熊野古道から 2017冬 18日目 瀧原宮と、宮川にかける橋

2017/2/18 土
始:7:10 ~ 終:14:25 曇り時どき晴れ 朝5℃
0530起/0710発(道の駅奥伊勢木つつ木館) ~ (瀧原宮)7:45 ~ 0810(里登り口) ~ 0840(三瀬坂峠) ~ 0915(三瀬登り口) ~ (大台町マックスバリュー)1115 ~ 1200(坂瀬峠) ~ 1300(川添八柱神社) ~ 1325(川添駅) ~ 1425(行き倒れ墓碑前幕営)

いつものように朝の気温を測ると5℃だったが、ウッドデッキの三方を塞がれたスペースに幕営していたので外気温はもう少し低かったように思う。
天気は曇りで時どき日が差すという一日。

R42沿いにある道の駅のため車、特にトラックのエンジン音がうるさいが、他に車中泊の車などはなくなかなか快適な場所であった。
今日は道の駅でフリーマーケットが開かれるということであったが、テントを撤収した後もまだ準備の人は来ていない。

7:10、まずは荷物を置いて瀧原宮へ。
昨日の夕方は大型バスで来ている団体などもいたが、朝一の宮は貸切状態だった。
恥ずかしながら瀧原宮なんてところはこれまで知らなかったが、ここはすごい場所である。神宮に通ずるような神々しい空気を感じる(というか内宮の別宮なんですね、知りませんでした)。
朝一ということが拍車をかけているが、こんな空気を感じられる場所というのはそうあるものではない。
余計な飾りを一切廃したシンプルな造りに格式の高さを感じる。

御由緒によると・・・
「天照坐皇大御神は、第十代崇神天皇の御代に大和の皇居をお出でになられ、大宮地を求めて近畿周辺各地をお巡りになられました。ついで第十一代垂仁天皇の皇女倭姫命が、御杖代(御使い)として皇大御神を奉戴して、宮川下流から上流へと御鎮座の地を求めてお進みになられ、この地に新宮を建てられたのが起源です。そののち皇大御神の御神意によって、再び伊勢の方へ向かわれましたが、この御由緒により皇大御神の御魂をおまつりして今日に至っています。」
とある。
つまり、天照大神が伊勢に御鎮座される前に御鎮座されていた場所ということ。

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神々しい空気の満ちる瀧原宮

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伊勢神宮に準じて二十年に一度、式年遷宮が催行される(神宮の式年遷宮の翌年に催行される)。
手前の砂利を敷き詰めた場所が新御敷地。

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社殿が四殿あり(若宮神社、長由介神社、瀧原宮、瀧原竝宮)、順に参拝する。
右が瀧原宮、左が瀧原竝宮。四殿すべて神明作りである。

参拝を終えて道の駅に戻ると、何人かの人が駐車場に店を出し始めていてすっかり賑やかになっていた。
準備が始まるのが思ったより遅くて本当に助かった。

7:45に道の駅を発つ。
瀧原宮の横を通り、三瀬坂峠へ向かう。広大な宮域の林ももちろん神域で、樹齢何百年もの杉の巨木がポコポコ林立していてなんとも圧巻である。

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(左)右側のフェンスに囲まれているのが瀧原宮の宮域  (右)三瀬坂峠(265m)

峠から下って三瀬側の登り口まで来ると道が二通り取れる。
宮川の深い谷に行く手を阻まれ、橋を渡るために上流側か下流側へ大きく迂回せねばならない。
下流側のほうが山間で静かそうなのであるが、行動食などの買い出しをしないといけないので上流側から迂回してR42の橋を渡ることにする。

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(左)この先で右か左へ。宮川を渡るために大きく迂回する。
(右)R42の橋を渡る。橋の上から宮川の上流を見下ろしている(すぐ上にダムがある)。谷が深くて橋などそうそう架けられない。

橋を渡って少し行くと道の駅おおだいがあり、その隣にマックスバリューがある。
ここで買い出し。行動食にスープ、ふりかけと買うものは毎度一緒。
惣菜売り場が充実していて、これまたいつもと同じく弁当とサラダ巻き、コロッケを買って店内のテーブルでいただいた。

食べ終えて外のベンチで買ったものをパッキングしていると、隣の公衆電話で婆さんが電話をかけようとしていた。
が、どうもかけ方が悪いらしく、何度かかけたのだがつながらない模様。見かねてマユミが代わりにかけてあげる。
どうやら帰りのタクシーを呼びたかったらしい。相手のほうも慣れているらしく、自分の名前を告げマックスバリューにお願いしますというだけで通じてた。
電話が終わると婆さんは「ありがとう」と最高の笑顔をくれた。
よかった。と同時に、タクシーで買い物に来なければならないのだから大変だなとも思う(うちの近所も一緒ですけど)。
タクシーを待っている間、知り合いの方が何人か婆さんに話しかけていたのでどうやら大丈夫だ。
オレオレ詐欺の類はこういう年寄りを騙すんだから許せんよな。

さて、道の駅の手前にGSがあったのだが、まだ先にもあるだろうと高を括ってここでは敢えて寄らなかった。
これが失敗。
その先は行けども行けどもR42沿いにGSはなかった。
ま、最悪ガソリンが買えなくても今夜一晩だけはどうにかなるか?

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坂瀬峠をR42で越える。

どこで水を取ってどこに幕営するか。できればガソリンも欲しい。
伊勢へ近づくにつれて人家が増え、テン場を得るのがだんだん難しくなってきた。

途中、八柱神社というのが二箇所にある。
この神社も神宮にならって二十年に一度社を建て替えるらしい。
二つ目の八柱神社を過ぎてしばらく行くと川添駅があり、トイレがあったのでひとまず水を汲んでおく。まだちょっと早かったのだが、水を背負って歩き、いい場所があればすかさず幕営するつもり。

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R42を歩いたり脇道に入ったりしながらR42に沿って北上する。茶畑が増えてきた。

川添駅の先で何度目かの踏み切りを渡ると、ちょっとした山道に入った。道を外れてちょっと探せばテン場が得られそうな感じ。
結局ガソリンは手に入らなかったが、ここでテン場を見つけたほうがいいと本能が告げる。
行き倒れ墓碑のあるところへ標示に従って登ってみると、小山の上に見事な平坦地があった。
幕営することに決定。

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たぶん今旅で一番快適な場所。

テントを張ってから一段上にある行き倒れ墓碑に合掌しようと帽子を脱ごうとしたところ、帽子の頂上部分がビリッと思いっきり切れた。
ショック。ま、紫外線ですっかり劣化していていつこうなってもおかしくなかったわけだけれど・・・。

明日田丸まで駒を進めておけば、明後日神宮に着く見込み。

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熊野古道から 2017冬 17日目 阿曽温泉

2017/2/17 金
始:7:20 ~ 終:16:45 曇り 朝0℃
0530起/0720発(車瀬親水公園) ~ (山海の郷紀勢) ~ (岩船公園)1000 ~ 1120(阿曽温泉)1540 ~ 1645(道の駅奥伊勢木つつ木館)

川原だったためフライが濡れた。
天気は曇り。予報ではすごく暖かくなるということだったが、朝のうちは日差しがなくて寒い。

このままのペースで歩を進めると、伊勢神宮に着くのが日曜になってしまう。
なるべくそれは避けたいので、時間調整の意味も込めて今日は温泉に浸かってのんびりするつもり。

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大内山の旧街道にある立派な木製の常夜灯。
もともとは伊勢神宮に奉納するために作られたらしいが、このように余計な装飾を施したものは神宮に置けないと断られてここにあるらしい。詳しくは忘れてしまったが、確か案内板にそのようなことが書かれていた。
確かにこういったものは神宮にはないわ・・・。

大内山を出ると、R42に沿って北上。
近畿自然歩道というのが断続的に続いていて時どきR42を外れることができるが、これも基本的にR42沿いにつけられているだけで、大きく離れることはできない。
それでもまぁR42を歩かないで済むのはありがたいのだけれど、どうもこの近畿自然歩道というのも伊勢側から来る人のみを対象にして案内標示がされているような気がする。逆方向から来ると肝心の入口に標示がなくてわかりにくい(出口にはあるんだけど・・・)。
R42を歩いていると突然歩道がなくなったりするのだが(そこを歩くのは自殺行為)、迂回路を探すのにけっこう手間取る。付近を右往左往した末にようやくそれっぽい道に入って歩いていくと、再びR42と合流する出口にはしっかり案内標示がある、といった具合だ。

柏野にある岩船公園はテン場によさそうな場所であるが、キャンプ禁止となっているので要注意。
脇道を歩いたり国道を歩いたりしながら北上していくと阿曽観音堂があり、その先に阿曽温泉がある、はず。が、旧道から行くと案内がない。
はて?と思って道ゆくおっちゃんに温泉の場所を訊くと、少々通り過ぎていた。
教わったとおりショートカットして温泉に行くと、教えてくれたおっちゃんも後ろからやって来た。おっちゃんも温泉に行くところだったのかな?と思ったら、そのおっちゃんは温泉を管理している人だった。ちょっとビックリ。

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廃校となった小学校の木造校舎を利用した阿曽温泉。
温泉自体は古く、もともと江戸時代より良質の湯が湧出する場所として知られていたらしい。

幸運なことに中に食堂もあり、温泉の前にまずは腹ごしらえ。
黒板も残る教室が食堂となっていてなんだか懐かしい気分にさせられる(こういう木造校舎で授業を受けたことはないですけど)。

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その食堂でいただいた伊勢うどん。
ふわふわしたこの不思議な食感はどうやって出しているのだろう?

満腹になったところでのんびり湯に浸かる。
いい湯だ!サウナもあって最高!
カメラのバッテリーを充電させてもらい、下着や靴下も洗濯させてもらう。
温泉に入っている間に一時雨が降ったようだ。

15:40に阿曽温泉をあとにする。予定通り滝原の道の駅へ。
おっちゃんに聞いていたより遠かった・・・。

道の駅の営業は平日は17:00までだった。
あわよくば夕食を、と思っていたのだが着いたのが16:45、残念ながら食堂は終了していた。今後のために米2kgだけ直売所で買っておいた。

ここの道の駅は一見広く見えるが、駐車場の大半は隣接した瀧原宮のもので夜間は駐車禁止。実際の道の駅はかなり狭い。
幕営場所に選択肢はなく、店がすべて閉まってからウッドデッキの上に幕営させてもらった。
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翌朝撮影

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熊野古道から 2017冬 16日目 ツヅラト峠

2017/2/16 木
始:7:15 ~ 終:15:20 快晴 朝0℃
0530起/0715発(道瀬海岸休憩所) ~ (若宮神社) ~ (佐甫道) ~ (古里) ~ (平方峠) ~ 0815(一石峠) ~ (島地峠) ~ 1105(志子 R422分岐) ~ 1140(ツヅラト花広場) ~ 1205(ツヅラト石道登り口) ~ 1305(ツヅラト峠) ~ 1345(大内山側登り口) ~ 1410(定坂小公園) ~ (梅ヶ谷駅) ~ (大内山駅) ~ 1520(車瀬親水公園)

今日も無風快晴の朝。しかも一日中快晴。気温が上がってポカポカ陽気だった。

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道瀬海岸の日の出

7:15発、今旅はじめてタイツを脱いで歩き始めたら、朝のうちは下半身がスースーした。
堤防の上を行き、若宮神社の脇から佐甫道を歩く。

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(左)若宮神社。鳥居をくぐった先の社殿の脇に登りの道がつけられているのだが、最初これがわからずしばらく付近を右往左往してしまった。
(右)山の斜面につけられた佐甫道。途中に展望台があり、道瀬の海がよく見える。

トンネルの先でR42に合流。しばらくR42を歩き、古里で旧道から県581に入る。
上り坂でぐるりと回りこむと平方峠。平方峠から山道に入り、しばらく行くと一石峠。
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一石峠

一石峠から人工林の中を下ると加田教会前バス停でR42に合流するのだが、標示がないためそのままさらに山道を詰めたら行き止まりとなり、分岐まで戻ってR42に復帰した。
加田西交差点を通り過ぎ、その先にある踏切を渡る。渡った先に加田の石仏道標がある。
舗装の上り坂をしばらく行き、島地峠をそれとわからず通り過ぎる。

島地峠の付近で山に自生している柑橘をひとつもぎって食べてみた。いよかんくらいの大きさで、里の畑にたわわに実っているものとたぶん同じものである。
甘味のかけらもない酸味の塊のようなものだったが、体が欲していて非常に旨かった。
里の畑ではたわわに実りながら収穫している様子がまったくないので、まだ早すぎるのかもしれない。もう少しおくと熟して甘味が出るのかも。

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山に普通に自生する柑橘。なんて羨ましい・・・。
これまでにもたびたびあったが、はじめて採って食べてみた。すごい酸っぱさ。

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峠から下り、集落の中を適当に歩いていくとR422に出合う。

しばらくR422を歩き、志子の集落を抜けてツヅラト峠の登り口へと詰める。
途中でR422は離れるが、その先もずっと舗装路。これがめちゃくちゃ長い。
トイレのあるツヅラト花広場にようやく着くが、舗装路はさらにその先1kmほど続く。

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ツヅラト花広場のトイレ。ここから右手の山道に入るのかと思ったら、まだまだ下の舗装路のほうを行く。
昨日に次いでお遍路ばりの舗装路歩きが続く。辛い上に退屈なのが特徴だ。

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そしてようやく着いたツヅラト石道登り口

熊野街道が平安末期に開かれた当時、大内山川上流の栃古集落より標高357mのツヅラト峠を越えて志子集落に下り、赤羽川を上流に遡って島地峠を経て海岸部に達するルート(つまり今歩いているルート)をとっていたといわれる。
江戸時代に入り、新しく開かれた荷坂峠を越えるルート(これは現在R42の通っているルートにほぼ相当)に本街道の地位は取って代わられた。

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登りの途中に中世のままの石道が残っている。

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ところどころ古道の側面が石垣で補強されている。これは野面乱層積と呼ばれる手法で築かれているらしい。
千年を経てなお道が原型を止めているのだから見事としか言いようがない。

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ツヅラト峠は伊勢国と紀伊国の国境でもある。
「ツヅラト」というのは「九十九折れ」から来ているらしい。

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ツヅラト峠からの眺め。紀伊長島の赤羽川河口一帯が望める。
その昔、伊勢参宮を終えた巡礼たちは、伊勢より十五里ほど宮川沿いの山間の道を歩き続け、この峠に辿り着いてはじめて光り輝く熊野の海を目にすることができた。

舗装路のアプローチが長かったわりにツヅラト峠の登りはあっという間で、大内山側の下りさらに短い。
下るとまた舗装路歩きである。
とても暖かく、ツヅラト峠の登りでは途中からジャージも脱いだ。

しばらく下った先にある定坂小公園は絶好のテン場だった。
時間によってはここで、と予め目星をつけていた場所だったが、いかんせんまだ14:00を過ぎたところ。さすがに早すぎるだろうということで、もう少し先へ進むことに。

梅ヶ谷駅の先でR42に合流。
しばらくR42を歩き、大内山駅でいったん国道を外れて水を汲む。
駅で水を確保して、その先の近畿自然歩道を歩きながらテン場を探す目論見だった。
が、駅近くのトイレへ行ってみると、目の前に車瀬親水公園という素敵な場所があった。川岸に遊歩道がつけられていて散策できるようになっている、というような公園だ。
舗装路歩きに疲れてしまって足がほとんど限界。やはりまだ少々時間が早いように思えたが、偵察しているうちにすっかり幕営モードとなってしまいここで切ることに。

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川原から石を拾ってきて幕営。
テントの中でいつものように日記を書いていると、ウォーキングに来た人がすぐ前にある遊歩道を行き来していた。

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熊野古道から 2017冬 15日目 馬越峠を下ると・・・

2017/2/15 水
始:7:40 ~ 終:15:45 晴れ 朝-2℃
0545起/0740発(馬越公園) ~ 0810(馬越峠) ~ 0850(海山側登り口) ~ (船津) ~ 1245(始神峠登り口) ~ 1305(始神峠) ~ 1340(三野瀬側登り口) ~ 1420(三野瀬駅) ~ 1500(熊ヶ谷橋) ~ 1525(三浦峠) ~ 1535(道瀬側登り口) ~ 1545(道瀬海岸休憩所)

最初に言ってしまいますが、実感として伊勢路のハイライトは馬越峠を下ったところで終了。以後は伊勢神宮までの長いリエゾン(まだ余裕で100km以上ある)といって差し支えないと思います。

無風快晴の朝。
いつものようにMSRでお湯を沸かしていると、まだ暗い中車が一台やって来てとまった。
テントを撤収して出発準備をしているときに車の持ち主が戻ってきて言葉を交わす。
どうやら歩きに行っていたようだ。暗いうちからすごいな・・・毎日の日課だろうか。

7:40に出発。石畳の道を峠へ向かう。
途中、歩いていた人と三人ほど行き会った。公園の駐車場に車はなかったから、たぶんすぐ下に住んでる人たちだ。
そりゃ確かにこんないい場所があれば毎朝歩きに来るよなぁ・・・とても羨ましい環境である。

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(左)見事な石畳の道が延々と続く  (右)馬越峠

30分ほどで馬越峠(325m)に着く。
馬越峠で道がいくつか交差する。尾鷲から海山へ抜ける熊野古道のほかに、天狗倉山(522m)や便石山(599m)へ登る登山道が整備されている。
本当に羨ましい環境だ。これなら毎日歩く場所に事欠かない。
(こういう毎日歩く場所というのは自宅からそのまま歩いて行ける場所ということがポイント。わざわざ車で来て歩くんじゃ馬鹿らしいですから。)

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下りの石畳も見事。ここなどまさに紀州徳川家がきちんと維持管理していたおかげだ。

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下りの途中から大台ヶ原が望める。なだらかで広い、なんとも不思議な山容をしている。
まさに「大台ヶ原」という名に相応しく、眺めていると歩きたくなってくる。

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それにしてもすごい石畳だ。まさに敷石舗装。

馬越峠から下ってしまうと、その後は辛い一日だった。
ほとんど舗装路の歩きに終始する。しかも、基本的にR42。
時どき脇道に入れるけど舗装路歩きに変わりはなく、R42に沿って北上する。
長大なリエゾンと言っていい。こんなお遍路ばりの歩きは今旅はじめてである。

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それでもまだこのように脇道を歩いているときは救いがある。
この鋸店はぜひのんびりのぞいてみたかった。さすがに今どきはチェーンソーを多く扱っているようでしたが。

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麓から見る大台ヶ原

手持ちの現金が乏しくなってしまったので、船津の郵便局で少々下ろす。
その勢いでどこか食堂かスーパーでもあれば昼に何か食べようと思っていたのだが、結局何もなし(泣)。
修行のような舗装路歩きが続く。

舗装路を離れることができたのは、僅かに始神峠(147m)と三浦峠(140m)の登り下りだけ。
ともに小さな峠なのですぐに越えてしまう。
始神峠へは江戸道と明治道があるが、ここもやはり江戸道を辿った。

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始神峠への登りの途中、斜面が大きく崩れている場所があった。木が何本も根こそぎ倒れて逆立ちしているのだが、その根元からひこばえが逞しく生えている。
自然の力はすごい!

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海山と紀伊長島の境となる始神峠。標高147mの峠に過ぎないが眺めはなかなか。手前の入り江が三浦、その奥が道瀬の海。

始神峠では二人組の女性が休憩中で、珍しく賑やかだった。
三野瀬側の登り口には広い駐車場があり、そこにトイレや東屋もあって付近は広場のようになっている。いいテン場であるが、明るいうちからテントを張れそうな雰囲気ではない。

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三野瀬駅へは、手前の分岐を気付かず通り過ぎてしまい激しく大回りしてたどり着く。
水を確保するため駅に寄ったのだが、トイレが見当たらず一寸固まった。あるはずだと何度か見回ってようやく見つけたが、これはわからないだろ・・・。

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アロエの花に来ていたメジロ

水が確保できたところで三浦峠へ。
峠までのどこか適当な場所で幕営しようと思っていたのだが、幕営適地なし。どうにも山が小さすぎる。

立派に修復された熊ヶ谷橋を渡ったところで始神峠にいた二人組とすれ違う。
切り通しとなっている三浦峠に着くと、なぜかその二人が下から登り返してきた。
どこからだったか、三重県に入ってからだったか、熊野古道の残っているポイント、峠やその登り口などにスタンプ台が置かれていて、集客の手段として自治体がスタンプラリーのようなことをやっている。どうやら二人組はこれをやっていたらしい。
峠からの下りは二人に先行してもらったものの、道瀬側の登り口を過ぎたところでまた前方から引き返してきた。車をとめた登り口を忘れて通り過ぎてしまったらしい・・・。

テン場が得られぬまま海岸の堤防の上を歩いていると、またも二人組が車で現れた。
タイミングが悪くどうにも行動しにくい。

しばらく堤防の上を行くと、地図にはない道瀬海岸休憩所なる建屋が現れた。
トイレがあり、見たら水も出た。なんで地図に出てないんだろ?
ありがたく建屋の間のスペースに幕営させてもらった。目立たないし、もし雨が降っても屋根があるので大丈夫という完璧な場所である。
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熊野古道から 2017冬 14日目 八鬼山越え

2017/2/14 火
始:7:20 ~ 終:17:00 晴れのち曇り 朝-1℃
0530起/0720発(羽後峠) ~ 0815(三木峠登り口) ~ (ヨコネ道) ~ (三木里) ~ 1025(八鬼山峠三木里側登り口)1050 ~ 1135(十五郎茶屋跡)1145 ~ 1230(桜の森広場) ~ 1245(八鬼山山頂) ~ 1310(九木峠) ~ (八鬼山峠尾鷲側登り口)1445 ~ (尾鷲市内スーパー)1630 ~ 1700(馬越公園)

羽後峠で無風快晴の朝を迎える。
天気は晴れのち曇り。午後になって寒気が入り不安定な空に。14:00以降時どき雨に降られた。

7:20発、峠より下っていったんR311に出る。
そのまましばらくR311を辿るところまではよかったのだけれど、三木峠へ登る道の入り口がわからず。おかしいと思いつつ国道を歩いているとようやく案内標示が現れたのだが、よく見るとそれは三木里側の登り口だった。
三木峠は海沿いの国道を歩いて巻いてしまったらしい。

このあたり、昨日の賀田のあたりから薄々感じていたのだけれど、どうやら案内標示が伊勢方面から来る人に対してのみなされている。熊野方面から来ると非常にわかりにくい。
時どき見かける標示も、なんでこんなところに?という場所に立っているのだが、それも逆から来ると目立つ場所であったりする。
完全に片手落ち、どころか標示に従うと思いもよらぬ場所にミスリードされてしまうから性質が悪い。
三木峠へ登る道の入口がわからず、と書いたけど、実はこれ標示がなかったわけではなく、三木峠と標示されたほうへ案内に従って歩いてきたら思いもよらぬ反対側の登り口に導かれてしまったという顛末。
伊勢方面から来る人に対する案内というより、通しでなく部分的に残る古道のみを歩きに来る人に対する案内というほうが正しいかもしれない。
そういう人が圧倒的に多いだろうから行政の対応としてはたぶん間違っていない。が、通しで歩くとけっこう惑わされるので要注意。

わざわざ戻って歩き直すという選択肢はないので三木峠は諦め。120mの小さな峠であるからまぁいいか。
そのまま国道を北上してヨコネ道に入った。
国道と並走するヨコネ道は1kmほどで終わり再び国道に合流、そのまましばらく行くと三木里。

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三木里の集落の中は細い路地を歩くことができて楽しい

79歳になるという爺さんに声をかけられた。
曰く、20歳の頃まで八鬼山越えの道しかなく、尾鷲へは八鬼山を越えて行っていたとのこと。三木里側から登るのはたいへんで、尾鷲側から来るより一時間余計にかかるなんていうリアルな昔話を聞かせてくれた。
今でこそ海沿いをR311が通っていて尾鷲には比較的簡単に出られるが(ちなみに幹線のR42はさらに内陸の山中をトンネルでズドンと抜けている)、八鬼山越えの道を歩いていた当時、尾鷲に行くのは半日仕事であっただろう。

爺さんと別れ、今しがた教えてくれた八鬼山越えの登り口を探してR311を歩く。
三木里海水浴場を過ぎたあたりで反対方向から旅の自転車が走ってきた。今旅はじめて見かける長旅の旅行者。
何かの縁があったのだろう。
道路のこちら側と向こう側、手を振って行き違うだけだったらそれまでだっただろうけど、自転車が止まってこちらにやって来た。

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埼玉からというナルタ君。最近仕事を辞めて日本一周しているらしい。
旅に出て一週間、自分らも経験あるけど一番楽しいときではないかな。
これからいろいろなことに出会えるよ。よい旅を!

「人間、働かなくても生きていける」
というのがお互いに共通した価値観。どことなく同じにおいがして話をしていて楽しかった。
いい出会いだった。

30分くらい話し込んでいたか、ナルタ君と別れて再びR311を辿る。
が、どうも様子が変だ。八鬼山越えの登り口がない。
道路脇で木を伐っていた爺さんに道を尋ねると、やはり通り過ぎていた。
爺さんに登り口の場所を教わる。とても丁寧に教えてくれた。この年代の人は実際にその道を使っていた人たちなのでよく知っている。

結局、ナルタ君と話し込んだ場所まで戻ってきてしまった。うぅぅむ、よくわからない。
海水浴場の中を歩いていた老人グループを捉まえて再び訊くと、やはり先ほどの爺さんと同じような説明をしてくれる。さらにもう少し戻ったところだという。
「一緒に行ってやろうか」などと言ってくれるとても親切な方たちだった。
大きく書いてあるというのだが、そんなものがあっただろうか?

果たしてその場所には大きな標示があった、道路の上に。
てっきり道路脇に道標が立っているものと思い込んでいたので二人揃って別のところを見ていて、車に向けたこんな大きな標示板を見落としてしまったらしい。
実は、ナルタ君と出会ったときには既に来すぎていたのだ。
ミスコースがなければ出会わなかったわけだから、やはり何かの縁があったのだろう。

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気を取り直して登り口へと向う

10:25、八鬼山峠の登り口に着く。ようやく八鬼山越えのスタート地点。
ここはかつて西国一の難所と恐れられた道。
熊野詣を終え伊勢参宮を目指すには、狼や追い剥ぎが出没する難所へ挑まねばならなかった。

江戸道と明治道がある。
比較的近年まで、明治期に敷設された明治道(往時の石畳を今に残す)を主に利用してきたが、近年になって江戸期のものと思われる古道が発見され行政による整備が行われた。
最近ではもっぱら江戸道の整備、保全が進められており、逆に明治道のほうが廃れ荒れてきている。
案内標示に従うと自動的に江戸道へと導かれ、自分らも江戸道を普通に歩いた。
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途中にある十五郎茶屋跡。
現在東屋が建っているところにはその昔、十五郎茶屋があった。
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この茶屋がいつ開業していつ店をたたんだかは不明であるらしいが、嘉永元年(1848年)に刊行された「西国三十三所名所図会」には往時の茶屋の風景が描かれている(右の写真)。
杉皮屋根に石を載せた平屋建ての茶屋の前に紐につながれた飼い猿がいて、二人の旅人が手を差し出している。茶屋の中にはかまちに腰掛けてキセルで煙草を吸う旅人と草鞋の緒を締め直す旅人。そんな往時の賑わった茶屋の様子が描かれている。
すごいのは、茶屋の建っていた場所や前の広場、その先が断崖になっているところなど、地形が今も当時と変わっていないこと。道も絵と同じように通っている。
絵の描写がとても正確であるということだが、江戸時代に描かれた絵と同じ風景が今目の前にあるというのはなんだか不思議な気分だった。

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その後も樹林の尾根道がしばらく続き、そこを黙々と登っていくと忽然と切り開かれた場所に出る。
何のためにそうしたのか知らないが、そこだけ見事に木が切り払われ芝生が植えられている。

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まさに天空の広場、天空の天場。吹きっさらしであるが天候次第で最高のテン場になる(ただし水はない)。

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広場からは展望がよく、正面に熊野灘、そして九鬼水軍の根拠地であった九木浦(九鬼浦)がよく見える。

八鬼山山頂は芝生の広場からすぐ。
山頂のすぐ下にも広場にあったのと同じ東屋があり(三木峠茶屋跡、八鬼山峠は三木峠ともいう)、やはり快適なテン場となっている(ここにも水はない)。
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八鬼山からしばらく下ると荒神堂(荒神茶屋跡)があり、そのすぐ下が九木峠。
荒神堂の横の平坦地にも幕営可能である。
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七曲と呼ばれる石畳の道が続く。七曲を下りると尾鷲の町が遠望できるようになる。

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籠立場(紀州藩主や幕府の巡見使が街道を通行する際に籠を止めて休憩した場所)にある樹齢三百年とされる檜の巨木。
杉ならもっと大きな木が各地にいくらでもあるが、檜となるとこのクラスの木は珍しい。

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籠立場付近の見事な石畳。
尾鷲地方は雨の多い日本の中でも有数の多雨地で、年間降水量は4,000mmを超える。
石畳の敷設は大雨による路面の流失や崩壊を抑え、夏草やシダ類の繁茂を抑えて道筋を確保するためである。

14:45に尾鷲側の登り口に下りた。
しばらく車道を辿って天然ガスのタンク群をぐるっと回り、やがて矢浜道に入る。

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尾鷲側登り口の手前、前方の空が怪しい。

怪しかった雲が山から張り出してきて、矢浜公園のところで雨に降られた。
幸運にもちょうど東屋のあるところで、屋根の下で10分ほど雨宿り。
住宅地の中にある公園で、幕営するのはちょっと厳しい。雨が上がってから再び矢浜道を辿る。

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矢浜道は尾鷲の旧市街の細い路地を行く道で、迷路のようでなかなか楽しい。

新市街のほうへ出ないとスーパーなんてとてもなさそうな雰囲気だったのだが、矢浜道をグングン前進していると運良くスーパーが現れた。
その名も「主婦の店」。たぶん熊野地方では一番ポピュラーなスーパーで、今のところ三重県に入ってから寄ったスーパーはすべて「主婦の店」。

そんな主婦の店で手早く買い出しを済ませる。
米、スープ、ふりかけ、行動食とフルに買い出し。
サラダ巻きとコロッケを食べて空きっ腹を満たしたら、引き続き北上する。目標は馬越公園。
登りに入ると笑っちゃうくらいの急坂で、かなり上のほうまで家がある。
この感じはどこかと似てる・・・そうだ、ケープタウンだ。ケープタウンの高級住宅地と似ている。
そこまで豪邸が建ち並んでいるわけではないのだが、立地が似ているのか、どことなくケープタウンの高台にある高級住宅地を思わせる。

馬越公園は思っていたより近く(助かった)、暗くなる前に到着。
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あまりにシンプルな案内で笑ってしまったが、要するにかなり大きな公園らしい。
公園といっても普通の公園とはちょっと違って、平坦地はほとんどない。

荷物を置いて近場だけ偵察した後、駐車場とあるスペースの一番端に幕営。
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Trackback [0] | Comment [0] | Category [■ 004_Iseji / 伊勢路] | 2017.04.09(Sun) PageTop
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1970年生まれ。妻と二人信州伊那谷在住。
2009年10月~2013年5月の旅を記録するために”なかっぴー通信”をスタートさせました。
現在は伊那谷にて節約生活をしながら充電中。
2014年4月、ブログのタイトルを”なかっぴー通信NEO”に改めました。
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