冬の野宿遍路 34日目 石手寺と道後温泉

2016/2/28 日
晴れ、朝4℃
始:7:15 ~ 終:18:05 歩行:21km
(日尾公園)0715 ~ 0730(50番繁多寺)0750 ~ 0830(51番石手寺)0905 ~ 1000(道後温泉本館)1210 ~ (祝谷) ~ (吉藤池) ~ (志津川) ~ (安城寺) ~ (大将軍神社) ~ 1450(52番太山寺)1515 ~ (和気) ~ 1550(53番円明寺)1610 ~ (内宮) ~ 1710(堀江海の駅) ~ <いったん幕営して撤収> ~ 1805(堀江中央公園)

今日こそは日中ポカポカ陽気で、まさに春といった感じだった。

朝、夫婦と思しき二人が広場にやって来て、ひとしきり社交ダンスの練習をしていた。
広場の地面に模様のようなものが描かれていて、てっきり子供の遊んだ跡だろうと昨日の夕方は思っていたのだけれど、どうやら社交ダンスの練習のためのマーキングだったようだ。
自分らのガキの頃と違って、今の子供がそんな遊びしねーか。

コーヒーとパンを食べて7:15発。
50番繁多寺(はんたじ)まで僅か15分。
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町中であっても朝の寺は気持ちがいい。お地蔵さんの帽子が暖かそう。

先にいらしていた、香川からという車遍路の方に絵葉書をいただいた。

続いて51番石手寺(いしてじ)へと向う。

石手寺には衛門三郎(えもんさぶろう)伝説というのがある。
衛門三郎というのは伊予の強欲な富豪で、ある日、托鉢に来た僧(空海)を箒で打って追い払った。
その翌日から三郎の子が次々と死に、悔やんだ三郎は八十八ヶ所を巡るが、二十一周目に12番焼山寺で力尽きた。そこに現れた空海は三郎の手に石を握らせ、再来を祈願した。
後に三郎の本家でこの石を握った男子が生まれ、その石は石手寺に納められた、というもの。
石手寺という名の由来であり、衛門三郎の八十八ヶ所巡りが四国遍路の始まりともいわれている。

その石手寺へと向かう途中、前から歩いてきたおっちゃんに声をかけられた。
おっちゃんは三瀬さんという。自身も何年か前に結願され、現在は宿泊場所のリストをまとめておられる方の一人。
そのリストは逐次ネット上で更新しているらしいのだが、自分らがスマホを持っていないのを知ると、三瀬さんはわざわざ家に帰ってプリントアウトしてくれた。
「自転車で追いかけるから」ということだったのだけれど、自分らのほうが今度はパグを散歩していたおっちゃんにつかまり(やはり数年前に結願したということだった)、三瀬さんを少々待たせる結果となってしまった。

道後温泉本館はなんと6:00から開いている!ということも三瀬さんに教わった。
どうやら時間的には道後温泉に入れそうである。

石手寺は、松山のもっとも賑やかといえるエリアにあるのだが、札所である以前に完全なる観光地だった。
大型の観光バスが次々にやって来て、お遍路ではない一般の観光客がどっと押し寄せる。

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(左)石手寺の山門と、(右)衛門三郎伝説の石像

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寺は雑多な感じで騒々しい。いわゆる日本の寺の雰囲気とは対極にある。
が、この感じはどこか懐かしい。ちょっとしたデジャヴ。
確かタイの寺がこんな感じだ。インドの寺院も、ヒンドゥーの寺院、シーク教の黄金寺院を問わずこんな感じだった。
スピーカーからお経が大音量で流れているところなど、イスラームのアザーンのようでもある。
なんとも懐かしい・・・。

それでも、これだけ人の押し寄せる場所というのは正直、今はうんざりだった。

寺からの遍路道がわかりにくい。
主に観光客相手の土産物店の人に訊いても、まったく要領を得なかったりする。

寺の裏手の山にいったん登り(境内の喧騒が嘘のように静かである)、町へと下るとそこが道後温泉である。
10:00に道後温泉本館に着いた。
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観光客でごった返す場所なのでどうしようか迷ったが(これまでにも何度か近くまで行きながら入ったことはない)、今回は入っていくことにした。
一期一会
最近富に思うのだが、こういった場合、次があるなどとは思わないほうがよい。

入ってみたら意外にも、温泉自体は思ったほど混んではいなかった。
入っているのは近所のご老人か観光客。観光客のほうは話の種に湯にざっと浸かるだけだから、非常に回転が速い。
結果、ずっと混んでいるということがない。

混んでいるのは二階の休憩室。
昔の面影を色濃く残しているらしく、もしかすると温泉自体よりこちらの休憩室の雰囲気を味わうことのほうが道後温泉を有名たらしめている真髄なのかもしれない。
別料金で、入浴と同額くらいとられるんだけど、常に満室状態だった。人数制限をしているため、利用するのは常に難しいのではなかろうか。

男湯のほうには浴室が二つあり、東湯と西湯に分かれている。どちらにも浸かったがつくりは一緒。
つくりを見る限り、湯船も壁も、漱石の当時のものは何ひとつ残っていないだろう。お湯も特にこれといった特徴がない。
そういった意味で特に惹かれるものはなかったなぁ・・・これなら例えば八甲田の酸ヶ湯温泉あたりのうほうがグッとくる。

道後温泉は日本でもっとも古い温泉のひとつで、その歴史は神話の時代も含めて三千年に及ぶらしいが、今の時代にここまで有名なのはやはり坊ちゃんの影響が大きい。
坊ちゃんの頃は松山から汽車で行く郊外であったが、今ではこのあたりが松山の中心地となっている。
三瀬さんから聞いた話によると、道後温泉のある場所はもともと石手寺の敷地であったらしい。
ちなみに入湯料は410円。

道後温泉にのんびり浸かり、これにて松山に思い残すことはなくなった。
次の52番太山寺(たいさんじ)へと向う。
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市街地をこれ以上歩くのはやめて山田のほうから迂回

太山寺の手前、松山北中の近くに大将軍神社というのがある。
地図で見つけ、いったいどのような由緒の神社なのか非常に気になった。
ルート上にあるので寄ってみたのだけれど、由緒書きも何もなくて何ひとつわからずじまい。いったい大将軍とは誰を指しているのか???
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大将軍神社・・・隣はトイレのある公園で、いいテン場である。

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52番太山寺。嘉元三年(1305年)に松山城主が寄進した入母屋造り本瓦葺きの本堂は国宝に指定されている。

太山寺から、山中を北の勝岡へと延びる遍路道があるはずなのだが、入り口がよくわからない。
境内でいよかんを売っていたおっちゃんに道を訊くと、以前の遍路道はもう使われていないらしい。山門のところから道が出ていると念のため教えてもらったのだが、よくわからなかった。
おっちゃんは売り物のいよかんを接待してくれた上、この先のテン場のことをいろいろ教えてくれた。
堀江に公園があるし、一番いいのはその先にある海の駅だと教えてくれたのだが・・・。

廃道となった遍路道はわからなかったので、県道まで下って53番円明寺(えんみょうじ)へ。
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参拝を終えたらテン場探し。目星がついているので気は楽だ。
寺を出てそのまま県道を歩いているとコスモスを発見。明日の行動食をしこたま買い込む。

その先、堀江の公園にはまだ人がいて、道路にも近くてうるさそうだったのでひとまずパス。
そのまま行くと海の駅があった。
ザックを下ろし、一通り偵察。例によって注意書の類を熟読する。
ここは店などは一切なく、交流場所として使われている一室があるのみなのだが、その場所は夜間シャッターが閉まる。
注意書されているのはそのことのみで、これならばとテン場に当たるをつける。

先ほど近くの家の前を通りかかったとき声をかけてくれたおっちゃんが、わざわざ自転車でデコポンを持ってきてくれた。
おっちゃんに訊くと夜はトイレも閉まるということだったが、閉まるのが21:00というから大丈夫。その時刻にはもう寝ている。

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うみてらす(ほりえ海の駅)から眺める夕日

一番落ち着く、水道のある緑地帯に幕営した。
が、ちょうどテントを張り終えたとき、道路の向こうの食堂の人がやって来て告げられた。
「ここはテントはダメなんです」

へ???
太山寺のおっちゃんが勧めてくれた場所だし、今しがた近所のおっちゃんにも確認した場所だったので、まさに寝耳に水だった。
世の中なかなか難しい。

公式にダメなわけではないのだろうな、とは咄嗟に思った。
公式にダメなら注意書にそう書けば済む話だし、誰も勧めてくれはしないだろう。

特に四国の公園は、お遍路という文化のあるところだから、幕営するのは暗に認めてくれているところが多い(ように思う)。
注意書を読むと、どこも野球やサッカー、犬を連れてくるのは禁止と書かれているのだけれど、キャンプ禁止とは書かれていない。抜け落ちているのではなく、たぶん敢えて書いていない。お遍路の野宿は大目に見てくれているのだと思う。

ここもたぶん、公式に幕営が禁止されているわけではないのだと思う。
が、ダメという人がいればどくより仕方がない。

時刻はもう18:00。どくといってもさてどこへ・・・?
ここがダメだと言った店の人は、堀江中央公園を勧めてくれた。
今から公園まで戻るのも癪だ。が、こんな時間からまったく不透明な先へ突っ込むのは危険。
仕方なく先ほどスルーした公園に戻って幕営。

堀江中央公園はお遍路休憩所となっていて、野宿も(たぶん)大丈夫な場所である。
が、休憩所となっているのに明らかにあまり歓迎されていない、ちょっと異様な雰囲気の公園だ。
「ゴミをきちんと捨てろ」とか「監視しています」とか「110番通報します」など、乱暴な字でやたらと書きまくってある。
以前に迷惑なことをした人がいたのか、それとも管理人が神経質すぎるのか。
たぶん迷惑なことをした人がいたのだろう。お遍路かどうかわからないが、そういう人のせいでいいとばっちりだ。
いずれにしても・・・トイレの個室の中にまで「監視しています」と書かれているのはちょっと異常だ。

石がまったくなく、地面が硬くて刺さらないペグで強引にテントを張る。
いつも以上にMSRの点火に気を遣う。
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天気予報によると、明日の午前中は雨らしい。昨日までそんなこと一言も言ってなかったのに・・・。
明朝はMSRを使うのをやめて、早々にテントを撤収して東屋の下に避難することにしよう。

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冬の野宿遍路 33日目 いよいよ松山

2016/2/27 土
晴れのち曇り、夕方雨、朝-6℃
始:7:30 ~ 終:16:30 歩行:27km
(仰西休憩所)0730 ~ 0825(明神休憩所) ~ (三坂峠) ~ (桜) ~ (榎) ~ (槙谷) ~ 1200(46番浄瑠璃寺)1220 ~ 1230(47番八坂寺)1250 ~ (スーパーえばら) ~ (久谷大橋) ~ 1420(48番西林寺)1450 ~ 1600(49番浄土寺)1620 ~ 1630(日尾公園) ~ 17:30(幕営)

昨晩は冷えた。
霜が降り、3:00頃トイレに起きたときはテントが真っ白だった。
朝、MSRの熱でいったん融けたものが再び厚く凍る。こいつが性質が悪い。
そのままたたんでしまうとフライが切れてしまいそうなので、緩く丸めてザックの外にくくりつけて歩く。後で日に当てて乾かすつもり。

コーヒーとパンを食べてからテントを撤収。出発したのは7:30であったが、既に昨日言葉を交わした工事の交通整理のおっちゃんたちが出勤してきていた。
寒い中、早くからご苦労さまです。

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(左)凍ったフライはザックにくくりつけて
(右)もしかして久万ではリンゴがとれるのか?

明神休憩所で休んでいると、大阪からというお遍路が追いついてきた。昨日、八丁坂の上り口ですれ違った人である。
話をすると今日が26日目というから、33日目の自分らより7日も速い。
ルートにもよるけれど、宿泊まりだとやっぱ速いな・・・。

今日も寒い。9:00を過ぎても日差しの暖かさがまったく感じられない。
が、天気予報によると昨日が寒さの底らしく、今日は気温が上がる見込み。
何よりこの先の三坂峠を越えれば一気に標高が下がるから、これ以降もう昨日のような寒さはないだろう。
こう寒いと自宅の水道管が心配になる・・・。

三坂峠からは、江戸時代には松山平野がよく望めたようだが、現在は木が邪魔でよく見えない。
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(左)寛政12年(1800年)の三坂峠の絵図と、(右)現在の三坂峠(杉の人工林の向こうに松山平野が広がっている)

日本の歴史上、今がもっとも緑が濃いのではなかろうか。
少なくとも江戸時代よりは間違いなく濃い。江戸期はここに限らず、どこの山も禿山である。

三坂峠から桜の集落あたりまで下ると、だいぶ暖かくなった。のどかな山村風景の広がるいいところである。
お地蔵さんの前を借りてテントとフライを日に当てて乾かしていると、近所のお爺さんがやって来て(80も半ばのお歳だったが、背すじがぴんとしていてとてもそんなふうには見えない)、いよかんを接待してくれた。
言葉を交わしているうちにお爺さんの話に火がつく。
いろいろおもしろかったけど、話が延々と終わらず一時間近くもテントを干す破目に・・・おかげでテントもフライもすっかり乾いた。

「あそこに見えるのがお城でしょうが」
と、お爺さんは指しながら教えてくれた。
いかにも松山っぽい話し方が耳に心地よい。

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下界へ下る

桜のあたりはのんびりしていていい感じだったのだが、下るにつれて車が増え、だんだん不快な世界に。

46番浄瑠璃寺(じょうるりじ)、47番八坂寺(やさかじ)、48番西林寺(さいりんじ)と続けざまに打つ。
ここからはもう寺が次々に現れ、納経している人にとってはスタンプラリー状態だろう。

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46番浄瑠璃寺

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(左)47番八坂寺  (右)その先はもう住宅地ですよ

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48番西林寺

町部にある寺は人も多い。
寺自体も急に俗っぽくなってしまう。
そこには岩屋寺のような荘厳さはもはや感じられない。
実質的にお遍路は45番岩屋寺で終了だ(札所の数でいえばまだ半分だけど・・・)。あとは消化試合といったふうだろう。

西林寺の先からは不快指数がMAXとなる。
道が狭いのに車が多くてどうしようもない。
早く松山市街を抜けたいものだ・・・。

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不快指数MAXの図

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完全に住宅地の中にある49番浄土寺(じょうどじ)

浄土寺に着いた頃から雨がぱらつきはじめた。
暫し様子を見てから寺をあとにする。

もうね、こんなところにテントなど張れるのだろうかという場所なんだけど、意外にも日尾八幡神社(立派な神社である)に隣接した日尾公園は素敵なテン場だった。
立地条件を考えると奇跡のような場所である。

公園は広く、見回っているうちに本格的な雨となってしまった。
東屋の下で暫し雨宿りをし、雨が弱くなったところで石を探し集め、17:30過ぎに一段上の広場に幕営した。
広場のさらに上には東屋のある展望台があり、ここにも幕営可能(ただし水、トイレは近くにない)。
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ときに、久万から松山にかけては大師堂がたくさんあった。
そりゃオリバーも泊まるわけだ。
お堂に泊まるということに対し、おそらく日本人より外国人のほうが抵抗がないように思う。
自分らが外国で教会やモスクに泊まるようなものだろう(あまり抵抗がなかった)。

明日は道後温泉に入りたいところだが、時間的にどうだろう。朝早くて開いてないだろうか?
道後温泉までは二つの札所を挟んでもう5kmほどしかない。
明日が日曜というのもタイミングが悪い・・・。

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冬の野宿遍路 32日目 たぶんここがお遍路のハイライト

2016/2/26 金
晴れ、朝-5℃
始:7:20 ~ 終:17:15 歩行:24km
(農祖峠手前テン場)0720 ~ 0730(農祖峠) ~ (越ノ峠) ~ (中村) ~ (日の出橋) ~ (槙谷) ~ 1055(八丁坂) ~ 1145(45番岩屋寺)1230 ~ 1300(八丁坂)1325 ~ (畑野川) ~ 1525(44番大寶寺) ~ (久万) ~ 1715(仰西休憩所)

思うに、お遍路のハイライトはたぶんここであろう。
寒くも楽しい一日だった。

冬のヨーロッパで経験した森のマジックは日本でも健在だった。
濡れたテントを森(日本の場合は山林だが)の中に張るとあら不思議、テントがすっかり乾いてしまう。
昨晩幕営したのはじめじめした杉林の中だったが、そんなところでもテントが乾いてしまうから本当に不思議だ。

コーヒーとパンを食べて7:20発。寒くてイヤーウォーマーとグローブをして歩く。
幕営したのは標高580mほどの地点。そこから峠までは僅か10分、標高差にして70mほどだった。
思ったより浅い山だった。

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農祖峠(のうそのとうげ)を下った馬酔谷(あぜびたに)の集落。山は思ったより懐が浅かった。

峠から下り、R33を横切って、その先の久万川に架かる橋を渡ったところで地図を確認していると、おっちゃんに声をかけられた。
今から行こうとしているルートは上り下りがあって大変、こっちから行ったほうがいいと教えてくれたのは、44番大寶寺(だいほうじ)経由で往復する道だった。みんなこっちのルートをとるということだった。
あまりに熱心に説明してくれるので、ありがたく伺う。
が、やはりそのルートはつまらなさそうだ。

おっちゃんがあまりに力説してくれるのでどうにも断りにくく、いったんおっちゃんの教えてくれた道に入り、木の陰に隠れて様子をうかがう。
おっちゃんは、心配そうにしばらく見送ってくれていた。
おっちゃんが見えなくなったのを確認して元のルートに戻る。
いったい何をやっているんだか・・・。

が、そうまでしてとったルートは正解だった。
中の村から槙の谷へと至る道沿いは、時が止まったかのよう。
特に、今は住む人のなくなった槙の谷の最奥の集落跡は、変な言い方だけど、素晴らしかった。なんともいえない郷愁をそそられる。

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(左)こちらは中の村の集落  (右)「道順等分からない事があれば、近くの従業員にお尋ね下さい」・・・なんて親切な建設会社なんだ・・・

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(左)明治十五年開校、平成二年に自然閉校となった槙谷分校  (右)木造校舎の前にかまどがあった

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(左)こちらは集会所かなにかの跡  (右)住む人のなくなった廃屋が点在している・・・こういう薪の風呂がうちにも欲しい

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(左)槙の谷の集落にある神社  (右)いい家なのにもったいない(いや、ここはまだ人が住んでいただろうか???)

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一部は自然にかえりつつある

非常に印象深い場所だった。
何年か後にもう一度訪れてみたい、そんなふうに思える場所。

八丁坂の茶店跡にザックをデポ。
ここから45番岩屋寺(いわやじ)までは往復4kmほどである。

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八丁坂の茶店跡・・・野尻から中野村を経て槙ノ谷から上がる「打ちもどり」なしのコースとの出合い場所、と説明書きにある。
七鳥村の組内三十戸ほどの人たちが、この道こそ本来の遍路道であることを示そうと、意気込みを持って延享五年(1748年)に建てた「遍照金剛」と彫った大石碑が建っている。

ここから岩屋寺までの遍路道は素晴らしい。
道を行くと、逼割(せりわり)行場に出る。
山岳修験者たちが修行を積んだであろう行場である。

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岩屋寺はたぶんお遍路のハイライトだ。
こんなグッとくる寺はこれまでなかったし、この後もないだろう。
訪れた時刻もよかったのか、寺には他にお遍路が一人いただけでとても静かだった。寺の雰囲気にどっぷり浸かった。
あまりに雰囲気がよかったものだから、当初の予定にはなかったのだけれど、岩屋寺で急遽白衣に朱印をもらった。

44番大寶寺から下の県道を来ても、この感動は得られまい。
ここはやはり八丁坂から来ないと。
できれば中の村、槙の谷を通ってくると、さらに感動が倍加すること請け合いだ。

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45番岩屋寺の山門(左)と大師堂(右)

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こちらが本堂

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本堂横にある梯子でテラスまで登れるが、これはけっこう怖い。自己責任でどうぞ!

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その名の通り、岩屋寺!
岩質は砂岩で、西上州の妙義山に近い。落石も多いだろうから維持管理が大変であろう。
なんでわざわざこんなところに・・・と思わなくもない。

岩屋寺からザックをデポした八丁坂の茶店跡まで戻ると、お遍路が一人いた。
言葉を交わすと岡山からの常連さんで、この先のテン場の情報などをいただいた。
「この道はいいね、もう他にこんな道はないやろな」
と言っていたが、まさに同感。ここがお遍路のハイライトだと思う。

八丁坂を下ると、そこからのルートはやはり退屈な車道歩きだった。
峠御堂トンネルの手前から山越えの遍路道に入る。

トンネル手前の山の斜面は、重機を使って大掛かりに皆伐していた。
愛媛のこのあたりは林業が盛んだ。
昨日だか一昨日あたりは道路沿いに製材所もたくさんあった。

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重機がおもちゃのように見える、壮大なスケールの皆伐風景。
前がほとんど見えない状態で巧みに木材運搬車を操っているが、一歩間違えれば谷底へまっさかさまという危険な場所。

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44番大寶寺・・・打ち終えて町へ下る途中に山門(右)があった

44番大寶寺を打って出発の準備をしていると、外国人のお遍路が歩いてきた。
どこか好感の持てる風貌をしていたので話しかけると、外国人が日本語を話せるとは微塵も期待してないので英語で話しかけたのだけれど、相手の喋り方がどうもたどたどしい。
これは絶対英語圏の人じゃないわ、と思ったのだが、オーストラリア人だった(笑)。
彼、オリバーは一所懸命日本語で話そうとしていたようだ。
もしかしたら簡単な会話なら日本語でできたのかもしれない。悪いことをしたかな、と後になって思った。
「歩いている?」と片言の日本語で質問されて、こちらは「イエス」と答えてしまうちぐはぐさだった。

オリバーもいきなりこちらに親近感を抱いている様子だったのだが、なんと!何日か前に温泉で自分を見たという。
そういえば臥龍の湯に入っていたとき、髭を蓄えた若そうな外国人が入ってきたのだが、実はそれがオリバーだったのだ。
いやーそうでしたか。

オリバーは高知からスタートして二週間くらいということだった。
温泉が大好きらしい。
どのくらいの頻度で温泉に入っているかと訊かれたので、十日から二週間おきくらいだよと正直に答えたら、オリバーのほうはニ、三日に一度入っているということだった。
自分らよりずっと入っている(笑)。

「(日本人の)君らにとってテン場を探すのは簡単かい?」とも訊かれたので、
「難しくはないがそう簡単でもない」と答えた。家がたくさんあって人がたくさん住んでいるから、という理由を添えて。

正直、諸外国と比べて日本は野宿がしやすいかというと、自分の経験に照らすと答えは否だ。自国の事情をよく知る日本人だからなのかもしれないけど、非常~に気を遣う。
その理由を考えてみると、一つにはオリバーに説明したとおり人がたくさんいるから。
平地が少なく、平地に対して人口が多いから、どんな辺鄙なところでもたいてい人が住んでいる。
が、最大の理由はおそらく違う。
最たる理由は、おそらく文化的なものだ。

キャンプという文化が日本にはない(浅い)。
前にもどこかで書いたけど、日本でキャンプといえばオートキャンプや林間学校、臨海学校のようなものをまずイメージするに違いない。
それはつまり花火やキャンプファイヤー、BBQのイメージに直結し、どうしても大勢でワイワイがやがややる騒がしいもの(うるさいもの)というイメージが拭えない(ま、実際そのイメージで間違ってないと思うけど・・・)。
どこかその辺の(自宅や仕事場の近くの)公園や広場のようなところに誰かがひっそりテントを張っていたとして、それを快く思う、とまでは言わないまでも許容するおおらかさは、自分を含め日本人にはないと思う。
テントを張る側のマナーの問題もあるだろうし、許容する側のおおらかさが足りないということなのかもしれないけど、いずれにしてもいろんな国でキャンプをしてみると、日本ほど野宿のしづらい国というのはそうないように思える。

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オリバーは、昨日は小田の小さな寺(たぶんどこかのお堂)に泊めてもらったらしい。
なかなかよくわかっているではないか、オリバー。
自分らと同じ日本語オンリーの地図を見て歩いているのだからすごい。自分らがアラビア語の地図を見て歩いているようなものだろう。
河合の休憩所で快適に幕営できそうだったので、今日のテン場の情報として、オリバーに地図を見ながら教えておいた。
グッドラック!

オリバーと別れて久万の町へ下る。
GSでガソリン購入。続いてセイムスで明日の夕食と行動食を買い出し。今晩の夕食は手持ちがある。
これにて幕営準備は整った。
今宵のテン場には、R33沿いにある仰西休憩所を考えていた。八丁坂で会った岡山の人も泊まれると言っていたし。

最後に寄ったサークルKから1kmほど歩いたところにその休憩所はあった。
地図を見る限りR33沿いかと諦めていたのだが、着いてみたら国道から下った川の対岸にあり、絶好のロケーションではないか。これなら車の騒音も気にならない。
すぐ近くで工事していたおっちゃんらが引き上げるところで声をかけ幕営。今日はうまくいった。
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久万はけっこう寒くて、20:00過ぎの気温が-5℃。
近くにスキー場もある。

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冬の野宿遍路 31日目 農祖峠遍路道

2016/2/25 木
晴れ時どき小雪、朝-2℃
始:7:55 ~ 終:17:45 歩行:33km
(内子運動公園)0755 ~ (内子) ~ (大瀬) ~ (突合) ~ 1305(小田) ~ (三島神社) ~ 1600(真弓トンネル口休憩所) ~ (父二峰) ~ 1730(農祖峠入口) ~ 1745(農祖峠手前)

雨は朝には上がっていたが、テントはびしょ濡れ。
コーヒーとパンを食べてテントを撤収。7:00頃から日がさしたので、テントの水を切るため暫し日に当てる。
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7:55に出発。
昨日は暗くてわからなかったが、運動公園から内子市街はそう離れていなかった。

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ザッツ昭和!昭和の雰囲気が色濃く残る内子の町中はなにやら懐かしく、ほっこりした気持ちになる。

内子を出るとR379に合流。
そこからはずっと国道歩きが続く。小田川沿いにR379を東へ。

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小田川もきれいである。四国の川はどこも水がきれいだ。

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(左)バス停で休憩中の図
(右)心惹かれた川沿いの三階建ての家。昭和の香りがプンプンする。

突合の分岐を右へ。道はR380となる。
44番札所へ向うのなら分岐を左へ行き、鴇田(ひわた)峠を経由したほうが早いのだが、45番を先に打つつもりなのでここは右へ。
44番と45番は、順番通り44番を先に打つと、45番へは必然的に同じ道を往復してくることになる。
それではつまらない。同じ道を二度歩くのはできれば避けたいので、45番を先に打つことにした次第。
ここは45番を先に回ったほうが自然なルート取りができる。

小田の町中に入り、ひとまず手前にあるAコープで買い出し。
今ひとつ用が足りなかったので、その先にあるアップルストアにも寄ったのだけれど・・・なんと14:00~16:00の間は昼休みで店が閉まっていた(泣)。
店に着いたのは14:02であったが、既にカーテンが閉まっていた。なんて時間に正確な店なんだ・・・。
これ以上の買い出しは諦めた。

道は小田川沿いを離れ、今度は大平川に沿って東へ。
冬型で寒い。
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遠くに雪雲が見え、ちょっと標高の高いところは薄っすらと白くなっている。
日野川のあたりまで来ると、雪がチラチラ飛んできた。

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写真ではよくわからないが、すごい急斜面に家が建っている。
まるでネパールみたいだ。ヤクが歩いていても何の違和感もないようなところである。

三島神社の先でいったん国道を離れ、遍路道でショートカット。
再びR380に合流してから畑峠への道を分け、ひたすら東へ。
ちなみに畑峠への道に入ると、畑峠を経由して先の鴇田峠遍路道に合流することができる。

真弓トンネルまで上りが続く。トンネルの標高が570m。
そこから100mほど下り、父野川の分岐から二名川沿いに北上する道に入る。

トンネルを抜けた先からテン場を探し始めたが、毎度ながらちょうどテン場のデッドゾーンに入ってしまい、幕営適地が見当たらない。
思っていた以上に人家があるのだ。

農祖峠(のうそのとうげ)に続く山道の入口に通行止の標示があったが、通行可と上書きされている。
その上書きを信じて山道に入ろうとしたところ、分岐のちょっと先で犬を散歩していたおっちゃんに声をかけられた。
もしや通行不可と言っているのではないかと思い、おっちゃんのほうへ歩み寄ると、おっちゃんのほうもこちらへ歩いてきてくれた。
「通れる」という話だった。ホッ・・・。
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今から峠を越えると暗くなる、ということをおっちゃんは心配してくれていた。
幕営したいだけで峠を越えるつもりはなかったので、テン場について訊いてみた。
15分ほど上ったところに分岐があり、峠に行くのは右だが左へ行くと平坦部がある、と教えてくれた。水はどこでもとれるらしい。
山に入ればこっちのものと思っていたが、それはいいことを教えていただいた。
どうやらその付近はおっちゃんの山であるらしい。そんなことも言っていた。

しばらく上って分岐を左へ入ると、おっちゃんの言っていた通り廃車の軽バンがあった。
その後ろが比較的平坦だったので、そこに幕営。
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今日はけっこう寒かったが、山に入ると風がなくなった分暖かく感じられた。

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Trackback [0] | Comment [0] | Category [■ 003_Iyo / 伊予 26札所 360km] | 2016.05.12(Thu) PageTop
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冬の野宿遍路 30日目 臥龍の湯

2016/2/24 水
曇り時どき晴れ、朝-1℃
始:7:15 ~ 終:18:15 歩行:23km
(関地池)0715 ~ 0805(鳥坂峠) ~ 0925(札掛ポケットパーク) ~ 1040(臥龍の湯)1430 ~ (大洲) ~ (新谷) ~ 1815(内子運動公園)

昨日幕営した場所が完璧すぎて、テントにまったく風が当たらず。夜中からガスっていたのでテントはびっしょり。
朝になっても薄っすらガスっていた。
コーヒーとパンを食べて7:15発。

R56まで下り、すぐに鳥坂峠への遍路道に入る。相変らずガスっている。
下が濡れていて、座って快適に休める場所がない。

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(左)関地池から下る  (右)何もないけど鳥坂峠

再びR56に出て、札掛のポケットパークでようやく一本とる。
R56沿いでうるさいだろうが、東屋の下に一人用の小さなテントなら張ることができる。

引き続き不快なR56を行く。
交通量がけっこうあるのに路側帯が狭く、なかなかに不快。見通しも悪く、道路を横断するのはけっこう危険。
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さて、本日のミッションは大洲で温泉に入ること。温泉であろうとなかろうとこの際どうでもよいが、とにかく風呂に入ること。
地図によると本日のルート上には二つ、温泉施設がある。
先に現れるのが臥龍の湯、大洲の市街地にあるのがオズの湯。
定休日という可能性もあるので、もし開いていれば迷わず臥龍の湯に入ってしまおうという作戦。

果たして行ってみたら、開いていた。
結論を言うと、臥龍の湯はオススメだ(550円)。
外には無料の足湯もあるし、さらにはちょっと手前のトイレのある場所は幕営も可能(よく確認してないけど)。
タイミングさえ合えば、桂浜のときのように温泉に入ってそのまま近くに幕営するという快適プランも可能である。

11:00~14:00まで三時間ほど湯に浸かる。
入っている間にカメラとヘッドランプのバッテリーを充電。相変らずヘッドランプのほうは満充電にならず。
Tシャツ、パンツ、靴下を洗濯。こんなことを言うと怒られそうだが、洗い場の一つ一つに仕切りがあるので洗濯しやすい。
露天風呂はもちろん大好きなサウナもあるし、本当にオススメの温泉だ。

自分らのようなスタイルだと、行動時間を削って温泉に入らねばならないので非常に効率が悪い。
ま、サッと温泉に入ればいいだけの話なんだけど・・・温泉大好きで普段から三時間くらい平気で入っている自分には非常に難しい。せっかくだから、などと貧乏根性が働いてしまうのもハードルを高くしている原因である。
いずれにせよ、宿泊まりなら夜のんびり風呂に入れるわけだから申し分ないですね。

温泉から上がって荷物を整理、14:30から再スタート。
ザックに洗濯物をぶら下げて歩く。
肱川を渡りながら大洲城が見えた。

大洲の市街地はR56を辿る。
郊外に行けばコスモスがあるだろうと、市街の中心部にあったスーパーやドラッグストアはことごとくスルー。
R56をしばらく行くと、遠くにコスモスのピンクの看板が見えてきた。大当たり。
近づくと、なんとすぐ手前にはダイレックスまであり、もうどうしていいかわからない状態(笑)。
手前にあったダイレックスのほうに行ってみたのだが、ここだけでは用が足りず、結局コスモスもハシゴ。
行動食のパンをしこたま買い込んだ。ローソクと線香も購入。

あとはテン場を求めてひたすら歩くだけ。
今宵のテン場には地図にあった内子運動公園に狙いを定めていたのだが、けっこう距離があるので手前にいいテン場があれば適当に幕営するつもりでいた。

R56はしばらく、郊外型のチェーン店ならなんでもあるという状態だった。日本のどこに行ってもある、どこに行っても同じ、どこにいるんだかわからない、あの状態。

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両側に大型の店舗が連なる賑やかな道路がしばらく続く

不快なR56を外れても、しばらくテン場はない。
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新谷の町中

黒内坊からようやく遍路道に入ったと思ったら、今度はヌタヌタの湿地帯。
こんなところに本当に運動公園があるのかと思っていたら、唐突に現れた。
18:15着。すぐに暗くなった。
夜は雨が降るかも、という天気だったので屋根の下に幕営したかったのだが、残念ながら東屋の下にはテーブルとイスが固定されていた。
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せめてもと藤棚の下に幕営した(翌朝撮影)。

幕営中に雨がパラパラ降ってきた。
20:00頃から本格的な雨となり、断続的に降り続いた。

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1970年生まれ。妻と二人信州伊那谷在住。
2009年10月~2013年5月の旅を記録するために”なかっぴー通信”をスタートさせました。
現在は伊那谷にて節約生活をしながら充電中。
2014年4月、ブログのタイトルを”なかっぴー通信NEO”に改めました。
信州伊那谷より~旅のこと、山のこと、自転車のこと、そして田舎暮らしのことなどなど・・・気ままに綴ってゆきます。
”おもしろきこともなき世をおもしろく”そんなふうに生きていけたらいいですね。

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