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熊野古道から 2017冬 4日目 伯母子峠を越えて~ここが全行程の核心部~

2017/2/4 土
始:7:15 ~ 終:17:45 快晴! 朝-3℃
0530起/0715発(萱小屋) ~ 0805(桧峠) ~ 0845(伯母子岳分岐) ~ 0905(伯母子岳山頂) ~ 0930(伯母子峠)1000 ~ 1105(上西宿)1130 ~ 1225(水ヶ元)1245 ~ 1330(待平) ~ 1405(三田谷橋、トイレ)1425 ~ (五百瀬) ~ 1445(三浦口) ~ 1625(三十丁の水)1655 ~ 1745(三浦峠)

薪を多めに投入して眠りについたのだが、ストーブの火は22:00にはほぼ消えてしまった。
いったん起き出して薪をくべたのだが火が盛り返すことはなく、本格的に着火作業をするのは面倒なのでそのまま寝入る。
幸い風がやんでいてそれほど寒さを感じなかったのでどうにか眠れた。もし風があったらこうはいかなかっただろう。

朝の室温-3℃。外気温も-3℃でまったく一緒(笑)。
テントならこうはならないが、隙間だらけの小屋だとこういうことになる。

パッキングのあと小屋を片付けて出発。
いやーお世話になりました!
薪代にもならないでしょうがほんの気持ち分だけ・・・。

昨日大股で会った二人組のトレースがあり、ありがたく使わせてもらう。
といっても積雪は山頂近くで20~30cm、新雪は2~3cmしかないから、沈み込みはせいぜい踝くらいまでなんだけど。

桧峠(帯木峠)で尾根上に出て、夏虫山(1,346m)は巻く。
古道自体は伯母子岳(1,342m)も巻いているのだが、ここまで来て山頂を踏まない手はない。トレースももちろん山頂へ。
巻き道はトレースがなく吹き溜まりとなっているから、むしろこの場合は伯母子岳を巻いたほうが時間がかかる。

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(左)夏虫山分岐  (右)伯母子岳分岐

伯母子岳の頂上付近は照葉樹の目立つ紀伊半島では珍しく、ブナやミズナラの天然林となっている。
分岐からひと登りで伯母子岳の山頂に着く。
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空は快晴。360°見晴らせる。
こんなコンディションであれば紀伊半島の山々のほとんどを視野に収めることが可能だ。
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まずは東から北東の方角。遠くに連なっているのが大峰山脈。

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南に霞んでいるのが果無山脈。

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近くの山では、(左)護摩壇山(和歌山県最高峰1,372m)、(右)夏虫山。

快晴だけど風が強く寒いので即下りる。
山頂より先は動物の足跡以外ない。
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峠まで下ると立派な小屋がある。
左の小屋が避難小屋で右がトイレ。例によってトイレは冬期使用不可だが、避難小屋の向こうに仮設トイレがある。

小屋の中はこんな感じ↓。
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上部に明かりとりの窓があって中は明るい。
萱小屋の小屋ほど洒落てないしキレイでないが、こちらのほうが作りはしっかりしていて隙間風はほぼ皆無。ストーブなんてものはないけど、夜を過ごすならこちらのほうが断然暖かい。中にテントを張ることも可能だ。

伯母子峠より先、上西宿までの雪面のトラバースが核心である。
まずは雪屁を崩して斜面に降りる。
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古道は雪に埋まっていてあまりはっきりしない。
傾斜のきついところは完全に斜面の一部と化しており、特に沢を横切るところは何度も雪崩れているせいで完全に雪壁となっている。
新雪や腐った雪ならなんでもないが、クラストしてるので厄介だ。
もちろんアイゼン、ピッケルがあればなんでもないところなんだけど、丸腰だと苦労する。たとえ落ちても致命的なところではないけれど、荷を背負って沢床から登り返すのはけっこうたいへんだと思う。
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あまり蹴り込みのきかない靴でステップを切りながらトラバース。一向に進まない。
山襞がしばらく続くのでけっこう疲弊してくる。

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広い平坦地となっている上西宿まで来れば一安心。
金剛杖すら持ってないマユミは途中から木の枝を手にしていた(笑)。

十津川村教育委員会の立てた説明板によると(伯母子峠から南は十津川村である)、この場所には昭和九年頃まで人が住んでいたらしい。
「その昔、高野からこの伯母子峠を越えて馬が米やさかなをこの十津川へ運んだわけだ。早い朝が明けると、伯母子のほうからチリンチリンと鈴の音が響いて、二頭も三頭もの馬が背中にいっぱい荷を積んで下ってきたものじゃった。」・・・「十津川郷の昔話」より抜粋。

また、「熊野めぐり」という元文四年(1739年)に小辺路を歩いた旅行記では、伯母子峠から上西宿までの道が次のように記されている。
「是より段々下り山の半腹を行、左は深き谷也、甚さかしき道にてあやうき所多し、旅人皆労煩す」

昔の人はすごい。冬でも草鞋でこんなところを歩いていたのだから。
野生動物はもっとすごい。雪の上でも裸足だし、行動食も持っていない。腹が減ったら現地調達しないといけないわけだから。
テン、イタチ、ウサギ、ネズミ、シカ、カモシカといったところのトレースがよく道についている。サルの影は今のところ薄い。

付近はブナやミズナラなど落葉樹の樹林で、今の時季は葉っぱがないのですこぶる明るい。
かつては普通に見られた植生であるが、戦後の拡大造林によって杉と檜の人工林に姿を変え、熊野へ通じる古道の近くで現在原始林が残っているのは僅かに大峰山脈と那智山、そしてこの伯母子峠付近だけだという。

上西宿の先で道は二俣になるが、明治以降にできたといわれる新道のほうは雪に埋まっていてよくわからなかった。
今では旧道のほうが整備されていて、案内に従うと自然にそちらへ導かれる。近年もっぱら使われたはずの新道のほうがハッキリせず、忘れられていた旧道のほうが復活しているのだから世の中わからないものだ。

しばらく下ると水ヶ元。
平坦地で、小さな祠に収まった弘法大師の石像がある。
この石像がなんともいえないいい顔をしていて惹きつけられた。とても穏やかで優しい顔をしている。
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オランダでよく見かけた木靴をかたどった土産物と、1978年の(旧)5フラン硬貨が供えられていた。
オランダとフランスからの方がそれぞれお供えしたものだろうか?やはり大師像の表情に惹きつけられたのではないかと思う。

800mほどまで下るとやはり雪が消え、麓の五百瀬(いもぜ)は春のようだった。
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(右)は三田谷橋(伯母子岳登山口)まで下りたところ

神納川の流れる、四方を山に囲まれた谷間という非常に山深いところである。
五百瀬には大塔宮の伝説や平維盛の伝説が語り継がれているが、確かにそれもうなずける。いかにも都から落ちのびた人が住みついたというような場所である。
大塔宮の腰掛岩が祭られ、腰抜田というものもある。また、平維盛の墓と伝わる維盛の祠なるものもある。
山深い里は落人伝説と結びつく。
大塔宮の落ちのびる場面は太平記に、平維盛の落ちのびる場面は平家物語に、それぞれ描かれている。

神納川の船渡橋を渡ると三浦である。坂を登っていくと家と田んぼが現れる。
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船渡橋

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現在も人が住んでいるのは一、二軒だけだろうか。棚田か段々畑だったところも放棄されてしまったところが多い。
水は山の奥から黒いパイプで引いてきているが、パイプの引き回しが複雑、大規模で目を引く(何かしらの参考になる)。

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古い石畳も残っている。

しばらく登ると吉村家跡。
異様な形をした杉の巨木が何本も茂っていて、なんだここは?という感じになる。
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ここだけ時空が捻じ曲がってしまったかのような怪しさ満点の場所であるが、実はこれ、防風林であったものらしい。
人が手を加えて樹形を矯正した杉が、ある時から人の手より開放されてまっすぐ伸びたもの。
例により十津川村教育委員会の説明板によれば、杉の樹齢は五百年前後。
吉村家は旅籠も営んでおり、昭和二十三年頃まで居住していたらしい。このあたりまでが往時の三浦の集落範囲。

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少し上がったところに吉村家の墓も残っている。

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斜面には石垣が詰まれよく整備されている。往時が偲ばれる・・・。
時どき見かける石積みの台のようなもの(右)は何に使っていたのだろう?

16:25、ようやく三十丁の水に着く。
思わず目を疑うほど水が細い(泣)。6L弱の水を汲むのに30分近くもかかってしまった・・・。
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目的地は三浦峠だったのだが、時間的に厳しくなってきた。
水場の少し下に廃屋が二軒ほどあり、水を汲んだあと空身で偵察してみたのだが幕営は無理。
テン場を探しながら三浦峠へ向うことに。

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谷間にある五百瀬の集落がよく見える。本当に山深いところなのだ。
奥に見える山からいったん五百瀬へ下り、三浦峠へと登り返してきた。そのまた奥に見える伯母子岳のさらに向こうから歩いてきた。
いやー現代人の脚も捨てたもんじゃないね。

途中に一箇所平坦地があったのだが、崩落地であったためパス。
17:45、三浦峠に到着。そこは素晴らしいテン場だった。
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東屋の下に幕営(翌朝撮影)

(そんな意図で作ったんじゃないだろうけど)この東屋を作った人はよくわかっておられる。
三方にベンチがあるだけで真ん中にテーブルがないのが素晴らしい(あんなテーブル、見た目だけで使いにくいだけだ)。
ベンチの背もたれが風避けになるのも素晴らしい。
下も砂利なので雨でも浸水しない。ホント言うことなしの出来である。

東屋以外にも幕営スペースはいくらでもある。
ここは本当に素晴らしい場所だ。
テントを張ったら急いで米を炊き、疲れてしまったので日記も書かずに寝る。

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Author:nakappie
1970年生まれ。妻と二人信州伊那谷在住。
2009年10月~2013年5月の旅を記録するために”なかっぴー通信”をスタートさせました。
現在は伊那谷にて節約生活をしながら充電中。
2014年4月、ブログのタイトルを”なかっぴー通信NEO”に改めました。
信州伊那谷より~旅のこと、山のこと、自転車のこと、そして田舎暮らしのことなどなど・・・気ままに綴ってゆきます。
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