san marco SQUADRA ・・・尻とサドルの関係

ちょっと前になるが、スペシャのサドルを一瞬だけ昔のサンマルコ・スクアドラに戻して乗っていたことがある。
装着していたサドル(PROVIPというサンマルコの安物)が後ろに動いてしまうという問題が発生したからだが、ついでにもうひとつ確認してみたいことがあった。
乗り心地、というか尻への負荷が、果たして今とどう変わるのか?それを確認したかった。

PROVIPというサドルについては、使い始めてすぐの頃、長時間乗っているとあり得ないくらい尻が痛くなることがあったのだけれど、最近はうまい具合に尻にフィットしている。
が、一方でスクアドラは、これまでにいくつか存在する、自分の尻にもっともフィットしたサドルのひとつ。実際にそうだったし、今でもそう思っている。
そんなスクアドラに交換すれば、サドルが動くこともなくなるだろうし、乗り心地もグッとよくなるだろう。そう期待していた。
裏面に刻印された製造履歴を見ると、手持ちのスクアドラが製造されたのは'93年。
後端は擦り切れてしまっているし、かなり年季の入ったサドルだけれど、具合がよければしばらくそのまま使おう、そんなふうに考えていた。

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ところが、その期待は見事に裏切られた。
サドルがやはり動いてしまったのは前回書いた通りだが、そんなことより問題なのは乗り心地。20kmも走ると、尻が痛くて乗っていられなくなった。
なぜ???あんなに自分の尻に合っていたスクアドラが・・・ショックだった。
サドルのほうは昔と何ら変わっていないわけだから、どうやら自分の尻のほうが変わったらしい。今風の、真ん中が窪んだPROVIPの形状に、尻がすっかり慣れてしまったのだ。クッション性もPROVIPのほうが良好。

そんなわけで、しばらく乗ってみたもののどうにもダメそうで、結局サドルはPROVIPに戻しました(笑)。

前に、「サドルというのは選ぶのが難しい」ということを書いたことがある(サドルの話)。
たぶん間違っていないし、今でもその通りだと思う。
が、そのとき言い忘れたことをちょっと付け足しておきたい。

まず、気合いでどうにかなることもある、ということ。つまりは慣れの問題です。
走りこむことで尻のほうをサドルに合わせてしまう、というもの。
尻が痛くなるのは走りこみが足りないからだ・・・なんとも体育会系のノリですが、乗っているうちに尻がサドルに慣れてくるということは実際にあります。
ま、それでもどうしてもダメなもの、どうあっても自分の尻には合わないものってのはありますけどね・・・。

それから、尻が痛くなるのはサドル以外に原因がある。これもあり得ます。
例えば、ハンドルが遠すぎたりする場合にも尻が痛くなることがある。
この場合、たぶんサドルを換えてもダメですが、ステムを換えるなりでポジションを見直すと、尻の痛みが緩和されたりします。

結局、ポジションというのがあらゆる部分に効いてくるんですね・・・奥が深いです。
尻に限らず、膝とか腰とかどこか特定の部分が痛くなるという場合、ポジションを見直してみることで改善できるかもしれません。
ですが、乗り始めて間もない方などは、まずは自分の体のほうを疑ってみるべき。単に走りこみが足りないから、体が慣れていないから痛くなっているだけ、ということが大いにあり得る。
まずはこんなもんだと思ってしばらく乗ってみることをオススメします。

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ピカピカに磨いたスクアドラ しばらく使ってみたものの・・・自分の尻のほうが進化(退化?)してしまったらしい

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THOMSON Elite ・・・サドルの固定について

トムソン・エリート・・・言わずと知れたシートポスト(シートピラー)の名器。
軽量、高精度、高剛性、高耐久性、そして何より美しい。値段も今となってはお手頃、いやむしろ、全てがアルミ削り出しの部品がこの値段で買えるのだから、お得感すらある。
新陳代謝が活発で、次々と新しい製品が登場する自転車の世界において、昔からずーーっと変わらないシートポストなんてこれくらいではなかろうか。

超がつくほど名の知れた部品ですが、もともとはMTB用なので、もしかしたらローディーの中には知らない人がいるかもしれない。
セットバックがなくピラーの直上にヤグラがあるタイプで、前後二本のボルトでサドルのレールを締め付ける構造になっている。セットバックがないからサドルをあまり後ろに引くことができず、ロードバイクだと人によって調整の範囲を超えてしまうかもしれない。

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高剛性や高耐久性ということはさておき、二本のボルトでサドルを固定するというのがこのシートポストの一番の特徴。
このタイプはサドルの角度調節が容易で(片方を緩めてもう片方を締めるだけ)、正確にサドルの角度を調整することができる。微妙な角度調整も可能。

とにかく昔からやたらと評判のいいシートポストで、今ネットを見てみても両手放しで賞賛されている。
悪く書かれていることはまずないでしょうね。
自分もその通りだと思うし、これまでもずーーっと信頼して使ってきた。

ところが、ここへきて問題が出た。乗っているうちにサドルが後ろへ動いてしまう。
たぶん、去年スペシャのサドルを交換するまでは問題なかったし、幸いなことにトムソン以外のシートポストでもこれまで経験したことはなかった。
ビシッとポジションが出たら、そこから一寸たりとも動かない。それが当たり前だと思っていたから、サドルが動いたのを見つけたときはショックだった。

あろうことか、最初に発見したときはサドルが1cm以上も動いてましたね。さすがに違和感を覚えて見てみると、レール前端の曲がった部分(つまり調整範囲の最後端)まで動いて止まっている状態だった。
さすがにこの時は締め付け方が悪く(甘く)、その後改善したものの、どうしても2~3mmほど動いてしまうという状態が続いた。
なぜだ???

見たところヤグラの形状に前後はなさそうだけど、もしやと思って前後を逆にしてみたが、やはり動く。
これはもうサドルとの相性なのかと(だとするとどうしようもないのだが・・・)、いったん昔使っていたサンマルコ・スクアドラに交換して乗ってみたけど、やっぱり2~3mmほど動いてしまう・・・orz。

ちなみに、サドルが後ろへ2~3mm動いて違和感があるかというと、何もわかりません(笑)。
これは新たな発見だった。もし上下方向に2~3mmも動いたら顕著にわかると思うけど、前後方向は意外とわからないんだなぁと。
自分は乗っているとき比較的尻を前後に動かすほうだと思うけど、そのせいもあってか、サドルの前後位置についてはけっこう鈍感みたいです。

今回いろいろやってみてわかったのは、どうやらこのタイプのシートポストのサドルの締め付け方にはコツがありそうだということ。
前述の通り、前後二本のボルトで締め付けるこのタイプは、サドルの角度調整が容易かつ正確。無段階に調整することができる。
上げたいほうを緩め、反対側を締めるだけ。例えば、サドルの後ろを上げたいなら、まず後ろのボルトを緩め、次に前のボルトを締めるだけ。
このとき、セッティングが出たところで最後に前後のボルトを両方締めこむ、なんてことはやってはいけない。
後ろが上がりすぎたから、今度は逆に前を緩めて後ろを締めて・・・なんてこともやらないほうがいい。
少しずつ、あくまで一方向に調整したほうがいい、というのが今回得た教訓。

オススメは次の方法。
狙い位置よりちょっとだけ前上がりになっているかな、という角度にまずはサドルをセット。
サドルの水平度をチェックし、程度により後ろ側のボルトを緩め、その分前側を締める。そうするとサドルは、前が下がるように動く。
再び測定→足りなければ後ろを緩め、前を締める。これをちょっとずつ繰り返す。
必ず一方向に調整する、というのがコツ。
前下がりになっているところから始めても理屈は同じ。その場合は前を緩めて後ろを締める。途中で前後反転させず、必ず一方向に調整する。
ちなみに自分の場合、前上がりになっているところから始めるのは、水平を狙うとして、結果的に最終状態が少々前上がりになってしまうよりは、前下がりになっているほうが都合がいいから。

この方法で調整してみて、最終的には0.5mmほどしか動かないところまで来た。
いまだかつてサドルの固定にこれほど神経を遣ったことはない(笑)。
が、それでもゼロではないんですね・・・。微妙に動く。
もちろん0.5mm動いたからといって何もわからないけれど、なんとも気分が悪い。

おそれながら、トムソンのヤグラはレールのクランプ量がちょっと少ないのではないか、もう少しレールを包み込むような形のほうがよいのではないか、と思わなくもない。
いずれにしても、角度の調整にここまで自由度がないけど、セットバックがあって下からボルト一本で締め込む、そんなオーソドックスなシートポストが構造的にはやはり優れているのではないか、そんなふうに思えてしまう今日この頃。

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自転車競技とドーピングと

残念ながら、自転車競技とは切っても切れない関係にあるドーピング問題。
前回からの続きで、今回はこれを中心に書きます。

パンちゃんがドーピングしていたのかどうかについては定かでない。
が、そのことに端を発して裁判とスキャンダルに巻き込まれ、心身ともに衰弱し、おそらくもともと精神的に弱い部分があったことも手伝ってドラッグにも手を染め、自殺?に追い込まれたことは事実だ。
ロードの選手というのは、人によって多少早咲きだったり遅咲きだったりすることがあるけれど、だいたいにおいてもっとも脂の乗った時期は20代の後半から30代の初め頃にかけて。
まさにそんな絶頂期に頂点に登りつめ、これから数年はパンちゃんの時代かと思っていた矢先、地獄に落とされてしまった。残念でならない。

'97年のツール、パンちゃん完全復活!そして'98年にジロとツールを制し、Wツール達成!
パンちゃんの時代が来たか!と思った。

ときに、'97年はメルカトーネウノでウィリエールの自転車に乗っていたのだけれど、この時のマシンは博物館になかったな、そういえば・・・。
ダウンチューブにバンダナをかぶったパンちゃんのイラストが描かれた黄色いフレームで、当時、タキザワにフレームが置いてあったのを覚えている。

パンちゃんのような純粋なクライマーが、ジロやツールを制するのは非常に珍しい。
特に、ツールはオールラウンダーでないと勝てない、と言われていた(今も状況は変わらない)。
まさかパンちゃんが総合優勝するなんて、自分を含め多くの人が思っていなかったに違いない。
その頃になるとテレビで毎晩放映されることはなくなっていたけど、最後はウルリッヒに逆転されるのではないかと、ドキドキしながら番組を見ていた。編集された番組だったけれど、結果を知らずに見ていたから緊張感があった。

余談ですが、その'98年のジャパンカップ(宇都宮)に、パンちゃんのいたメルカトーネウノが来ることになっていた。
もしかしてパンちゃんが・・・とちょっとだけ期待したのですが、さすがに来ませんでしたね。10月末といえば通常ならオフに入っているから、無理もないけど。
観戦に行きましたが、メルカトーネウノはポデンツァーナやガルゼッリが来てました。他に大物ではマペイのタフィやザニーニ、ケルメのルビエラなどが来ていた。

そして'99年のジロ。パンちゃんは圧倒的だった。
この年のジロはいつにも増して山岳ステージが厳しかったというのもあるけど(もともとツールに比べジロは山岳色が濃い)、まさにパンちゃんの独壇場。他をまったく寄せ付けぬ強さだった。レースの終盤には、三つのリーダージャージの全てをパンちゃんが獲得していたほどだ。

レースは残り二日。最終日は顔見せのようなものだから、実質的には山岳ステージの一日を残すのみとなった。そしてそれまでの経緯から、ここでもパンちゃんの圧勝が予想された。
・・・が、その日のステージにパンちゃんの姿はなかった。
突然、パンちゃんがレースから姿を消してしまった感じだった。当時、ガゼッタのイタリア語のサイトで毎日結果を追っていた自分は、何が起こったのかさっぱりわからなかった。
自分にとってその年のジロはそこで終わった。

あとになって状況がわかった。
最後の山岳ステージのスタート数時間前、UCIの実施した血液検査の結果(総合15位までの全選手に実施される)、ヘマトクリット(血液中に占める血球の容積率)が規定値を越えたのだ。
パンちゃんはレースから除外されることとなった。

その後については、まさに坂を転がり落ちるかのようだった。
'99年は結局そのまま棒に振り、2000年のツールに復活したものの、もう元のパンちゃんには戻れなかった。その後は休養したり復活したりを繰り返すが、全盛期の走りは見る影もなくなっていた。

昔から、自転車競技とドーピングは切っても切れない関係にある。
パンちゃんがWツールを達成した'98年のツールも、ドーピング問題で大いに揺れた。
発端は、フェスティナのチームカーで禁止薬物が見つかったこと。ビランクやツェーレをはじめ、フェスティナはチームごと除名され、レースを去った。
その後、夜中に叩き起こされて抜き打ち検査をされたことなどに選手が怒り、ステージをボイコットしたり、抗議の意味でレースから去るチームが続出。
'98年のツールは、そんな波瀾に富んだレースだった。

自転車競技の世界で問題となるドーピングはEPOというもので、筋肉増強剤のような一般的に広く認識されているドーピングというものとはちょっと異なる。
EPO(エリスロポエチン)というのは、赤血球の産出を促進するホルモン。もともと体内に存在する自然物質であるため、使用の判別が難しい。
よって、血液中の血球量を規定して、ドーピングの有無を検出している。
ヘマトクリット値と呼ばれるもので、50%以下というのが規定だ。50%を超えるとEPOの使用が示唆される、というもの。
ちなみに、'99年のジロで失格とされたパンちゃんのこの時の数値は52%。

ヘマトクリット値が増えると、血液がドロドロになる。これが50%を超えると、血管が詰まって死亡のリスクが高まるとされる。
実際、過去にはツールのモンバントゥという山の上りで、選手が急死する事故も起きている。ただし、この年は異常に暑かった年で、このときの死因は熱中症と言われているが(体内からアンフェタミンは検出された)。

まだ東ドイツがあった頃には、血液ドーピングというのも聞いたことがある。
これは、自分の血液をいったん採血して保管しておき、競技前に再度輸血して体内の赤血球を増やすという方法。
東ドイツではスポーツエリートを養成するにあたり、そんなこともしていたという話。
ちなみに、'97年のツールを当時23歳のウルリッヒが制したとき、悪い意味でなく、東ドイツで養成された最後のスポーツエリートなどと言われた。

90年代後半より、ドーピング問題が大きくクローズアップされるようになるにつけ、自転車競技にダーティーなイメージが定着してしまった。
一番衝撃的だったのは、ツールを7連覇したアームストロング。
ドーピングが明らかとなり、ツール7連覇のタイトルその他剥奪、自転車競技の世界から永久追放、さらにはスポンサーから超多額の返還訴訟を起こされている。
この人のは常軌を逸する規模で、EPOの他に血液ドーピング、テストステロン、副腎皮質ステロイドなどの使用歴があるとされる。
・・・非常に攻撃的な言動からもわかるとおり、この人は精神に問題があると言われている。

'96年ツールを制したリース、同チームでポイント賞のザベルも後年になってドーピングを告白。
その後も後を絶たない。ウルリッヒ、ランディス、バッソ、ビノクロフ、マヨ、ラスムッセン、コンタドール・・・。
特に、EPOより長い投与間隔でヘマトクリット値を維持可能なCERAの使用がヨーロッパで可能となった2008年以降は、もう泥沼。ツール・ド・ドーピングとまで言われるようになってしまった。
ドーピングの問題は根深く、現在においても根絶できていない。

ちなみに、パンちゃんが制した'98年のツールについても、今から数年前、ニュースになっていた。
出場選手のサンプルを後の技術で再検査した結果、総合上位1位、2位(つまりパンちゃんとウルリッヒ)を含む18名からEPOが検出され、総合3位(ユーリック)を含む12名が疑わしいと判定された、というもの。

確かに。この年のパンちゃんとウルリッヒには、ちょっと抜きん出た感じがあった。
残念ながら、そういうことだったのかもしれない。
'96年のリースも、ちょっと手のつけられない強さを発揮していた。

このように、ダーティーなイメージがすっかり定着してしまった感のあるロードレース。
ドーピングについて肯定する気はサラサラないけど、反面、わからんでもないという部分がないでもない。
というのは、たぶんロードレースというのは辛すぎるのだ・・・。

ご存知の通り、ヨーロッパでは自転車、とりわけロードレースは人気があり、歴史もある。おそらくサッカーの次くらいに盛んなのではないだろうか。
プロチームがいくつもあり、大小含めれば、シーズン中には毎週どこかでレースが行われているといった具合。一部の自転車先進国では、有望な子はジュニア時代からプロと変わらない生活を送っていたりもする。
そんなヨーロッパにおいてでさえ、他のプロスポーツと比べて収入は多くないと思う。いや、むしろ少ないのでしょうね。自転車だけで生活できるのなんて、プロの中でもごくごく一部の人に限られると思うし。
やっている仕事量と天秤にかければ、割に合わない世界なのではないかと思えてしまう。

ロードレースというのはチーム競技です。
個人競技の面がとても強いと思うけど(私見です)、まぎれもなくチーム競技。サッカーやラグビー、バスケットといったいわゆるチーム競技とは明らかに違うけど、チーム競技です。
1チーム9人。ゼッケンの下一桁が「1」から「9」までの9人の選手で構成されている。上の桁の数字はチームごとに異なる。例えば、20番代はメルカトーネウノとか。
通常、ゼッケンの下一桁が「1」の選手がエース、「9」の選手がサブエースで、残りの選手は全員アシスト。
ステージレースでは、チームによって平地のステージでは別の選手を立てたりもするが、基本的にエース以外は全員アシスト。

競技として独特なのは、アシストは初めから自分が勝つためではなく、エースを勝たせるためだけに走るという点。
チームの戦略や、チーム同士のかけひきがあり、そこが見ていておもしろく、チーム競技である所以なのだが、要するに、縁の下の力持ちであるアシストはキツイ・・・。
よほどラッキーなことが起こらない限り、どんなにがんばっても自分がレースに勝つことはない。しかも、アシストするのは肉体的にも精神的にも非常に辛い。
ドーピングでもしなきゃやってられんわ・・・ついついそんな気にさせられてしまいそうだ。
順位が上位のエース級の選手ばかりが脚光を浴びるが、ドーピングは何もエース級の選手だけの問題ではない。チームぐるみで関与していることが多い。

個人的に気持ちはわからないでもないが、やはりいかんですよね、ドーピングは・・・。何よりフェアじゃない。
でも、ロードレースに限らず自転車に限らず、競技というものがある以上、ドーピングというものは絶対無くならないでしょうね、残念ながら。
そもそもどこからがドーピングでどこまでは違うのか、明確に線を引くことは難しい。
そんなわけで、おそらく未来永劫、ドーピングとはいたちごっこになるんでしょうね。

これはドーピングとは違うけど、前にオリンピックのとき問題となった水泳における水着の問題。
これを聞いたとき、ドーピングのことが頭に浮かんだ。
おそらく考え方は近いものがある。本来の運動能力の競い合い、それとはかけ離れたところで競技に多大な影響を及ぼす、そんなところがドーピングと似ていた。
こんなのも含めて、いたちごっこは終わらないに違いない。
言い方を変えれば、これが技術革新や進歩ということになるのかもしれない・・・。

パンちゃんのこと、それからアシスト選手のことについて興味があれば、未知谷から次のような本が出版されています。
「マルコ・パンターニ  ピラータの生と死」 ベッペ・コンティ著
「ラフ・ライド  アベレージレーサーのツール・ド・フランス」 ポール・キメイジ著

パンちゃんのお墓のある墓地_サイズ変更 P1040138_サイズ変更
パンちゃんの眠る墓地                           きれいに整備されています

P1040165_サイズ変更 パンちゃんのお墓_サイズ変更
パンターニ家のお墓                            ここにパンちゃんも眠る

P1040157_サイズ変更 P1040152_サイズ変更
折り鶴を置いてきた                            感動をありがとう!パンターニは永遠に不滅です!

この日の夕飯_サイズ変更
チェゼナティコは食事も安くて美味しかった・・・観光地じゃこうはいきません

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マルコ・パンターニのおもひで

当ブログで継続的に訪問者のある記事・・・「チェゼナティコ」。
旅行中にイタリアのチェゼナティコを訪れた時の日記で、もうずいぶん前(2010年夏)のことになるのですが、今でも時どき訪問くださる方がおられてうれしい限りです。

知る人ぞ知る、「チェゼナティコ」はパンちゃんことマルコ・パンターニの生まれ故郷で、パンターニ博物館があり、パンちゃんのお墓があります(実家もあるはず)。
記事を訪問される方のほとんどは、パンちゃん絡みの検索から来ているのではないかと。つまり、自分と同じようにパンちゃん好きの人たちなのではないかと、勝手にそのように想像しています。
それで今回は、ちょっとパンちゃんのことを書いてみようと思います。もしかしたら、そんなパンちゃん好きの方たちと懐かしい当時のあれこれを共有できるかもしれません。
あわせて、博物館の写真も少々追加しておきましょう、現地の雰囲気がよりわかるように。

はじめてパンちゃんのことを知ったのは、'94年のツール・ド・フランス。
まだネットもCSもまともになかった頃だが、辛うじて夜遅くに地上波で放映していた。確かフジTVだったと思うが(それ以前の80年代はNHKで特番をやっていた)、当時は短い時間であったが毎晩放送していたと記憶している。

いやー衝撃的でしたね、パンちゃんの走りは。
カミソリのような切れ味、爆発的なアタック。山岳ステージでひとり異次元の走りをしていた。
当時はインドゥラインが絶対王者として君臨しているときだったが、そのインドゥラインもあっという間にちぎられる。衝撃でした。
インドゥラインという人は典型的なオールラウンダーで、TTにめっぽう強く、山でもクライマーに遅れないでついていける。
当時、圧倒的な強さを見せていて、ある意味ツールをつまらなくしていたのだけれど、そこへ彗星のごとくパンちゃんが現れた。
確か、プロデビューしてまだ二年くらいではなかったか。当時所属していたカレラチームには、同じイタリア人のキャプーチというエースがいて、やはりクライマーだったのだけれど、その年のツールでは完全にパンちゃんがお株を奪っていた。
山岳ジャージこそビランクが着ていたけれど(その年から'97年までツールの山岳王)、パンちゃん以外の人が着ているのが恥ずかしくなるくらいのインパクトが、パンちゃんの走りにはあった。山岳ジャージを着ていようが、何人なりと山ではパンちゃんにちぎられてしまうのだから。パンちゃんがアタックすると誰一人ついていけないのだから。
本当の山岳王は誰か、誰の目にも明らかだったけれど、こればかりは山岳ポイントの多少で決まるもの。たぶんその後も含めてツールでパンちゃんが山岳ジャージを着たことは一度もなかったと思う。

ちなみに・・・パンちゃんといえばスキンヘッドがトレードマークですが、'94年のツールのときはまだ髪の毛がありました。
翌年ツールで見たときスキンヘッドになっていて、その後はずーっとスキンヘッド。

もう20年も前の話になるんですね・・・。
当時、自転車はクロモリに代わってアルミフレームが幅を利かせ始めたとき。どのマシンもホリゾンタルの同じ形をしていた。
コンポでいえばカンパニョーロが君臨していて、シマノがはじめてツールを制するのはそれから数年してからのことだ。
まだヘルメットも義務化されておらず、レースでヘルメットをかぶるプロ選手はほとんどいなかった。特に山岳ステージでかぶる選手はほぼ皆無でしたね。
UCIでヘルメットが義務化されたのは2003年頃?それほど昔の話ではありません。気付いたら山岳でも全ての選手がヘルメットをかぶるようになっていた。

今は、逆になんでこんなにブームになっているんだろうというくらいロードバイクが流行ってますが(旅から日本に帰ってきたとき驚いた)、当時は、こんなにおもしろいのになんで誰も知らないんだろうというくらいマイナーだった。
どちらかというとMTBがちょっとしたブームになりつつあり、ロードとMTBの立場が今とはまったく逆でした。おもしろいですね。

パンちゃんは下りも上手くて速かった。上体を伸ばしてサドルの後ろに尻を落とす独特のフォームで、実にスムーズに、弾丸のように下っていく。よくパンちゃんのフォームを真似したものです(笑)。
独特といえば、上りでドロップバーの下を持ってダンシングするのも独特。レーサーパンツのパッドを好まず、わざわざとってしまうなどというのもパンちゃんくらいのものだ。

体形は完全にクライマーのそれ。華奢で、まさに天性のクライマーといった感じ。
身長:172cm、体重:56kg、体脂肪率は3%くらい。
驚くべきは平常時心拍数・・・1分間に36回。パンちゃんによらず自転車選手は皆、平常時の心拍数が低く、だいたい40回前後が平均値です。それが最大196回とかまで上がるのだからすごい。
この肉体が、一日に7,000kcalほども摂取しながらステージレースを毎日走るわけです。

ナイーブで、どことなく陰がある。口数も少なく、お世辞にも外交的とは言いがたい。が、気難しそうな反面、どこか愛嬌がある。
走りに加え、そんなパンちゃんに多くの人が魅かれたのだと思う。

自分のマシンに妙にこだわりがあるところもよかった。山では、頻繁に変速するわけではないフロントをWレバーにしてみたり。
軽量化という名目なのだろうけど、これで軽量化できる分なんて高が知れていて、要は気持ちの問題ということ。
選手の中には単なるレース機材と割り切って、自転車に何らこだわりを見せない人もいるが(アームストロングなんてその典型だったと思う)、パンちゃんはとことんこだわっているように見えた。
そんなマニアックなところも個人的にすごく好感が持てたし、自分と同じ歳、というところもどこか身近に感じられた。

パンちゃんといえば切り離せないのが落車。
それも、あり得ない外的要因に巻き込まれてしまうことが多く、とことんついてない選手だった。飛び出してきたネコを避けて落車したり、レース中になぜかコースを逆走してきた車に衝突したり、とにかくついてない。
'94年のツールでもいきなり落車していたし、'95年のレース中の事故で'96年は丸々一年、棒に振ってしまった。
これだけ落車に泣かされた選手も他にいないと思う。

それからもうひとつ、これはパンちゃんというより自転車競技界全体にかかわることだけれど・・・ドーピング問題。
長くなりそうなので、これについては次回書きます。

つづく

線路脇の表示板_サイズ変更 パンターニ博物館_サイズ変更

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P1040088_サイズ変更 P1040059_サイズ変更

P1040054_サイズ変更 P1040056_サイズ変更
トータルで一番長く乗ったのはカレラかな・・・?           '94ツールのときはこのカレラ

P1040045_サイズ変更
'98ツールのビアンキ(微妙にスローピングしている)・・・自分にとって一番印象深いマシン

P1040102_サイズ変更 P1040113_サイズ変更
触れることもできます                           "PIRATA" パンちゃんの愛称で海賊の意

P1040100_サイズ変更 P1040128_サイズ変更
サドルはセライタリアのフライトをずーっと愛用    フロントはWレバーになっていて、エルゴパワーの変速ユニットは抜かれている

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'99ジロのビアンキ・・・チームでパンちゃんのだけ黒塗装だった        カレラ時代のフレームスケルトン

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パンちゃんは絵を描くのも好きだったようである

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こちらはファンの方?の作品 パンちゃんといえばやはり山です!

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Author:nakappie
1970年生まれ。妻と二人信州伊那谷在住。
2009年10月~2013年5月の旅を記録するために”なかっぴー通信”をスタートさせました。
現在は伊那谷にて節約生活をしながら充電中。
2014年4月、ブログのタイトルを”なかっぴー通信NEO”に改めました。
信州伊那谷より~旅のこと、山のこと、自転車のこと、そして田舎暮らしのことなどなど・・・気ままに綴ってゆきます。
”おもしろきこともなき世をおもしろく”そんなふうに生きていけたらいいですね。

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