ドゥシャンベの日々(渡辺君の思い出) その2

2012/8/14 火

朝食は毎朝バザールにナーンを買いに行き、宿に戻って外のテーブルで食べる。スメタナをつけて食べると旨い。
バザールに行くたびアイスを食べるのも定番。このあたりの安いアイスは潔くて、紙やビニールでラップされておらず、そのまま食べられる状態で冷凍庫の中に入って売られている。
ビザ取りがあったりするので、他の人もみんな朝は早い。

エリコちゃんの発案でシェア飯をすることになり、昼頃バザールへ買い出しに出かけた。
昼は毎日バザールの食堂でプロフを食べている。安く上げようとすると他に選択肢はない。油ギトギトのプロフだけれど、まぁまぁ美味しい。マユミの体調はだいぶ回復したが、まだこの油ギトギトのプロフは食べられない。

夕飯はカレーのシェア飯。料理をしたのは主にマユミと渡辺君、それから今日やって来たシモさん。シモさんもいろいろと引出しの多いおもしろい人だ。
渡辺君は米炊きにこだわりがある。火にかけるのは25分、蒸らしに30分。蒸らすときは逆さまにするという徹底っぷり。
自分らは、普段テントで炊くときはかなりいい加減である。吹きこぼれると面倒なので、火力調節のできるドラゴンフライやガスで炊くときは常に弱火。火力調節のできない、常に全開状態のウィスパーライトで炊くときは、いったん火から下ろしたり、途中で水を足したり。それでも米炊きに失敗した記憶はない。
標高の高いところで炊くことが多いわけだが、水を多めにすることが最大のコツであるような気がする。

「そういうことってないですか?」というのが渡辺君の口癖だった。
彼の言う”そういうこと”っていうのが、普通の人にはまずなかろうということなので聞いていて非常におもしろい。隕石を探しに行くとか、ヤクの頭骨を見つけて日本に持ち帰るとか、そういうこと。

「日本に帰ったらどうするの?」
ふとそんな話をした。長旅をしている人の中で明確な答えを持っている人はそういない。五里霧中、正直なところ自分らも未定だ。
行きたいところを好きなように旅している。見たいものを見、食べたいものを食べ、毎日が日曜日。やりたいことを好き勝手にやっている。自分の考えでやっているわけで、もちろん誰からも文句を言われる筋合いはないのだけれど、心のどこかに罪悪感のようなものもあったりする。世のため人のためになるようなことは何一つやっていないからだ。
それは言わば何の生産性もないこと。単なる自己満足の世界だ。
よく旅に理由や目的をつけたがる人がいる。明確に何かを勉強するために、とか中には理由や目的のある旅をしている人もいるだろう。が、ほとんどの場合、特に年単位の長旅となると、本当のところは自己満足以外の何者でもないのではないか。
「自分探しのため」とか「自分が何をしたいかみつけるため」とかいうのも見かける。ズバリ言わせてもらうと、みつからないだろうね。旅をしているだけでそんなものみつかるわけがない。

渡辺君の答えは明快だった。
「自分は一生このままのスタイルでいきたいですね」
日本で仕事をしてお金を稼ぎ、それを資金に行きたいところを旅する。そんな生活を一生続けたい、いや一生続けるつもりだということ。
一点の曇りもなく、その考えは突き抜けていた。
衝撃だった。そこまでハッキリ言い切る人にこれまで会ったことがなかった。
そんなことをおぼろげに思ってみても、どこか自信がなかった。非現実的なことのようにしか思えなかった。
何かで頭を叩かれたような衝撃。一回りほども年下の渡辺君にすごいアドバイスをもらったような気がする。

いつもの年は冬の間、白馬あたりのスキー場で働いている渡辺君。
「だったら今度うちに遊びにおいでよ。今回も三月には帰ってると思うからさ」と誘うと、
「いいんですか。絶対行きますから」と目を輝かせていた。
渡辺君はテレマーカーだ。きっとスキーも相当うまいに違いない。山で一緒に滑るのが楽しみだった。

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ビザの延長とパーミットの取得・・・失敗

2012/8/13 月

やはりビザの延長をするというケイコちゃんと一緒にタジクの外務省へ。ケイコちゃんは現在、ウルムチにある新疆大学に留学中である。
バザールのところからバスに乗る(0.5ソモニ)。外務省の前で降りて中に入ってみたのだが、ここではないと言われ、別の場所を教わる。ビザ関係の業務をしているのは、本省の建物からちょっと奥に入った出先機関のようなところ。
話を聞くと延長はあっさりできそうなので、申請用紙だけもらって先にオヴィールへ。パミールに行けないのなら延長の必要がないからだ。
住所を教わり、ケイコちゃんと別れてオヴィールへ。タクシーで行ったほうがいいと言われたので乗ったのだが、思っていたよりずっと近かった。歩いても15分くらいのところ。

意外にも、受付の人の様子だとバダフシャーンのパーミットもあっさりもらえそうな感じ。
言葉は通じないのだけれど、「まず銀行で15ソモニ払ってきて」と。
「へ?道路開いてるの?」
「もちろん開いてるよ」
そんな感じ。拍子抜けするほどあっさりだった。
本当かよ?今ひとつ信じがたいが、パーミットが取れるというのなら手続きを進めよう。

面倒だが、まずは先ほどのところへ戻ってビザの延長。ビザの日程を元にパーミットが発行されるから。
延長には日本大使館のレターは必要なく、代わりにリクエスト・レターとやらが必要。
小遣い稼ぎにレターの作成を代行している人が建屋の中にいて、その人に頼む。よくはわからないが、”ビザの延長をお願いします”というような内容のことをタジク語で書くだけのようである。一人10ソモニ。

何度聞いても「延長は14日」という答えしか返ってこない。14日か・・・できれば30日欲しいところであるが、ま、とりあえずそれだけあれば足りるか。
唖然としたのは必要書類を窓口へ出したとき。
「一週間後にまた来て。それから一週間で出来上がるから」
は???14日のビザの延長に2週間かかるの?それじゃ延長の意味がまったくねぇだろ・・・。
まったく意・味・不・明・・・あんたら算数できるの?
窓口の女性は全員感じが悪い。何度確認しても、何度お願いしても結果は変わらず。
アホらしい。やめやめ・・・。

急ぎ足になるかもしれないけど、今日パーミットがもらえれば延長無しでもどうにか走りきれるだろう。
銀行で15ソモニ振り込んでオヴィールへ舞い戻る。
受付の人に振込みの領収書を差し出すと、申請書を作成してくれた(5ソモニ)。
が、指示された窓口へ行ってみると・・・
「道路閉鎖中でパーミットも出せない」「木曜に開くから、木曜にもう一度ここに来ればパーミットをやる」
はぁ・・・なんでこういうことになるんだよ。そんなの金を振り込む前にわかってるだろ。これじゃまるで振り込め詐欺じゃねーか・・・。ま、微々たる額なんだけど。
ここの窓口も全員感じが悪かった。
「木曜に開くのなら、自転車で移動するのにもっと日数がかかるから先にパーミットだけもらえないだろうか」、とお願いしてみたが、「木曜に来い」の一点張り。最後はピシャリと窓口を閉められてしまった。
感じ悪ぅ・・・。
ま、木曜に開くというのも確実ではないのだろうな・・・。
木曜なら三日後。金曜にドゥシャンベを出たとしてもまだ20日ある。ギリギリ走りきれるか・・・。

あまり期待せず木曜まで待ってみることにした。
木曜にパーミットがもらえなかったら、さすがに時間切れで諦めよう。
このままいくと、自分の中でタジキスタンはいいとこなしのウ○コ国になるな・・・。

宿は人の出入りが激しいものの、ほぼ毎日満員御礼状態。
今宵も渡辺君、モギ君と夜更かし。
たいていこの手のツーリスト宿では欧米人が夜遅くまで騒いでいるのが相場なのだけれど、サイクリストがほとんどのためか、ここにいる人たちは規則正しくて寝るのも早い。毎晩、寝るのは自分ら三人が最後である。

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ドゥシャンベの日々(渡辺君の思い出) その1

2012/8/11 土

朝、まるで示し合わせたかのようにバイカーが次々と出発していった。
と言っても検問が開いたわけではなく、北のルートからキルギスへ向かうだけ。
しつこく粘っているバイカーがもう少しいるのかなぁと思っていたのだが、そんな人はほぼ皆無。皆潔く北のルートへ転進している。
ま、そりゃそうだよなぁ・・・検問がいつ開くかもわからないし、ドゥシャンベは恐ろしく暇だし、特に宿の居心地がいいわけでもないし。

土日は役所関係も休み。
バザールへ買い出しに行く以外何もやることがない。
そうそう、タジキスタンの通貨に触れてなかった。通貨はタジキスタン・ソモニ(TJS)で、今のレートは$1=4.76TJSといったところ。

テント村の住人の中で、山ヤの渡辺君、ニュージーランドから走り始めたモギ君とは特に気が合って、毎晩夜中までよもやま話に花が咲いた。
とても楽しく意義深い時間。

渡辺君の話で一番興味深かったのは、チベットのチャンタン高原の話。渡辺君は彼の地を自転車で何度か走っている(内緒だけどもちろん非合法で)。
曰く、地上から空までの光のグラデーション・・・話に聞くその世界に夢中になった。「何枚も写真に撮ったんですけど、写真にはまったく写ってないんですよね」というその世界。
自分もいつか走って、この目で見てみたい。
チベットを気兼ねなく走ることのできる日は、自分の生きているうちに訪れるだろうか。つまりは中共が崩壊してチベットが独立でもしない限り無理、ということなのだけれど。遅かれ早かれ中共は崩壊すると思うけど、果たしてそれが自分の生きているうちなのかどうか・・・。

ちなみに、戦後になって人民解放軍(名前こそ人民のための軍隊のようであるが要は中共の私兵)に侵略されるまで、歴史的にチベットが支那の一部だったことはないのだけれど、残念ながら今はそういうことになってしまっている。この時の世界はチベットに対してずいぶん冷たかった、いや無関心だったなぁと思う。
北京五輪のあたりから入域するのが難しくなっていて、今ではパーミットを取ることすら実質的に不可能。チベットを自由に旅することなんて合法的には無理なのだ。
現地に中国人のバイカーはいるらしい。見た目じゃ日本人バイカーと中国人バイカーの区別なんてつかないから、検問では絶対止まらず手を振ってスルーする、そうすれば入れる、という話もあるのだが、見つかった場合そこにいなかったことにされそうで怖い・・・。

看護士であるモギ君からもいろいろ興味深い話を聞かせてもらった。
ツーリスト宿というのがどうにも好きではなく、どちらかと言うと避ける傾向にあるのだけれど、サマルカンドに続いてとても楽しい時間を過ごさせてもらっている。
もう一日のんびりして月曜に発つ予定。

2012/8/12 日

何に当たったのか、昨晩からマユミが下痢と腹痛で絶不調。
特に急ぐ理由もなくなったし、あと数日休養してから発つことに変更した。

夕方、宿にエリコちゃんがやって来た。
もうとっくに先へ行っているものと思っていたが、こんなタイミングで再会しようとは。

夜になって宿に帰ってきたケイコちゃんから耳寄りな情報が。
「ホールーグ、普通に車が行き来しているみたいですよ~」と。ホールーグに住む彼女のタジク人の知り合いからの情報である。
おぉぉ・・・本当か?半信半疑であるが、明日オヴィールに行って確認してみよう。ビザの延長も必要か。

今宵も渡辺君、モギ君とよもやま話に花が咲く、咲く・・・価値観の似かよった人とは話が尽きないわ。
渡辺君はおもしろい。隕石がお金になるということを知った彼、金属探知機を購入してモンゴルまで探しに行ったことがある。このユニークな行動力。天晴。
完全に隕石だと思ってその時持ち帰ったサンプルは、東大かどこかへ送って調べてもらった結果、磁鉄鉱の一種だったらしい。金属探知機には反応するし、コンパスはおかしな動きをするし、本人は隕石に違いないと思っていた。残念ながらそうではなかったのだけれど、貴重な資源であるには違いなく、その後同じ場所を訪れたら立ち入り禁止になっていたということである。
ちなみに、渡辺君は「流れ星」のことを「隕石」と言う。まぁ確かにその通りなのだけれど、「流れ星」を「隕石」と普通に呼ぶ人はそうそういまい。

自分はモンゴルにもいつか行ってみたいと思っている。
「歩いているだけで見知らぬ人にしょっちゅうタックルされるんですよね」「きっと血の気が多いんですね、モンゴル帝国の末裔たちは」
なんてことを話していた渡辺君。大相撲の朝青龍のことが頭に浮かんでおかしくなる。
「ゲルなんて絶対中に入れませんよ、奥に座っている主の眼光が鋭すぎて」「入ったら冗談抜きで殺されるんじゃないかと思いますよ」
本人はいつでも大真面目なのだけれど、その突拍子もない話と独特の語り口がとにかくおかしくて惹き込まれる。

冬の富士山頂から自転車で滑降したという話もおもしろかったな。
行ったことがある人はわかると思うけど、富士山は夏と冬とではまったく別物である。誰でも登れる夏の富士山から想像するのは難しいかもしれないけれど、冬は非常に厳しいところである。
独立峰で、かつ五合目より上には木が一切ないから、風が物凄い。本気で耐風姿勢をとらないと吹っ飛ばされる。
斜面に積もっている雪はどのようなものを想像するだろうか。フカフカの雪?ラッセルが大変?・・・常に吹きっさらしの斜面がそんな状態であるわけがない。
カリカリに凍っていて、アイスバーンに近い。上部は真面目に蹴り込まないとアイゼンもはじかれる。山全体が巨大なアイスバーンという恐ろしい世界。山頂から五合目までずっと似たような斜度だから、滑落などしようものなら五合目まで止まらない。毎年のように富士山で滑落して亡くなる人がいると思うけど、そういう理由による。
冬に山頂からスキーで滑降している記録もあるけれど、これもよほどの腕と度胸がないとできない。なんつったって一度転んだらアウト。普通の人が滑れるのは、斜面の雪が緩んだ四月以降だけである。
そこを渡辺君は自転車で滑降している。スパイクタイヤを履き、足にはアイゼンを装着して。興味深い反面、かなりヤバイ挑戦ではある。

静岡に住んでいる渡辺君は富士山がホームグラウンドである。
怪我をして、あの山野井さん(冬のあいだ富士山の強力をやっている)に背負われて五合目まで下りたこともあると聞かせてくれた。

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首都のドゥシャンベに到着

2012/8/10 金
始:7:55 ~ 終:11:00 走行:33km
~ Dushanbe

テン場から20kmほど走るとドゥシャンベに入った。中心部に近づくと道もきれいになる。
町自体は歴史がなく、特に面白味はない。
バザール近くのアドベンチャーズ・インへ直行。
そこは難民キャンプといかないまでも所狭しとテントの花が咲いていて、テントスペースもほとんどない状態。想像していたより敷地がずっと狭い。
こんなところにテントを張るだけで一人一泊6ドルもとられる。タジキスタンの物価に照らすとけっこうな額だ。ずいぶんぼろい商売をしている。
この人数に対してトイレとシャワーが一緒のバスルームも二つしかなく、とても快適な環境とは言いがたい。なんだかバカらしいのだが、何日か滞在しないといけないので諦めて空いたスペースにテントを張った。

テント村には日本人のバイカーも四人いた。バイカー同士、久々によもやま話に花が咲く。
パミールはやはり閉鎖中・・・24日に開くとか開かないとか。

日本人バイカーのうちの一人が渡辺君、紛れもなく山ヤだった。すぐに意気投合。旅先の、山でもないところで山ヤに会うのは珍しい。
「エスパースですね」
自分らのテントを見た渡辺君が嬉しそうにそう話しかけてきたのがきっかけだった。
渡辺君の装備も山ヤそのもので、その他のバイカーとは違っていた。テントやマット、シュラフをはじめ、その他細部に至るまで。山ヤの装備は独特で、見ればすぐそれとわかる。耐久性や機能、重さなどがここぞというところで厳選されている(どうでもいいところはなんだっていい)。
例えばテント。保温性が高く、たたんだ時コンパクトになるのはもちろんであるが、最も目につくのは入口の構造。一般的なジッパーというのは、幕営回数の多い長旅や日本のような湿雪の降る場所ではまずあり得ない。耐久性に問題があるし、凍って開かなくなるからだ。紐で絞る吹き流しのタイプに限る。
渡辺君が今回使っていたのはアライテントであったが、入口はジッパーから吹き流しのタイプに改造してあった。
壊れたら買い直せばいい、と多くの人は思っているだろう。ま、買えるようなところがあればね・・・。このあたりはその人の狙っているルートと、考え方による。
渡辺君は今回、厳冬期のムルマンスク(ロシアの極北)走行を狙っていたから、テントの不具合はそれこそ生死に関わる問題である。
重くて嵩張る冬の装備は現段階では持っておらず、後日日本から送ってもらうのだと話していた。

よくよく聞いてみたら、渡辺君はセブンサミッターでもあった。しかも日本人の最年少記録保持者であるらしい。”日本人の”というのは、渡辺君が達成する直前に僅か数ヶ月若いアメリカ人がやってしまったため、世界最年少記録とはならなかったようである。その後年齢制限がかかったとかで、今後この記録が破られることはないのだろう。
渡辺君の前々回の人くらいまでは岳人なんかを見て知っていたのだけれど(一時競争のようになっていて次々記録が塗り替えられた)、渡辺君のことはこのとき初めて知った。
セブンサミットがすごい、ということではなくて、そんなことを微塵も鼻にかけていないところがすごいと思った。セブンサミットのなんたるかを、実際の意味をよく理解していた。
つまり、21世紀の今の時代、お金をかけて公募隊なり、ノーマルルートから極地法で登るのであれば、誰でも(とは言わないが、よほど特殊な技術がなくても)登れてしまうのだ。
「セブンサミットをやります」と大学の山岳部の先輩に話したら、「お前はクライマーに育てたはずだ」と言われました、と笑顔で話していたのが印象的だった。

宿泊者の中に、銃撃戦の最中ちょうどワハン渓谷に閉じ込められていた人たちがいて、そのうちの一人が撮影した動画を見せてもらった。動画を撮ったのはイギリス人のジェイミーで、宿泊者のほとんど全員で上映会。
それほど緊迫感のある映像ではなかったが、そこではまぎれもなく銃撃戦が行われていた。映っていた人たちの何人かは半ばパニック状態に陥っており、けっこうヤバイ状況だったのではないかと見て取れた。

麻薬組織と政府軍の衝突で、次のような経緯らしい。
バカンス中にホールーグに来ていたKGB長官が麻薬組織に暗殺された。報復として政府軍が組織の殲滅作戦を展開。組織のトップはアフガン側へ逃亡した。

キルギス方面からパミールを抜けてきたサイクリストとしては、渡辺君を含む日本人の三人が最後。
その後パミールを抜けてきた人間はおらず、現在もバダフシャーンは閉鎖中。
ホールーグはおろか、バダフシャーン州境手前の検問から先にはまったく入れない状況である。

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一路ドゥシャンベへ                        中心部に近づくと突然道がキレイになる

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タジキスタン入国

2012/8/9 木
始:7:55 ~ 終:19:25 走行:67km
~ 国境 ~ Regar ~ Gissar ~ Dushanbe手前20kmほど

朝、泊めてもらったナーン屋で焼きたてのナーンとチャイをご馳走になった。
これまで”マズイ”と思っていたウズベキスタンのナーンであるが、ウズベキスタン最後の日に初めて美味しいナーンを食べられた。これをつけて食べろとスメタナも出してくれたのであるが、一緒に食べるとこれまた美味!

ナーン屋から30kmちょっと走ると国境だった。
レートはよくなかったけれど、ウズベキスタン側でウズベク・スムをタジク・ソモニに両替え。
ちょっとだけ心配していたウズベキスタン側のレギ・チェックであるが、幸いにもレギの「レ」の字もなし。このレギという旧態依然としたシステムは、実際のところ現在はもう有名無実化している(行ってないからタシケントの状況は知らないけれど)。
ただ、荷物チェックは久々に面倒だった。どうにかフロント・バッグだけで勘弁してもらったけれど、せっかくのX線装置が故障中で、中身を全部出して細かくチャックされた。
日記の中身までチェックしてたけど、いったい何を探したいの???
にもかかわらず、所持金のチェックなどは特になく、申請書に記入して終了。

タジク側の入国手続きは荷物チェックもなく一瞬で終了。
軍服を着たイミグレの係官にパミールがどうなっているのか聞いてみると、やはり閉鎖中とのこと。
念のため税関の係員にも聞いてみると、こちらは何の問題もなく行けると言う。たぶん軍関係の人以外は状況をまったく把握していないのだろうな・・・。
国境を抜けるとすぐマガジンがあった。ジュースを飲んで休憩がてら、店の前にたむろしているタクシーの運ちゃんたちにもパミールのことを聞いてみる。
案の定、閉鎖中。
この手のことは軍関係の人とか、トラックやタクシーの運ちゃんが一番よく知っているに違いない。パミールは現在閉鎖中ということで間違いなさそうだ。
運ちゃんによると、ホールーグの北にあるルシャンから閉鎖されていて、キジルアルト峠の国境も閉鎖されているらしい。そうなると、セカンド・オプションとして考えていたルートも取れない。どうやらドゥシャンベから現在開いている国境までダイレクトに走るしかなさそうである。
そんなことだろうと思っていたので、今回は特にショックもなかった。

タジクに入ると道がガクッと悪くなる。
国境から首都のドゥシャンベに向かう幹線でさえ、未舗装区間がたびたびあるのがタジキスタンという国である。
道路は目下中国人が建設中。

タジクに入って雰囲気もガラッと変わる。
とにかく人が陽気だったウズベキスタンから一転、人が暗くなり、どこか閉鎖的な雰囲気がある。良く言えば寡黙でシャイということなのだけれど、一言で言うとやはり暗い。
人から声をかけられる回数がタジキスタンに入った途端ガクッと減る。
ウズベキスタンでは本当によく声をかけられた。車に乗る人、自転車に乗る人、沿道の人たち・・・会う人ほとんど全員から声をかけられたんじゃないかというくらい、とにかくよく声をかけられた。
うざったいと思うことも時々あるけれど、声がかからなくなるとそれはそれでまた寂しい。旅行者なんて勝手なものだ。

レーガルのカフェに寄って昼食にした。
とても広いスペースのある快適なカフェで、店のおっちゃんも「暑いから今晩はここで寝ていけ」なんて甘い誘いをかけてくれるのだけれど、さすがにこんな時間に走るのをやめるわけにはいかん。
カフェの木陰にたむろしているおっちゃんらにも性懲りもなくパミールのことを聞いてみた。
何の問題もなくどこでも行けるよ、という話・・・近くに住んでいる人ならともかく、そうでない一般の人たちはパミールのことなどまったく知らないようである。現地のニュースで大々的に報道されているはずだけどな・・・。

相変らず道は悪い。
途中、きれいな水のガンガン出ているところで顔やら頭を洗っていたら、目の前の家の人から洋ナシをいただいた。久々の洋ナシはとても美味だった。
時間切れとなって水場の先からテン場を探し始める。
道路脇の、廃墟となった風のとある施設の裏手のスペースに幕営させてもらった。道路からは見えないし、近くにバス停があるためか敷地内にトイレまであってなかなか快適なテン場だった。

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生地を準備して・・・                        窯でひたすら焼く

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                                    焼きたてのナーン

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すっかりお世話になりました

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とにかく陽気なウズベク人                    うざったく思うこともないではないが・・・

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国境に到着                             タジキスタン入国

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カフェの木陰でゲームに興じるおっちゃんたち         道が悪い・・・目下中国人が建設中

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水場があってありがたい                     廃墟となった施設の裏手

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nakappie

Author:nakappie
1970年生まれ。妻と二人信州伊那谷在住。
2009年10月~2013年5月の旅を記録するために”なかっぴー通信”をスタートさせました。
現在は伊那谷にて節約生活をしながら充電中。
2014年4月、ブログのタイトルを”なかっぴー通信NEO”に改めました。
信州伊那谷より~旅のこと、山のこと、自転車のこと、そして田舎暮らしのことなどなど・・・気ままに綴ってゆきます。
”おもしろきこともなき世をおもしろく”そんなふうに生きていけたらいいですね。

 名言集
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