すったもんだのウイグル入国

2012/10/11 木
始:12:10 ~ 終:18:15 走行:52km
~ Улькен Шыган ~ Ават ~ Пиджим ~ Коргас ~ 国境 ~ 国境から10km先

最初に断っておくと・・・長文です。長いですが、リアルなレポートとして読んでもらえれば幸いです。


はじめに。ウイグルを中国と呼ぶことに抵抗がある。ここからの日記では、その意味するところによってウイグル、支那、中国などと使い分けることにする。

晴れ。ポカポカ陽気のため半袖で十分である。
チューブのパンク修理をしたりして、のんびり12:00過ぎに宿をあとにした。コルガスの国境は11:30~14:00の間が昼休みで閉じているから、端から昼休み明けに越境する狙い。
Пиджимでカフェに寄って昼食休憩。最後まで感じのいいカザフスタン。

カザフスタン側は国境までの間に三箇所も検問ゲートがあった。その都度パスポートチェックを受けるのが少々面倒くさい。
コルガスの手前にある最初のゲートには、トラックの列が3kmもできていた。すべて越境するトラックなのだろうか?
イミグレの建物は立派で、入国のときもそうだったのだけれど、カザフスタンは手続きがしっかりしている。整然と事務的に事が運ぶ。職員は皆さんフレンドリー。
レギもここで回収される。税関の荷物検査は素通りで、とても楽チンだった。

緩衝地帯が7kmある。
実は中国側から来たバイカーたちから面倒な話を聞いていた。緩衝地帯は自転車で走ることが許されず、高いお金を払ってわざわざバスに乗らねばならない、ということだった。
面倒だし、自転車も心配だし、嫌だなぁと思いつつ覚悟はしていたのだけれど、カザフスタン側からは何の問題もなく自転車で自走できた。よかった・・・。

そして問題の中国側イミグレと税関。ここからちょっと長くなりますよ。
建物だけは空港と見紛うほど無駄に立派である。中に入ると、やたら派手な電光掲示板なんかもあったりする。
時間によるのかもしれないけどガラガラで、自分ら以外にほとんど越境する人は見受けられない。職員だけがやたらめったらたくさんいる。ちなみに、職員は全員漢人である。

さて、どこでどうすりゃいいのかな、と思っていると、迷彩服を着た若者が入国カードを差し出してくれた。
それに記入していると、そいつが片言の英語で何か言ってきた。最初は何を言っているのかよくわからなかったのだが、どうやら「尖閣諸島(の中国名)はどこの国のものだと思う?」と言っている。
来た来た来た・・・。国境のイミグレでいきなりそんなこと聞くか普通?早々に中国人の民度の低さを思い知らされた。
よく見りゃいかにも小憎らしい顔をした小僧だ。

「もちろん日本の領土だ」と答える。当然だ。
「なぜ?」と訊くから、理由も簡単に説明してやった。
訊かれりゃそう答えるけど、ここでこんな小僧と議論する気はない。議論などしても無駄だからだ。(もっともそれ以前に言葉の問題があったんだけど)
なぜかと言うと・・・
”私の言っていることは正しい。あなたは私と反対のことを言っているから、あなたの言っていることは間違っている。”
これが中国人のスタンス、考え方。朝鮮人も(もっと外れているけど)基本的なスタンスは一緒。こんな人たちと議論をしても無駄なのだ。同じ人間だし話せばわかる、と考えるのは大きな間違いである。
この思考方法は、おそらく儒教や朱子学から来ているのだと思う。朱子学は江戸時代に日本でも一部で流行したわけだけど、もちろんそんなクレイジーな考え方は日本には根付かなかった。
そして根幹には中華思想がある。
例えば、領土問題について話し合いましょう、と中国人が言えばこういう意味である。
”私のものは私のもの。あなたのものがあなたのものであるのか話し合いましょう。”

次に小僧は、「台湾は?」と訊いてきた。
「台湾は台湾だ。中国ではない」と答える。面倒なので理由は述べなかった。
もちろん小僧が納得するわけもなく、「尖閣も台湾も中国のものだ~」と喚いていた。
中共の言うことだけを鵜呑みにしていて、本当の歴史は何一つ知らない輩。

「正しい歴史」というものはおそらく存在しない。歴史認識というものは国や民族によって異なるからだ。よって、ある国の歴史観を他の国に押し付けるのは無理があるし、共通認識なんてものもあり得ない。
が、「自明なこと」はある。特定の視点から解釈を加えることなく、「事実としてこういう出来事があった」ということは動かしようがない。
情報操作によってそういうことを全く知らない(のみならず全く異なる歴史を植えつけられている)というのは恐ろしいことだ。

ひとまずその場はそれで済ませ、イミグレへ。
イミグレの係官は紳士的な対応だった。人民解放軍の兵士か何かだと思われる先ほどの小僧とは違う。
入国のスタンプを押され、通常はそのまま税関に行けばいいのだけれど、自分は別室に呼ばれた。荷物を全部チェックするという。自転車をマユミに預け、荷物を持って別室へ。
そこにいたのは先ほどの小僧とその仲間。英語を話せたイミグレのまともな係官とは違い、こちらはアホばかり。四、五人が束になってこれでもかと嫌がらせ。もちろん喧嘩腰で・・・。
「お前のことが嫌いだ」とか「中国の全人民がお前を歓迎してない」とか・・・喧嘩腰に挑発してくれる。あーこいつを殴ってやりたい・・・。
自分でこちらを嫌いと言っておきながら、「こっちもあんたのことが嫌いだよ」と言い返すと、「なぜ?」なんて訊いてくる。その思考が理解できない。そっちが嫌っていれば普通はこっちだって嫌いになるだろ・・・。

パニールの荷物を全部広げさせられた。
その中にイランで買った中国の地図があった。ファルシーのみの表記だからもちろん読めないのだけれど、もしもの時ないよりはマシだろうと買っておいたものだ。
「これは何だ?」と小僧が鬼の首を取ったように詰め寄る。
「ただのお土産だよ。欲しけりゃやるよ」
小僧は地図を持って上司のところへ飛んでいったが、しばらくすると地図を持って戻ってきた。半分諦めた地図であったが、そのまま返してくれた。ま、ただの地図だからね。
カメラもチェック。が、写真は今日撮った数枚しか入っていない。データはジャルケントの宿でpcに移したから。
「写真は?」
「日本に送った」
pcはパニールには入れておらず、自転車のところにある。そっちも調べるとか言い出したら時間がかかって面倒だな、と思ったのだがそれきりだった。詰めが甘い。
こんなところで荷物検査を受けている人は他にいないから、日本人に対するこれ見よがしの嫌がらせなんだけど、要するに暇なんだな、コイツら。

もう一度一からパッキングさせられる格好となり、無駄な時間を食う。必要もないのにちまちまとチェックしていてパスポートもなかなか返してくれない。あー感じ悪ぅ。
まだ入国もしてないのに早くも中国から脱出したい・・・。

ようやく終わったかと出口へ向かおうとすると、本来の税関に呼び止められた。いや、そこで荷物検査受けたけど・・・また?
もう一度チェックするというので素直に従う。ま、小僧のほうがイレギュラーで、こっちは本来の税関の定型業務をこなしているだけだ。越境する人などほとんどいないのに、職員だけがゾロゾロいる。暇、なんだな要するに・・・。
荷物を全部X線に通すというので、また全部自転車から降ろして装置に通す。その後で二、三のパニールをデスク上で開けさせられた。
マユミの持っていたリンゴだけ没収。あーあ、一昨日買ったリンゴ、結局一つも食べなかったよ・・・。

ようやく建物から出られた。が、ゲートのところでまた長々とパスポートのチェックを受ける。これも明らかに嫌がらせだ。
待っている間、兵士の一部が日本人を侮辱するような言葉を投げてくる。中国語だから何を言っているのかわからないのだけれど、素振りを見れば一目瞭然だ。
無視。無視。
その間に群がってくる両替人もガラが悪い。自転車を叩いてきたり・・・頭を小突かれたときは思わず手が出そうになった。
コイツら全員殴ってやりたい。
両替人のレートもめちゃくちゃ悪い。カザフスタンで両替えした時の半分くらいにしかならない。テンゲを少々持っていてあわよくば両替えしようと思っていたのだが、やめ、やめ。
こんな奴らを儲けさせてやることはない。そのままテンゲで持っていることにした。

どのくらい待たされただろうか。ようやくパスポートが手元に返ってきた。
ガラの悪い両替人を掻き分けてウイグルに入った。
中国側のコルガスは大きな町で、本当なら地図でも買いたいところだったのだが、町中は漢人だらけ。こんなことがあった後だし、町中には入らずスルー。

天山北路をウルムチへ向かう。
すぐに気付いたのは、横から出てくる車やオートバイがまったく止まらないってこと。止まる素振りも見せずそのまま道路に出てくる。
危険。危険。危険なんだけど、そう思う以上に衝撃的だった。さすがにこんな国はこれまでなかった。キルギスのように暴走しているわけではないのだが、止まらないのが当然として社会全体が動いている。衝撃的。
どちらが止まるのか、何で決まっているのかというと、車の大きさ。大きい車ほど止まらない。
例えば、横から出てくるオートバイ。来ているのが自転車だとまったく止まらないが、車の場合だとたいていは止まる(止まらない場合もあるから恐ろしい)。
どんなときでも小さいほうが回避しなければならない。海上交通じゃないんだから・・・。
よって、ダンプやトラックが止まることはまずない。交差点だろうがホーンをけたたましく鳴らしながらそのまま突っ込んでくる。四車線あるような道路でもノーストップだよ。これは衝撃的だった。
それでも郷に入っては郷に従わざるを得ない。注意してしすぎることはないだろう。

それから電動バイク。これもすぐ目につく。
今どきの人民は自転車になど乗ってなくて、誰も彼もが電動バイク。すごい数だ。
これがまた音もなく走っているから非常に危険。そんなにスピードの出る代物じゃないのだけれど、注意が必要。
このあたりのことも徐々に書いていきたいと思う。

コルガスからの道は無駄に広くて舗装もキレイである。中央部分は高速道路となっていて、側道がずっと併走している。側道もキレイだ。
町から外れるとウイグル人が増える。これは顔を見れば一目瞭然だ。
越境に時間がかかり、早くも暗くなってきた。まだ勝手がよくわからないのだけれど、道路をちょっと外れた林の中に幕営することにした。人の影のないところが見える範囲にはなくて、ウイグル人のおっちゃんに断ってテントを張らせてもらった。漢人と正反対にウイグル人のおっちゃんはとても親切だった。
テントを張り終えた頃、声をかけた人とは別のおっちゃんが羊を連れてテントの近くにやって来た。林の隣に住む人らしい。
「うちに泊まれ」とか「うちで食事しろ」とか言ってくれたのであるが、既に完全に幕営態勢に入ってしまった。今日もタイミングが悪い。ありがたく気持ちだけいただいて遠慮させてもらった。
しばらくしてテントの中で炊事をしていると、その人が今度は奥さんを連れてやって来た。
やはり「うちに泊まれ」とか「食事に来い」とか誘ってくれたのだけれど、ありがたく気持ちだけいただいた。

入国早々(というか入国以前から)非常に感じの悪い中国。ある意味予想通りだった中国。
町中を除けばウイグルはまだマシであろうか。これから漢人のエリアへ向かうのが憂鬱である。
それでもまぁそんな輩ばかりではないはずで、これからまともな漢人と出会えることを願う。

そうそう。中国の時間は北京時間に統一されているのだが、これだといきなり二時間も時間が進んでしまって大変不便。
しばらくはカザフスタン時間=ウルムチ時間で生活することにする。

余談53 漢人にも四種類の人がいる
これは中国を走り終えてから実感したことなのだけれど、はじめに述べておきたいと思う。
チベットやウイグルでも漢化が物凄い勢いで進んでいるのは周知の通り。中国には圧倒的に漢人が多いわけなのだが、この漢人にも四種類いる、という話。

①情報を操作する側の人。言わずと知れた中共の上層部で、中共の都合のいいように情報を操作している人たち。
②中共に踊らされることなく、実は真実を知っている人。
③中共に踊らされている人。
④何も知らない人民。

この中で圧倒的に人口が多いのは④。大きな町にはほとんど立ち寄らず自転車で走っていると、会うのは④の人たちがほとんどである。
毎日朝暗いうちから日が暮れた後まで働いているにもかかわらず(実に働き者である)、生活していくだけで精一杯の人たちだ。
こういう人たち、つまりは人口で言えば人民の大多数なわけなんだけど、彼らにとっては尖閣?何それ?というのが実際のところ。もっとも中共がしきりに喧伝しているから最近は名前くらいは知っているのかもしれないが、それまでのこと。反日暴動ではなんだかよくわからないけど鬱憤晴らしに暴れている、という人も少なくあるまい。
経済的な面だけでなく、中国国内はあらゆる面で貧富の差が著しく、それはもはや救いようのないレベルに達している。

悲しいかな、そんな大多数の人民が結束して不満の矛先を中共に向けるのかといえば、そういうことはまずなさそうである。これこそが中国の最大の問題点。
巧みに、かつ力でもって強引に情報操作されているということもあるのだけれど、それ以前に人民は支配されることに慣れきってしまっている。それが当たり前だと思っていて、おそらく権力者に歯向かうことなど思いも寄らないに違いない。
支那というところは有史以来、人民による革命というものが成功した試しがない。試みすらほとんど例がない。
あるのは支配者による権力闘争のみ。それは今の時代も変わらない。たまたま今は漢人の共産党王朝が支那の地を支配しているだけ、という話だ。歴史を見ればいつひっくり返ってもおかしくない。
常に漢人が支那の地を支配していた、というわけでもない。他民族の王朝なんていくらでもある。一番近いところなら、清というのはツングース系の満州族(女真族)の王朝だ。

そんな絶対的な支配者の君臨している支那というところは、国と人民がまったくの別物である、というのが旅して得た感想。
人民のリアルな姿に接することのできる機会は、日本にいるとほとんどない。中共が情報統制している以前に、日本のマスコミが中国のもの以上に中共に都合のいいニュースしか流さないからだ。情報操作をするにしても、自国の国益を損なうという意味でより以上に性質が悪い。

実を言うと、自転車で走っていて心惹かれるような景色になどほとんどお目にかかれなかった支那。日程的に余裕がなかったということもあるのだけれど、そんなわけで写真もあまり撮っていない。
が、人民の生活ぶりは見ていて非常におもしろかった。あまりにゴーイングマイウェイで力技なところが・・・あまりに日本人の常識からは外れたところが・・・。
そんなところをこれから徐々に書いていきます。

IMGP6594_サイズ変更  IMGP6592_サイズ変更
トウモロコシの収穫の時期                     トウモロコシの山があちこちにある

IMGP6595_サイズ変更  IMGP6597_サイズ変更
国境手前の検問に並ぶトラックの列               すったもんだの末ウイグル入国

IMGP6598_サイズ変更  P1170032_サイズ変更
すぐにテン場を探す時間に・・・                  断って林の中に幕営させてもらった(翌朝撮影)

関連記事
スポンサーサイト
Trackback [0] | Comment [0] | Category [■ 107_Uyghur / ウイグル] | 2013.12.31(Tue) PageTop
いつも読んでいただき、ありがとうございます。
ランキングに参加しています。
記事が面白かったときはポチッとお願いします!
 ↓   ↓   ↓
にほんブログ村 自転車ブログ 自転車旅行へ    
   
   

ジャルケントでまったり・・・

2012/10/9 火

一日快晴で、ポカポカの小春日和。先日の凍るような寒さはどこへやら・・・。
部屋で映画を観たり(異国の地で邦画を観るのはなかなかいいもんだ)、ネット屋で情報収集したり。
尖閣絡みの件も特に目立った動きはなさそうだし、天気もしばらくよさそう。予定通り明日もう一日のんびりして11日にウイグルに入る予定。

2012/10/10 水

今日も一日快晴でポカポカ。
部屋で映画を観て、両替屋で中国元をちょっとだけつくり、買い物をしてネット屋にも行って、マユミに散髪してもらって、パンクしたチューブをまとめて修理して・・・と、暇なようでいてけっこうやることはあったりする。
ジャルケントは小ぢんまりとしていて、のんびりするのにうってつけの町だった。
居心地のよかったカザフスタンともいよいよお別れだ。

関連記事
Trackback [0] | Comment [0] | Category [■ 106_Kazakhstan / カザフスタン] | 2013.12.30(Mon) PageTop
いつも読んでいただき、ありがとうございます。
ランキングに参加しています。
記事が面白かったときはポチッとお願いします!
 ↓   ↓   ↓
にほんブログ村 自転車ブログ 自転車旅行へ    
   
   

ジャルケントに到着

2012/10/8 月
始:9:55 ~ 終:16:00 走行:62km
~ Коктал ~ Жаркент

今日も快晴。夜はそれなりに寒かったが、日中は小春日和でポカポカだった。
Кокталまでは退屈な一本道。北に見えるジョンガル・アラタウ山脈に向かって走る。やはり先日降ったと思われる雪で山の上部は薄っすら白い。
退屈な道だけど、日中は車が少なくて助かった。

Кокталのロータリー手前のカフェで昼食。
このあたりまで来ると急にウイグルナンバーのバスを見かけるようになる。今日から国境が開いているのは間違いないようだ。

Кокталから道が東に折れる。急に木が増え、木立ちの中を走る道となって気持ちいい。ひたすらまっすぐだった道が上下左右にうねるようになり、退屈な気分も吹っ飛ぶ。
町の近くでは珍しいことなのだが、道路脇はジャルケントまでずっと最高のテン場になっていた。

ジャルケントには15:00過ぎに入った。
町の中心部まで行き、АЗИЯという宿に部屋をとる。ここも旧ソ連式のいわゆるガスチーニッツァで、ホテルというより貸し部屋に近い。
宿のおばちゃんはやはり感じがいい。自転車は階段下のスペースに快く置かせてくれた。
今回は迷わずシャワー付きの部屋にした。三人部屋となっており、アルマトゥで泊まった宿と似たようなグレードであるが、宿代は半額以下。一泊3,000テンゲ。アルマトゥの宿がいかに高いかよくわかる。

ガスチーニッツァは雰囲気が独特でおもしろい。ロビーで見かけるのは宿泊者というより住人。ここに住んでいる人たちだ。建物の中に診療所のようなものもあって、ロビーは差し詰めどこかの施設の待合室といった雰囲気。ほのぼのとしていて温かみを感じる。

部屋に荷物を運び込んでさっそくシャワー。数えてみたら、今回は18日ぶりのシャワーだった。信じられん・・・。
電気式温水器のタンクが小さくてジャバジャバ浴びるというわけにはいかないのだが、それでも死ぬほど気持ちよかった。唸り度120。

ジャルケントは程よい大きさの町(要するに小さな町)で、滞在しやすい。バザールも宿から歩いてすぐのところにある。
町から40kmほど東に中国国境がある。中国系の人が増え、これまでの町とは雰囲気がだいぶ変わる。
ハラショーだったカザフスタンもあとわずかだ。
ジャルケントでニ、三日のんびり休養してウイグルへ向かうつもり。

IMGP6578_サイズ変更  IMGP6587_サイズ変更
今日も快晴                              退屈な道だが車が少なくて助かった

IMGP6591_サイズ変更  IMGP6590_サイズ変更
ジャルケントの宿                           たまには部屋の写真も

関連記事
Trackback [0] | Comment [0] | Category [■ 106_Kazakhstan / カザフスタン] | 2013.12.30(Mon) PageTop
いつも読んでいただき、ありがとうございます。
ランキングに参加しています。
記事が面白かったときはポチッとお願いします!
 ↓   ↓   ↓
にほんブログ村 自転車ブログ 自転車旅行へ    
   
   

峠の向こう

2012/10/7 日
始:10:05 ~ 終:18:15 走行:93km
~ Шонжы ~ Таскарасу

快晴!朝の気温-6℃。風が強いため体感気温はずっと低い。
凍ったフライを日に当てて乾かしてから出発。今シーズン初めてカッパの下に冬用ジャージを着込み、フリースのグローブをして走る。

いやーなかなかすごいところを走っている。360°真っ白な山。絶景。
後ろを振り返りつつ緩い上りを6kmこなすと峠に差し掛かる。峠を境に景色が劇的に変わる。
雪がまったくない・・・峠より北にはまだ冬が訪れていなかった。
山といったって2,000mくらいの低い山なのだけれど、その山脈で雪雲が見事に遮られていた。少しは予想していたものの、峠を隔てたこの劇的なコントラストには驚かされた。

峠から暖かい平原を目指して下る。20kmの下り。めちゃくちゃ寒い。
雪のない快晴の平原もこれまた絶景である。
Темирлик川に沿ってしばらく走り、右岸の台地に上り返す。台地の上には広大な平原が広がっていた。ションジュに向けて平原の中に延びる一本道を辿る。

ションジュの手前10kmほどのところで道端に自転車を止めて休憩していると、近くに一台の車が止まった。車から降りてきた親子三人はやたら陽気で、親父さんがしきりに双眼鏡をのぞいて何かを見ている。
「牛、見なかった?」と冗談半分に訊かれた。
牛が五頭いなくなってしまったとのことで、探しているらしい。
いやー・・・見つからないんじゃないかな・・・。このクソ広い平原で五頭の牛を探すなんてのは、校庭に落ちている米粒を探すに等しい。牛がそれほど遠くへ行けるはずはないけど、探し出すのは至難の業だろう。

実は、止まったこの車はキルギスのナンバーだった。そんなわけで最初は自然と警戒していたのだが、訊くと三人はカザック人だった。
ホッ・・・どうりで人がいいわけだ。いくらなんでも国境を越えて牛を探しにくるわけがないと思った。
車はキルギスで買ったものらしい。どうやらキルギスのほうが容易に車を入手できるから(あれだけ日本の中古車が走っていたことを考えると、まぁ納得)、ということのようである。
これまでにもキルギスナンバーの車をたまに見かけ、そのたび警戒していたのだけれど、乗っていたのはたぶんカザック人だったのだろう。
別れ際に飴玉をいくつかくれると、三人は嵐のように去っていった。

ションジュの町で食料の買い出しと水の調達。
ここまで来るとだいぶ暖かく(といっても風が冷たくてカッパは脱げないのだけれど)、水場を見つけて顔と頭を洗った。
16:00近くと時間が中途半端だったが、道沿いにカフェがあったので遅い昼食にした。

ションジュでA2に合流する。ここから先は交通量がいくぶん増え、舗装も悪くて走りにくい。
Таскарасуの先で、小さな川の岸に広がる草地に幕営した。
このあたりは湿地帯となっていて、久々に蚊がすごかった。が、さすがにもうこの時季は動きが鈍く、テントに入った蚊は指でつまんで簡単に駆除できる。
無風快晴で、ここ数日が嘘のように暖かい。
中国の国慶節は今日で終わっているはずだ。

P1170013_サイズ変更
危うくあの雪の中に閉じ込められるところだった・・・

IMGP6536_サイズ変更
快晴! テン場の周りはほとんど雪が融けた

IMGP6538_サイズ変更
目の前の峠に向かう

P1170015_サイズ変更
ケゲンの町を振り返る

IMGP6544_サイズ変更  P1170016_サイズ変更
ここが峠                                冬の境界

IMGP6551_サイズ変更  IMGP6553_サイズ変更
峠の先には雪がまったくない                    下りきったところは広い平原

P1170017_サイズ変更  IMGP6569_サイズ変更
独特な形態のお墓                          「牛、見なかった?」

IMGP6568_サイズ変更  IMGP6570_サイズ変更
キルギス人かと警戒したらカザック人だった            飯が旨い

IMGP6573_サイズ変更  IMGP6574_サイズ変更
今日もボチボチ幕営の時間                     川岸の草地に狙いを定める

P1170019_サイズ変更
なかなか快適なテン場

関連記事
Trackback [0] | Comment [0] | Category [■ 106_Kazakhstan / カザフスタン] | 2013.12.29(Sun) PageTop
いつも読んでいただき、ありがとうございます。
ランキングに参加しています。
記事が面白かったときはポチッとお願いします!
 ↓   ↓   ↓
にほんブログ村 自転車ブログ 自転車旅行へ    
   
   

早くも冬の訪れ

2012/10/5 金
始:9:40 ~ 終:15:50 走行:44km
~ Каркара ~ Шырганак ~ Кеген ~ Кегенの8km先

昨晩は快晴だったのに、一夜明けるとどんより曇っていた。最近はこのパターンが多い。
水もガソリンもなく、雨のパラつく中を出発。
寒い・・・もう完全に冬の寒さだ。ブレーキを握る手がジンジンしびれる。いい加減指切りグローブなんぞで走っている場合じゃない。
下りも道が荒れていて、ブレーキを握りっぱなしの指が腱鞘炎になりそう。また下りの辛い季節がやって来たのか・・・。

幸い急な下りは数キロほどで終わり、5kmも下ると舗装路に出た。秘境と呼べるのもここまでだ。さらに1km走ると小さな集落があった。
12km走るとカルカラ、その数キロ先にШырганакがある。ともに小さく美しい村で、どちらの村からも雪をかぶった山々がきれいに見える。
カルカラ川を渡って進路が北に変わると、もろ向かい風になった。冷たい北風。冬がもうすぐそこまで来ている。
目指すケゲンの町が原野の先に見えているのだが、なかなか近づいてこない・・・。

ようやく辿り着いたケゲンのマガジンでまずは食料の調達。
続いてガソリン。道がA6にぶつかり、進路と逆のキルギス方面にちょっと走るとGSが何軒かあったのだが、何故か閉まっていたり、80のガソリンしかなかったり(92の給油機もあるのだがガソリンはない)。
ようやく92のガソリンを置いてあるGSを見つけたのだけれど、今度は1L単位でしか売ってくれない(カザフスタンはそういうGSが多かった)。
給油前に窓口で給油量を言って先払いするシステムになっている(車だろうが満タン給油なんてことはできない)。払った分だけノズルからガソリンが出るようになっているのだが、どうやらその設定が1リッター単位でしかできないらしい。
仕方なく1Lのペットボトルに給油し、それを二本のMSRのボトルに分けた。

用事を済ませてからバザールのカフェで念願の食事。
カザフスタンの食事はまともだ。どこへ行っても変わり映えせず、えてして不味かった他の中央アジア諸国とは違う。「肉だけ」とか「ショルバだけ」といったこともない。きちんとメニューがある。油ギトギトということもないから美味しくいただける。お気に入りはソムヤン(カザフ版焼きうどん)。
チャイもミルクティーが一般的。これがまた甘くして飲むと実に旨い。こんな寒い日は特に。
カフェの中はストーブで暖かく、一度入ると外に出たくなくなる。

意を決してカフェを出る。寒いから早々に幕営しよう。
町中の民家で水をたっぷり汲ませてもらい、これで準備万端。あとはテン場・・・。今にも雪が降り出しそうな空模様である。
A6を北上。ケゲンから12~13kmも走ると峠に差し掛かってしまうから、その前に幕営したい。が、ケゲンから見渡す先はどこまでも吹きっさらしの草原が続いている。
15:00頃から雨がパラついてきた。必死になって風の避けられる場所を探すが、依然として同じ景色が続く。
そんな中、ケゲンから8kmほど走ったところにポツンと廃屋が一軒あった。願ってもない物件。道から外れて行ってみると、建屋の中には入れなかったものの、その陰で風は避けられる。本日のテン場に決定!

雨が上がるのをしばらく待ってからテントを張った。
遠くにユルタが二棟見える。放牧もそろそろ終わりの時季で、昨日は解体したユルタを運んでいるトラックを何台か見たが、ここはまだユルタに人がいるようだった。
テントを張り終えた頃、牛を追っていたおっちゃんが馬に乗ってやって来た。(たぶんおっちゃんのものではないと思うが)廃屋を開けてくれようとした。が、ドアに鍵がかかっていてやはり開かない。いえいえ、ここにテントを張らせてもらえるだけでありがたいです。
いつもの通りテン場の写真を撮っていたら、おっちゃんが「オレも撮ってくれ」ということになり、最後はマユミが馬に乗せてもらってパシャリ。馬がおとなしくて可愛いこと・・・。
しばらくするとおっちゃんは草原の彼方へ走り去った。

いやーそれにしても寒い。晴れて日が出ていればまだそこまで寒くはないのだろうけど、こりゃそろそろ服も冬物にチェンジしないとダメだな。

5P1160994_サイズ変更  5IMGP6528_サイズ変更
一夜明けるとどんより・・・最近このパターンが多い       下りの辛い季節がやってきた

5P1160996_サイズ変更
秘境と呼べるのもこのあたりまで

5P1160998_サイズ変更
カルカラ川を渡る・・・この先は冷たい北からの向かい風

5IMGP6535_サイズ変更
ケゲンを出ると雨になった

5P1160999_サイズ変更  5P1170002_サイズ変更
草原の中に願ってもない物件                   牛追いのおっちゃんがやってきた

2012/10/6 土

昨晩19:00頃から再び雨が降り始め、夜が更けたころ雪へと変わった。朝になると一面の銀世界・・・。
空はどんより曇っていて、回復の兆しはまったくない。風はなく深々と雪が降り続いている。
もちろん停滞。

10:00を過ぎてもまるでやむ気配なし。まだ10月頭ですけど・・・。
それもちょっと舞うというレベルではなく一晩中雪。朝になっても完全に雪。山でもないのにこの時季雪で動けないとは・・・恐るべし。
いったいこの先どうなってしまうのだろう。

雨や雪の停滞だと困るのがトイレ。が、幸いにもここにはうってつけの場所がある。
廃屋からちょっと離れた場所に、何のために掘ったものだかわからないが、地下壕のようなものがある。雪に降られず快適に用を足すことができるなんて・・・。
それはそうと、昨日悪天の中動いておいて本当によかった。あのまま停滞していたら(水もガソリンもなくそれはあり得なかったわけなんだけど)、ずっと標高の高い雪の秘境に閉じ込められていた可能性が高い。人もほとんど通らない山中で本当の秘境を体験しているところだった。

11:00頃、昨日の牛追いのおっちゃんが馬に乗ってテントにやって来た。牛を放牧するついでにこちらの様子を見にきてくれたのだと思う。放牧は生き物相手だから、雪だろうが関係ない。大変な仕事だ。
15:30頃、放牧を終えた帰りがけにおっちゃんが再びやって来た。
「自分の家に来い」「馬に乗って一緒に行こう」
おっちゃんはどうやらそんなことを言ってくれているようだった。
とてもありがたい話であるし、おっちゃんの家にも興味があった。が、依然として雪は降り続いており、雪の中動くのが少々面倒くさい・・・何よりテントを張りっぱなしにして、この場に自転車や荷物を置いていくなんて考えられない。雪の中、濡れたテントを撤収し、荷物をまとめてから行くなんてのはなおのこと考えられなかった。
丁重に礼を言って遠慮させてもらう。
おっちゃんは雪の中、30分ほども粘って誘ってくれたのであるが、やはり今回は遠慮することにした。
ありがとう!おっちゃん。その温かい心遣いだけいただいておきます。
おっちゃんは最後には諦めて、雪の中を馬に乗って帰っていった。ちなみに、おっちゃんの家はテン場からかなり離れた場所であったろうと思う。見渡す限り家など見えないから・・・。

雪は降っているが日中の気温は低くはなく、降ってるそばから地面の雪は融けだしていた。
16:30頃になって雪がやみ、18:00頃になると天気の回復する兆しが見えた。
南西の空に一部晴れ間が見えた。そこは昨日自分らの走ってきた山のある辺り。これまでずっと曇っていて見えなかったが、姿を現すと一面真っ白だった。
雪が融けて一部地面の見えているテントの周りと違って完全に白一色。かなり雪が積もったように見える。
実に危ないところだった・・・昨日山を下りていなかったら、あの雪山に閉じ込められているところだった。あの雪の中を自転車を押して下るのは相当困難だったに違いない。

天気が回復の兆しを見せると同時に冷え込んで、気温は氷点下になった。20:00の気温-5℃。
空はすっかり快晴となり、夜は満天の星空だった。頭上で弧を描く天の川が美しい。

6P1170004_サイズ変更  6P1170005_サイズ変更
劇的ビフォーアフター                        一夜明けると一面銀世界

6P1170008_サイズ変更  6P1170007_サイズ変更
今日もおっちゃんが様子を見に来てくれた     馬に乗って一緒に家に行こうと誘ってくれた・・・ありがとう!おっちゃん

関連記事
Trackback [0] | Comment [0] | Category [■ 106_Kazakhstan / カザフスタン] | 2013.12.27(Fri) PageTop
いつも読んでいただき、ありがとうございます。
ランキングに参加しています。
記事が面白かったときはポチッとお願いします!
 ↓   ↓   ↓
にほんブログ村 自転車ブログ 自転車旅行へ    
   
   


 Web Page Translation
 You are here / ブログ内の現在地
なかっぴー通信NEO
 トップページ
  └ 月別アーカイブ
        └ 2013年12月
 About Me / プロフィール

nakappie

Author:nakappie
1970年生まれ。妻と二人信州伊那谷在住。
2009年10月~2013年5月の旅を記録するために”なかっぴー通信”をスタートさせました。
現在は伊那谷にて節約生活をしながら充電中。
2014年4月、ブログのタイトルを”なかっぴー通信NEO”に改めました。
信州伊那谷より~旅のこと、山のこと、自転車のこと、そして田舎暮らしのことなどなど・・・気ままに綴ってゆきます。
”おもしろきこともなき世をおもしろく”そんなふうに生きていけたらいいですね。

 名言集
すばらしい一日でありますように・・・
 ランキングに参加しています
押してもらえると嬉しき哉

にほんブログ村 自転車ブログ 自転車旅行へ にほんブログ村 ライフスタイルブログ 自給自足生活へ
 Latest Diary / 最新記事
 Category / カテゴリー
 Search Form / 検索フォーム
 にほんブログ村
 アクセスランキング
   
   
i2iポイントサイトへのご招待です♪
 Links / リンク
 Mail Form / メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

 Latest Comments / 最新コメント
 アクセスカウンター
 Monthly Archives / 月別アーカイブ
 RSSリンクの表示
 ブロとも申請フォーム