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熊野古道から 2017冬 14日目 八鬼山越え

2017/2/14 火
始:7:20 ~ 終:17:00 晴れのち曇り 朝-1℃
0530起/0720発(羽後峠) ~ 0815(三木峠登り口) ~ (ヨコネ道) ~ (三木里) ~ 1025(八鬼山峠三木里側登り口)1050 ~ 1135(十五郎茶屋跡)1145 ~ 1230(桜の森広場) ~ 1245(八鬼山山頂) ~ 1310(九木峠) ~ (八鬼山峠尾鷲側登り口)1445 ~ (尾鷲市内スーパー)1630 ~ 1700(馬越公園)

羽後峠で無風快晴の朝を迎える。
天気は晴れのち曇り。午後になって寒気が入り不安定な空に。14:00以降時どき雨に降られた。

7:20発、峠より下っていったんR311に出る。
そのまましばらくR311を辿るところまではよかったのだけれど、三木峠へ登る道の入り口がわからず。おかしいと思いつつ国道を歩いているとようやく案内標示が現れたのだが、よく見るとそれは三木里側の登り口だった。
三木峠は海沿いの国道を歩いて巻いてしまったらしい。

このあたり、昨日の賀田のあたりから薄々感じていたのだけれど、どうやら案内標示が伊勢方面から来る人に対してのみなされている。熊野方面から来ると非常にわかりにくい。
時どき見かける標示も、なんでこんなところに?という場所に立っているのだが、それも逆から来ると目立つ場所であったりする。
完全に片手落ち、どころか標示に従うと思いもよらぬ場所にミスリードされてしまうから性質が悪い。
三木峠へ登る道の入口がわからず、と書いたけど、実はこれ標示がなかったわけではなく、三木峠と標示されたほうへ案内に従って歩いてきたら思いもよらぬ反対側の登り口に導かれてしまったという顛末。
伊勢方面から来る人に対する案内というより、通しでなく部分的に残る古道のみを歩きに来る人に対する案内というほうが正しいかもしれない。
そういう人が圧倒的に多いだろうから行政の対応としてはたぶん間違っていない。が、通しで歩くとけっこう惑わされるので要注意。

わざわざ戻って歩き直すという選択肢はないので三木峠は諦め。120mの小さな峠であるからまぁいいか。
そのまま国道を北上してヨコネ道に入った。
国道と並走するヨコネ道は1kmほどで終わり再び国道に合流、そのまましばらく行くと三木里。

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三木里の集落の中は細い路地を歩くことができて楽しい

79歳になるという爺さんに声をかけられた。
曰く、20歳の頃まで八鬼山越えの道しかなく、尾鷲へは八鬼山を越えて行っていたとのこと。三木里側から登るのはたいへんで、尾鷲側から来るより一時間余計にかかるなんていうリアルな昔話を聞かせてくれた。
今でこそ海沿いをR311が通っていて尾鷲には比較的簡単に出られるが(ちなみに幹線のR42はさらに内陸の山中をトンネルでズドンと抜けている)、八鬼山越えの道を歩いていた当時、尾鷲に行くのは半日仕事であっただろう。

爺さんと別れ、今しがた教えてくれた八鬼山越えの登り口を探してR311を歩く。
三木里海水浴場を過ぎたあたりで反対方向から旅の自転車が走ってきた。今旅はじめて見かける長旅の旅行者。
何かの縁があったのだろう。
道路のこちら側と向こう側、手を振って行き違うだけだったらそれまでだっただろうけど、自転車が止まってこちらにやって来た。

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埼玉からというナルタ君。最近仕事を辞めて日本一周しているらしい。
旅に出て一週間、自分らも経験あるけど一番楽しいときではないかな。
これからいろいろなことに出会えるよ。よい旅を!

「人間、働かなくても生きていける」
というのがお互いに共通した価値観。どことなく同じにおいがして話をしていて楽しかった。
いい出会いだった。

30分くらい話し込んでいたか、ナルタ君と別れて再びR311を辿る。
が、どうも様子が変だ。八鬼山越えの登り口がない。
道路脇で木を伐っていた爺さんに道を尋ねると、やはり通り過ぎていた。
爺さんに登り口の場所を教わる。とても丁寧に教えてくれた。この年代の人は実際にその道を使っていた人たちなのでよく知っている。

結局、ナルタ君と話し込んだ場所まで戻ってきてしまった。うぅぅむ、よくわからない。
海水浴場の中を歩いていた老人グループを捉まえて再び訊くと、やはり先ほどの爺さんと同じような説明をしてくれる。さらにもう少し戻ったところだという。
「一緒に行ってやろうか」などと言ってくれるとても親切な方たちだった。
大きく書いてあるというのだが、そんなものがあっただろうか?

果たしてその場所には大きな標示があった、道路の上に。
てっきり道路脇に道標が立っているものと思い込んでいたので二人揃って別のところを見ていて、車に向けたこんな大きな標示板を見落としてしまったらしい。
実は、ナルタ君と出会ったときには既に来すぎていたのだ。
ミスコースがなければ出会わなかったわけだから、やはり何かの縁があったのだろう。

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気を取り直して登り口へと向う

10:25、八鬼山峠の登り口に着く。ようやく八鬼山越えのスタート地点。
ここはかつて西国一の難所と恐れられた道。
熊野詣を終え伊勢参宮を目指すには、狼や追い剥ぎが出没する難所へ挑まねばならなかった。

江戸道と明治道がある。
比較的近年まで、明治期に敷設された明治道(往時の石畳を今に残す)を主に利用してきたが、近年になって江戸期のものと思われる古道が発見され行政による整備が行われた。
最近ではもっぱら江戸道の整備、保全が進められており、逆に明治道のほうが廃れ荒れてきている。
案内標示に従うと自動的に江戸道へと導かれ、自分らも江戸道を普通に歩いた。
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途中にある十五郎茶屋跡。
現在東屋が建っているところにはその昔、十五郎茶屋があった。
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この茶屋がいつ開業していつ店をたたんだかは不明であるらしいが、嘉永元年(1848年)に刊行された「西国三十三所名所図会」には往時の茶屋の風景が描かれている(右の写真)。
杉皮屋根に石を載せた平屋建ての茶屋の前に紐につながれた飼い猿がいて、二人の旅人が手を差し出している。茶屋の中にはかまちに腰掛けてキセルで煙草を吸う旅人と草鞋の緒を締め直す旅人。そんな往時の賑わった茶屋の様子が描かれている。
すごいのは、茶屋の建っていた場所や前の広場、その先が断崖になっているところなど、地形が今も当時と変わっていないこと。道も絵と同じように通っている。
絵の描写がとても正確であるということだが、江戸時代に描かれた絵と同じ風景が今目の前にあるというのはなんだか不思議な気分だった。

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その後も樹林の尾根道がしばらく続き、そこを黙々と登っていくと忽然と切り開かれた場所に出る。
何のためにそうしたのか知らないが、そこだけ見事に木が切り払われ芝生が植えられている。

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まさに天空の広場、天空の天場。吹きっさらしであるが天候次第で最高のテン場になる(ただし水はない)。

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広場からは展望がよく、正面に熊野灘、そして九鬼水軍の根拠地であった九木浦(九鬼浦)がよく見える。

八鬼山山頂は芝生の広場からすぐ。
山頂のすぐ下にも広場にあったのと同じ東屋があり(三木峠茶屋跡、八鬼山峠は三木峠ともいう)、やはり快適なテン場となっている(ここにも水はない)。
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八鬼山からしばらく下ると荒神堂(荒神茶屋跡)があり、そのすぐ下が九木峠。
荒神堂の横の平坦地にも幕営可能である。
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七曲と呼ばれる石畳の道が続く。七曲を下りると尾鷲の町が遠望できるようになる。

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籠立場(紀州藩主や幕府の巡見使が街道を通行する際に籠を止めて休憩した場所)にある樹齢三百年とされる檜の巨木。
杉ならもっと大きな木が各地にいくらでもあるが、檜となるとこのクラスの木は珍しい。

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籠立場付近の見事な石畳。
尾鷲地方は雨の多い日本の中でも有数の多雨地で、年間降水量は4,000mmを超える。
石畳の敷設は大雨による路面の流失や崩壊を抑え、夏草やシダ類の繁茂を抑えて道筋を確保するためである。

14:45に尾鷲側の登り口に下りた。
しばらく車道を辿って天然ガスのタンク群をぐるっと回り、やがて矢浜道に入る。

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尾鷲側登り口の手前、前方の空が怪しい。

怪しかった雲が山から張り出してきて、矢浜公園のところで雨に降られた。
幸運にもちょうど東屋のあるところで、屋根の下で10分ほど雨宿り。
住宅地の中にある公園で、幕営するのはちょっと厳しい。雨が上がってから再び矢浜道を辿る。

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矢浜道は尾鷲の旧市街の細い路地を行く道で、迷路のようでなかなか楽しい。

新市街のほうへ出ないとスーパーなんてとてもなさそうな雰囲気だったのだが、矢浜道をグングン前進していると運良くスーパーが現れた。
その名も「主婦の店」。たぶん熊野地方では一番ポピュラーなスーパーで、今のところ三重県に入ってから寄ったスーパーはすべて「主婦の店」。

そんな主婦の店で手早く買い出しを済ませる。
米、スープ、ふりかけ、行動食とフルに買い出し。
サラダ巻きとコロッケを食べて空きっ腹を満たしたら、引き続き北上する。目標は馬越公園。
登りに入ると笑っちゃうくらいの急坂で、かなり上のほうまで家がある。
この感じはどこかと似てる・・・そうだ、ケープタウンだ。ケープタウンの高級住宅地と似ている。
そこまで豪邸が建ち並んでいるわけではないのだが、立地が似ているのか、どことなくケープタウンの高台にある高級住宅地を思わせる。

馬越公園は思っていたより近く(助かった)、暗くなる前に到着。
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あまりにシンプルな案内で笑ってしまったが、要するにかなり大きな公園らしい。
公園といっても普通の公園とはちょっと違って、平坦地はほとんどない。

荷物を置いて近場だけ偵察した後、駐車場とあるスペースの一番端に幕営。
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Author:nakappie
1970年生まれ。妻と二人信州伊那谷在住。
2009年10月~2013年5月の旅を記録するために”なかっぴー通信”をスタートさせました。
現在は伊那谷にて節約生活をしながら充電中。
2014年4月、ブログのタイトルを”なかっぴー通信NEO”に改めました。
信州伊那谷より~旅のこと、山のこと、自転車のこと、そして田舎暮らしのことなどなど・・・気ままに綴ってゆきます。
”おもしろきこともなき世をおもしろく”そんなふうに生きていけたらいいですね。

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