どこか別の世界に迷い込んでしまったような気分になる。実際、どこをどう歩いているのか自分にはもうよくわからない。昔のハンマームを再現した蝋人形館のようなところにも入った。
バザールから出ると日が暮れていた。ライトアップされた廟が美しい。明るい時間とはまた違った神聖な空気が流れている。
通常は0:00に閉まるらしいのだが、毎週木曜は朝まで開いているとのことである。

車で移動。まだ帰らない。
ライトアップされたキャリーム・ハーン城塞へ。外の芝生ではたくさんの人たちがピクニックに興じている。これからが本番だ!
外からは日中も眺めた城塞であったが、今回は二人がわざわざお金を払って中を案内してくれた。池のある庭園になっていて、外の喧騒が嘘のように静寂に包まれている。
建物の中には工房と土産物屋が並んでいる。その中に一つに、例の廟の内部を飾っている鏡のモザイクを作っている人がいた。もちろん完全手作業。見ていて飽きない。
城塞の外に出て、ファルデをいただき一息つく。そろそろ限界です。

22:00過ぎ、ようやくフレイドンの家に向かう。郊外のフレイドン宅まで車で30分ほどかかった。
フレイドンは一人暮らしで、家は四、五階建ての集合住宅の一階。小鳥と金魚を飼っている。
すぐに冷水とフルーツを出してくれた。チャイもいただく。シャワーのあと着替えも貸してくれ、洗濯までしてくれた。なんて気の利く人たちなんだ・・・。
明日は7:00発でペルセポリスに行ってくれるという。そのあとでフレイドンの写真にあった滝のあるきれいな場所へ行き、そこでキャンプしようということに決まった。

フレイドン30歳、モハンマド28歳。モハンマドは自分の国であるイランのことが嫌いで、オーストラリアで働くことを夢見ている。
お喋りしながらのんびりさせてもらっていると、家主のフレイドンがどこかに出かけた。しばらくすると、女の子とその母親を連れて帰ってきた。てっきりフレイドンの家族かと思ったら、友人という話だ。フレイドンの好きな子なのかもしれない。
女の子はサハーという名の大学生。やはりイランのことが嫌いなようで、アメリカに行きたいと話していた。

話をしながらも、もう頭が回らない。1:30頃になって二人が帰り、ようやく床に就く。
もう気を失いそうなくらいフラフラだった。こんなに動き回ったのっていつ以来だろう。

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シーラーズ滞在中大変お世話になったフレイドン(中)とモハンマド(右)@サアディー廟

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ハーフェズ廟                           チャイ休憩の図@エラム庭園

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エラム庭園・・・                          すごく広い

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ごちゃごちゃした先にドームが見えてくる           女性はチャドル必須

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巡礼者の集うシーラーズの聖地シャー・チェラーグ廟

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迷宮の入口                            中はすごい熱気

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すっかり真っ暗です@キャリーム・ハーン城塞        夜になっても巡礼者は絶えない

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友人のサハーがお母さんと遊びに来た

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Trackback [0] | Comment [0] | Category [■ 100_Iran / イラン] | 2013.10.27(Sun) PageTop
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1970年生まれ。妻と二人信州伊那谷在住。
2009年10月~2013年5月の旅を記録するために”なかっぴー通信”をスタートさせました。
現在は伊那谷にて節約生活をしながら充電中。
2014年4月、ブログのタイトルを”なかっぴー通信NEO”に改めました。
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