ミリエンコのゴリーツェにて

これも前に一度アップした日記ですが、ゴリーツェを発つ日の日記を追加しました。
いい加減オフリドを発ちたいのですが、雪で動けず困っています・・・。

2011/12/8 木
始:9:20 ~ 終:16:30 71km
Ptuj ~ Spuhlja ~ Markovci ~ Bukovci ~ Zavrč ~ 国境 ~ Cestica ~ Vratno Gor. ~ Petrijanec ~ Sračinec ~ Varaždin ~ Trnovec ~ Bartolovec ~ Vrbanovec ~ Ludbreg

快晴。朝の気温5.5℃。こんな天気は久しぶり。西風が強いが、東に向かう自分らには追い風となって好都合。
当初予定していた細かい道はよくわからず、結局幹線を辿る。2号から228号に入って国境へ。自転車道も路側帯もないが、Ptujを出てからは交通量も減って快適。
国境のZavrčまで20kmほど。越境する車も少なく、イミグレはガラガラ。気付くと目の前にイミグレがあった。スロヴェニアはもちろんクロアチアのイミグレもえらくスムーズで、特に何も聞かれることなくパスポートを出すとすぐにスタンプを押してくれた。11:00にクロアチアに入国。
クロアチアに入るとさらに車が減った。天気はいいし、車は少ないし、道もきれいだし、実に快適。さらに、クロアチア側は自転車道が整備されていた。広い路側帯があって、そこが自転車道になっている。
のんびりしていて緑が多く、実に美しい国だ。空が快晴であることも拍車をかけている。西欧とはちょっと異質な雰囲気で、西欧世界から脱したように感じる。
安心して幹線の2号を辿り、Varaždinへ。途中、ATMでお金を下ろす。クロアチアの通貨はクナ(Kn)で、今のレートは1E=7.5Knといったところ。

クロアチアは複雑な形をしていて、アドリア海に面して長大な海岸線と多くの島を有している。アドリア海沿岸のダルマチア地方は観光資源に恵まれていて、夏のシーズン中には世界中から人が集まる。
公用語はクロアチア語。クロアチア人が90%ほどを占める、民族構成上はわかりやすい国である。およそ九州の1.5倍の面積を有し、人口は450万人ほど。
ちなみに、クロアチア語での自国名はHrvatska(フルヴァツカ)となる。よってクロアチアの国籍記号はHR。
アドリア海沿岸のツーリスティックなイメージが先入観としてあって、入国前はどうなのかなぁと思っていたのだが、少なくとも今いる内陸部はのんびりしていていい感じ。実際に来てみないとわからないもんだ。

Varaždinはこのあたりでは一番大きな町。道路沿いに見つけたスーパーで夕飯の買出し。水道水は普通に飲めそうだけれど、5、6L入りの水が売っているからクロアチアでは水を買うことにするか。
2号は市街地を迂回するのだが、せっかくなので旧市街をちょっとのぞいてみることにした。古い城の周りが今は公園となっていて、天気がいいので実に映える。
自転車を置いて30分ほど旧市街をぶらぶらしてからまた2号を東に向かう。

そして幸運がやって来た。Varaždinを出てTrnovecに入ってすぐのところだったか、道路脇に車を停めていたおっちゃんに声をかけられた。おそらく自転車に乗る自分らを見かけ、ちょっと先で車を停めて待っていてくれたのだと思う。ぼちぼちテン場を探すかなぁと思っていた矢先だった。
どこに行くのか聞かれたので、もちろん特に決めていなかったけれど、地図上で今いるところのちょっと先の町を指差す。指差したのはLudbregのあたり。
「よかったら自分のVinogradに泊まっていかないか?」
おっちゃんはそう言ってくれた。GoriceとかVinogradというのが何のことだかわからなかったけれど、どうやらワイン・ヤードのことらしい。そこに古い家があってそこに泊まれると言う。
「よかったらぜひ泊めてください」そうおっちゃんに即答する。
先の路上で待っていると言い残しておっちゃんは一足先に車で移動。喜び勇んで2号を走っていくと、10kmほど先でおっちゃんが車を停めて待っていてくれた。そこから車についておっちゃんのGoriceへ。途中はけっこうな上りで大変だった。

小高い丘の斜面のぶどう畑の中にそのGoriceはあった。
小屋の地下がワインセラーとなっていて、そこに自転車を入れさせてもらう。ワインセラーの中にはステンレス製のワイン樽があって、そこからワインを注いでいきなり振舞ってくれた。
おっちゃんの名前はミリエンコ・ゲリッチ。
薪ストーブのある小屋の中に入って驚いた。二室の壁一面にいろいろな写真が飾られている。動物の写真、花やキノコの写真、自転車で旅をしている古い写真・・・中でも多いのが山の写真と洞窟の写真、それからスカイダイビングの写真だ。
ミリエンコはクライミングと山スキーの好きな山ヤだった。何というめぐり合わせ。
それからスカイダイビングとケイヴィングをも趣味としているアクティブな人だ。
ケイヴィングというのは日本ではあまり馴染みがないが、鍾乳洞の多いスロヴェニアやクロアチアではもっとずっとポピュラーであるらしい。洞窟の写真や地図を見ながらあれこれと説明してくれた。世界一深い洞窟やクロアチアで一番大きな洞窟のことなど・・・とても興味深い。
ミリエンコの友達もやって来て、ワインをいただきながらしばし談笑。
しばらくするとミリエンコは自分らを残し、車で奥さんを迎えに行った。ミリエンコの家は5kmほど離れたルードブレクの町中にある。
奥さんのリリアーナと、同じ町に住む友人のヴラトゥコを連れてミリエンコが帰ってきてからは、パンとチーズとサラミ、それから次から次に出てくるワインをいただきながら談笑。自分らも夕飯の食材を持っていたので、砂肝の親子丼を作って振舞った。
ヴラトゥコは何故か日本通で、日本文化のことをあれこれ知っていた。
類は友を呼ぶと言うが、オーストリアのヴィルフリードのところもそうだったけれど、ここでもみなさんフレンドリーでとてもいい人たちだった。

この日はゴリーツェに泊めてもらった。
リリアーナとヴラトゥコが帰った後、ミリエンコがおもむろに天井からロープを張ってケイヴィングの登下降のシステムについて実演してくれた。
ユマールともう一つのアッセンダーを使ったロープの登高についてはクライミングでおなじみだったけれど、専用のディッセンダーを使った下降のシステムを見るのは初めてで興味深かった。
ケイヴィングは下降から始まるから、クライミングのようにルベルソやエイト環で下降しているわけにはいかんわなぁ・・・ミリエンコの後で体験させてもらったけれど、とても面白かった。慣れないと、器具への正しいロープのセットの仕方がよくわからん。

薪ストーブの灯る暖かい部屋の、いつもはミリエンコの使っているベンチの上でシュラフにくるまる。ミリエンコは町中の家よりもゴリーツェに泊まる方が好きみたいだ。自分らがベンチを占領してしまったので、この日はイスを並べてベッドにしていた。そして床では犬のルディーが寝ている。
クロアチアン・シープドッグのルディーはふさふさの巻き毛で、見た目も羊みたい。もう12歳のとても賢い犬だ。

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スロヴェニアに入って初の快晴!            今日すぐに抜けちゃうけど・・・

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クロアチア突入                       緑が多くて美しい

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ミリエンコに先導されてゴリーツェへ・・・夕日がきれいだった

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ミリエンコ・・・ゴリーツェに着くなり自家製のワインを振舞ってくれた

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後で登場するミアのお父さん 小屋の壁は写真でいっぱい

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奥:ヴラトゥコ 親子丼を食べ、次から次に出てくるワインをいただきながら談笑

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40年もののスピリット                   ケイヴィングの登下降システムを教えてもらう

2011/12/9 金
8:00前にゴリーツェを出て、ミリエンコの車に乗せてもらってルードブレクの家に連れて行ってもらう。もちろんルディーも一緒。
朝食をいただいた後、ミリエンコは仕事に出かけていった。
シャワーを浴びさせてもらい、洗濯機で洗濯までさせてもらう。家にはリリアーナの他に娘さんのマルタがいる。
マルタはザグレブの大学で法律を勉強している学生。今の時季は大学に通う必要がなく、ちょうど家にいるところだった。
いきなり坊主頭で現れたので驚いた。それまで腰のあたりまであった髪を一昨日ばっさり切ったところらしい。
しばらくするとマルタのボーイフレンドのダミールがやって来て、あれこれ談笑。ダミールがマルタの髪の毛を刈ったらしい・・・。

昼前にリリアーナと外に出る。ルードブレクの町中を歩いて案内してくれた。
教会にも案内してくれたけれど、ミリエンコもリリアーナもクリスチャンではないらしい。カトリックが9割のクロアチアで無信仰に近いのは実に珍しい。むしろクリスチャンは好きでないと言っていた。
新しく建てられた教会の敷地内にずらりと並んだ、キリストの受難の物語を描いたモザイク画はすばらしかった。

クロアチアの典型的なバーだと説明してくれた店でクロアチアの典型的な軽食をいただいていると、仕事を終えたミリエンコがやって来た。
途中で肉を買い、ミリエンコの車でゴリーツェへ。
今晩はゴリーツェの庭でクロアチアの料理を作ってくれるということだ。それは日本で言うところのダッチオーブン。本来はアドリア海沿岸地方の料理で、シーフードを調理するのが典型的であるらしい。ミリエンコたちはこの料理が好きで、時々ゴリーツェに友人を招いて楽しくやっているようである。

料理は薪割りから始まる。チェーンソーで外にある丸太を適当な長さにカットして、斧で割る。なんでも自分でできてしまうミリエンコは頼もしい。
彼のライフスタイルは、自分らの理想を絵に描いたようなライフスタイルだ。参考にさせてもらうことがたくさんある。
仕事を終えた後、週末、それから休暇の間、山小屋のような静かなゴリーツェでのんびり過ごす。そこではぶどうを育て、ワインを造り、友人を招いて楽しく食事したり、薪割りをしたり、冬支度をしたり。それから多彩な趣味・・・登山にクライミングに山スキー、スカイダイビングにケイヴィング、etc・・・。休みの日は家でゴロゴロ・・・なんてことはなく、休みのときこそアクティブに動いている。素敵だ。理想的なライフスタイルを確立している彼が、だんだん自分らの師匠のように思えてきた。

ワインをいただきながら豪快に焚き火をしていると、マトーとリディアのリュビシッチ夫妻がやって来た。
マトーとミリエンコは学生時代からの付き合いであるらしい。今晩はリュビシッチ夫妻との夕食会に自分らが交ぜてもらった形だ。
ちなみに、ミリエンコのワインはもちろん売り物ではなく、自分で楽しむためだけに造っているもの。

焚き火が収まったところで炭の中に鉄のナベを埋める。1時間半ほどかけてじっくり焼き上げる。調理の間炭火にあたりながら、そして部屋の中で、あれやこれやと談笑。ミリエンコが日曜に一緒に山に行こうと誘ってくれて言葉に甘えることにした。
類は友を呼ぶ・・・ここのところこの言葉を実感することしきり。
1時間半が経過してナベを掘り出すと、肉もジャガイモも見事に焼き上がっていた。ワインを飲みながら美味しい料理をいただく。
一回戦が終了してリュビシッチ夫妻の持参してくれたケーキとクッキーをいただきながら談笑。そして二回戦。ミリエンコが酔っ払って寝てしまう。

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ルードブレクの家で朝食をいただく           クロアチアン・シープドッグのルディー

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マルタとダミール                       リリアーナがルードブレクの町を案内してくれた

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モザイク画は後で登場する画家の作品         ゴリーツェで料理の準備が始まる

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チェーンソーで丸太をカットして・・・            斧で割る

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そして豪快に火を起こす

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焚き火が収まったところで鉄のナベを埋めて・・・    1時間半じっくり焼き上げると出来上がり

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激ウマ! 奥の二人がマトー(左)とリディア(右)のリュビシッチ夫妻

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ミリエンコが落ちた・・・

2011/12/10 土
仕事が休みのミリエンコはゴリーツェの冬支度。大きな薪を小屋の前に積み上げる。その間に自分らはテントの補修。壊れたジッパーを交換しようと縫い糸をはずしていると、「うちにミシンがあるから使えばいい」とミリエンコが言ってくれて、さっそく家まで車で送ってくれた。
家に着くとリリアーナがミシンを準備して待っていてくれた。さっそく修理に入る。長さを合わせてジッパーをカットして、マユミが仮縫いしてミシンで縫製。新品のフライのようになった。まさかミシンが使えようとは・・・誠にもってありがたい。ミシンが使えたのは大きいなぁ・・・これで雨に遭っても大丈夫だ。なんだかんだで修理には4時間ほどかかった。

修理を終えてミリエンコの車でゴリーツェに戻る。家の外でリュビシッチ夫妻が待っていてくれて一緒にゴリーツェへ。
今日はリュビシッチ夫妻が夕飯を作って持参してくれた。スープにサルマ、どちらもクロアチアの典型的な料理でとても美味。サルマは肉や米をキャベツで包んで煮込んだ料理でちょっと酸味がある。マッシュポテトと一緒に食べるとグー!ルーマニアやモルドバにも似たような料理がある。
早い時間から夕飯を食べ、その後はワインをいただきながら談笑したり、ゲームをしたり。
自分らのルートについてもあれこれアドバイスをくれた。特に気にかけてくれたのはボスニア・ヘルツェゴヴィナのこと。まだまだ状態は良くないらしい。

彼らの言うところの問題点は二点ある。まずは地雷・・・。撤去作業なんてものはまだまだ進んでおらず、いまだに亡くなる人がいるそうだ。人の通行しているような道路は安全だが、そこから外れると危ない。好んで森の中に幕営している自分らにとって大問題だ。危険な場所は現地の人が知っているから、現地の人によく聞いた方がいいとアドバイスしてくれた。
二点目は治安。ミリエンコたちはボスニアが好きで、訪れたときも特に何の問題もなかったようだが、人から聞いたよからぬ話はたくさんあるようだ。強盗に遭った人が少なくないらしい。自転車を盗まれるぞ・・・と言ってくれた。
ちなみにボスニア・ヘルツェゴヴィナはまだしも、コソボはまだまだ問題外の状態であるようだ。迂回しなければダメだとアドバイスしてくれた。
ミリエンコたちの推奨するのは、クロアチアを横断してアドリア海に出、海沿いに南下するルート。このエリアは歴史もあるし、とにかく美しいらしい。過剰に心配する必要はないけれど、できればこっちのルートをとったほうがいいぞとアドバイスしてくれた。
心配していた気象条件については、今年に限って言えば大丈夫みたい。今年は今のところ暖かく、おそらくどこにも雪はないだろうという話。雪があってもメイン・ルートはきれいに掃除されるからサラエボ経由のルートも通れるはずだと教えてくれた。

ボスニア・ヘルツェゴヴィナは、サラエボやモスタルといった観光地化された一部の場所をスポット的に訪れる分にはきっと何の問題もなかろう。が、自転車で横断ということになると話はまったく変わってくる。近くに住む彼らが危険と教えてくれる場所に敢えて行く必要はない。素直にアドバイスを聞くべきだという気がしてきた。と同時に、誰もが素晴らしいと言うアドリア海沿いのエリアに興味がわいてきた。

その他にもプリトヴィッツェをはじめオススメの場所をあれこれ教えてくれた。
日本のこと、クロアチアのこと、旧ユーゴのことなどを楽しくおしゃべり。とても有意義な時間だ。
彼らは自分たちの国の歴史をよく知っている。ボスニアとヘルツェゴビナの違いも、質問したら細かく教えてくれた。
ミリエンコたちの世代は戦争体験がある。国を守るために実際に兵士として戦った彼らの歴史観には力がある。

言葉についても面白いことがあって、ミリエンコたちの世代はキリル文字も読めるが、マルタたちの新しい世代は読めない。クロアチアが独立して、学校でキリル文字を習わなくなったからだ。
ジプシーについての話も実に興味深かった。ジプシー(ロマ)という人たちについて、日本では馴染みがないから「国を持たない流浪の民」くらいのことしか知らなかったけれど、クロアチアをはじめヨーロッパの各地ではリアルな問題だ。
彼らがその昔、元々は兵士としてインドからヨーロッパにやって来て住みついた人たちだということもはじめて知った。
これはある一面の話だけれど、クロアチア人の持つ子供は通常一人か二人。ところがジプシーは子だくさん。子供がいると国からお金がもらえるからだ。そのお金を子供のために使うのなら文句もなかろうが、子供を学校にもやらず(もちろん法で定められた義務教育であるわけだが)、働きもせず、飲んだくれてしまうのだとか。よって子供はクロアチアに住みながらクロアチア語も話せない。結果的に盗みをしたり、よからぬことをする子が少なくないわけであるが、ここで子供を折檻したりしたら逆にした方が罰せられる。実に理不尽なシステムであると話していた。

明日は6:00起きで山に行く。その山でパラグライダーをやっている友人と会うことになっているらしい。
パラグライダーが一番だとその友人が言い、パラシューティングが一番だとミリエンコが言い、毎回そんな話をわいわいしているらしい。その友人はワインも造っていて、明日彼の造る白ワインとミリエンコの赤ワインを交換するらしい。
ゴリーツェにはワインの瓶にコルクで栓をする装置もあって面白い。やらせてもらったけど実に簡単だ。その装置を使って瓶入りのワインを四本ほどこしらえる。
自作のラベルもあって、これを貼るとすっかり売り物のワインのようになる。ミリエンコたちはルードブレクの山岳会に所属していて(と言うかミリエンコが会の中心人物のようなのだけれど)、ワインの銘柄はその会の名称"Castrum Iovia, Ludbreg"となっている。
クロアチア語で書かれたそのラベルには売り物でない旨の記述もあって、ミリエンコのサインも入っている。
他にワインをうまく注ぐ装置なんてのもミリエンコが自作していた。多趣味な彼は本当に面白い。
夜も更けて、リュビシッチ夫妻とリリアーナの三人は車で町に帰った。ミリエンコと自分ら二人はゴリーツェに泊まる。

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ミシンを借りてフライを補修中の図

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今日はリュビシッチ夫妻の持参してくれたスープとサルマをいただく もちろん激ウマ!

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小屋の外で食後のひととき 優雅だねぇ~ 一番右がリリアーナ

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自作のラベルを貼ると売り物のようになる       ミリエンコ作:ワインをうまく注ぐ装置

2011/12/11 日
まだ暗い6:00に起き出してミリエンコの車で出発。途中、家に寄ってルディーを家に置いてくる。
最初に行ったのはKalnik。岩山があって広大なクライミングエリアとなっている。ミリエンコたちもよく登りに来るそうだ。クロアチア国内はもとより、スロヴェニアやハンガリーからも登りに来るらしい。
ルートはたくさんあって、取り付きにルート名が書かれている。夏のシーズン中は賑わっているのであろうが、今は誰もおらず静かなものだ。おそらく日本だったらまだまだこのくらいの気温なら登りに来る人がごまんといるだろう。が、おそらくここでは冬には冬の楽しみがあって、無理に寒い時期に登りに来る人はいないようだ。
ルートのある岩場の上を歩けるようになっていて、ミリエンコが案内してくれた。最高点は643m。下に広がる緑の大地の眺めが素晴らしい。白壁にオレンジ色の屋根の家々もとてもきれいだ。

岩山の近くに古城があって、ミリエンコがそこも案内してくれた。古城は岩場に建っているのだけれど、面白いのはその古城の敷地内もクライミングエリアになっていることだ。おおらかと言うか何と言うか・・・日本ではちょっと考えられないシチュエーションだ。
ここにもルートがたくさんある。その中にミリエンコが昔グランドフォールしたルートがあって、「あそこの木から落ちて足を骨折したんだよ。足の骨折だけで済んでラッキーだった」と話していた。

Kalnikを後にして次に向かったのは、本日のメイン・ディッシュのIvančica。Ivanecの南の県境にある1,061mの山。
駐車場にはたくさんの車が止まっていて、既に下山した人たちもいて賑わっていた。山歩きやランニング登山で休みの日は一年中賑わっているそうだ。町から走って登りに来る人もかなりいる。
クロアチアやスロヴェニアは山が多く、登山の盛んなお国柄だ。オーストリアもそうだったけれど、老若男女を問わず休みの日に自然の中で多くの人が体を動かしているのは健康的で実に素晴らしい。
年によっては12月になれば雪が積もっていて、スキーで滑るのになかなかいい場所だとミリエンコが教えてくれた。
登っている途中にたくさんの人に会って挨拶を交わす。その中にミリエンコの友達もたくさんいた。アクティブな彼は実に友人が多い。
頂上まで1時間半ほどの登り。残念ながら途中からガスってしまい、頂上からの展望は得られなかった。
頂上には広くてきれいな山小屋があって、中にはたくさんの人たちがいた。暖房がガンガン効いていて、ワイワイ賑わっている様はまるでバーにでもいるかのようだ。

ミリエンコがワインを交換しようと思っていた友人とは残念ながら入れ違いとなってしまい、山小屋では会えなかった。
別の友人のテーブルに合流し、ワインを開けて楽しくおしゃべり。
しばらくしてからその友人二人と一緒に下山。別のルートで下山し、友人の一人が車でミリエンコの車のある登山口まで送ってくれた。
その人たちと一緒にカフェでコーヒーを飲む。コンピュータ関係のエンジニアであると言う一人の方はアドリア海の島に別荘を持っていて、「海沿いに行くなら島の別荘を自由に使ってくれ」と言って連絡先を教えてくれた。

彼らと別れてから向かったのは、本日最後の目的地であるTrakošćan。
湖に面して美しく保存された古城があって、今は博物館となっている城内を見学できる。閉館45分前で、最後はガードマンに急かされるような状態になってしまったけれど、なかなか興味深い展示だった。
城内を見学した後、湖の周りを散歩しようとミリエンコが誘ってくれたけれど、予想以上に大きな湖で、すっかり日が暮れてしまったので途中で引き返してきた。天気のいい日に湖の周りでのんびりするのも気持ちがよさそうだ。ちなみに、ルードブレクを流れている川の源泉はこの湖だそうだ。

今日は朝早くからミリエンコが一日中あちこち案内してくれた。とても楽しかったけれど、ちょっと彼に悪い気もする。が、何日でものんびりしていってくれと言ってくれるので、明日一日のんびりして火曜に発つことにした。
途中でレストランに寄ってワインをいただき、ルードブレクまで帰ってきた。一日お疲れ様でした!

ミリエンコの家でシャワーを浴びさせてもらってからルディーも連れてゴリーツェに戻った。ゴリーツェで前日の残りの料理をいただき、ワインを飲みながら楽しくおしゃべり。
ミリエンコは言語にも興味があって、英語のほかにドイツ語とイタリア語も話せる。が、もちろんどの言語も万能ではなくて、何ヶ国語話せてもきりがないと感じた彼は今、エスペラント語を勉強している。確かポーランド人の言語学者だったか、世界共通語を作ろうと生み出した言語であるが、その言語を勉強している人に会ったのは初めてだ。
博識な彼との会話は実に楽しい。

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Kalnik                     チムニーを登って・・・

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ちょっとした岩場を下降し・・・               ちょっと登ると山頂

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古城もクライミング・エリアになっていて・・・      取付にはルート名が記してある

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眺めがなかなか素晴らしい

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                                 Ivančica

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山にはミリエンコの友人がたくさんいた        この人はアドリア海の島に別荘を持っているらしい

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彼らと一緒に下山

2011/12/12 月
ミリエンコは毎日朝が早い。5:00前にはゴリーツェを出て仕事に向かう。彼が望んで自ら選択している生活パターンだと言っているけれど、毎日毎日ワインとおしゃべりを夜遅くまで堪能してから(ゴリーツェには毎日彼の友人が誰かしら遊びに来る)そんな時間に仕事に行くのだからすごい。
何時に寝ても好きな時間に起きられる、と豪語する彼はめっぽう寝つきがいい。

自分らは8:00頃まで寝させてもらって、それから溜まった日記を書いたりしてゴリーツェで一日のんびり過ごす。
午後になってヴラトゥコがホテル・オータニの立派なゲスト・インフォメーションの本を持ってゴリーツェにやって来た。ストーブの火を起こしてから、何か食べようと言ってマユミを連れて買出しに出かけた。
ゴリーツェで留守番していると、リリアーナとルディーを連れてミリエンコが仕事から帰ってきた。マユミたちとはスーパーでばったり会ったらしい。ちょっとしてマユミとヴラトゥコも帰ってきた。
さっそくリリアーナの作ってきてくれたスープとパイ、ヴラトゥコの買ってきてくれたケバブ(のような食べもの)とパンをいただきながら楽しくディナー。もちろんミリエンコのワインをいただきながら。
「このケバブはイマイチだろう(十分美味しかったけれど・・・)。明日ゴリーツェでもっと旨いケバブを作ることにしよう」とはミリエンコの談。

驚いたことにミリエンコは折り紙の本をたくさん持っていて、家から9冊も持ってきてくれた。日本語で書かれたもの、英語のもの、ドイツ語のもの、イタリア語のもの、そしてもちろんクロアチア語のもの。中には折り紙の巨匠(逆に知らなかった自分らが恥ずかしい・・・)吉沢章氏の直筆のサイン入りの本もあった。
これらの本は折り紙に対する自分の常識をはるかに超えていた。折り紙は世界中で「一枚の紙から生み出される芸術」として認識されている。作品の中には創造されるまでに何十年もかかっているものがいくつもあり、本の序文を読んでいるだけで目から鱗が落ちた思いがした。幼児教育の一環に毛が生えたくらいのことしか知らなかった自分が恥ずかしい。
折り紙に対する見方が180度変わった。日本の文化の素晴らしさを逆に海外で教えてもらった思いだ。
さらに驚いたことに、それらの本の中の一冊はミリエンコの従兄弟が書いたものだった。著者はDragutin Gerićとある。折り紙に対する造詣がかなり深い人で、これには本当にビックリした。
本の中で使う折り方を説明する写真、その写真の撮影をミリエンコが頼まれたらしいのだが、きれいに撮るのが難しく断念したとのことだ。その本の中の折り方はすべて手書きの図で説明されている。

食事の後いつものようにあれこれおしゃべりしていると、「明日はお前たちの旅の話を取材しにジャーナリストがたくさんやって来るから発てないぞ」とミリエンコが言い出した。別に自分らは急いでないから問題ないけれど、そんな何日も泊めてもらってしまって恐縮です。彼の温かい好意に感謝。
さらに先の折り紙の本の著者である従兄弟にも明日合わせてくれるという。なんとすばらしい。

18:00前だったか、リリアーナとヴラトゥコはルードブレクに帰った。
「明日の朝はうちで一緒に食事しよう」とヴラトゥコが誘ってくれたので言葉に甘えることにした。
二人が帰った後、ミリエンコが散歩に誘ってくれた。ルディーを連れて近くのゴリーツェを訪ね歩く。ミリエンコのゴリーツェのあるのはVinogradi Ludbreški、つまりルードブレクのワイン・ヤードという名の付いた丘の上。他にも似たようなゴリーツェがいくつもある。
ゴリーツェのオーナーはほとんどがルードブレクの人で、お互いに頻繁に行き来している。
ゴリーツェは言わばウイークエンド・ハウスのようなもの。驚いたことにクロアチアではほとんどの人がこの手の家を持っているということだった。日本人の感覚からすると実にリッチなライフ・スタイルだ。日本で別荘を持っているということになると金持ちの人を連想するが、クロアチアではもっとずっと庶民的なことであるらしい。
別荘というのは自宅のそばにないと意味がないというのが自分の持論だ。頻繁に行き来するのが難しいからだ。そういった意味で、ミリエンコをはじめルードブレクの人たちの環境は理想的だ。
ウイークエンド・ハウスだから、平日の今日は人のいない家が多い。中にはオーナーが亡くなってしまって売りに出されている家も少なくない。
「欲しかったらこの家買えるぞ」とミリエンコがジョークを飛ばす。

訪ねた家はほとんど留守だったが、一軒だけ人のいた家があり、ミリエンコの友人のその方の家にお邪魔してワインをいただいた。こうしてお互い行き来してワインを飲み比べたり、雑談したりするのが日常的。なんとリッチなライフスタイルであろうか。
夜の散歩から帰ってミリエンコのゴリーツェでまたワインをいただく。毎日完全にワイン漬けだ。ミリエンコのワイン・セラーにはスピリットも貯蔵されていて、中には四十年も寝かせているものまである。
20:00過ぎに予告通りヴラトゥコが戻ってきて、またみんなで楽しくおしゃべり。
「また別の山に登りに行こう」という話まで飛び出す。だんだん旅立つタイミングを失いつつある自分たち・・・きちんとお別れを言って発ちたいから、なかなか旅立つタイミングが難しい。ヴィルフリードのところでもそうだった。ミリエンコたちと過ごすのが刺激的で楽しく、腰が重くなっているのも事実だ。
時の流れに身を任せよう。

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ヴラトゥコがゴリーツェにやって来てみんなで楽しくお食事

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ご近所のゴリーツェにお邪魔してワインをいただく・・・毎日毎日ワイン漬け

2011/12/13 火
相変らずミリエンコは早朝仕事に出かけた。
8:00前に起きてストーブの火を起こす。昨晩雨が降ったためなかなか火が起きない・・・。
約束通り9:30にヴラトゥコが車で迎えに来てくれて、一緒にヴラトゥコの家へ。
ルードブレクの町中にあるそこは、きれいなフラットだった。奥さんのレナータがドアを開けて出迎えてくれた。
ミリエンコの家とはまた違った雰囲気の、きれいに整頓された素敵なフラット。そこで一緒に朝食をいただき、ヴラトゥコの持っている本を見せてもらったりしながら楽しくおしゃべり。
昼にはレナータの焼いてくれたパイをいただいた。

14:00近くにレナータを仕事場に送るついでにゴリーツェまで送ってもらう。途中、ミリエンコの家に寄ってリリアーナをピックアップ。彼女はストーブの火を手際よく起こし、さっそく小屋の前でケバブを作る準備。
この後用事があると言うヴラトゥコは忙しく帰っていった。いろいろとありがとう。髭面の彼は豪快な男だが、細かな気遣いなどなかなかのジェントルマンである。印刷関係の仕事をしていて写真が趣味。カメラや写真のことにやたらと詳しい。
小屋の前で火を起こしていると、ミリエンコがルディーを連れて仕事から帰ってきた。ケバブ作りが本格的に始まる。最初のジャーナリストが16:30に来るから・・・という話。

リリアーナの作ってくれたケバブは実に美味だった。
このケバブ、サラエヴォあたりでよく食べられているのだとか。サラエヴォに行くとケバブを焼く屋台が広場なんかにたくさんあるらしい。
で、ケバブを美味しくいただいていると、二人が取材にやって来た。記者の方の女性は、ミリエンコの山仲間の娘さんだ。彼とは最初にミリエンコのゴリーツェに来た夜、それから日曜にIvančicaに登る途中でも会ったことがある。彼によく似た美人の記者だ。
ワインをいただきながら楽しく雑談風にあれこれ質問に答える。モルドバでマルチェラに取材されて以来だけれど、今回はカメラマンのマルコに取材中大きなカメラで近距離からパシャパシャ写真を撮られるのでちょっと恥ずかしい。
美人記者である娘さんの方の名前はミア。ミアが勤めているのは、Varaždinにある全国紙の新聞とのことだ。

取材を終えると二人は忙しく帰って行った。また小屋の中でミリエンコとリリアーナと楽しくおしゃべり。
しばらくすると二人目の記者がやって来た。驚いたことにこれまた女性で、これまたクロアチア美人である。
彼女の名はアナ。ルードブレクの地方紙の記者で、アナ自身自転車を趣味にしているサイクリストだ。
またミリエンコを交え、ワインをいただきながら楽しく雑談風に質問に答える。
それにしてもクロアチアに来て以来驚かされるのは、英語を普通に話す人が多いことだ。こんな国もこれまであまりなかったような・・・。ウィーンのような大きな町に行けばもちろんたくさんいるのだけれど、ルードブレクのような人口4,000人ほどの小さな町では衝撃的なことだ。
アナも取材を終えると忙しく帰って行った。

小屋に戻っておしゃべりしていると、ミリエンコから提案が。
従兄弟の家はミリエンコたちの家から近いから、今日は家で寝ようということになった。明日、ミリエンコはまた早朝仕事に行ってしまうが、リリアーナがハイキングがてら歩いてゴリーツェまで送ってくれるということに。もちろん異論などあろうはずがない。
ササッと準備してミリエンコの車でひとまず家へ。荷物を降ろしてからミリエンコと三人で従兄弟の家へ。
ミリエンコの家から数百メートルのところにある、これまた素敵なお宅だった。娘さん二人は家を出て、今は従兄弟のドゥラグティンと奥さんのミリエンカが二人で住んでいる。
これまた二人とも英語が流暢で驚かされる。特にミリエンカの方はネイティブのようなマシンガン・トークなので何でかと思っていたら、後でわかったのだけれど、実は英語学校の教授だった。
まずはガラスケースに飾られたドゥラグティンの作品を見てぶっ飛ぶ。巨大な機関車やサイ、etc・・・こんなものが一枚の紙から折れようとは(もちろんカットなしで)・・・。
「プレゼント」と言って、ケースの中に飾られていた和紙で折られた二羽の白鳥を自分ら二人にくれた。
ドゥラグティンとミリエンカの二人は日本に行ったことはないのだけれど、驚きの日本通。部屋の中には折り紙の他にも浮世絵や漢字の書かれた掛け軸のようなものまであった。娘さんの一人は日本語をちょっと話せると言っていた。
この二人、時々日本大使館に招かれたりしているすごい人たちだ。昨日も天皇誕生日の関係のセレモニーで大使館に招かれていたらしい。以前にもらった、結婚前の紀宮様の実名入りの感謝状のようなものも見せてくれた。
二人は天皇のことを簡易的にエンペラーと呼んでいた。もちろん天皇はエンペラーとは違うわけで、その旨を説明するのだけれど、こういうとき自分の英語力ではうまく説明できないところがもどかしい。二人は以上のような日本通であるから自分のお粗末な英語でも理解してくれたと思うけれど、きちんと説明できるよう英語くらいはもっと勉強しないといかんわなぁ・・・。

二人を交えた会話は実に面白かった。笑い話にしながらだけれど、クロアチアを含めた旧ユーゴの歴史や今も抱えている様々な問題についての話は、戦争体験のある世代だけに実に重みがある。
バルカン半島のこの地の歴史は、地理上の要衝であっただけに常に外からの侵略に晒されてきた歴史だ。ギリシャが来てローマが来て、オスマン・トルコにハンガリー、オーストリアにナポレオンのフランス、そしてドイツ・・・様々な民族に蹂躙されてきたこの地の歴史はとても複雑だ。
こういった歴史を、ミリエンコたちは戦争体験も交えて生々しく受け止めている。
彼らとの会話は、自分にとって実に貴重な体験であった。
ドゥラグティンのお宅をおいとましてミリエンコの家に帰り、この晩はリビングのソファーベッドで快適に寝させてもらった。

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ヴラトゥコの家で美味しい朝食をいただく        ミリエンコ所蔵の折り紙の本

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秘密兵器のストーブが出てきて・・・           ゴリーツェでケバブ作りが始まる

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こうやって鉄板の上でコロコロ転がして焼く

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ミアとカメラマンのマルコが取材にやって来た ミアは24SATAという全国紙の記者

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ルードブレクの地方紙の記者であるアナはサイクリストだった

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ミリエンコの従兄弟のドゥラグティンの家にお邪魔した 奥さんのミリエンカと二人してすごい日本通! ドゥラグティンの方は折り紙の達人で本も書いている

2011/12/14 水
ミリエンコは早朝仕事に出かけた。
朝シャワーを浴びさせてもらい、リリアーナの準備してくれた朝食をいただく。
ミリエンコもリリアーナも山好きであるから、家にもゴリーツェにも山関係の本がたくさんある。ガイドブックであったり、ルート集であったり、写真集であったり。クロアチアの山のガイドブックは実によくできている。もちろん言葉はわからないけれど、きれいな写真を見ているだけでワクワクしてくる。
そんな本を見せてもらったり、娘さんのマルタと話をしたりしながら家の中で寛がせてもらう。
昼に、リリアーナと三人で家を出る。家からゴリーツェまで歩いて一時間ほど。いつもの車道とは違う小道が家の前から続いていて、実にいい散歩道になっている。リリアーナは時々この道を歩いているらしい。天気もよくて気持ちのいいハイキングだった。

ゴリーツェでのんびりしていると、ミリエンコがルディーを連れて仕事から帰ってきた。後からヴラトゥコがやって来て、「プレゼント」と言って珍しいワインのセットやら刺繍入りのナプキン、粉末のしょうが、卵などいろいろ持ってきてくれた。毎回毎回ありがとう。
ヴラトゥコは今日はこの後用事があるらしくすぐに帰ってしまった。
ミリエンコとリリアーナ、四人で美味しいパスタの夕食をいただく。
夕食後、いつものようにワインをいただきながら談笑していると、近くに住むおっちゃんが小屋を訪ねてきた。おっちゃんも交えて楽しく談笑。実に贅沢な時間だ。

今晩はミリエンコがゴリーツェの近くに住む知り合いの画家のところに連れて行ってくれるという。
自分らは明日発とうと思っていた。
リリアーナを送るためゴリーツェの小屋を出るとき、リリアーナにはもう会えないと思ってお別れの言葉を言っているとミリエンコに引き止められた。
「何で明日発つ?まだいてほしいんだ。別に急いでないんだろう」と・・・。
「また後で話そう」ということになってひとまず一緒に車に乗る。
家にリリアーナを送った後で最初に向かったのはゴリーツェのほど近くにあるレストラン。ここに今晩訪ねる画家の大きな絵があるから先にそれを見ようということになっていた。途中で雨が降ってきた。この店は先日山の帰りにも寄ったのだけれど、その時は何故か閉まっていた。
今晩は開いていた。壁に掛けられた大きな絵を最初に見せてもらう。予めミリエンコから聞いていたルードブレクのワインの伝説を題材にしたメッセージ性のある絵。
テーブルについてワインをいただきながら自分らの出発の話をする。車の中で「明日は発てまい」とマユミと二人で話はしていた。
「このあいだ別の山に行く話をしただろう。金曜に休暇をとる予定にしているんだから一緒に行こう。そして明日の晩はこのあいだ留守だった友人のゴリーツェを訪ねよう。土曜に発てばいい」
なんとうれしい申し出か。そんな好意を蹴ってまで発たねばならない理由などもちろん自分らにはない。喜んでそうさせてもらうことにした。
次回はミリエンコたちを日本に招けたらどんなに素晴らしいことだろう・・・ミリエンコには何度も伝えてあるが、そうなってほしいものだと強く願う。
ミリエンコが休みの日に発った方がきちんとお別れも言えて都合がいい。これだけお世話になっておきながらきちんとお別れも言えずに発ってしまってはどうにもばつが悪い。戸締りのことも気になっていたし。

話がまとまったところでレストランを後にし、ミリエンコの友人の画家の家へ。
ちょっと変わり者だと聞いていたが、いたって普通の感じの人だった。そして彼の作品は素晴らしかった。ものすごい数の作品で、彼のウェブサイトでざっと見せてもらっただけだけれど、後日じっくりと見てみたい。
アトリエにも案内してくれて、そこで実物の絵も何枚か見せてくれた。画家のアトリエをまじまじと見るなんてのは初めてのことで、絵を見る以上にアトリエを見せてもらえたことは自分にとって貴重な体験だった。何と言うか実に芸術的な香りのする、創造的な空間だった。
その場にあった一枚のデッサンにサインしてくれて自分たちにプレゼントしてくれた。
先日リリアーナに案内してもらった、ルードブレクの新しい教会にあったモザイク画も彼が描いたものだと知って驚いた。
彼の家にも犬がいる。ルディーと同じクロアチアン・シープドッグなのだけれど、セントバーナード並みにデカイ。デカイけれどおとなしくて実に可愛いやつだ。名前はアルニー。アルニーのように大きいやつは、その昔羊の群れをオオカミから守っていたのだそうだ。
今日もまた有意義で驚きの時間をミリエンコが与えてくれた。彼の交友関係の広さには驚くばかりだ。

画家の家を後にしてルードブレクのバーを二軒ハシゴ。毎回何軒もバーに連れて行ってくれる。最初のバーで白ビールを、二軒目のバーでミリエンコお勧めのスロヴェニアの黒ビールをいただく。酒に強くない自分は毎晩毎晩酔っぱらってしまってカトちゃん状態だ。
二軒目のバーはミアのお父さんの行きつけのバーらしいのだが、あいにくこの日は会えなかった。何で彼がいないのか不思議だ、とミリエンコは言っていた。
ちなみに、このバーのカウンターの女の子はブリリアント・グリーンの川瀬智子似のとびきりの美人である。

ゴリーツェに戻ってまたワインをいただきながらイスを並べて寝る準備をしているとき、ミリエンコが戦場での壮絶な体験を語ってくれた。先ほど来たおっちゃんがゴリーツェに鍵を忘れていって、その鍵にライフルの弾丸がついていたのを見て思い出したのだと思う。「この弾丸は○○というやつで速度が速い・・・」そんなところから話は始まり、悲しい体験を渋い声で切々と語ってくれた。
実体験に基づいた彼の話は非常に重い。戦時中、何かの手違いでリリアーナのところには三度も戦死の通知が届いたそうだ。彼らの明るさの裏に実はそんな辛い体験が潜んでいるのかと思うとちょっとやり切れない。
しみじみとそんな話を語ってくれた後、灯りを消して眠りについた。

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ゴリーツェまで1時間ほどのハイキング         ルードブレクのワインの伝説を題材にした絵

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絵の作者の画家の家にお邪魔             愛犬のアルディーはセントバーナード並みにデカイ

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アトリエにも案内してくれた                ミアのお父さんの行きつけのバー
                                  カウンターの子は川瀬智子似のとびきりの美人
                           
2011/12/15 木
昨晩から雨が降り続き、一日中雨。
ミリエンコは早朝仕事に出かけた。8:00頃起きだした自分らはストーブに火を入れ、溜まった日記をゴリーツェでのんびり書かせてもらった。
いつもより遅く17:00過ぎ、すっかり暗くなってからミリエンコとリリアーナがゴリーツェに帰ってきた。
仕事中にいろいろ連絡をとってくれたのであろう、この先自分らの行くルート上に住む知人をたくさん紹介してくれた。
「連絡すれば彼らがいつでも泊めてくれるから・・・」と。なんとありがたいことか・・・こんな自分らに信じられないほど救いの手を差し伸べてくれる。彼らの心遣いにどう応えたらいいのやら、戸惑うばかりだ。

この日はルードブレクのレストランに連れて行ってくれた。そのレストランの女性シェフは、何年か前にお菓子のコンテストで来日したことがある。そんなレストランをミリエンコが選んでくれた。その女性はそのコンテストで優勝し、後日お菓子の勉強をしに一人の日本人がやって来たことがあるらしい。
食事も、ミリエンコが選んでくれたワインも、デザートも、とても美味だった。

クロアチア語では、「・・・ネ、・・・ネ」という調子で言葉の端々によく「ネ」を使う。日本語の「・・・でね、・・・ね」というのと使うタイミングも意味もまったく同じで、どことなく親近感がわく。
ミリエンコは英語を話すときもこの調子で、「・・・the man who came here yesterday ネ」という感じでよく話をするから面白い。そんな調子だけれど、もちろん自分らよりずっと流暢に英語を話す。

レストランの後もう一軒バーに寄ってコーヒーをいただき、リリアーナを家に送ってからミリエンコと三人でゴリーツェに帰ってきた。
明日は山に行くので、この日は早めに眠りについた。

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ルードブレクのレストラン 女性シェフは何年か前にお菓子のコンテストで来日したことがある

2011/12/16 金
7:00過ぎにゴリーツェを出て山へ。今日行く山はRavna Gora。先日連れて行ってもらったTrakošćanの近くにある山で、岩峰の聳えているところはやはりクライミング・エリアとなっている。
いったんルードブレクの家に寄ってロープとハーネスを持ち出し、車でヴァラジュディンへ。ヴァラジュディンの町中でミリエンコの山仲間のアントンをピックアップ。
アントンはミリエンコとは別のヴァラジュディンの山岳会に所属している。山が盛んなクロアチアには驚くほどたくさんの山岳会があり、ヴァラジュディンだけで六つも会があるそうだ。このあたりでは一番大きいと言ってもヴァラジュディンでさえ人口が8万人ほどの小さな町なのだから、この山岳会の数には驚きだ。
途中、日曜に登ったIvančicaの近くを通ったけれど、昨日の雨が山では雪だったらしく、すっかり白くなっていた。

麓の村にあるバーでコーヒーをいただいてから出発。
しばらく歩いて岩峰の側面から取り付く。一ヶ所、鉄杭の打たれた核心部でロープを出し、ミリエンコが上から確保してくれた。このルートにも名前がついていて、ルート名は「TANGE」。
岩峰の上には十字架が立っていて、そこからの眺めは素晴らしい。Trakošćanの古城も遥か下に見下ろせる。このあたりは国境地帯で、すぐ目の前に見える小高い山から向こうはもうスロヴェニアだ。
麓はなんともなかったけれど、岩峰の上は凄まじい風・・・どこか高峰の頂上にでも立っているかのように吹きつける風のためまともに立っていられない。息もできない。
早々に岩場を後にしてRavna Goraの頂上に向かう。やはりトレールがいくつもあって、山の中をいろいろ歩き回ることができる。
Ravna Goraの頂上は686m。樹林帯の頂上に高さ数十メートルの見晴らし塔があってハシゴで登れる。せっかくだから上ってみたけれど、吹き飛ばされそうでけっこう怖かった。烈風のため塔の上にはまともに立っていられない。
Ravna Goraの頂上にもKalnikと同様、やはりパラグライダーのジャンプ台があった。クロアチアではパラグライダーもかなりポピュラーだ。

山中をあちこち歩き回って麓の村に下りる。出発前に寄ったのと同じバーでコーヒーをいただいてから帰路に着く。
帰りも色々なところを案内してくれた。
まずは刑務所のあるLepoglavaという小さな町。まったく知らなかったけれど、この町はレース編みで有名らしい。小さなギャラリーがあって中を見学していると、ゲストブックがあった。その中に日本語の書き込みがあってビックリ。その方はレース編みをやっていて、TV番組でこの町のことを知り、迷いながらはるばるやって来たそうだ。知る人ぞ知る・・・そんな場所が世界中にたくさんある。

Ivanecの町外れの道路脇に水車がある。先週の日曜に通りかかったときには動いてなかったのだけれど、この日は動いていたので中を見学させてもらった。
水車小屋の中では老人が一人働いていて、トウモロコシのほか様々な穀物を粉に挽いていた。突然の来訪者を快く迎えてくれ、スピリットを飲ませてくれたり、挽いたばかりの粉をお土産にくれたり。
その水車小屋のすぐ近くに一軒のバーがあり、そこでビールを飲んでいくことに。
驚いたことに、そのバーはIvanecの山岳会のメンバーがやっているバーで、店内は山一色。
ミリエンコによると、2010年に発足したばかりの若い会だがとても活発な会なのだとか。今年は会でモンブランに登ったらしく、その時の写真をパネルにしたものが誇らしげに壁に飾られていた。
なんかいいよな、こういうのって・・・。やはり自分は山が好きなのだと改めて感じた。

いい雰囲気のバーでミリエンコからまた新たな提案が。「年末に一緒にトリグラフに行かないか」と・・・。
ミリエンコはここ数年、年末年始は毎年トリグラフに行っている。スロヴェニアにある標高2,864mのトリグラフはユリアン・アルプスの最高峰。スロヴェニアの国旗にも描かれている、スロヴェニアを象徴するような山だ。
行きたい・・・とても興味がある・・・。でも装備がない。そう話すと、装備もミリエンコが貸してくれるという。
この瞬間、自分の中ではほぼ年末のトリグラフ行きが固まった。
土曜にルードブレクを発ってベオグラードまで行き、そこから折り返してクロアチアに再入国、ボスニアとの国境沿いを走ってアドリア海に出るつもりでいた。が、また年末までにルードブレクまで戻って来よう。28日までに戻って来なければならないから急に忙しくなってきた。忙しくなったけれど近いところの予定が固まってなんかスッキリした。
帰るとき、バーをやっている山岳会のメンバーの方が会の来年のカレンダーをお土産にくれた。会のカレンダーやTシャツを作ってしまうくらい活発な会なのだ。

ヴァラジュディンでアントンを降ろした後、ミリエンコが夜の旧市街を案内してくれた。
クリスマス用のグッズを売る店などが出ていてけっこう賑やかだ。ライトアップされた旧市街もとてもきれいだった。
珍しいお店やギャラリーをいろいろ案内してくれた後、地元で人気のオシャレなレストランで夕食をいただいて帰路に着いた。
途中、ルードブレクの手前にあるバーに寄り、ワインをいただく。若者のバンドが生演奏もしている、明るく楽しいバーだった。

ルードブレクの家に寄ってシャワーを浴びさせてもらい、ルディーも連れてゴリーツェに戻る。
明日はいよいよ出発。仕事が休みのミリエンコが車でKoprivnicaまで来てくれて、町中を案内してくれるという話になった。リリアーナも10:00にゴリーツェに来るということだから、じっくりお礼を言ってから発つことができる。
すっかり慣れたゴリーツェのイスの上でシュラフにくるまる。

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Ravna Goraの登り              ルート名は「TANGE」

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けっこう高度感がある                    眺めは素晴らしいが岩峰の上は凄まじい風

2011/12/17 土
出発の朝。
明るくなって窓の外を見てビックリ・・・一面雪が積もって真っ白だ。
昨晩寝る前は晴れて星が見えていたのに、その後雪になったらしい。今シーズンの初雪。発てない・・・今日発つのは不可能だ。
「驚いただろう!」と言ってミリエンコもうれしそうにしている。
この調子だと今日はもちろん、明日も発てない。明日、ミリエンコたちは再びIvančicaに行くというので同行させてもらうことにした。

ミリエンコもまさか昨晩雪が降るとは思ってなくて、車を小屋の前まで下ろしてしまった。道路から小屋に下りる坂はけっこう急で、粘土質のためチュルチュル。雨の日や雨が降りそうなときはいつも下まで車を入れないのだけれど、まさかの雪で車は下にある。
車を上に出さないと、明日の山はおろか月曜にミリエンコが仕事にも行けなくなる。

苦労してストーブに火を入れてからミリエンコにチェスを教わったり、おしゃべりをしたり。
10:00前に約束どおりリリアーナが歩いてゴリーツェにやって来た。ほどなくして同じ家の下の階に住むリリアーナのお兄さんリュボミルも車のチェーンを持って自転車でやって来た。
リリアーナが昨日水車で挽いたトウモロコシを使ってクロアチアの伝統料理を作ってくれ、お昼に皆で美味しくいただく。
リリアーナのお兄さんのリュボミルも絵に描いたように人のいいおっちゃんで、映画にでも出てきそうなコミカルな人だ。

昼過ぎにヴラトゥコが奥さんの焼きたてのパンを持ってゴリーツェにやって来た。
車にチェーンをつけ、それでも動かずリュボミルと二人で後ろから押してようやく上の道路まで車を上げた。
リリアーナたちが帰った後も、ワインを飲みながらミリエンコとおしゃべり。
17:00過ぎにミリエンコに「そうだ、まだ案内してないところがあった」と言われて車でルードブレクの町に出る。連れて行ってくれたのは小さくてアットホームなバー。そこでコーヒーをいただく。
明日はミリエンコたちと山に出かけるのだけれど、本人の希望でマユミはゴリーツェで留守番。だったら明日の夕飯はマユミが作ろうということになり、バーを出た後スーパーで食材の買出し。
買出しの後、ミリエンコに誘われて再びミアのお父さんの行きつけのバーへ。川瀬智子似の女の子のいるバーだ。
またしてもミアのお父さんはいなかった。ビールを飲んで店を出る。
「別の従兄弟の家に行ってみよう」と誘われて突然押しかける。家には従兄弟のドゥラゴと息子さんのロビーがいた。またまた人のいい二人で、ドゥラゴはやはりワインを造っている。そのワインやお茶、お菓子なんかをいただきながら楽しく談笑。今晩もまた有意義で楽しい夜だった。

ドゥラゴの家を後にしてゴリーツェに帰る。ゴリーツェで留守番していたルディーが全身で喜びを表して出迎えてくれる。ミリエンコが羊飼いからルディーを引き取る前、既に尻尾は切られていてなかった。尻尾のないルディーは喜びを表現するのに尻尾の代わりにどこぞの国のダンス並みに激しく尻を振る。毎回その様が実に愛らしい。
先日会えなかったパラグライダーをやる友人と明日こそは山小屋で会ってワインを交換するということで、ミリエンコがワインをボトルに詰める。
明日の山に備えてこの晩は早めに眠りについた。

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出発の朝・・・窓の外は一面真っ白

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今日発つのは無理!

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とりあえずミリエンコの提案で外のテーブルに座って写真を撮る

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結局今日もリリアーナの作ってくれた美味しいランチをいただく・・・リリアーナのお兄さんのリュボミル(ミリエンコの隣)も絵に描いたように人のいいおっちゃんで、映画にでも出てきそうなコミカルな人

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リュボミルの持ってきてくれたチェーンを巻いてようやくゴリーツェの上に車を上げた・・・こういうどろどろの所に何の躊躇もなく寝転がれるのがすごいと思う

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夜になって従兄弟のドゥラゴ(右から二人目)の家にお邪魔した 右は息子さんのロビー

2011/12/18 日
快晴!
ミリエンコと二人で7:00にゴリーツェを出る。マユミとルディーはゴリーツェで留守番。
ルードブレクの家に寄ってリリアーナをピックアップ。今日はリリアーナも一緒に山に行く。アイゼンもミリエンコが貸してくれた。
ヴァラジュディンでアントンをピックアップしてからIvančicaへ。
入山口の駐車場は今日も盛況。時間が早いためか、むしろ前回より混んでいる。駐車場から既に雪がある。準備をして出発。
積雪は20~30cmほど。乾いた雪で、見事なまでのパウダー・スノーだ。こんなに雪があるとは思わなかった・・・。
靴はもちろんメッシュの夏用簡易トレッキング・シューズ。スパッツなんてものももちろんない。途中でカッパの下を着たけれど、雪が靴に入ってしまって冷たいのなんの・・・。
藪を抜けると、ようやく多くの人に踏み固められたトレールに出た。こんな日でもトレール・ランニングをしている人が何人もいた。

二時間弱で山頂。快晴のこの日は前回と違い、見晴らし塔からの眺めが最高だった。ユリアン・アルプスの峰々は真っ白だ。
山頂にあるバーのように賑やかな山小屋で二時間ほどのんびり。ミリエンコの友人を待っていたのだけれど、結局この日も会えず仕舞い。彼には小さな子供がいて、何らかの問題があってこの日は山に来られなかったということだ。

下りは眺めを満喫しながら別の尾根を下りた。
天気がよくても気温は低く、午後になっても雪が腐ったり泥交じりでグチャグチャになったりしない。途中から傾斜の急なところが出てきて、せっかくなのでアイゼンを履いて下りた。
13:00を過ぎると雲が出て、駐車場まで下りると、地面がグチャグチャになるどころかまた凍り始めていた。
先日も寄ったIvanecの山岳会のメンバーがやっているバーでビールをいただき、すっかりいい気分になって帰りの車中はミリエンコの隣でウトウトしてしまった。

ゴリーツェに着くと、ルディーが激しく尻を振って出迎えてくれた。もう嬉しくてどうしていいかわからない状態。
おそらく近くで飼われていると思われる白いチビ犬もちゃっかりゴリーツェに居座っていた。賢いルディーに比べこのチビはわがままで、飛びついてくるので始末が悪い。が、ミリエンコもリリアーナもどこまでも人がよく、決してこの犬を追い出したり叩いたりしない。
さっそくマユミの準備したカレーと肉じゃがを四人で美味しくいただいた。

夕飯の後、ミリエンコの古い友人のネヴェンコがやって来た。その昔ミリエンコと一緒に自転車で東欧を旅した彼も多彩な人で、無線をやっていたりギターをやっていたり。ワインを飲みながらギターを弾いて何曲も歌ってくれた。
明日発つつもりだ、ということをリリアーナがネヴェンコと一緒に帰るとき告げた。これまでのことにお礼を言おうとすると、明日自分らが発つ前にもう一度ゴリーツェに来るということなのでお礼はその時言うことに。
リリアーナとネヴェンコを見送った後、ワインを飲みながらミリエンコに今後の自分らの予定を話す。セルビアに行って28日までにルードブレクに帰ってくると。そしてミリエンコの年末山行に同行したいと。
装備は持っていないけどミリエンコが準備してくれるという話になった。どうやらスキーで行くらしい。スキーは久々だけど大丈夫なのか、ちょっと心配ではある。
いっそのこと春になるまでここでのんびりしていけば・・・そんなことも彼は言ってくれた。
今後の予定が定まってスッキリと眠りにつく。

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二度目のIvančica                      先日と打って変わってすっかり雪山に・・・

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積雪は20~30cm                      こんなに雪があるとは思わなかった・・・

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下山途中に登った尾根を眺める             ミリエンコの古い友人ネヴェンコがやって来た

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その昔ミリエンコと一緒に自転車で東欧を旅した彼も多彩な人 ギターを弾いて何曲も歌ってくれた

2011/12/19 月
ミリエンコは今朝はちょっと遅めの6:30過ぎに仕事に出かけた。
朝の天気は曇り。コーヒーを飲んで出発の準備をしていると、9:30過ぎになって雪が降ってきた。それも本格的に・・・。朝はスッキリ見えていた近くの山もガスに包まれて見えなくなった。
こりゃ今日もダメだ・・・。
そんなことを二人で話していると、予定通り10:00前にリリアーナとヴラトゥコがゴリーツェにやって来た。「今日は出発できないわよ」そんな旨のことを二人も言っている。
もう一泊させてもらおう。いや、おそらく明日もダメ。ことによると数日はダメかもしれない。

ヴラトゥコはすぐに帰ってしまい、リリアーナが小屋のことをあれこれやってくれる。彼女は本当に働き者で、休むことなく常にあれこれ何かをやっている。こちらがちょっと恐縮してしまう。
昨日のチビ犬はまだ小屋に居座っている。

15:00頃、リリアーナの作ってくれたパスタをいただいているとミリエンコが仕事から帰ってきた。
帰ってきた瞬間から今日の彼は昨日までとなんだかちょっと様子が違っていた。
リリアーナを車で家まで送ってゴリーツェに戻ってきたのだけれど、今日の彼はやたらと無口。なんとなくきまずい空気が小屋の中に流れる。何かあったのだろうか?
どうするつもりだと聞かれたので、地図を見ながら自分らの予定を話す。
天気によっては明日も発てないし、セルビアに行っていたのでは28日までにルードブレクに戻ってこられまい。年末のトリグラフがなければ話は簡単なのだが、ぜひとも行ってみたい。
「年末までここにいてもいいか?」と聞いてみた。昨日までの調子で「もちろん」という答えを期待して・・・。春までゆっくりしていけとまで言ってくれていたことだし、もしかしたら自分らがそう言い出すのを待っているとも思われたので・・・。
「いいけど一つ問題がある。十分な薪がない」「必要なら買うことにするけど」
・・・。そうなのか。もちろんそんな話は遠慮した。そこまでされてしまっては立つ瀬がない。
「セルビアに行って、それからクロアチアに戻ってアドリア海に出る」「自転車で山が越えられなければ列車を使って」元々そうする予定であったし。
残念ながらトリグラフの話もお流れだろう。

気まずい沈黙の時間が流れる。
本当に今日の彼はどうしてしまったのだろう。
長い沈黙の後、「家に帰らないといけない」そうミリエンコが言って席を立つ。
「明日発つ前に誰かがゴリーツェに来るから・・・」そう言い残して彼は帰って行った。

ちょっと彼らの好意に甘えすぎたか・・・。
でも、発とうとしていた自分らを何度も引き止めたのは彼の方でもあったことだし、いきなり豹変されても困ってしまう。
昨晩も自分らが「明日発つから・・・」と言い出す前は、「図書館に行って・・・」とか「仕事に行くとき車に乗せていくからヴァラジュディンで靴でも見たらどうだ(マユミの靴に大穴が開いているのを見て)」とか言ってくれていたことだし・・・。

明日は是が非でも発たねばなるまい。荒れた天気にならなきゃいいけど・・・。
最後の最後に来て気持ちよく発てなくなってしまった。
ここまでよくしてもらってきちんとお別れも言えないのは誠にもってばつが悪い。
はぁ・・・なんだか変なことになっちゃったなぁ・・・。

2011/12/20 火
始:10:40 ~ 終:15:25 走行:46km
Ludbreg ~ Bolfan ~ Subotica Podr. ~ Koprivnica ~ Glogovac ~ Novigrad ~ Podravskj ~ Virje

快晴!雪は残っているけどこの天気なら問題なく走れる。
パッキングを済ませゴリーツェに人が来るのを待つ。誰が来てくれるのかなぁと思って待っていると、10:30過ぎにミリエンコ本人がやって来た。他に来られる人がいなかったらしい。
今日の彼は昨晩と違ってこれまでのミリエンコに戻っていた。ホッと胸をなでおろす。きちんとお別れも言えるし、胸のつかえがとれた感じ。リリアーナにお別れを言えないのだけがちょっと心残り。
ミリエンコが2号まで先導してくれると言うので、戸締りをしてすぐに出発。
途中までチビ犬が走ってついてきた。あまり賢くない彼女はもうゴリーツェには戻れまい・・・。

ミリエンコに促されて、ルードブレクを出てすぐのところの道路脇のレストラン兼バーに入る。最後にミリエンコがお茶をご馳走してくれた。
彼は日ごろあまり喋らずどちらかと言うと無口な部類なのだけれど、酒が入ると調子が出てくる。年末年始のトリグラフ行きに誘ってくれたのはどうやら本心ではなかったらしい。
酒が入っていたとは言え自分から言い出した手前、引っ込みがつかなくなってちょっと困っていたようなきらいがあった。
「年明けにまた戻って来るかい?」と聞かれ「もう戻らず海に出る」と答えると、ちょっとホッとしていた。人の心の内を読むというのは実に難しい。
トリグラフに登れなくなってしまったのは残念ではあるが、実を言うとちょっとホッとした面もあった。勝手だがようやく自由になれた気がした。
ミリエンコたちと過ごした日々はとても刺激的で、楽しく有意義なものであったけれど、よくしてくれる分こちらも気を遣ってしまうところがあって、ちょっと疲れてきていたところだった。ようやく今日からまた自由に走れると思うと嬉しくなった。

ミリエンコとはここでお別れ。昨晩はどうなることかと思ったけど、最後にきちんとお礼が言えてよかった、よかった。
結局、彼のところに12泊もさせてもらった。いろいろなところに連れて行ってくれて、美味しい食事とワインを毎日ご馳走してくれて、暖かい寝床を与えてくれて・・・本当にありがとう!
次回はミリエンコたちが日本の自分らの家に来てくれることを願う。
手を振って見送ってくれるミリエンコのもとを去って一路東へ。

他に適当な道がないため結局ずっと2号を辿った。それほど交通量が多いわけじゃないけれど、やはり幹線を走るのはあまり楽しいもんじゃない。
Koprivnicaから先は自転車道がなくなった。町中にときどき現れても雪があって走れない。楽しくはない道だけれど、雪のため他に選択肢がない。
Koprivnicaで夕飯の買い出しを済ませる。水道水はかなり鉱物が浮くので水も6L買った。

その後も2号を辿る。
平地を走っていても雪の量は場所によってかなり差がある。快晴だけど気温は上がらず、雪はほとんど融けていない。
今日走ったところはテン場になるようなところがほとんどなかった。雪に覆われているから余計に見当たらない。
Virjeを過ぎて、道路をちょっと外れた先に雑木林を見つけた。雪上をバイクを押して林の際まで行ってみると、遠目には雪がなさそうに見えた林の中は雪に埋もれていたけれど、風向きのためか林の際には雪がなく草地の上に幕営。
クロアチアでは入国早々ミリエンコのところに転がり込んだから、よく考えたら野宿するのは初めてだ。
フライのジッパーも完全に直って実に快適。夕日がきれいだった。

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ゴリーツェからしばらくチビ犬がついてきた       最後はミリエンコが気持ちよく見送ってくれた

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道路から外れた雑木林の際・・・よく考えたらクロアチア初の野宿

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Trackback [0] | Comment [0] | Category [■ 086_Croatia 1 / クロアチア 1] | 2012.03.08(Thu) PageTop
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1970年生まれ。妻と二人信州伊那谷在住。
2009年10月~2013年5月の旅を記録するために”なかっぴー通信”をスタートさせました。
現在は伊那谷にて節約生活をしながら充電中。
2014年4月、ブログのタイトルを”なかっぴー通信NEO”に改めました。
信州伊那谷より~旅のこと、山のこと、自転車のこと、そして田舎暮らしのことなどなど・・・気ままに綴ってゆきます。
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