ミミズコンポストの収穫・2015秋

すっかり秋らしくなった晴れた9月末の土曜日、ミミズコンポストを収穫した。
前回記事にしたのは春先の4月のことだったから(春の訪れ・・・モグラ避け風車の効果とミミズコンポストのその後)、だいぶ間が空いてしまった。
その間、ミミちゃんたちは餌を与えるほかはほぼほったらかし状態だったのだが、しっかりと仕事をしてくれており、容器一箱分のミミズコンポストと2.5Lほどのミミズのオシッコ(スーパー液肥)を収穫することができた。

我が家のミミズポンポスト容器は、四層構造の上下分離式=キャノワーム方式(ミミズコンポスト)。
冬の間は屋内(玄関)に入れてあったが、春先からは屋外に設置してある(家の北側)。
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一階部分は液肥トレイで、二階より上の容器がミミズたちの生活スペース。二階~四階の間はミミズたちが自由に行き来できるようになっている。

最初は液肥トレイと二階部分の容器だけで始め、適当なタイミングを見計らって上に容器を増設していく。
現在、三階部分に餌を与えていて、三階部分もそろそろコンポストでいっぱいになるという状態。四階部分には餌を与えておらず、詰め物(百均で売っている天然ヤシ100%の園芸用土)だけを入れてあるのだが、ここにもミミズがいくらか移住してきている。

さて、二階部分のミミズたちはうまいこと三階以上に引っ越してくれているかどうか・・・。

その前に、まずは一階部分。ミミズのオシッコの回収。
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おぉぉ・・・たくさん溜まっている。
春先まではほとんど溜まることのなかったオシッコ(液体の副産物、コンポスト中の余分な水分)であるが、今回は2.5Lほど回収できた。これはそのまま優秀な液肥となる。
ちなみに、コンポストもオシッコもほぼ無臭。

春先以降、気温が上がると、ミミズの活動が活発になる。
そうなれば餌をガンガン与えて大丈夫。生ゴミをガンガン与えていたのだが、ガンガン分解してくれた。

我が家で与えていたのは野菜くず、果物の皮(柑橘類を除く)、玉子の殻、コーヒーとお茶葉のかす。
コーヒーのかすは、細かくちぎってやればフィルター紙ごと分解してくれる。玉子の殻は分解するのに時間がかかるが、これも見事に分解してくれる。

二階部分のミミズコンポストを収穫する。
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ビニールシートの上にコンポストをあけ、中に残っているミミズを拾い上げる。
狙い通り・・・コンポストの中に残っていたミミズは数えるほどで、今回は楽に分離できた。半ば自動的に分離できていた状態。
生まれて間もない細かい糸くずのような白いやつや、卵がけっこう交じっているのだけれど、これらを拾い上げるのは困難。
ミミズはたくさんいるので諦めて、つまめる大きさのやつ(と気付いたら卵)だけ拾う。
ここは諦めが肝要ではないかと思う。

ミミズコンポスト、順調に稼動中!
もう少ししたら、冬の前に三階部分のコンポストも回収する予定。
そして冬場はまた玄関内に移動する(つもり)。

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ポポの実・・・それは衝撃だった

「ポポ」という果物をご存知だろうか。
実は、自分は生まれてこのかた40年以上知らなかったんですよね・・・。
去年マユミからはじめてその名を聞いて(小さな菜園のある暮らし ポポの実)、今年はじめて食べてみた次第。

それは衝撃だった・・・その味と食感に、こんな果物がこの世に存在していたことに、そしてその存在を自分が40年以上も知らなかったことに。

これがポポの実。
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見た目は、黄色くないけどマンゴーっぽい。
こんな実が鈴生りになるのだが、鈴生りになる様もまさにマンゴーっぽい。
熟れても黄色くはならず緑色のままで、トロピカルフルーツを思わせる甘くて強い芳香がある。

こちらは皮をむいて切ったところ。
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見た目があまりよくないですが(自分はもう少し熟れてないほうが好み)、はじめて食べたら味と食感にビックリ!
味はズバリ、カスタードクリームのような、熟れすぎた柿のような、そんな感じ。ひたすら甘く、酸味はまったくない(厳密には、酸味は甘さに隠れて感じないだけらしい)。
食感はアボガド。ねっとりした感じがまさにアボガド。

これが衝撃的に旨い!
・・・のだけれど、あまりに濃厚でそれほど量を食べる気にはならない。いや、実際にそれほど量は食べられないだろう。毎日食べるのはちょっとキツイと思う。
アボガド並みに濃厚でねっとりした感じがいかにも高カロリーを連想させるが、気になって調べてみると、アボガドほどには高くなく、ちょうどバナナと同じくらい(100gあたり80kcalほど)。

このポポ、見た目といい味といい、いかにもトロピカルフルーツといった感じなのだけれど、驚いたことに北米原産である。
「ポポー」「ポーポー」「アケビガキ」などとも呼ばれ、「ポポー」あたりが標準的な呼び方のように思われるが、このあたりでは「ポポ」と呼ばれる。
英語では「Pawpaw」。
はじめて「ポポ」と聞いたとき、なんだそのふざけた名前は・・・と思ったが、単に英語名から来ているだけだった。妙に納得。

ポポの木は、バンレイシ科に属する落葉高木。
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葉はトチノキやホオノキのような感じで、大きさはちょうど栃の葉くらい。
バンレイシ科の中で唯一の温帯果実。寒さにめっぽう強く、日本ではほとんどの地方で栽培可能。

驚いたことに、ポポの実をいただいた人の話では、ポポの木には虫がつかないという。葉っぱにも、実にも、まったく虫がつかないという話だ。
本当かいな、と思って調べてみると・・・ポポの樹皮や種子、葉にはアセトゲニンといわれる強い殺虫成分が大量に含まれているらしい。
病虫害に強く、無農薬で楽に栽培できるとされている。

無敵ではないか、ポポ。
これほど美味しいものが、桃並みにデリケートに見えるものが、なんと無農薬で楽に栽培できるとは・・・!

唯一にして致命的は欠点は・・・熟すのが早く、保存が利かないこと。この点に関しては桃以上にデリケートである。
収穫後すぐに表面が黒ずんでしまうほどであるから、流通が難しく、大規模な商業栽培は困難といわれている。
直売所にたまに置かれていることはあるようだが、スーパーなどで見かけることが一切ないのはそのため。

日本には明治期に持ち込まれ、戦後、各地に急速に普及した。
果実が楽しめ、秋の紅葉が美しく、おまけに病害虫に強く、寒さにもめっぽう強いとあっては、まさに庭木向き。各地に普及したのも当然といえる。
・・・が、その後なぜかすたれる。果実の強い芳香(個人的には嫌なにおいではない)が忌避されたともいわれるが、実のところは謎である。
果実は確かに美味しいのだが、濃厚ゆえにそれほど食べられるものではない。そんな実が鈴生りに実り、なおかつ熟すのが早く保存も利かないとあっては、そんなに実られても処置に困ってしまう・・・という面もあったのかもしれない。

いずれにしても、このあたりでは戦後の食糧難だった時代に、栄養価の高いポポを植えて食べていたという話である。
お年寄りに聞けば誰でも知っている。
他所に比べるとポポの木はかなり残っていて、気にしてみると、庭に生えているのをよく見かけるし、畑や果樹園なんかの隅に植えられていることもよくある。
種の発芽率は高いようだから、我が家も空いたスペースに植えてみようかな。

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伊奈大島城と武田の狼煙リレー

自宅から最も近い城址は、村内にある大草城である(自宅から1.5kmくらい)。
その歴史は南北朝時代にまで遡ることができるが、戦国期の武田、織田の支配時代の記録に出てくることはまずないので、南北朝の頃の歴史に疎い自分には今ひとつピンとこない。

現在は大草城址公園となっていて、ちょっとした桜の名所にもなっている。
快適な憩いの場としての公園化ということでは成功しているといえるのかもしれないが、城址の保存という観点ではちょっと残念な結果となっている。
北ノ曲輪を壊して駐車場にしていたり、本曲輪の周囲を削り、その削った土で三本の堀を埋めてしまっていたり・・・といった具合だ。
大草城址によらず、このあたりの線の引き方は微妙であり(場合によっては利権が絡んだりもして)、いろいろ難しそうである。残っているだけまだマシなのかもしれない・・・。

大草城の次に近いのが、自宅から6kmほど南にある伊奈大島城(台城)。
こちらは武田、織田の支配時代の記録に登場し、武田や徳川を描いた歴史小説にも出てくる。そういった意味から、自分にとってよりリアリティーのある城だ。

甲州の武田家というのは、信玄在世の頃、その最盛期の版図が百二十五万石ほど。
本国の甲斐のほかに信濃、駿河、遠江の北部(今川領は義元の死後、家康と信玄によって分割され、遠江は徳川領に、駿河は武田領になった)、三河の東部、上州の西部、飛騨の北部、越中の南部にわたった大帝国である。
(とはいえ、信玄のような天才をもってしても領地がある意味この程度でしかなかったのは、小田原に老大国ともいうべき北条氏、越後に上杉謙信という大勢力がいて、互いに牽制しあって身動きが容易でなかったためだ。)

信玄がようやく西上を開始したのは彼が五十を過ぎてからであったが、西上をはじめてすぐ、世に言う三方ヶ原の戦いにおいて、大勝利を収めながら陣中で病没(徳川方は潰走し、その途上、家康が恐怖のあまり馬上で脱糞したのは有名な話)。
武田家は勝頼が後を継いだが、信玄と違い内政、外政の才を欠いたため一族、老臣たちの心が離れ、家勢が衰えてゆく。
長篠で織田・徳川の連合軍に敗れてのち数年後、織田・徳川・北条の三者同盟軍により攻め滅ぼされるに至る。

武田攻めが開始されたのは天正十年。既に信長は勝頼の力を大いに見くびっていて、自身は出陣せず、総大将は長男の信忠。
このとき関東口から攻め入ったのが北条氏政で、駿河口より攻め入ったのが家康。織田本軍は飛騨口と信州伊奈口の二手に分かれ、主力を率いた信忠は信州伊奈口から入った。

実はこのとき既に、信玄がつくった武田帝国というのは、その内実が腐りきってしまっていたらしい。
ことごとく織田方に内通したり、降参したり・・・まるで無人の野をゆくがごとく。
織田主力軍は岐阜城を経って七日目には、勝頼の弟が守る信州高遠城を陥落させるという迅速っぷり。

伊奈大島城もこのとき(一瞬ではあるが)歴史の表舞台に登場する。
伊奈口に対する武田方の前線司令官は、信玄の弟で、勝頼にとっては叔父にあたる武田逍遥軒(信綱)。
逍遥軒は裏切らなかったが、しかし逃げた・・・。
彼が死守すべき城であったのが、伊奈大島城。が、織田軍が現れるや戦わずに逃げ、諸所を転々としたのち織田方に見つけ出されて斬られた。
結局、武田家の一門のうち織田方に対して死力を尽くして戦ったのは、高遠城を守って奮戦した仁科信盛(勝頼の弟)だけということに。
高遠城が陥落すると、織田軍にとってあとは甲府までただひた押しに進むだけとなった。

ちなみに、武田の痕跡を微塵も残すな、というのが変わらぬ信長のやり方で、諏訪大社もこのときことごとく焼かれた(勝頼の生母の実家が諏訪氏)。武田一族の者は女こどもに至るまで見つけ次第に殺されたとされる。
駿河口から入った徳川軍のほうは、そのようなことはなかった。甲州人に寛大であった。
家康は信玄を尊敬していた節があり、武田滅亡後に武田家の浪人を大量に召しかかえた。こうして「武田の赤備え」は、「井伊の赤備え」へと継承される。

・・・そんな歴史をもつ伊奈大島城。
何度か訪れたことがあるのだけれど、久しぶりに晴れた土曜日(9月5日)、朝の散歩がてら自転車で再訪してみた。
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天竜川に沿って6kmほど南下したところに城山がある。
城址は現在台城公園となっており、入口はここから1kmほど坂を上った山の上にある。

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公園の駐車場にある案内板。
それを言うなら「綱張り」ではなく「縄張り」であろうに・・・どうしてこんなところでこんな間違いをするのか、まったくわからない。

公園内の曲輪は現在マレットゴルフ場となっているが(よくありがち)、武田流築城法による馬出や三日月掘、三つの曲輪とそれを取り巻く迷路のような空掘が当時のままに残されている。
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(左)マレットゴルフに使われている二ノ丸と、(右)その二ノ丸を取り巻く空堀

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(左)やはりマレットゴルフに使われている本丸と、(右)本丸からの北側の眺め(奥に見えるのが陣馬形山)

時間は9:00前だったのだが、この日はいつもと違って駐車場に車が何台もあり、本丸にも人がたくさんいた。
こんなに人が来ることもあるんだな、と本丸をぶらぶらしていると、「名前を書いてください」と一人のおっちゃんに声をかけられた。
言われるがままに名前を書くと、「狼煙体験」と書かれた冊子を手渡してくれた。
狼煙体験・・・おぼろに冊子を眺めてピンときた。ちょうどこの日は狼煙リレーの日だったのだ。
どうやら自分は狼煙上げのボランティアと勘違いされたようだ・・・。

これまで見たことはないけど、武田の狼煙リレーというものが伊那谷で行われていることは知っていた。このとき、我が村の陣馬形山の山頂でも狼煙が上げられる。
武田の領内では各地に狼煙台を設け、緊急時の情報伝達に使っていたと言われる。伊那谷においては、天竜川の流域地帯が比較的見通しが利くため、既存の城で上げたり、見通しのよい山頂や峠に設けた狼煙台で上げたりしていたらしい。
それを再現すべく、上伊那と下伊那の二十近くの市町村、地区が参加して、年に一度狼煙リレーが行われている。

もらった冊子によると、10:00頃から狼煙が上がる。
阿智の蛇峠山を皮切りに、泰阜~下條~飯田~喬木~豊丘~高森~松川~中川~飯島~伊那~箕輪とリレーしていく。
伊那や飯田では複数の場所で上げ、松川はここ伊奈大島城、そして中川は陣馬形山の山頂で上げられる。

冊子によれば、諏訪市は後日となっている(笑)。
肝心なところがつながっていないではないか・・・と思わなくもないが、おそらくこれは上伊那と下伊那のイベントで、諏訪は別の地域となるため連携がうまくいかなかったのではないかと想像する。

伊奈大島城で狼煙が上がるのは10:20。まだ一時間以上もある。
狼煙を上げるところを見てみたい気もしたが、久しぶりの晴れ間、家でやらねばならぬことがたくさんあるため、いったん帰ることにした。時間になったら、陣馬形山で上がる狼煙を家の近くから眺めてみるつもり。

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そして狼煙の上がる時間。奥に見えるのが陣馬形山。
稲穂がいい感じになっている。蕎麦の花も満開。ちなみに、蕎麦の花というのはウ○コ臭いのをご存知だろうか・・・。

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アップで。狼煙は思った以上にショボイ・・・。
この日は一部に雲が出ていて見にくいということもあったのだが、それにしてもショボイ。
これならそこかしこでよく見る野焼きの煙のほうがよっぽど目立つのではないか・・・と思ってしまった。

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実りの秋へ(なんだかんだ今年の夏は・・・)

一時の暑さはどこへやら。猛暑だ、熱中症だと騒いでいた頃が早くも懐かしい。
今年の夏はお盆で終わってしまった、それも見事なまでにスパッと。
お盆明けに一週間ほど実家に帰っていたのだけれど、毎日雨でした(涙)。二年ぶりに帰ったというのに・・・。

お盆を境に急に秋になった。
天気が悪く、日によって肌寒いくらい。残暑の余韻なんてかけらもなし。
それまで雨が降らないと騒いでいたのに、今度は日照不足。日が出ないという騒ぎ。
なかなかいい加減にならないものだ。

記録的な猛暑だと騒いでいたわりに、なんだかんだ今夏は冷夏だったのではなかろうか。
ここのところ日照不足で野菜の出来が悪く、それらは既に価格に現れている。特に葉もの野菜の値段が上がっているようだ。
伊那谷でもボチボチ稲刈りの季節であるが、今のところ米には影響がないように見える。
今後、日照不足の影響が深刻にならないことを祈る。

もう何年も前から感じているのだけれど、昔と比べて季節がずれてますよね?
三、四十年前に比べて季節が一ヶ月ほど前倒しになっている、そんなふうに思える。
雪融けが早けりゃ桜も早い。昔は桜といえば(東京あたりで)入学式の頃だったと記憶しているけど、今じゃ桜なんて完全に終わっている。
六月といえば雨がしとしと降っていたはずだけど、今じゃピーカンで猛暑といった感じ。代わりに五月にずいぶん雨が降るようになった。五月晴れなんてものにはそうそうお目にかかれなくなってしまった。
そんなわけで夏が終わるのも以前に比べて早くなったように思うけれど、それにも増して今年の夏は早く終わってしまった。

季節は秋へ。
今年もクルミの実が採れはじめました。
クルミに関して言えば、今年は豊作(年によってけっこう差がある)。特に一昨年、竹の根っこを駆逐するために地面を掘りまくったせいか、庭のクルミは去年は実りが今ひとつだったが、今年はすごいことに。
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軽く集めただけでこれだけの量に・・・まだまだ本格的に落ちるのはこれからだから、今年は庭に生えてるクルミだけで十二分な量が確保できそう。

ちなみに、クルミというのはこんな感じに実ります。
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まさに鈴生り(笑)。

いわゆるクルミというのは種の部分で、果肉の部分が熟れて腐ると取り出すことができる。(果肉を取り除いて水洗いするのがけっこう骨の折れる作業。)
青い実が熟れて茶色くなり、それから地面に落ちるわけだけれど、風などにより青いまま落ちてしまう実もある。が、青いまま落ちた実も果肉を腐らせれば同じようにクルミを収穫することができる。
青い実はまだ硬く、これがガレージや物置の屋根に落ちると、「ガンッ」とすごい音がする。夜中に落ちたりするとけっこうビックリする・・・。

クルミの木は黄葉、落葉とも他の木に比べてずば抜けて早く、七月末には早くも葉っぱが黄色くなりはじめる。
今の時季になるともう葉っぱはずいぶん落ちていて、新緑の頃に比べて庭がずいぶん明るくなった。加えて、久しぶりに晴れたこの土曜に、低い位置にある枝を剪定しまくったので、いっそう明るくなった。
玄関横の屋根に覆いかぶさっていた太い枝もバッサリ落とした。

テッポウムシにやられたシラカバは・・・
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弱った木ほどカミキリムシに狙われる傾向にある通り、今年は輪をかけてテッポウムシにやられまくり。枝は折れるわ、穴と木屑だらけで見苦しいわ、テッポウムシとは関係ないけど葉っぱがすすけて汚いわ・・・思い切って伐採することにした。
伐ってみると、もともと材が軟らかい上に、テッポウムシによって中が穴だらけになっているため、ビックリするくらい簡単に伐れた(涙)。
わざと高い位置で伐ったので、これから上に鳥の餌台を設置する予定。

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おまけ・・・ツルツルの垂直な壁で一日中こうしていられるカエルってすごいと思う。

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Author:nakappie
1970年生まれ。妻と二人信州伊那谷在住。
2009年10月~2013年5月の旅を記録するために”なかっぴー通信”をスタートさせました。
現在は伊那谷にて節約生活をしながら充電中。
2014年4月、ブログのタイトルを”なかっぴー通信NEO”に改めました。
信州伊那谷より~旅のこと、山のこと、自転車のこと、そして田舎暮らしのことなどなど・・・気ままに綴ってゆきます。
”おもしろきこともなき世をおもしろく”そんなふうに生きていけたらいいですね。

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